『 つぶやき 』
ちゃらちゃらり〜〜〜ん ・・・・
その店はドアが開くたびに なかり調子が外れた妙な音がする。
まあ もっともどんなにヘンな音がしようとも 気に掛ける客など一人もいない はずだ。
そのドアをあけるとき ― 驚くなかれ、今時手で開けるドアなのだが ― 客は
期待に満ち溢れ わくわくどきどき ・・・ 高鳴る鼓動を抱えているのだから。
私は はっきり言ってその店を贔屓していた。
料理の味や盛り付けは言うまでもなく そこの従業員たちが大層気になっていた。
要するに 私にとってかなり居心地のよい場所なのである。
ドアが 少し重いカンジでゆっくりと開く。
さあ いよいよだ! 内心 わくわくドキドキ心臓は爆走しているのだったが
何食わぬ顔で 店の中へと脚を踏み入れた。
「 へい っらっしゃ〜〜い ・・・! お。 お久し振り〜 旦那。 」
マスターと共同経営者だ、というスキン・ヘッドのおっさんの景気のよい声がひびく。
「 あ〜〜 ・・・空いてる? 」
私は 上半身を店の中につっこみ、スキン・ヘッド氏に聞いた。
「 はいはい。 旦那は運がいい。 最後の席が 旦那を待っていますぜ。 」
「 お〜 そりゃラッキ〜〜 あ チャーシュー麺、たのむ。 」
「 お〜らい、 承って候。 」
彼はぺこり、とアタマを下げると 調理へむかって怒鳴った。
「 大人 !! 張々湖飯店スペシャル・ラーメン 一丁! 」
「 アイアイ サ 〜〜〜〜・・・・! 」
腹の底に響く元気な声が 厨房から聞こえてくるのも楽しい。
待つことしばし。 いわゆるチェーン店などから比べたら待ち時間は長いと思う。
しかし 客はただ手持ち無沙汰にTVを見たり ゲームやらスマホを弄くっているのではない。
皆 ― 常連客以外は ― 周囲の客、すでにお目当ての料理をパクついてる幸せな者達の
< つぶやき > に楽しげに耳を傾けている
う〜〜〜〜〜 うま ・・・・・!
ファフ ファフ ファフ ・・・ う〜〜〜ん! さいこ〜〜
うわ ・・・ ちょっとなに、この味〜〜〜♪ うっそ〜〜
そんな声を聞いていれば ますます ― ワクワク期待感が盛り上がっているってものだ。
少々待ち時間が長くても 気にはならない。
常連たちは そんなことはとっくに卒業し、これからの悦楽への一時を独りで楽しむ。
いや この店ではこの時間も < お楽しみタイム > なのである。
「 へい〜〜 食前にちょびっと だけですが 」
例のスキン ・ ヘッドの給仕人が 熱々の湯呑をテーテーブルに置いた。
「 へい どうぞ。 冷めないうちに ・・・ 」
湯呑には 高級中国茶 ・・・ ではなく、ごく普通の番茶が並々と注がれている。
ただ舌を焼く熱さで 冬場は勿論、真夏でも心地好い。
「 ま これで口中も腹中も さっぱりしてお待ちあれ。 」
・・・だそうである。
ごたごたした街の、それも市民駐輪場に近い、この中華飯店は 本当にラーメンを愛する、
それもごく普通に慎ましく生きてゆかねば・・・・ という人たちで昼食時には満席に近くなる。
誰もが皆 この店にあの! ラーメンに夢中です〜〜 というところだろう。
かく言うこの私もその一人だ。
ある日 ― この古い港街を歩いていて ふらり・・・と立ち寄って以来 ― 虜になった。
初回の感動と驚愕を確かめたくて いや、 もう一度味わいたくて・・・ すぐにまた訪れそれが続き
通い詰め、今ではすっかり < お馴染みに常連サン > となった。
私の名は 津山宏二。 料理評論家だ。
と言っても 調理専門家でもなければ評判の板さん出身・・・というわけでもない。
ただ ただひたすら本当に美味しいモノ が好きなのだ。
はじめはブログでの呟きから始め、私の呟きは次第に有名になって行った。
巷の有名店でも容赦ない評を下すし、 ガード下の屋台店でも美味い店は絶賛した。
人々はだんだんと私の呟きに目を向け始め ― やがてマスメディアの目に留まった。
地元ローカルFMラジオ局の取材申し込みがあった時、 私はしばし考えこんだ。
< 津山宏二 > をカリスマ的存在にするためには ・・・ 演出が必要だろう。
― 私は 風采の上がらない貧相な小男なのだ。
「 兄貴。 ラジオの仕事、どうするんだ。 」
「 うん ・・・ ちょいと考えてるんだ。 」
浮かない顔をしている私に 弟が声をかけてきた。 弟のヤツもなかなかの食通・・・
というか、確かな < 舌 > を持っているのだが ひどく散文的なヤツで表現力というものが
からっきし、だ。 ただ 美味いモノは大変に美味そうに食べる。
「 考えるってなにをだよ? 」
「 うん ・・・ 」
私とは逆に でっぷり太った弟を見るとはなし眺めていて ― 閃いた!
