『 雨がやんだら 』  

 

 

 

 

 

「 あ・・・らら。 また降ってきちゃった! 」

フランソワ−ズはぱたぱたと庭の物干し場に駆け出した。

岬の突端に建つギルモア邸、ちょっと古びた外見だが回りには庭が広がり、

風通しのよい場所に頑丈な物干し台が設えてある。

時には夥しい数のリネン類が風にはためいていたりもするが、

大抵は毎日、そこそこの数の洗濯モノが干されている。

 

・・・ ああ、あそこは確か ・・・ 4人家族だっけ。

 

そうそう、赤ん坊がいるよね。 ほら・・・ちっちゃいモノが沢山干してある。

あの若奥さんはマメなひとだねえ。

 

岬の洋館には ごく若い夫婦と赤ん坊、そしてご老人が仲良く暮らしている・・・

近所の人々はそんな視線を、この邸に送っていた。

もっとも <ご近所さん>の数はごく少なかったけれど。

 

「 あ〜あ ・・・ せっかく乾いていたのに。 また部屋干しだわ・・・ 」

手早く取り入れた洗濯モノを抱えて、フランソワ−ズは溜息である。

ギルモア邸の大きな最新式洗濯機の側にはちゃんと乾燥機もあるのだが、

急ぎのもの以外はあまり使いたくなかった。

 

「 だって。 こんなに素敵にお日様の光があるのよ?

 風だって ・・・ ウチの庭には海風は直接当たらないし。 

 やっぱり自然に乾かしたいの。 」

そして彼女は毎日 機嫌よく庭先に洗濯モノを干していたのだ。

 

   ・・・ ずっと素敵な季節が続いていたのに ・・・

 

フランソワ−ズはもうひとつ溜息をつき、灰色の雲ばかりの空を眺めた。

 

ギルモア博士がこの地に邸を構えたとき、彼女も一緒に住みたいと言った。

「 それは大歓迎じゃがの。 ・・・ 本当にいいのか。 」

「 はい。 ・・・ わたし、ここに居たいのです。 」

「 そうかそうか。 では、よろしく頼む。 」

「 わ〜〜 嬉しいな。 フランソワ−ズのカフェ・オレ、物凄く美味しいんだもの。

 あ、ぼくも。 どうぞよろしくお願いします。 」

ジョ−はにこにこ笑って、ぺこり、と頭を下げた。

「 あ・・・ そんな。 わたしこそ ・・・・ よろしくお願いします。

 ジョ− ・・・ あの、この国のこといろいろ教えてください。 」

「 うん♪ この辺りはだいたいぼくの地元だもの。 任せといて! 」

島村ジョ−はまた 屈託のない満面の笑みを浮かべた。

 

   あ。 ・・・ このヒト ・・・ この笑顔。 ・・・ かわいい・・・・!

 

最後に仲間となったセピア色の髪と眼をした青年は いつも穏やかな表情をしている。

そう ・・・ あの時も。

何が何だかわからず、自分が巻き込まれた事態もよく把握できないままに、

彼は ともかくサイボ−グ達の誘いに応じてくれた。

そして壮絶な闘いの後、なんとか彼らは追っ手を振り切った。

その間 彼はついぞ激昂した表情など見せることはなかった。

冷静、ともちがう。 無感動・・・とも勿論ちがうのだが ・・・ 

 

  ・・・ 何にも解ってないのよね! 

  だから いつもそんな平和な顔をしていられるのよ。 

 

時にイラつく気持ちを抑えつつも、仲間達は、そしてフランソワ−ズ自身も

いつしかこの島村ジョ−という青年に馴染み、<仲間> として受けいれるようになっていた。

 

住み着いた極東の島国は 穏やかな気候の土地だった。

もっとも博士が選んだのはかなり辺鄙な土地で 近隣にはほとんど人家もない断崖絶壁の上に

少々古びた風に見える洋館を建てた。

そこで 4人の生活が始まった。

 

 

「 わあ ・・・ お日様がこんなに・・・! 

 真冬なのにぽかぽかだわ。 昼間は暖房なんか要らないわねえ。 」

「 波の音って 一日の内でもちゃんと変化するのよ、知ってた?

 優しい時も恐い時も烈しい時も あるわ。 ・・・ すごい ・・・ 」

「 風が強くて ・・・ 寒い! でも雪は降らないのね。 ふうん? 」

「 ねえねえ! なにかいい香りのするお花を見つけたの!

 樹に咲いてるのよ、でも葉っぱはないの。 なにかしら。  え? う・め ? 」

「 きゃあ・・・ 今日はすごい風よ? でも寒くはないの。 西風の季節かしら。

 ああ・・・ ここでは東風なのね。 」

 

   ( 注 : 春を告げる風は欧州では 西風 )

 

「 さ ・ く ・ ら ♪  ええ、パリにもあったわ。 でも ・・・ こんな見事なのは初めて ・・・

 白い雲みたい・・・ へえ? 散るときって<花吹雪>っていうの? 

