『 たのしい夏休み 』
ぱたぱたぱたぱた・・・・ ばた〜ん・・・!
・・・たたたたた・・・・ ばん! ガチャガチャ ・・・ ばん!!
「 ほら〜〜 お家に入る前に! ちゃんと足を洗ってちょうだい、お庭から回って! 」
「 はぁ〜い! 」
「 ・・・ また! 麦茶が最後のヒトは次を作っておくの! カラの容器を冷蔵庫に戻さないで! 」
「 ・・・ は〜い。 」
「 まったくゥ〜〜 ! あなた達、お返事ばっかりね! 」
・・・・・・・・
「 ? すぴか・・? すばる〜〜〜?? 」
あっと言う間に子供達の姿は消え、母の小言だけが家の中に漂っていた。
「 ・・・ もう〜〜〜 ・・・!! 」
島村さんちの奥さんはキッチンで盛大に溜息をついた。
「 夏休みなんて・・・ だいっキライだわ・・・!! 」
窓の外には 入道雲がもくもくと立ち上がっている。
でも遠くの空なので お日様は相変わらずぎらぎらと辺りを照らし続けていた。
岬の突端に建つ、ちょっと古びた洋館・ギルモア邸。
みかけは少々古めかしいけれど その実ハイテクな建物に住む 島村さんち一家 も夏休みに突入していた。
もっともご主人の島村氏は 毎朝律儀に出版社勤めにでかけていたけれど。
「 え? 夏休みって・・・・ その期間だけ、なの? 」
ジョ−との結婚後、初めての夏を迎えたとき、フランソワ−ズは信じられない気持ちだった。
少女時代、とりたてて裕福な家ではなかったけれど、
夏はヴァカンスの季節、 暑い都会を離れ海辺やら地方の別荘でのんびり暮らす・・・
フランソワ−ズはそんな<夏休み>を過してきた。
この身体になり 時も場所も故郷とは大きく離れた地で暮らしてゆくことになったけれど、
思いがけなく愛するヒトと巡り会い家庭を持つことができ・・・
シアワセな日々を送る中、 それはかなりのカルチャ−・ショックだったのだ。
「 そうだね〜 だいたいこんなものかな。 お盆の期間は休みの企業が多いんだよ。 」
愛妻に <夏休み> の日程を話し ジョ−はにこにこしている。
「 どこか出かけようか? う〜〜ん でも有名なトコはもうとっくに予約で一杯だよな〜
場所、決めないで適当にふらふらドライブしようか? 」
「 ・・・ あの ・・・ どこでもわたしは構わないけど・・・ でも、ね。 でも・・・
本当にここの三日間 ・・・ だけ なの? 」
「 うん。 今年は土日にひっかけられたから五日になったし、ラッキ−だよね〜 」
「 ・・・え ええ・・・ そう、ね・・・ 」
・・・・ うそ・・・!? 信じられないわ! 夏のバカンスが たった・・・五日??
一週間にもならないの・・・??? それが <普通> ですって??
この国って・・・ どうなっているの??
ジョ−と共に根を張って暮らすことになったこの極東の島国、
生活習慣やら食べもの、めぐる季節の移り変わりなどなど・・・・ 随分馴染んできたつもり、だったけれど
< 普通の生活 > にはまだまだ とんだびっくり が潜んでいた。
ふふふ・・・ あの時は 本当にびっくりしたけど・・・
まあ、考えてみればお正月のお休みもあるし (祝) って日も結構あるしね。
フランソワ−ズはちょっとばかり懐かしい気分で思い出していた。
新婚の頃の驚きは やがて日常と化してゆき、双子の子供達も生まれこの地は彼女にとっても
ジョ−との大切な第二の故郷となっていった。
そして <なつやすみ>
「 ふうん・・・ 子供たちのお休みはけっこう長いのね。
そうねえ、この暑さですもの・・・ 学校に通うのは大変だもの。 」
「 まあね。 やっぱり 夏休みって最高に待ち遠しかったなあ。 」
幼稚園時代で経験はあるものの、小学生になった子供達が初めて なつやすみ を迎えたとき、
島村すぴかちゃんとすばるくん のお母さんもいろいろの <初めて> を経験した。
「 そうよね、わたしもよ。
夏のヴァカンスは最高だったわ〜 家族で海の近くのコテ−ジに行ったり・・・ そうそう
キャンプなんかもあったわね。 」
「 ふうん ・・・ さすがフランスだねえ。
ぼくは教会の行事でそれでも二泊三日くらいで信州とか行って 楽しかったよ。 」
施設育ちのジョ−にも それなりに楽しい思い出はあるのだ。
子供達の <なつやすみ> が始まったある夜、 ジョ−とフランソワ−ズは
のんびりと夏の計画について あれこれおしゃべりをしていた。
「 お友達と行くのも楽しいわよね。 」
「 ふふふ・・・ いつもと同じ顔ぶれなんだけどさ。 場所が変わっただけですごく面白くて・・・
夜中にわざわざ 枕投げ やって神父様に呆れられたりしたよ。 」
「 ・・・ 枕投げ? 」
「 あはは・・・知らないよね? 今度やってみようか、チビ達と一緒にさ。 」
「 ・・・ それ・・・ やってはいけないこと じゃないの? 」
「 いやぁ〜? 別に。 ま、日本の団体旅行の <習慣> かな。 」
「 そ、そうなの? 」
「 うん。 そうそう 宿題を分担して写しっこしたりもしたなあ。 」
「 ・・・ え ・・・ 宿題? なつやすみ に? 」
「 そうだよ。 まあ、ぼく達の世代はあんまり沢山はなかったけど
薄っぺらい<夏休みの友> っていうドリルと自由研究とあと・・・?? 」
「 ちょ、ちょっと待ってよ、ジョ−。 夏休みなのに・・・ 宿題があるの??
