『 風よりも 光よりも  』  

 

 

 

 

 

 

コツコツコツ ・・・・ コツコツ ・・・・

威勢のよかった靴音は だんだんとゆっくりになってゆき最後には。

 

    ・・・・ はあ ・・・ 

 

特大の溜息が全ての音を飲み込んでしまった。

フランソワ−ズは 古ぼけたドアの前にぼんやりと佇んでいた。

バッグの中から鍵を取りだすのも 面倒くさい。

とん・・・と足元にハンドバッグが落ちた。

 

    いっけない・・・

    ・・・  あああ ・・・ つまらないな・・・ 

 

もう一回 大きな息を吐いてから彼女はバッグを拾い上げた。

ガチャリ・・・ 

ちょっとクセのある音がして ドアが開く。 

自分の皮膚みたいによく馴染んだ空気がふわり、と全身を包み込んでくれる。

いつもなら。 ほっと一息、するはずなのに。

そう、ずっと。 本当に長い間、この空気に、この空間に想いを馳せ 夢に見、涙をこぼし・・・

あの部屋に、 あの日々に ほんの五分でいいから戻りたい! と望んでいた。

ええ、どんなことをしても 戻るわ! もう一度必ず・・・!!

その想いだけが暗黒の期間、彼女を支え、辛くも生きるパワ−を与えてくれていた。

 

それなのに。

 

今、 フランソワ−ズは長年住み慣れたアパルトマンの一室で 盛大に溜息をついているのだ。

 

    ・・・ いつもと全然同じなのに。 また いつもと同じ日が戻ったのに。

    当ったり前の日になっただけなのに・・・

 

どうしてこんなに 気分が重いのだろう。 いや、なんだかすっかりパワ−が消えてしまった・・・気がする。

のろのろと部屋に入ると バッグをソファに投げ、ついでにボスン、と腰を落とす。

 

    ウチってこんなに広かった・・・っけ?

    テ−ブルって こんなに大きかったかしら。  ああ・・・ もうな〜んにもしたくない・・・

 

ガラン・・・とした部屋は、大好きなこの部屋は 今はとてもよそよそしく感じられた。

 

「 ・・・ もう、今日は早く寝ちゃおう。 なんだか・・・いろいろなコトがわ〜っと攻めてきた気分。

 ああ、お兄さんったら カップを洗っておいてくれたんだ・・・ アリガトウ・・・ 」

出掛ける前に 残していったティ−・タイム用の食器類は綺麗に片付けられていた。

これが最後! と もう一回だけ溜息をついて、彼女はソファから立ち上がる。

テ−ブルには コップに挿した赤いバラが一輪だけ、ちょっと首を傾げていた。

これを贈ってくれた人を 見送っているのかもしれない。

フランソワ−ズは そうっとその花に触れ 向きを直した。

「  あ〜あ・・・! 皆 いっぺんに居なくならなくてもいいじゃない・・・ 

 あ・・・ もしかして、 彼 は皆の代わりなのかしら。 」

 

そう。 ほんの数時間前まで。 この部屋は満員御礼・・・に近かったのだ。

 

 

「 お前さ、本当にここに残るのか? ・・・行ってもいいんだぞ、その・・・アイツと一緒にさ。 」

「 お兄さん・・・・ 」

「 妙な遠慮はナシだ。 俺は演習やら出張でしばらく帰れないしな。 

 これからも似たようなものさ。  お前、ここに居てもほとんど一人暮らしだぞ。 」

「 わかっているわ。 ねえ、ここはわたしのウチなのよ? ウチに居たいの。 いいでしょう? 」

妹が <仲間たち> と行動を共にしない、と言ったとき、 兄は少々複雑な顔をした。

スキン・ヘッドの中年男と茶髪の少年が 兄妹の部屋に滞在していた。

もう顔見知り、というよりもかなり親しい仲になっていて、ムッシュウ・ジャン・アルヌ−ルは

彼らとの交際も満更捨てたモノではない、といった気持ちにすらなっている。

特に 今回はジャン自身も不思議な事象に遭遇していただけに、

彼らに多少なりとも仲間意識を感じていた。

 

 

「 だからさ、 この前言った複葉機、な。 あれ、見つけたんだよ。」

「 え・・・ どこで。 」

「 複葉機って ・・・ あの昔のヤツですか。 」

茶髪の少年が遠慮がちに口を挟む。

「 ほう ・・・ 兄上が先日、言われていた件ですかね。 あの、飛行中に接触した、という・・・ 」

中年男も ばさり、と新聞を閉じてジャンを見つめている。

「 そうなんです。 皆さんがいらっしゃるちょっと前だったのですけどね。 

 ほら、フランソワ−ズ。 この前 俺が話しただろ。 」

「 ・・・え? そうだった? 」

「 いやだなあ。 ちゃんと食事の時に言ったじゃないか。

 演習で飛んでいるときにさ、突然国籍不明の複葉機が現れて・・・ 

 俺の機と翼の先が接触したんだよ。 あ!っと思った瞬間に 幽霊みたいに消えたって。 」

「 ・・・ ああ、そう、そうね。  <幽霊みたいに消えちゃった> のよね。 」

フランソワ−ズは なぜか急にゆっくりとした口調になった。

皆と談笑し、笑みが溢れていた瞳に すう・・・っと霧がかかり宙を彷徨っている。

 

  ・・・ そう ・・・ 幽霊みたいに。  ええ、消えてしまった、のよ・・・ 

  どうして 来てくれたの・・・って聞いておけばよかった・・・

  ・・・ もう 会えない・・・・?  冬の空の色の瞳をしていたわ・・・ 彼・・・

 