 そうなの・・・ この花びらが雪みたいに散るのって 素敵でしょうねえ。 」

「 すごいの、すごいのよ! 毎日どんどん緑の色が変わってゆくわ。

 ほら・・・・ 木漏れ日まで青いみたい・・・ ! きゃ〜 日焼けしそうよ。 」

 

毎日毎日が目新しくて。 珍しくて。

邸の周りの自然の変化に フランソワ−ズは眼を見張り そして楽しんでいた。

彼女のうきうきしたお喋りを ジョ−は、相変わらずにこにこと聞いていた。

 

「 ・・・ あ。 ジョ−にはこんなコト ・・・ つまらないわよね。 」

ある日。 フランソワ−ズはお喋りの途中で ふと口を噤んだ。

いつも黙って聞いているだけの彼に気がついたのだ。

「 そんなこと、ないよ。 ぼくも今まで気がつかなかったことばっかり。

 きみが発見して教えてくれたこと、沢山あるよ。 」

「 そう・・・? あの ・・・ 煩くてごめんなさい。 」

「 そんなことないってば。 ぼくもなんか楽しいもの。 」

「 ・・・ 楽しい? 」

「 うん。 きみが眼を真ん円にしたりにこにこ笑って楽しそうなの見てると、

 ぼくも一緒になって なんだかわくわくしてくるんだ。 」

「 ま・・・ そうなの? えへへ・・・ ちょっと子供っぽいわよね、わたし。 」

「 いやいや。 フランソワ−ズの観察眼はなかなか鋭いぞ。

 確かにこの国の自然は 豊かでそして繊細じゃのう・・・。 」

やはりにこにこと二人のお喋りを聞いていたギルモア博士が 本から顔を上げた。

「 そ、そうですか。 」

「 ホントだよ〜 ぼくとか、この土地に慣れてしまった者には

 気がつかないコトって いっぱいあるんだな〜って思ったもの。 」

「 ・・・ そうねえ。 ガイジンの視点は面白かも、ね。 」

のんびりと三人でティ−・タイムを過す・・・

そんな時間が自然とこの邸の習慣となっていた。

 

  ・・・ ああ ・・・ 懐かしい、な。

  ちっちゃい頃 ・・・ パパやママンや お兄ちゃんと。

  お茶を飲んでママンのお菓子を食べて ・・・ いろいろお喋りしたっけ・・・

 

いい匂いの湯気に向こうに ふと懐かしい顔が見え隠れする。

長い長い間。

あの悪夢の年月、心の奥の奥に封じ込めていた想い出がいま、あざやかに蘇る。

  

  ずっと ・・・ こんな余裕、なかった ・・・

  生き延びるだけで精一杯だったもの。

 

ようやっと抜け出た過酷な日々の後、 フランソワ−ズの心はやっと ・・・

ゆるゆると潤び始めていた。

 

 

「 あら・・・ また、雨。 昨日も、よね。 そういえばずっと・・・ 」

木々の緑がすっかり濃く厚くなった頃、空は灰色の雲で覆われることが多くなってきた。

「 お庭に植えた薔薇がやっと咲き始めたのに ・・・

 六月って大好きな月なのよ、お天気も良くて空気も爽やかで。 」

それなのに・・・? と亜麻色の髪の乙女は首を傾げる。

「 今年は特別雨が多いのかしら。  ねえ? 」

「 え ・・・? 」

ジョ−は取り込んだ洗濯物を畳む手を止めて顔を上げた。

「 あ、イワンのものは別にしておいてね。 

 ぱりっと乾かしてあげたいから・・・ 乾燥機にいれるわ。 」

「 うん。  あのね 六月っていつもほとんどこういう天気なんだよ。 」

「 まあ ・・・・ そうなの?? 」

「 うん。 そうかあ・・・ フランスには梅雨はないんだね。 」

「 梅雨 ( つゆ ) ? 」

「 うん。 夏が来る前にず〜っとこんな天気が続くんだ。

 7月に入ってどっと雨が降って ・・・ それでようやっと本格的な夏になるのさ。 」

「 一月近くもこの天気が続くの? 」

「 そうだね〜。 はい、全部畳んだよ。 これってぼくのだよね〜 ありがとう♪ 」

「 あ・・・ 手伝ってくれてありがとう。 ・・・ じゃあ、しばらくは乾燥機を使わないとダメね。 」

「 うん、そうかも。 そうだ、毎朝雨で大変だろ? 駅まで車で送るよ。 」

「 え・・・ でもジョ−だってアルバイトがあるでしょう? 」

「 きみよりも時間、遅いもの。 大丈夫、きみを送ってソノ足で充分間に合う。

 毎朝、頑張ってレッスンに通っているフランソワ−ズに エ−ル♪ さ。 」

「 ありがと、ジョ− ・・・ 」

フランソワ−ズはこの春から 念願だったレッスンを始めていた。

ひょんなきっかけで都心のバレエ団に 稽古に通うようになったのだ。

 

「 さ〜て、と。 降ってきちゃったけど、ちょっと出かけてくるね。 」

「 ・・・ あら、 そう? あの ・・・ どこへ ・・・ ううん! 晩御飯までには帰ってね。 」

「 うん、勿論。 」

 

   ・・・ この雨の中 ・・・ どこへ 行くの?  誰かと会うの・・・?

 

本当はそんな言葉が口から零れるところだったけど・・・

   

   あんたにそんな詮索をする権利なんて ・・・ ないのよ、フランソワ−ズ?