日本の学校って ・・・ みんなそうなの? 」
フランソワ−ズの目はまん丸だった。
「 まあ・・・ 日本中どこの小学校も似たり寄ったりじゃないのかなあ。
ああ、受験する子はず〜っと夏休みも塾に通ったりするらしいけど。 」
「 ・・・ 塾?? ず〜っと??? 」
宿題ナシ、の自由な日々が二ヶ月ちかく続く国で育った 島村さんちの奥さん は信じられない面持ちだった。
へえ・・?? そうしたらいつ思いっきり遊ぶのかしら。
一年中都会でお勉強ばかりなの? そりゃ・・・ この当たりは自然がまだ沢山あるけれど・・・
「 そうなの。 ふうん ・・・ すばるやすぴかもそんな小学生になるの? 」
「 さあねえ・・・ でもここは比較的のんびりしているし。
まだ一年生だろ? 宿題っていってもたいした量じゃないと思うよ。 」
「 そう? ・・・ それなら ・・・ いいけど。 わたし、手伝えるかしら。
すばるがね・・・ わたしの字を見て笑うの。 お母さんの字って僕よかヘタクソ〜〜って! 」
一年生の息子相手に フランソワ−ズは本気で悔しそうな顔をしている。
「 あは・・・ そ、そんなコトも ・・・ ある、かも?? 」
「 わあ、ジョ−ったら、ひど〜い! 」
「 大丈夫だよ、相変わらず心配症のお母さん。 一年生の一学期の宿題だもの、たかが知れているよ。 」
「 ・・・ だと、いいのだけれど。 」
「 さあ、そんな心配そうな顔はやめて。 ぼくの奥さんはいつでも微笑んでいて欲しいなあ。 」
きゅ・・・っと細い身体を抱き寄せ、ジョ−は小さなキスを盗んだ
・・・ 計画は ベッドの中で♪
「 ・・・ もう ・・・ ジョ−ったら・・・ 」
たちまち夫婦の語らいの場は そのまま無言の睦みあいに変わってしまった。
<なつやすみ> へのこころの弾みは そのまま熱い夜に注がれていった。
そうして今年も <夏休み> が廻ってきた。
もう 宿題 にも驚かない。 ジョ−の休暇日数が相変わらずなのも慣れた。 粘っこい暑さにも大丈夫。
島村さんち の奥さんはしっかりと 日本のおかあさん になってきた。
子供達は朝から晩まで近所の市営プ−ルに行ったり友達と遊びまわっている。
さすがに小学三年生ともなると 行動範囲はぐんと広がり子供達だけで楽しんでいた。
やれやれ・・・
片付けても片付けてもすぐにごちゃごちゃになってしまうリビングを眺めて、
フランソワ−ズは盛大な溜息を吐き出した。
オヤツの準備をし、やっとキッチンが片付いた。
「 のどかわいた〜〜 冷たいもの 飲みたい〜〜 」
「 麦茶ちょうだい! ねえねえ氷も入れて お母さん ! 」
「 オヤツまだ? 僕、アイスが食べたいなあ〜 」
「 え〜〜〜 おせんべ、ないのぉ〜〜 あ、これ! これ、食べてもいい?
え・・・ お父さんの<おつまみ>? いいじゃん〜〜 これ、おいしそう! 」
ぱたぱたぱた・・・・
朝から晩まで 誰かがキッチンに出入りし 誰かが冷蔵庫のドアを開けたり閉めたりしている。
週末のともなると子供達たけじゃなくて・・・!
「 フラン〜〜 なにか飲みたいんだけど〜〜 むぎ茶? う〜〜ん アイス・コ−ヒ−がいいなあ。 」
「 小腹が空いたな〜♪ なにか、ない? ・・・お! このチ−ズ貰っていいかい。 」
「 ふあ〜〜・・・・ ちょっと・・・昼寝・・・ アイスノン、冷えてるよねえ? 」
子供達の父親が、にこにこ顔でそれに加わりキッチンをうろうろするのだ。
「 ( ・・・もう〜〜〜 !!) ・・・ 自分でやってちょうだい!! 」
いつものきっちり片付いたキッチン、はとうに諦めた。
始終冷蔵庫がばたばたいい、シンクには食器が置かれ、拭いたばかりのお皿が使われてしまう。
いちいち手を出していたらキリがないので、<片付け> は食事の後にイッキにすることにした。
わたしだってね! いろいろ・・・ やらなくちゃならないコトや やりたいコトがあるの!
お母さんにだって 夏休み を頂戴〜〜〜 !!
結婚後、そして二人の子供達が生まれた後もフランソワ−ズはずっとバレエのレッスンを
続けていて、今では小さな子供達のクラスを教えたりもしている。
彼女自身のレッスンもあるし、普段からなかなか多忙なヒトなのだ。
「 お母さ〜ん! もう一回 プ−ルに行ってくるね〜 」
「 はい、気をつけて! すぴか! 誰と一緒なの。 」
「 え〜とね、 みっちゃんとゆみちゃん〜〜 じゃね〜 」
「 気をつけるのよ! 指導員さんの言うこと ちゃんと聞くのよ! 帰ったら宿題するのよ!
もうすぐお休みはお終いなのよ! 」
バタ−ン ・・・!
