『  ヨコハマの波止場から  』

 

 

 

 

 

 

   ― う〜ん ・・・・  

 

フランソワ−ズはまだ半分夢見心地のまま シ−ツの中で精一杯身体を伸ばした。

薄く開いた瞳のはじっこには カ−テンから漏れて入ってきた細い光の筋が映っている。

 

   ・・・ あ〜 あ ・・・ 今日も いいお天気、みたい ・・・

 

ふう〜〜っと大きく息を吐きもう一度腕を枕の上に翳す。

 

   さ〜てと ・・・ 目覚まし、そろそろ鳴るころかしら。  

   ああ ・・・ いい気持ちねえ。  よく寝たわぁ〜〜

 

リネンの海から ゆっくりと身体を起こすとフランソワ−ズはのんびり着替え始めた。

毎晩 わざとカ−テンの端をちょっとだけ開けておく。

それは子供の頃からの習慣みたいな フランソワ−ズの内緒のクセなのだ。

 

 

「 あ ・・・ 閉めないで・・・・ 」

「 え。 なんだ、わざと開けてあったのか〜 閉め忘れたのかと思った。 」

「 ううん ・・・ ちょっとだけ、おまじないなの。 」

「 ・・・ オマジナイ? なんだい、それ。 」

「 ふふふ〜〜 ナイショ。 わたしだけのヒミツ♪ 」

「 ?? 可笑しなフランソワ−ズ?  冷え込んで風邪、引いてもしらないぞ。 」

「 いいもん。 とにかくカ−テンはそのままにしておいて頂戴。 」

「 はいはい、わかったよ。  それじゃ、オヤスミ 」

「 お休みなさい・・・ 」

キスを落として出て行った後ろ姿に、 フランソワ−ズはそうっと呟いた。

 

   こうしておくとね、 朝一番でお日様の お早う! って声が聞こえるでしょ。

   一日の元気をもらえるみたいな気がするの。 あ・・・笑わないで・・・

 

 

ふふふ・・・ これって本当に習慣になっちゃった・・・ そうね、朝のストレッチと一緒だわ。

フランソワ−ズは鏡を覗きつつ 寝起きの頬をつん!とつついて笑ってみせた。

カ−テンの隙間からの陽射しに目をさます。

目が覚めたとき、ベッドの中で大きく伸びをする。 四肢をいっぱいに伸ばし関節を緩める・・・

これも 子供の頃からのクセ ― いや彼女の習慣なのだ。

こころも身体もすっきり目覚めさせ、新しい日に出発してゆく。

そんなこんなの他愛もない朝毎の小さな習慣に、浸れる日々が また 戻って来た。

 

あの島で ― 閉じられた空間で ― 自由な思考能力は次第に活動を停止していった。

死んだ方がずっとマシだ・・・ 死ぬことすら許されないのだろうか・・・

嘆く気持ちも悲しみのこころも失い、涙はとうに枯れ果て表情すら無くしかけていた。

そうしなければ こころが壊れてしまったから・・・

 

   死んでいたわ・・・ 人間として。 身体が生きていただけだった・・・

   この ツクリモノ の身体だけが・・・

 

   ・・・ ふう ・・・・

 

今、光に満ちたこの朝からは まったく想像すらできない ― あの頃。

フランソワ−ズの溜息は 床にたまって凝ってゆく・・・

長い長い絶望と諦めと。 そして雌伏の時間を耐え やっと暗黒の日々から脱出した。

その後も文字通り死に物狂いの闘いの果て、ようやく ・・・ 穏やかで平凡な当たり前の日々を、

ごく普通の日常を取り戻した。

何がなんだかまるで見当もつかず、それ故に同じく死に物狂いの闘いをした仲間とともに

この地に暮らすことになったのだった。

 ― その仲間は 懐かしいヒトに少し似ていた・・・

 

 

トントントン・・・・

 

階段を軽くおりれば広いリビングにはいっぱいの朝日が差し込んでいる。

「 さ〜て・・・と。 まずはカフェ・オ・レ、淹れて・・・ あら、博士はもうお目覚めのようね。 」

テラスへのサッシはほんの少し開いていて、朝の風がカ−テンを揺らしている。

窓ガラスの向こう側にはすこし丸まった背が見え隠れしていた。

植木鋏の音の合間に時折かすかなハナウタも聞こえる。  

「 ふふふ・・・ 熱心ねえ〜 すっかり <ぼんさい> に填まっていらっしゃるのね。 」

かつての眼光鋭く野心に燃えた青年科学者は 今や髪にも髭にも霜を置く好々爺になっていた。

「 オレンジは剥いたし。 サラダもオッケーね。 卵はお好みを聞きましょう。

 ああ、この近所に美味しいパン屋さんがあるともっといいのだけどなあ〜〜

 さぁ !  ジョ−を起こさなくちゃ・・・! 」

エプロンの紐をきゅ・・・っと結びなおし、腕まくりをすると彼女はずんずん階段を登っていった。

 

寄せては返す、波の音と 松林を抜ける風の音に囲まれた、静かな暮らし。

フランソワ−ズ・アルヌ−ルは そんな日々を送っている。

 

 

 

 

   ・・・ ぽっぽ〜  ぽっぽ〜  ・・・

いつも遠くに聞こえる波の音の合間に のんびり・・・ちょっとばかり古ぼけた<鳴き声>がまじった。

ジョ−は読みふけっていたテキストから ふっと顔を上げた。

半分閉め忘れたカ−テンの間から 冴え冴えとした三日月が顔をのぞかせている。

・・・ あの音は多分、リビングにある鳩時計だろう。

 

   ・・・ あ・・・ もう二時かあ・・・・  あ〜あ・・・

 

ばさっとテキストを閉じると ジョ−はもぞもぞとデスクを離れ窓際に立った。

彼の部屋のテラスからは 真下に切り立った崖を望むことができる。

目を点じれば目路はるか穏やかな海が広がっていて なかなか爽快な光景だ。

ジョ−は う・・・・ん・・・!と大きく伸びをした。

 

   そろそろ寝ないとなあ。  明日、またフランに怒られるし・・・

 