   彼には彼の生活があるんだから。

   お節介オバサンは引っ込んでなくちゃ。

 

「 行ってらっしゃい。 あの ・・・雨だから 気をつけて。 」

「 うん。 じゃね。 」   

ジョ−はなんとか乾いた洗濯物を片手に 機嫌よく階段を登っていった。

切れ切れに暢気なハナ唄が聞こえて来た。

彼はとても 優しい。 そして 気の良い若者なのだ。

ジョ−もこの地に住むようになってから アルバイトを始めていた。

コズミ博士の紹介なのだが、毎日熱心に通っている。

そんな彼に フランソワ−ズとしても出来るだけ協力したいのだ。

・・・ しかし。

 

「 え? ランチ? ああ、いいよいいよ。 コンビニとかで買うからさ。 」

「 洗濯機、使っていいかな? うん、ちょっとGパン、雨でぐしょぐしょ・・・ 」

 

頼めば家事でもイワンの世話でも気軽に手伝ってくれるし、自分のことは大抵自分でする。

特に意識しているわけではなく、それが彼にとってごく自然な当たり前のことらしかった。

そして。  いつも 笑顔。

楽しくて・可笑しくて笑っている、というよりは穏やかな表情をしている、ジョ−・シマムラという男。

フランソワ−ズは彼の笑顔を いつしか自然と追っている自分に気がついていた。

 

   わたし。 ・・・ 彼が ・・・ 好き ?? 

 

で ・ も 。

彼は 誰にでもその笑顔を向け、誰にでも気のいい若者で 優しいのだ。

そう ・・・ フランソワ−ズにだけ、じゃないのである。

そして その優しさゆえに彼女はジョ−にもう一歩近づけない。

あれこれ詮索するつもりはないけれど、 気になる存在についてもっと知りたい。

でも・・・

ジョ−の笑顔は 時に彼女を拒むバリヤ−にも感じられた。

 

   いろいろお節介されるの ・・・ イヤなのかしら・・・

   ・・・ そうよね。 ジョ−はまだ、本当にまだ若いんだもの。

   つい、昨日まで彼は温かい血の通った身体で この地に居たのよね・・・

 

不意に ・・・ 忘れていた、いや忘れようとしていた <負い目> が顔を出す。

自分はこの時代の人間ではない。 いや、果たして<人間> なのだろうか・・・

こんな思いを、こんな身体を抱えていることを 誰かに気づかれてはいないだろうか・・・

 

・・・ ふうう ・・・・

 

大きく溜息をひとつ。

南側に広く採ったリビングの窓から見えるのは 灰色の空とぽつぽつ落ちる雨粒ばかり。

ブラウスにキャミソ−ルにハンカチに下着類。

どうにか乾いた洗濯物を 積み上げて ・・・ またひとつ。

 

・・・ ふう ・・・ 

 

どうしてだか自分でもよくわからないけど。 なんだか心もじめじめ湿気ッてる ・・・ みたい。

聞きなれたはずの波音が 妙に耳に衝くのは気のせい、かしら。

 

微かな音をたて、門扉が閉まった。

もう身近な音となった響きを残して、ジョ−の車は坂道を下っていった。

波の音が いつもより煩い。  松林を抜ける風が 今日は強すぎる。

 

   ・・・ わたし。 なにをこんなに ・・・ イラついているの・・・ ?

 

 

「 フランソワ−ズ? おるかね・・・ 」

「 あ、はい? 博士。 」

リビングのドアが開き、ギルモア博士が顔を覗かせた。

「 おお、よかった。 今、ジョ−が出かけたようなのでな、

 お前も一緒に行ったかと思ったのじゃが・・・ 」

「 え・・・ いえ。 そんな ・・・

 イワンのお洗濯物、乾燥機にかけないといけないし。  」

「 ふむ? ウチのことを気にせんでいいぞ。 そのくらいならワシにも出来る。

 街へなりと アイツと一緒にでも遊びに行っておいで。 」

「 ・・・ あ ・・・ あの。 わたし。 家にいたいんです。 」

「 そうなのかい。 それじゃ・・・と言っては申し訳ないのだが・・・ 」

ちょっと縫い物を頼む、と博士はばさり、と大きな布地を広げた。

「 はい。 あら、これって ユカタ、でしたっけ? 」

「 そうなんじゃ。 コズミ君に教わって以来、病み付きでの。

 湿気の多いこの季節でも快適に過せる。 」

「 涼しそうだな〜って思ってましたわ。 わあ・・・ こういう布って初めて・・・ 」

フランソワ−ズはユカタを手に取り、しげしげと眺めている。

「 この国には興味深いモノが沢山あるな。

 それで、ちょいとタモトを引っ掛けてしまってな。 悪いが繕ってくれんかね。 」

「 はい。 どこを ・・・ ああ、ここですね? 」

「 そうそう。 そこをずっと ・・・ 一直線に縫っておくれ。 」

「 はい。 ・・・ あら、これ手縫いなんですねえ。 へえ・・・ キモノを縫うのは初めてです。 」

「 浴衣はな、 まあ着物のカジュアル版といったところかの。

 着慣れてしまうととても気持ちがいい。 ボタンもファスナ−もないが、この帯一本で

 ピシっと着付けられるんじゃよ。 」

「 まあ ・・・ 面白いですね。 この紺色も素敵・・・ 」

フランソワ−ズは針箱を出してくると手早く浴衣を繕い始めた。

白い手が 藍染の浴衣をさくさくと縫ってゆく。

 

