『  月のひかり  』

 

 

 

****  はじめに  ****

このSSは一応平ゼロ設定ですが、一部 my設定が含まれています。

フランソワ−ズは都心のバレエ団にレッスンに通っています。

   

 

 

 

   − プッ 

 

耳障りな機械音がして 突如音が消えた。

一瞬の静寂のあと、スタジオ中の空気が沈黙の内にざわめいた。

 

   − ・・・・ なに ・・・?

 

センタ−で踊っていたフランソワ−ズは思わず踏鞴を踏んだ。

顔をあげ、おずおずとスタジオの隅に向き直る。

 

・・・ 振り、間違えたはずないんだけど・・・・

 

「 ・・・ あのね。 君は今、何を考えて踊っている? 」

瀟洒な白いズボンの男性がゆっくりと隅の椅子から立ちあがった。

「 ・・・ え ・・・ あの ・・・ ? 」

「 何を、というより・・・ そうだな 君は <月の光>ってどういうイメ−ジを持つ? 」

「 あ・・・ はい ・・・ 」

真正面から見つめられ、フランソワ−ズはもじもじと口篭っていた。

 

 

 

 

 創作バレエ 『 月の光 』  ( 音楽:ドヴュッシ− 他 ) 

 

 

バレエ団の次回定期公演にゲストとして招かれた振り付け家氏は

彼の新作に亜麻色の髪の新人ダンサ−を抜擢した。

一見華奢に見えるがその実かなりのパワ−を持っている彼女の踊りは 振り付け家氏の

イメ−ジにぴったり、だったらしい。

クラス・レッスンを見学していて彼は即座に決めたのだった。

 

 

 

 キャスト:

 

 月の光  : フランソワ−ズ・アルヌ−ル

 有明の月 : −−− −−−−−

 

 ソリスト :  −−− −−−−−、  −−−−−、

 

 

 

「 どうしよう・・・ わたし、創作って初めてなの。 ・・・ 出来るかしら・・・ 」

「 え〜 そうなの? 大丈夫よぉ、フランソワ−ズの実力なら。 」

配役表を張り出した掲示板の前でフランソワ−ズは本気で半分ベソをかいていた。

一緒に覗き込んでいたみちよが どん、と彼女の背中を突く。

「 そんなコト、ないわよ。 わたし、古典の振りを覚えるのだって大変なのに。

 みちよは? ・・・あら、『 パキ−タ 』 の第一ヴァリエ−ション? いいわね・・・ 」

「 ま〜ったく! 新作の真ん中に抜擢されな〜に言ってるのヨ。

 しっかり頑張って? わたしも新作にソリストで入ったから、よろしくネ。 」

「 う、うん・・・・。 」

まだ浮かない顔をしている、この頼りない主役をみちよはぐい、と肩で小突いた。

「 ほ〜ら。 本番はァ、あの素敵なカレシも見に来てくれるんでしょ♪ 」

「 え・・・ ええ。 ・・・多分。 」

「 じゃ、大丈夫よね〜。 フランソワ−ズ? 頑張ってよ。 

 あなた、なんかいつもちょっと<引いて>いるみたい。 何に遠慮してるの? 」

「 え・・・別にそんなコトないつもり・・・ 」

「 そっかな〜 アタシ出しゃばりはイヤだけど、妙に引っ込み思案なのも好きじゃないよ。

 フランソワ−ズって・・・なんかこう〜 自分で自分を押さえ込んでいるみたいよ? 」

「 ・・・ 本当に下手なんだってば。 」

「 ふうん? ま、いいや〜。 ね?帰りにお茶してこ。 

 マロン・ジェラ−トの美味しい処、見つけたの♪ 二人で前祝しようよ?

 うまく行きますように・・・っていう<おまじない>でもいいじゃない。」

みちよは大きな瞳をくりくりとさせ、ちょっとくらい太ってもいいよね?とささやいた。  

「 ・・・ふふ♪ そうね。 まずは・・・美味しいモノを食べましょ♪ 」

フランソワ−ズもやっと笑顔をみせ、喜んでみちよの提案に乗った。

 

仲良しにエ−ルをもらい、フランソワ−ズはともかく未知の分野に熱心に取り組んだ・・・のだが。

 

 