くす・・・・っと薄い笑みが彼の頬に浮かんだ。

ずっと。 そう、あのことが起きるまで。 物心ついたときからずっと ― 規則正しい生活を送ってきた。

朝は早起きして教会の拭き掃除やら庭の掃除をし。 朝食の盛り付けやら配膳の手伝いをする。

小さな子供でも < お仕事 > はちゃんとあったし、誰も手伝ってはくれなかった。

成長すれば今度は年下のもの達の面倒も見ていた  ・・・ それが当然と思っていた。 

神父さまを中心に皆できちんと生活していた。 

寝坊して誰かに起こされる・・・なんて考えたこともなかった。 寝過ごせば朝食は片付けられるだけだ。

ごく真面目に そして多分に無味乾燥に近い日々を ジョ−は送り、そのことに何の疑問も抱いては

いなかった。 彼もまたある種、閉じられた空間に生きていた。

 

   生活ってこんなもんだ、って思ってたし。  <普通のウチ> って・・・外見しかわからないもんな。

   あれこれ想像しても玄関から先は 真っ白だったよ・・・・

 

・・・ そう。 あの日 まで。

彼の人生はたった一日の出来事を境に 劇的に転回した・・・

人間としての身体を失い ・・・・ 嵐の中に放り込まれた死に物狂いの日々の果てに。

そこに彼は、人として生きる道をみつけた。

 

   運命ってものが本当にあるなら。  ぼくのはもともと捻じれていたのかも・・・   

 

ジョ−の溜息は苦い笑みをまぜて 床近くに散らばってゆく。

でもそれは決して重いものではない。

「 検定試験までもう少しだものな〜 頑張って合格すればバイトの条件だってずっといいのがあるし! 」

ジョ−は中天に掛かった三日月をじっと見つめた。

「 ・・・ よく夜中に起き出して・・・ひとりぽっちで眺めてたよなあ・・・ 

 あの頃は こんな日が来るなんて考えてもみなかったけど。 」

 

   フラン ・・・ もうとっくに眠っているよね・・・

   オヤスミ ・・・ いい夢を・・・

 

輝く髪と碧い瞳の少女の笑みが たちまちジョ−の心と身体を埋め尽くしてゆく。

 

   あの笑顔 ・・・ ぼくに向けてくれるって! 今でも信じられないよ・・・

   うん、あの微笑のためなら ぼくはなんだって出来るさ!  

 

もうちょっと頑張ろうかな・・・・ ジョ−は閉じた本を取り上げるともう一度デスクの前に座る。

波の音も はと時計の鳴き声も  彼の意識からは締め出されていった。

 

街中を離れた海の側、崖っぷちに建つ洋館で老人と少女と赤ん坊との静かなくらし。

島村 ジョ−は 今、こんな日々を送っている。

 

 

 

 

「 ジョ−? ちょっとお願い。 もしも誰か来たら、玄関に出てね。 」

「 うん、いいよ。  どこかへ出かけるの? 」

「 え? いいえ〜〜 洗濯物を干してくるの。 裏庭に出ていると玄関チャイムは聞こえないもの。 」

「 あ、な〜んだ・・・・ ぼく、手伝うよ。 」

「 あら・・・だってもうすぐ試験なんでしょ。 それに誰か来たら・・・ 」

「 平気だよ〜〜 別に。 あ、これは勉強の方な。  <誰か> は ・・・ こないよ、きっと。 」

「 ・・・ でも ・・・ 」

「 さ、一緒にやればすぐだよ〜〜 ぼくも久々にゆっくりお日様を浴びたいし。 」

「 そう? それなら・・・ あ、ありがとう! 」

「 どういたしまして。 あれ・・・ こんな重いもの、女の子が持つ必要ないって! 」

ジョ−はフランソワ−ズがぶら下げていた洗濯籠に手を伸ばし、取り上げた。

「 あら、そんなに重くないわよ。 じゃ・・・二人で手早く干しましょうか。 」

「 うん! ぼくはこっちの端から始めるよ。 」

「 わかったわ、 わたしはこっち・・・ 細かいモノは残しておいてね。 」

「 了解〜〜〜 」

 

日も高くなる前に ギルモア邸の裏庭には洗濯モノがへんぽんと翻っていた。

「 わ〜〜助かったわ、 こんなに早く終っちゃった・・・・ ジョ−、ありがとう! 」

「 うわ・・・! あ、ありがとう〜〜 」

チュ・・・っと頬に熱いキスが落ちてきて、 ジョ−はますます真っ赤になってしまった。

「 さあ・・・ ちょっと一休み、でコ−ヒ−でも淹れましょ。 アルベルトが送ってくれた美味しいコ−ヒ−豆、

 使ってみたいの。 」

「 へえ。 豆から挽くって・・・ すご〜い★☆☆☆  ぼく、本当言うとそういうの、飲んだことないんだ。

 へへへ・・・外では年中缶コ−ヒ−か100円メニュウとかだったし。 」

「 あら、わたしだってそんなものよ。 それじゃ・・・う〜んと美味しいの、淹れるわね。 」

「 うん! あ・・・ あの・・・ ぼくの分さ。 う〜んとお砂糖とミルク、お願いしま〜す。 」

「 ・・・ まあ! 相変わらずお子ちゃまみたいねえ。 」

「 ・・・ ど〜せぼくは未成年ですから。 ブラックは香だけ、楽しむことにします〜 クンクン・・・ 」

「 ふふふ・・・ それじゃクッキ−でも出しましょうか。 」

「 うわ♪ 嬉しいな。 あ、ぼくこれ、片付けてくるね〜〜 」

「 ありがとう・・・! 」

洗濯籠と洗濯ばさみ入れのカンを抱えてジョ−はランドリ−・ル−ムへ駆けて行った。

 

   ・・・ ああ ・・・ 彼はまだ 若いのね。 とても若いの・・・ね ・・・

   そう・・・ 本物の18歳 ・・・ そのままね

 

跳びはねる茶髪の後姿に フランソワ−ズはこっそり呟きかけていた。

 

 

 

