『  冬ものがたり  』

 

 

*****  はじめに  *****

このお話は 【 Eve Green 】 様宅の <島村さんち> 設定を

拝借しています。 めでたく結婚したジョ−とフランソワ−ズ、

二人の間には双子の姉弟の すぴか と すばる が生まれました。

 

 

 

その朝、雪が降った。

 

ここ数日 昼間でも冷え冷えとした灰色の空が続いていた。

空気は湿り気を帯び、つめたく人々の肌に纏わりつく。

昨晩は一段を冷え込み、街の家々はカ−テンや雨戸をしっかりと閉めて

早々に引き篭もった。

そんな人々を 翌朝は一面の銀世界が迎えたのだった。

 

 

  − ここいらでは 珍しいですね。

 

  − 本当に ・・・ 何年ぶりでしょう。

 

同じ挨拶が街中のそこここで聞かれていた。

 

 

「 おはよう。 昨晩やけに冷えると思ったら・・・ 凄いですね。 」

「 お早うございます。 雪かきをしてきますね、これじゃ新聞配達も大変でしょう。 」

「 あ、手伝いますよ。 え〜と・・・ スコップしかないなぁ。 」

「 箒と ・・・ モップも持って行きましょう。

 子供達は まだ起床時間じゃありませんよね。 」

「 ははは・・・ 直に起きだしますよ。 子供は雪が大好きですから。 」

「 そうですね〜 ・・・ あら? 誰か ・・・ 泣いてる・・・? 赤ちゃん??? 」

「 え・・・ 本当だ。 でも・・・外から聞こえませんか? 門の方みたい。」

調理室で雪かきの身支度をしていた二人の職員は顔を見合わせた。

この教会付属の孤児院に、現在乳児はいない。

 

「 行ってみましょう! 」

「 ええ。 ああ・・・一応毛布を持ってゆきますね。 」

 

雪に足元を取られつつ、駆けつけた二人が見つけたものは。

教会の門のすぐ脇にあるマリア像の元に打ち伏した若い女性。

そして・・・

しっかりと毛布で包まれながら 泣き喚いている茶色い髪の赤ん坊だった。

 

 

   − ジョ−、お前は雪の朝にここに来たんだよ。

 

神父さまはいつもそう仰るけれど。

ぼくは知っている。 いつしか自然とわかってしまった。

雪の朝。

ぼくは。 ・・・・ 捨てられていた。

 

 

 

 

その朝、雪が降った。

 

「 わあ・・・・! すごいすごい〜〜〜! 」

「 なに〜? あ・・・・ すごいや〜〜 真っ白だあ! 」

 

色違いの小さな頭がふたつ、子供部屋の窓辺に張り付いている。

いつもならまだあったかいベッドでくうくう寝息を立てているはずの子供達、

今朝はお母さんに起こされるよりもずっと前に起き出していた。

今日は日曜日♪ 

島村さんちの朝は いつもよりずいぶんと早く、そしてにぎやかに始まった。

 

「 ね! お庭にゆこう、すばる! 雪だるま、作ろうよ〜 」

「 うん! あ・・・ すぴか、手、大丈夫? 」

「 うん、もう平気。 なるだけ動かしなさいっておじいちゃまも言ってたし。 」

すぴかはぶんぶんと右手を振っていみせた。

小さな右手、その肘の下から手首にかけて、白い包帯が巻かれている。

ついこの間、 お転婆のすぴかは木登りからの着地に失敗して

手首を骨折してしまったのだ。

「 そっか。 よかった〜。 」

「 お父さんが言ってたけど。 折れた骨はもっと強くなるんだって。 」

「 ふうん ・・・ でもさ、お母さんが 女の子なのに・・・って。 」

「 ふ〜ん・・・だ。 さ、すばる、着替えようよ。 え・・・っと・・・

 そうだ! スキ−に行く時の服! あれを着ない? 」

「 うん! 」

「 ど〜こだったっけかな〜〜 」

すぴかは子供部屋のクロ−ゼットを開けてあれこれ引っ張りだし始めた。

 

 