「 あれ、まだ起きていたの? 」

「 ・・・・ あ、 ジョ−・・・。 ごめんなさい、うるさかった? 」

MDプレ−ヤ−の前に座りこんでいたフランソワ−ズは驚いて戸口を振り返った。

とっくに寝てしまったと思っていたジョ−が ミネラル・ウォ−タ−のボトルを手に立っていた。

フランソワ−ズは常夜灯だけに明りを落として、リビングの隅で音を聴いていのだ。

時々 ・・・ そっとステップも踏んだりしていたけれど・・・。

「 いや、全然。 コレ、欲しくて降りてきたら・・・まだリビングに明りがついてて、

 ちょっとびっくりした。 振り付けの復習? 」

「 うん、そうなの。 ・・・ もうね、難しくて。 ほんとにどうしよう・・・ 」

「 何の曲だっけ・・・ ちょっといい? 」

「 え、あ、どうぞ? はい。 」

パジャマ姿のジョ−に、フランソワ−ズはヘッドフォンを手渡した。

ほんのり漂うシャンプ−の香りが 彼女の鼻腔を優しくくすぐる。

 

 − ・・・ ごめんなさい ジョ− ・・・ 明日はお休みなのに

 

いつもなら二人で過す夜も、このところご無沙汰である。

「 ぼくにわかるかな・・・ ああ、これなら聞いたことがあるな〜 えっと・・・・ 」

「 ドヴュッシ−よ、 『 月の光 』 」 

「 あ〜 そうそう、そんなタイトルだったよね。 音楽の時間に聴いたっけ。 」

ふんふん・・・・とジョ−が軽くハミングをする。

彼はちょっとだけ低めのたっぷりとした声を持っていて、何気ない歌声はなかなか魅力的だった。

 

 − ああ・・・ なんだかいい気持ち。 ジョ−の声が月の光みたい・・・

 

「 今夜は もうやめるわ。 」

しばらくうっとりと聴いていたフランソワ−ズは ぱっと立ち上がった。

「 え・・・ いいのかい。 ぼく、邪魔しちゃったね。 」

「 ううん。 わたし、もう眠かったの。 むやみに時間をかければいいってワケじゃないわよね。 」

「 本当に ・・・ いいの。 」

「 ええ。 ちょっと・・・ ココを片してもう寝るわ。 いくら明日はお休みでも、ね・・・ 」

「 ・・・ きみの部屋? それとも ・・・ ぼくの? 」

ジョ−はそっと身を屈め、フランソワ−ズの耳元に囁いた。

 

「 ・・・ あなたの。 ・・・ いい? 」

とん、とジョ−の胸に頭を突けてフランソワ−ズはささやいた。

なんだか・どうしてか。 顔が火照ってきて・・・ 首の付け根まで赤くなってしまった。

「 待ってる。 」

「 ・・・ ん。 」

「 ・・・ ペリエも持って行っておくね。 」

くしゃ・・・っと彼女の髪を愛撫し、ジョ−は軽いキスを落とすとさっとドアから出て行った。

 

「 ・・・ やだ。 どうしたの、わたし・・・ 」

 

・・・ もしかしたらジョ−の声に酔ったのかもしれない、とフランソワ−ズは 

まだ火照りを残す頬にそっと手を当てた。

 

 

その夜。

フランソワ−ズはジョ−の腕の中で ・・・・ 耳の奥に響くメロディ−を聴いていた。

 

 

 

 

「 ちがう、ちがう! そうじゃないったら。 音をもっとよく聞いて 」

「 そこは、こう・・・ もっと情感を込めて。 ・・・そうしたら、どう動く? 」

「 ああ・・・! そうじゃない、いや、音はその通りさ、でもね・・・ 」

「 音どおりに動けばいいってもんじゃないんだよ。  もっと音に乗ってごらん。 」

 

必死で振りつけを覚え、音楽をそれこそベッドの中にもMDプレイヤ−を持ち込んで・・・

フランソワ−ズがその創作作品をともかく カタチ にした頃から

振り付け家氏のダメ出しの嵐が始まってしまった。

 

「 そう、振りはちゃんと合っているよ、順番はね。 だがそれだけじゃ・・・ 」

「 頼むよ、もっと考えてくれ。 君はどう踊りたいのか、何を感じるのか、ちっとも伝わってこない。 」

「 ・・・ 次のリハ−サルを期待している。 」

 

そして、今日は彼はずっとだんまり・・・で、とうとう音を止めてしまったのだ。

 

「 君は 月の光って聞いてどんなイメ−ジを持つ? 」

「 あ・・・ はい。 あの・・・ 静かで 穏やかな光で・・・ 」

もじもじと稽古着の裾を引っ張って、フランソワ−ズは声も消え入りそうだ。

「 ・・・ あ ・・・ そんなに強くないひかり・・・ 」

 