リビングで<ちょっと一休み> しつつ、二人はのんびり午前中の時間を楽しんでいた。

フランソワ−ズと新聞を広げて面白そうな記事を拾い読みし、お喋りが弾む。

「 ・・・ あ ・・・ これ。 この映画・・・ 多分あれよね・・・ 」

「 ・・・ え〜と こっちのは、と・・・   え? なに? 」

ジョ−は広げかけていた地元のタウン紙から顔を上げた。

「 あ・・・・ ごめんなさい、なんでもないの。 」

「 なんでもない、はナシだろ?  なになに・・・映画? 何をやってるって? 」

「 ・・・ うん ・・・ あの。 すごく懐かしい映画、上映してるから。 」

「 懐かしい? どれ? ・・・ 懐かしの名画シリ−ズ・・・ へえ。 フランって映画好きなんだ。 」

「 好きってほどでもないけど。 ・・・これね、子供の頃、すごく感動した作品なの。 」

「 どれ? ・・・ 『 赤い靴 』 ? イギリス映画だね。 」

「 そう・・・そうだったわ。 確か・・・ヒロインがヴィッキ− ( ヴィクトリア ) っていってね・・・

 劇中劇みたいに 映画の中でバレエの作品が踊られるのよ。 」

「 ふうん・・・ ヨコハマ・フィルム・センタ−か。  ねえ、行こうよ。 」

「 ・・・ え? 」

「 見に行こうよ! ほら・・・今から出れば午後の上映時間に間に合うしさ。 チャンスじゃないか。

 ぼくも久し振りでヨコハマ、行きたいな〜〜 」

「 ・・・ だって ・・・ バレエ映画なのよ? ジョ−、興味ないでしょう? 」

「 面白いかどうか見てみなくちゃわらないじゃないか。  それにさ。 」

ぱさ・・・ と新聞を閉じてジョ−はソファから立ち上がった。

「 きみだってたまには街に出ようよ。  ・・・ あ ぼくなんかと一緒じゃ イヤかな・・・ 」

「 ううん、ううん! そんなことない! ・・・ でも博士のランチとかイワンの世話しなくちゃ・・・ 」

「 いいよ〜〜たまには。 イワンはまだ当分 < 夜 >だし。 博士には チン!してもらうさ。 」

「 ・・・チン?   ああ、冷凍食品を電子レンジで、ね? 」

「 うん。 博士にちょっとお願いしてくるね〜  待ってて・・・ 」

「 まあ・・・ あ! あの・・・ <ちょっと>じゃなくて <しばらく> 待っててくださる? 」

「 ・・・ いいけど? 」

「 わたし! 朝、起きてそのままよ? お願い! 大急ぎで準備してくるから・・・・! 」

「 いいよ〜〜  焦らなくていいからさ。  博士〜〜 ちょっと出かけてきま〜す・・・ 」

ジョ−は書斎に篭っている博士にご機嫌で報告に行った。

 

   うそ・・・! 髪もちゃんと梳いてないし・・・お化粧も・・・ ああ・・・何、着てゆこうかしら・・・

   きゃ〜〜〜  急がなくちゃ・・・!!!

 

フランソワ−ズはしばらくぼ〜〜っとジョ−の後姿を見送っていたが、突然立ち上がると

・・・ ダダダダダ・・・・ 階段を駆け上がっていった。

 

   ― ひら ・・・・ り ・・・ 

 

半分開いたテラスの窓から 気紛れ風にのって桜の花びらが舞い込んできた・・・

・・・ 時は春の昼近く ・・・

今日もギルモア邸下の海は 穏やかにたゆたっていた。 

 

 

 

平日の昼間だというのに その小さなホ−ルはほぼ席が埋まっていた。

駅周辺の繁華街から少し離れた場所なのだが、 映画好きには知られたスポットらしい。

結局 ジョ−とフランソワ−ズは次の回にまわることになってしまった。

チケットを買ったが狭いロビ−で待つのは余り面白くない。

 

「 え〜と ・・・ どうしようか。 まだ時間あるね、お昼、しようか。 何、食べたい? 」

「 ええ・・・ あ、ジョ−の食べたいものでいいわ。 」

「 ぼくの好みにあわせると まっ〇 か ケ〇タ になっちゃうよ? そうだ〜 ほら、サンドイッチとか?

 あっちのチェ−ン店ならいろいろあるよ。 」

「 ええ、それにしましょ。  ねえ・・・ むこう側に公園があるわ、あそこで食べない? 」

彼女が指差す方には 港に面した緑地が広がっていた。 

桜はまだ咲いてはいないけれど、零れる光に木々が若い葉を揺すっている。

「 うん、いいね〜〜 じゃ・・・ take out しよう。 」

「 素敵・・・! ピクニック・ランチみたいね〜 」

二人はどこの街でも目にするカフェのチェ−ン店に入った。 ランチ・タイムは過ぎていたので案外空いている。

「 う〜ん ・・・ いろいろあるね〜〜 ねえ、なににする? 」

「 え〜〜と ・・・ これはなにかしら・・・ あ・・・すぱ・・?」

「 アスパラとサ−モンだって。  こっちのはね〜 チキンサラダ だよ。 」

ジョ−は小声でメニュウを読み上げてゆく。 

彼らは自動翻訳機のおかげで会話には不自由がないのだが 読み書きは別だ。

これはまったく個人の学習能力によるもので ・・・ フランソワ−ズもまだ日本語は苦手なのだ。

「 ありがとう・・・ ごめんなさいね。  わたし、それじゃアスパラとサ−モンのにするわ。 ジョ−は? 」

「 ぼくは〜〜っと・・・? あ、このハムとチ−ズのにする。  なに、飲む? 」

「 え〜と・・・ うわ・・・・ 沢山あってよく判らないわ〜〜 ねえ、普通のカフェ・オ・レをお願い。 」

「 うん、わかった。 サイズも <普通> でいいよね〜 」

「 ええ、お願いします。  」 

 

ぼしょぼしょ相談の結果買ったランチを袋にいれ、二人はぷらぷらと街中を歩き始めた。

昼下がりの港街、海からの風はさすがにすこし冷たかったけれど お日様がカバ−してくれた。

行き交う人々も重いコ−トを脱ぎ捨て、のんびり歩いている。 

桜の木でも気の早い蕾が ひとつ・ふたつ 薄ピンクの花を咲かせていた。

   