   ・・・ 本当に ・・・ 綺麗になったの、この娘 ( こ ) は・・・

   うん? ・・・ どうした? なんだか淋しそうじゃな。

 

博士はしばらく縫い物をするフランソワ−ズの横顔をじっと見つめていた。

 

「 ・・・ おお、そうじゃ。  

 どうかね、フランソワ−ズ。 明日にでも一緒に浴衣を買いにゆこう。 」

「 え・・・ これ、もうすぐ縫い終わりますけど・・・ 」

「 いやいや。 お前の浴衣を誂えにゆこう。 

 どんな柄がいいかのう・・・ 雨が上がれば夏祭りじゃ、ジョ−と一緒に縁日にでも

 行っておいで。 」

「 まあ・・・ ! あ・・・ でも わたし ・・・ 」

「 ほらほら。 そんな顔をせんで。 たまには外で遊んでおいで。 」

「 ・・・ はい 」

 

ほわり、と彼女の頬に浮かんだ笑みはなぜか躊躇いの影があった。

 

   どうしたのかの。 外出するのはイヤなんじゃろうか。

   そういえば 稽古からもまっすぐに帰ってくるようじゃなあ・・・

 

博士はフランソワ−ズの態度が外と家では微妙に違うことに気がついていた。

この邸や、仲間達との間では快活で元気な娘なのだけれど

一歩外にでると、なぜか彼女は < 引いて > いた。

博士やジョ−が一緒だと いつも彼らの陰へ陰へと周る。

毎朝 元気に出かけてゆくが深く帽子を被っていたり 伏目がちに俯いていることが多かった。

 

   ・・・ はて。 こんなに引っ込み思案な子じゃったか???

 

同一民族のこの国で ガイジン の自分達に集まる視線が煩いのか・・・ とも思ってみたが、

どうやら的外れのようだった。

外出嫌いというわけではなく、毎日イワンのベビ−・カ−を押して散歩にでかけ

ギルモア邸近辺の自然を楽しんでいる。

 

   なにか思うところがあるのかの。 乙女心はフクザツじゃからなあ。

 

一度ちゃんと訊いてみよう、と思いつつも博士もなんとなく躊躇していた。

 

   ま、ジョ−にでも頼んでみるか・・・

   ・・・ しかしなあ ・・・ アイツに訊けるかな。

 

セピア色の、気のいい瞳は ― どうもあまり頼りになりそうもなかった。

 

 

 

亜麻色の髪に翡翠の瞳。 雪花石膏( アラバスタ− )の肌に長く濃い睫毛。

彼女に初めて会った者は 一様に眼を見張りそっと吐息をつく。

 

   ・・・ なんて綺麗な娘 ( こ ) なんだ ・・・ !

 

偶然に近いきっかけでレッスンに通うこととなったバレエ・カンパニ−でも

団員達は初め、無意識のままに <引いて> いた。

しかし ちょっとシャイで物静かな彼女の性格が知れるにつれてだんだんと打ち解けてきた。

同年代の女の子達と レッスンの前後に気軽におしゃべりをすることも増えた。

バ−ゲンの情報やら美味しいスウィ−ツの話題、そして他愛もない噂話・・・

 

   なあんだ・・・ 皆、同じなのね。

   昔 カフェでお友達と喋っていたのとちっとも変らないわ。

 

「 フランソワ−ズ? お茶、してく? 」

「 あ ・・・ みちよ。 う〜ん・・・ちょっと自習してゆくわ。

 今日のピルエットの組み合わせ、全然ダメだったから・・・ 」

「 そう? 偉いね〜〜 ちゃんと出来たのってAさんとかYさんくらいよ〜 」

「 ・・・ わたし、もう全滅だったから。 また今度誘ってね。 」

「 うん。 じゃあね、バイバイ。 また明日。 」

「 ええ。 また明日ね。 」

仲良しに手を振り、フランソワ−ズは空いているスタジオで自習を始めた。

 

えっと ・・・ どうしてここが上手く繋がらないのかなあ。

まず アン・ディオ−ルで入って ・・・ デヴェロッペで抜いて・・・ それで ・・・

 

<ちょっと>のつもりがいつの間にか熱中してしまった。

長い長いブランクを ようやく少しは埋めることができたかなあ・・・とこのごろ思う。

だから。 もう少し。 もう少しだけ踊ることに集中できる日々が続きますように・・・!

フランソワ−ズは祈る気持ちで 毎日のレッスンに精を出していた。

 

「 ・・・ あ〜 使ってる? 」

「 ?! ああ、 タカシさん。 ごめんなさい、リハ−サルですか? 