「 ・・・そうじゃなくて。 どう感じる? 」

「 ・・・ え ? 」

振り付け家氏は、また黙ってしまったこのダンサ−をしげしげと見下ろした。

 

「 ・・・ 君の踊りは確かに正確だ。 そう、機械みたいにね。

 でも僕が欲しいのは機械仕掛けの踊る人形、じゃない。 生身のダンサ−だ。 」 

 

 - 機械仕掛けの人形 ・・・

 

す・・・っと全身の血の気が引いた。

項垂れつつも、立っているのが精一杯だった。

小刻みに震える唇を誰にも見られたくなくてフランソワ−ズはきゅ・・・っと噛み締めた。

 

「 君には君自身の <月の光> が表現できる、と思っていたのだけれどね。 」

またひとつ、溜息を吐くと振り付け家氏はふ・・・っと視線をずらせた。

スタジオの後方には パ−トナ−になる男性ダンサ−や、ソリスト達が控えている。

 

「 え〜と・・・どのコだったっけかな・・・ ああ。

 その・・・ソリストの彼女。 きみ、踊ってみて。 そう、ソロのパ−ト、できるだろ? 」

唐突に彼は一番端に座っていた小柄なダンサ−を指名した。

 

「 ・・・ え?? 」

「 君だよ、君。 覚えているところまででいいから。 」

「 あ・・・ は、はい。 」

みちよは顔を強張らせつつも さっとセンタ−に歩みでた。

 

静かに音が流れだす。

 

 

 − ・・・あ ・・・・!

 

 

声にならない嘆声があちこちから聞こえた。

みちよの踊りに 一瞬誰もがゆったりと大地を照らす満月の光を見た、いや 感じたのだ。

それは フランソワ−ズの動きとは違っていたが、確実にみちよ自身のものだった。

 

「 ・・・ すみません、ここまでしか・・・ 」

「 ありがとう。 」

振り付け家氏は彼の意を表現してくれた小柄なダンサ−に軽く会釈をした。

「 そう・・・ 彼女の感性を買うね、僕は。 僕が欲しいのはこの感性だ。 」

申し訳ないが、と彼はフランソワ−ズに向かって淡々と言った。

彼女もまた だまって深く頭を下げると荷物を持って静かにスタジオを出て行った。

 

 

バシャ・・・・! バシャバシャバシャ・・・・

人影も疎らな更衣室で フランソワ−ズは思いっきり蛇口を捻り顔を洗った。

不思議となんの感情も沸いてはこなかった。

出切れば 今までの全てを洗い流してしまいたい・・・ そんな気持ちで

彼女は蛇口から流れる水を掬い、何回も顔に叩きつけていた。

涙は ・・・ なぜか滲み出てもこなかった。

 

「 あの ・・・ ごめんね。 フランソワ−ズ 」

気がつけば 背後からみちよの小さな声が聞こえていた。

「 え・・・ ううん・・・ みちよのせいじゃないでしょ。 アタシが ・・・ 先生の期待に沿えなかった

 んだもの。 ・・・ がんばってね。 」

「 ・・・ うん。 でも・・・ 」

「 なに。 」

「 ・・・ ね? もっと、フランソワ−ズでいて・・・。」

「 え・・・? 」

「 ごめんね。 でも ・・・ あなたってなんだかサイズの合わない服を無理に着ているみたいなんだもの。

 本当のフランソワ−ズなら 絶対にあんな風には踊らないって思うの。 ごめん・・・ 」

 

  − 本当の ・・・ わたし ・・・・?

 

みちよが出て行った後を見送って フランソワ−ズはひとり、鏡に映る自分の顔を見つめていた。

 

 

 

いつもとは全然違う時間、毎日通っている街は見知らぬ顔を見せていた。

平日の午後もまだ早い時刻 ( とき )、 フランソワ−ズはぼんやりと駅ビルの中を抜けていた。

 

・・・ こんなに早く帰るはずじゃなかったし。

 

連日リハ−サルで、夕食の準備ぎりぎりに飛び込むみたいに帰宅していた。

帰り道はいつも晩御飯の献立に思い悩み、一番早い手順を考えていた。

 

今日は 誰もいないのよね。 

 

博士は今朝からイワンをつれてコズミ博士の邸へ泊りがけで出かけていた。

ジョ−は ・・・ 今日は仕事で遅くなるから晩御飯はいらない、と言っていた。

 

たっぷり自習が出来るかな・・・と 今朝はちょっと喜んでいたのだけれど・・・

 

ふ・・っとなんだか苦い笑みが浮かんできた。

 

あなた、いつもちょっと引いているみたい?  引っ込み思案 ・・・ ?

