『 Your Sweets ― きみの・・・! ― 』
「 え? ショコラ だけなの? 」
亜麻色の髪をした女性が 頓狂な声をあげた。
「 え??? なに〜? 」
きゃわきゃわ賑わっていた彼女たちが 一斉に声の主を振り向いた。
ここは 都心に近いところにある中規模なバレエ・スタジオの更衣室。
ちょうど朝のプロフェッショナル・クラスが終わり、ダンサーたちはほっと一息、シャワーを浴び着替えをしている。
年若い娘たちが集まれば着替える手と同じくらい口も忙しく動き、笑い声のボルテージも上がっていた。
「 あ・・・ ご ・・・ ごめんなさい・・・! 」
叫んだ娘は 真っ赤になりあわてて自分自身の口に手を当てている。
「 いいのよ〜〜ォ フランソワーズ。
そっか〜〜 チョコ・・・ってのは日本だけだっけ〜〜 」
「 そうそう! 聞いたこと、あるわ。 向こうではチョコだけじゃないって。 」
彼女の側にいた娘たちが 口々に言い添えてくれた。
・・・ ありがとう・・・! みんな ・・・
「 あ・・・あの、 ごめんなさい・・・ あの みちよさん、 でも、 ほんとにショコラだけ、なの?? 」
声をぐっと落とし、 ひそひそと・・・彼女は隣の小柄な娘に訊いている。
「 う〜ん・・・日本ではこの日はねえ、 やっぱチョコなのよ。 程度に差はあっても、チョコなんだ。
貰う方も たとえ食べる気がなくてもチョコを期待してるのね〜〜 」
「 そうそう、たとえ義理でもね〜 」
「 ・・・ ギリ? 」
「 うん。 ま〜 ゴアイサツってことかな。 」
「 ふうん ・・・・ そうなの? へえ ・・・ごあいさつ・・・ 」
「 まあさ、チョコ・メーカーに乗せられた・・・って気もするけど。
贈る方も楽しんじゃうから いっか〜〜ってカンジ。 」
「 そうなんだ・・・ 」
「 欧米じゃあさ、別にカレシや他の男性にだけ贈るのじゃないのでしょ?
なんかで読んだよ? 恋人同士や 家族や親しい友人同士で贈りあうんだって。
チョコだけじゃなくて、他のスウィーツとか花束とか 」
「 へえ〜〜 そうなんだ? 日本のチョコ祭り とはちょっと違うんだね。 」
物知り顔の女性に、周囲もふんふん・・・といった表情をしている。
「 ふ〜ん ・・・ それじゃ フランソワーズも 家族とか友達とかに贈ってたわけ? 」
「 え ええ。 あんまり大々的な行事じゃなかったけど。
お花とかキャンディとか・・・ ちょっとしたものを兄やお友達と遣り取りしたわ。 」
「 なんか ほのぼの〜・・・でいいねえ。 」
「 そ そう? 」
「 うん。 でもさあ〜 今年はチョコ、用意してあげたら? 」
「 ・・・え? 」
「 ふふふ〜〜 ほ〜らあのカレシ♪ 茶髪のカレシ、きっと待ってるよ〜
フランソワーズからの チョコ♪ 」
「 あ♪ そうそう〜〜 見ちゃったもんね、この前。 クルマで迎えに来てくれてたよね〜 」
「 アタシも見た見た〜 すっごく素敵なヒト〜〜 笑顔がカワイイの〜 」
わあ・・・ッとまたまた娘たちは盛り上がる。
その中で 亜麻色の髪の娘は 頬を真っ赤に染めている。
「 え・・・ あ あの そのゥ・・・ 」
「 すごくお似合い♪って感じだものね。 チョコよ、チョコ。 絶対にチョコ♪
日本のヴァレンタインデー、チョコ騒ぎを楽しみなよ〜 カレシも喜ぶよ。 」
「 そうそう。 期待してるよ、カレシ〜〜 」
「 やだ、フランソワーズってば〜 真っ赤になって可愛い〜〜 」
「 そう、ほんと 可愛いよね〜このコってば 」
「 ウチの男子どもだって 密かに期待してるかもよ〜 」
「 はん! アイツらなんかむ〜りムリ あの・カレシと比べたらさあ。 」
「 当然よねえ、フランソワーズ♪ 」
「 え ・・・ そ そんな ・・・ 」
口々に囃され フランソワーズは上気した頬を両手で押さえている。
「 ともかく! チョコよ チョコ〜〜 2月14日にはね! 」
「 え ・・・ええ。 わかったわ。 」
パリジェンヌは頬を染めたまま こっくり頷いた。
― チョコ ・・・ ショコラ かあ・・・・
やっと更衣室を脱出し。 お疲れさま〜〜っと外に出た。
すっきり晴れた空は真っ青で 冷たいはずの北風が上気した頬にここちよい。
この国の冬は ― 本当に明るくて素敵 ・・・
スキー場以外で 冬にこんなお日さまを楽しめるなんて
欧州育ちにとって晴れた冬の陽射しはとても魅惑的なのだ。
亜麻色の髪の乙女の足取りは次第に軽くなってゆく。
「 そ〜うだ♪ ハラジュクまで行ってみようなか。 シックなショコラ、みつけたいもの。
今日は見るだけでもいいし ・・・ 」
レッスン・バッグを抱えなおし、彼女は大通りを右にまがった。
― ふんふんふん ・・・ ♪
自然にハナウタなんぞも口ずさみパリジェンヌは日本の冬の午後を楽しんでいた。
思いもかけない運命に翻弄され ― この極東の島国に住むことになった。
ごく普通の日々どころか自分自身の本当の身体まで 失ってしまった。
人生を無理矢理捻じ曲げられ生きる意味を失い暗い瞳でこの地にやってきた。
そんな彼女 ― フランソワーズ ・ アルヌール なのだが。
そこには新しい運命が待っていた。
― 今。 彼女は 微笑みの日々を生きる。
海岸の崖っぷちに建つ邸に < かぞく > と一緒に住んでいる。
故郷の街でと同じに 毎朝レッスンに通えるようになった。
そして ― すぐ側には 彼 がいる。
「 こんなに幸せで ・・・ いいのかしら。 」
今でも時々 彼女は呟いてしまう。
ぴかぴかのキッチンでお皿を洗いつつ 明るい太陽に洗濯物を干しつつ
温かいリビングでカフェ・オ・レを味わいつつ 幸せの想いは口から零れてしまう。
・・・・ それは独り言のつもりだったけれど、
「 え? なに? 」
「 あ ・・・ ジョー ・・・ ううん、 なんでもないわ。 」
そう? と 彼はちょっと首を傾げ、また雑誌に目を戻す。
「 ・・・ ( なんでもないの。 ただ 幸せな だけ。 あなたが ・・・ いるから。 ) ・・・・ 」
彼女は口を結んでも零れてくる笑みを隠せない。
島村 ジョー ・・・ このひとが 側にいる。
彼が居るだけで いい。 彼の横顔を見ているだけで いい。 彼が笑うとすごく嬉しい・・・!
