『 つばさ 』
きゅ。 借り物のネクタイをもう一回 締め直してみる。
「 う〜〜〜 ・・・ こ これで いいのかなあ ・・・ 」
島村ジョーは 鏡に映るわが姿をじ〜〜〜〜っと眺めた。
ダーク系のぱりっとしたスーツ。 おニュウのワイシャツの襟が
なんとな〜く首にあたってむず痒い。
その上に コズミ博士から拝借したブランド物のネクタイを締めている のだが。
あ そうそう ついでにコズミ博士はカフス・ボタンとネクタイピンもセットで
貸してくれた。
「 こ こんな恰好 したの初めてだもんなあ 」
袖口にきらり、と輝く輝石は 失くしてしまいそうでおっかないったら ない。
「 うん? ネクタイかい。 ああ ギルモアくんがいっておったな〜 おう いいよ。
ワシの若い頃のが多分 まだとってあるはずじゃよ ま〜 デザインは多少古いかも しれんが 」
ジョーの相談に コズミ博士は二つ返事、にこにこしつつ奥にひっこみ
ほどなくして 新品に近いネクタイを数本、もってきてくれた。
「 こんなトコでどうかね? あ まさか結婚式とかかい?
それなら ホワイト・タイを貸すぞ 」
いえいえ〜〜〜 と ジョーは慌てて手を振った。
「 なに ちがう? え? ・・・ ふんふん あのお嬢さんの?
場所は? ふんふん そりゃ〜〜 正装せにゃいかんな。
ちょいと待っていておくれ。 」
ますますの笑顔で コズミ老はもう一度奥に引っ込むと 今度は小箱をいくつか
手に戻ってきた。
「 ほい カフス・ボタン と タイ・ピンじゃ。 これはセットになっておる。
あ それからな ワイシャツは新品を着なさい。 いいね? 」
目をぱちくりしている 茶髪の青年に老博士はぽんぽん指示をだし、
あまつさえ ネクタイの結び方まで指南してくれた。
「 なに? 高校の制服でしか結んだことはない? う〜〜〜む〜〜〜
正装のタイと制服のとは 違うぞ? こうやってなあ 〜〜 」
これはしっかり覚えなければ ! と ジョーは必死で覚えた。
「 ・・・ そうそう それでいい。 う〜〜ん いいオトコじゃのう〜〜
君は。 スーツは? 以前 ギルモア君が買ってくれた?
うむうむ〜〜〜 せいぜい磨いてでかけ給え。
そうじゃ 当日は花束必須じゃぞ? そうじゃなあ〜〜 あのお嬢さんには
・・・ 役どころは? うむ そうか それなら ピンクの薔薇 じゃな。
同じ色のリボンで結んでもらうといい。 」
ピンクのばら 同じ色のリボン ・・・ と ジョーは必死にメモをとる。
「 当日は風呂に入ってしっかり磨け。 そして仕上げには
仄かにオーデコロン、じゃな。 おーでころん はなにか だと?
・・・ あ〜〜 いい いい。 忘れてくれ。
君は 石鹸の香 で勝負しなさい。 」
せっけんのかおり、 と ジョーはメモに付け加えた。
そして 当日。
島村ジョーは コズミ博士の指示どおり ― 風呂にはいり新品の下着! と 新品の
ワイシャツを着て 一張羅のスーツを着、ネクタイを結んだ。
鏡の中には ダーク・スーツに着られた緊張の面持ちの青年が いた。
「 ぼくじゃない みたいだ・・・ えっと チケット・・・ 財布の中。
駅前の花屋に花束は注文済み。 えっと・・・ 」
ドン ドン ドン ・・・ !