   チラチラ ・・・・

 

並んで歩く二人に人々に何気に視線が飛んで来る。

<ガイジンさん>は珍しくもないこの街なのだが・・・ やはり彼女の容姿は群を抜いているらしい・・・

 

   ・・・ へへへ・・・ な〜んかすごくいい気分だな〜

   えっへん♪ 彼女はぼくの連れなんだぞ・・・ ふふふ〜ん・・・

 

ジョ−は内心、大いに得意だったのだ ・・・ けれど。

街中で、彼女はなぜか次第にジョ−の後ろに後ろに回っていった。

話かけるたびにジョ−は振り返ったのだが・・・

 

    あれ? なにか ・・・ 気になるのかな。

    やっぱ、ぼくなんかと一緒に歩くの、イヤなのかなあ・・・ でもあんなに喜んでいたのに・・・

 

「 う〜〜ん・・・ 良い気持ちだね。 同じ海の側でもウチの辺りとはまたちょっとちがってさ。 」

「 ・・・ そうね。 」

「 あ・・・ ほら。 大きな船が入ってくるよ。 客船かな〜 どこから来たんだろう。 」

「 ・・・ 綺麗ね。 」

「 え〜と・・・ あ、あっちにベンチがあるよ。 あそこ! あそこでランチしようよ。 ね? 」

「 ええ。 早く行きましょ・・・ 」

「 う、うん ? 」

公園に入ると フランソワ−ズはジョ−の先にたってどんどんと進んでいった。

 

「 ・・・ どうしたの。

「 え・・? 」

ベンチに並んで腰掛けランチの袋を開き ・・・ ジョ−は思い切って尋ねた。

「 ジョ−  なにが。  」

「 うん ・・・ なんだかさ、この街、好きじゃないみたいだから。 誘って・・・迷惑だったかなあ。 」

「 え!? ・・・ そんなこと!  わたし・・・すご〜〜く嬉しかったのよ! 

 その ・・・ ジョ−と一緒に街を歩けるって・・・ この街も素敵だわ。 」

「 ・・・そう? なんかさ〜 ずっと下向いてぼくの後ろにいるから・・・さ。 そのう、気になって。 」

「 ・・・ だって。 わたし・・・ヘンでしょう? ジョ−に迷惑が掛かるわ。 」

「 ええええ? ヘン・・・って 迷惑って なにが?? 」

「 わたし、が。  だって ・・・ すれ違うヒトとか追い抜いて行ったヒトとか・・・皆見るんですもの。

 ちらちら・・・ 女のヒトもよ。 ・・・ ごめんなさい、ジョ−。 わたし、来るべきじゃなかったんだわ。

 過去のニンゲンは普通の世界に出てきてはいけないのよね。 」

「 ・・・ なに、言ってるのかい? ぼくには全然・・・ 」

「 これ・・・持って先に帰るわね。 ジョ−、ゆっくり映画、見てきてね・・・ じゃ・・・ 」

「 !? ちょ、ちょっと・・・! 待てよ! 」

ぱっと立ち上がった彼女の手を ジョ−は反射的につかまえた。

「 ・・・ 痛! 放して・・・ 」

「 だめだよ。 さあ・・・座って。 ここでゆっくりランチしようよ。  ね? ほら・・・カフェ・オ・レ。 

 あ・・・まだ熱いね〜 気をつけて。 

ジョ−は熱々の容器を彼女の押し付けサンドイッチの包みを取りだした。

「 きみの アスパラとサ−モン。  なんか〜美味しそうだね、あとで一口、いい? 

 あ、ぼくのハムとチ−ズもかじっていいからさ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ わたし・・・ 」

「 フラン。 」

まだもじもじしている彼女を ジョ−は真正面から見つめた。

「 あのな。 きみほどの美人、皆が ・・・ 特にオトコがさ、 振り返って見ても当たり前だと思うよ?

 ぼく、な〜んか鼻が高かったもん。 彼女はぼくの・・・そのう〜〜 トモダチなんだぞ〜って。 」

「 ・・・ そ、そうなの・・・ ? 」

「 そうさ!  はっきり言うけど。 きみは全然ヘンなんかじゃない。 皆 きみに見とれているんだ。

 この街にはガイジンさん、多いけど、きみほどキレイなヒト、そうそういないもの。 」

「 ・・・ でも ・・・ こんなオバアチャン・・・ 」

「 ストップ! そのフレ−ズもナシ。 きみはね、ぼくよりいっこ年上なだけの女の子だろ。 

 ほら、あそこのチビっ子に笑われちゃうよ? 」

「 え・・・ チビっ子?  どこ。 」

「 そこだよ、きみのすぐ横。 海を見てる女の子の像があるだろう。 」

「 あ・・・ まああ・・・ 可愛いわ・・・でもちょっと淋しいそうね、この子・・・ 」

フランソワ−ズは膝に広げたランチを脇に置くと、そうっと立ち上がった。

そしてちょこんと海に向かって座っている小さな女の子に向き合った。

「 『 赤い靴 』 の女の子なんだ。 」

「 『 赤い靴 』 の??? ・・・ 日本でもあのお話、有名なの? 」

「 ???  ぼくが知ってるのは童謡だけど? 多分 ・・・ これから見る映画とは違うと思う。 」

「 そうなの?? どんな歌? よかったら歌ってくれる。 」

「 え・・・ 恥ずかしいなぁ〜 ちょっとだけだよ〜 」

ジョ−は周囲を見回してから、ごく低い声で歌い始めた。

 

   赤い靴 ・・・ 女の子 ・・・

   ヨコハマの波止場から ・・・

   ・・・・ 今では 青い目に ・・・

   異人さんの言葉を ・・・  

 