「 おい。 オマエが < 津山宏二 > だ! 」
「 はああああ???? 」
― 以来、 私は大兵肥満の < 津山宏二 > の付き人 として行動を共にし
< 津山宏二 > の評論は勿論私が書いた。
そう、呟き はいつのまにか 評論 と呼ばれるようになっていた。
そして当然というか 常に津山の横に控えている地味なオトコは単に付き人、と思われ
誰の記憶にもはっきりとは残っていないだろう。 勿論 それが私の狙いでもある。
弟の役割は 取材先の店でいかにも気難しい評論家風な顔で料理をばくばく食べること、だ。
この目論見は 大当たり だった。
でっぷり肥満の < 津山宏二 > は 料理評論家としてどんどん有名になっていった。
まやかしの味をいい加減に出している店々では 畏怖の念で捉えられていたかもしれない。
< 津山宏二 > の名前は独り歩きをし始め、 < 津山宏二 > が来店した、ということは
一種のステイタス・シンボルにもなり始めた。
・・・ そんなつもりはないんだがな
私はただ ただ 本当に美味しいモノを
紹介したいだけなんだ ・・・
そんな呟きは 勿論オモテに出すことはできなかった。
金を得るためには やりたい事だけをしていればいい、という訳にはゆかぬものだ。
私は そう割り切っている。
ただ ・・・ 時々 ふらり ・・・と ただの風采の上がらぬオッサン として食べ歩きをしたくなる。
目立たずに ひっそりと ― 自分だけの < お気に入り > な店を見つけたい・・・
そんな息抜きのある日に 偶然私はこの店、 張々湖飯店 に立ち寄ったのである。
もっとも。 あの店の丸まっちい大将も、そして愉快なスキン・ヘッドの給仕頭も
そんな事情はご存知ないだろう。
一介の一見客として それでもとびきり美味なラーメンを提供してくれた・・・!
「 お待たせいたしました。 張々湖飯店 ・ 特製チャーシュー麺でございます。 」
可愛い、そして礼儀正しい声がして ― ふわん・・・といい匂いが私のすぐ横から漂ってきた。
「 お♪ まってました〜〜 や フランちゃん 元気かい? 」
「 はい。 さあ お熱いうちにどうぞ〜 」
チャイナ服の金髪・碧眼のウェイトレス嬢が にっこり微笑みつつ熱々の丼を置いてくれた。
フランちゃん。 彼女は 皆からそう呼ばれている。
フランス人だから フランちゃん なのか、 なにかの愛称なのか ― 誰も知らない。
本名もわからないし、なぜそんなに日本語が流暢なのか ― 誰にもわからない。
ただ 彼女の笑顔にはもう〜〜 だれもがメロメロである。
笑顔だけじゃない、言葉遣いも丁寧で実に気持ちのよい オンナノコ なのだ。
しなやかな身体にぴったりなチャイナ・ドレスが 滅茶苦茶によく似会う。
仕事もてきばきこなし、客あしらいもなかなか巧みである。
例のスキン・ヘッド氏は 「 マドモアゼル? 」 と呼び 丁重に扱っている。
マスターの縁続き説も飛び出したが さすがにそれは無いだろう・・・と 却下、となった。
かくして、 この店のオーナーシェフは日々腕を揮い 我々の舌を慰労し、
彼女の笑顔は客達の 目の保養 となっている。
「 うほ♪ 今日も美味しそうだねえ〜〜 そして フランちゃん きみもキレイだね〜〜 」
「 まあ♪ ごゆっくり召し上がってくださいね〜〜 失礼します〜〜 」
笑ってかわすこのウェイトレス嬢こそ ― 張々湖飯店のもうひとつの名物でもある。
「 ・・・ んんん〜〜〜〜 んま〜〜〜〜〜!! 」
私は究極の出汁と最高難度の麺、そして絶妙なチャーシュに舌鼓を打ちつつ ・・・
目のスミで彼女を追ってている。
彼女は ・・・ というと、 私にチャーシュー麺を運んだ後、新しい客はいなかったので
厨房からのカウンター付近で周囲を磨きはじめた。
かっわいいねえ〜〜 いいねえ〜〜
清楚で でもチャイナ・ドレスがよく似合って 可愛いねえ・・・
あ〜〜〜 僕の マドンナ〜〜
おいおい〜〜 抜け駆け禁止! フランちゃんはオレら皆のマドンナや〜
料理に夢中 ・・・ なはずの客たちは 今度は < 目の御馳走 > を、求めて
彼女に視線を集中させてしまう のだ。
「 ふんふんふ〜〜ん♪ キレイになったわ〜 うん、 いい気分。 」
働きモノの彼女は 満足気に周囲を見回している。
「 ずっとね〜〜 ここの掃除が気になっていたのよね。 あ いらっしゃませ〜〜 」
新しい客が来た。 彼女はすぐにトレイを取って水のコップを乗せる。
「 ・・・ ん〜〜 ・・と? 二人ね。 大人〜〜 二人ね〜 カプよ〜 」
厨房に軽く声をかけてから 彼女は軽い足取りで客のテーブルに近づいていった。
「 ああ・・・ ほっんと〜 かわいいねえ・・・ 」
「 ・・・ ほれ、 見ろ。 新客のヤロー、 目が はあと だぜ? 」
「 ひひひ ・・・ アイツらひと悶着あるぜ〜〜 」
常連たちは何食わぬ顔でせっせと箸を運んでいるのだが。
カタン ― 店の入り口が ほんの少しだけ 開いた。
「 ? なんだ〜〜 新しい客かあ? 」
「 いや 違うらしい。 ・・・ ほら アイツだよ、アイツ。 新入りのパシリ 」
「 ん? あ〜〜 掃除とか仕入れの荷解きとかやってるヤツか 」
「 そうそう。 アイツな〜 結構働きモンらしいぜ。 」
「 ふ〜〜〜〜ん ・・・ けど まだガキやん? 」
「 だ な。 ・・・ んんん??? 」
常連たちの箸が 止まった。
彼 − 新入りのバイト君は さささ・・・っと店の出入り口付近を掃きつつ
目は じ〜〜〜っと件のウェイトレス嬢に向けられている。
まあ 綺麗なオンナに目が行くのはオトコの常 であるが ・・・・
そのウェイトレス嬢といえば 拭き掃除を終え雑巾とバケツを手に取った ― その時!