彼の部屋のドアが激しくノックされた。
「 はい〜〜 」
「 ジョー 〜〜〜 お前、まだ居るのか?? 早くでかけんと間に会わんぞ〜 」
ギルモア博士が珍しく焦っている。
「 博士 ・・・ 」
彼はドアを開けた。
「 ジョー〜 お。 なかなかいいじゃないか 〜〜〜 」
博士はたちまち相好を崩し、満足気に眺めている。
「 えへ ・・・ そですか〜〜〜 」
「 うむうむ ・・・ 馬子にも衣裳とかいうけどなあ
あ! お前〜〜 早くでかけなさい! 」
「 え? あの〜〜 開演は7時で開場は6時半 です。 まだ十分・・ 」
「 いやいやいや〜〜〜 五分前に到着してこそ、ココロを落ちつけ
冷静に局面に対処でき勝利できる、というものじゃ。 」
「 あ あの〜〜〜 ぼくは ・・・ 闘いにゆくのじゃなくて ・・・ 」
「 い〜〜や。 フランソワーズは真剣勝負なのじゃぞ?
お前はそれをしっかり援護射撃するのじゃ。 」
「 え えんごしゃげき?? 」
「 そうじゃ〜〜 ほら しゃきっとして行け! 」
ぽん。 博士は 大きな手でジョーの背中を押してくれた。
「 は はい! いってきますっ 」
ジョーは姿勢をただし、丁寧にお辞儀をすると 彼はでかけていった。
― さて。 少々時間は遡る。
「 あの ね 」
「 うん? なに〜 」
ある日 ジョーがバイトから帰宅し、美味しい夜食を食べてほっこり〜〜していたら。
フランソワーズが 声をかけてきた。
いつもはきはきと話す彼女が ちょっとばかり口ごもってるのだ。
「 なにか ・・・ あったの? 」
「 え? いえ ううん ううん あのぉ〜〜 おねがいが 」
「 ぼくにできることなら なんだって! 」
「 そう? うれしい ・・・ あのね 」
「 うん なに? 」
「 あのぅ・・・ 今度ね 定期公演に出られるの・・・ 」
「 ていきこうえん・・・? あ ! バレエのかい? 」
「 そうなの 」
「 わ〜〜〜すごいなあ〜〜〜 やったね、 フランソワーズ すご〜い〜〜 」
ジョーは本気でこころから よかった〜〜〜と満開の笑顔で祝福した。
島村ジョー が 出会った時のその日から 魂をずぎゅ〜〜〜ん ・・ ! と
撃ち抜かれた、つまりひらたく言えば一目ぼれをした彼女は
絶対にもう一度踊る! という望みを叶えるためだけに、生き抜いてきた・・・
という強い強い意志を持った女性だったのだ。
あの暗黒の日々から脱出した後 彼女は 望みを遂げるために日々精進している。
多少の紆余曲折はあったが 都心に近い中堅どころのバレエ・カンパニー に
毎朝レッスンに通っている。
「 うふ・・・ ありがと、ジョー 」
フランソワーズもこころから うれしそうに微笑んでいる。
あ かわいい〜〜〜〜 フランソワーズって こ〜んな
かわいい笑顔 するんだ?
ぽ・・っと頬をそめている彼女を ジョーはびろ〜んとハナの下を伸ばし眺めていた。
「 それで ね。 」
「 うん? 」
「 あの その公演を 見に来てくれるとうれしいだけど・・・ 」
「 え?? ぼく、行っていいの?? 」
「 もちろん! どうぞ いらしてください 」
「 わ〜〜〜〜 ゆくよ! いつ?? あ その日はバイトだけど
帰りにゆく。 場所は? 何時から? え〜と・・・うん 間に合うよ 」
「 ほんと? うれしいわぁ 」
「 あ チケット、ぼく、買うよ。 知ってるさ、チケット・ノルマ って
あるんだろ? 」
「 まあ ジョー よく知ってるわね 」
「 あは 高校生のころさ、 バンドとかやってる奴らが チケットうれね〜〜〜
とか言ってたし。 」
「 ふうん ・・・ わたし ちょっとびっくりなの。 」
「 ? なんで 」