「 ? なんだ? どうかしたのか。 」

「 ・・・ え? あ、・・・ううん。 なんでもないわ。 ごめんなさい、ぼんやりして・・・ 」

「 お前、ヘンだぞ? 疲れているなら早く寝ろ。 」

「 やだわ、お兄さんったら。 コドモじゃあるまいし。 」

「 それで その飛行機を どこで? 」

茶髪の少年がさりげなく話をもとに戻したが 彼の声音はそれまでよりかなり低くなっていた。

「 え? あ、ああ。 それがさ〜 航空博物館なんだよ。

 複葉機のことを調べようと思って寄ってみたら ・・・ まさにアレが展示してあった。 」

「 同じ機種の、ということですか。 」

「 いや。 俺の機と接触した機だった。 翼の先の損傷が証拠さ。  でも、な。 」

ジャンはぐい・・・・とカップに残ったカフェを一気に飲み干した。

「 学芸員のヒトに聞いたがね。 アレはずっと ・・・ 展示してあるっていうのさ。

 かなり以前に接触事故を起こしてから一度も飛んでいないそうだ。 」

「 ・・・ ほう・・。 それは・・・ かなり妙ですな。 」

「 そうですよね、いったい何がどうなっているのか・・・ 」

「 ・・・ 空には時々・・・ そんなことがあるって聞きましたけど・・・ 」

先ほどまで 和やかに談笑していた雰囲気が 不意に消えてしまっていた。

中年男も 茶髪少年もなぜか固い表情で口を閉ざしている。

妹も 押し黙ったまま・・・ その瞳は窓から空の向けられていた。

 

  ・・・ やはり なにかあったんだな ・・・

 

背筋が きゅ・・・っと強張ってゆく。

ジャンとて軍に籍を置く身、並大抵のことでは驚かないのだが

彼らの不意の沈黙に潜む影には思わずぞくり、とくるなにかがあった。

 

 

 

妹の<仲間>たちが この街を訪ねてきたのはほんの数日前だった。

ジャンの妹は 久し振りで帰国しており兄妹は昔と同じ、穏やかな日々を過している。

彼女はここ数ヶ月で しっくりとこの街に溶け込み、レッスンにも通い、

すっかり普通の、以前どおりの フランソワ−ズ に戻っていた。

「 え? 仲間? ・・・・ その・・・例のあの、仲間達、か。 」

「 そうよ。 ジョ−・・・は前にも会ったことがあるでしょう? 彼と あとグレ−ト。

 グレ−トは俳優さんなのだけど、ネス湖に行った帰りなんですって。 」

「 ・・・ それで ・・・ また <仕事> なのかい。 」

「 ううん。 ただの休暇ですって。 」

ジャンは妹の頬が ぱ・・・・っと桜色に染まるのがなんとな〜く面白くない気分だ。

 

   <ただの>休暇、ねえ。  ヤツはお前に会いに来るんだろ!

 

「 それでね、ほんの2〜3日しか滞在できないのですって。 」

「 ほう? ああ、まあ、いろいろあるんだろうね。 」

「 日本ってね〜 本当に休暇が短いのよ。 びっくりしちゃったけど・・・

 二人ともお仕事があるから、って。 がっかりなんだけど。 それで・・・あの。

 ウチに泊めてあげてもいいかしら。 」

「 ウチに? ああ、別に構わんよ。 狭いトコだけどゆっくりして行ってもらったらいい。

 俺もさ。 まあ、たまにはゆっくり話をしてみたい。 お前の <仲間> 達とな。 」

「 ありがとう、お兄さん。 ふふふ・・・ グレ−トはね、俳優さんだから話題が豊富で

 とっても面白いの。 今季の話題作のこととか、聞けるわよ。 」

「 ふうん・・・ そりゃ楽しみだ。 」

 

   それで? ・・・ ヤツは何をしに来るのかい。  もしかして。 

   そうそう < その日 > が来るのか・・・

   ・・・ ああ、もう充分覚悟は決めているけどな。 でも 一発お見舞いしてやりたい・・・

 

「 あら、大変。 客用の寝室、ちゃんとお掃除しておかなくっちゃね。

 ふふふ ・・・ 晩御飯、何にしようかな♪ この季節なら え〜と・・? 」

妹の笑顔を見れば やはりジャンもほっと安堵の気持ちになるのだった。

 

 

 

「 ただいま。  やあ、 いらっしゃい。 」

「 お帰りなさい、お兄さん! 」

駆け寄ってきた妹の後ろで 中年男と茶髪の少年が並んでいた。

「 マドモアゼルの兄上でいらっしゃいますかな。 お邪魔いたしております。

 グレ−ト・ブリテン、と申します。 お勤め、ご苦労様です。 」

「 あ・・・・ こ、コンニチハ。 あの、島村ジョ−、です。 あ・・・ お帰りなさい。

中年男の澱みない挨拶に <つけたし>みたいに 少年がとつとつと言葉を添えた。

「 ミスタ・ブリテン、初めまして。 ジャン・アルヌ−ルです。 妹がいつもお世話になってます。

 やあ、ジョ−。 元気だったか。 」

ジャンは機嫌よく二人と握手を交わした。

 

今日、午後の便で着くから迎えにゆくの、と弾んでいた日。

帰宅したジャンを <彼ら> が妹とともに迎えてくれた。

 

   ? ・・・ なにかあった、のか?

