『 夢みる惑星 』

 

 

 

 「 ああ、本当に久し振りだわ! ・・・・やっぱり、この街が好きよ、わたし。 」

大きく深呼吸し少女のように華やいだ声を揚げたわたしに、兄はいつもの優しい笑みを返してくれた。

「 フランソワ−ズ、お前の、俺たちの生まれた街だもの。 嫌うワケはないよ、どんなことがあっても・・・・ 」

「 ・・・・そう、そうよね。 ジャン兄さん。 」

わたし達は幼い頃よくそうしていたように 仲良く手を取り合って懐かしいこの都会を歩いていった。

 

少女時代、わたしはとんでもない事件に巻き込まれた。 

当時、軍人だった兄を迎えに行く途中、正体不明の男達に拉致されそうになったのだ。

気付いた兄が、必死で追いかけてくれたお陰ですんでの所でわたしは 救出された。

しかし その後わたしは一種の対人恐怖症のようになってしまい、かなりの期間闘病生活を送ることとなった。

それまではバレエ学校に通いバレリ−ナを目差していたのだが、結局その道は断念しなければならなかった。

心配した兄は 軍務を退きやがてわたしと共に静養も兼ねて中部フランスの田舎町に移った。

かの地で わたしは徐々に健康を取り戻し、地元出身だった兄の後輩と結婚してもう娘が10歳になる。

 

「 ママン〜! 伯父さま!」

「 マリアンヌ。 大丈夫、迷わなかった? 」

わたしと同じ亜麻色の髪をなびかせ、駆けてきた娘が兄に抱きついてアパを交わす。 

きらきら耀く彼女の瞳は、父親ゆずりのはしばみ色。 − わたしの大好きな色。 

「 ええ、ちゃんとわかったわ、ねえ、ママンは本当にパリジェンヌだったのね! 」

「 そうだよ、マリアンヌ。 パリはきみのママンと伯父さんの故郷さ。 」

「 いいなあ・・・・! すっごくステキじゃない? どうしてママンはあんな田舎にひっこんじゃったの? 」

「 それは・・・ 」

「 ママンはね、 ちょっと病気をして。 それで空気もよくて静かなあの町へ引っ越したんだよ。 」

「 そうなの。 ちっとも知らなかったわ。 」

仔鹿みたいな足取りで すこし先を跳びはねて行く娘を目で追って、兄は低い声で話した。

 

 −  あの事件の後でね。 お前には言わなかったけれど、似たような手口の犯行があって。

結局、 少女がひとり行方不明のままだ・・・。

・・・・・そう・・・。  わたしには、 ジャン兄さんがいてくれて・・・本当によかったわ・・・。

先に行く娘に視線を当てたまま、 兄は黙ってきゅっ・・・とわたしの手を握り締めた。

 

 

 次のブロックで、信号が変わった。  人々の波が ゆらめいて交錯する。

行き違った ちいさな集団。  あきらかに異国の人々を含む数人の男たちと少女がひとり。

 

 − あ。

 

なぜ・・・・か。 理由などわからない、いや、そもそも理由などありはしない。

何の気なしに彼等に投げかけたわたしの視線は − ぴりぴりと一人の青年に吸い寄せられぴたりと止まった。

 

茶色の髪に 茶色の瞳。

まだ幾分かの稚さを漂わせ どこか異国の血を感じさせる端整なその横顔。

もちろんはじめて見る顔、なのだが。 わたしの眼は勝手にそこに張り付いてしまい、離れようとしない。

 

わたしの視線を感じてか、その青年は訝しげにちらりと顔を向けたがすぐにその視線は逸れてしまった。

そして、やわらかい微笑を自分の傍らに寄り添うブルネットの少女に向けた。 

深いグリ−ンの瞳を煌かせ、少女もやさしくほほえみ、ふたりは仲睦まじく語りあっている。

 

 

     ワタシ カレヲ シッテイルワ

 

 

 −何か・・・胃のあたりがぐぅっ・・・と熱くなって。 なに、この不安? ・・・・嫉妬?