「 ・・・ まああ・・・ この子が赤い靴を履いていたの。 そうなの・・・ 」

フランソワ−ズはジョ−の声に耳を傾けつつ、じっとブロンズ像を見つめていた。

「 それで この子はどうしたのかしら。 あら、もうお終い? 」

「 ごめん。 ぼく、あんまりこの歌、好きじゃなくてさ。 」

「 ・・・ え? あ、あら・・・そうなの? 女の子向きの歌、なのかしら。 」

「 いや・・・そうじゃないけど。  ぼくは。 赤い靴のコが羨ましかったから・・・

 異人さんの国 に行きたかったんだ。 ・・・ 父親を捜しにね。 」

「 ・・・ ジョ−。 ごめんなさい。 わたしったら・・・・ そのう・・・ 気が利かなくて・・・ 」

「 いいさ。 別に。 ただ、きみもヘンな風に気を回すの、止め。 ・・・ね? 」

「 ・・・ ん。 ・・・・ アリガト、ジョ− ・・・ 」

「 さ〜て・・・ せっかくここまで来たし。 モトマチでもぷらぷら歩こうか。 

 そうだ! ぼく、Gジャン、欲しいんだ。 一緒に選んでくれる? 」

「 ええ、喜んで♪  うわ〜〜嬉しいわ! 服選びなんて・・・久し振りよ〜〜

 お兄ちゃ・・・いえ、兄のを選んでいた時以来かしら。 」

「 ふうん〜 それじゃさ、ついでにきみの春の服も選ぼうよ。 」

「 え ・・・ わたしの? あら・・・わたしのはいいわ。 着るもの、あるし・・・ 」

「 それって冬服だろう? 春のさ、ひらひらした服、選びなよ。 

 へへへ・・・実はさ〜〜 博士から仰せ付かったんだ。 フランソワーズの春支度を見てやれって。 」

「 ・・・ まあ ・・・ 」

「 今日の恰好もステキだけど。 やっぱ、春には明るい色のがいいよ。 ね? 」

「 ええ そうね。 ありがとう〜〜 ジョ−・・・! 」

「 さ、行こうよ。 え〜と・・・ 道を渡ればすぐモトマチさ。 」

「 うん! 」

今度こそ二人は肩を並べ、歩き始めた。

― 途中で 彼女が何気なくジョ−の腕に手を差し伸べた時 一瞬ジョ−の身体が強張ったけれど。

すぐに ・・・ ごく自然に二人は腕を組んで歩いていた・・・

 

 

 

 

小さなホ−ルのシ−トを埋めていた観客達は みなきちんとクレジットが出終わるまでスクリ−ンを見つめていた。

最後には拍手すらひびき、灯がつけば ほう・・・っと溜息が自然とあがった。

それは所謂熱い感動のものではなかったけれど、こころに残るものを得た人々の満足の吐息だった。

 

「 ・・・ はあ・・・・ なんか、さ。 音楽がいつまでも耳の底に残るね・・・ 」

「 ・・・ ええ ・・・ 」

「 なんて言えばいいのかなあ・・・ う〜ん・・・ 印象的、そんな風? 」

「 ・・・ そう ・・・ ね ・・・ 」

「 さあ、行こうか。  ・・・あれ・・・? あの・・・気分、悪い? 」

「 ううん ・・・ ううん。 ごめんなさい、ジョ−・・・ 涙が・・・涙が 止まらない・・・ 」

「 ・・・ あ・・・ これ、使って。 それでぼくにくっついてて・・・ うん、それでいいや。 」

「 すみませ〜ん! 当ホ−ルは入れ替え制ですので・・・ ご退出ねがいます〜 」

入り口近くで係員が声をかけている。

「 あ、ども。  さ、行こうよ。 ゆっくり立ち上がるから・・・ 大丈夫? 」

「 ・・・ ええ ・・・ ありがとう ・・・ごめんなさい・・・ 」

ジョ−は顔をハンカチで覆っているフランソワ−ズを 半ば抱きかかえる恰好でホ−ルをでた。

外は うすい陽射しが海を照らしていた。  吹きぬける風もまだ冷たくはない。

夕闇が降りてくるにはもう少し時間がありそうだ。 

 

「 ・・・ どう? 少し 落ち着いたかい。 」

「 ・・・ええ ・・・ ごめんなさい・・・ 」

二人はまた あの公園のベンチにもどってきていた。

「 不思議な雰囲気の映画だったなあ・・・ 皆 こう・・・優雅でさ。 紳士と淑女、そんなカンジ。 」

「 まあ ・・・ 可笑しな感想ねえ・・・ 」

「 へ、ヘンかなあ? ぼくってあんまり映画とか見ないから・・・ 

 あ、でも! あの魔性の靴屋! あの踊り、カッコよかった! タップ・ダンスだろ、あれ。 」

「 ええ ・・・ そう。  あのヒトは有名なタップ・ダンサ−なのよ。 」

「 ふうん ・・・ こう・・・さ、決まっちゃってさあ!  あ・・・ごめん。 気分、もう平気? 」

「 あの・・・泣き出したりしてごめんなさい・・・ 迷惑、かけちゃったわね。 」

「 いいよ〜別に。  うん、面白かった! ちっちゃい頃のきみが一生懸命見ているのって

 可愛いかっただろうな。 」

「 え・・・ いやだわ、ジョ−ったら。 ・・・そうね、でも初めて見た時には ・・・ 『 赤い靴 』 に

 夢中になって。 本当にドキドキして見ていたわ。 その頃には、どうしてヴィッキ− ( ヒロイン )が

 最後に自殺しなくちゃならなかったのか・・・なんて全然わからなかったけど。 」

「 う〜ん ・・・ 選べなかったんだろうね。 どっちも大切、どっちも捨てられないって。 」

「 そうね。  ああするしかなかったのね。  ・・・ あの時代には。 」

「 ・・・ それで泣いてたのかい。 」

「 え? ・・・ ううん ・・・ あんまり懐かしくて。 涙が止まらなかっただけよ。 」

フランソワ−ズはぽん、と立ち上がると目の前にある低い柵へ歩いてゆく。

柵に下には 港の海が緩く波打っている。

「 ・・・ あんな時代だったんだ・・・って。 すごく すごく懐かしくて・・・ 」

「 それだけ? 