・・・ そんなつもりはないのだけれど。

フランソワ−ズは今日何十回目かの溜息を そっと吐いた。

 

稽古場に入れば、クラスが始まれば。

全てを忘れて一人のダンサ−になっている、つもりだった。

そう、みんな忘れて・・・

 

ここが外国であることも 遥か時を越えた時代であることも

・・・身体の半分が機械であることすらも 全部忘れ ただの フランソワ−ズ・アルヌ−ル、

が踊っている、つもりだったのに。

 

 ねえ、何に遠慮しているの? 

 

 機械仕掛けのお人形はいらない 

 

みちよの言葉が、振り付け家氏の声が、耳の奥に蘇った。

 

あの時は凍り付いてしまったけれど。

自分は実は、本当は。 四六時中、<サイボ−グ003>であることに拘り続けているのだろうか。

忘れているつもり、でも頑固にその事実に固執しているのか・・・

 

勿論、完全に忘れ去ることなど出来る問題ではない。

でも。

いつまでも拘っていては 自分で自分の首を絞めるようなものだ。

本当の自分、本当のフランソワ−ズ・アルヌ−ルを取り戻すのは自分自身しか出来ない。

 

・・・なら、わたしはどうすれば いいの。

 

踊ることが一つの突破口だと思っていたのに・・・

溜息は なんの答えも持ってきてはくれない。 

メトロを降りて駅ビルを抜け地上に出た。 昼間の、まだ明るい日差しが眩しすぎた。

 

いつもは小走りに通り抜ける道を今日はのろのろと彼女は歩いていった。

 

 

 

・・・ どうしようかな ・・・

 

急に空白になってしまった時間に、彼女は戸惑い途方にくれていた。

これから何をしたら、どうしたら良いのか 全然思い浮かばない。

ぼんやりと足に任せていたのだけれど、気がつけば帰りの最後の乗換え駅に来ていた。

 

そうだわ。 なにか ・・・ 秋物のお洋服、見てゆこうかな。

全然暇がなくて夏物のまんまなんですものね。

 

さあ、気分を変えて、とフランソワ−ズはさっと頭を振って駅ビルへのエスカレ−タ−に乗った。

まだ通勤帰りの人がやってくるには早い時間だったのでどの階もゆったりとしている。

 

博士の薄手のセ−タ−。 イワンの秋用ベビ−服。

そして ジョ−に濃紺のパ−カ−。

 

えっと・・・それから〜〜 そうだわ! カ−テンも替えなくちゃ!

 

ギルモア邸の女主人は両手の荷物をよいしょ・・・と持ち直し、今度は隣のビルへ向かおうと

下りのエスカレ−タ−に向かった。

 

 − ・・・ あれ。 

 

お馴染みの食料品売り場になにか特別なコ−ナ−が出来ている。

ワゴンが出、変わった色目のものが詰まったパックが処狭しと並んでいる。

隅にはススキが飾られ栗の実も置いてあった。

 

・・・なに?

 

フランソワ−ズは足を止め、ワゴンに付いているノボリに目を凝らせた。

 

・・・ え〜と。  お ひ が ん。  おひがん・・・?

あ・・・ < お彼岸 >ね!  そうか ・・・ 確か春もあったわよね。

そうだ。 <おはぎ>。 ジョ−が言ってたわ、お彼岸に食べるんだって。

・・・ あれ、 作ってみようかしら。 

ウチでも 作れるかな。 う〜ん、張大人が留守で残念だわ。

でも、なんだか・・ お握りに似てるし。 よ〜し・・・ やってみよ。

 

フランソワ−ズはワゴンの横のショ−ケ−スにつかつかと歩み寄った。

 

「 あの すみません?  」

「 あ! あ・・・あ〜  めい あい へるぷ ゆ〜 ? 」

「 あの〜 あの <おはぎ> ですけど・・・ 」

「 お〜 いえ〜す。 ざっつ おはぎ。 ふぁっと かいんど どう ゆ らいく? 」

「 どうぞ、日本語でお願いします? 」

「 お〜 いえ〜す ・・・ あ! 」

 

顔を真っ赤にしていた売り子さんは 突然笑いだした。

 