   そこは。 わたしの場所よ!

  

 

「 ・・・どうした? 知っている人かい。 」

「 あ、ううん・・・。 兄さん、ちがうわ、わたしの思い違い。 」

呆然と突っ立っているわたしに 兄が気使わしげに声をかけてきた。

「 久し振りの人込みで疲れちゃったかい? 今夜はゆっくり休むといい。

なんならマリアンヌはウチに泊めようか? 」

「 大丈夫よ、ごめんなさい、心配かけて・・・。さ、行きましょう、お義姉さんが待ちくたびれているわ、きっと。」

いつの間にか 視界から去ってしまったあの人々をアタマの中からも消し去りたくて、わたしは笑って

すこし高声で答えた。

「 ママン〜! ジャン伯父さま〜! は・や・く・ぅ〜〜〜 」

「 ほらほら・・・。 お姫様がお呼びだよ?」

にっこりと微笑み返し、わたしは再び兄に腕を預けて娘の後をゆっくりと歩んでいった。

 

 

「 どうした。 疲れたのかい。 」

夫はわたしにカフェ・オ・レのカップを手渡し、少し心配そうな眼差しをなげかけた。

夕食後もさんざんはしゃいでいた娘もやっと寝室へ引き取り、わたし達夫婦はいつものように穏やかに

ティ−・テ−ブルを囲んでいた。

「 ああ、ごめんなさい。ふふ・・・久し振りの都会ですこし興奮しちゃったのかしら。

マリアンヌのこと、笑えないわね? 」

「 なにか、懐かしいものでも見つけたのかい? 疲れたっていうよりとても心ここに有らずっていうカンジだよ。

  夢中になってるね、今夜のきみは。 フランソワ−ズ? 」

「 − 夢中って・・・・そんな。 そう、ちょっと。思い出していただけ。 ・・・・いろいろと、ね。 」

「 そう・・・? なんか・・・そうだな、運命の相手にめぐり合った乙女、みたいなカオしてるぞ? 」

この人にしては 珍しく軽く揶揄するような言い方をして、それでも彼は優しい笑みをわたしに見せてくれる。

「 乙女、って、まあ、あなたったら・・・嬉しいわ。 そうネ、ちょっとした乙女の感傷、よ。 」

内心 どきりとしながらもわたしは ことさら何気無いふうに夫に微笑みかえしてみせた。

 

 

  − 運命の相手。

 

 

そう・・・・。 まさに。  あの、カレは わたしの運命のヒトなのだ。 

 

                               「 彼の名は・・・・・ジョ−。 」

 

知らないコトバが するするとひとりでに口から伝い漏れた。  

わたしはひっそりと その懐かしいけれど初めて耳にした名をくりかえしくりかえし胸のうちでつぶやいていた。

 

夜半。 そっと夫の隣を抜け出しわたしは、ナイト・テ−ブルに手紙を置いて − 部屋を出た。

 

   「 あなた、 ごめんなさい。 運命の相手に出会いました。 さようなら。 」

 

 

その夜、星がひとつパリの空を流れたのに誰ひとりとして気がつかなかった。

 

 

                               ***********

 

 

「 ふふ・・・まだ信じられないわ! ジョ−、あなたと一緒にパリの街を歩いてるなんて。」

僕の傍らで きみは嬉しそうに呟いた。

「 信じられないって、何がかな。 この指輪に聞いてみてほしいんだけど? 」

ちょっとおどけてきみの手を、指輪のはまった左手を、僕は柔らかく握った。

 

少年時代、僕はいわゆる<不良少年>だった。

父親の素性も国籍すら定かでない施設育ちの孤児に世間の風は冷たく荒んだ道にはまりこむのは

あっという間だった。 しかも そこでさえ僕は自分の居場所をみつけることはできなかったのだ。

とどのつまりは いい様に利用され。 オトナになる前に<塀の中>送りとなった。

 