「 ・・・ え? 」

「 懐かしいから ・・・ 泣いてたのかな。  それだけの理由? 」

「 ・・・ ジョ−には隠せないわね。 わたし ・・・ ヴィッキ−が羨ましかったのかもしれないわ。

 愛も踊りも ・・・ 手にしていた彼女が。 たとえ選択の苦しみがあっても、ね。 」

「 選択の苦しみ、か。 選ばなかった道への未練っていつだってあると思うな。 」

「 そう・・・ ね。 < もしも > は 誰でも考えることよね・・・ でも。 それでも。

 わたし、両方とも失くしてしまったことが ・・・ もう諦めてるけど。 やっぱり悲しくて涙が零れたの。 」

「 ふうん?  なあ、フラン。 」

「 ・・・ なあに。 」

「 きみも。 踊ったらいいじゃないか。 ねえ、また始めたらいいよ。 」

「 ・・・! だって ・・・ もう何年 ・・・いえ 何十年も踊ってないのよ。 今更・・・ 」

「 フラン・・・ 今ってさ。 なんだって出来るんだ。 きみもさ、やってみなよ。 」

ジョ−もベンチから立ち上がると 彼女の隣へやってきた。

「 赤い靴はいて。 ばりばり何でもやったらいいよ。 踊れるかどうか、やってみなくちゃわかんないし。

 この女の子だってさ・・・ 」

ジョ−はちらり、とブロンズの少女像に視線を向けた。

「 あの子だって・・・ 赤い靴はいて異人さんの国にいって。 がんがん頑張って ・・・

 言葉、覚えて <青い目の異人さん> になった・・・のかもしれないよ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ あなたって・・・ 」

「 な?  やってみる価値、あり、だと思うけどな。 

 今ってさ。  ああいう優雅な雰囲気もないし、紳士も淑女もいないけど。

 これが自分だ!って主張していいんだと思う。 」

「 ・・・ ありがとう・・・ そんな風に言ってもらえて すごく嬉しいわ。 」

「 へへへ・・・ これってぼく自身へのはったりでもあるんだけど・・・  あ、ねえ?なんか飲む? 」

「 え? そうね、ふふふ・・・泣いたりしたから咽喉、乾いちゃった。 」

「 ぼくもさ〜 あ、そうだ! この辺りにね〜 女の子の好きそうなトコがあるんだ。 

 きみもきっと気に入るよ〜〜 行こう、近くにお茶するとこもあったと思うし。 」

「 えええ? ジョ−・・・どうしてそんなこと、知っているの。 」

「 えへへ・・・ 実はね、施設の子供達が皆で招かれたことがあるんだ。 

 女の子たちは面白がってた。 ぼくらは ・・・ ちょっと退屈だったけど・・・さ。 

 人形の家 っていう、う〜ん・・・ミニ博物館みたいなトコ。 」

「 人形の家 ? まあ、どんなトコなのかしら。  あ、でもいいの? ジョ−には退屈なんでしょう? 」

「 ううん! きみと一緒なら ぜ〜んぜん。  よし、行こうよ。 あっちなんだ。 」

「 ・・・ あ ・・・ 」

ジョ−はきゅっと彼女の手を握ると ずんずん歩き始めた。

 

   ・・・ 可笑しなヒト ・・・・

   さっきは腕を組んだだけで 緊張してたくせに・・・ ふふふ ・・・でも楽しいわ

 

姉弟 ・・・ に見えなくもない二人連れは午後の日も傾きかけた港街を歩いていった。

 

 

 

『 人形の家 』  ―  そこも不思議な空間だった。

ガラスに隔てられたところから いくつもの人形がじっと・・・こちらを見つめている。

何年も、いや何十年もじっと世界を見てきた瞳が 今、静かに訪れる人々に向けられる。

古びたドレスにも ひとつひとつ思い出が纏わりつき、過ごした日々の重さがその裳裾に加わっていた。

巡る人々もなぜか 自然と声を潜め足音をしのばせ ・・・ そうっと人形達の間を行き交うのだった。

 

「 ・・・ わあ ・・・・ すごい ・・・ 」

「 気に入った? ぼくにはあんまり縁のない世界だけど・・・ 」

「 そうねえ・・・ オトコノコにはね。  ああ、あのお人形! 母が大切にしていたのに似ているわ・・・ 」

「 ふうん ・・・ あの映画もそうだけどさ。 なんかこう・・・雰囲気が全然ちがうんだよね。 」

「 そう・・・ 雰囲気というか ・・・ 空気の色がちがうって思ったわ。 」

「 ・・・ごめん。 別にその・・・ 」

「 いいのよ、ジョ−。 いちいち気にしないで。 わたしもね、もう・・・平気だから。 」

「 うん ・・・ その・・・うん。 」

「 まあ、また可笑しなジョ−ねえ・・・  赤い靴 のお人形もあったらいいのにね。 」

「 う〜ん・・・あれは歌だからなあ。 この街のシンボルみたいになってるけど。 」

「 ふうん・・・ なんだかちょっと哀しい曲ね、歌詞も。 」

「 うん ・・・ ぼくさ、あの歌、嫌いだったけど。 いつか ・・・ 異人さんの国に行くんだ!って思ってた。 」

「 ジョ− ・・・ 」

「 異人さんの国だったら、ぼくは <みんなと同じ> になれるんだって。 

 なぜか勝手にそう思い込んでたんだ。 う〜んとチビの頃だけど。 」

「 ・・・ ジョ−。 」

「 この人形たちはさ。 ず〜っと同じ姿でず〜っとこの世を見つめてきたんだよね。 」

「 そうね。 わたしと同じだわ。 わたしだって機械仕掛けの動くお人形ですもの。 」 

「 ・・・ フランソワ−ズ・・・! 」

「 いいの。 本当のことだもの。 このコ達とわたしと。 大して替わりはないわ。

 いつの日か機能停止して本当の <お人形> になる日までちょこっと動けるだけよ。 」

カツン ・・・ カツカツカツ・・・

フランソワ−ズの靴音が 少しだけ高くなった。

平日の午後、それも閉館に近い時間なので フロアには他の客の姿はない。

「 皆、わたしを置いていってしまった・・・ わたしはここには存在するべきじゃないのね、きっと。

 このコ達みたいに、 ガラス・ケ−スの中で永遠に眠っていれば・・・よかった・・・!」

・・・ パタ ・・・!