「 故郷じゃ チケット・ノルマ なんてなかったもの。
ダンサーは 踊るのが仕事、チケットやら劇場のことはカンパニーの仕事 ってね 」
「 あ〜〜 そうなんだ? 本当はそうあるべきなんだよなあ
うん だから買います。 ぼくだってバイトしてるから そのくらいのお金あるよ。」
「 いいの? あ 半額でいいわ。
ふふ・・・ ジョーだっていろいろ買いたいもの、あるでしょ 」
「 えへ・・・ そうしてもらえると とて〜〜〜もうれしいです♪ 」
「 わたしも うれしいです。 ありがと、ジョー 〜〜〜 」
ちゅ。 甘いキスが ジョーのほっぺに落ちてきた。
わっはは〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん ♪♪
ジョーは完全に 舞い上がってしまった。
「 博士〜〜 お帰りなさい。 」
「 おう ただいま ジョー。 ・・・ フランソワーズは? 」
その夜 ギルモア博士は 珍しく遅く戻った。
「 はい 公演近いから・・・ 早めにねろよ〜〜って
」
「 ほう〜〜 ジョー お前にしては上出来じゃな 」
「 えへへ・・・ 博士、夜食 あっためますよ 」
「 おお ありがとう。 着替えてくるよ。 」
「 は〜〜い 」
ジョーは ピンクのエプロン姿でいそいそとキッチンに入った。
「 え〜と・・・ シチュウをあっためて ・・・ ついでに温野菜のサラダも・・・
あ 博士はパンかな〜 ご飯かな? 」
たちまち ほかほかの夜食が出来上がった。
「 ほう〜 これはこれは ・・・ ありがとうよ ジョー。 」
着替えて、手を洗ってきた博士はあかるい笑顔をみせた。
「 えへへ ぼくだってこのくらい、できま〜す。 どうぞ! 」
「 いただきます。 ・・・ ん〜〜 美味い! 」
「 でしょう? ぼくも手伝ったんですけど ・・・ フランがことこと・・・
丁寧に煮込んでました。 」
「 うむ うむ ・・・ お〜〜 この温野菜のサラダも ・・・ うまい!
根菜類もこうやって食べるのは いいなあ 」
「 ぼく、この家にきてから野菜、大好きになったです。 」
「 そりゃよかったなあ ・・・ そういえば フランソワーズの公演は
いつなのかね?
」
「 あ ちょっとまってくださいね パンフレット、もらって ・・・
あ これです! この初日に観にゆきます 」
「 ほう〜〜〜 これは ・・・ 立派な舞台じゃなあ 」
博士は ジョーから渡されたチラシをゆっくりと眺めている。
「 この時間なら バイトの帰りに間に合うし 」
ジョーは もうウキウキしている。
「 ― バイトの帰りにゆく? 国立劇場に か? 」
「 はい、 時間にはちゃんと間に合い 」
「 バイトって 今、お前は例の酒屋の配達だろ? 」
「 はい。 時間はちゃんと 」
「 だめじゃ だめじゃ〜〜 全然ダメじゃ。 」
「 へ?? 」
博士は 毅然として きっぱりと言ってのけた。
「 お前、 きちんと正装して 出かけるべきじゃ。 オトコを磨いてゆけ。
で フランソワーズの役どころは ? 」
「 えっと ・・・ 『 白鳥の湖 』 で おおきなはくちょう と
すぺいんのおどり ですって 」
ジョーは チラシをみつつとつとつと答える。
「 そうか! フランソワ―ズ やったな! 」
「 そ そうなんですか? 」
「 そうじゃよ。 そんじょそこらのダンサーに踊れる役じゃない。 」
「 へ・・・え ・・・? 」
はあ 〜〜〜 ・・・ 博士は大きなため息をはくと ジョーの顔をしげしげと見た。
「 ジョー。 お前 今までに クラシック・バレエの公演を 観にいったことが
あるのかい 」
「 え〜〜 ・・・・ あ 孤児院の頃 全員を招待してもらって・・・