・・・ こんな気持ちって初めて? お兄ちゃん・・・とも違うのに ・・・
どうしてこんなに心が弾むのか 自分でもよくわからない。
でも ・・・
セピアの髪に 整った横顔に 自然に目が行ってしまう。
「 ・・・ ふふふ ・・・ わたしったら♪ 」
「 ? ねえ なにか用があるのかい? 」
「 あ ・・・ ち、 ちがうのよ、違うの、ジョー。 ただの独り言・・・ >
「 へえ〜〜 フランソワーズって 独り言、いうひと? 」
「 え・・・ そんなこと ないわよ。 」
「 え〜 だってさっきから言ってるじゃないか? 」
「 そ そう??? 」
「 うん。 ・・・ あの ・・・ なにか気になることがあるのなら遠慮しないで言ってほしいな。
ぼく達 仲間だろ? 」
「 ・・・ え ええ ・・・ ( 仲間、ねえ・・・ ) あの・・・ 」
「 うん、どうしたの? あ、バレエのレッスン、上手くいってる?
言葉とか・・・大丈夫? わからないことがあったらいつでもぼくに聞いて? 」
「 え ・・・ 言葉って・・・イヤだわ、ジョー。 わたし達 ちゃんと日本語でおしゃべりしてるわ? 」
「 あ・・・ うん、そうだよね・・・うん・・・ 」
ジョーはなんだか歯切れがわるい。 チラ・・・っと彼女を見て視線を逸らせたりしている。
あ・・・。 もしかして。
ジョーってば わたしが自動翻訳機を使っていると思っているのね
えへん!と咳払いをひとつ、フランソワーズは真正面からジョーを見つめた。
「 ジョー。 わたし、このお家では、 ううん 外でも、よ。
< ふつう > は時は、自動翻訳機なんかに頼ってはいません。 」
「 あ ・・・ そ、そうだよねえ・・・ フランってば商店街のヒトとかもお喋りしてるし。
ご ごめん ・・・ ぼく・・・ 余計なコト、言ったね。 」
ジョーは素直にぺこり、と頭を下げた。
「 あ あら ・・・ そんな、謝らないでよ・・・ 」
「 ううん、 ごめん。 きみって・・・すごいなあ・・・! 」
「 すごくなんかないわよ。 ふふホント言うとね、やっぱり日本語は難しいわ。 ヘンなこと、言ったら教えてね。 」
「 あ ・・・ うん、勿論。 でもフランの日本語はぼくのフランス語よかず〜〜〜っと上手!
これは保証します。 」
「 うふふ・・・ありがとう♪ ジョーのフランス語もなかなか素敵よ? 」
「 ゥ ・・・・ウウウウ めるしぃ まどもあぜる・・・ 」
― うふふ・・・ ぷ・・・ッ!
二人は顔を見合わせ 次に瞬間には大笑いしあっていた。
若い声が陽気に弾けて きらきら虹色の泡が舞い上がる。
「 あは・・・あははは・・・ おっかしいな、ぼく達ってば。 」
「 うふふふふ・・・・そう? そうねえ・・・ 」
「 うん・・・ あ、 でもさあ 本当に気になること、あったら・・・ 」
「 え ・・・ 実は あの チョコ・・・ 」
「 チョコ?? 」
「 あ! う ううん、あの〜〜 ・・・・あ! そう、そうなの! チョコっと気になるコトがあって。 」
「 ちょこっと? 」
「 え ええ・・・あの ・・・ ゥ あのゥ・・・ ふ 振りを! 振りをね、覚えているの、ば バレエの。 」
「 ああ ・・・ バレエの、か。 」
「 そうなの! ええ実はね、今度 school performance があって・・・
ヴァリエーションを 貰えたの。 それで その・・・振り、振り付けをね ・・・ 」
「 ・・・ ばりえ〜しょん??? 」
「 ぁ ・・・ え〜と、一人で踊る役が回ってきたの。 一応・・・オデット姫 なの。
あ・・・ 『 白鳥の湖 』 の主役の踊り、なのよ。 」
「 主役ゥ?? わあ〜〜〜 すごいなあ〜〜 !! よかったね!!
