『 夢の果て −バラの精− 』

 

 「 !!!はい、はい、やめ、やめ! 」

− パン、パン、パン!

マダムは大きく手を打って音を止めさせ、センタ−の二人に歩み寄った。

 

「 これは、ね! ほとんど組むパ−トはないけれどちゃんとしたパ・ド・ドゥなのよ!

 リフ、飛び跳ねればいいってワケじゃないの。 手は取らなくてもサポ−トしてるのよ。 」

「 ・・・・・ 」

まだ軽くジャンプしながらも 少年は不承不承に頷いた。

「 フランソワ−ズ、あなたもよ。 夢の中っていっても<バラの精>と一緒に踊ってるのよ、

  ソロじゃなくて。 そう、夢の王子様との踊りと思って。 」

「 ・・・はい、マダム・・・ 」

少女も小さく頷いて亜麻色のほつれ毛を神経質そうに掻き揚げた。

「 あなた達、ヴァリエ−ションはそれぞれ上手いのにねぇ・・・ さ、今日はここまで。

 テ−プを借りていって次までにようく考えてみてくること、いい? じゃあ。 お疲れサマ 」

「「 ありがとうございましたァ 」」

 

流れる汗を拭って、二人は肩を竦め互いに苦笑いを浮かべた。

「「 きみ ( あなた ) が 」」

「 ・・・ふう・・・やめましょ。 音をよく聴いてイメ−ジを創ってくるわ。 」

「 ああ、うん、オレも・・・。 明日はオフだよな、オレも宿題だ。 」

「 せっかくもらったパ・ド・ドゥだもの、 いい踊り、しましょう? 」

「 いい踊り、かあ・・・ うん。 じゃあ、オツカレサマ。 メルシ−、フランソワ−ズ 」

「 お疲れさま、リフ。 」

軽く手を振って少年と少女はすこし重い足取りで左右に別れていった。

「 ・・・あっと・・・。テ−プだけど・・・ 」

すこし歩みを進めてから、ふと少年が振り返った時すでに少女は廊下の端を曲がろうとしていた。

「 ま、いっか。 あさってで・・・ 」

少女の跳ね動く金髪の影が その日に限ってなぜかいつまでも少年の目に焼きついていた。

 

 

 「 ・・・お兄ちゃん、・・・貸してね〜っと。 壊さないから、ね? 」

ちいさく呟いて、真似だけのノックをして、フランソワ−ズは兄の部屋のドアを開けた。

主のいない部屋はきちんと整えられているだけに やっぱりちょっと寒々しい。

「 今度は長かったわよね・・・でも、明日、帰ってくる! うれしいな・・・!」

兄のベッドにすとんと腰をかけ 彼女は愛し気に枕にはなしかけた。

「 この前、テ−プレコ−ダ−の使い方、習っておいてよかった。 ちょっと貸して、ね? 」

兄自慢の最新式のレコ−ダ−をフランソワ−ズはおっかなびっくり操作しはじめた。

 

「 ・・・あ、うん・・・これで、いいんだわね・・・ 」

小さく絞った音が徐々に部屋に満ち始めた。

「 ああ、・・・さすがお兄ちゃん! スタジオのと音質が全然ちがうわ〜  ふんふん・・・ 

 夢の王子サマ、ねえ・・・ 運命のパ−トナ−、なんて・・・ ?」

ア−ムスの振りをマ−キングするうち、心地好い音色に誘われいつしかフランソワ−ズの身体は

兄のベッドに沈んでいった。

 

何回目のリピ−トだろう、一際音が高くなったところで不意に窓が開いた。

流れ込んできた夜気とともに さあぁっと誰かが飛び込んできた。

「 !? え・・・だあれ・・・ バラの精、じゃなくてリフ? ・・・ううん、ちがうわ・・・ 知らないヒト。

 茶色の髪、茶色の瞳、あなたは だあれ・・・? 」

ぼんやりとした寝起きの頭で、フランソワ−ズはけんめいに目を凝らせ、声をかけた。

不思議なその男の子は にっこり笑ってフランソワ−ズの手をとりベッドから起こした。

 