バ −−−−−! 一陣の旋風が店内を吹きぬけた。
「 ぼくがやる! 」
「 ・・・? あら ・・・ ジョー。 外回りのお掃除はもうお終い? 」
「 うん。 だからその雑巾はぼくが片すから。 」
バイト君は さっと手をだし、彼女から雑巾とバケツを取り上げた。
「 あ ん ・・・ いいの? 本当に。 」
「 うん。 きみはウェイトレスの業務に励んでくれよ。 」
「 ありがと、ジョー。 それじゃわたし、 紙ナフキン、折っているわね。 」
「 うん。 きみは器用だから・・・ きれいに折ればお客さんたちも喜ぶよ。 」
「 ・・・だと いいけど ・・・ じゃあ お願いします。 」
「 はい。 了解 」
彼は雑巾とバケツを持ってまた外にでた。 外にある水道で濯いでいるらしい。
彼女は ・・・ というと カウンターの側に座って紙ナフキンを丁寧に畳みはじめた。
ああ ・・・ アレは彼女の < 作品 > だったのか。
一階の客席は大きな丸テーブルがいくつもある、一種の相席の食堂で 何組もの客が
同じテーブルで料理を楽しむ。
箸は日本流に割り箸で そこのなぜか凝った折り方をした紙ナフキンが立ててあるのだ。
「 あ〜 ・・・・ アレ フランちゃんの作品だったのかあ〜〜 」
「 フランス流かね? らーめん食って折り畳んだ紙ナフキンで口、拭くのってなんか・・・ 」
「 いいじゃねぇか〜 ソレが 張々湖飯店流ってヤツよ。 」
「 それを言うなら フランちゃん流 だろ? 」
「 あっはっは ・・・ 違いねぇ〜〜 」
フランちゃん・ファン倶楽部 には なんでもかんでも彼女が拘ればおっけ〜 ・・・らしい。
「 あ〜〜〜 美味かったぁ〜〜 さて ・・・と 」
「 おう オレも行くぜ。 お〜い お勘定〜 」
ここは前売りの食券 なとどいう無粋なモノはない。
「 は〜い ただいま。 えっと ・・・ 二番テーブルの方 チャーシュ麺に煮卵つき で
〇〇円です こちらは ・・・ で 〇〇円 」
名物・ウェイトレスは 超有能であることが レジでも証明される。
彼女は客の注文をすべて正確に覚えていて、 さささ・・・っと勘定をすませてくれる。
その笑顔と手際の良さを眺められるのだから レジに多少の行列ができても文句を言う
無粋はヤツはいなかった。
「 ごっそ〜さ〜〜〜ん ! 」
「 美味かったよォ〜〜 またくるぜ 」
「 ありがとうございましたあ〜〜 」
ちゃらちゃらり〜〜〜ん ・・・・ 妙な音と共にドアをでれば
「 ん〜〜〜 あれ? このドア ぴかぴかじゃん? 」
「 あ? ・・・ すげ〜 道も磨いたんじゃね〜か 」
玄関前は ぴっかぴかに掃除が行き届き 打ち水までしてあった。
「 あのバイト君かあ ・・・ 」
「 ああ アイツ ・・・ やるなあ〜 ん? 」
チリン チリン 〜〜〜 失礼しま〜〜す、ありがとうございましたあ〜〜
たった今話題になっていた バイト君 が 出前の自転車に跨り 疾走していった。
「 アイツ ・・・ よく働くなあ〜〜 」
「 うん 若いのにたいしたヤツだよ うん ・・・ 」
「 アイツなら・・・フランちゃんのことを 」
「 いやいやいや 待て。 オレたちのマドンナをそう簡単には 」
「 − だな。 」
まあ常連客らは好き勝手言って楽しんでいるのであるが。
彼と彼女のことは 実は私もずっと気になっているのだ。
日本語が達者で明るく元気モノな <フランちゃん>。 もう疑いようもなく店のアイドルだ。
― で。 彼女をいつも いつも いつも じ〜〜〜〜〜っと見詰めている茶髪・ボーイ。
彼もこの店の従業員 ・・・ というかパシリ で ウェイターだけではなく
買出しから掃除まで引き受けもくもくと元気よく動いている働きモノだ。
元来 口が重いタイプらしく、愛想はよいのだが余計なことをしゃべったりはしない。
当然 ・・・ < 二人 > が お喋りしている光景など 望むべくもなかった。
ふん ・・・ お似合いの二人 じゃないか。
しっかし あのバイト君 ・・・ 要領悪そうだし ・・・
彼女の方は全然気がついていない風だしなあ ・・・
「 ― そうだ! あの二人のキューピッド になってやろう。 」
私は ぽん、と独り道路で手を打ってしまった。
翌日から 私の張々湖飯店への日参が始まった。
理由は勿論 ! 例の茶髪のバイト君の応援である。 いや 彼の想いの成就、というか・・・
なんとかこのオジサンがお膳立てをして その方面ではまっきり要領が悪そうな
青年と < フランちゃん > をくっつけてやりたい! いや やる!
「 らっしゃ〜〜い ・・・ おう 旦那、このところご精勤ですな。 」
飯店のドアをくぐれば 例のスキン ・ ヘッド氏の声がにぎやかに私を迎えてくれる。
「 こんにちは〜 いやぁ〜 この店のラーメンに絡めとられてしまってね・・・ 」
「 それはそれは・・・ありがとうございます。 本日のご注文は? 」
「 うん、 当張々湖飯店特製 ・ チャーシュー麺 を頼みます 」
「 畏まって候〜〜 大人〜〜〜 スペシャル・ら〜めん ワン、 ぷり〜ず! 」
「 アイアイ サー〜〜 旦那〜〜 コンニチワ〜〜 」
給仕長とオーナーシェフの 朗かなやりとりもいつもと同じに心地好い。
「 さて ・・・と ・・・ え〜と・・・? 」
お気に入り席に位置を占めてから 私は何気に店内を見回した。
うん? ・・・ フランちゃん は・・・?