すごいすごい〜〜 きみの夢が叶ったじゃないか〜 」
「 あ・・・ ジョー、 あのね、一曲だけ、なの。
大きな作品の主役をずっと踊る・・・っていうのとは違うの。 それはまだまだ・・・ ず〜〜っと先。
もっともっと上手にならないと ・・・ ね。 」
「 あ? そ、そうなんだ? ごめん・・・ぼく、バレエのこと、よくわかんなくて・・・ 」
「 いいの、いいのよ。 今はね、や〜っと階段の一番下に足をかけた、ってところ。 」
「 そっか。 でもさ 一人で踊るんだろ? すごいなあ。
毎朝 頑張ってレッスン、通っているもんね、 フランソワーズはさ。 」
「 うふふふ・・・ それでね、その振り、あ 踊りの順番をね、復習してたのよ。 」
「 あ ・・・ それで かあ。 ふうん・・・ 頑張れよ〜〜 」
「 うん、 ありがとう、ジョー。 」
・・・ ごめ〜ん・・・ ちょっと違うんだけど・・・ね
でも オデットを踊るのは本当だから・・・
上手く誤魔化して、ちょっとばかり後ろめたい気もしたが ― 二人でお喋りし、笑いあうのはとても楽しかった。
ジョーの笑顔を見ているのは とても嬉しい。 ジョーが喜んでくれるのも嬉しい。
なんだか ・・・ お兄ちゃんと一緒にいるみたい・・・
年下のコに 可笑しい?
・・・ ううん 可笑しくないわ。
だって わたし。 わたし ・・・ ジョーが ・・・・
フランソワーズは 久々で甘酸っぱい想いを楽しんでいる。
― 次は 岬 入り口 〜〜 岬 入り口。 お降りの方は
「 あ! お 降ります〜〜〜 降りますっ! 」
フランソワーズは がば!っと荷物を掴んで慌てて出口に飛んでいった。
「 はい お客さん わかってますよ〜〜 次 停まります! 」
「 ・・・ あ ありがとうございます ・・・ 」
運転手に言われて フランソワーズはここでもまた真っ赤になった。
「 岬の洋館のお嬢さん? ほら 包みがひとつ、落ちましたよ。 」
「 あ・・・ すみません〜〜 ありがとうございます。 」
後の席の老婆が 拾ってくれた。
ローカル線の駅から出る地域循環バス、乗客も運転手もほとんど顔なじみばかりだ。
「 ありがとうございます〜〜! 」
もう一度、礼を言って。 彼女は両手いっぱいの荷物を持ち直してバスから降りた。
ふううう ・・・・
ひゅるるる〜ん ・・・ まだ冷たい風が亜麻色の髪を揺すってゆく。
「 ・・・ えへ・・・ちょっと・・・買いすぎちゃった ・・・かなあ・・・ 」
両手はこまこま様々なサイズの紙袋でいっぱいだ。
全部、 <チョコしょっぷ巡り> で見つけてきた。
「 う〜ん でもねえ・・・ スタジオのお友達用でしょ、 ちょっとはお喋りもする男のコたち用 でしょ。
博士とグレートと大人と。 そうそう イワンにも可愛いの、買ったし。
<昼> になったら見せてあげようっと。 きっと喜ぶわ・・・ 」
これはとっても楽しみだわあ〜・・・と 自然に笑みがわきあがる。
「 うふふふ・・・・ <ほんめい>用はねえ・・・これ。 すごく美味しそうだしシックなの。
14日までこっそり隠しておくわ♪ ふふふ・・・
明日からは リハーサルも始まるし♪ うふふふ ・・・ 楽しいことばっかり♪ 」
彼女は 今日も足取りも心も軽く♪楽しく ・・・ 崖っぷちの邸へと急坂を上がっていった。
「 え〜と・・・? あれは普通のDVDだから・・・っと。 」
ふんふんふん・・・・♪ 相変わらず、ハナウタまじり、フランソワーズはご機嫌で自室にもどってきた。
<かぞく>で 楽しい晩御飯の食卓を囲み のんびりお風呂に入った。
「 あ ・・・ フラン、 お休み・・・ 」
「 ジョー お休みなさ〜い♪ 」
二階の廊下で ジョーとすれ違い、 <お休みのキス> を頬に残した。
「 ・・・ うわ〜〜〜おゥ〜〜〜♪ 」
「 ふふふ・・・ いい夢を♪ あ、明日 ちゃんと起きてね〜 」
「 ・・・ あ ああ うん ・・・ 」
ほけ・・・っとしているジョーに 魅惑の笑みを残しフランソワーズはドアの中に消えた。
フラン〜〜〜 ・・・・
ジョーは熱い溜息を吐き、身体中の熱を吐き出そうと苦心していた。
「 ・・・ふふふ ・・・ ジョーってやっぱりステキ♪ お兄ちゃんとちょっと似てるし♪
さ〜て・・・っと。 寝る前に これ、チェックしなくちゃ・・・ 」
フランソワーズはパジャマのまま、DVDをセットし、ベッドに寝転んだ。
この振りで覚えてきなさい、とバレエ・カンパニーで渡されたDVDである。
「 振りはDVDで、か。 便利になったものね・・・ ふ〜ん・・・
・・・ あら これ。 オペラ座版なのね・・・ 」
ちょっと緊張していたのだが、ほっとした。 これなら新しく覚えることもなさそう・・・
「 オデットのヴァリエーション ・・・ かあ・・・・
何回か踊ったわよね ・・・ あの頃・・・ 多分 振りもそんなに変わってないはず・・・ 」
― カシャ ・・・・
音譜一つ一つまで知っている曲が流れ出す。
『 白鳥の湖 』 ― ほんの子供の頃から 何十回、何百回、と耳にし、観てきた。
ああ ・・・ 懐かしいな。 ここのコールドもまだ踊れるわ、わたし・・・
そうそう・・・ 先頭も びりっけつもやったっけ・・・
四羽の白鳥 も 二羽の白鳥 も。 どの振りも身体が覚えていた。
そして ― オデット姫のヴァリエーション。
ベッドの上に起き上がり 彼女は食い入るように画面を見つめる。
「 ・・・ プレパレーション ・・・ デヴェロッペ アラセゴンドで ・・・ 」
ぶつぶつ つぶやきつつ・・・ 振りの順番を確認してゆく。
「 ・・・ ・・・・で あとは ポールドブラで ・・・ シェネ〜〜で ・・・
よかった・・・! ほとんど振りは変わっていないのね。
・・・ ふふふ・・・ そうよねえ・・・ 古典バレエは40年くらいじゃ変わるわけないわね。 」
40年 ― 眠らされていた時間は取り返しがつかないと絶望していた。
皆 皆 自分を置いていってしまった ― そう 思っていた。
ジョーに想いを寄せているけれど どうしても一歩引いてしまうのも同じ理由だ。
見た目はほとんど同世代 だけど 本当は ・・・。
フランソワーズの心にあの年月は重くて辛い枷となっている。
だけど。
変わらないものがちゃんと あった。 歳月などにはびくともしない もの が ・・・
「 わたし ・・・ このヴァリエーションを踊れば ― 変われる かもしれないわ。 」
フランソワーズは きゅ・・・っと手を握り締める
「 わたし ・・・ 踊るわ。 踊ってみせる。
大丈夫。 ― 出来るわ。 そうよ、 < 楽しみ > なのでしょう? 」
すう・・・っと 大きく一息吸い込んだ。
踊れる、きっと上手く踊れるわ。 問題となるのは感情表現ね、きっと。
オデット姫の気持ち ― しっかりみつめなくちゃ。
そうよ、たとえヴァリエーションだけでも わたしのオデット を踊りたい・・・!