 わたし、自習ですから。 ・・・ どうぞ。 」

不意にドアが開いて 青年がひとり、荷物を担いで入ってきた。

「 あ、まだいいよ。 ユリエがね〜ちょっと遅れるっていうからさ。 

 ああ、そうだ。 丁度いいや。 ねえ、君、パリで踊っていたんだろ? 」

「 ・・・ あ、 はい。 」

「 だったらさ、ちょっと教えて欲しいんだけどな〜 」

「 まあ・・・ わたしが、ですか。 」

青年は若手の有望なソリストで同年輩のパ−トナ−と組み次の公演に出演する。

切れ味のよい彼の踊りにフランソワ−ズも注目していた。

 

「 うん。 『 チャイコ 〜 』 なんだけど。 あのコ−ダのリフトのタイミング、

 むこうではどう踊ってた? もう ・・・ ずっとユリエと揉めちゃってさ〜 」

 

   ( 注: チャイコ ・・・ チャイコフスキ−・パ・ド・ドゥ  テク難易度高! )

 

「 あの ・・・ 飛び込むところですか。 」

「 そうそう。 」

ふんふん・・・と青年はメロディ−を口ずさみ手で振りを示した。

「 えっと。 音、あります? 」

「 うん、今・・・掛けるよ。 」

青年は荷物の中からごそごそとMDを取り出した。

すぐに華やかな音がスタジオ中に溢れだす。

 

「 ・・・ そのまま ・・・ ギリギリまで待って ぱっと引いてください。 

 わたし、 飛び込みますから。 音、聴いて・・・ 」

「 オッケ−。 じゃ ちょっと戻すね。  えっと、トンベ〜のところから・・・ 」

「 はい。 」

タカシ青年はフランソワ−ズと 身軽に踊り始めた。

彼が問題にしているリフトも きれいに決まった。

「 ・・・ ええ、今のカンジ。 」

「 うん ・・・ ふんふん・・・って そうか。 うん、ありがとう!  あ・・・? 」

「 え ・・・? 」

タカシはリフトをしたまま・・・腕の中のフランソワ−ズをじっと見つめた。

「 あ・・・の・・・? 」

「 君の眼ってさ。  」

「 ・・・ え ?! 」

フランソワ−ズは咄嗟に顔を背け、ぱっと眼を伏せた。

 

   ・・・やっぱり 変なんだわ。 ヤダ・・・ こんな近くで・・・

 

かちん・・・と身体中が一瞬にして強張ってしまった。

「 あ〜 ごめん。 ジロジロ見てさ。 でも ・・・ 」

そんな彼女にはお構いなしにタカシは明るく言い放った。

「 その、さ。 ・・・ 綺麗だねえ! 海と空と森を一緒くたにしたみたいだ。 」

「 そ、そう・・・? 」

「 うん!  君ってレッスンでもなんかこう・・・いつも眼を伏せてるから

 今まで気がつかなかったよ。 さっきみたいにさ、顔上げてなよ。 」

「 え、ええ・・・ ありがとう。 」

「 うん、第一そんな綺麗な眼、隠してるなんて勿体無い。 」

「 勿体無い?? 」

「 ・・・って ちょっとヘンか。 」

ぷ・・・ っと、思わず二人で笑いだしてしまった。

 

「 きゃあ〜〜 遅くなってごめんなさい〜〜  あら、フランソワ−ズ? 」

賑やかな声と一緒に 長身の美女が駆け込んできた。

「 ユリエさん・・・ お疲れ様です。 さあ、じゃあわたしはバトン・タッチしますね〜 」

「 サンキュ♪ フランソワ−ズ。 」

「 あら ・・・ 彼女が相手をしてくださったの? どうもありがとう! 」

「 いえ、わたしも勉強になりました。 それじゃ ・・・ お先に。 」

「 ありがとう! お疲れ様 〜〜 」

再び、すぐに華麗な音楽が流れ始めた。

 

 

バシャバシャ ・・・

珍しく誰もいない更衣室で、フランソワ−ズは盛大に水音を立てていた。

シャワ−を浴びて、ついでに髪も顔も一気に洗ってしまった。 

 ・・・ 素肌に流れる水流が心地よい。

覗き込んだ鏡には ほんのり上気した肌が輝いて映っている。

 

海と空と森を一緒にしたみたいだ ・・・ 

ついさっきのタカシの言葉を思い出し、すこし笑ってしまった。

 

   ふふふ ・・・ そんな色って あり?

   でも  もしかして。

   ・・・ この 眼 ・・・ 綺麗 ・・・・なの ?

 

昔とすこしも変らなく見える、大きな瞳がじっと鏡越しにこちらを見つめている。

彼らの身体の<特殊な事情>は 外見からはすぐには解らない、と博士が言っていた。

しかし、街中にでれば 多くの人の視線が集まってくる。

フランソワ−ズには どの人もどの人も自分の眼を見つめ、驚愕し恐れている ・・・と思えた。

そんな視線から逃げたくて。 好奇の目から隠れたくて。

その結果 いつも眼を伏せ俯きがちに歩いていた。

 

   わたしって < ふつう > に見える・・・の? 本当に・・・?