「 すばる〜 すぴか? 起きなさい・・・ あら。 」

「 あ、お母さん! お早う〜〜 」

「 お早う、お母さ〜ん。 」

ト−ストのぱりぱりした匂いと一緒に フランソワ−ズがドアを開けた。

今朝の雪景色と同じ真っ白なエプロンからは

コ−ヒ−の香りもふんわりと漂ってくる。

 

「 お早う。 まあ、二人とももう起きていたの? 」

「 うん! 」

「 お母さん・・・ 良い匂い・・・ 」

すばるが母のエプロンにすりよってくんくん鼻をならしている。

「 お外を見た? すごい雪なのよ。 」

「 うん、それでね〜 お庭に行こうって。 」

「 お顔洗って着替えてからね。 あ・・・らら・・・ 」

子供部屋の床には 二人のコ−トやらセ−タ−、ブルゾンが山と放り出してあった。

 

「 なあに、どうしたの? こんなにお洋服を出して・・・ 」

「 あの・・・さ。 スキ−の服、どこ。 」

「 スキ−の服? ・・・ああ、アノラックのことね。 ここには仕舞ってないの。

 それよりもあなた達! ちゃんと着替えてお顔を洗っていらっしゃい。 」

「 はぁ〜い。 」

「 お父さんは? 」

「 まだお休みよ。 昨夜遅かったから・・・ 起こしちゃダメよ。 あ・・・これ! 」

「 お父さ〜〜〜ん! 雪だよ、雪がね〜〜 真っ白でね〜〜 」

母の言葉を全部聞く前に すばるはばたばたと両親の寝室へ駆け出して行った。

「 あ、待って待って すばる〜〜 ! あたしも行くってば。 お父さ〜ん・・・ 」

負けずに姉が弟の後を追ってゆく。

 

  − あ〜らら・・・ でもこれでジョ−が起きてくれるわね。

 

部屋中に散らばった服を拾いあげつつ、フランソワ−ズはくすくす笑ってしまった。

<島村さんちのご主人> になっても双子の父親になっても・・・

ジョ−は相変わらず寝起きが悪い。 

 

島村さんちの奥さんは 毎朝ご主人を起こすのが一苦労なのである。

寝坊大王の異名は まだ返上できていない。

 

 

ばたばたと足音の集団がバスル−ムに移動してゆく。

「 あたしが先〜〜 」

「 あ、ずるい〜〜 すぴかってば。 僕のが先に来たのに・・・ 」

「 こらこら。 順番だろ。  ほら、すばる、パジャマの袖が濡れるよ。 」

ヒナ鳥達の囀りの中にジョ−の声が混じる。

子供達はどうやら父親をベッドから引っ張りだすのに成功したらしい。

今度はジョ−も加わって大賑わいである。

「 すぴか、ちゃんと拭く! あ〜あ・・・ 髪の毛までびしょびしょだよ。 」

「 う・・・ん、ねえねえお父さん、すばるも〜 早く早く〜〜 雪が溶けちゃうよ。 」

「 え!? そうなの? 」

「 大丈夫だよ、そんなに簡単には溶けないさ。 あ、こら、すばる。 ちゃんと石鹸で洗う! 」

 

もう・・・朝から大騒ぎね。

クロ−ゼットから出してきたちいさなアノラックを抱えてフランソワ−ズはすこし眉を寄せた。

・・・うん、でも無理ないか。 この雪ですものね。

 

振り返った窓からは いつもよりずっと華やかな照り返しが射しこんで来ている。

ちらちら降っていた雪も止み、お日様が顔をのぞかせたらしい。

 

そうね。 わたしもやっぱりあんな風にはしゃいで・・・ ママンに叱られたっけ。

起きぬけに庭に出たりして・・・。

 

  − お兄ちゃ〜ん! 雪よ! 真っ白! 

  − うわ♪ すげ・・・ ファンション、公園に行こうぜ。 

  − うん! 

  − 二人とも。 朝御飯を食べてからよ!