− あれは、鑑別所送りになった年の冬だった、と思う。

隣の房で、脱走事件があり数人の少年達が夜陰に乗じて塀を越え 闇にきえた。

僕はたまたま 高熱をだし寝込んでいて翌朝になってからコトの顛末を知った。

ずっと後になって聞いた噂によると、事件のリ−ダ−格だった少年だけが未だに行方不明だという。

 

「 はじめて会ってから・・・・何年になるのかしら。 」

「 どうしたの、 急にそんな。 なんだか今日のきみはヘンだよ? 」

「 外国なんて初めてだから、ちょっと緊張してるのね、きっと。なんだかいろいろな事が思い出されて・・・」

「 ・・・ほんとに、なんにもなかった駆け出しの頃から僕をささえてくれたよね。みどり、きみがいなかったら

 僕は・・・・マトモな道に戻れていたかどうかも怪しいよ。 」

きみは にっこりと笑って細い指を僕の口に当てた。

 − そのコトは・・・ 言いっこナシ。 もう、忘れましょう?

穏やかなひかりを湛えて きみの黒い瞳が僕に語りかけているよ。

 

なんとか鑑別所を出所した後、僕は自動車整備工としてマトモな道を歩みはじめた。

もともと性に合っていたのだと思う。 やがて僕はレ−シングチ−ムのテクニカル・スタッフとして頭角を現し

いまでは重要なポジションを得いる。 地味な裏方ではあるが、おおいに遣り甲斐があり十分満足している。

 

それに。 僕のそばには、ずっときみがいてくれるしね、みどり ? 

この地でちゃんとプロポ−ズしたよ。 うん、帰国したら結婚式さ! ごめんね、随分待たせてしまった・・・

 

「 ジョ−・・?」

ちょっと照れ臭いけれど、寄り添ってきたきみの肩に腕をまわし僕たちはゆっくりと石畳の路をゆく。

「 うふ・・・。 この街のせい? なんか今日はやさしいのね・・・ 」

「 え・・・、今日はって。 僕はいつもと同じつもりだよ? かわいい奥さん。 」

「 ジョ−ったら・・・ 」

淡い冬の陽射しのなか、僕たちはお互いの温もりを確かめ幸せを確かめていた。

 

 

賑わう街角で。  ふと・・・・亜麻色の髪が 僕の視線を捕らえた。

数人のだだならぬ雰囲気の男たちの中にごく若い女性ひとり、僕とすれ違ってゆく。

彼女の横には 黒髪の青年。 ・・・東洋系、日本人か。

 

 

  − あ。

 

 

もったいぶった理屈など必要はなかった。

僕の視線は狂おしく ぎりぎりとその女性に縛り付けられ断固としてはなれようとはしない。

一瞬、不審そうな表情で振り返ったその人は。 

吸い込まれそうな深い瞳をじっと僕に当てたが、すぐにふいっと踵をかえした。

石畳の路を遠ざかってゆく、その端麗な後姿から 僕は眼を逸らすことができなかった。

 

「 ジョ−。 さっきのヒト、知っている人? キレイな髪、とても綺麗なひとね・・・ 」

「 あ、ごめん。 ううん・・・全然。うん、多分気のせい、さ。あの・・・黒髪の青年、昔の友達に似てる

 気がしたんだけど。 いや、歳がちがうもの、僕のカンちがいだろうね。 」

オ−プン・カフェに座るとすぐにきみは尋ねてきた。不安そうなその視線に、僕はことさら何気無さを

強調して応えたけれど。

 

 

    ボクハ  カノジョヲ  シッテイル

 

 

 − 真冬の快晴の空を映し取った瞳を、 豊かに波打つ亜麻色の髪を。

    僕は 確かに その温かさを、 そのひんやりとした感触を、 覚えている・・・・

 

 

「 何か上の空ね、ジョ−。 いいのよ、今はお仕事に集中して頂戴。わたしのことは・・・その次でいいわ。」

きみは ちょっと淋しそうにほほえむと僕にそっとその白い手を差し伸べてきた。

「 みどり。ごめんね、いつもいつも。 僕ってほんとうに不器用だから・・・その、なんていうか・・・。」

「 ううん・・・。 気にしないで。 あなたがこうしてわたしの傍に居てくれるだけでわたしは十分満足よ。

 そのかわり、今度のお仕事がおわったら。 そうしたら、あなたを独り占めさせて、ね? 