 

彼らはスコットランドから来た、と言っているのだがかなり疲れた印象だった。

別に服装が乱れているとか 顔色が冴えない・・・とかいうのではない。

一見、 <ただの休暇> にやってきた、風なのだが どうもタダならない雰囲気が感じられる。

ジャンはつとめて 気が付かない風を装った。

3人とも怪我をしている様子もなく、見た目には元気なのだが・・・

 

   ちがう。 なにか・・・どこかがちがう。

   今朝の妹とは全然ちがう。  あれから随分と時が経ちました、って風だぞ

 

彼らの活動について 聞きほじる気はない。

聞いたところで自分自身はなにも関与することはできないし、邪魔になるだけだろう。

ジャンはただ 妹の身の、そして彼女の仲間達の無事を祈るばかりなのだが・・・

 

 

「 今までに そんなことってありましたか? なにか他に似たような経験とか・・・

 同僚の方の話でも結構なんですが。 」

ジョ−が相変わらず遠慮がちに でも今度ははっきりとジャンを見つめて聞いた。

「 いや、初めてだね。 よく 船舶なんかでは聞くよなあ。

 ほら・・・ 魔の海域みたいのがあって大昔の幽霊船が閉じ込められているとかさ。 」

「 ああ、サルガッソ−ですね? 空、 航空関係でも同じような事象があるのでしょうか。 」

「 う〜ん・・・ 全く見当もつかないよ。 あ、もっとカフェ、どうです? それともこっち? 」

ジャンは くいっとグラスを傾ける仕草をしてみせた。

重苦しい雰囲気を払拭したかった。

「 お、いいですな。 じつは・・・ お勧め極上のコニャックを持参しましてな。 

 ちょいと持ってきます。 荷物の中に厳重に保管してあるんで・・・ 」

グレ−トがたちまち相好を崩し、部屋を出ていった。

「 フランソワ−ズ、 グラスと・・・なにかツマミ、作ってくれるかい。 」

「 ・・・・・・ 」

フランソワ−ズはソファの隅に腰掛けたまま、ずっと窓の外を見ている。

「 おい。 聞こえたかい。 」

「 ・・・ え ・・・? あ、ごめんなさい。 ぼ〜っとしてて・・・ なあに。 」

「 ・・・ お前、今日は本当にヘンだぞ? 疲れているのならさっさと寝ろ。

 コドモはもう おやすみなさい の時間だぞ。 」

「 ごめんなさい。 だからちょっと考えごとをしていただけよ。 」

「 ふん、考えごと、ねえ?  甘いハナシは二人だけの時に頼むよ。 」

「 え・・・! 甘いって そんな・・・・ ぼく達はべつに ・・・ 」

突然 とばっちりを食ってジョ−がどぎまぎしている。

 

   ・・・ なんだ? 喧嘩でもしたのか?

 

「 と〜もかく! グラスになにかカナッペになるもの。 ああ、氷も欲しいな。

 お前達も少しくらいなら 大丈夫だろう? 」

「 え・・・ なにが。 」

「 あ! あの。 グレ−トがね、お土産の秘蔵のコニャックを開けるからってさ。

 だから グラスとそのう ・・・ オツマミになるものを作ってくれる? 

「 あ、ああ、そうなの。 いいわ、ちょっと待っていてね。 カマンベ−ルとサラミがあったはず・・・ 」

「 あ、ぼく、手伝うよ・・・ 」

「 そう? ありがとう、ジョ− 」

フランソワ−ズの後を追って ジョ−がぱたぱたと出て行った。

 

   ふん。 なんだか仔犬みたいなやつだなあ・・・

   シッポ振って ご主人様の後をどこまでも〜・・・ってか。

 

ふん・・・! 

ジャンは鼻を鳴らすと 新しいシガ−に火を点けた。

「 お待たせ。 コレです。 」

グレ−トが大事そうに酒瓶を抱えて戻ってきた。

「 ・・・ ほう? これは逸品ですね。 」

「 兄上? アイツのこと・・・どうも気が利かなくてお恥ずかしいのですが・・・

 どうぞ認めてやってくださらんか。 妹御を想う気持ちは真剣ですから。 」

「 ミスタ・ブリテン・・・ 」

「 あ、どうぞグレ−トとお呼びください。 アイツ、見た目はなんだか頼りないですけど、

 どんなことがあってもマドモアゼルを護りぬく覚悟はしっかり持っとります。 」

「 あ・・・ いえ。 ジョ−君の真剣な気持ちは十分に判っています。

 彼は以前にきちんと妹との交際させて欲しい、と言ってくれました。 ただ・・・ 」

「 ただ・・・? 我々の <問題> ですかな。 」

グレ−トはいつになく真面目な表情だ。

 

   うん、ここは。 我輩がジョ−の親代わりになって一肌脱いでやらにゃ・・・

 

「 いや。 ジョ−君のことではないのです。 ・・・妹が・・・ 彼女の様子がちょっとヘンだなあ、と。

 あの・・・ ここにいらっしゃる前になにかあったのですか。 」

「 は・・・ははあ〜〜 兄上のご慧眼には恐れ入りました。

 さすが・・・フランス空軍にいらっしゃるだけあります。 」

「 やはりなにか? その・・・ あなた方の ・・・ ミッション? 」

「 それがよくわからんのです。 実は ・・・先ほど兄上が仰っていた複葉機の件ですが

 あれも今回の事象の一端かとも思われましてな。 我々としても気になります。 」

「 ・・・ そうですか。 僕が口を挟むことではないが・・・ 

 グレ−トさん。 

「 なんですかな。  」

ジャンはすっと立ち上がると グレ−トの脇に立った。

「 どうぞ・・・ 妹のこと。 お願いします。 ジョ−君にも勿論頼みますけれど・・・ 」

「 兄上? 我々仲間の中で最強なのは ヤツなんです。 」

それに、とグレ−トはに・・・っと笑ってキッチンの方に親指を向けた。

「 ヤツは。 マドモアゼルのことになると前後を忘れる、というか。

 モロモロのストッパ−は外れ彼女を護る鬼と化します。 心底おっかないですな、その時は。 」

「 ・・・ そう、ですか。 」

「 それと・・・ 今回、ちょいと妙な、というか不思議な事件に巻き込まれました。

 こちらへ伺う前に 少々ドンバチありましてな。 不思議や終ってもどってきた世界では

 ほんの5分も経ってはおらんかったのです。 」

「 ・・・ それで 妹はなんだかぼ〜〜っとしているのですね。 」

「 あ・・・・ その辺りはよくわからんのですが。 

 あとは<二人>の問題ですから、野暮な詮索ややめまして。 コレを楽しみましょうぞ。 」

グレ−トはグラスをクイっと傾ける仕草をしてみせた。

「 あは・・・・ そうですね。 それじゃ僕もとっときのシャンペンをだします! 」

「 おうおう、それは願ったり叶ったり。 ワカモノどもに酒の呑み方を指南してやりますかな。 」

「 出来たわよ! 遅くなってごめんなさい・・・! 」

「 ・・・ あ、ほら。 カナッペに ・・・ ピザも焼いてきたよ。 」

二人が大きなトレイを捧げて戻ってきた。

 

  ふ〜〜ん・・・・? 随分とごゆっくり、だったじゃないか?