 

懐かしい母の声が 張り切った兄の笑顔が 雪景色の中に蘇る。

そう。

雪の朝って、特別にわくわくしたわ。 それが季節初めての雪なら余計に、ね。

ここはめったに雪なんか降らないから あの子達の大騒ぎも仕方ないわね。

 

 

「 お母さ〜ん! お顔、洗ったよ〜。 ねえ、お外行っていい。 

 わあ スキ−の服だ♪♪ 」

リビングに飛び込んできたすぴかが目を輝かせてアノラックを取り上げた。

「 あらあら・・・ すぴか、髪をちゃんと拭かないと風邪を引くわ。 」

「 もう拭いたよ〜 ゴシゴシって。 ねえ、これ着てお外行ってもいいでしょ? 」

「 いいわ。 朝御飯が先って思ったけど ・・・ 」

「 わぁ〜い♪ すばる〜、行くよ! 」

「 う・・・ん。 ちょっと待って・・・ 」

はしゃぎまわる姉の側で すばるは脱いだパジャマをきちんと畳んでいる。

「 ・・・はい、お母さん。 」

「 ありがとう、すばる。 」

きっちり畳まれたパジャマを受け取ってフランソワ−ズは息子のほっぺにキスをひとつ。

「 あれ?お母さん、お首のとこ、どうしたの。 赤くなってるよ〜 虫かなあ? 」

かがんだ母の胸元に すばるは遠慮なく指をさした。

「 ・・・え? あ、ああ・・・ちょっと痒いかな〜 」

 

( ・・・え!? あ・・・ もう・・・ ジョ−ったら! )

( え・・・なに? )

( なに、じゃないわよ。 こんな目立つトコロに跡・・・ )

( ・・・あ・・・ ごめん・・・ )

( もう! 昨夜、しつこいんだもの・・・ )

( だってさ・・・ 寒かったから・・・ )

 

最後にのそり、とリビングに入ってきたジョ−をフランソワ−ズはこっそり睨んだ。

 

「 お父さん、お父さんも早くスキ−の服、着て〜!

 一緒にお外に行こうよ。 」

「 雪だるま、一緒につくろう、お父さん! 」

すばるとすぴかはジョ−の両手にぶら下がってせがむ。

「 う〜ん ・・・ 二人で行って来なさい。 ご門から出てはダメだよ。 」

「 え〜 お父さん来ないの〜 」

「 後から行くから。 雪だるま、どんなのが出来るかなって楽しみにしてるよ。 」

「 うん! すばる、行こう! 」

「 う、うん・・・ お父さん、絶対来てね、ね、ね?! 」

「 ああ、約束するから。 」

「 うん! ・・・ すぴか〜〜〜 待って〜〜 」

ジョ−にくしゃり、と髪を撫ぜられすばるもようやく姉の後から駆けていった。

 

小さな足音が玄関の外に消えると ジョ−はやれやれ・・・とキッチンの椅子に腰を下ろした。

「 はい、カフェ・オ・レ。 」

「 ・・・あ、ありがとう。 」

フランソワ−ズが湯気の立つマグカップを差し出す。

「 行かないの? 」

「 ・・・ うん。 」

「 ごめんなさいね、もっとゆっくり寝ていたかったんでしょ。 

 ダメ、って言ったのに・・・ あの子達ったら。 」

「 あ、ううん。 そうじゃなくてさ。 雪って ・・・ あんまり好きじゃない。 」

「 ・・・そうなの? 」

「 うん・・・いや、好きじゃなかった、と言うべきかな。 」

「 どういうこと? 」

「 今は好きってことさ。 ・・・それにね〜今朝はきみにまだお早うのキスを貰ってないから。 」

「 ま・・・ イヤなジョ−。 」

「 ふふふ・・・ 毎朝、きみのキスで起きるのが楽しみなのに。

 今日は二人のチビ・ギャングどもに揉みくちゃにされちゃったよ。

 ぺちぺち頬っぺた叩くし、耳を引っ張るし・・・ すぴかはぼくに乗っかって跳ねるし・・・ 」

「 あらら・・・ さすがの009も降参ってわけね。 」

「 ああ。 参ったよ、もう・・・ 」

ジョ−は笑って彼の奥さんを引き寄せた。

「 ウチの朝は ・・・ こうでなくっちゃな。 お ・ は ・ よ ・ う ♪ フランソワ−ズ 」

「 きゃ・・・ ふふふ・・・ おはよう、ジョ−・・・ 」

雪の朝、きらきらした照り返しの光が差し込むキッチンで

ジョ−とフランソワ−ズは熱く抱き合って唇を合わせた。

 

 

 

結局、朝御飯も食べずに双子はお昼ちかくまで庭で雪まみれになっていた。

ジョ−がとうとう二人に引っ張りだされ、結局は一緒になって

庭を転げまわっているのを フランソワ−ズはナイショで覗き見をしてしまった。

 

・・・ なあんだ。 雪がキライ、なんて冗談でしょう?

