『   旅立ち   − 神々との闘い編への序章 −  』

 

 

 

 

一年の最後の月に入ってから、穏やかな晴れの日が続いている。

巷では降誕祭のイルミネ−ションが華やかだが、行き交う人々の足元に雪はない。

突き抜けるような高い青空が続くこの地方の冬に フランソワ−ズはいつの間にか慣れていた。

吹きぬける乾いた寒風も身近な存在となった。

 

「 そうね。 初めはびっくりしたわ、あんまり明るい陽射しの日が続くし。

 ちっともクリスマスの月らしくないなあ・・・ってね。 」

メンテナンスにやってきたアルベルトに訊かれて 彼女は小さく肩をすくめた。

欧州組の彼は 用事が済めばいつもさっさと祖国にもどってゆく。

縁もゆかりもないこの島国に住み着いたフランソワ−ズとは対照的だった。

 

「 そんなにココがイヤ? 」

「 ・・・絡むな。 そうじゃない、ただ ・・・ 俺は俺が居たい場所に戻るだけだ。 」

「 なら、わたしも。 わたしの居たい場所に居るだけ、よ。 このお天気もなかなかよ? 」

サッシからは 溢れるほどの光がリビングに射しこんでいて、

この季節にリビングはサンル−ムに早替わりする。

低く垂れ込めた灰色の空が続く祖国の冬とは対照的である。

「 ふふん・・・ 居たい場所ってアイツが居るところ、だろう。 」

鼻白んだ風に アルベルトは彼女を一瞥した。

飛んできた視線を受け止め、しかし彼女は悠然と微笑み返した。

「 そんなところかしら。 わたしの居場所はココにしかないの。 」

「 ・・・それでお前がいいのなら。 」

「 それでいいのよ。 」

交わしあった視線は 穏やかにお互いに落ち、そのまま消えてゆく。

数多くのコトバを尽くさなくても それで十分である。

眼差しひとつ、短い言葉でこころの内はちゃんと判りあえるのだ。

 

 − 幸せを 願っているよ・・・

 

アルベルトは濃い睫毛がその頬に影をおとす、端麗なプロフィ−ルに心の内で語りかけていた。

 

「 ・・・じゃあ、ちょっと早いけれど・・・ よいクリスマスを。 」

「 ああ、お前も、いやお前たちも。 」

「 ふふふ・・・ ありがとう。 」

「 ・・・・ 」

ごく自然に。 白い右手が差し出され、手袋なしの黒鋼の手と触れ合った。

 

 

月の後半に入る前に、彼は祖国へと戻っていった。

「 せっかくなのに。 正月、いやせめてクリスマスを一緒に迎えたかったなあ。 」

「 さあ、それはちょっとね。 彼も仕事があるし。 

 やっぱりクリスマスは自分の国で迎えたいのでしょ。 」

「 ・・・・ きみも? 」

「 ジョ− ・・・ 」

アルベルトの搭乗した機影を遠く見やって、ジョ−はぼそりと尋ねた。

今日も晴れ、冷たい風に弄られた前髪が彼の顔を隠している。

 

「 ・・・わたしは。 ジョ−の傍で、ジョ−と一緒にクリスマスを過したいの。

 次のクリスマスも、その次も ・・・・ ずっと。 」

「 ・・・・・・ 」

ジョ−はなにも応えずに繋いだ手をきゅっと握り返した。

手袋ごしに伝わってきた暖かさが とても心地よい。

冷え切ってしまった身体にその暖かさが沁み透ってゆく。

焚き火よりももっとひそやかに、身体の奥底に灯る熾火となってこころを暖める。

フランソワ−ズはほんのりと微笑した。

「 帰ろうか・・・ 寒いだろ。 」

「 ・・・・・・ 」

今度は彼女の手に力が入った。

言葉も交わさず、互いに見合うこともなく。 

それでも二人は同じ方向を見、同じ想いで肩を並べ歩いていった。

 

 

 

駅に降り立つと 陽射しからしてちがっていた。

うらうらと白っぽい光がただよい、吹く風もまろやかだ。

 

「 ・・・いい気持ちね。 なんだか空気が 甘いわ。 」

「 ふうん・・・ やっぱりウチの辺りとは全然違うね。 」

うん・・・・と大きく伸びをしてジョ−はフランソワ−ズを振り返った。

見合った目で微笑みあって。

二人は自然と空いている方の手を握りあった。

「 ・・・ いこうか。 」

「 ええ。 」

紅葉狩には遅く、年末年始の休暇にはまだ少し早いこの時期、

古( いにしえ )の都を擁するその駅舎は 降りる人もまばらだった。

 

 

 

「 どうじゃね。 二人で旅でもして来ては。 」

「 はい? 」

フランソワ−ズは畳んだ洗濯物を抱えたまま、ぽかんとギルモア博士の顔をみていた。

「 明日からイワンもわしと一緒に留守をするし。

 たまには のんびりと二人で遠出しておいで。 」

彼女のびっくり顔がギルモア博士の笑みを誘う。

「 実はコズミ君に応援を頼んでな。 彼のご推薦コ−スとやらを教えてもらったよ。」

「 まあ、コズミ博士がですか。 」

「 うむ。 国内旅行は案外機会がないもんじゃ、たまにはジョ−に案内させるといい。」

ほれ・・・と博士は机の上から大きさもまちまちな紙類を持ち上げた。

博士から渡されたパンフレットを拡げ フランソワ−ズは目を見張った。

「 ・・・あら・・・ <ナラ>? どの辺ですの? ジョ−は行ったことがあるのかしら。 」

「 関西、西の方じゃよ。 ああ、ヤツは多分学生時代に行っているのじゃないか。

 この国には<修学旅行>という習慣があるそうだから。 」

「 そうなんですか。 まあ・・・ 綺麗。 」

拡げた小冊子には春爛漫の景色やら紅葉の錦、雪の綿帽子を被った山寺などが

ところ狭しと並んでいた。

「 ちょいと季節はずれだがな。 その分人出も少ないじゃろ。 ゆっくりと過せる。 」

「 行ってみたいですけど・・・ ジョ−はどうかしら。

 こういうところ、退屈かもしれません。 」

「 さあなあ。 ともかく本人に聞いてみるといい。 」

博士はのんびりとパイプを燻らせた。

 