またひとつ、水玉模様が彼女の足元に描かれた・・・

 

「 ぼく、さ。 これから <置いて行かれる> んだ。 」

 

「 ・・・ え?? 」

ジョ−はごく自然に、普段と同じ声で同じ大きさでさらり、と言った。

フランソワ−ズは思わず 聞き返し・・・ じっとそのセピアの瞳を見つめた。

「 ・・・ なに・・・ ? 」

「 ぼくは これからぼくの居た世界から置いて行かれる。 

 そしてそれを これからじっと見つめてゆくんだ ・・・ ずっと、ね。 ひとりで。 」

「 ・・・ ジョ ・・・ ー ・・・ 」

フランソワ−ズは咽喉がからからに干上がり 言葉が続かなかった。

すう・・・っと冷たいものが背筋を這い上がってゆく。

自分達は眠っている間に <取り残されて> しまった ― 目が覚めたら置いてきぼりだった・・・

しかし。

この、目の前にいる外見は自分とたいして変わらない青年は しっかりと目を見開き

意識も頭脳もはっきりと覚醒したまま  ―  取り残されてゆくのだ。

 

    ・・・ 皆が去ってゆくのを 全て見送らなくちゃならないのね・・・

    いつか 自分を覚えていてくれるヒトが 一人もいなくなる時も ・・・ 

 

ぶる・・・

足元からじわり・・・と這い上がってきた悪寒に フランソワ−ズは身を震わせた。

 

    ・・・ こわい ・・・! 

    わたし、眠っていて良かったのかもしれないわ。

    ・・・ あ・・・! ・・・ でも このヒトは それを真正面から受け止めようとしている・・・

 

不意に セピアの優しい瞳をした目の前の青年が おそろしくさえ思えた。

頼り無げにも見える笑みの下に とてつもない強さが隠されていたのだ。

 

    このヒトは・・・ !  ううん、島村 ジョ−っていうヒトは・・・!

 

フランソワ−ズは、く・・・っと咽喉に痞えていた熱いモノを飲み込み ― 口を開く。

からからに乾いた口からは 上手く声が出なかったけれど、それでも咽喉を振り絞って。

「 ・・・ ジョ− ・・・ あなた、 ひ ・・・ ひとり、じゃないわ。 」

「 ・・・ うん? 」

「 ジョ−は ・・・ あ、あの・・・ ひとりじゃない。  ひとりでずっと見てるんじゃないわ・・・! 」

「 え・・・ 」

「 ・・・ あの! わ、わたしが!  わたしが・・・いるわ。 あなたと・・・一緒に。 

 ずっと。  そうよ、ずっと・・・! 」

「 フラン ・・・ ソワ−ズ ・・・ 」

「 それにね! <お人形> としてはわたしの方がず〜っとキャリアがあるんですからね。

 ジョ−は ひとりじゃないのよ。  それで。・・・ それから・・・ 」

「 ・・・ う・・・うん? 」

「 あの。  わたし・・・もひとりじゃない・・・・って思って・・・いい? 」

「 ・・・ ああ フランソワ−ズ・・・  きみって、本当に・・・ああ、なんてステキなんだ〜〜 」

「 素敵なのは、あなたよ、ジョ−。 わたし、ね。 ず〜っと・・・ね。 あの・・・ 」

「 ・・・ ぁ・・・ ぼ、ぼく。 あの〜〜 あの時のきみの瞳が ・・・ え〜と・・・ 」

 

「 閉館です〜〜  閉館〜〜 」

 

突然のんびりした声が響き、管理人とおぼしきおっさんが顔をだした。

「 すいませんね〜〜 もう閉めますんで。 」

「 ・・・ え、 あ、あら・・・! 

「 あ。 いっけない、もうそんな時間か。 」

一瞬 ・・・ もしかして二人ともほんのちょっと飛び上がったのかもしれない。

向き合って話をしていたのだけなのだが、ジョ−とフランソワ−ズは慌てて距離をおいた。

「 え〜っと。 ・・・ う、うん、そうだね、もう帰ろうか。 」

「 ええ・・・ そう、ね。 」

フランソワ−ズはもじもじとコ−トの裾をひっぱり、ジョ−は抱えていた紙袋を持ち直した。

「 お客さ〜ん  お邪魔してすいませんね〜 閉館ですんで〜 」

「 あ、はい。 今・・・すぐに・・・ ジョ−、荷物、一つ持つわ。 」

「 い、いや、大丈夫。  さ、行こうよ。 」

「 ど〜も〜  ここのお人形達がヤキモチ、妬いてますよ〜〜 お熱いお二人サン〜〜 どうも〜 」

とぼけた声に送られて 二人は足早に人形たちの館を後にした。

 

 

 

外はすっかり暮れていた。

夕闇の濃くなった港街に ぽつぽつと街燈が灯り始め淡い影を落としている。

「 あは・・・ な〜んか。 」

「 ふふふ ・・・ 焦っちゃったわね。 」

「 へへへ・・・可笑しいよね、ぼく達。 別にな〜んも・・・ 話、してただけなのに、さ。 」

「 ええ。 可笑しいわよね。 」

 

   ふふふ ・・・   くすくすくす ・・・・

 

横目でチラチラ見あって。 ついに二人は笑を弾けさせてしまった。

「 やっだな〜〜 ぼくたちって、さ。 」

「 ほんと・・・! ・・・ あ・・・でも。 あの、ね。 あのことは ホントウよ。 」

「 あのこと ? 」

「 そ。 あのぅ〜〜〜 ずっとジョ−と一緒だってこと。 」

「 うん! ぼくも。 」

クスクスクス ・・・・

小さな笑い声はず〜っと聞こえ続け ・・・ いつしか二人はぴたりと寄り添って歩いていた。

 

   ・・・ 怒る・・・かな・・・? 

 

ジョ−がそうっと握った白い手は やっぱりこそ・・・っと握り返してくれた。

 

   えへへへ・・・・ やった〜〜 !