「 ・・・踊るの・・・・? ・・・え 振りがちがうわ、こんなパはないのに・・・ あ・・・どうしてこんなに

 身体が軽いの、リフとよりも、ううん、先生とよりも軽く踊ってるわ、わたし。 」

兄の部屋はいつしかステ−ジへと続き 二人はすべるように踊ってゆく。

見知らぬパ−トナ−は彼女を軽々と宙に放り投げ、そして確実にキャッチする。

「 わ・・・あ・・・ わたし スケ−タ−じゃないのに・・ でも! 素適! すごいわ〜

 こんなの、初めてよ・・・? そう、<理想の王子サマ>、ううん、<運命のパ−トナ−>?!

 でもアナタはだあれ・・・? あら、 あ、 待って! 」

 

再び窓から飛び出ていった少年に呼びかけた声でフランソワ−ズは目が覚めた。

「 う・・・・ん・・・? あれ・・・? あっ!! いっけな〜い、わたしったら寝ちゃったんだ!

 いま何時・・・時計、時計・・・お兄ちゃんの時計が・・この辺に・・・あ、あった・・・

 大変! もうこんな時間だわ! お兄ちゃんを駅まで迎えにゆく約束なのに〜 」

兄のベッドから飛び起きた彼女は 大慌てで自分の部屋へ駆け込んだ。

 

 

「 じゃあ、明日、荷物を運び出しに来ますから。 」

「 そうかい・・・。 淋しくなるねえ・・・。これからどうするんだい? 」

コンシェルジュ(管理人)の老婆の溜め息に ジャンはほろ苦い笑みで答えた。

「 長い間、その、いろいろとお世話になりました・・。 軍務からも退きましたし・・・少しゆっくりして

 考えようと思ってます。 いろいろ・・・整理したいこともありますから。」

「 それがいいよ、ジャンさん。  あたしもねえ・・・いまだにあの娘の、踊るように階段を降りて行った足音が

 耳から離れないんだよ・・・ ほんとに・・・ 」

「 ・・・・ 」

際限もなくグチが続く老婆に ただ会釈を返し、ジャンは階段を登っていった。

 

 目の前で妹を拉致されて。 捜して捜して捜し続けたこの歳月・・・。

( もう・・・やめよう・・・そうでなければ、あいつも 行くべきところへ行けないんじゃないかなあ・・・)

半ば自分自身に言い聞かせるように呟き、ジャンは懐かしい部屋のドアを開けた。

妹の部屋は既に片付けてあった。 久し振りにかつての自室へ踏み込みジャンはまた吐息をはく。

放置して久しいその部屋の全てには あの頃のまま静かに歳月というほこりが降り積もっている。

( ああ、すっかりなにもかも・・・まさに骨董品だな。 )

自嘲の笑みを口元に、ジャンはベッド・サイドの棚に歩み寄った。

( テ−プレコ−ダ−か・・・懐かしい。 うん・・? テ−プが入ったままか? もう動かんだろう・・・)

遠い日に思いを巡らし、ジャンは固くなっていたスイッチを捻ってみた。

ガタ・・・ン、キュル・・・ 軋むようにそれでもゆっくりとリ−ルが回りはじめる。 .

それとともにぼわぼわとした音が流れだした。

「 ・・・これは・・! そうだ、『 バラの精 』! フランソワ−ズが最後の手紙で言ってた! 」

切れそうなバッテリ−のため 不安定な低いざらついた音質で奏でられるメロディ−に ジャンは

呆然として聞き入ってしまった。

 