あれ。 休み かなあ・・・
ぐるりと眺めたが例の当店の名物にして常連たちのマドンナの姿が 見当らない。
詳しい事情はわからないが 彼女もまたバイト嬢であるらしいので本日は非番なのかもしれない。
コトン。 ― 目の前に熱々の番茶が置かれた。
「 どうぞ。 ヤケド しないように ・・・ 」
「 ・・・あ ありがとう。 ? 」
茶髪の青年がチャイナ服の上着を着て笑っていた。 ・・・ あのバイト君だ。
「 すいません〜〜 フランは今日 休みなんです。 」
「 あ ・・・ ああ そうかい。 ・・・・ う〜〜ん ・・・ 美味い〜〜
食前の番茶ってのも いいもんだね。 」
私は湯気のたつ茶碗を両手で抱えもち その熱さをも楽しんだ。
「 ですよね〜〜 ぼくも大人 ・・・ いえ ウチのオーナーに教えられました。
食前に胃もすっきりして・・・ ますます食欲が増しますよね。 」
「 そうそう そういうことだね。 」
いつもはあまり喋らないバイト君も 今日は口が解れている。
ふうん ・・・? 客に気を使っているのか?
そんな風には 見えないけど
・・・うん? テーブルの上も回転卓も ぴかぴかじゃないか ・・・
ああ 彼の仕業か ・・・
「 いやあ ・・・ ここはいつも掃除が行き届いてて気持ちいいねえ 〜 」
「 あ は ・・・ ありがとうございます。 ぼく、不器用で ・・・ 掃除くらいしか取り得 なくて 」
「 いやいやたいしたもんさ。 君は 学生さん? 」
「 え ええ まあそんなトコです。 」
「 バイト、大変だろう? 特にココは流行ってて忙しそうだし 」
「 いやあ〜 楽しいです。 皆さんの < 美味い! > って笑顔 見ればそれで
すべてが吹っ飛びます。 あは ・・・ ぼくが調理してるわけじゃないけど ・・・ 」
「 ほい〜〜 ジョーはん? チャーシュー麺 上がり、やでェ 〜 」
配膳口から オーナー・シェフが福々しい顔を覗かせた。
「 はい〜〜〜ただ今〜〜 」
バイト君は ささ・・・っと走りすぐに湯気といい匂いをさかんに撒き散らしている丼を運んできた。
「 お待たせしました。 当店特製 ・ チャーシュー麺 です。 」
「 ありがとう! ・・・ お〜〜〜〜 この香り! たまらんなあ〜〜 」
「 お客サン〜〜 毎日 おおきに。 今日はな、本場もんの長葱、使うとります。
た〜〜んとあがってくださいや〜〜 」
「 おう シェフ〜〜 サンキュ。 う〜〜〜 うま 〜〜〜 」
私は夢中になって丼の中身を味わい始めた。
「 あ いらっしゃいませ〜〜 」
調度昼時に掛かり始め どんどんと客が来始めた。
ラーメンに夢中・・・ な風で それとなく観察していると 例のバイト君の働きは中々で
なによりも彼はフットワークがよかった。
ふ〜ん ・・・ 体育会系 かね? そんな風な外見じゃないが・・・
あ アスリートか? 駅伝とかマラソンとか?
うんうん そうに違いない。 いいヤツだよなあ・・・
バイト君は常連さんたちから さかんに フランちゃんは? と聞かれ その都度
あの困ったみたいな笑顔で応えている。 また その笑顔に客はほっこりしている。
「 あ〜 空いてますぅ? 」
「 はい、 どうぞ! 」
少し歳の行った ・・・ オバサン風なOL連れが入ってきた。
「 きゃ〜〜〜 ジョー君♪ 君にあえて嬉しいわあ〜〜 」
「 わ〜ん♪ ラッキ〜〜〜 ♪ 」
「 あ は ・・・ あのぅ〜 ご注文は? 」
「 えっとねえ・・・ 蟹玉とチンジャオロースー。 あと ・・・ 杏仁豆腐 二つね! 」
「 はい かしこまりました〜 」
バイト君は すぐに注文を伝えにゆく。 その後ろ姿をオバサンズの熱い視線が追う。
「 ねえねえ ・・・ いいわねえ〜〜〜 あの笑顔〜〜〜 」
「 でしょ? なんかこう ・・・ 癒されるってか ただのイケメンとはちょっと違う魅力よね〜 」
「 う〜〜〜ん カワイイ♪ もう通いつめちゃおうかな〜 」
「 でしょ でしょ♪ 」
― どうやら 彼のファン ・ 倶楽部 も存在しそうである。
「 今日も美味かったよ〜 御馳走さん! 」
私は勘定に立ち、それとな〜く店内を観察する。
・・・ うん。 やはり。 今日はいつもと客層がちがう。
飯店・常連は当然皆勤しているが < その他 > の客層に女子含有率が通常よりも
はるかに高いのである。 な〜るほどねえ ・・・ バイト君恐るべし。
「 あ ありがとうございます〜〜 〇〇円です 」
茶髪のバイト君は 小走りにやってきてす・・・っと会計をしてくれた。
彼の機敏さには 感心してしまう。
「 あな 君? モテるだろ? 」
「 は?? 」
「 だからさ 女の子たちからきゃ〜きゃ〜言われてるだろ? 」
「 え ・・・ きゃ〜きゃ〜って? 」
「 おいおい〜〜 わざとボケてるのか? その顔でさ、高校時代は下駄箱にはラブレター満杯って かい。 」
「 ぁ・・・ 全然。 ぼく 施設育ちで お返し とかもできないし。
バイトに忙しいくて部活とかもあんまし ・・・だから シカトされてましたよ あはは ・・・ 」
彼は全く悪びれる様子も また自虐的な口調もなく、 懐かしそうに言う。
「 へえ・・・? 最近の女子ってのは好みが違うのかなあ ・・・
でも さ 君だって好きなコ ・・・ いるだろ? 」
「 え!? あ ・・・ ええ まあ ・・・ 」
彼はなぜか耳の付け根までまっかっかになった。
ほえ〜〜〜 ・・・ 今時こんな純情ボーイがいるのかい??
