當世流小栗判官 澤瀉屋若手歌舞伎 2006.3.17 W144

17日、国立劇場で「當世流小栗判官」を通しで見てきました。

主な配役
小栗判官兼氏
橋蔵
右近
照手姫 笑也
横山大膳
胴八
猿弥
万屋後家・お槙 笑三郎
娘・お駒 春猿
上杉憲実
浪七女房・お藤
門之助
浪七
遊行上人
段治郎

「當世流小栗判官」のあらすじ
第一部
発端
「鶴ヶ岡八幡宮社前の場」
常陸国の領主・横山郡司満重の息女、照手姫は、父親の名代として叔父横山大膳の還暦の祝いに家来を従えて桜咲く鶴ヶ岡八幡へとやってくる。照手姫には将軍家の決めた小栗判官兼氏という許婚があり、父横山郡司は小栗に常陸国を譲ろうと考え、すでに譲状を作っていた。

ところが常陸国を手に入れようとする叔父大膳の息子・次郎と三郎はその譲状と将軍家から預かった「勝鬨の轡」(かちどきのくつわ)を手下に盗ませ、横山郡司を亡き者にし、照手姫を奪おうと画策する。

その悪巧みを知った郡司が二人と争っていると、一本の小柄がとんできて郡司の命を奪う。その小柄こそ、実の弟大膳の投げた小柄だった。大膳親子は郡司を自害したようにみせかけ、照手姫を籠に押し込んでさらっていく。

その後へ管領・上杉安房守と近習・三浦采女之助が通りかかり、落ちていた小柄から大膳が郡司を殺したことを見破る。

序幕
「横山大膳館の場」
照手姫が捕らえられている大膳の館に、将軍の使者として小栗判官がやってくる。そうとは知らない照手姫は奴の三千助に助けられて、藤沢の遊行上人を頼ってこの館から逃げ出す

「勝鬨の轡」と照手姫の行方の詮議に現れた小栗に対し大膳は、姫はこちらで匿っているので、今宵小栗と祝言をあげさせようと嘘八百をならべたて、荒馬・鬼鹿毛を屋敷内に放して小栗を喰い殺させようとする。

しかし武勇にすぐれた小栗は鬼鹿毛を見事に乗りこなし、大膳の「その馬を碁盤の上にたたせてみよ」という無理難題もたやすくこなしてしまう。

腹をたてた大膳が小栗に小柄を投げる。その時、三浦采女之助が郡司殺しの証拠となる小柄を持って現れ、両方の小柄が同じことから大膳の悪業があきらかとなる。

小栗は荒鹿毛にまたがって照手姫を捜しに出発する。

二幕目
「近江国堅田浦浪七住家の場」
ここは琵琶湖のほとりにある漁師浪七の家。浪七の女房お藤は、実の妹であるお藤に言い寄るようなやくざものの兄・鬼瓦の胴八にいつも困らされていた。

悪党仲間から照手姫を見つける手付けの金を受け取った胴八は、義弟の浪七が元小栗判官の家臣美戸小次郎武継という侍だったことを思い出す。

漁から戻ってきた浪七は、胴八の誘いに乗り、旧主を裏切って照手姫を差し出そうと言い、胴八に手付けの金を出させる。ところが受け取った金には足利家の極印がうってあり、将軍家から盗まれたものと判明する。

胴八が奥へ入っていき、浪七が畳をあげると、床下に匿われていた照手姫が姿を見せる。若気のあやまちから不義を犯し小栗家を追われた浪七は、この機に忠義を立てて小栗家に帰参を願う心だったが、女房にも本心を明かさない。

夫婦の様子から、胴八は照手姫がこのうちに匿われていることを察し、矢橋の橋蔵を偽の代官に仕立てて浪七を問い詰める。が知恵のたりない橋蔵ではどうにもならず、かえって小判の出所を追求される始末。