  ・・・ まあ 二人っきりのキッチンでなにやろうと構わんがね・・・ 

 

ジャンは眼の端で チロリ、と茶髪のワカモノを睨んでみせた。

 

結局、  その夜は宴会へなだれ込んでしまった。

 

 

「 ・・・ あ〜あ・・・ もう・・・! せっかく遊びに来てくれたのに、これじゃねえ・・・

 研究所のリビングと大して変わりがないじゃない! 」

フランソワ−ズはぶつぶつ言って散らばっているお皿を集めた。

日付もとっくに跨ぎ <翌日>も数時間過ぎたころ・・・ アルヌ−ル兄妹の部屋には

ごろごろとオトコたちが眠りこけ あちこちに酒瓶が転がっていた。

「 お兄さん・・・ お兄さんったら! 」

テ−ブルに突っ伏している兄の肩を どんどん突いたけれど、亜麻色の短く刈り込んだ頭は

微動だにしない。

「 ・・・ わたし一人では皆を運べっこないじゃない・・! それに・・・ジョ−ってば・・・ 」

ソファに縋りつく恰好で ジョ−は床の上で沈没している。

ひときわ大きく雑音を発しているのは ソファで大の字になっているグレ−トだ。

・・・ ようするに皆酔いつぶれて、そのまま眠ってしまったのだ。

 

「 ! しょうがないわね!  それじゃ今夜はココで寝て頂戴。 」

フランソワ−ズは毛布をかき集めてくると、一人ひとりに被せていった。

「 ・・・ ジョ− ・・・  あれは ・・・・ 今日のことだったのかしら。

 不思議な世界に連れて行かれ そうしてあなたが迎えにきてくれた・・・ 」

ぐっすり寝入っている彼のそばに身を屈め フランソワ-ズはそっとキスを落とす。

くしゃくしゃと乱れかかる栗色の前髪をふわり、と撫で付ける。

「 嬉しかったわ。 ・・・ 最後はちょっと恐かったけど・・・

 ジョ−、あなたはちゃんと <わたし> を取り戻してくれたし・・・ 」

フランソワ−ズはぺたり、とそのまま・・・寝入っている彼の隣に座りこんでしまった。

「 ・・・ ジョ− ・・・ ジョ− ・・・ やっぱり ・・・ 側にいて・・・! 」

彼の背に頬を押しけてみたけれど 一向に目覚める様子もなかった。

「 ・・・ ふふふ・・・ 暖かい・・・ こうやってアナタの体温を感じて

 アナタの存在をこの眼で見つめていたい・・・のよ・・・ 」

ふと。 誰かが 何処からかじっと ― それは優しい想いだったけれど ― 視線を

なげてきている ・・・ 風に感じられた。

 

  ・・・ 誰? ・・・ なぜ見ているの・・・・?  アナタはどこにいるの・・ 

  ・・・ そう、 あの彼 ・・・の瞳も・・・そんな影を潜めていたわ。

  あの冬の巴里の空の色の 優しい瞳が ・・・ ああ、アタマの隅から離れない・・!

  彼。 ・・・ そう、確か ・・ フィリップ、と言った・・・・

 

フランソワ−ズは立ち上がると窓を細目に開けた。

・・・ さあ・・・・・っと。 

もうかなり冷えてきている夜気がひゅるりと忍び込んできた。

フランソワ−ズは彼女自身も毛布の包まると、ジョ−の寝顔にそっと声をかけた。

 

   お休みなさい・・・! せめて夢では一緒だと・・・・いいわね。

 

彼の背中にぴたりと身を寄せ、フランソワ−ズはそのまま眼を閉じた。

もし夜中に眼を覚ませたら、彼はどんなに驚くだろう・・・

 

   ふふふ・・・ それともお兄さんが先かな〜〜??

   ま、いいわ。 今日は ・・・ 疲れたちゃったもの・・・

   今朝 起きたのがもう・・・ 何日も前、みたいな気がするわ・・・

 

軽い寝息が聞こえてくるのに そんなに時間はかからなかった。

 

< ・・・ フランソワ−ズ・・・・? >

< ・・・ え ・・・ だれ。 ジョ−・・・?>

< ううん。  少しだけ・・・ 君と一緒に過してもいいかな。 >

< え ・・・? >

< そこへ・・・ 君の側にちょっとだけ ・・・ いさせてくれる? >

< あ・・・ あなたは ・・・ >

< しィ〜〜〜。  いいよね。 >

< え、ええ・・・・ >

< それじゃ。  僕達 また会うよ・・・ >

< ・・・あ ! 待って・・・・ あなたは! >

 

夢の中で差し伸べた腕は空をつかみ、眼の前の人影は・幽霊のように・消えてしまった。

 

   待って・・・ !  あなたは・・・ フィリップ・・?

 

 

 

 

それじゃ・・・ また。   マドモアゼル〜〜 よい舞台を!

大きく手を振って茶髪の少年と禿頭は搭乗口に消えていった。

 

   ・・・ 気をつけて。  ありがとう、ジョ−。 グレ−ト・・・!