「 やだ〜〜 アタシったら・・・ あ、失礼しました〜。 おはぎ、ですね? 」

「 はい。 あの ・・・ それが、ですね〜 」

「 ・・・ はい? え・・・ つくり方??? さ、さあ〜〜〜??? 」

フランソワ−ズと同年代に見える売り子嬢は 今度こそ頭を捻ってしまった。

「 おはぎって ・・・ お店で買うもので作ったことなんか・・・ あ、少々お待ちください〜 」

「 ごめんなさい〜〜 」

 

結局、売り場の奥から出てきた年配の男性 − 彼は主任さん、と呼ばれていた − が

にこにこと相手をしてくれた。

もう一階下の食料品売り場で材料を買うよう、彼は親切にメモまで書いてくれた。

 

え・・・っと。

もち米。 ・・・ もちごめってなんだろ? 御餅がお米の中にはいっているのかしら??

ウチの炊飯器で ・・・ 炊けるかなァ。

あずき。 あんこ、じゃないのかな。 あの回りに包んであったのは餡子だと思うんだけど・・・

ゴマ、黄粉。 ゴマ、は判るわ。 きなこ??? きいろい粉?? 

ああ、そうね〜黄色いおはぎもあったわ。 でも、あれって何の粉なのかな〜?

トウモロコシ、かしら・・・

 

亜麻色の髪の外国のお嬢さんは さかんに首をひねりつつ・・・地下食料品売り場にむかった。

 

 

 

「 ただいま・・・・っと。 」

どさり、とフランソワ−ズは両手の荷物を玄関ポ−チに下ろした。

「 うわ・・・ 」

沢山の袋やらバッグを持っていた手が じ----んと痺れている。

オ−トロックに手を翳すと、もう一度荷物全部をよいしょ、と持ち直しギルモア邸の女主人は

音もなく開いたドアをさらに足で抉じ開け ・・・ 悠々と玄関に入っていった。

 

・・・ 静かすぎて ヘンなカンジね。

 

いつも誰かがいるリビング・ル−ム、今はなんだかとてつもなく広く見えた。

キッチンへ横切ってゆく自分のスリッパの音がやたらと大きく響く。

 

あら。 お花がもう枯れてたわ・・・

 

サイドボ−ドの上の花瓶、末枯れた花が首を垂れている。

・・・ 全然気がつかなかった・・・ もしかして、お水を取り替えるのも忘れてたかも・・・

 

フランソワ−ズは買い物袋をキッチンに置くと、そのまま裏口から庭に出て行った。

 

この邸の裏庭は なかなか賑やかでかなり広い温室やら物干しのポ−ルやらが並んでいる。

花壇も年々その面積を増やしていて、フランソワ−ズの丹精が季節季節をかざっていた。

この季節 ・・・ ススキやら萩、女郎花、竜胆などが植えてある。 

しかしまだススキは穂が出揃わず、花々はようやっと蕾を見せ初めたばかりだ。

 

ジョ−から聞いた<お月見>の習慣、今までは秋の花をお店で買っていたけれど、

今年は本格的に楽しみたくて ずっと花壇の丹精をしてきた。

満月、いわゆる<中秋の名月>までにはまだ間があるし、当日はきっと綺麗に咲くことだろう。

 

・・・ こんな気持ちで お月様が綺麗に見えるかしら。

 

ほら!また溜息! 

ダメだってば、フランワ−ズ。 滅入ってゆく気分を彼女は一生懸命引き上げていた。

このお花をリビングに飾って。 さあ、おはぎ に挑戦だわ。

隣の花壇から手折ったコスモスを腕いっぱいに抱えて、フランソワ−ズはキッチンに戻って行った。

 

 

 

「 はい、これ。 どうぞ召し上がれ。 」

「 ・・・ これ ・・・? 」

ジョ−は目の前に置かれた大皿を見つめて固まってしまった。

意気揚々とフランソワ−ズが置いたお皿の上には。

ハンバ−グか・・・と見紛うばかりの大きさの おはぎ が5個積み上げてあった。

「 あら、お彼岸にはお萩を食べるのが日本の習慣なのでしょう? 

 はい、今晩の晩御飯は おはぎ よ。 」

絶句しているジャパニ−ズ・ボ−イにフランス娘はにこやかに言い放った。

 

仕事で遅くなる・・・と言っていたジョ−は、案外早い時間に帰宅した。

きみはきっと忙しいと思って・・・とジョ−は途中で買ったコンビニ弁当をぶら下げていた。

なにやらキッチンで大騒ぎをしているフランソワ−ズに、ジョ−はびっくりしているようだった。

「 あら・・・。 あの、ね。 わたしも今日は予定変更なの。 

 もうすぐ晩御飯、できるから・・・ もうちょっとだけ待って? 」

「 うん、嬉しいな。 ・・・ やっぱり きみの ・・・ あ、あの・・・ウチの御飯が一番さ。 」

「 ウチの? 」

「 あ・・・・ いや、あの。 ・・・きみの料理が ・・・その・・・ 」

「 はいはい♪ ジョ−、ほら、じゃあ手を洗ってきて? 

