河庄 掛け合いの面白さ 2005.10.12

9日、歌舞伎座夜の部へ行ってきました。

主な配役
治兵衛 鴈治郎
小春 雀右衛門
孫右衛門 我當

「河庄」(かわしょう)―「心中天網島」(しんじゅうてんのあみじま)のあらすじ
―大阪天満の紙屋の主人・治兵衛は、曽根崎新地の遊女・小春と三年越しの深い仲。しかし治兵衛にはおさんという貞淑な女房と二人の子供があった。小春にうつつを抜かしている間に、治兵衛の店も上手くいかなくなり、一方小春には嫌っている太兵衛という客から身請けの話が持ち上がり、どうしようもなくなった二人はついに心中の約束する。―

ここは北新地の茶屋・河庄。紙屋の丁稚三五郎が小春へ手紙を持ってやってくる。それは治兵衛の女房・おさんが、紙屋が立ち行かなくなっていることをせつせつと訴え、どうか治兵衛と別れてほしい、殺さないで欲しいと頼む手紙だった。おさんの気持ちをくんで、小春は治兵衛と別れる決心をし、三五郎に返事をもたせる。

河庄の女将・お庄がうち沈んでいる小春を慰めていると、そこへ小春が嫌っている太兵衛と友達の善六が現れる。小春を連れ出したいという二人を、お庄は今日は侍の客がいるからと断る。腹の虫がおさまらない二人は、ちょうどそこへやってきた侍客を治兵衛と間違えて討ちかかるが、一喝されて逃げ帰る。

侍客は小春が「首をくくるのと喉を突くのではどちらが痛いだろうか」などと気味の悪いことを言うので驚くが、二人で奥へと入っていく。

その後から紙屋治兵衛が万策つきて、とぼとぼとした足取りでやってくる。一目小春に会いたいと奥を伺っていると、小春が侍客と姿を見せる。侍は小春が心中する気であることを知り、事情を打ち明けてみないかというと、小春は「心中の約束はしたものの、命は一つしかないので、死なないためにはどうしたらいいか」と言う。

それを立ち聞きした治兵衛は、いっそこの場で小春を殺そうと刀を外から突き入れる。しかし侍はその手を部屋の中から捕らえて、格子に縛り付け、小春と一緒に奥へ入る。

この情けない格好の治兵衛を、ちょうど通りかかった太兵衛と善六が見つけ、貸した二十両の金を返せと治兵衛を罵ったり、殴るけるの乱暴を働く。するとさきほどの侍が中から出てきて、二十両の金を投げつけ、二人を追い払う。

手の縄もといてもらった治兵衛がお礼を言おうと顔を見ると、その侍は治兵衛の実の兄・粉屋孫右衛門の変装した姿だった。

治兵衛はその場から逃げようとするが、中へと引き入れられる。そこへ現れた小春を、治兵衛が怒りにまかせて殴ろうとすると、孫右衛門はしかりつけ、「自分がこのような形でやってきたのも、小春の心底を見定めるためだ」と治兵衛に意見する。

心の底から自分を思っての意見に、治兵衛もしぶしぶ別れる決心をして、取り交わした起請を返してもらうように兄に頼む。孫右衛門は躊躇っている小春の懐から紙入れを取るが、それと一緒に出てきたのは、さきほどのおさんからの手紙。

それを読んだ孫右衛門は、小春の愛想尽かしはおさんの頼みゆえだったと知り、心の中で感謝する。小春に未練の残る治兵衛をうながして二人は帰って行き、後に残された小春はただ泣き伏すのだった。

「河庄」は近松門左衛門作「心中天網島」を改作した、近松半二作の浄瑠璃「心中紙屋治兵衛」の上の巻を歌舞伎にうつしたもので、上方和事の代表的作品といわれています。

鴈治郎の治兵衛に我當の孫右衛門、この二人の掛け合いがとても面白いと思いました。上方役者ふたりが上方言葉を駆使してまるで漫才のようなあざやかな呼吸。鴈治郎が言い募ったあと、ふっと気をかえたように言うところなどは、さすがに上手いなぁと感じさせ、なかなか他の人の真似できるものではないと思いました。

あいかわず息を吸うときの音が美しくないのと、時々なにを言っているのかわからなくなるほどセリフがモニャモニャになるのには、ついていけないなと思いますが、今回は思い入れ過多で伸びすぎることもなく、わりにテンポが良かったと思います。我當は実直そうな孫右衛門の人柄にいかにもぴったりで、孫右衛門のちょっと三枚目的なところも面白く見ました。