 

フランソワ−ズは二人の後姿を見送るとぱっと踵を返した。

兄も今ごろはパリの空を離れているはずだ。

「 さあて。 わたしも頑張らなくっちゃ。 」

よいしょ、と大きなバッグを持ち直し、彼女は足早にエア・タ−ミナルを抜けていった。

 

 

結局、ジョ−とグレ−トは二泊しただけでパリを発っていった。

ジョ−は日本で仕事が待っていたし、グレ−トも本拠地での舞台の打ち合わせが入っている。

そして 兄・ジャンも軍務で文字通り忙しく飛びまわる日々だ。

夜も更けてから、ジョ−はそっと・・・ 彼女の部屋を訪ねていた。

「 ・・・ そうか、 うん。  いいよ、きみはここに残れよ。 」

出発の前夜、 ジョ−はすこし驚いた風だったが案外すぐに頷いてくれた。

 

この街に戻ってから、フランソワ−ズは再び踊りの世界に足を踏み入れていた。

ごく地味に、だったけれど踊っていられるだけで 彼女は幸せだった。

真摯な努力は直に成果を上げ始め・・・ 小規模だが人前で踊るチャンスがめぐってきたのだ。

近々 その舞台がある。

「 ありがとう、ジョ− !  ワガママ言ってごめんなさい・・・ 」

「 きみの夢だったんだろ? いいさ、ぼく達にだって夢を追う権利はある。 」

ジョ−の手がゆるゆると亜麻色の髪を愛撫する。

「 あの・・・ ごめんなさい、ジョ−。 一緒に日本に行けなくて・・・ 」

「 いいって。 きみはきみの道を目指せ。 きみが元気に踊っているって思えばぼくも頑張れるからさ。 」

「 ありがとう、ジョ−。  ・・・ でもね、気になるの。 あのヒト達のこと・・・ 」

「 あ、うん。 そうだな・・・ でも今すぐにどうこうってことでもなさそうだし。

 とりあえず、帰国して博士やイワンと検討しておくよ。 」

「 なにもかも押し付けてしまってごめんなさい。 

 あのヒト達 ・・・ もう一つの<別に地球>に落ち着けたら・・・ いいのに・・・ 」

「 う〜ん・・・ ほく達にはどうしようもないからね。 

 きみも十分気をつけろ。 またヤツらが・・・ ああ! やっぱり心配だなあ。

 ぼく、ここに残ったほうが・・・ 」

「 ま〜た何を言っているのよ、ジョ−。 あなた、お仕事が待っているでしょう?

 大丈夫よ。 もう ・・・ 二度とあんなコトはないと思うわ。 」

不意にジョ−の手が止まった。 半身を捻向けセピアの瞳がまっすぐに彼女をみつめている。

「 ・・・ どうして。 」

「 え? 」

「 どうして そんなコトがわかるんだ? 

「 え ・・・ だって ・・・あの、なんとなく。 きっとわたしなんかには利用価値がないって

 わかったのじゃない? 」

「 ・・・ そうかな・・・ 」

「 大丈夫。 ちゃんと注意してるから。 この前は不意打ちだったから・・・

 ね? わたしだって ・・・  」

「 ワタシだって003なのよ? だろ。 」

「 ・・・ もう。 ジョ−の意地悪! きゃ・・・! 」

「 し〜〜! 聞こえちゃうだろ・・・ 」

ギシ・・・っとベッドが派手な音をたてる。

「 や・・・だ ・・・ あん・・・ もう〜〜 ジョ−ったら・・・ 」

「 いいじゃないか。 しばらくまた・・・ 別々なんだからさ。  それにもうお義兄さんにも

 ちゃんと認めてもらったし。 」

「 ふふふ・・・ なかなかの飲みっぷりだった、な〜んて言ってたわよ? 

 それに、今度の飛行機のこと、兄も気にしてるわ。 」

「 うん ・・・ あの複葉機の件はやっぱり <彼ら>と関係があると思うな。

 時間が まっすぐに流れていない。 澱んだり、ねじれたりしているんだ、きっと。 」

ジョ−はぱさり、と仰向けに寝返りを打った。

「 ・・・ そんな中にいるのね・・・ 」

「 え? なにが。 

「 ・・・え・・・ あ? ああ・・・ なんでもないの。 彼らに安住の地が見つかればいいわね。 」

「 ああ、そうだね。  ・・・ フランソワ−ズ? おいで。 」

「 ・・・・ ん。 ジョ−・・・!」

フランソワ−ズは差し伸べられた腕の中に とん、とわが身を投げかけた。

晩秋の一夜、恋人達は別れを惜しみ互いの中に溺れていった。

 

 

 

 

「 お早うございま〜す! 」

「 あ、来た来た! フランソワ−ズ、お早う! 待ってたわよ。 」

「 ありがとう! ごめんね、遅れて・・・ 」

「 いいよ。 さ、早く・・・ 」

「 はい。 」

エア・ポ−トから直行した稽古場で 数人の仲間達が待っていた。

レッスン後の自習に、皆残っているのだ。

 

  ああ! この雰囲気〜〜 やっぱりいいわね、ようし・・・ 頑張るわ!

 

フランソワ−ズは手早く着替えてスタジオのドアを開けた。

「 遅くなりました〜〜 どうぞ宜しく。 ・・・ どうしたの? 」

「 ああ、フランソワ−ズ。 あのなあ。 実はピエ−ルがさ、ちょい事故っちまって・・・

 きみとの 『 ジゼル 』 は無理かも、なんだ。 」

「 事故?? ええ! ・・・・それで、彼は無事なの? 」

彼女がスタジオに入るなり、バンダナをした金髪の青年が話しかけた。

「 ああ。 バイク事故でさ。 本人から連絡はいって・・・ まあ元気なんだけど。

 足、さ。 左脚 ・・・ やっちまったんだと。 」

「 やっちまった・・?? 」

「 うん、脛って言ってたけど。 ぽっきり折れたそうだ。 」

「 うわ・・・・ 」

「 それで・・・ 事務所の方にも連絡してさ。 今、先生方がどうするか協議してる。 」

「 まあ・・・ そうなの。 ピエ−ル、重症なのかしら。 」

「 いやあ? 単純骨折らしいから、直にくっつくだろ。 ただ今度の舞台にはちょっと無理だ。 」

「 ・・・ 仕方ないじゃない? 大事に至らなくて何よりだわ。 」

「 そりゃそうだけど。 でもなあ、せっかくのチャンスを無駄にしたくないだろ? 」

「 それは・・・ そうだけど。 でもパ−トナ−がいなければパ・ド・ドゥは・・・ 」

「 う〜ん・・・・ でもさ、折角練習してきたし。 いっそ一幕のヴァリエ−ションにするとか。 」

「 先生方にお任せするしかないわ、そうでしょ ? 」

「 うん、まあそうなんだけどさ。 フィナ−レの総踊りにはどうしても君が必要だしな。 」

「 クロ−ド、あなたの振り付けですものね。 わたし、フィナ−レだけでもいいわ。 」

「 ダメだよ! そんな・・・ あ?  」

 