 

大きく息を吸い込んで。 

フランソワ−ズは 外へのドアをあけた。

厚い雲の間から すこし青空が見えている。 ぱあ・・・っと一筋、陽が差した。

 

・・・ わ! ・・・ 眩しい ・・・

 

習慣的にぱっと顔を伏せたが すぐに気が付いて頭を擡げた。

そして まっすぐに前を見つめフランソワ−ズは歩きだした。

 

 

「 わあ ・・・ いろいろな模様があるんですねえ。 」

「 そうじゃなあ。 こんなにカラフルだとはワシも知らなかったよ。 」

「 あら、これ可愛い。 ・・・ トンボ、ですよね? 」

「 ほう・・・ 面白い意匠だな。 赤蜻蛉の胴体がアクセントになっておる。

 さあ、どれがいいかな。 好きな柄はあるかの。 」

翌日の午後、ギルモア博士はフランソワ−ズを連れて地元の商店街に出かけた。

コズミ博士から教わった呉服屋の店先を賑やかに彩っている浴衣に二人は眼を見張った。

「 面白いですねえ。 え・・・ あの ・・・ わたし、これがいいです。 」

フランソワ−ズは少し躊躇っていたが 一着の浴衣を取り上げた。

「 その赤蜻蛉かい。  う〜ん ・・・ 面白い模様じゃが 

 これはお前よりももうすこし年下の子が着るのではないかな。 」

「 べつにサイズは ・・・ 書いてありませんわ。 」

「 う〜ん ・・・ それはそうじゃがなあ ・・・ ? 」

傍目には親子とも見える二人は ごちゃごちゃと店先で揉めていた。

 

「 お嬢さん。 お父様の仰る通り、その浴衣はまだ肩上げの取れない年頃の

 女の子向けなんですよ。 」

「 ほう、やっぱりそうですか。 や、ご店主ですかな。 店先ですみません。 」

店の中から小柄な老人が にこにこと二人に声をかけた。

「 いえいえ・・・どうぞごゆっくり。 あの、宜しければお見立てしますが。 」

「 おお、お願いできますか。 」

「 はい、喜んで。  まあ、なんと綺麗なお嬢さんでしょう・・・!

 そうですね ・・・ 御髪の色に映えるには、この色 ・・・ こっちもお似合いですよ。 」

「 ・・・ あら ・・・ 」

ぱさり、ぱさり・・・とつぎつぎに色や模様の違う浴衣が 

フランソワ−ズの肩に掛けられていった。

 

 

「 如何です? 」

老女は得意満面で 浴衣姿の娘の手を引いて現れた。

「 おお! お綺麗ですなあ。 よくお似合いになる。 」

「 ・・・ こりゃ ・・・ まあ、別人のようじゃぞ。 フランソワ−ズ。 」

「 まあ、それはありませんよ、お父様。 」

口々に誉めそやされる中、当の本人は頬を染め微笑んでいる。

浴衣選びのついでに、博士は着付けも店主に頼んだのだ。

奥から出てきた店主のおかみさんが喜んで引き受けてくれた。

濃紺の地に薄水色の露草が染め抜かれ、ところどころに散る黄色はホタルの様にも見える。

結い上げた亜麻色の髪がますます浴衣の意匠に映える。

「 なんとまぁ ・・・ よく似合うもんじゃなあ ・・・ それとも赤蜻蛉の方がよかったかな? 」

「 ヤダ・・・ もう・・・ 」

「 赤蜻蛉は将来、ご自分のお嬢さんにでも着せておあげくださいな。 」

ひとしきり賛辞を受け、二人はのんびりと呉服店を後にした。

 

「 うん、本当に良く似合うぞ。 そうじゃ、今夜はあの神社の縁日のはずだぞ?

 ジョ−と一緒に夜店でも冷やかしておいで。 」

「 え・・・ あの ・・・ でも。 」

「 うん? 」

「 ヒトが ・・・ この近所の人達が大勢いますよね。 」

「 地域のお祭だからな。 それがどうかしたかね。 」

「 だって。 だって・・・あの。 皆が見るんです、わたしの顔。 

 あの ・・・やっぱり不自然なんですよね? わたし、ツクリモノのお人形・・・ですもの。 」

途端にぱらぱらと涙が浴衣地に散った。

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・? 」

「 街中でも電車の中でも。 チラチラ ・・・ 視線が飛んできます。

 ・・・ジョ−だって。 あの ・・・ 初めて会ったとき、穴が開くほどわたしのこと、見てましたもの。 」

ぱらぱらぱら ・・・

浴衣に落ちる涙を 博士はしばらく呆然と眺めていた。

やがて。 

大きくひとつ、博士の口から溜息が漏れた。

「 ・・・ なにを言っておるのかね。

 皆が見るって? そりゃ、綺麗な娘を振り返るのは当たり前じゃないか。 」

「 ・・・・ え ・・・ 」

「 ジョ−がじろじろ見たって、 ― それはオトコとして当然じゃろう?