 

「 ・・・ ねえ ジョ−。 わたし、ひとつだけお願いがあるの。 」

クスクス笑いがようやく収まったとき、フランソワ−ズがおずおずと口を開いた。

二人はちょうどランチをした公園の脇を歩いていた。

「 うん、なに。 」

「 わたし。 赤い靴が欲しいわ。 もう一回モトマチに付き合ってくれる? 」

「 うん、いいよ。  そうだね、ヨコハマの波止場に来た記念かも。 」

「 ふふふ・・・ 青い眼の異人さんにはぴったりかもしれなくてよ?

 あのね、 さっき先が丸くてカワイイ靴が沢山ならんでいるお店、見たのよ。 」

「 へえ? きっときみに似会うよ。 」

「 ・・・ ありがと、ジョ−。 」

二人は今度こそしっかりと手を握りあって バス通りを渡っていった。

 

 

 

 

春の朝は ぼんやりと明ける。

優しい白い夜明けが ゆっくりと空に滲んでゆき・・・ 朝が広がってゆくのだ。

ヨコハマに遊びに行った日からほどなくして 二人は <二人の朝 > を迎える日々を送るようになった。

「 ・・・  カ−テン、 開いてるよ ・・・ 」

「 ・・・ あ ・・・ 起きちゃった? お早う ・・・ ジョ−。 」

「 お早う〜 フラン・・・ 」

二人は毛布の下でもぞもぞと身体の向きを変えると、 朝一番のキスをした。

「 ね。 カ−テン、少し、開いてる。  お日様で目が覚めたけど・・・ 」

「 ふふふ・・・ 兄と同じこと、言うのね。 」

「 だってさ。 きみにしては珍しく閉めわすれてるから・・・ 」

ジョ−は傍らの亜麻色の髪を くしゃり・・と撫でた。 

「 忘れているのじゃないの。 これってわたしの習慣なのよ。 お日様のキスで目覚めるの。 」

「 へえ〜〜??  でも、これからはぼくのキスで起きようよ♪ んんん ・・・ 」

「 ま ・・・  んんん ・・・・ 」

愛し合った翌朝は 瑞々しいパワーが体中に溢れている。

微笑みあい 口付けを交わし。  二人は新しい日に共に踏み出す。

 

 

「 え・・?!? ・・・ それってなに。 きみって ・・・ そんな能力もあったのかい??? 」

ジョ−は着替える手がとまり、そのまま・・・固まっている。

彼の真後ろでは。 彼の恋人が信じられない角度で脚を広げ身体を床に倒していた。

「 え?  ああ ・・・ これ?  」

すた・・・っと彼女の脚は彼女の耳の横に大人しく留まっている。

「 能力って・・・いやぁねえ〜〜 こんなこと、子供の頃から出来たわよ。 

 ジョ−もやってみる? 気持ちいいわよ〜〜 すっきり身体が目覚めるわ。 簡単よ、こうやってね・・・ 」

フランソワ−ズはパジャマのまま、ジョ−の脚をひっぱった。

「 い、いいよ! ぼく ・・・ 壊れたくないから! 」

「 壊れないわよ〜〜  ふふふ・・・わたしね。 決めたの。 」

「 ・・・な、なにを?? ぼく・・・ 特訓しても無理だとおもう ・・・ 」

「 ?? やあだ、違うわ。  ストレッチのことじゃなくて。 」

「 ああ〜〜 よかった〜〜  」

「 ふふふ ・・・ あのね。 わたし、欲張りになることに決めたのよ。 」

「 欲張り?? 」

ジョ−はうち続く衝撃に 目を真ん丸にしたきりだ。

「 そうよ。 わたし。  愛も芸術も どっちも欲しいの。 わたしも選べないわ。 」

ヨコハマで一緒に見た映画が すぐにジョ−にも思い浮かんだ。

 

   ・・・ きみは 哀しむな。 きみは 苦しむな。

   ぼくが 引き受けるから。 全部・・・ 

 

「 きみは。 選ぶ必要ないよ。  ぼくはいつだって・・・ここにいるから!

きみは赤い靴を履いて、好きなだけ踊ったらいいさ。 」

「 ・・・ うん。 ありがとう ジョ−・・・  ねえ ・・・ あの歌、もう一度 教えて。 」

「 歌?   ・・・・ あ、ああ!  <  赤い靴  >  かい。 」

「 そうよ。  青い目の異人さんはね、青い目のまま ・・・この国で幸せに生きてゆくの。 」

「 ・・・ うん ・・・! 」

「 赤い靴をはいて。 」

「 うん。  ぼくときみと ・・・ ヨコハマの波止場からの出発だ。 」

「 ええ。  そうね。  一緒にね。 ずっと、ね。 」

「 ああ、 ずっと・・・ 」

春爛漫の朝日の中 二人はもう一度熱く唇を重ね合わせた。

 

 

この後・・・

約束どおり、フランソワ−ズは再び < 赤い靴 > に足を入れる道を選んだ。

 

 

 

********************************     Fin     ***********************************

 

 

,Last updated : 04,07,2009.                                              index

 

 

 

**************     ひと言    **************

え〜〜 まずは 御礼を♪

妄想の発端は wren様宅 【 009であそぼ 】 ご掲載の ゼロナイ・ブログ、

<赤い靴日記> の レスからなのです♪ 

ネタ拝借をご快諾くださいました wrenに心より御礼申し上げます <(_ _)>

皆様〜〜 ↑ 必見ですよ〜〜ん♪♪

そして このSSを4月生まれの KR様 へ、お誕生日プレゼント〜〜〜♪♪

 

えっへっへ・・・ぢつは舞台となった場所はワタクシどもの <遊び場>なのでありました(^_^;)

( あ! ヨコハマ・フィルム・センタ− ・・・ なんて嘘八百です〜〜 )

平ゼロ93、こ〜んな感じで仲良しになってくれてたらなあ・・・って

<そうだったら・いいのにな♪> シリ−ズかもしれません。

蛇足になりますが、 イギリス映画 『 赤い靴 』  につきましては お時間があれば

拙宅 <あひる・こらむ> の  <赤い靴> をご覧くださいませ。

 

一言なりとでもご感想を頂戴できますれば狂喜乱舞いたします〜〜〜 <(_ _)>