いや それともアッチの趣味、 なのか?
ちょうど会計の客もいなかったので、 私はつつ・・・・っと彼の側の寄り囁いた。
「 君 さ。 フランちゃんのこと 気になってるだろ? 」
「 え!? ど どうして知ってるんですか〜〜 あ。 し しつれいシマスっ! 」
彼はもう茹蛸と化し 私の手につり銭を押し込むととっとと厨房に 逃げ込んでしまった。
ふ ふ〜〜〜ん ・・・ なるほど 〜〜〜
よし。 このオジサンに任せろ。
私は久々の <楽しい企み> に にんまりしてしまった。
帰宅すると 弟が鏡に向かって熱心にラーメンを食べていた。
「 ん? ああ また巧くなったな〜 」
「 お 兄貴。 おかえり〜〜 オレだって日々研究に勤しんでいるのさ。 」
「 わかってるって。 お前の演技力あっての < 津山宏二 > だからな〜 」
弟は < 美味そうに食べる > 訓練に熱中しているのだ。
天性、 美味いモノは本当に美味そうに喰うヤツなのだが ・・・・ マスメデイアに晒されるとなると
それ以上の工夫や努力がなければ たちまち飽きられてしまう。
「 へへへ ・・・ そういうコト。 兄貴も辛口コメント、頼むな〜〜
あ そうそう スマホ、置いっただろ? なんかさかんに < 鳴いて > たぜえ〜 」
「 あ? そうか? サンキュ ・・・ 」
私は机の上からスマホを手にとった。
ただのオッサンとして外出するとき、私は携帯もスマホも ― つまり世間とに繋がりを構築する
機器類は一切持ってゆかない。
機械に縛られるよりも ラーメン屋の常連たちとの与太話や バイト君をからかったり タバコ屋の
婆さんと交わす会話の方が よほど楽しい。 私は古い人間なのかもしれないが・・・
しかし 仕事は別だ。 ビジネスはビジネス、と割り切っている。
やれやれ・・・と溜息をつきつつ、スマホ片手にPCの前に座った。
カチャカチャ ・・・ 仕事の海を泳ぎだす。
「 ふ〜〜〜ん あ またかよ〜〜〜 」
新しい仕事の依頼が数件、 そして 出版社からの打診とTV局からの依頼も入っていた。
「 ・・・ ふん。 ちょいと全部却下だなあ〜〜 うん?? 」
ふと ― 見慣れた文字に目がとまった。
下町に埋もれた ・ 地上の☆ 発見! 張々湖飯店 !!
いわゆるグルメ番組からの依頼だった。
シリーズモノで 全国を巡り地域の隠れた名店を発掘する ・・・ というもの。
ついにあの店を見つけたか ・・・
ちょっと残念な気もするが ― まあ 当然ってとこだな
・・・ あんまり大々的に教えたくないなあ・・・
でも あの味を広めたい気もするし ・・・ う〜〜ん
私はしばし そのメールを睨み考え込んでいた。
「 あ ・・・ ふうん ・・・ 」
「 うん? なんだよ〜〜 」
「 いや ・・・ なんかちょっとマンネリだな〜って思ってさ。 」
「 マンネリ? 」
弟がようよう目の前のラーメン丼から 顔を上げた。
「 うん。 こういう企画が さ。 結局どこに行っても 求められている結論は
チンケな店ですが 味は激ウマでした〜 だろ? 」
私はPCのモニターを ぴん、と叩いた。
「 兄貴、 そういう風に書いてるじゃん ? ま 実際そこそこ < ウマイ > し? 」
「 そうなんだけどさ。 ・・・ なあ 今度さ、本当にウマイ中華 どうだ? 」
「 なに 兄貴のプライベート・ゾーンか? 」
「 まあな。 ちょうど仕事の依頼 来てるし。 ここのはホンモノさ。 」
「 ふうん いいねえ。 激ウマの店、行こうよ。 」
「 よし。 < 津山宏二 >、 頑張ってくれよ〜 」
「 任せとけって。 しっかしよ〜〜 本心から う〜〜む ・・・ ウマイ! って風に
食いたいもんだよ ・・・ 」
「 ・・・ まあな 」
― そう ・・・ 私たちもそろそろ < 卒業 > 時期か。 弟も漠然と感じているらしい。
「 あ! 」
「 ??? なんだよ、 兄貴 」
「 ・・・ いや なんでもないよ。 ここは本当にウマイから安心しろ。 」
「 そう願いたいね〜 」
弟はまた鏡に向かって <練習> を始めた。
そのでっかい後ろ姿をぼ〜っと眺めていて ― 閃いた!
そうだ よ! この仕事で さ!
あのバイト君の恋を応援しようじゃないか〜〜〜
< フランちゃん > への想い、届けてやるよ!
「 うん うん ! そうだよな ・・・ 」
私はぼそぼそ呟きつつ 仕事を承諾する返事を送った。
「 いらっしゃい〜〜〜 ・・・! 」
その日も例の明るい声を聞きつつ、私は 中華飯店 ・ 張々湖 のドアを潜った。
昼食のピーク時を少し外してきた。 この時間に訪れるのがあの店の常連の常識 なのだ。
「 こんちわ〜〜 ・・・ 」
「 あ 旦那〜 ようこそ。 今日もチャーシューの出来がいいよっ 」
「 そりゃいいなあ。 そんじゃ そのチャーシュー麺、 たのむ。 」
「 承って候 」
給仕長は大仰なお辞儀をして厨房にひっこんだ。
う〜ん ・・・ 今日はどこに座ろうか な 〜〜
私はそれとなく店内を見回し席を選び ・・・ うん? 雰囲気が少々違うぞ?