張り上げた声は たちまちドアで中断されてしまった。
「 ・・・ もう! あら? すばるはどうしたのかしら。 」
「 お母さん 〜〜 」
「 ・・・わ! びっくした〜〜 なあに。 あなたもプ−ルに行くのじゃなかったの。 」
フランソワ−ズの後ろに 彼女の息子がにこにこして立っていた。
「 ウウン。 僕 これから図書館に行ってくるね〜 わたなべ君と一緒。 」
「 ああ、はいはい。 あら、宿題、しに行くの? 」
すばるは大きめなスケッチ・ブックを抱えていた。
「 ウウン。 てつどうふぁん の雑誌、借りてくるね。 いってきま〜す 」
「 すばる! お帽子、かぶって! 図書館まで遠いでしょ。 」
「 ウウン。 いい。 遠くないよ。 」
相変わらずにこにこしているが、 このジョ−の小型版 は案外な頑固者で
最近は母の言葉に <ウウン> の返事が増えてきた。
やだわ・・・ そろそろ反抗期なのかしら・・・・
いつもにこにこ穏やかな息子の笑顔をながめ、フランソワ−ズはちょぴっと憂鬱になったりもする。
本人は相変わらずいたって平和な様子で しんゆうのわたなべ君と仲良く遊んでいるのだが・・・
「 車に気をつけてね。 5時までには帰ってくるのよ、約束。 」
「 は〜い。 あ、お母さん、 アイス、作っておいてね〜〜 」
「 わかりました。 はい、行ってらっしゃい。 」
に・・・っとわらって 彼女の息子は出かけていった。
うわ・・・ あの後ろ姿・・・! ジョ−そっくり。 父子って歩き方まで似るのかしら
ついこの間までよちよちしてて・・・ わたしの後ばかり追いかけていたのに・・・ね
セピアの髪の少年を見送りつつ、フランソワ−ズはちょっと驚いたりもする。
子供達はどんどん大きくなり そして 親の側からだんだんと離れてゆくようだ。
お母さん お母さ〜ん・・・! といつもスカ−トの両側を握っていた手は いつの間にかいなくなっていた。
う〜ん ・・・ ちょっと淋しい気も しないではないわね・・・
でも ま、 すこしはわたしの時間が増えるとうれしいのだけど。
ふうう・・・・
シアワセ色をした溜息が ぽやや〜んと夏の午後の空に溶け込んでいった。
さあて、と。 台風たちが居ない間に片付けておかなくちゃ。
有能な主婦で二児の母は さっさとリビングに引き返して行った。
「 今晩、何にしようかなあ・・・ あ、そうだわ、今日ってジョ−は遅いのだったわよね。 」
<夏休み> を前に島村氏は連日残業続きの大忙しだった。
休暇の前にはしょうがないよ、先に寝てていいからね〜
ほとんど寝に帰ってくるだけのジョ−は相変わらず屈託のない笑顔なのだが・・・
「 本当に残業ばっかりね。 たまにはゆっくり・・・ そうね、みんな一緒が無理ならば
二人だけでもいいわ、のんびり晩御飯が食べたいなあ・・・ 」
ふうう・・・・
またまた 溜息が漏れてしまった。
やだ・・・ わたしって溜息つくのがクセになっちゃったみたい
あ〜あ ・・・ 子供達だけならゴハンは簡単でいいわね
今年は なんだかいろいろと出た<宿題>をそろそろ本気で片付けなければならないし。
ばたばたの夏休みも、そろそろお終りに近づいていた。
夏もお終いね・・・
あ〜あ・・・ な〜んにも出来なかったわ・・・ こんなの夏休みじゃないわねえ・・・
ちょっとだけ・・・
ソファの上の にもつ − すばるの <てつどうふぁん> やら ジョ−の車関係のグラフ誌、
果てはすぴかが着替えたTシャツやらソックスやら − をがさり、と片隅によせ
フランソワ−ズはやれやれ、と座り込んだ。
・・・ 夏休み、かあ・・・・
ちっちゃい頃 行ったあの田舎のコテ−ジ・・・ 懐かしいなあ・・・
パパとママンとお兄ちゃんと ・・・ 夏って大好きだったわ ・・・
あんな日がず〜っとず〜っと続くと信じていた。
オトナになれば 今度は自分が母の立場になって家族と一緒にバカンスにでかけ・・・
そう、そんな日が待っていると当たり前に思っていた・・・ それ以外、考えられなかった。
夏休み、かあ・・・
こんな毎日を こんな夏を過すなんて ・・・ 信じられないわよね・・・
ふうう・・・
またまた漏れてしまった溜息は 自然に穏やかな寝息に変わっていった。
「 ママン?! ママンってば。 起きて〜〜 」
「 ・・・ ? ・・・ うん ・・? 」
「 ママ〜〜ン! ねえねえ、お目々覚ませて。 パパがね、お茶にしましょう、って。 」
「 ・・・ え ・・・ ? 」
「 あ、あたし、ケ−キを持ってゆく! オ−ブンの中のシフォン・ケ−キ、出してもいい。 」
「 え・・・ ええ ・・・ 」
ゆさゆさゆする小さな手に、ぼんやり目をあければ。
青い瞳の少女が じ〜〜っと彼女を覗き込んでいる。
すぴか??? ・・・ううん、違うわ。 目の色がちょっと・・・ 年もすこし上だわ。
でも よく似てるわね。 この子 ・・・ だれ???
「 マ〜マンってば。 いやァだ、まだ寝ぼけているの? お茶が冷めちゃうわ〜 」
クスクス笑いを残し、少女はパタパタと駆けていった。
背中にはブロンドの巻き毛が可愛いレ−スのリボンで結ばれ揺れている。
ふんわりひろがったフレア−スカ−トからすんなりした脚が伸びていた。
あれ・・・ あれはわたし・・・?
フランソワ−ズはぼ〜っとその少女がキッチンらしき場所に入るのを見ていた。
あのスウィング・ドア。
あれって キイキイいうのよね、たしか・・・ パパにオイルを差してって頼んだのに・・・
フランソワ−ズは口の中でぶつぶつと呟いてみた。
ここ・・・ どこ?
あ・・・? わたし、知ってるかも・・・ そうよ、あの ・・・ 田舎のコテ−ジ・・・??
・・・ < パパ > ? わたしの亡くなったパパのこと・・?
わたし ・・・ 何を言っているの・・??