「 うんっ 」

 

嬉しい期待に満ち満ちて戻ってきたジョ−の目の前に ・・・ そう、件( くだん )の大皿が置かれたのだ。

「 これ、ね。 わたしが作ったの。 ちゃんとお萩の味、するかしら・・・ 」

「 ・・・え、きみのお手製なの? 」

 

  − うそ・・・。 お萩は御飯、じゃないよ〜 ・・・ けど・・・ せっかく・・・

 

テンコ盛りのお萩に固まっていたジョ−は ぐ・・・っと拳を固めると ( 勿論テ−ブルの下で )

姿勢を但しちょっとフランソワ−ズに頭をさげた。

 

「 ・・・いただきます。 」

 

彼は悠然と箸を取り上げ ・・・ 果敢にその巨大・お萩の山に立ち向かっていった。

 

  − ・・・・ あとは 勇気だけだっ・・・!

 

 

さんざん感想を言わされ、ツッコミを喰らい・・・ それでもジョ−はなんとか大皿をクリアした。

熱々のほうじ茶を彼女がもってきてくれたとき、ジョ−は心底ほっとした。

 

「 ごちそうさま。  あ・・・きみも今日は早かったんだね。 」

「 え・・・ うん。 ・・・あ、あの、ね・・・・ 」

彼女は言い難そうに一瞬俯いたが、すぐに明るい調子で続けた。

「 新作・・・ 役、降ろされちゃった。 やっぱり上手くできなくて・・・

 ふふふ・・・暇になっちゃったわ。」

「 ・・・ そうなんだ? それは・・・ 残念だったね。

 あの ・・・ ちょうどよかった、なんて言い方したくはないんだけれど・・・ 」

ジョ−はもごもごと口篭ってからjは かえって淡々と言った。

 

・・・ ちょっとまた、ドルフィンに乗ることになったよ。

 

そう・・・。 

フランソワ−ズの返事も声のト−ンを落としただけだった。

 

「 偵察も兼ねてるんだ。 小規模だけど緊急だから・・・

 今回はイワンとグレ−ト、そしてきみとぼくだけだ。上海にいる張大人には連絡だけは入れておいた。」

「 わかったわ。 それで、いつ。 」

「 できれば 明日未明。 博士とイワンが帰って来次第。」

「 ・・・ 了解。 今晩中にデ−タをちょうだい。 」

「 了解。 今からすぐに・・・ 」

 

表情を引き締めながらも、二人はごく自然にミッションへの準備に取り掛かった。

 

翌日。

日の出を前にドルフィン号は密かに発進した。

 

 

 

「 ジョ−はん! グレ−トはん! 」

ばたばたと盛大に足音を立て、張大人はまさに転がるように駆け込んできた。

「 ・・・ 大人 ・・・ 」

「 どうネ? ほいで フランソワ−ズはんの具合は・・・ 」

「 全て博士と ・・・ 神にお任せ、だ。 」

「 多分・・・ なんとか。 でも ・・・ 」

ジョ−とグレ−トはギルモア邸の地下、処置室の前で手持ち無沙汰にただイライラしていた。

「 でも? でも、なにネ?? 」

「 ぼくが ・・・ ! ぼくが油断したから・・・! 」

「 ジョ−よ? もう・・・いい加減にしろ。 ここでお前さんが喚いてもどうにもならんぞ。 」

「 ・・・だけど ・・・ ! 」

「 それで、いったいどうしたアルね? 」

「 眼を、な。 至近距離で しかも 直接 ・・・ 喰らっちまった・・・ 」

ひぇ ・・・ っと大人の咽喉が鳴り、彼も息を詰めてしまった。

 

「 ぼくが・・・ぼくを庇ってフランは・・・! 」

 

偵察も兼ねていたミッションは なんとか4人で切り抜けることが出来た。

問題の施設の中枢部は完全に破壊し、その機能を壊滅させた。

だが ・・・ 末端の傭兵やらロボット兵士らを完全に全滅させるまでに手が回らなかった。

 

その時。

避難する地元の人々に気を取られていたジョ−に 半壊していたロボット兵の自動攻撃装置が

照準を合わせていた。

 

 − ・・・・ !!