・・・大丈夫 ・・・ わたし、踊れるわ。
フランソワーズは緊張しつつも <楽しみ>で胸を膨らませていた。
― 翌日から <楽しみ> は ・・・ <楽しみ> じゃなくなった。
「 ・・・ ・・・・ ・・・ ! 」
「 次までにちゃんと形にしていらっしゃい。 フランソワーズなら出来ると信じていますからね。 」
「 ・・ は ・・・ はい ・・・ 」
「 ― お疲れさま 」
「 は はい ・・・! ありがとうございました・・・! 」
ぺこ・・・・っとお辞儀して ― フランソワーズはそのまま 頭を上げることができなかった。
く ・・・・ ゥ ・・・・・!
ヴァリエーションだけ なのに ・・・!
わたし ってば ・・・・
ぼとぼとぼと ・・・ 全身の汗が逆流して、下げた顔を伝い 床におちる。
流れていったのは 勿論汗だけじゃない。
床に描かれる水玉模様をみつめつつ ・・・ 彼女は自分自身への歯がゆさで一杯だった。
『 白鳥の湖 』 第2幕より オデットのヴァリエーション
この短い踊りに ― 初戦は文句なく敗退である。
振りは 知っていた、いや知っている、覚えている、と思っていた。
昨夜 ちゃんとDVDで確認した。
フランソワーズ・・・ あんた、あのヴァリエーション、踊ったわよね?
初めては 13歳の時 ・・・
・・・ あの時の方がず〜〜っと上手だったのじゃない?!
「 ・・・ く ・・・・ 」
タオルで無理矢理涙を押し込め、フランソワーズはスタジオの後片付けを始めた。
つまり ― 感情表現ところか・・・規定の振り付け通りに踊ることで四苦八苦してしまったのだ。
「 どこに脚、出しているの?! 」 「 そこはシソンヌ でしょう! なに覚えてきたの? 」
「 そんなアームス、教えていませんよ? 」 「 音! 音、よく聴いて! おそい、遅い〜〜〜! 」
文字通り一挙手一投足に <お小言> を喰らったのだ。
「 フランソワーズ。 クラスでなにをやっていたの?
あなた、最近とってもよくなってきて・・・ これなら踊れるな、と思ったのに。
どうして ・・・以前の妙な踊り方を持ち出すの? 」
「 ちゃんと自習していらっしゃい。 当然ですよ。 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
「 こちらのやり方、初めてかもしれないけど。 パリでもこんなものでしょ。 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
なにを言われても 項垂れて頷くことしかできない。
< 楽しみ > なんて気持ちは 最早すっかり消え去ってしまった。
ふう −−−−− ・・・・・
誰もいない更衣室で のろのろと着替え始めた。
肌に張り付くレオタードとタイツを脱ぐ ・・・
「 ・・・ あ。 足 ・・・ 剥けてる ・・・ 」
左足の指が二箇所、 皮膚の表面が擦れてはがれていた。
そのままシャワーの下に行き、コックをひねる。
「 ・・・ 人工皮膚 なのに ・・・ ふふふ・・・戦闘以外で・・初めて損傷したわ・・・
つゥ・・・ ちゃんと滲みるじゃない、 よく出来ているわよねえ・・・ 」
フランソワーズは低く笑ってしまった。
いかにサイボーグとはいえ、表皮がはがれ神経系がむき出しになっていれば痛い。
痛覚はちゃんと生身と同じに全身に巡らされている。
のろのろと身体を拭き 服を着る。 足は ・・・ とりあえず水で洗っておいた。
破損してしまった人工皮膚は ・・・ 博士に張り替えてもらうしか ない。
「 いたた・・・・ ふふふ ・・・ 生身なら消毒しておけば自然に治るのに・・・ 」
よいしょ・・・っと荷物を持って重い身体を引き摺って立ち上がった。
歩くのもかったるい ・・・
― バン!