 

すばると大して変らないジョ−の笑顔にフランソワ−ズは微笑を唇に浮かべた。

心配して損しちゃった。

さあて。 そろそろアレの準備をしなくちゃね・・・ え〜とレ−ズンと胡桃は何処だったかしら。

白いエプロンをきりっと結び島村さんちの奥さんは腕まくりをし直した。

 

 

12月、それは 島村家にとって特別な月。

ロ−マン・カトリックの島村夫人にとってクリスマスが大切なのは勿論だけれど、

それと、もうひとつ。

現在、この家の台風の目ともいえる二人の子供たち、

すばるとすぴかの誕生月でもあるのだ。

家族の誕生日は 島村さんちにとっていつも大切な記念日で、

誰の日にもフランソワ−ズは毎年、特別なケ−キを焼く。

 

ジョ−のバ−スディには 季節で一番美味しい苺を生クリ−ムにびっしり並べたショ−ト・ケ−キ。

1日違いのフランソワ−ズとギルモア博士、でもちゃんと別々のケ−キを焼く。

博士にはラム酒の効いたサバラン。 ( 子供達にはフル−ツ・シロップで代用 )

フランソワ−ズのお誕生日には これはジョ−が腕にヨリをかけてシフォン・ケ−キを作る。

最近ではすばるが有能な助手を務めている。

そして。

双子の姉・弟の誕生日には。

お母さんがアルヌ−ル家直伝の りんご・ケ−キ をご披露するのである。

 

 

「 お母さ〜〜ん、お腹すいたぁ! 」

「 お腹、ぺこぺこ〜〜 お母さん! 」

どたばた ・・・ 台風の目達のお帰りである。

「 あ〜 やっと戻ってきた! もう・・・ 朝御飯も食べないで遊んでいるからでしょ。 」

「 ・・・ぼくもお腹ぺこぺこだ〜 」

「 ま、ジョ−まで! ・・・あ、だめだめ、そんなぐしょぐしょの手袋をお部屋に置かないで! 」

ちょっと待って! とフランソワ−ズは洗濯モノいれの籠を取りに走った。

 

「 あ〜あ・・・ お母さん、怒ってる? 」

「 う〜ん・・・ちょっとマズいかな〜 すばる、バスル−ムからタオルを取ってこれるかな。 」

「 うん! え〜と・・・ お父さんとすぴかと僕と。 3枚、もってくるね! 」

「 ああ、頼んだよ。 すぴか、手を見せて。 ・・・あ〜あ・・・ 包帯、ぐちゃぐちゃだ。 」

「 もう痛くもなんともないも〜ん。 包帯、じゃまっけだから・・・取っちゃだめ? 」

「 まだお薬、塗ってるだろ。 おじいちゃまが帰ってきたら聞いてみなさい。 」

「 は〜い。 」

お転婆娘、すぴかの骨折もほとんど治ってきている。

 

「 お父さん、はい、タオル。 すぴか、これで拭いて。 あ〜 オシリ、びしょびしょだよ〜 」

「 あはは・・・ 雪合戦でいっぱい転んだもんね〜 

 すばる、あんたも背中がぬれてるよお。 」

「 ほら・・・ こっち向いて、二人とも。 」

「「 はあい 」」

双子は大人しく父親に背中やオシリをごしごしと拭かれている。

 

「 さあ! 濡れた服はここに入れて頂戴。 それで、着替えはここに置くわね。 

 ジョ−! あなたもよ。 」

大きな籠に着替えを山盛りにして フランソワ−ズが戻ってきた。

「 ちゃんと着替えて、髪も乾かしさないと風邪をひくわ。

 朝御飯は その後よ。 」

 

「「「 はあい 」」」

 

ジョ−も一緒に双子達と着替えを始めた。

 