 

脳波通信を送るチャンスも ましてや実際に声をかける隙もなかった。

それよりもなによりも。 フランソワ−ズの身体は本能的にジョ−の前に飛び出していた。

一瞬遅れて ジョ−は加速装置を稼動させた。

そのほんのわずかの遅れは致命的で 彼女の心臓部を標的から外すのが精一杯だった。

一閃のレ−ザ−が ・・・ 彼女の眼を射抜いた。

 

 − フランソワ−ズ ッ −−−−−−−!!!

 

衝撃で吹っ飛んでゆく華奢な身体を ジョ−は辛うじてその腕に抱きとめた。

腕の中に崩れ落ちた身体をしっかりと抱き締め、彼は無表情にそのロボット兵が原型を

留めなくなるまでレ−ザ−を撃ち続けた。

 

 

ジョ−達がイライラし尽したころ処置室のドアがやっと開いた。

「 ・・・ 博士 ! 」

「 どない               アルねん? 」

「 ・・・・・・ ! 」

詰め寄った彼らに ギルモア博士は自身も憔悴の色を浮かべぽつりと言った。

 

「 ・・・ 大丈夫じゃ。 しかし しばらくは絶対安静だ。 」

 

「 ほな! ワテはなにか滋養のあるモノをつくりまっさ。  博士にも、たんとあがって頂かんとな。 」

「 博士、気付け薬代わりに一杯どうです? 逸品モノがありますよ。 」

喜びに沸くグレ−ト達の中で ジョ−はただ、深々と頭をさげた。

「 ジョ−・・・ あまり自分を責めるなよ。 そんなことより、フランソワ−ズを頼む。

 当分、眼は使えないから・・・・ 介護をしてやっておくれ。 」

ジョ−は何回も何回もうなずき ・・・ やっと口を開いた。

 

「 ・・・ ぼくの生命をかけても。 」

 

 

 

 

「 これでいいかな? ジョ−よ、点検してくれたまえ。 」

「 うん、いいよ。 えっと・・・ お団子はここ。 ススキに竜胆だろ。 女郎花もあるよね。

 ・・・ うん これでいいと思うな・・・ 」

「 おっとっと。 肝心なシロモノを忘れておったぞ? 」

「 え? 」

「 お神酒さ、 お神酒。 そりゃ月見にはツキモノだろ? 」

グレ−トは得々としてキッチンに引き返していった。

 

とっぷりと暮れた夜空に もうすぐ今晩の主役が登場するだろう。

 

開け放ったテラスへのドアの前で ジョ−は花瓶の場所を変えたりカ−テンを絞ったり・・・

うろうろした挙句、最後にソファから大振りのクッションを抱えてきた。

 

うん・・・。 ここなら。 

 

全てを満足気に見回して、ジョ−は奥へ取って返した。

虫の音が波の音に混じって賑やかにひびく。

 

今夜は十五夜。 

 

庭のススキも秋の花々も 今日を盛りとその険を競ってる。

ここに。 この場所に。

いちばん相応しい花を 迎えるためにジョ−は心をくだいていた。

 

 

 

「 ・・・あ ・・・ テラスへのドアを開けてあるの? 」

「 うん、そうだけど。 あ、寒いかな? ショ−ルを持ってこようか? 」

ジョ−に半ば抱き抱えられるようにして、フランソワ−ズは久し振りでリビングに下りてきた。

ほとんど元通りの生活に戻れるまでに彼女は回復していたが、

アイマスクを外す許可はまだ出ていない。

ジョ−は文字通りつきっきりで彼女の世話をしていた。

 

「 ううん、大丈夫よ。 音が ・・・ 波の音が近く聞こえるから。 」

「 そうか・・・ きみは耳がいいんだね。 ぼくなんかちっとも気がつかないよ。 」

さあ、ここに・・・と ジョ−は手を引いて彼女をクッションの間に座らせた。

 

「 今日は十五夜だから・・・ お月見の用意をしたんだ。 」

「 まあ ・・・ もうそんな時期? う〜ん・・・お月様も庭のお花も見られないのが残念だわ。 」

「 大丈夫、ちゃんと見られるさ。 」

「 え・・・ だって まだ・・・ 」

淋しそうな口調のフランソワ−ズに ジョ−は明るく答えた。

「 ぼくが 説明するから。 きみが育てた花や ・・・ ススキや。

 今晩、大人が用意してくれたお団子や ああ、もうすぐ顔を出す月も・・・みんな、ね。

 きみはそれをこころの中に描いて? そうすれば ・・・ ね? 一緒にお月見ができるよ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ そう、そうね。 」