更衣室のドアが開き小柄な女性が飛び込んできた。
「 あ〜あ・・・疲れた 〜 あれ? フランソワーズ? 」
「 ・・・ あ あら・・・ みちよさん・・・ 」
「 みちよ でいいってば。 あ、 今日リハだったんだよね〜 どうだった? 」
「 ・・・・・・・・ 」
フランソワーズは答えるのも億劫で ただ力なく首を振っただけだ。
「 あっは・・・ しごかれたってわけか。 ふうん・・・フランソワーズでもねえ・・・・ 」
「 わたし ・・・ 全然 ・・・ ダメだもの。 叱られてばっかり・・・ 」
「 あのねえ〜〜 褒められるヒトなんていないの〜
皆さあ アタシもだけど、た〜〜っぷり泣いてるのよ、フランソワーズ。 」
「 そ ・・・ そうなの・・・? 」
「 うん。 まあ さ、今晩は早く寝なよ。 」
「 ・・・ うん ・・・ ありがとう ・・・ 」
フランソワーズは笑おうと思ったのだが 頬が強張り泣き笑いみたいになってしまった。
「 また明日 クラスでね! 待ってるから さ。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
ぽん・・・と背中を押してもらい、フランソワーズはようやく歩きだした。
一声 頭の上で海鳥が鳴いた。
・・・ あ あれ。 わたし・・・ どうやって・・・?
ふと気がついて空を見上げれば カモメらしい鳥が のんびり弧を描いて飛んでゆく ・・・
昼間はずいぶんと温かくなったのだが すう・・・っと冷たい風が沖から寄せてきた。
フランソワーズは 改めて周りに目をやった。
ジャリ・・・っと足元で音がする。
目に前に急坂がず〜〜っと続いている。 どうやら・・・家の前の坂道 らしい。
「 ・・・ やだ。 ず〜〜っとぼんやりしていたのかしら・・・ 」
よいしょ・・・っと荷物を持ち直す。 右手に広がる海は今日も波は穏やかだ。
「 ・・・ふうう ・・・ ああ いっけない・・・ もうこんな時間だわ・・・
晩御飯の用意 しなくちゃ・・・ あ 痛 ・・・! 」
ぐっと踏み出した途端、左足の先に痛みが走る。
「 ぁ・・・そっか・・・ 足の指、剥けてたのよねえ・・・ 」
ここまでどうやって帰ってきたのか 全然記憶がない。
多分 ぼ〜っとしていつもの道を惰性でふらふら辿ってきたのだろう。
「 あんた、だらしないよ、フランソワーズ?
ほら ・・・ 早く帰らなくちゃ。 あは・・・・ こんなの、久し振りだわ ・・・ えへ・・・ 」
フランソワーズは 足をちょっぴり引き摺って 岬の我が家めざして坂道を登っていった。
「 ・・・ 痛 ! 」
「 ?? どうしたんだい。 足? 」
「 あ・・・ な、 なんでもないの ・・・ 」
「 なんでもなく ・・・ ないよ! 歩き方、変だよ? 」
キッチンで夕食を作りつつ・・・とうとうジョーにバレてしまった。
ずっとなんでもない風に動いていたのだが ふと振り返り足を踏み出した途端 ― ズキっときた。
「 あ ・・・ あの! 本当になんでもないの。 ちょっとだけ ・・・剥けちゃったのよ。 」
「 ― むけた?? 」
「 ええ。、 足の指が。 あの ・・・ リハーサルで ・・・ 」
「 え・・・? 普通の動作で その・・・皮膚が損傷したのかい?
それは・・・ なにか不具合があるのじゃないかな。 博士に相談した方がいいよ。
ちょっと見せてくれる? 」
「 え ・・・あ あの、いいわよ、大丈夫。 」
フランソワーズはなんだか恥ずかしくてモジモジしてしまった。
・・・ ヘン・・ よね、わたし・・・・
戦闘中に怪我とかすれば 平気で応急手当しあうとかするのに・・・
「 だって痛いんだろ? もしかして重大な欠陥があるのかもしれないよ? 」
「 ・・・ そ そんなことは ・・・ ない、と思うわ。 」
「 だけど、靴を履いて踊る、って つまり動いていただけなのに・・・人工皮膚が損傷したなんて
やっぱりどこかに問題があるんだよ。 」
「 ・・・う〜ん ・・・ まあ ちょっとかなり・・・ そのう、特殊な<運動>なのよね・・・
その、ポアントで踊る、ってことは・・・ 」
「 ぽあんと ??? とにかく、今は座ってろよ。 これ以上損傷を広げないほうがいい。
あとはぼくがやる。 それ、貸して? 」
ジョーは彼女から菜箸を取り上げた。
「 あ・・・ ジョー ・・・ 」
「 ぼくだって少しは料理、できるんだぜ? 味付けとかはそこで指示してくれよ。 」
「 わかったわ。 ジョー、ありがとう。 」
フランソワーズは スツールに腰掛けジョーの調理を眺めていた。
あれ・・・ なんだか懐かしい ・・・ かな?
そうだわ、 よくお兄ちゃんが料理するの、見ていたっけ・・・
お兄ちゃん ・・・ お料理、上手だった・・・・
・・・ ママンと同じ味の オムレツ ・・・ 食べたいな・・・
「 ・・・ でいいのかな。 フラン? フランソワーズ?! 」
「 え? あ ・・・ は はい! ごめんなさい ちょっとぼんやりしていたわ・・・
え〜と? その野菜スープはコンソメ味だから あとはコショウとバジル ね。 」
「 うん わかった・・・ 」
ジョーは鍋を覗きこんでいるのだが・・・ そういえば 彼の声もなんとなく元気がない。
そうだわ・・・ バイトしてるって 言ってたっけ・・・
どんなお仕事? って聞いても 教えてくれないのよね。
やっぱりジョーも ・・・ なにかあったのかしら・・・
そっとのぞいた横顔、長い前髪が揺れているだけでよくわからない。
「 ・・・ あの ねえ ジョー。 ・・・ 疲れてる? 」
「 え・・・! そ そんなコト ないよ・・・ 」
「 そう? ・・・ ジョーこそ、なにかあったの? 」
「 う ううん ・・・ あの〜 ぼくもさ バイト、始めだろ? それで結構・・・ 」
「 まあ そうなの! それで・・・ ジョーも疲れているのね? 」
「 いや・・・疲れる、ってほどのことじゃないよ。 ほら、ぼくは人工筋肉だから・・・ 」
「 でも 疲れた・・・って顔よ? 」
「 あは・・・ バレちゃったかなあ・・・ ぼく、接客って苦手だからさ。 」
「 接客??? ・・・ そういうバイト、しているの??