― その日 飯店は妙にざわざわしていた。
「 どうか したのかね? 」
私は顔見知りになった常連客たちに近いテーブルに席を決めつつ 訊いた。
「 あ〜〜 旦那。 いや なんでもな〜 例のなんたらいう 評論家が来るんだと! 」
「 ひょうろんか? 」
「 ああ。 ほらよ、TVとかによく出てんじゃん? デブのオッサンでよ〜
わりとキビしいこと、いうヤツ。 」
「 あ〜〜 あれかあ・・・ 」
企画担当が 巧妙にスケジュールをリークしたとみえる ・・・
「 で な。 マスターが悩んでいるんだと。 」
「 悩む? なんでかね。 ココの美味いラーメンに文句を付けるヤツなんぞ
エセ評論家 だよ? 」
「 そ〜なんだけどさ。 マスターなりになにか < こだわり > ってヤツがあるらしいぜ。 」
「 ふうん ・・・ プロにはプロの悩みってヤツかあ 」
「 だ な。 ま オレたちゃ ココの激ウマ・ラーメンが食えればそれでいいんだけどよ 」
「 違いないねえ〜〜 」
わはは ・・・ 常連たちから明るい笑い声があがる。
「 お待たせしましたあ〜 」
ふわ〜〜〜ん ・・・・と漂う極上の香りと その湯気の向こうに極上の笑顔があった。
「 お〜〜 フランちゃ〜〜ん ♪ ラーメンもアンタも待ってたぜ〜〜 」
「 は〜い お熱いところをどうぞ〜 」
チャイナ服の彼女は 今日も笑顔でラーメン丼を運んできた。
「 サンキュ♪ お〜〜〜 これこれ! これでなくっちゃなあ〜〜〜 」
「 フ −−−− ・・・・ んんん〜〜〜 んま〜〜〜〜 」
先客たちはたちまち < 激ウマ ・ ラーメン > の虜となった。
私は 注文した時間がすこしずれていたので、 まだありつけない。
手持ち無沙汰を持て余し ・・・ な雰囲気で何気な〜く 彼女に話かけてみる。
「 フランちゃん この前来た時、休みだったね〜 淋しかったよ。 」
「 まあ それは失礼しました。 ちょっと用事があったので ・・・ 」
「 いや いいんだけど さ。 あれえ? 今日はあのバイト君は? 」
「 バイト君 ? 」
「 うん、ほらあの ・・・ えらくフット・ワークがいい坊やさ。 茶髪のイケメン君 」
「 ? ・・・ ああ ジョーね? いますよ〜 今 皿洗いしてますけど・・・
呼びましょうか? 」
「 あ いやいやいや〜〜 いいんだよ。 うん ・・・ 彼、なかなかよくやるなあ〜って
思ってさ。 働きモノだよねえ〜 」
「 はあ ・・・ 」
「 ほら 掃除とか ・・・ ココはいつもどこでもピカピカだし。
配膳とかもさあ さささ・・・ってやってくれるし。 ・・・ 爽やか系っての? 」
「 あ〜 そうですねえ ・・・ 」
彼女は相変わらずの笑顔だが イマイチ乗り気が薄い反応だ。
よし。 ここはもう一押し〜〜 私はさらに何気なく続けた。
「 あ〜いうの、カレシにいいじゃない? 優しそうだし、なによりイケメンだし さ。 」
「 あ はあ 」
「 フランちゃん、 アイツのこと、どう? 」
「 あ・・・ ええと ・・・ でも ・・・ ちょっと頼りなくて ・・・ 」
「 そりゃまだ若いからねえ〜 でもこれからどんどん成長してゆくさ。 」
「 はあ ・・・ 」
「 あのさ、 これ・・・ナイショなんだけど。 アイツ、フランちゃんにぞっこん だよ? 」
「 ぞっこん ?? 」
「 あ ・・・わかんないか〜 う〜んと・・・ あ 超〜〜〜夢中 ってこと。
いいね! × ( かける ) 100 くらいなんじゃないかな〜〜 」
「 え 」
「 な、ちょっと考えてやってあげなよ。 アイツはいいヤツだよ。 ホント、判るんだ。
これはね〜〜 あんたらよか歳喰ったオッサンとして保証するよ。 」
「 はあ 」
「 な な。 一回 付き合ってやりなって。 」
「 え〜 そうですねえ〜〜 ちょっと考えてみますね〜 ありがとうございましたあ〜 」
「 いや いや ・・・ ふう ・・・ バイト君? 前途は甘くないなあ〜 」
ふうううう〜〜〜〜 ・・・・ 思わずふか〜い吐息がでてしまった。
「 はふはふはふ・・・・ うん? なんだい旦那。 われらが飯店のちゃーしゅー麺まえに
溜息連続・・・ってのは ― ちと オモシロクないけどね? 」
向かい側の席の やはり常連さん のひとりに鋭く突こまれてしまった。
・・・・って いかん いかん 〜〜 自重が大切・・・ってなあ。
すぐに私もこの店の < 激ウマラーメン > を目の前にし それを味わう・・という
至福の世界に没入していった。
「 ・・・・ はあ 〜〜〜 ・・・ 美味かった ・・・! 」
やがて 私はふか〜〜〜〜い満足と安堵の溜息を 今度はおおっぴらに吐き出したのだった。
「 んん〜〜〜 シアワセ ・・・ ん ? 」
配膳口の辺りを あの茶髪のバイト君が掃除をしていた。
想い人は・・・と見回せば 彼女の姿はなく、どうやら担当時間は終ったらしい。
「 ふ〜〜ん ・・・ それじゃ ちょいと ・・・ 」
私は 満足の溜息をもう一回吐いてから 席を立ちのんびりレジに向かった。
「 あ ただ今〜〜〜 」
バイト君は目敏く私をみつけ レジ前に駆け寄ってきた。