夏休みなんとかフェスティバル〜 で ちらっと だけ ・・・
フィギュアスケートみたくな服でひらひら〜〜〜って 」
「 そう か。 」
ふう・・・。 もう一度 溜息をはくと 博士はき・・・っと顔をあげた。
「 ネクタイ、もっておるか お前。 」
「 ネクタイ ですか? え〜〜と ・・・ 黒 だけ ・・・・ 」
「 う〜〜〜 ワシは蝶ネクタイ派なのでなあ・・・
そうじゃ コズミ君に頼んでみよう。 連絡しておくから拝借にゆきなさい 」
「 は はい ・・・ 」
「 スーツは ほれ この前三つ揃えを買ったじゃろう? アレを着なさい。 」
「 は はい ・・・・ 」
「 当日は できればバイトは代わってもらえ。
そして 風呂に入り徹底的に磨く。 その もしゃもしゃの髪も しっかり
シャンプーし整える! 」
「 は はい ・・・ 」
「 靴は あるか 」
「 は はい スーツと一緒に買っていただいのが ・・・ まだ履いてないです」
「 よし。 それじゃ コズミ君に頼んでおくから ・・・明日、
ネクタイを拝借にゆきなさい。 そうそう・・・ この温泉饅頭を手土産に な 」
博士は 持ち帰った荷物の中から菓子折りをとりだした。
「 は はい・・・・ 」
「 いいな。 こころして準備して 彼女を射止めよ! 」
「 は はい〜〜〜 」
「 そして 本日の晩飯は実に美味かったよ。
お前も彼女のためにも 料理のウデを磨きたまえ。 」
「 は はいっ ぼく キッチン、片してきます 」
ジョーは なんだかやたらと張り切ってテーブルの上の食器を集めた。
「 ああ よいよ あとで食洗器にいれておくよ。
それよりも お前も早くねなさい。 」
「 は はい じゃ ぼく、風呂はいってねます〜〜 おやすみなさい 」
ぺこん と アタマをさげると、彼はひょんひょんした足取りで出ていった。
コトン。 博士は食後の茶を置いた。
「 ふん … 汗くさいTシャツなんぞで
行かれちゃたまらんからな!
大切な娘の晴れ舞台に!
」
娘
か …
博士は低く呟くと がっくりと肩を落とした。
「
このワシの邪な所業であの娘の夢を いや まっとうな人生を 摘み取ってしまった …
今さら
何百回 謝罪したとて 許される罪ではない …
娘 などと言われては
不愉快極まりないじゃろうなあ … 」
つい先ほどまでの楽しい空気は しゅ〜〜〜っと萎んでしまった。
「 しかし ― これがワシへの 罰 なのじゃ。
ワシは いかな罵詈雑言も死ぬまで受け止めてゆかねば
…
浅墓で 愚かな アイザックよ ・・・ 」
ぽとり。
にがい にがい 悔恨の涙が 落ちる
「 あ あの。 笑ってください 」
「 !? フランソワ−ズ … ! 」
目の前にパジャマ姿の 彼女が立っていた
「 あの お水 飲みたくて …
」
「 あ
ああ そうかい
冷蔵庫に冷えたのがあるぞ
・・・ あ シチュウ 美味しかったよ 」
「 まあ ありがとうございます。
あの 博士
」
「
うん? 」
「 忘れることなんかできない
でも わたしは前を
明日を見て生きて行きたいんです 」
「
フランソワーズ … 」
「 それに わたし。 ここで 愛するヒトに 出会えました。
そのヒトに、ジョーに 教わったんです、 いつだって明日を見てゆこうよ って 」
「 おお
おお そうか … 」
「 はい。 わたしが 一人で泣いていたら ― それだけ言ってず〜〜っと一緒に居てくれました。 」
「 ・・・ そうか ジョーが ・・・ 」
「 はい。 それで わたし。 自分の夢を思い出したんです。 」
「 ・・・ そうか 」
「 わたし、頑張ります。 あ ジョーからお聞きになりましたか?