「 御飯が終ったらね。 二人ともお手伝いをお願い。 」

「 うん、いいよ、お母さん。 お台所? 」

「 そうよ。 」

「 晩御飯のお手伝い? 」

「 ぶ〜〜。 残念でした。 ヒント: お林檎です♪ 」

「 ・・・ あ! わかった〜〜 りんご・ケ−キ! 」

「 ぴんぽ〜ん♪ あなた達のバ−スディ・ケーキの準備です。 」

「 あ・・・ もうそんな時期か。 そうだよねえ・・・ 」

きゃわきゃわ大喜びの双子をながめ、ジョ−がぼそりと呟いた。

今度のバ−スディで二人は十歳になる。

「 うん・・・ ついこの間生まれたと思ってたのにな。

 そうか・・・ うん、誕生日だよな・・・ 」

「 なあに〜 相変わらず可笑しなジョ−ねえ。 」

「 うん ・・・ そう、かな。 」

「 そうよォ。 ・・・さ、 みんな早く御飯を食べちゃって頂戴!

 もう・・・ト−ストは冷えちゃったからフレンチ・ト−ストに焼き直しよ。 」

「 わ〜〜〜い♪♪ 」

 

ぱたぱたと今度は食堂に小さな足音達が駆け出していった。

 

  − ああ・・・ やれやれ。 今日は・・・もう、とんだ災難だわ。

 

島村さんちの奥さんは大きくタメ息を付き・・・ 濡れた衣類でずっしり重い洗濯籠を持ち上げた。

「 ごめん・・・ コレはぼくが持ってゆくから。

 きみは あの子達の食事を頼む。 」

「 あ・・・ ありがとう、ジョ−♪ 」

すっと後ろから手を貸してくれたご主人に奥さんはまたまた熱いキスを落とした。

 

「 お母さ〜〜ん、 オーブンを開けてもいい〜? 」

「 はいはい、今、行きますよ! 」

 

ふふふ・・・。

きゅっと手を握り合って。 

いつまでも恋人気分の二人は もう一回軽くキスを交わした。

 

 

 

するするする・・・・

真っ赤な細いリボンがすばるの小さな手からどんどん下に伸びてゆく。

たちまちりんごが綺麗に剥かれ薄クリ−ム色になった。

「 わ・・・ すばる、上手だねえ。 」

「 え〜ん・・・ どうしてアタシのってこんなにぼろぼろ千切れちゃうの・・・ 」

「 あのさ。 こうやってね。 お林檎の方を動かすといいんだ。 」

「 ・・・ふうん ・・・ すばる、凄い〜〜 」

 

午後になって空はまた雪曇りになり 時々風にのって粉雪がチラつき始めた。

おそ〜い朝御飯をお腹いっぱいに詰め込んだあと、

島村さん一家はキッチンで<共同作業>に熱中していた。

 

調理台にはカゴに山盛りの真っ赤な林檎。

高いスツ−ルにちょこんと座り、双子が皮を剥きそれを受け取ったジョ−が

うすくうすく切ってゆく。

 

「 すばる、上手になったわね〜。 もうお母さんも敵わないかしら。 」

「 えへへへへ・・・ 」

母親に褒められて すばるは大にこにこである。

「 凄いね、すばる。 あたしはこういうの、苦手だなぁ・・・ 」

「 すぴか、 ナイフをごしごし動かしちゃだめなのよ。 

 ナイフはこうやって・・・ 当てているだけでお林檎を回していってごらんなさい。 」

「 ・・・ こう・・・? あ・・・ ちゃんと繋がるね! 」

「 皆上手だね。 う〜ん、今年のりんご・ケ−キが楽しみだな。 」

「 うん! こんなケ−キ、どこのお店にもないよね。 」

「 ああ、そうだね。 これはお母さんだけが作れるのさ。 」

ジョ−は手を休め、フランソワ−ズに微笑みかける。

フランソワ−ズはまな板の上でクルミとレ−ズンを刻んでいる。

トントントン・・・・ 

リズミカルな音が 美味しいケ−キを約束しているみたいだ。

 