「 あ〜〜っと チャーシュー麺で ・・・ 〇〇円ちょうだいします〜〜 」
「 んんん 〜〜 なあ? フランちゃんってほっんと 可愛いよなあ 〜 」
「 え! あ は ・・・ そ そうですね〜 」
すでにバイト君の耳は真っ赤で 彼は早々に俯いてしまい・・・ 見えるのはセピア色の髪だけ。
「 なあ? 彼女のあのチャイナ・ドレス 褒めてやれよ〜〜 すげ〜可愛いよなあ〜
あんな美人、そうそういないぜ? 」
「 そ そうですね ・・・・ 」
「 彼女もさ 〜 褒められれば嬉しいに決まってるだろうし。
それもさ、その服似会うよ〜とか月並みなんじゃなくて ― そうさなあ〜〜
あ。 僕 嫌いじゃないよ その服 ・・・? な〜んてどう? 」
「 あ ・・・ そ そうですね! 」
「 おう、オトコならビシっと決めてみろよ。 アンタがその笑顔で言えばイッパツだよ〜
なあ それに ― ほら。 なんたらいうヤツが来るんだって? 」
私はかなり遠まわしカマをかけてみた。
「 え ・・・・ なんたらいうヤツ ・・・? 」
彼は一瞬 ギクっとした様子だ。
うん やはり。 某有名料理評論家氏の来店予定は 大事件! なのだ。
「 あ〜 詳しくは知らないんだけど さ。
まあ な〜 あんなヤツらのいうことなんぞ 気にしなくていいよ〜
張々湖飯店の激ウマ らーめん みんなのベストなんだからさ。 」
「 あ は ・・・ そうですねえ ・・・
けど やっぱり心配で。 マスターもね〜食材のことで悩んでるみたいで ・・・ 」
― 彼は意外に簡単に 乗ってきた。
ふ〜〜ん ・・・ブタも煽てりゃ木に登る ってヤツか・・・
よ〜し ・・・ その気にさせてやる
「 食材 て ・・・ いつものじゃダメなのかい。 」
「 ええ なんかそのう〜 本場のモノは本場でしか手に入らない ・・・って。
材料からしてワテの店くらいのレベルじゃあ 入手困難なモノが多くて って嘆いてました。 」
「 ほう〜〜〜 そりゃ大変だねえ ・・・ あ でもチャンスだぞ、きみ! 」
「 え?? チャンス ?? 」
「 ああ。 その新鮮な材料さ、 走り回って仕入れてくれば彼女も君の事、尊敬するさ! 」
「 そ そっか ・・・ ナ・・・? 」
「 そうだよ! オンナンコってのはさ、 そういう正義のヒーロー みたいのに弱いのさ。
ここはこのおっさんのいう事を信じてみろ。 」
「 はあ ・・・ でもォ〜〜 どうやれば ・・・ 」
「 だからさ。 仕入れは任せてくれ! とか どん、と引き受けて ・・・ 夜明け前の市場に行く
とかさ。 ここいらなら海も近いから 浜揚げのとれとれを直接仕入れる とか 」
「 ― 直接? ・・ あ そうか! ぼくは、 いや ぼく達は ・・・ うん!
わ〜〜 お客さん ありがとうございます〜〜 」
「 ははは いいってことよ。 それよか この店のマドンナを泣かせたりしたら ・・・
オレたち常連客が ただじゃおかないからな! 」
「 うわ〜〜 おっかねェ〜〜 でも がんばりまっす〜〜 」
バイト君は 満面の笑顔だ。
お。 カッワイイなあ〜〜 こいつ、 マダム・キラー かもなあ・・・
そうこうしているうちに あっという間に師走 ・ 大晦日 ・ 三が日 が過ぎ ・・・
ざわざわとした日常が 再びスタートした。
例の < 仕事 > は 年明け早々、と決まっている。
まだ松もとれないある日 私は常連さんとして張々湖飯店を訪れた。
取材前内偵? いやいや ただ単にあの! 飯店特製 ・ ちゃーしゅー麺 が食べたかったからだ。
「 ふんふん〜〜〜 ・・・・ っと ・・・ うん? 」
その角を曲り 中華街の大通りから二筋、奥にはいった道は ― なぜかヒトが集まっていた。
満員の席待ち・・・といった風でもなく、穏当とは言い難い雰囲気だ。
やはり < あの件 > なのか・・・?
「 よう! どうしたんだい。 」
私はごく普通の口調で 顔見知りに常連客に声をかけた。
「 あ〜 旦那〜 なにね、 ほれ ・・・ 」
「 え? 」
普段から陽気なその客は憮然とした顔で張々湖飯店のドアを 指した ― そこには 張り紙が一枚。
臨時休業 本日は都合によりお休みさせていただきます 張々湖飯店
「 へえ ・・・? 」
「 う〜〜 なんでだよ〜〜 御節に飽きたからココの激ウマラーメン、がばっと食いたいのに! 」
「 オレ、新年・ ウマイもの食い始め で来たのに〜〜 」
常連たちは大袈裟に騒ぎ立てはしないが 不満たらたらだ。
「 あ! 例のあのオデブ・評論家がさ 来るのかもな〜 」
「 へ? ・・・ なんだよォ〜〜 そんなの ほっとけって! 」
「 だよな〜〜 あのマスターらしくないぜ〜〜 」
「 そうだよなあ ・・・ 」
私はそっと彼らから離れて 店の裏に回ってみた。
きちんと片付いていて、掃除も行き届いているが ― 勝手口は開けっ放しだった。
お。 ラッキー ・・・ ちょっとだけ ・・・
私はこっそり ・・・ 勝手口ににじり寄った。
シュ ・・・ッ ! 突然旋風が舞い込み ドサ ・・・! 大きなトロ箱が出現した!