だがとうとう照手姫を見つけた胴八は姫を葛篭に押し込み、止めるお藤を刺して逃げる。瀕死の女房に心を残しながら、浪七は胴八のあとを追う。

「浜辺の場」
すでに胴八は姫を入れた葛篭とともに小舟で沖へ漕ぎ出し、追い風にのって舟は遠ざかるばかり。浪七はやおら腹に刀をつきたて、自分の命とひきかえに舟をもどしてほしいと竜神に願う。

浪七が自分のはらわたを湖に投げ込むと、突然の強い風と波が照手姫ののった舟を岸へと押し戻す。胴八を切った浪七は、照手姫を一人舟にのせ、瀬田へと押し出す。なおも襲い掛かる胴八にとどめをさし、浪七は息絶える。

第二部
三幕目
「美濃国青墓宿(あおはかのしゅく)宝光院門前の場」
ここは美濃国、青墓。紅葉の美しい宝光院へ土地の名家・万屋の後家お槙と美貌の娘お駒が参詣に訪れる。そこへ浪人に身をやつした小栗がやってきて、照手姫とはぐれた奴三千助と出会い、盗まれた「勝鬨の轡」が万屋にあることを知らされる。

ならずものに襲われたお駒とお槙を助けた小栗は、「勝鬨の轡」を見せてくれるように頼む。お槙はこれを快く承知する。お駒は小栗に一目ぼれ。

「同 万福長者内風呂の場」
その後しばらくの後、小栗は万屋へ婿入りすることになる。ところがこの家の下女としてこきつかわれている小萩こそは、人買いに売られてきた照手姫だった。

婚礼のその日、風呂の用意をしていて花婿が小栗だと知った照手姫は、なんとか小栗に逢おうとするが、なぜか目顔で制止する小栗。

「同 奥座敷の場」
祝言の時がやってくる。お槙が婿引きでとしてすえた、「勝鬨の轡」を本物と確認すると、小栗は二人にこの祝言は偽りだったと言い出だす。なんとか娘の希望をかなえてやりたいとも思うお槙は、小栗にこの家の事情を話す。

お槙は実は照手姫の乳母で、恩ある横山家再興のためなんとしても照手姫の行方を捜しだそうと、腕のたつ婿をさがしているというのだ。

それを聞いた小栗は自分こそ将軍家の決めた照手姫の許婚であり、当家の下女・小萩こそ照手姫であると打ちあける。お槙は小萩を呼び、久々に主従の対面を果たす。

旧主のお役にたてると喜ぶお槙だが、婿を奪われたお駒はとうていなっとくできない。嫉妬に狂って照手姫を殺そうとする娘を、お槙はとめようとしたはずみに切ってしまう。

するとお駒の首は宙を飛び、庭の灯籠の上に乗る。母は泣きながら娘に詫び、小栗も念仏を唱える。するとお駒の首が目を開け恨みを言い、とたんに小栗は顔の痛みに苦しみだし、足腰が立たなくなる。

大詰め
「熊野湯の峯の場」「道行情靡魂緒綱」(みちゆきこころもしぬにたまのおづな)
雪の熊野の山の中。照手姫は足腰の立たなくなった小栗を車に乗せ、自ら曳きながら熊野の峯にいる遊行上人(ゆぎょうしょうにん)の元へむかう。ようやく霊湯にたどりつくと、遊行上人は小栗を湯壷へ導き、見る間に小栗は元通りの体となる。

三千助から「大膳一味を捕らえる総大将に任命する」という将軍家からのお達しを聞いた小栗は、神馬の絵に目をとめ、この馬を貸してほしいと熊野権現に祈る。すると奇跡が起こり、絵から白馬が抜け出して目の前にあらわれる。小栗と照手姫は神馬にまたがって、空高く駆け上っていく。

「常陸国華厳の大滝の場」
大膳親子は修験者に変装して、鎌倉の管領家に攻め入る計略を練っていた。大膳は出陣のさきがけに一羽の鷹を放す。すると一本の矢が鷹を射落とす。それは小栗がはなった矢であった。