あの・・・ カフェのギャルソンとか ・・・ やってるの? 」
「 ええ?? ぎゃ・・?? 」
「 ギャルソンよ、 え〜と・・・・ ウェイターのこと。 店員さんよ、飲食店なんかの。 」
「 ああ ・・・ そっか。 ううん ちょっと違うんだけど・・・
メインの仕事じゃないけど お客さんとも話、しなくちゃいけなくて・・・ 」
「 ふうん? でも ジョーって感じいいから 人気ありそう。 」
「 え〜〜 そうかなあ・・・ だってさ、いろいろ聞くんだ、 皆。
これ 美味しいかしら とか 君はどれが好き? とかさ。
・・・ そんなの、わかるかよ。 ぼく、いちいち商品を味わっているわけじゃないもんな。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
ぷ・・・っと吹き出し、フランソワーズはクスクス笑いだしてしまった。
「 え・・・ あ そ、そんなに可笑しいかな・・・ ぼ ぼくの話 ・・・ 」
「 ああ ごめんなさい、そんなことないわよ。 ジョー、やっぱりアナタはステキだってこと。
だから皆 ・・・ お客さんが話しかけてくるのよ。 」
「 へえええ??? そうかなあ・・・ ぼくがあ?
今まで・・・う〜ん・・・? ワンコと子供以外は寄ってこないもんな〜 」
・・・ やだ。 このひと、 全然わかってない、のね。
<モテなかった> って 一人で決めてる・・・
笑いがつぎつぎ込み上げてくる・・・ だめ、今笑っちゃ・・・!
「 がんばってね。 あ・・・! お鍋、吹きそうよ〜〜・・・ ほら そっち。 」
「 え?! あ ・・・うわ〜〜 ・・・ 」
ジョーはガス台の前であわあわして、鍋を持ち上げようとしている。
「 ジョー! それ 熱いわ! ガス、消して! 」
「 あ ・・・ そ そうか ・・・ うわ〜〜 」
― カチン ・・・ やっと鍋の暴走が収まった。
「 ・・・ ふう ・・・ アチ!! 」
ジョーは 今更ながらに鍋に触った手を振っている。
「 やだ、やけどしちゃった? 大丈夫?? 」
「 ・・・ うん ・・・ ぼくの皮膚は ・・・ さ。 <熱い> って感じるけど、この程度なら・・・」
「 ・・・ そうよね ・・・ よかった・・・ 」
なんとなくジョーもフランソワーズも口を閉じてしまった。
熱い鍋に触れても損傷しない皮膚 ―
そうさ、 ぼくは ・・・ 生身とは程遠い存在さ
踊って足の指が傷つくきみが 羨ましいよ。
そうさ ぼくは ・・・ 完璧なサイボーグ
― きみとは ちがう ・・・・
ジョー ・・・ ごめんなさい・・・
わたしが お夕食の準備を頼んだりしたから・・・
「 ・・・ あの ジョー ・・・ 晩御飯にしましょう。 」
「 あ う うん ・・・ 」
「 あの。 博士をお呼びしてくるわね。 」
「 きみ、足が痛んだろ。 ・・・ ぼくが行って来る。 食卓の準備を頼む。 」
「 ・・・わかったわ。 」
ついさっきまでのウキウキした雰囲気は 跡形もなくしぼんでしまった。
カチン ・・・ カチン ・・・・
わたしが ・・・ 余計なこと、言ったから・・
フランソワーズはしょんぼりしつつ テーブルのセッティングしていった。
「 ― 損傷した だと? 」
フランソワーズの足の <怪我> を聞き、 案の定ギルモア博士は眼を剥いた。
「 そんなことが! 日常の動作で、そんなことは考えられん! 」
「 あの〜 でも博士。 彼女、とっても痛そうでしたよ?
歩くときも 足をひきずってましたから ほんの少しでしたけど。 」
「 ふむ・・・? ともかくすぐに診てみよう。 下におるのじゃな。 」
「 はい。 あの ・・・ 食事の用意、できたんですけど ・・・ 」
「 あの娘の足が先じゃ。 」
博士はきっぱり言い切ると ずんずんと歩いていってしまった。
「 あ・・・ 博士〜 」
ジョーは慌てて後を追った。
「 しかし。 なんだってあんな損傷をしたのだね? 」
「 え ・・・ あのう・・・ 」
フランソワーズの<治療>を終え、 すっかり冷めてしまった料理を温めなおし・・・
やっと夕食が終ったのは もうかなり遅い時間だった。
フランソワーズは食器を片付けつつ 口篭っている。
「 なにか特殊な ・・・ その、なにか衝撃・・・でも受けたのか。 」
「 いいえ いいえ、 衝撃、だなんてそんな・・・ あのう、リハーサルで・・・ 」
「 リハーサル? ・・・ ああ ・・・ バレエの稽古かい。 」
「 はい。 それで あの。 ずっとポアント、履いてて・・・ 踊ってて・・・
終ったら 剥けてたんです。 あの・・・ 昔 ・・・ 生身の頃と同じ場所なんです・・・ 」
「 ・・・ そ そうなのかい ・・・ ほう〜〜・・・・ 」
「 博士?? 」
「 あ・・・ いや・・・ うん。 そうか そうだなあ・・・
フランソワーズ・・・その足は明日にでも皮膚を張り替える。 今は応急処置をしておいた。 」
「 はい ありがとうございます。 」
「 うん・・・ 明日は我慢しておくれ。 しかし・・・ 」