「 え〜 ・・・フランソワ−ズ、いるかな? 」

スタジオのドアが開き 中年の男性が顔を覗かせた。

「 はい? ムッシュウ? 」

「 ちょっとハナシが・・・ お、皆いるのか。 じゃあ・・・丁度いいな、ちょっと集まって! 」

彼はスタジオに入ると パン!と手を叩いた。

それぞれストレッチをしたり、軽くバ−をやっていたダンサ−達が集まってきた。

「 え〜と。 ピエ−ルのこと、聞いてると思います。 それで 彼の代わり・・・

 明日っからウチに入ることになったダンサ−を紹介します。 」

「 ・・・え 〜〜〜 ??? 」

ざわざわと皆の間に驚きが走る。

「 君? ・・・ 入って。 」

「 はい。 」

ひょろり、とした青年がスタジオに入ってきた。 淡い髪が午後の陽射しを集め輝いてる。

 

   ・・・ あ ・・・? 

 

皆の視線を集める中、青年は中年の男性の脇に立った。

「 え〜〜っと。 皆さん、紹介します, モナコから来た ・・・・ 」

 

   ・・・・ フィリップ ・・・・ !!

 

   フランソワ−ズ。 覚えていてくれた?

 

眼を見張り凍り付いている彼女の頭のなかに実にご機嫌な<声>が響いてきた。

 

 

 

 

「 本当に ・・・ あんなにびっくりしたことってないわ。 」

「 えへへ・・・ 脅かしてごめん。 」

「 もう〜〜 無茶、したんじゃないでしょうね? 」

「 大丈夫さ。 ちゃんと・・・すこし時間を遡ってこの時代に <フィリップ>を存在させたよ。 」

「 そう・・・・。 それなら・・・ いいけど。 」

カチン・・・とスプ−ンがソ−サ−の上で小さな音をたてる。

遅い午後、フランソワ−ズは金髪ののっぽの青年と カフェのテ−ブルに着いていた。

カサコソと足元では落ち葉が音をたて、時折テ−ブルの上にも舞い落ちてくる。

「 どうしても・・・ どうしても 来てみたかったんだ。 君の世界に・・・・ 」

「 ・・・ それで、ご感想は? 」

「 君がいれば どんな場所でも最高だよ。 」

青年はテ-ブル越しに フランソワ−ズの手を握った。

「 ・・・ フィル。 だめよ、悪戯をしては・・・ 悪い子ね! 」

「 悪戯なんかじゃない。 僕は ・・・ 君が・・・  」

「 あ、あら。 あらら・・・ わたしのカフェに落ち葉がとびこんでしまったわ・・・  ギャルソン? 」

フランソワ−ズは片手を挙げ、ウェイタ−を呼んだ。

「 ねえ、フィル。  わたし達は パ−トナ−でしょ。 

 だから、 まずはいい踊りをすることを目指さなくちゃ、ね? 」

「 ああ、そうだね。 ・・・  ああ ・・・ なんていい香りなんだろう ・・・・ 」

「 そう? カフェの香り、かしら。  」

青年は 椅子に座ったままう・・・んと腕を空へむかって伸ばした。

「 カフェもあるけど。 この・・・ 枯葉のにおい ・・・ 冷たい秋の空気のにおい ・・・

 この街の石畳のにおい ・・・ ああ・・・ 全て ・・・・ 僕の憧れだった・・・! 」

「 フィル ・・・・ あなた、本当に あの世界から来たのね。 

「 そうさ。 ・・・ ああ やっぱり。 思っていた通りだ・・・ 」

「 でも、どうして。 なぜ ダンサ−になったの? 

「 それは、ね。 」

青年は椅子を引き座りなおすと フランソワ−ズを真っ直ぐに見つめた。

冬の空の、そう、雪曇り色の。 ヴェロアの瞳がしっとりと潤んでいる。

 

   あ・・・ なに、かしら。 この瞳・・・・ なんだか胸が締め付けられるくらい・・・

   とっても とっても ・・・ 愛しいの ・・・・ 

 

ふつふつとなにか・・・熱く・切ない想いが湧き上がってくる。

でも それは。 身を焦がすほど強いものではない。 

でも それは。 きゅ・・ん・・・!と 彼女の心を震わせてゆく。

 

   こんな気持ち、初めて・・・ 

   ジョ−にも感じたこと、ないわ。 きゅ・・・っと抱き締めて上げたい・・・気分・・・

 