 ふわり・・・・

ふっと自分の脇をなにかが通りぬけた。 

「 ・・・?・・・なんだ・・・? 」

わが目を疑い、立ち尽くす彼のまわりを影が二つふわふわと舞いはじめた。

たかく、ひくく、すべるように・・・ 時に楽しげな笑い声さえたてて。

古風なメロディ−に乗り髪をきらきらと煌かせ舞う細い影と ふと目があった。

「 ・・・! フランソワ−ズ! お前か?! どこにいるんだ、生きているのかっ ・・・」

もう一方の影がふっと妹を捕らえ、高く放りそして楽々と受け止める。 そんな茶色の髪のパ−トナ−に

妹は蕩けるような笑みを返し くるくるとまわる・・・

「 フランソワ−ズ・・・お前は・・・しあわせ、なんだな? どこにどうしていようが、幸福なんだね? 」

微動だにできずに、搾り出す様な兄の呟きに、最愛の妹は極上の笑みとともに 頷いた。

− そして。 曲がゆっくりと終わりを迎えると ふたつの影は手を携えて再び窓から飛び出していった。

はじかれた様に窓へ駆け寄った兄の眼に映ったものは。  満天の星空。

「 ・・・そうか・・・お前は、バラの精に巡り合って・・・ しあわせなんだね・・・ 」

カラカラカラ・・・・ 部屋のなかに、リ−ルが空回りする乾いた音だけが響いていた。

 

 

「 ・・・フラン、フランソワ−ズ。 どうしたの、起きて・・・? 」

「 ・・・あ・・・ああ・・・ジョ−・・・ 」

ひくく耳元でささやく声とともに 自分をそっと揺り動かしているジョ−の顔が目にはいってきた。

「 どうしたの、きみ。 うなされて、いや とても楽しそうな顔してたけど・・・? 」

「 ああ、ゆめ、だったのね・・・ 」

フランソワ−ズは肩に廻された彼の腕に頭を預けた。

「 昼間、ジョ−が買ってきてくれたMDあったでしょう・・・ 」

「 うん? ああ、あの掘り出し物って言われた、復刻版の ええと・・・『 バラの精 』 ? 」

「 うん。 あれ、あれね。 むかし・・・わたしが聴いてた音。 わたしが、踊るはずだった・・・音なの。」

「 ・・・そう、なんだ。 」

「 あの音で踊ってた・・・練習したわ・・・ あの日の前の晩も、お兄ちゃんの部屋で聴いてた・・・ 」

ちょっと困ったように覗き込む彼の茶色の瞳が愛しくて。 フランソワ−ズはそんな彼の首に両腕を絡めた。

「 それで・・・素適な夢をみたの・・・ ふふふふ・・・でも。言わない。 」

「 なんだよ・・・ 意味深だなあ。 そこまで言っといて.、さ・・・? 」

ジョ−は腕の中の柔らかい身体に 手を滑り込ませた。

「 あ・・・ん・・・ ナイショ。 言わない。  わたし、しあわせよって言ったわ・・・ 」

「 ?? ますます、わかんないよ・・・夢の続きかい? 夢なら、こうして・・・ふたり一緒に・・・見よう、よ・・・」

そこかしこに当てられる熱い唇に フランソワ−ズは陶然となりながら呟いた。

「 え・・ええ・・・ わたし・・・は。 わたしのバラの精に巡り合って・・・そう・・運命のパ−トナ−に・・・

 そうして。 誰よりもしあわせに・・・ジョ−、あなたと踊ってゆきたいわ・・・ ずうっと・・・ 」

「 ・・・フランソワ−ズ・・・ 」

「 これが。 夢なら・・・もう、覚めないで・・・! 」

ふっと・・・フランソワ−ズはあの音を 聴いた気がした。 

絡まりあう二つの身体を 星々の変わらぬ光が照らしだしている。

 

初めての舞踏会から帰った少女。

彼女が夢うつつで踊った花の化身は やがて巡り合う運命のパ−トナ−だったのかもしれません。

 

 

    **** FIN. ****

 

 後書き by  ばちるど

 夢の中でのジョ−君に<バラの精>の、あのヅラと衣装を着せないでくださいね!(汗)

 シンプルに、Tシャツとスェットってカンジで想像して下さい〜

 

 Last update : 30,3,2003

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