う ・・?? 目の迷い かよ? な なんなんだ〜〜???
同時に 例にバイト君の声がきこえてきた。
「 ・・・ はあ はあ ・・・ た ただいま ! 函館から戻りました!
ご注文のホタテとウニ〜〜〜 今朝の水揚げだって。 」
「 お〜 ご苦労さん。 ほんじゃ 次はなぁ 博多、や。 帰りに松江にも寄ってや〜 」
「 え〜〜 ・・・ 博多ぁ〜〜 それで 松江も? 」
「 そや。 博多では明太子、松江ではカニやで。 たのむで〜 ジョーはん。 」
「 ジョー ・・・ 大変だけど ・・・ お願いね。 ジョーにしかできないもの ・・・ 」
「 う うん♪ ぼく 〜〜 頑張る! それじゃ 行って来るね! 」
「 ええ 気をつけて ・・・ 行ってらっしゃい。 cyu♪ 」
バイト君は どうやら憧れのマドンナの君からほっぺに ちゅう をもらったらしい。
「 わ〜〜〜!! わ わ〜〜 い イッテキマス !! 」
シュ ・・・! ・・・・ うん? また旋風が吹きぬけていった。
はこだて に はかた に まつえ だって??
行ってきてこれからまた行くってのか???
― いや まさか。 そんなことありえない。
ああ 多分きっとそういう名の卸問屋なのだろう。
私は自分自身を納得させると、そそくさと去った。
数時間後 ―
< 津山宏二 > は付き人と伴って 中華飯店 ・ 張々湖 の特別室に収まっていた。
「 いらっしゃいませ ・・・ ムッシュウ・ツヤマ 」
艶やかなチャイナドレスの金髪碧眼美女 が少々強張った笑顔でやったきた。
やあ フランちゃん。 今日はまた一層美人だね〜〜
私は心の中で精一杯エールを送ったが ― 彼女には判るまい。
付き人として かなり変装をしているし、こんな冴えない小男に気付くはずもない。
やがて − つぎつぎと料理が運ばれてきた。
どれもこれも本当に < 本格中華料理 >、で いつもこの店でお目にかかっている
日本人好みな ・ 中華風料理 とはまったく違っていた。
「 ・・・・・・・ 」
< 津山宏二 > の箸がとまった。
「 ・・・ どうした? 」
私はごくごく低く呟いた。
「 アニキ。 ・・・ これ 皆 当たり前の ・ 本格中華の味 じゃん? 」
「 ・・・ お前もそう思うか。 」
「 ああ。 正統な味だぜ。 けど ・・・どこが兄貴の激ウマよ? 」
「 だよなあ ・・・ 」
目の前に置かれた皿には ― ホンモノの燕の巣を使ったスープ やら
鮮度抜群の魚介のみごとなオードブルやら ・・・ が並んでいる。
もちろん どれも美味しい。 飛び切りの美味だろう。
― が。 すべて < そうあるべき > 味 なのだ。
これじゃない。 これじゃないんだ! ・・・ この店の真骨頂は!
・・・ コトン。
「 あの ムッシュウ・ツヤマ? 箸休めに いかが・・・ 」
フランちゃんが 熱々の番茶を置いた。 この店の十八番、この店のシンボル・・・
私はじ〜っと番茶の湯気を見ていて ― 閃いた!
「 あ ! おい〜〜 あのな・・・ 」
「 兄貴 ? え?? ・・・わかった。 あ〜〜 らーめん 頼む。 」
「 は? ・・・ あの ・・・ ラーメン ですか? 」
「 そう。 この店の特製ラーメンだ。 」
「 は はい! ただいまお持ちします !! 」
半時間後。
肥満の料理評論家氏は 張々湖飯店特製ラーメン を大絶賛し、引き上げていった。
直後 常連客達がなだれ込んだのは言うまでもない。
ふふふ ・・・ バイト君とフランちゃんは大忙しだったろうな。 ごめんな〜
その日、私は珍しく上機嫌で本心からの褒め言葉で < 呟き > を発信した。
その後 ・・・
< 津山宏二 > は健康上の理由で 料理評論家を引退した、
今は彼の ダイエット・ブログ が人気だ。 当然書いているのはこの私。
やはり私たちは二人三脚で こそ・・・っとつぶやくのが似合いなのだろう。
数年後 しばらくぶりで訪れたあの街で私は心温まる光景を見た。
あ ・・・ よかったなあ〜〜 バイト君。
お前、 なんとか彼女をゲットしたんだな
私は道の反対側をのんびり歩く親子連れに 密かにエールを送っていた。
「 ・・・? 」
「 なあに、 どうしたの、 ジョー。 」
「 あ・・・ うん いや ・・・ なんかね、懐かしい視線と感じたんだけど ・・・ 」
「 懐かしい視線? 」
「 あ〜〜 うん ・・・ なんかこう ・・・暖かい励ましっての? 」
「 ?? 可笑しなジョーねえ ・・・ ほら イワンに笑われるわよ? 」
「 あは そうだねえ〜〜 気のせい だよね〜 」
若いカップルが寄り添って歩いてゆく。
セピアの髪のカレシは楽しげに笑う。 金髪碧眼の彼女も明るく笑い、腕の中の赤ん坊を
ゆすり上げた。
************************** Fin. ***************************
Last
updated : 10,12,2013.
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************** ひと言 ************
原作設定です〜〜 そうでないとこのオッサンは存在しないし・・・
あ でもちょこっと平ゼロ要素もあり、ですが〜〜
まあ こんなのもあり?ってご笑読ください。