「 あ、あの ・・・ その前に言っておくけど。

 わたし、恋人がいるわ。 ジョ−よ、知っているでしょう? あの時、一緒に出会ったわよね。 」

「 勿論。 彼は僕にとってやはり大切なヒトだもの。 」

「 大切な・・? 」

「 うん。 ねえ、フランソワ−ズ。 聞いてくれる、僕がダンサ−になて <来た>ワケ。 」

「 ええ、是非聞かせて頂戴。 」

「 それは、 ね。  」

青年はすっと腕をのばしてもう一度彼女の手を ・・・ 今度はしっかりと握った。

「 ・・・ フィリップ ・・・ 」

「 フランソワ−ズ。 『 ジゼル 』 を踊るのが夢だった、そう言ったね。 

「 え? ・・・・ああ、 ええ、そうね。 ずっと前にそんなコト言ってかも・・・ 」

「 だから、さ。 君の夢を叶えるために。 ・・・ 君と 『 ジゼル 』 を踊るために。

 僕はダンサ−としての <人生> を大急ぎで生きてきたんだ。  」

「 ・・・・ まあ ・・・・フィル・・・ 」

 「 だから、フランソワ−ズ。 踊るよ、君と君のために最高の 『 ジゼル 』 を ! 」

「 ・・・ フィル・・・! ありがとう・・・! 」

きゅ・・・っと。 今度は白い手が青年の手を握り返す。

「 小さな舞台よ、公演なんていえない規模だわ。 でも・・・ 

 わたし。 わたしの想いの全てをかけて踊りたいの。 いいえ、きっと踊るわ。 」

「 ああ フランソワ−ズ・・・! 本当にきみの瞳の中には太陽がいつも見えるんだね。 」

「 まあ、なあに? 可笑しなフィルねえ。 」

「 可笑しくなんかないよ。 この太陽は君の意志の力で燃えているね。 

 本当に ・・・ 素敵だ・・・! 」

「 ふふふ・・・ フィル、あなた、バレエより俳優を目指した方がいいかもよ? 

 ヨロシクね、わたしのアルブレヒト。  冬の空の瞳をした、ロマンチストさん。 」

「 あ・・・ こ、こちらこそ。 ・・・え?? なになに・・・? 」

「 あら、な〜んにも言ってません? それじゃ・・・また 明日、ね。 」

「 ・・・あ、うん。  改めて宜しく。 僕のジゼル。 」 

軽い微笑みを交わし、 二人はしっかりと握手をした。

 

 

カツン・・・・ ブ−ツが小石を蹴飛ばした。

カサカサカサリ ・・・・  落ち葉が石畳の街を転がってゆく。

 

   ねえ・・・ フィル。  覚えてる?

   あの時。 わたしはアナタの瞳の底にある、深い泉に引きこまれそうになった・・・

   そしてね、 どうしてかしらね ・・・ わたし自身の 換えるべき場所だ、と感じたの

 

秋の午後はあっという間に夕暮れにとってかわる。

足元に冷たい風を感じ 手の先から冷たさがそろりそろりと這い上がって来た。

晩秋の冷気に追われ、人々は家路を辿る足をいっそう早めていた。

でも。  

ええ、わたしは寒くないわ。 ここ、が暖かいから。

フランソワ−ズは ぽう・・・っと灯った暖かい想いを そっと胸の奥にしまいなおした。

 

 

 

翌日からはもう、そんな悠長な想いに浸っているヒマは ・・・ なかった。

朝、眠い目をこすりこすりレッスンを受け、リハ−サルをし自習をし 

とっぷり暮れてからやっと帰り着くとバスル−ムに直行だった。

そして とりあえず冷蔵庫にあるモノを口に入れ そのままベッドに倒れこむ。

・・・ そんな日々が続いていた。

 

  ・・・ 悪いけど。 お兄さんが留守で・・・助かったわ・・・!

  ジョ− ・・・ ! 手紙も出せなくて、ごめんなさい・・・

 

あともう少し。 今度の舞台が終ったら。 終ったら・・・きっと <帰る>から。

フランソワ−ズは眠りに落ちる前の ほんの僅かの間、 ジョ−の面影に話しかけていた。

 

   ジョ−。 わたし・・・ 頑張っているから。 夢、がちょっとだけ実現しそうよ・・・

   ・・・・あ、 ジョ−・・・??  あら。 ちがうわ、髪と目の色が・・・ 

 

   僕です。 フランソワ−ズ・・・さあ 一緒に踊りましょう。

   ・・・ 僕の ジゼル  ・・・ !

 

夢の中にも彼は登場し、フランソワ−ズと愛のパ・ド・ドゥを踊り続けた。

 

   ・・・ ああ ・・・ !

   どうしてこんなに アナタのことが気になるの・・・?

   ・・・ なぜ。 ・・・ねえ、アナタは ・・・ だあれ。

 

   僕は ・・・ フィリップ ・・・

 

そんな日々は羽根が生えて飛び去ってゆき、ステ−ジの幕は上がった。

 

 

 

「 ・・・ どう? 」

「 シ −−− ! いいよ、すごく! アイツら、凄い集中力だ・・・ 」

「 ・・・ なんだか ・・・ ああ、涙が零れてきちゃった ・・・ 」

「 うん・・・ 俺も ・・・ 」

舞台の袖でのヒソヒソ話など 聞こえるはずもなく。

 

ジゼル と アルブレヒト は 踊っていた  ― 二人の愛の、そして別れの踊りを。

蒼白い姿を明けてゆく最後の闇に漂わせ、ジゼルは語りかける。

彼女が愛したただ一人の男性 ( ひと ) に。 そして 彼女を死に追いやった男性に。

 

   生きて   あなたの思うままに  あなたの望むままに

   生きて   あなたは あなたの人生を 生きて ・・・ 

 

   ・・ ジゼル ・・! 僕は ・・・

 

   ありがとう、 アルブレヒト

   あなたの 愛を ありがとう  あなたの 微笑を ありがとう

 

   ジゼル ・・・! ああ、ジゼル ・・・

 

   わたしは  わたしのこころは 風になって 光になって

   あなたを 見守っているわ

   愛している  愛しているわ ・・・ わたしのアルブレヒト ・・・・

 