 あなたは。 そう、わたしの運命のヒトですもの。  」

びくっと心臓がひっくり返りそうになった。 僕は なにげないフリでわざとゆっくりときみの手を握った、

いつもの僕には似合わない、歯の浮くようなセリフを口にしながら。

「 きみがいてくれれば。 それが僕のしあわせ、僕のすべて、だ・・・ 」

 

 

     − 運命のひと。

 

 

そう・・・・。 まさに。  あの、カノジョは 僕の運命の相手なのだ。 

 

                                          「 彼女の名は・・・フランソワ−ズ。 」

 

聞いた事もない言葉が するすると自然に口をついて出てきた。

僕はそっと その耳慣れないがずっと前から親しんでいる名を何回も何回も口のなかでくりかえした。

 

夜明けを待たずに、僕はみどりの傍を離れた。 − そう、永遠に。

 

   「 みどり、 ごめん。 運命のひとをみつけてしまった。 さようなら 」

 

 

その夜、季節外れの流れ星がひとつ、音も無く中天を過ぎっていった。

 

 

                                          *************

 

 

ふと 名を呼ばれた気がして目覚めれば。

いつもと同じに愛しいヒトが自分の横で穏やかに寝息をたてている。

そっと伸ばした手に触れる、慣れ親しんだぬくもり。

もう、自分のものになりかけているやさしい匂い。

「 ・・・ごめん、起こしちゃった・・・・? 」

やさしい茶色の瞳が 少し心配そうにわたしをのぞきこむ。

「 ・・・ううん、 目は覚めていたから・・・・」

いつもより少し低い声が やわらかく僕の耳にひびく。

 

− ねえ・・・わたし、夢をみたわ。

− やあ、偶然だね。 僕も 夢をみた・・・

 

「 きみに 逢ったよ。 」

「 あなたに 巡り合ったわ。 」

 

やさしい沈黙が二人のあいだに ゆったりと漂う。

どちらからともなく 腕を差し伸べ 指を絡めあい

肩を抱き寄せ その胸に顔をうずめ

 

「 ちがう僕だったけれど きみを知っていた・・・・ 」

「 別のわたしだったけれど あなたがわかったわ・・・・ 」

 

− あなたを捜して 長い長い旅に出たの。 天の果てまで

− きみの跡をもとめて 遠い国々をめぐったよ。 地の限りまで

 

築いてきたすべてを捨てて 大切にしてきた何もかもを放り出して

あなたに きみに 会いたくて ただ それだけのために  命だけをかかえて

 

ああ  わたし達は  ぼく達は

ちがう星がめぐり 別の時間(とき)が流れても

求め合い 捜しあい   そして巡り合う  運命

 

「 よかった・・・。 きみが きみで。 フランソワ−ズ。 」

おおきな温かい掌が わたしの乳房を覆い尽くすわ

「 よかった・・・。 あなたが あたなで。 ジョ−。 」

なめらかな熱い肌が 僕自身を包み込むよ

 

きっと あれは あの夢は

気まぐれな星が みせた 幻影

ゆめみる惑星が 届けてくれた フェアリ−・テイル

 

ジョ−。

フランソワ−ズ。

わたしの  ぼくの   運命のひと。

 

 

その夜 研究所にそう遠くない海原に奇妙な隕石がひとつ、音も無く波間に呑み込まれていった。

 

 

*********  Fin. ********

   Last update : 7,28,2003           index  

 

  ******  後書き by ばちるど ******.

 

 <私説・ディ−プスペ−ス編> です。 同床異夢、ではなく同床同夢?の二人にしてみました。(^^

  「 みどり 」サンは例のSFロマンに登場するジョ−君の幼馴染さんです。

                 フランちゃんの旦那さんは・・・適当にみなさま、当てはめてくださ〜い・・・