「 このケ−キはね。 お母さんのママンから教わったのよ。

 ただ・・・ お母さんの国では こんな真っ赤なお林檎じゃなくて青いのを使うんだけど。 」

「 青いお林檎? 」

すぴかが目をまん丸にしている。

「 そうよ。 青くてちょっと酸っぱいけど、とっても美味しいの。

 あなた達くらいの頃、オヤツによく齧っていたわ。 

「 ふうん・・・ 」

「 お母さんも〜 ケ−キ作りのお手伝い、した? 」

「 したわよ〜。 でもすばるみたいには上手にお林檎を剥けなかったな。

 しょっちゅうつまみ食いしてママンに叱られてたわ。 」

「 ・・・ うん、美味しいね♪ 」

ジョ−が薄切り林檎を一片、口に放りこむ。

「 ま、ジョ−ったら。 さあ、皮を剥くのはもういいわ。 後のはそのまま刻んで。 」

「 オッケ−。 うん、皮の赤が残ってきれいだね。 」

「 うわ〜〜♪ ねえ、コレを甘くするの? お砂糖、どのくらい? 」

すばるは目を輝かせ、計量カップを引き出しから取り出した。

「 すこ〜し、ね。 ケ−キにもお砂糖を入れるでしょ。 

 ちょびっとのお砂糖で ゆっくり煮るのよ。 」

「 ふうん・・・ 」

熱心に砂糖の量を測っている弟を すぴかはぼんやりと見つめていた。

「 ・・・ お母さん ・・・ 」

「 え? なあに。 」

いつも賑やかなすぴかが ぼそり、と母を呼んだ。

「 あたし。 いつか・・・ お母さんの生まれた国に行ってみたいな。 」

「 ・・・・ すぴか。 」

「 いいでしょう? 」

 

「 いいよ。 」

 

答えに詰まっていたフランソワ−ズに代わってジョ−の声がはっきりと響いた。

「 ・・・・ ジョ− ・・・ 」

「 いいよ、すぴか。 

 いつか、皆で行こう。 お前たちがもう少し大きくなったら、家族みんなで

 お母さんが生まれて大きくなった国へ行こうね。 」

「 うん! 」

ジョ−の力強いコトバに、すぴかはいつもの笑顔で応えた。

 

( ・・・ ジョ− ・・・ 本当に・・・いいの。 )

( ああ、勿論。 きみの故郷はぼくや子供達にとっても故郷なんだよ。 )

 

「 お母さ〜ん! お砂糖、いれたよ。 これでいい。 」

「 はいはい・・・ ええ、上出来よ。 

 さ・・・今度はゆっくり煮るの。 すぴか、ガス台にお鍋を運ぶの、手伝って? 」

「 は〜い♪ ・・・わあ・・・ もういい匂いがする♪ 」

島村さんちのキッチンの大賑わいは まだまだ続きそうである。

 

 

 

 

「 ・・・あら。 また降ってきたわ。 」

「 え・・・ ああ、本当だ。 どうも冷えるな、と思ったら。 」

室温に曇ったフレンチ窓を拭いて、フランソワ−ズは思わず声を上げた。

 

外は また雪。

 

午後になってどんどん雲で覆われてきていた空は 今は完全に灰色になり

ちらちら舞っていた風花は いつの間にか本格的な雪に変わっていた。

 

「 こりゃ・・・また積もるかもな。 あれ、子供達は? 」

「 ふふふ・・・ ほら、そこのソファで沈没してるわ。 」

「 どれどれ。 ・・・あは♪ 早起きして大騒ぎだったものな。 」

「 本当に、ね。 」

ケ−キ作りのお手伝いもひと段落、ホットミルクに林檎の残りを齧っていた双子は

いつしか静かになっていた。

ジョ−が覗き込んだリビングのソファで くっつきあって軽い寝息を立てている。

 

「 いい気持ちそうだね。 」

「 あら。 ジョ−もおねむかしら? よかったらお昼寝、どうぞ。 」

「 ・・・ きみと一緒なら ・・・ いいけど? 」

「 ・・・ もう ・・・・ ! 」

ジョ−の長い腕がするり、とフランソワ−ズの身体に絡みつく。

かるく啄ばむキスは次第に深く求めあってゆく。

 

「 ・・・ 甘い味がする。 」

「 林檎の味でしょう ・・・ 」

「 いいや ・・・ きみの、きみだけの・・・味♪ 」

「 ・・・ あなたは、ジョ− ・・・ 雪の香りがするわ・・・ 」

「 もっと ・・・ 食べたい・・・な ・・・ 」

「 あ ・・・ ん ・・・ ダメよ、今は ・・・ 」

「 そんな コト ・・・ 言わないで 」

「 だぁめ。 ・・・ オアズケよ。 ・・・ 夜まで ・・・  」

「 ・・・ オッケ−・・・ 」

 