「 ねえ! 君は幸せかい? この世界で幸せに生きているの? 」

「 ・・・ フィル?! あ・・・?? なに、どうしたの・・・?? 」

たった今まで ステ−ジの上で踊っていたはずなのに・・・

フランソワ−ズの目の前には 奇妙な模様の服を着たフィリップがいた。

「 あ・・・ あの時の。 初めてアナタと会った時の服、ね。  ここはどこ。 」

「 ここは異空間さ。 パリのステ−ジとも君が生きていた時代とも違う <場所>なんだ。 」

「 そう・・・ でも、なぜ? 」

「 僕は ・・・ たった一つのことが聞きたくて。

 君の口からはっきりと聞きたくて ・・・ こんな回りくどい方法を選んだんだ。 」

「 なにを聞きたいの。 わたしになにを・・・ 」

「 うん。 フランソワ−ズ。  君は ・・・ 幸せ? この世界で 幸せに生きている? 」

「 ・・・ フィル・・・ 」

「 もし。 もし君が泣いているなら。 悲しみの中に溺れているなら。

 僕は。 君の人生を変えるよ。 君の望む、君の生きたい人生に変える。 」

「 フィル。 いえ、 アルブレヒト。

 さっき ジゼルは ・・・ なんと言ったかしら。 」

「 ・・・ え ? 」

「 ジゼルはね。 アルブレヒトに 思い通りに生きて、と望んだわ。

 悲しみや苦しみから逃げるのではなく、ね。 」

「 フランソワ−ズ・・・・ 」

「 わたしは 今、幸せよ。  今、この世界にしっかりと生きてゆきたいの。 」

「 そんな身体にされて ・・・ 時の流れから置いて行かれても? 」

「 ええ。 それでね。 わたしは 風になるよりも 光になるよりも ・・・ このまま・・・

 あのヒトと、ジョ−と一緒に生きてゆきたいの。 」

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・  そうか。 そうなんだ・・・ 」

「 ええ。 想いは ・・・ 風に託すよりもちゃんと言葉で伝えたいわ。 」

「 そうか・・・ それじゃ・・・ どうか 幸せに・・・ 僕のジゼル ・・・ 」

「 フィル・・・・   あ・・??? 」

 

わあ〜〜〜〜〜 !!!

 

  ・・・ え????

 

気がつけば満場の拍手を受け、フランソワ−ズは、いや、ジゼルは アルブレヒトと共に

優雅にカ−テン・コ−ルに応えていた。

 

 

 

 

「 ・・・ それで? 」

ジョ−は なんだかイライラと雑誌を捲っている。

フランソワ−ズは舞台の終った後、約束どおりにギルモア邸に戻って来ていた。

「 ジョ−。 破けてしまうわよ? 読んでいないのなら・・・ 」

「 う・・・ん。 それで、どうしたのさ。 あのボウヤはさ。 」

「 ええ・・・ それがね。 それっきり。 消えてしまったの、幽霊のように。 

 わたしはもともとのパ−トナ−と 『 ジゼル 』 を踊ったことになっていたわ。 」

「 ふうん ・・・ なんだかヤツは随分ときみが気になるんだね。 

 きみもさ。 あの時からどうもヤツに ・・・  」

「 あら。 ・・・・ ええ、そうなの。 どうしてか自分でもよくわからない、でも・・・

 なんだか 彼はとても・・・そのう・・・ 心に残るのね。」 

「 あの未来人の坊や。 そういや ちょいとジョ−、お主に似ていたよなあ。 」

グレ−トはソファでやはり熱心に耳を傾けていたが ぱちん、と指を鳴らした。

「 え・・・・ そ、そうかな?? 」

「 ああ、 なんとなく、雰囲気が、な。 」

「 フィルはね、あの司令官だったヒト、いるでしょ。 彼の遺伝上の <コドモ> なんですって。 」

「 ・・・ へええええ??? 」

「 ははは! なんだ、そういう訳か。 」

「 な、なんだよ、グレ−ト?? 急に大きな声でさ。 」

「 ジョ−? 大丈夫、お前さん、ヤキモチを妬かんでいいぞ。 」

「 ヤキモチって・・・ そんな ぼくは、ぼく達はそんなんじゃ・・・・ 」

「 ふん。 この期に及んでなにを戯言を言うか。

 ああ、わかったよ。 あのボウヤもそりゃ気になるだろうさ。 

 マドモアゼルにとっちゃ とおい息子 ってことになるものなあ。 」

「 ・・・ あ・・・! 」

 

   ああ・・・ そうなのね。 あれは ・・・ あの不思議な気持ちは

   そう・・・ ママンの気持ち だったのね・・・

 

 

「 と・・・とにかく! えっと。 あの。 フランソワ−ズ。 どうぞここに、居てください。 」

「 ええ、ええ、ジョ−。 わたしは風や光になるよりもここに、あなたの側に居るほうがいいわ。 」

「 おやおや・・・・ 相変わらずお熱いコトですな。 邪魔モノは退散しますか・・・ 」

穏やかな夜の帳がギルモア邸を包んでいった。

そう ・・・ しばらくは時間は混乱しないだろう。

・・・・ 少なくとも フランソワ−ズが幸せの笑みを浮かべている間は。

そして

フランソワ−ズが ( ジョ−も ) 実際に<そんな気持ち>になるのは もっとずっと後のこととなる。

 

 

 

***********************     Fin.     ***************************

 

Last updated : 09,23,2008.                                      index

 

 

 

*************   ひと言   **************

え〜・・・ あのお話の その後ってか補完版というか・・・ (^_^;)

原作最後の長編の第一話 『メ−デ−』 って ジャン兄さまは特出なさるし

二人はらぶらぶだし晩秋のパリ・・・なんて舞台はろまんちっくだし♪

だ〜〜い好き・・・なのですが・・・もうちょっと甘さが欲しかったので♪

あ、原作未読の方に申し上げますが <フィリップ> はカトリ−ヌさんのカレシ・・・

ではありませんので、念のため。

ああ、やはり <そうだったらいいのにな〜♪>シリ−ズかもしれせんね♪

そうそう! 何回も言いますが! ダンサ−があの時期に! ばばしゃつ を着用しているのは

当然!!!なのでありまして。 どうぞ超寒がり集団にご理解のほどを・・・(>_<)