「 お兄ちゃ〜ん! 上の棚のお皿、出して〜〜 ! 」
「 わかったよ。 マリ−、フォ−クも忘れるな。 」
「 はあい。 」
「 ああ、ママン。 僕のジャケット、知らない? 」
「 ・・・ え ・・・・ あ、これ、かしら。 」
フランソワ−ズは思わず、手近にあった夏物の上着を差し出していた。
こんどはひょろりとした少年が視界に飛び込んできた。
「 ああ、ここに置いたのか〜 メルシ、ママン。 」
にこり、と笑った少年は すばる ではない。
もっと年嵩で 短い金髪に先ほどの少女とよく似た青い瞳なのだ。
・・・・ お兄さん・・?? ・・・ よく似てるけどちょっと 違うわ・・・
でも ・・・ でも、この子 ・・・ だれ。
「 ジャック? マリ−? フランソワ−ズはまだお昼寝かい? 」
「 あ、パパ〜〜 ううん、ママンったら今お目覚めよ。 」
テラスと思える方向から 爽やかな男性の声がきこえ さっきの少女がにこにこ返事をしている。
「 ママン、 ジャン伯父さんもいらっしゃったよ。 さあ、行こう、パパがお待ちかねだ。 」
少年が フランソワ−ズの手を引っ張る。
「 ・・・ え、ええ。 ・・・ パパ ・・・? 」
フランソワ−ズはゆっくりと立ち上がった。
・・・ あら・・・? なんだか 身体が重い・・?
わたしの脚はこんなに重かったかしら・・・
少年に手を引かれ歩き出したが どうもしっくりとこない。
確か、彼はジャン伯父さん、と言った・・・・ それならこの少年と少女は ・・・
わたし ・・・ の子供たち ・・・?
・・・・ いいえ、いいえ! わたしの子供達は ・・・ ジョ−とわたしの子供達は
すぴか と すばる・・・・? ・・・ ちがったかしら・・・
混乱する思いのまま、彼女はゆっくりとテラスに出ていった。
「 やあ・・・ 気分はどう? 顔色もよくなったね。 」
「 ・・・え ・・・ ええ・・・ 」
木漏れ日がおちるテラスには 大きな木製のテ−ブルが出ていた。
その向こう側に金髪の中年男性が穏やかな笑顔で座っている。
「 毎年 ここにくるとほっとするなあ。 本当に ・・・ 気持ちがいい・・・
きみもゆっくりと休むといい。 出かける前は大忙しだったからな・・・ 」
「 ・・・ え ・・・ええ、そう、ね。 あ・・・ お茶ならわたしが・・・ 」
じっと彼女を見つめる青い瞳は優しい光に満ちている。
しかし、どうもきまりがわるく、フランソワ−ズは慌ててポットに手を伸ばした。
「 ? お茶はいつも僕に任せてくれるだろう? 君のケ−キにぴったりのお茶を淹れるよ。
ジャン義兄さん達もいらっしゃるからね。 とびきり美味しいお茶にるすよ。 」
「 あ・・・ そ、そう? それなら・・・ お願い。 」
フランソワ−ズはどぎまぎとして 手を引っ込めた。
「 ・・・ 君、まだ疲れているのかい。 ちょっと顔が赤いよ? 」
「 え・・・ あ・・・・ そ、そんなコト・・・ないわ・・・ 」
慌てて両手を頬に当て ・・・ ふとその手に、目が行った。
え・・・?? これ ・・・ わたしの ・・・手?? わたしの・・・指なの??
うそ・・・! うそだわ、こんな節くれだった 太い指なんか・・・ ちがうわ・・!
目の前にあるのはがっしりとした中年女性の手だった。
指の節も大きく、左手の指輪がきつそうにはまったまま鈍く光っている。
「 ・・・ わたし ・・・ ちょっと疲れたのかしら。 」
「 そうだよ、ず〜っと忙しかったからね。 僕の仕事まで手伝ってくれて・・・・
ありがとう、本当に君は最高の妻だよ。 ヴァカンスの間はできるだけ家事を手伝うからね。 」
「 あ・・・・ そ・・・・そう? 」
なんと答えてよいのか、彼の温かい視線をどう受け止めたらよいのか
フランソワ−ズはまったく判らず、 ただ俯いて冷たい汗をながしていた。
「 お兄ちゃん、これでいい? えっと フォ−クも持ってきたわ。 」
「 え〜と。 うん。 おい、ケ−キ、気をつけろよ。 」
「 大丈夫♪ ママンのお得意のシフォン・ケ−キですもの。 」
賑やかな声とともに、先ほどの少年と少女が仲良く お茶の支度 を運んできた。
「 そうだね〜 コレをここで食べると 今年のヴァカンスの始まりだ!ってわくわくするな! 」
「 ねえ、ママン。 明日はフランボワ−ズのソルベが食べたいの〜〜 」
「 マリ−、お前ってホント 甘いものばっかだな〜 太るぞぉ〜〜 」
「 あ、あら。 だってママンのお菓子はなんでもとっても美味しいんですもの。 」
「 それはそうだな、パパも賛成だ。 」
「 ほ〜らね、お兄ちゃん。 あ、ジャン伯父様よ!
ジャン伯父様〜〜 アンナ伯母様〜〜 シモ−ヌちゃん! 」
ジャン伯父様・・・? ・・・ お、お兄さん ・・・??