外は雪。

キッチンからはりんごの煮える甘い香り。

こぽこぽこぽ・・・・ 淹れ直したコ−ヒ−の湯気が漂う。

夫婦二人のしずかな午後が ゆっくり・ゆっくり過ぎてゆく。

 

また曇ってしまったガラス窓を仰いで ジョ−は腕の中にいるフランソワ−ズに

つぶやくみたいに話しかけた。

 

 

ぼくはずっと ・・・ 雪はキライだった。

綺麗だなんて一度も思ったこと、なかった。

 

雪の朝、ぼくは。 母さんはぼくを抱いて教会の前に倒れていた・・・

ぼくは 雪の中に捨てられた。

長いあいだ、ぼくにとって雪は別れの象徴だったんだ。

 

ミッションでも 雪はイヤだった。

じくじくと冷たい想いが背中を這い上がってきて・・・ 惨めだったよ。

 

ジョ−・・・。

 

でも。 ・・・ でも、な。

 

きみは きっと知らなかったと思うけど。

すぴかとすばるが生まれた朝ね、 雪だったんだよ。

ぼくは夜通し病院で待っていたろ?

そう・・・ 前の晩遅くから雪が降りだして 

翌朝、ちょうどお日様がきらきらと雪の上に現れたとき 産声をきいたよ。

あの子たちの元気な声を 初めて聞いた。

雪の中に 天使の歌声が響いていた・・・。

 

ぼくは 雪の朝に母さんと別れたけれど

この子達が やっぱり雪の朝にぼくの腕の中にやってきてくれた。

 

だから・・・・ 今、ぼくは雪が好きだ。

きみと 子供達と 見る雪が大好きなんだ・・・。

 

でも・・・ 時々。

やっぱり 雪が降ると怖くなる。

今の、この幸せは本当なのかって。 雪の見せた幻で・・・

雪と一緒に消えてしまうんじゃないか・・・・って。

・・・ きみも 子供たちも またぼくを置いていってしまうんじゃないか・・・って。

 

ジョ−。

そんなこと、ないわ。

ほら ・・・ 幸せの証はちゃ〜んとここにあるでしょう?

これから一緒に 楽しい雪の日の思い出を作って行けるわ。

それにね。

どんなことがあっても。 どんなときでも。

わたし、 あなたの側にいるわ。

 

・・・ うん ・・・ そうだね。

 

ええ・・・。 そうなのよ。

 

 

・・・ね?

いつか ・・・ きっと。  行こうね。

 

・・・え。

 

きみの国、きみの故郷の街。

あの石畳のオシャレな街に ・・・ みんなで行こう。

ぼくの知らないきみの 沢山の想い出を教えて、ううん、ぼくにも分けて欲しいんだ。

そうすれば 

ぼくはもっと雪が好きになるよ。

 

・・・ ジョ− ・・・ 

 

そうだ!

こんな ・・・ 雪の日がいいね。 みんなで雪の降るきみの街を歩こう。

 

 

  そう、きっと。

 

  その朝は 雪が降るにちがいない。

 

 

ジョ−とフランソワ−ズはゆったりと微笑みを交わした。

 

 

********   Fin.   ********

Last updated: 12,12,2006.                        index

 

 

*****   ひと言   *****

ビ−ルの銘柄でも韓ドラでもありません〜〜>> タイトル。

な〜んにも特別なことは起きません、普通のお家のお話です♪

・・・ こんな日が二人に訪れますように・・・ 

作中の りんご・ケ−キ ですが  Eve Green 】 の めぼうき様お母上さまの

レシピを拝借いたしました。 ただし、オリジナルでは林檎は煮ないでケ−キに入れて

いらっしゃいます。 ご許可いただいて少々変更させて頂きました。

めぼうき様〜〜〜 いつもありがとうございます<(_ _)>

一日遅れですが・・・お誕生日、おめでとうございます〜〜〜♪♪

このオハナシ、双子とジョ−とフランソワ−ズと・・・わたくしからの心ばかりのお祝いです。