「 はい? 」
「 いや・・・ 生身とは 凄いものだな。
このように固い靴をはいて長時間 踊っているのだからなあ・・・ 」
博士はフランソワーズが持ってきた トウ・シューズ を繁々と眺めている。
「 あら・・・ ふふふ・・・ 昔もね、足が剥けたりするのはしょっちゅうでしたわ。
いつも同じところが当たるのでだんだんその部分だけ固くなったりしましたもの。 」
「 ほう・・・? それでは、少しお前の < 足 > にも改良を加えておこう。
少々検討してみるとするかな ・・・ 」
「 博士 ・・・ 」
「 よかったね、フランソワーズ。 これでまた存分に踊れるね。 」
「 え ・・・ ええ ・・・ 」
「 ジョー、お前はどうなんだ。 アルバイトは上手くいっているのか。 」
「 あ ・・・ は はい・・・ いえ あのう・・・ 」
話を振られ、ジョーは どぎまぎしている。
「 なんじゃ、言ってごらん? ・・・ ここはお前たちの家なんだ、なんでも言っていいぞ。 」
「 え〜 ・・・ あの。 ぼく・・・不器用なんでいろいろ・・・苦戦してます。
力仕事だけかと思ってたんですけど・・・ 」
「 店舗なんじゃからなあ、運んでいるだけ、では済まんじゃろ・・・ 」
「 ・・・ ですよね。 ぼく、今ごろ気がつきました・・・ 」
博士は笑い ジョーは頭を掻いているのだが ・・・フランソワーズは訳がわからない。
「 あの??? 博士、 ジョーはなんのお仕事をしているんですか? 」
「 うん? あれ、ジョー・・・ お前、フランソワーズに話してなかったのかい。 」
「 え ・・・ ええ へへへ・・・ちょっと照れ臭くて・・・ 」
「 なんじゃ 妙なヤツじゃなあ。 フランソワーズ、 ジョーはな 酒屋でアルバイトをしている。 」
「 ・・・ さか や・・・? 」
「 へへへ・・・ バレちゃった。 うん、酒屋さ ビールとかウィスキー、日本酒なんかの専門店だよ。
一応 配達・・・ってことなんだ。 ほら・・・力仕事はオッケーだろ、ぼく。 」
「 え ・・・ ええ それは ・・・ でも ジョー。 さっき接客って言ってなかった? 」
「 あ うん。 ビールとか酒の配達をしたり 倉庫から運んだりすればいいのかなって思ってたんだ。
配達員 求む、 だったからさ。 」
「 そのくらいの重量なら ジョーは全然平気でしょ。 」
「 勿論。 ・・・だけどさ、 店におやっさんが ・・・ 販売も手伝ってくれって
それで店にも出るんだけど。 ぼくは接客は苦手なんだ〜〜 」
「 まあ それで ・・・・ 」
「 ジョー、 ま、 何事も経験じゃよ。 いろいろ・・・社会経験をしておきなさい。 」
「 はい。 これも勉強、ですよね・・・ ハア・・・ 」
「 なんじゃ 情けない声で・・・ 今夜は早寝するんだな。 」
「 ジョー・・・ 頑張ってね! 応援してるわ。 」
「 う うん・・・ ありがとうございます、博士 フランソワーズ ・・・ 」
ジョーは ぺこん・・・と頭を下げるとソファから立ち上がった。
「 じゃ・・・後片付けして 」
「 あら! わたしがやるわ。 ジョー、先にお風呂、どうぞ? 」
「 え ・・・ ぼくがやるよ。 フラン、 きみ 足、痛いんだろ。 」
「 大丈夫。 治療して頂いたもの。 もう平気よ。 」
フランソワーズは ジョーを強引にバス・ルームに追いたてた。
ジョー ・・・ 自分の力だけでがんばっているのよね・・・
すごい すごいなあ ・・・
カチャ ・・・ カチャ カチャ ・・・・
三人分の食器はすぐに洗い終わり、フランソワーズは綺麗にキッチンを片付けた。
「 ・・・ あ 痛 ・・! うう ・・・ ぶつけちゃった ・・・ 」
応急処置をしただけの足は < なんともない > 状態ではない。
普通の身体 ― 生身ならば。 怪我をしたその瞬間から身体は自己修復を始める。
化膿しなければ 時間と共に怪我はどんどん <治って> ゆく。
しかし ・・・ 人工物は。 損傷したら自己修復は不可能なのだ。
フランソワーズは 足の指に応急処置で貼ってもらったパッドの上からそっと手を置いた。
「 いった〜〜〜 ・・・・ 明日のクラス・・・痛いだろうなあ・・・
でも 新しい人工皮膚を張っていただけば ・・・ そうよ、ここだけ厚くってお願いしようかな〜
そうよ そうすればもう足とか痛くないし♪ 」
踊りそのもので苦戦しているので、 せめて足が痛い! という悩みからは解放されたかった。
「 ・・・ あ でも・・・ジョーは自分自身でがんばってる・・・のよね。
そうよ。 わたしも・・・ 踊るのは 003 じゃなくて フランソワーズ でしょ!
この足は ・・・ 昔と同じに絆創膏を貼っておけばいいのよ。
そうよ。 全然 準備をしていなかったわたしが悪いのよね。 」
くすん・・・とちょっとばかりハナをすすって。 フランソワーズは決心した。
とにかく。 わたし、 頑張ります・・・!
フランソワーズ・アルヌール として 頑張るの!