管領上杉安房守憲実もあらわれ、両者は激しく争うが、ついに照手姫は親の敵・大膳を討つ。小栗判官と照手姫はお家の再興を喜びあうのだった。

「當世流小栗判官」は中世の語り芸・説教節としてよく知られた話をもとに書かれた近松門左衛門作「当流小栗判官」(1698年)や、文耕堂、竹田出雲作「小栗判官車街道」(1738年)などを再構成したもので、1983年に猿之助が初演して以来人気を博し、今回で8回目の再演になるそうです。

今回は師匠・猿之助の演じた三役を、弟子の右近と段治郎、春猿が分けて演じました。

同じく猿之助十八番の「慙紅葉汗顔見勢 」のように、幕開きに右近、笑三郎、春猿の三人が裃姿で口上を述べ、登場人物の相関図を示しながら説明しましたが、これは親切でよいと思います。しかしながら「笑三郎・春猿の二人は第一部には登場しないけれど・・・」というような現実的な説明は不要に思いました。

出だしは快調で物語もわかりやすく、すんなりと話に引き入れられました。前半の見せ場の一つ、荒馬・鬼鹿毛を小栗判官がのりこなす場面では、大膳が要求する碁盤に乗るまでが少し長すぎると感じましたが、碁盤に後ろ足だけで立ちあがる裸馬の鬼鹿毛に乗った右近の小栗は颯爽としてかっこうよかったです。

この場では馬が大活躍。何度も前足をあげて棹立ちになるのですが、筋書きの「出演者のことば」では今回照手姫を演じた笑也が、初演の時にはこの馬の後ろ足に入っていて、馬体と前足の猿十郎とあわせて90キロをもちあげたのだという、美貌の女形となった現在からは想像もつかないエピソードを語っています。

浪七住家では浪七を演じた段治郎が、はみだすかと思うくらい威勢のよいセリフ廻しと大きな見得、上背を充分に生かした姿のよさで圧倒的な魅力をみせ、紺の濃淡と白の縞に澤瀉菱をあしらった肩入れがよく似合っていました。

悪人の仲間かと思わせるところは非常に雰囲気がありましたが、照手姫の前で忠義な侍に戻るところは変わり様がはっきりとするともっと良かったと思います。胴八にさらわれた照手姫を追って花道を引っ込む時、腰が高かったのもちょっと気になりました。

ここで右近が頭の軽いあばただらけの橋蔵という役で出て来てチャリ場になりますが、せっかく新しい役柄に挑戦するのなら、もっと堂々とやればいいのに、照れて「師匠がやれといったから」と素に戻るような説明はいらないと思います。でも滋養強壮ドリンク「ウコンの力」の下座音楽にのって引っ込んだのはご愛嬌で楽しかったです。

そういえばここでも「イナバウアー」が登場。それをもじって「ウコバウアー」と狐六方のえびぞりを見せていました。これを受けて22日には「金メダルは今は王ジャパンだよ」と早速切り返されていました。大膳と胴八二役を演じた猿弥は、胴八がアクがあって良かったです。

すでに沖へ出てしまった船を呼び戻そうと、自ら腹を切って竜神に船を戻すように祈る浪七。段治郎の、階段をゴロゴロと転げ落ちたり、最後には岸壁から逆さづりになったり、文字通り身体をはった演技には息をのむばかり。にわかに暗くなった空にとどろく雷、荒れ狂う海の様子にも迫力と臨場感があり、不思議な力が浪七に集まってくる有様がよく出ていました。

しかし浪七の血が岩肌を流れ落ちる場面で、岩の間から血が出てくる仕掛には工夫の余地がありそうです。

当日舞台直前に行われた段治郎と国立劇場の大和田文雄.氏の対談では、「この場が終わった後には自力で起き上がれないほど体力を消耗する」と聞きました。その時ご本人も言っていましたが、「腹を切ってからが難しい」そうで、やはり声がちょっと元気すぎたように思います。それと立ち廻りの最初のところで、手先が踊りのように見えてしまったのが残念。