フランソワ−ズは俯いたままますます身体を固くしていた。 顔を上げる勇気がでない。
冷たい汗が たらたらと脇をしたたり落ちてゆく。
「 やあ! Bonjour ! お茶の時間に間に合ったかな。 」
「 義兄さん、 ようこそ。 義姉さん、シモ−ヌ、いらっしゃい。 」
「 おう、ジャック。 元気そうでなによりだな。 」
「 Bonjour ジャックさん。 お元気、フランソワ−ズさん。 ピエ−ルにマリ−。 」
「「 伯父様 叔母様。 シモ−ヌちゃん、 Bonjour 」」
子供達は礼儀ただしくご挨拶をしている。
「 ・・・ こ ・・・ こんにちわ・・・・あ!いえ ・・・ その Bonjour ・・・ 」
フランソワ−ズは一番最後に立ち上がり <息子>の後からぼそぼそ挨拶を返した。
「 ん? ファンション、どうかしたのかい。 顔色、悪いしなんだか・・・ヘンだぞ? 」
「 あ・・・ い、いえ、 なんでも・・なんでもないの・・・・ 」
「 そう? それならいいけれど。 実はあなたのケ−キ、楽しみにしてきたの。
ねえ、シモ−ヌ? ピエ−ルお兄ちゃんやマリ−お姉ちゃんとも遊べるしね。 」
「 うん! フランソワ−ズ叔母ちゃまのけ〜き、け〜き♪ 」
そう・・・・と顔を上げた、その前で栗色に近い巻き毛を揺らし、6歳くらいの女の子が
ぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「 あはは・・・ シモ−ヌはケ−キが一番お楽しみのようだね。
さあさあ、皆さん、お座りください。 ヴァカンスの始まりのお茶です。 」
ジャック、と呼ばれた男性は満面の笑顔で一同を見回した。
「 Merci、ジャック。 ああ・・・ いつ来ても本当にココは気持ちがいいな・・・ 」
「 あなた、杖はこちらに。 ほら、シモ−ヌ、パパのクッションを直してあげて。 」
「 はい、ママン。 」
あ・・・・ お兄さん、脚が・・?
ジャンは明らかに片脚が不自由らしく杖を頼りに歩いている。
しかしその動作は澱みなく慣れていて、彼がもう長いことその状態あるのだ、と誰の目にもわかる。
「 マリ−? ケ−キは全員に配れたかい。 ピエ−ル、ミルクは足りているかな。 」
「 はい、パパ。 」
「 あ・・・ ママン、ごめんなさい、お皿をもう一枚、取って? 」
「 ・・・え ・・・ああ、はいはい。 あの ・・・ わたしがやるわ。 」
金髪の少女はケ−キの切り分けに苦心している。
フランソワ−ズは立ち上がり彼女の側に立った。
「 ほら・・・ こうやって? 引いてはだめなのよ。 」
さっくりいい匂いのスポンジが切り分けられてゆく。
あら。 これ、わたしのケ−キだわ。
昔 わたしのママンに教わったとおりのシフォン・ケ−キ・・・・
じゃあ・・・ これを焼いたのは ・・・ わたし・・??
「 わあ、すごい。 ママンがやると魔法みたい。 」
「 ふふふ・・・ 魔法じゃないわよ、 アナタにもすぐできるわ。
あら・・・ これに添えるクリ−ムがまだね。 取ってきますから どうぞお茶を始めてくださいな。 」
「 そうかい。 それじゃ ・・・ 皆さん、どうぞ。 」
「 わあ〜い♪ フランソワ−ズ叔母ちゃまのけ〜き♪ 」
子供達の歓声を後ろに聞き、フランソワ−ズはキッチンに引き返した。
え・・・と。 確か、クリ−ムをホイップして冷やしておいた・・・はず・・・
・・・え? そう、なの? ・・・ ああ・・・よくわからない・・・
アタマの中は混乱しているのだが 身体は勝手に動き冷蔵庫からクリ−ムを入れた深皿を
取り出している。
「 取り分ける大きなスプ−ンがいるわね・・・ ええと・・・・ 」
食器棚の前に立ち、スプ−ンの引き出しを開け、大きめのものを2本選び。
ひょい、と顔をあげた瞬間 ガラスに誰か・・・見知らぬ女性の顔が見えた。
「 ・・・・ ? ・・・・・・ !!!! きゃ・・・あ ・・・・!! 」
押し殺した悲鳴が それでも咽喉の奥から漏れてしまった。
目の前には。
頬に大きな傷跡を残した 中年の女性の顔があった。
やはり薄い傷跡が見える額にかかる髪にはちらちらと白いものが混じる。
「 こ・・・れ ・・・・ わたし?! わたしの・・・ 顔 ・・・? 」
かしゃーーーん スプーンが床に落ちた。
床が大きく揺れた ・・・ と思え、くたくたと脚の力が抜けてしまった。
「 ・・・ フラン? どうした? 」
優しい声が アタマの上から降ってきた。
大きな手が ゆっくりと抱き起こし、そのままやんわりと抱きとめてくれる。
「 ・・・ 顔 ・・・ わ わたしの 顔 ・・・! 」
「 ・・・ 大丈夫、落ち着いて。 ほら・・・なんでもないだろう? ね・・・ 」
すっぽりと温かい胸に顔を埋めたまま フランソワ−ズは呻き続けた。
なに・・?? なんなの・・・ コレがわたし・・・?
このヒトは ・・・ だれ・・・??
・・・ お兄さん・・・ お兄さん、ジャンお兄さん・・・!!! 助けて・・!