次の定期公演に出ます。 お時間がおありでしたら 」
「 もちろん 観に行くよ! おめでとう! 」
「 勝負はこれから です。 あの それで一つ伺いたいんですが 」
「 うん? なにかな 」
「 あのぅ 今度の舞台、髪を染めないと・・・ わたしの髪、普通の染料で
大丈夫ですか? 」
フランソワーズは自身の金の髪を さらり、と広げてみせた。
「 染める? ・・・ あ〜〜 白鳥 だから なあ 」
「 はい。 」
「 ふむ ・・・・ まあ 金髪の白鳥もなかなかよいと思うが 」
「 わたしはまだ コールド ですもの。
でも いつか ― オデットを踊れる日がきたら この髪のまま踊りたいです 」
「 そうじゃな。 その日も楽しみにしておいるよ。
ああ 染料のことだが 一般的なもので大丈夫じゃよ。 」
「 まあ そうですか よかった! 駅前のドラッグ・ストアで買ってきます 」
「 ふふ・・・ 黒髪のフランソワーズも魅惑的じゃろうなあ〜〜
ははは ジョーのヤツがぶっ倒れるかもしれんぞぉ〜〜 」
「 え? ま〜さかあ ・・・ 」
「 いやいや わからんぞ? あ もう寝なさい。 睡眠不足は体力を奪う 」
「 はい。 おやすみなさい。 ― わたしたちの おとうさん 」
「 ・・・ ! 」
フランソワーズは 博士の頬にこそ・・・っとキスをすると
軽い足取りで 寝室に引き上げていった。
「 ・・・ あ ありがとう よ ・・・・ 」
ぽと ぽと ・・・
また涙が机の上におちてゆく ― 今度は熱い涙が。
「 ・・・ え へ ・・・ 」
廊下の隅では ジョーが膝を抱え丸まっていた。
ぽと ぽと ぽと ・・・ここでも膝に 涙が落ちていた。
ジョーは今まで こんなふうに泣いてたことは何回も 何回もあった。
淋しさに 辛さに 悔しさに ― 何度 膝に顔を押し当て一人泣いてきただろう。
けど。 こんな 熱い涙 に咽んだことは 初めてだ。
「 ぼ ぼく ・・・ ! 」
フランソワーズの足音が消えるのをまって 彼はリビングに駆けこんだ。
「 ? どうしたね
」
「 博士 あの ― 」
きゅう〜〜〜 009は ドクター・ギルモア の手をしっかりと握った
― さて 公演当日。
無事劇場につくと 開場一番で入り、 ジョーは大切に抱えてきたピンクの薔薇を受付のヒトに差し出した。
「 あ あのう・・・これ、楽屋に届けてほしいんですけど
」
「 はい? ああ この時間でしたら楽屋へどうぞ? 」
「 え・・・ いいんですか? 」
「 はい。 楽屋口でお友達をお呼びください 」
受付さんは < 楽屋 → > という立て札を指した。
楽屋口の奥は ― おっそろしくごたごたしていた。
「 あ あのう〜〜 フランソワーズ・・・さんを 呼んでくれますか 」
通りかかった女性に ― ジャージー姿みたいだが やたらと重ね着をしていた ―
声をかけた。
「 はい? 」
「 ・・・ うわ 」
振り向いた彼女は しっかりと超濃い〜〜化粧がしてあった。
「 フランソワーズ? はい ちょっと待ってくださいね〜〜
フランソワーズ〜〜〜〜 お客さまぁ〜〜〜〜 カレシさんかなあぁ? 」
トントン ・・・ 楽屋部屋の一つのドアを叩いた。
フランソワーズの カレシぃ??? きゃ〜〜〜〜
ドタバタ〜〜音がして ― ドアが開き ・・・
「 ・・・ ジョー? 来てくださったの? 」
「 フラン〜〜〜 ( え えええ〜〜〜 ) 」
聞き慣れた優しい声がして 黒髪の女性がでてきた。
??? ほ ホントに フラン か ・・・?