細かいことよりも内面を大事に演じたいと語っていた段治郎、船を呼び戻そうと見つめる先に本当に船が見えているかのようで、迫真の演技でした。

名題下だったころ、後ろでじっと座っている役の時でも、その役になりきることを心がけたそうで、そういうことを師匠猿之助はちゃんと見抜いて次に一言セリフのある役をくれたという話も印象に残りました。

第二部に入ると、段治郎が口上に出てきて、寸劇を見せながら第一部を説明。浪人姿の小栗判官が悪人に下女として売りとばされた照手姫に再会。一転して世話場になるのですが、お家の重宝をとりもどす方便として婿入りを約束する小栗判官が、照手姫とお駒の間で困り果てるという場面、右近はこの風呂の場が一番あっていると思いました。

奥座敷の場の笑三郎の後家・お槙は元武家の乳母という格をしっかり見せていました。笑也の照手姫は下女として辛い水汲みをしながら意地悪な女中にいじめられるところに、哀れさがよく出ていました。

お駒の怨念がたたってとうとう足腰がたたず、顔も半分ただれて合邦の俊徳丸のような顔になってしまう小栗の右近。雪の中をいざり車に乗せられての道行で、半分の顔がとても端正で美しく見えました。このお芝居、発端は桜の季節、浪七の家には朝顔棚、万屋の庭の見事な紅葉、雪の熊野と四季の景色が取り入れられているのも目を楽しませてくれます。

温泉で小栗を治療してやる段治郎二役目の遊行上人は、すっきりとしていながら骨太なところも感じられてよかったです。対談で、もともとはこの役は芋洗いの弁慶のような荒法師だったそうで、その名残が足の荒縄に残っているのだという話も出ていました。

すっかり元通りになった小栗は、大膳のところへ急ごうと照手と一緒に絵から抜け出た神馬に乗って、空高く舞い上がるわけですが、ここでこの芝居でしか見られない、馬に二人乗りでの宙乗りを見せました。見たところ役者には上からワイヤーがついていないようでしたが、途中で落ちそうになる場面もあるので、さぞかし怖いだろうと思いますが、晴れ晴れとした表情の宙乗りでした。馬は首と足がちゃんと動いて、走っている様に見せています。

最後は華厳の滝の場になりますが、どっちかというと白糸の滝のような背景の前で、照手姫が叔父である敵の大膳を討ち取ったところで、役者全員の上にどっとかたまって雪が落ちてきます。客席にまでその雪がおしよせてくるくらいの大量の雪で、健康にはあまりよくありません。^^;

完全に照明が明るくなったところで、全員が座って、右近が切り口上。最近、くらい結末のまま終わってしまう芝居がわりに多かったですが、この日はすっきりとした気分で帰途につきました。

「當世流小栗判官」は物語りがわかりやすく整理されていて、変化にとんだ見せ場も多く、再演が重ねられるのも納得できるお芝居だと思いました。

この日の大向う

第一部は一般の方の声が4〜5人でしたか、掛かっていました。中に女性で盛んに掛けていらっしゃる方もいました。掛け声はほとんど「右近」とか「段治郎」とか名前で掛かっていました。男の方たちのなんというか遠慮勝ちな掛け方が、ちょっと気になりました。

第二部はもっと少なく、花道の傍でお一人最初と最後に「澤瀉屋」、馬の宙乗りで空中で極まった時、「御両人」と掛けた方がいらっしゃいましたが、渋くて気合の入ったお声でした。一階では3度が限界だと思われたのだと思います。

22日第一部には会の方がお一人、ほとんど名前で掛けていらっしゃいましたが、右近さんにはかなり「澤瀉屋」と掛けていらしたようです。後はどなたもお掛けにならなかったので、浪七が捕り方にかこまれて登場したところ、柝の頭などに「澤瀉屋」と掛けました。

国立劇場3月の演目メモ
●當世流小栗判官 
右近、笑也、段治郎、猿弥、笑三郎、春猿、寿猿

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