 

 

「 ふふふ・・・あの口下手が一生懸命に説明しとるわい。 」

「 あは・・・ どうも今時の若いモンはボキャブラリィが貧困ですなァ・・・ 」

「 ほっほ。 ま、愛の言葉が充分なら それでいいアルよ。 」

まま・・・一杯・・・ と リビングのソファでは大人達が杯を遣り取りしている。

月見団子に 大人心尽くしの肴がところ狭しとテ−ブルに並ぶ。

「 ま・・・ ちょっと早いがフランソワ−ズの快気祝いというところじゃな。 」

・・・ カチリ。

グラスに杯、御猪口が祝杯を挙げた。

 

 

 − ・・・・ あ ・・・・ 月だ ・・・

 

フランソワ−ズを支えていたジョ−ははっとした。

 

「 あ・・・ お月様、ね? 今・・・ あっちの山から顔を見せたでしょう? 」

「 え ・・・・ 見える、いや、わかるのかい? 」

ジョ−は思わず肩を抱いていた彼女の顔を覗き込んだ。

「 ええ・・・。 感じたの。 いま ・・・ ひかりが ・・・ 

 ああ・・・ ほんとうに 白くて ひんやりしてて ・・・ でも柔らかいひかりが・・・ 」

 

おおきな まあるい月はゆっくりと海原の上に姿を現した。

そのひかりをいっぱいに浴び、フランソワ−ズの姿は銀色に浮かびあがる。

 

す・・・っと彼女は両腕を中天に向かって伸ばした。

 

・・・ああ、そう、なんだわ。 これが ・・・ 月のひかり・・・

あの振りは ・・・ わたしはこの 月のひかり を踊ればよかったんだ・・・・

 

サイボ−グの自分  家族も友人も失い 故郷も遠く・・・

でも。 ここに愛するひとがいる。

 

わたしは ・・・ この<わたし>でしかないのよね。

これが 本当のわたし。  生 ( き ) のままのフランソワ−ズ・アルヌ−ル。

 

「 ジョ− ・・・・ 」

「 なに。 」

「 ・・・なんでもない・・・ 」

「 ? なんだよ・・・ 」

「 なんでもないってば・・・ 」

 

寄り添う二つの影がながくながく床の上に伸びていった。

 

 

 

 

「 大丈夫? 疲れなかった? 」

「 ううん、ちっとも。 なんだかとってもいい気持ちなの。 」

ベッドに半身を起こしているフランソワ−ズに ジョ−はそっとショ−ルを羽織らせた。

「 なら・・・ いいけど。 今夜は大人しく休むこと。 いいね? 」

「 ・・・・・ 」

「 ・・・わっ・・・ なに〜 急に・・・・ 」

ぱっと抱きついてきたフランソワ−ズをジョ−は慌てて抱きとめた。

 

「 やだ・・・ 」

「 え? 」

「 だから、 やだ。  ・・・ ジョ− ・・・? 」

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ いいの? 大丈夫? 」

ジョ−の声に彼女はこくん、と頷いた。

そして そっと耳元でささやく。

 

 ・・・お願い。 灯を消して・・・

 

「 え・・・ う〜ん・・・ぼくとしては綺麗なきみをたっぷりと眺めたいのですが〜 」

「 ま・・・ イヤなジョ− ・・・ 」

「 ははは ・・・ 恥ずかしがりのお嬢さん。 」

 

 ううん・・・ 暗闇なら目を開けてもいいって、博士が。  わたし ・・・ ジョ−が 見たいの。

 

 

ジョ−はだまって部屋の灯を落とした。

二人の愛の臥所を  しろい・しろい 月のひかりが やさしく覆っていった。

 

 

*******   Fin.   *******

Last updated : 09,26,2006.                               index

 

 

*****  ひと言 *****

はげしくオタク・話になってしまいました〜〜(^_^;)

甘々小噺です、たまには ・・・・ ね♪  だって〜〜ココは93らぶ・サイトですよ〜ん。

あ・・・あんな振り付け家はいません、もっとみんな ばっちい格好・・・

それで口はもっともっと〜〜〜〜辛辣であります★★

書き出した頃に 空・海様 から素敵絵を頂戴しました☆☆☆

まさに〜〜 拙作のワン・シ−ンですよ〜〜 さささ・・・眼の保養に是非♪ ⇒  素敵

空・海様 〜〜〜 ありがとうございました<(_ _)>