ジョーが愛する大きな碧い瞳は 濃いアイシャドウとアイライン、そして
バサバサの付け睫で三倍くらいでっかくみえた。
鼻の脇にもシャドウが入り、 いつも健康的な輝く肌は真っ白〜〜〜に
塗りつぶされている。
「 あ あ あのぅ ・・・ こ これ ・・・ 」
「 わ ・・・ ありがとう〜〜 可愛い〜 」
彼女は彼が差し出した花束を 実に嬉しそう受け取り抱きしめた。
きゃ〜〜〜〜 かっこい〜〜〜〜 すてきィ〜〜〜〜 きゃわ〜〜
ドアの間から たっくさんの超濃い化粧顔が押しあいへし合い覗いていた。
「 あは・・・ みなさん ・・・ あの、がんばってください 」
きゃ〜〜〜〜♪♪ またまた黄色い声が楽屋に響いた。
「 おっと失礼。 」
りゅうとした背広を着こんだ紳士が すっとジョーの間に立った。
「 ? あ〜〜〜 ぐ ぐれ〜とぉ ?? 」
「 ご機嫌いかがかな? フランソワーズ嬢のお友達のお嬢さん方。
これは彼女の父上から 皆さんへ・・・ということですぞ。 」
ばさ。 彼は大きな花束を差し出した。
真紅の薔薇が一本仕立てになっており、それが20数本、集まっているのだ。
わ〜〜〜〜〜 すごい〜〜 すてきぃ〜〜〜
楽屋はふか〜〜い吐息でいっぱいになった。
若い声を後に グレートは <本部> と書かれた部屋をノックした。
「 はい? 」
このバレエ団主宰のマダムが顔を出した。
「 すばらしい公演を祝して 」
グレートは逸品物の箱入りの薔薇を差し出した。 濃い紅茶いろで深い金色にもみえる。
「 ま あ ・・・ あ? グレート・ブリテンさん? ようこそ・・・ ! 」
マダムは相手を認めると 目を見張り 膝を折って優雅に会釈をした。
「 マダム。 こうしてお目にかかれた光栄です 」
グレートは この初老の女性の手をとり、その上に身をかがめ慇懃にキスをした。
「 貴女の リラの精、 ロンドン公演で拝見したことをまだはっきりと覚えております。
東洋からの舞姫。 」
「 まあ ムカシのことを 」
「 いやいや ホンモノの芸術は時を経ても褪せませんからな。 」
「 ふふ お上手ね
」
「 今宵、最高の舞台を ・・・ 期待しております。 」
「 ありがとう、 ミスタ・グレート・ブリテン。
どうぞじっくりご覧くださいな 」
マダムは しっとりと彼の手を握りかえした。
わ〜〜〜〜〜〜 ブラヴォ〜〜〜〜 パチパチパチ〜〜〜〜
歓声と大拍手のうちに 幕が静かに降りた。
「 ・・・・ !!! 」
ジョーは客席で固まって ぎゅ〜〜〜っと両手を握りしめていた。
フランって ・・・ こ〜〜いう世界に生きてきたヒトなんだ ・・・・ !
今まで 彼女のレッスン姿はちょくちょく見ていた。
岬の家には 地下ロフトを改築したレッスン室があり フランソワーズは時間があれば
日々 自習に励んでいた。
だから < バレエ > とは どんなモノなのかは少しは知っているつもり、だった。
しかし。 ホンバンの舞台は ぜ〜〜〜〜んぜんちがう、 別世界だった !
実はすぐには 彼女がどこにいるか見つけられらなかったのだけど・・・・
しかし すぐにこの < 輝ける世界 > に引きこまれた。
すっごいよぉ〜〜〜〜〜 フラン って ・・・ !
はあ〜〜〜〜 ・・・ ジョーは満足と感歎と感動が一緒くたになってしまい・・
さあ かえるぞ、ボーイ? と グレートに促されるまで座席にへたり込んでいた。
後日 ―
フランソワーズが公演がおわりほっとしてると ― ジョーが ふらり、とやってきた。
「 あの さあ 」
「 なあに、 ジョー。 」
「 ど〜して飛ばないのかな あ 」
「 え なにが 」
「 あの鳥 さ。 飛ばないのかなあ 」
「 とり? あ ・・・ 舞台のこと? 」
「 うん! あの白鳥たちさ〜 飛んでっちゃえば逃げられるじゃん 」
「 そ そりゃそうでしょうけど でも 」
「 じ〜〜〜っと運命に耐えてたわけかなあ 」
「 ・・・ う〜〜〜ん ・・? 」
「 つばさを・・・! って ぼく、言いたかったあ 」
・・・ ジョーって。 こういうヒト なの ねえ ・・・
翼ヲ クダサイ ・・・ フランソワーズはこそっと呟いてみた。
******************************* Fin.
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Last updated : 03,06,2018.
index
****************** ひと言 **************
ジョー君 ってば 座席で固まっていたでしょうね☆
後年は よき理解者としてフランちゃんのステージ活動を
支えてくれる・・・・と思いたい〜
あ 最近の劇場はなかなか楽屋もすっきりしてるけどね