「 ファン? ・・・ ああ、ジャック、すまないなあ・・・ 」
「 義兄さん・・・ 大丈夫、じきに落ち着きますよ。 なあ、フラン・・・? 」
「 ・・・? お、お兄さん・・・! お兄さん・・・! 」
フランソワ−ズは背に回された腕を振りほどき、目の前に立つ初老の男性に縋りつこうとした。
「 ・・・・ お兄ちゃん 助けて・・・! 」
「 だめだ。 」
「 ?? お兄ちゃん・・・? 」
杖を小脇にはさみ、それでも兄は手を差し伸べてはくれない。
「 僕じゃない。 」
「 ・・・ え・・・? 」
「 君を抱きとめて 君を受け入れ君を護り・・・ 君を愛してくれるのは 僕じゃない。
そこにいる君の夫だよ。 」
「 ・・・・ お兄 ・・・ さ・・・ん ・・・ 」
「 フラン。 おいで。 」
「 ・・・ あなた ・・・ 」
ごく自然に その言葉が口から零れた。 ゆっくりとそのヒトの胸に身体を委ねた。
「 さ、涙を拭いて? お茶が冷めてしまうよ。 楽しいヴァカンスの始まりだ。 」
「 叔母ちゃま〜〜 シモ−ヌね、もう一切れけ〜きが欲しいの〜〜 」
テラスから栗色の髪の少女が駆け込んできた。
「 ・・・ シモ−ヌ・・・ 」
「 ねえねえ、叔母ちゃま、 ママンにお願いして〜〜 」
少女は 真剣な面持ちでフランソワ−ズの手を引っ張っている。
「 そう・・・? それじゃ ・・・ 一緒にお願いしましょ・・・ 」
「 うん! 」
フランソワ−ズは半ば少女の腕に縋り、テラスへ戻って行った。
「 ・・・まだ 混乱するのか・・・ 」
「 すみません、義兄さん。 ほんのときたまなのですが。 」
「 謝るのはこっちだよ、ジャック。 妹がいつまでも迷惑をかけてすまないな。
アイツには ・・・ やはりあの事件は生涯忘れられないんだ。 」
「 当然ですよ。 あんな ・・・ あんな惨い怪我を負わされて。 許せんです!
義兄さんは脚をダメにするほどの怪我をしてもフランを取り戻してくださった・・・ 」
「 はん! 俺は脚の一本や二本、妹を救うためには惜しくはないさ。
ただ ・・・ あの傷跡がなあ。 」
「 ええ。 何回か整形手術を勧めたのですが・・・
ジャンお兄さんの脚と一緒だから このままでいいのって聞き入れないのです。 」
「 ・・・ そうか。 俺の脚のことを気にする必要はないんだがな。 」
「 彼女がそれでいいのなら、僕はちっとも構わないです。
あの傷も・・・過去の辛いコトも、なにもかもひっくるめて彼女の全てを愛してます。 」
「 ジャック ・・・ ファンションはシアワセものだよ。 」
「 そうそう、最近知ったのですが、あの事件のあと、そう・・・半年ほど後らしいのですが、
はやり少女が一人、突如行方不明になったそうです。 」
「 ・・・! そうか。 それで・・・? 」
「 ・・・・・ 」
ジャックは黙って首を振った。
忌まわしい事件は 終ってはいなかったのだ。
目の前には。
楽しい避暑地のティ−・テ−ブルが拡がっている。
なんとなく似た雰囲気の子供達が にぎやかにケ−キを頬張りクリ−ムを舐め笑いさざめく。
フランソワ−ズは ぼんやりと彼らの声を聞いていた。
どの声も・・・ どこかで聞いたことがある声に似ている・・・と思った。
「 おいし〜〜♪ ママンのケーキ、最高♪ 」
「 おいしい〜〜♪ 叔母チャマのけ〜き、 さいこう〜 」
「 ・・・うん、今日のは特別だね。 」
「 あら、お兄さんは甘いもの、好きじゃないんじゃなかったの? 」
「 ママンのは別! パパだってそう言ってるぜ。 」
あら・・・ 甘いモノが好きなのは ・・・ 好きなのは・・・ 誰だったかしら。
・・・ パパ ・・・? わたしのパパも ママンのケーキが好きだった・・・
フランのケーキが一番さ! いちごのケーキがいいなあ・・・
・・・ おかあさ〜ん! お煎餅、あるう??
僕ね〜 お母さんのケーキ、だあいすき〜〜
アタマの中で沢山の声が響きあい、フランソワ−ズはそっと目を閉じた。
「 ちょっと・・・ お休みしても ・・・ いいかしら。 」
「 あ・・・ ママン、大丈夫? リビングに戻ろうか? 」
「 いいえ、ここで大丈夫よ。 みんなは ・・・ オヤツを食べていて・・・ 」
ええ、ほんのちょっとだけ。 ほんの五分だけ・・・
フランソワ−ズは瞳を閉じて 椅子の背にもたれかかった。
「 お母さん! おか〜あさんってば! 」
「 ・・・ ちょっとだけ ・・・ほんの五分だけ・・・ 」
「 お母さ〜〜ん・・・! オヤツ〜〜〜 お腹。空いたのお〜〜 」
「 ・・・ ケーキがあるでしょ ・・・ クリ−ムも ・・・ 」
「 え〜〜?? どこどこ? ねえねえ お母さんってば! 」
ゆさゆさゆさ・・・・
元気な手が フランソワ−ズの肩を揺さぶっている。
「 マリ−? だから ケ−キ・・・ !? あ・・・? 」
「 お母さん。 マリ−って だれ。 」
「 ・・・ す ぴか ・・・ 」
「 お母さん! 寝ぼけてるの〜〜? ねえねえ、オヤツちょうだい。アタシ、お腹すいたあ。 」
目の前に 自分と同じ色の瞳がある。
自分と同じ色の髪が きゅ・・・っと二本のお下げに編まれ左右に跳びはねている。
ショ−ト・パンツから伸びた脚にはあちこちに傷バンが貼ってあった。
すぴか・・・? そう・・・ そうよ!