「 ・・・ いたたた・・・・ 」
「 あ〜れ フランソワーズ、 剥けちゃったのォ? 」
「 ええ・・・ へへへ・・・練習不足だものね。 痛いけど ・・・ がんばるっきゃないもん。
いろいろ貼ってみたけど やっぱ痛い〜・・・ 」
「 ま〜しょうもないよ。 オデットもらったんだよ? やるっきゃないって。 」
「 ん ・・・。 自習してくから ・・・ 」
「 うん バイバイ〜〜 」
翌日から フランソワーズは踊りに没頭した。
クラスが終った後も 時間が許す限り稽古場に残り自習した。
家でも 地下のロフトでこっそり練習していた。
「 普通に ・・・ 今まで通りの修復、でいいのかね? 」
「 はい。 前と同じでいいです。 」
博士の問いに フランソワーズははっきりと答えた。
人工皮膚の補修をする時、部分的に強化しようかと持ちかけられたのだが・・・
「 それではまた同じことが 同じ損傷が起きるぞ? 」
「 はい。 ちゃんと予防しておきますから。 あの・・・ 昔と同じように・・・ 」
「 昔と・・・? ・・・ その ・・・ 生身のころと、ということか。 」
「 はい。 ・・・ わたしは わたし です。 フランソワーズ・アルヌールとして頑張ります。 」
「 ・・・ わかった。 頑張りなさい。 」
「 ありがとうございます、博士。 」
「 ・・・・・・・・ 」
なんと ・・・涼やかに微笑むことよ ・・・!
この娘のしなやかな強さは ・・・ 本当に・・・
ジョーよ? お前 ・・・ 負けられんな
博士は黙って手早く 修復作業をしてくれた。
フランソワーズの <特訓> はますますヒート・アップしていった。
・・・・ ふうう ・・・・ あれ・・・?
フランンソワーズは ドアを開けてすこしだけ驚いた。
こそ・・・っとリビングに戻ってきた時には すっかり電気も消えていた。
「 ・・・ ? あ ・・・ そっか。 もう・・・こんな時間だものね・・・
ジョー、遅くなるって言ってたけど・・・とっくに帰ってきて寝ちゃったのかぁ 」
夕食後 彼女はずっと地下のロフトで練習をしていたのだ。
「 ・・・ う〜〜ん ・・・ やっぱ つっかれたぁ〜〜 」
稽古着の上にニットを着たまま、彼女はぼすん・・・とソファに座った。
「 はあ・・・ なんかお腹 空いちゃったわあ・・・ ちゃんと晩御飯、食べたのに・・・ 」
何か作ろうか・・・と思ったが今さらキッチンに行くのも 面倒くさい。
「 なにかないかしら・・・ キャンディでもいいんだけど・・・・
あ。 ・・・ ショコラ ・・・ 」
リビングの隅に 小奇麗なパッケージがこっそり置いてある。
<チョコ売り場巡り> で 見つけてきた、フランソワーズ曰く <ほんめい>用のチョコレート・・・
・・・ あれ 美味しそうなのよね ・・・
一粒・・・ 一粒だけ・・・ 味見してもいいわよね?
彼女はこっそ〜り包みを開けて、一つだけ 一つだけ・・・と呟きつつ・・・
籠に盛ってあるチョコを一粒・・・ 口に運んだ。 そして ― 止めることができなくなってしまった・・・!
「 ・・・ ただいま・・・ あれ まだ起きてたのかい? 」
「 ???? じ じょ〜〜〜?!? 」
がちゃ・・・とドアが開いて ジョーが顔を出した。
「 ごめん、遅くなって・・・ 今晩、配達が多くてさ・・・ ほら、バレンタインだろ? 」
ジョーは ちょっと笑ったけれど、疲れた様子だった。
「 ご苦労様・・・ え ・・・ ああああ!? そう よね !! 14日よね! 」
「 うん? 今日は14日だけど? 」
「 ・・・ どうしよう〜〜 どうしましょう〜〜 」
「 ??? フラン・・・ どうしたんだい。 なにをそんなに慌ててるの。
あれ ・・・ 今まで練習してたのかい・・・ 」
「 え ええ ・・・ あの あの〜〜 ジョー・・・
ご ごめんなさい ・・・ ッ !! 」
「 ???? 」
フランソワーズはいきなり立ち上がると ば・・・っと頭を下げた。
ジョーは 目をまん丸にしたまま固まっている。
「 な ・・・ なに ・・・? 」
「 あの ・・・ あのね。 これ・・・ ショコラ。 ジョーにって思って・・・・
バレンタインにって思って 買っておいたんだけど ・・・ 」
ぱさ ― からっぽの小奇麗なパッケージがジョーの目の前に現れた。
「 あの ・・・ わたし。 た・・・食べちゃったのォ・・・・ ぜ・・ぜんぶ・・・
ほんの一粒だけ・・・って思ってたのに・・・ 」
「 あ ・・・ あは ・・・ ありがとう! きみからチョコ貰えるって思わなかったぁ〜 」
「 ジョー・・・ ごめんなさい・・・ちゃんと用意してたのに・・・ 」
ほろ ほろほろほろ ・・・・ 空のパッケージに彼女の涙が落ちてゆく。
「 泣くなってば・・・ 練習してて疲れたんだろ? いいじゃん、食べなよ。
ぼく きみが用意してくれたってだけですご〜〜く嬉しいもの。 」
「 でも ・・・ せっかく ・・・ 」
「 いいよ〜お ・・・ なんなら味見だけ いい? 」
「 ・・・え? ・・・・??? 」
「 ありがとう フランソワーズ。 いつも一生懸命なきみが 好き さ・・・ 」
「 ・・・・ あ ・・・ じ ジョ ・・・・ 」
ジョーは す・・・っと彼女を引き寄せると桜色の唇を ― 頂いたのだった♪
Happy Sweet Valentine's Day ♪
******************** Fin. *******************
Last
updated : 03,01,2011.
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*********** ひと言 *********
ひどく時期遅れです、すいません・・・<(_ _)>
フランちゃんのオデットですか? ・・・ ふふふ・・・苦戦したでしょうね♪
足 ・・・ 剥けると超痛いです、ず〜〜っとそこが当たるわけだから・・・
― 要するに! 甘々〜〜〜な二人が書きたかったのです。
平ゼロ カプ ですな これは・・・