 ははあ・・・ アイツはお前に一目惚れしたんじゃな。 」

「 そんな ・・・ こと、 ・・・ ないです。 だって・・・ 」

一旦止まった涙が また盛大に零れ落ち始めた。

「 だって・・・ ジョ−は。 わたしのことなんか・・・

 彼の周りには若くて可愛い ・・・ 同じ年代の女の子たちが沢山いますわ。 」

「 フランソワ−ズ・・・ あのなあ。 」

「 それに ・・・ わたしにいろいろ言われるの、キライみたいで。

 ランチもいらないって ・・・ お洗濯も自分でやっちゃうし ・・・ それに それに・・・ 」

ひと言口に出してしまうと、後から後から止め処もなく言葉が溢れてきてしまった。

ずっとこころの奥にしまっておいた気持ちが とうとう堰を切って流れだした。

「 あ・・・ わたし。 こんなコト、言うつもりじゃ・・・ でも ・・・ 」

「 ああ、ああ。 わかっとるよ。  ・・・ さ、 続きはな、本人にブチまけておやり。 」

博士は立ち尽くしているフランソワ−ズの背を軽く撫でた。

「 え・・・ あの ・・・ でも 」

「 いいから、いいから。 アイツの笑顔 ・・・ アレはちょいとクセモノだがな、

 思い切ってぶつかってごらん。 アイツも結構防御に必死なのかもしれんぞ? 」

「 ??? 」

「 さあさあ・・・ まずは一回帰って顔を洗いなさい。 

 せっかくの美人が涙で台無しだぞ。 」

「 ・・・ ヤダ ・・・ わたしったら。 こんなトコで泣いて ・・・ 」

フランソワ−ズの頬に やっと笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

「 金魚、二匹じゃ寂しいかしら。 あの黒いのも掬いたかったわぁ ・・・ 」

「 そうだね。 また今度挑戦してみたら。 」

「 ・・・ うん。 」

「 ふふふ ・・・ きみって案外ブキッチョなんだね。 」

海に近い神社の境内は 少し早めの夏祭り・宵宮で賑わっていた。

縁日の屋台を眺め、金魚掬いに挑戦し ・・・ ジョ−とフランソワ−ズは仲良く肩と並べていたのだが。

 

かっつん。

 

フランソワ−ズの下駄が止まった。

「 ・・・ ? 」

「 ブキッチョって  ・・・ うん、そうかも。 そうよね〜。

 気になる男の子に いっつも避けられているんですものね。 」

「 え ・・・ 」

「 あのね。 はっきり教えて欲しいの。 

 ジョ−。 あなた、わたしのこと、キライ? 」

碧い瞳が きっかりとジョ−を捕らえる。 

「 え・・・ そんな、キライだなんて。 同じ家に住んでる仲間じゃないか。 」

「 ちがうわ。 いえ・・・ そうじゃなくて。 そういう意味じゃなくて。

 オンナとして、わたしのこと、嫌い?  」

「 フランソワ−ズ。 」

 

ジャリ。 

 

今度はジョ−のスニ−カ−が 参道の砂利を踏みしめ止まった。

いつもの笑みが ジョ−の顔からす・・・っと消えた。

セピアの瞳も まっすぐにフランソワ−ズに向けられる。

 

   ・・・ こんなジョ−、初めて ・・・

 

フランソワ−ズはきゅ・・・っと手をにぎり、しっかりと瞳を見開き続けた。

「 はっきり言うよ。 ぼくは。 ・・・ きみのこと。 気になって気になって。

 初めて会った時から ずっと。 気が付けばきみのこと、考えてた。  」

「 ・・・ ジョ− 」

「 そんなこと、初めてだった。 ひとりのヒトがこんなに気になるなんて。 」

ジョ−はにこり、ともせずに淡々と言葉を繋いでゆく。

フランソワ−ズの持つ、金魚の袋のゆれが止まった。

「 だから。 本当は同じ家で一緒にいるのが辛いんだ。   きみのこと、見ているのが辛いんだ。 」

「 ・・・ どうして ・・・ どうして 辛いの。 」

からからに干上がった舌が やっとひと言・二言しぼりだす。

 

「 ぼくの生い立ち、知ってるだろ。 別に特別に不幸だったとは思ってないよ。

 餓えていたわけでも寒さに震えていたわけでもないしね。 皆が思うほど不幸じゃない。

 でも、ひとつだけ。 

 <期待> ってことには縁がなかった。 」

「 期待・・・? 」

「 うん。 ああなったらいいな、とか こうなればいい、とか。

 いろいろ思うだろ、普通。 ぼくだって沢山の希望は 期待は ・・・ あったさ。

 山ほど望んで。 一生懸命<イイコ>でいたよ、願いが叶うようにってね。 」

 

ぽん ・・・ 

 

ジョ−は手にしていた綿アメの袋をフランソワ−ズに向かって緩く放り上げた。

「 でも ・・・ ぼくは止めたよ。

 期待しないんだ。 そうすれば望みが叶わなくて泣くこともないもの。 

 こんなふうにはち切れそうな期待は いつだって凋むだけだった・・・ いつだって そうさ。」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

手元に舞い降りた綿アメの袋はぽんぽんに膨れていたけれど・・・

フランソワ−ズは心にひやり、と冷たいものが触れた・・・と思った。

ジョ−は今、また笑みをその顔に戻していた。 でも それは。

 

  ・・・ このひと。 笑ってない。 

  彼の笑顔は ・・・ 本心を隠すためのマスクなんだわ。

 