わたしの、 ジョ−の娘、 すぴか、だわ。
「 ! あらら、もうこんな時間なのね! ・・・・ 大変大変。
いっけない、お母さん、うっかりお昼寝してしまったわ。 」
「 へえ・・・ お母さんってば 幼稚園生みた〜い。 」
「 えへへ・・・ お母さんだって夏休みです。
さあ、御飯の支度しなくちゃ。 すぴか、お手伝いしてちょうだい。
えっと・・・ 冷蔵庫からレタスとキュウリとトマトを出して。 あら、すばるは? 」
「 はあい。 ・・・ す〜ば〜るゥ〜〜〜!!! お手伝い、しよッ!!! 」
すぴかはリビングから声を張り上げて弟を呼んだ。
・・・ あれは ・・・ なに。 ただのお昼寝の夢、だったのかしら・・・
そっと手を当てた頬はすべすべと張りがあり、傷跡など一つもなかった。
娘の洗った野菜を切る手は 指は 白くほっそりとし、身体も軽い。
ちら・・・っとガラスに映る髪に目をやれば、つやつやと亜麻色に波打っていた。
年齢より老けた中年の女性の姿など どこにも見えなかった。
しかし その差異がかえってはっきりとした思いとなる。
あの <わたし> は あれは ・・・そう、もうひとりの <わたし>
本当のわたし、かもしれないわ
きびきびと食事の支度を進めつつ、フランソワ−ズはそっと頷いた。
・・・ いつもの日、夏休みの一日がゆっくりと暮れようとしていた。
そんな日々が続き たのしい夏休みは今日でお終いである。
家族そろっての晩御飯もおわり、そろそろお休みなさいの時間がやってくる。
・・・ ところが・・・
「 え・・・? 水色の布? そんなの、急に言われてもありませんよ。 」
「 あのね。 どうしても欲しいの。 」
「 ・・・ 僕。 下のお店まで買いに行ってもいい? 」
子供達の < ねえねえ お母さん > に 島村さん夫妻は顔を見合わせた。
「 なんだい、すばる。 あ、わかったぞ! 宿題、まだ残っているな〜? 」
「 え? そうなの? だって夏休みは今日でお終いよ〜〜
昼間、宿題は終ったの?って聞いたら、 うん、って言ったでしょう? 」
「 ・・・ 夏休みの友 とぉ 絵日記 とぉ 読書感想文 は終ったの。 」
「 それで? 何が残っているの。 」
「 ・・・ 自由研究 とぉ 図工。 」
「 すばるも? すばるもなの? 」
「 うん。 」
なぜかこんな時にも彼らの息子はにこにこして頷くのだ。
「 ・・・ 宿題、全部ここに持っていらっしゃい〜〜〜 !! 」
ついに 島村・お母さん はバクハツした。
「 フラン。 ・・・ きみってさ。 」
「 なんですか。 」
「 ・・・ おっかないなあ・・・ 」
「 ・・・ ジョ−ぉ!! 」
「 夏休みの友。 ・・・ あら? すばるのは? 」
「 これ。 二人で半分コしてやったから二人で一冊。 」
「 ! ・・・ 絵日記は。 絵日記も二人で一冊なの? 」
「 すばるが絵、描いてアタシが文章、書いたんだもん。 きょうどうせいさく、さ。 」
「 ・・・・ 感想文は。」
「 すばるが本、読んで感想、言ったからアタシが書いた。 」
「 ・・・ そう! 先生がなんと仰るかしらね! お母さんは知りませんよ! 」
「 だって〜アタシ逹 双子だも〜ん、何でもわけっこしなさいってお母さん 言ったじゃん。 」
「 それで、自由研究と図工の作品はどうするつもりなんだい。 」
「 お父さん、 あのね・・・ ね〜、すばる? 」
「 うん! お父さん、お父さん あのね〜〜 」
カミナリ雲みたいな母を避けて、 子供達は父に纏わりついている。
・・・・ もう・・・!!
「 こんな時間、どこのお店ももう開いてませんよ。 どうするつもり・・・ あら? 電話? 」
珍しくもリビングの固定電話が鳴ってる。
「 モシモシ。 しまむら でゴザイマス。 ・・・・ あら、わたなべ君のお母様・・・
え・・・? 黄色い布? 」
すばるの しんゆう・わたなべ君のおうちからだった。
「 え・・・ 図工の? まああ〜〜 御宅もですの? ええ、ええ! ウチもなんです!
ウチなんか 自由研究もやってないって 今になって言うんですのよ。 」
どうやら わたなべ君ちでも同じような <さわぎ> が持ち上がっていたらしい。
「 フラン? 誰からかい。 」
「 わたなべ君のお母さま。 わたなべ君も宿題、残っているのですって。 」
「 そうか〜〜・・・・ あ、そうだ。 なあ、もし、よかったらさ・・・ 」
「 え・・・? 」
結局。 自由研究 と 図工の作品 は わたなべ君と島村さんちの双子 の協同作品になった。
夜の八時も回ってから、わたなべ君ち一家に来ていただき
わたなべ君のお父さんも一緒に、全員で ・・・・ ほとんど親たちの作業だったけど、
なんとか宿題をでっちあげた・・・!