紙屋の丁稚を演じた鴈治郎の孫、壱太郎は声がやや金属的なのが気になりましたが、長い一人芝居を飽きさせることなく堂々と演じていました。

小春を演じた雀右衛門は、風情は小春そのもので、泣き伏して治兵衛の罵詈讒謗を聞いているところなどは苦しい姿勢を崩すことなく長時間保っていたのには感心しました。しかしながら14年ぶりで演じた小春、1週間たってもまだセリフをプロンプターに全面的に頼りっきりで、それならいっそ黒衣にしてすぐ背後でつけたら、ふすまの後ろでつけるよりも目立たないのにと思いました。

その他、最初の演目は「引窓」。菊五郎の南与兵衛、左團次の濡髪長五郎、田之助の母・お幸、魁春の女房・お早というベテラン揃いの顔ぶれで演じられました。菊五郎の南与兵衛はいかにも町人という感じで、二人の侍より、かなり遅れて揚幕から登場。手を前で組みちょこちょこ歩く姿になんともいえない愛嬌がある与兵衛でした。

けれども、侍の十字兵衛になったときは、今ひとつすっきりしないように感じたのは、町人側に振り子が行き過ぎだったのではと思います。

左團次の濡髪は丸っこい身体つきの相撲取りの感じがよくでていました。「俺が噂の左團次だ」という左團次の個性がぴったりとはまっていて面白かったです。

この芝居は先月の賀の祝と同じく、老人が主役といわれるお芝居ですが、田之助はのお幸は5歳で養子に出した本当の子供の命をなんとしても助けてやりたいが、義理の子供に遠慮して遠まわしにしか言い出せない屈折した母親を感情豊かに演じていました。

中幕が玉三郎の「日高川入相花王」(ひだかがわいりあいざくら)。玉三郎が人形ぶりで清姫を踊りました。最初に文楽と同じように黒衣が出てきて、口上を述べ、義太夫、三味線、それに人形と人形遣いの役者の名前を呼びあげました。

黒衣の頭巾はイカのような形で、黒衣の紐が赤かったのが歌舞伎的だと思います。文楽の口上は昔のニュース映画のナレーションのように一本調子だといつも思うのですが、それよりは抑揚がある口上でした。

清姫の玉三郎は人形遣いたち3人と花道から登場。玉三郎の人形ぶりは本当に優雅で、他の方のように肩でぎくしゃくした動きを強調しません。

それでもまるで本物の人形のような魅力があり、最後まで足をちらとも見せず、人形遣いの菊之助が片手になってみせる後ろ振りも大変綺麗でした。川を渡る清姫は、途中で人形の首がガブといって鬼の形相に変化するのと同じように、牙のはえた歯をむきだしにした口元だけの面を一瞬だけ咥えていました。

向こう岸にようやく泳ぎ着いた清姫の、半ばほどけた帯が本当に蛇のように妖しく見えました。

同じく人形ぶりで船頭を演じた薪車は、玉三郎と対照的に直線的で素朴な動きで、印象に残りました。目のふちを幅広く白を使って大きく描いてあり、文楽で瀬尾の首がやはり目がぎょろっと大きくて、ちょっと西洋人風の顔に見えたのを思い出しました。

この日の大向こう

数人声を掛けていらっしゃいました。会の方は3〜4人ということでした。

「引窓」で揚幕から糸立てを巻きつけて登場した濡髪が七三で振り返りって顔を見せたとき、「高島屋」と声がかかりました。忍んでいく途中ということで、掛からなかった日もあったようですが、私はここは掛けても良いのではと思います。

与兵衛が母のすることをあれこれ思案した結果、「おお」と言いつつポンと膝をたたいた時、いっせいに「音羽屋」と声がかかりました。

「河庄」になると、お芝居の中身と関係ないような明るい声が掛かったのには、疑問に思いました。雀右衛門さんがわーっと泣きじゃくっているのに、「きょう〜や」といかにも楽しそうな声が掛かるのは興ざめというもの。できれば、悲しい時はそれに合わせたような音色の声がかかって欲しいなと思いました。

丁稚の三五郎の壱太郎さんが花道を引っ込む時、「若成駒」と声が掛かりました。

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