「 いつでもさ、< 優しいヒト > って役をしてれば 誰にも突っ込まれること、ないし。

 誰とも深く関わりあうのは避けてた。 そうすれば痛い思いもしなくてすむからね。 」

それなのにな・・・ ジョ−は独り言めいて呟き、足元の小石をかつん・・・と蹴飛ばした。

「 なのに。 こんな身体になったのに。 

 きみに惹かれるんだ、どうしようもなく! ・・・ ぼくはどうしたらいいのさ! 」

「 ジョ−・・・・。 」

 

彼の眼が燃えている。 いつもいつも 優しい・でもどこか焦点を少しだけずらせていた眼が

セピアの瞳が、今、真っ直ぐに彼女に注がれる。

 

「 あ ・・・  あのね。 」

ふ・・・っと一息、小さく吸い込んで、フランソワ−ズは背筋をぴんと伸ばした。

「 わたし。 周りの視線から隠れたくていつも顔を伏せていたわ。 

 過去の人間だって。 ツクリモノのだって ・・・ 知られるのが恐くて。

 わたし ・・ 自分で自分のドアを閉め切っていたの。 でも ・・・ ちょっと開けてみたら。

 ちょっと顔を上げて眼を上げてみたら。 お日様と同じみたいにみんなの笑顔が飛び込んできたの。 」

「 ・・・ お日様 ・・・? 」

「 そうよ。 わたし、ここに来て毎日お日様や風や樹と話をしていたわ。 

 皆 わたしが顔を上げて見つめれば優しく微笑んでくれた。 」

「 そりゃ ・・・ 自然は優しいさ。 」

「 自然だけじゃないわ。 人間も 皆同じよ。 」

「 ・・・ そうかな ・・・ 」

「 わたしのこと、知っているでしょう。 ちゃんとジョ−に話したわよね。 」

「 ・・・ うん。 」

「 わたし。 諦めなかったわ。 ちっちゃな、消えそうな<期待>だったけど。 諦めなかった。 」

「 ・・・・・ 」

「 あの島から逃げだすなんて不可能に近かったけど。 

 でも諦めなかったのよ。 絶対に自由になるんだって。 

 だから、いま、ここにこうして・・・ ジョ−とオマツリを楽しんでいるの。  

 願い続ければきっと望みは叶うわ。 」

「 ・・・ ぼくの望みも叶う、かな。 」

「 ええ。 しっかり願い続ければ。 」

「 うん・・・ それじゃ ・・・ 」

「 ・・・ あ ・・・!? 」

ジョ−はすい・・・っとフランソワ−ズを抱き寄せると唇を重ねた。

フランソワ−ズは金魚の袋と綿飴の袋に両手を塞がれ ただただ目を見張るばかり。

 

「 ぼくの望みは ・・・ きみ♪ 」

「 ・・・ ほんとう ・・・? 」

「 ん。 」

いつものジョ−らしくない、短いぶっきら棒な返事だった。

でも。

 

   ・・・ 笑ってる ・・・ ! ジョ−の瞳、本当に笑っているわ!

 

「 ・・・ わたしも。 わたしもあなたが好き。 

 あなたのこと、もっともっと知りたいし。 あなたともっともっと係わり合いになりたいの。 」

「 ・・・ あ ・・・ あの ・・・ 」

「 わたし。 わたしも山ほど希望や夢があるわ。

 きっと ・・・ 叶わないことがほとんどよ。 でも。 

 諦めるのは やめたの。 ずっとずっと願い続けたいの。 」

 

   決めたわ! わたし。 あなたの中に踏み込んでゆくわ!

   ずかずかと踏み込むの。 シマムラ・ジョ−さん!

 

「 だから。 どうぞ、これからもヨロシク。 」

「 え ・・・ あ、う、うん ・・・。 」

 

自分の想いは行き場があるのか ・・・

セピアの瞳が 頼りなく瞬いて揺れる。

 

「 ・・・あら? また雨・・・ あ〜ん、折角のユカタが濡れちゃうわ。 」

「 まだ小雨だよ。 ・・・ こっち、来いよ。 」

ジョ−は羽織っていたパ−カ−を脱ぐとぱさり、とフランソワ−ズの頭から被せた。

「 雨宿り、してゆこうよ。 」

「 ・・・ うん! 」

金魚の袋と綿アメの袋を持って。 二人は見つめあい・・・にっと笑いあった。

 

そう、この雨がやんだら。 ううん、この雨がやむまで。

お互いにたくさん・たくさん お喋りしよう。

そうして。  そうしたら ・・・

そう ・・・ 雨がやんだら。  二人してお日様に手を振ろう。

二人して 新しい日々を生きてゆこう。

 

・・・ そう。 この雨がやんだら・・・・

 

 

 

***********  Fin.  **********

 

Last updated :  07,17,2007.                            index

 

 

*****  ひと言  *****

平ゼロ・ 6〜7話あたり? まだまだ 恋人以前・・・ってか 恋人入門編??

お互いに意識しているのですが 口には出せずに悶々としています。

やっと 入り口まで辿りつきました、ってトコでしょうか。

早く梅雨が明けて欲しいな〜〜 ってワタクシの願望の現れ・・・のようです。 (^_^;)

・・・ はたして、 この二人〜〜 ゴ−ルまで行き着けるのでしょうかね??