「 やあやあ お疲れさんでした〜 夜分遅くまですみませんなあ。 」
大人4人がかりでどうにか・・・・ <自由研究> と <図工の作品> が出来上がったときに、
くまさんみたいなわたなべ君のお父さんが 陽気な声で締めくくりをしてくれた。
「 ・・・あ・・・ いや〜 ぼく達こそ・・ 本当に助かりましたよ〜〜
あ・・・ コイツら〜〜 皆もうぐっすりだ・・・ 」
ソファの上には子供達が三人で固まってすうすう寝息を立てていた。
「 ほんとうに もう・・・・ 」
「 ま〜 皆のんきに寝ているわね・・・・ 」
母親同士は苦笑いの顔を見合わせ、
ジョ−はテラス側の窓もキッチンの窓も大きく開けて空気を入れ替えた。
「 さあ・・・ じゃあお疲れさんってことで コ−ヒ−淹れます! 愛用の道具一式、持参ですよ。」
わたなべ氏は得意気に荷物の中からサイフォンを取り出した。
「 お口に合うかしら、 クッキ−も持ってきましたの。 」
わたなべ夫人も 大きな紙袋を広げはじめた。
「 わ〜お♪ 夜中のお茶会ですね! 」
「 それじゃ・・・ わたしはなにか果物でも・・・あ、ブドウがあったはずだわ。 」
フランソワ−ズもいそいそとキッチンに入っていった。
「 それじゃ・・・ お休みなさい! 」
「 いやあ〜〜 お世話になりました。 お休みなさい。 」
日付が変わるころ、もうぐっすり眠ってしまった息子を抱え、お父さんの大事なサイフォンと一緒に
車に積み込み、わたなべ君ち一家は岬の島村さんち を後にした。
「 ごめん・・・ 」
「 え? なあに。」
「 うん ・・・ せっかくの夏休みなのに。 どこにも行けなくて・・・
その・・・避暑地とか海とか山とか・・・ ちっともバカンスじゃなかったね。 最後はこんなばたばたした
夜になっちゃった。 」
「 うふふふ・・・ でもちょっと楽しかったじゃない? ムッシュウ・わたなべのコ−ヒ−、美味しかったし。 」
「 そうだね〜 あの塩味のクッキ−もいいよね〜 」
短い夏の夜はあと1時間もすれば 明け始めるだろう。
島村さんご夫妻は ベッドに入ってぼそぼそと喋っていた。
「 ・・・ でもなあ・・・
ぼく、結婚するときに誓ったんだ。 こころの中できみのご両親とお兄さんに約束した。
きっとシアワセにします!・・・てさ。 」
ふうう・・・・
珍しく ジョ−の溜息が夜明け前の空気に散ってゆく。
「 ねえ・・・ ジョ−。 」
「 うん? 」
「 ひとつ、ヘンなこと、聞いても ・・・ いい。 」
「 なんだい、勿体ぶって・・・ 」
「 あ・・・ あ〜ァ あの、ね。 」
「 はい。 」
「 ジョ−、あなた ・・・・ わたしがどんな風でも ・・・ 愛してくれる? 」
「 ・・・?? どういうことかい? 」
「 あ・・・ あの。 そう、例えば・・・ わたしの顔に、ね。 大きな傷跡とか・・ あっても
それでもわたしを愛してくれる? 」
「 ・・・ フラン? なんだい、いきなり。 どうかしたの。 」
「 どうもしてない、 ねえ、応えて・・・! 」
「 わかった。 」
ジョ−はベッドの上の半分身を起こし、フランソワ−ズも一緒に抱き起こした。
「 あの、ね。 」
「 ・・・ はい。 」
「 あの時。 顔は見えなかった。 というより、よく判らなかった。 」
「 あの時・・・? 」
「 うん。 あの島で。 きみと・・・ きみ達とぼくが初めて出会ったとき。 」
「 ・・・ あ! 」
「 ちょうど逆光になっていたし。 ぼくはなにがなんだかさっぱりわからなかった。 」
「 ・・・ そう、 そうだったわね。 」
「 きみの顔カタチは・・・ 正直に言うね。 全然判別できなかったんだ。
ただ・・・ 髪が逆光にきらきらひかっていたけど。 」
「 ・・・・ 」
「 ぼくは きみの声を聞いて 信じた。 きみに、きみ達についていくことにした。
きみの声には きみの全身全霊の叫びが含まれている、と感じたんだ。 」
だから きみを信じて・・・ 今、ここにいるのさ。
ジョ−は ぼそっと言った。
「 きみの声に、きみの心に あの時からぼくはずっと・・・ ず〜〜っと恋しているよ。 おわ・・!? 」
いきなり首ったまにすがり付いてきた妻に ジョ−は目を丸くしている。
「 ・・・ ジョ−・・・! 愛してる! 愛しているわ・・・!
やっぱり わたしはあなたがいいの。 あなたでなくちゃ ・・・イヤなの・・・! 」
「 わ・・? ど、どうしたんだい、急に。 」
「 ふふふ・・・ なんでもないの。 あ、ちがうわ。
あのね。 わたし、ヒミツの告白があるのよ。 」
「 え・・・ な、なんだい? ・・・わ ・・・ きみ・・・どうした、随分積極的・・・ ァ う ・・・! 」
ジョ−はひたすら驚いて 本当に目を白黒させていた。
だって・・・
「 ね。 聞いて。 」
「 ・・・ う、うん。 」
「 わたし、ね。 わたし ・・・ どこの誰よりも。 島村ジョ−ってヒトがだ〜〜い好きなのよ!! 」
「 そ、それはどうも・・・・ わ・・・ア・・・ 」
どん、と身体を投げ掛けられ、ジョ−はフランソワ−ズを抱いたまま後ろに倒れこんだ。
「 だから。 どんなこともがあっても。 愛しているの・・・!
徹夜っぽく夏休みの宿題 をする<夏休み>が 大好きなの!
こんな、子供達やらアナタと一緒にお家ですごす夏が 大好きなのよ! 」
「 ぼ、ぼくも ・・・ 宿題は別で・・・ あ ・・・・ んんん ・・・・ 」
ジョ−のしどろもどろの発言は たちまち熱いキスで封じられてしまった。
なが〜〜い夏休み。 その最後の夜は。
島村さんち は相変わらず熱い・熱い・夜となったようだ。
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Fin.
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Last
updated : 08,12,2008.
index
******** ひと言 ********
島村さんち・設定なのですが、 双子ちゃんはあまり出てきません。( すみません〜〜 )
フランちゃんの 真夏の昼の夢 ってとこでしょうか。
それとも <そうだったら・・・どうします?> かもしれません。
選ばなかった道、 ( いや、彼女の場合は 失った道ですが ) あの時に違う選択をしていたら・・・・?
それは誰でもが ふ・・・っと思うことかもしれません。
・・・・ それでもやっぱり♪♪ 拙宅では らぶらぶ93〜〜〜♪ なのでした♪