ジョ−は 意外にもあっさりと乗ってきた。

「 うん、修学旅行で行ったけど。 でもあんまり覚えていないなあ。

 レンタル・サイクルでいろいろ巡ったんだけど・・・ 遊んでたからね。 」

フランソワ−ズが見せたパンフレット類を ジョ−も面白そうに覗き込んだ。

「 じゃあ、是非行きましょうよ。 コズミ博士ご推薦のコ−スですって。 」

「 へえ・・・。 ああ、この旅館すごいね。 ・・・あの和風の場所だけど、いいの。 」

「 ええ、勿論。 せっかくのチャンスだもの。 」

「 そういえば、きみと二人で出かけるのって久し振りだね。 」

「 ・・・ そう? そうかしら。 あら、仔鹿? 可愛いわね。」

ふっと沸いてきた頬を隠したくて、フランソワ−ズはことさら声を上げて紙面を指した。

「 じゃ。 決まり。  」

フランソワ−ズはますます火照る頬を持て余し、ぱらぱらと読みもせずに

小冊子のペ−ジを繰っていた。

 

次の学会で発表する論文を纏めてくるから、と博士はコズミ家に泊りがけである。

例によってアレもコレも・・・・の資料の大山を築くので、

いつものごとく、ジョ−が車で博士を送り届けることになった。

「 すまんのう、ジョ−。 お前たちも出かけるのに、気忙しくさせて・・・ 」

「 いえ、すぐですから。 ・・・えっと、荷物はコレで全部ですか? 」

「 あ〜・・・ うむ、こんなものかの。 」

「 ジョ−!ちょっと待って〜 」

ジョ−が車のトランクを閉めようとしたとき、フランソワ−ズの叫び声が飛んできた。

「 待って、待って〜!! これも、入れて頂戴。 」

「 ・・・あ、そうだね。 」

フランソワ−ズが両手一杯に抱えた荷物を ジョ−は慌てて受け取った。

「 おお、忘れとった。 ありがとうよ、フランソワ−ズ。 」

「 ・・・忘れないでくださいね、博士。 ジョ−、ありがと。 」

ふう〜〜っと息をついてフランソワ−ズはもひとつ溜息を付け加えた。

「 紙オムツと。 着替えはここで・・・ 哺乳瓶とミルクの缶とタオルはこっち。 

 あと一応お風呂の道具も入れておきましたから。 」

「 すまん、すまん。 肝心のイワンの荷物をすっかり忘れておったよ。 」

《 博士、酷イナア。 アリガトウ、ふらんそわ−ず 》

みんなの頭にメッセ−ジが飛んできた。

「 大丈夫・・・というより、コズミ君にも頼んでおくからの。 なんとか・・・ 」

《 ボクモ、オ腹ガ減ッタラ喚クカラネ。 》

「 ああ、そうしてくれれば一番助かるわい。 」

「 じゃあ、そろそろ行きますか。 」

「 行ってらっしゃい、博士、イワン。 コズミ博士によろしくお伝えくださいね。 」

 

  − ほんとうに・・・ 大丈夫かしらね・・・

 

研究所の前の坂道を降り、大きく海沿いにカ−ブしてゆく車を見送り

フランソワ−ズは一人でおおきな・おおきな溜息をついた。

 

 

 

「 ・・・ 大丈夫かしらね? 」

「 え・・・? なにが。 一本道だよ。 」

隣をあるくジョ−が 驚いてフランソワ−ズの顔を覗き込んだ。

駅舎を出て、バスもタクシ−もあったが二人はぶらぶらと歩き始めていた。

「 あ・・・ ごめんなさい、ちがうの。 道順のことじゃなくて・・・ 

 イワンのこと。 ちゃんとミルク、温めてもらえたかしら。 ヨダレかけの新しいの、

 気に入ってくれたかな・・・ あら、なに? 」

くすくす笑うジョ−に気付き、彼女はすこしむっとして尋ねた。

「 いや・・・ごめん。 だってさ、きみ・・・ しっかり<お母さん>してるんだもの。 」 

「 え・・・ そうね、もう長い付き合いですもの。 自然にそんな気分よ。 」

「 うん、そうだね。 」

ぽつんとハナシは途切れてしまったけれど、それで別に不愉快というわけでもなく。

二人はそれぞれに相手の気持ちを思いやっていた。

 

「 風が柔らかいわ・・・ お日様もゆったりと照っているみたい。

 なんだかとても優しい風景ね。 」

「 近畿地方は天気も穏やかだね。 この辺りは盆地だから余計にそう感じるのかな。

 海っ端の研究所とは随分違うよ。 」

「 面白いわ。 ねえ、ここに昔首都があったのでしょう? 」

「 首都っていうか。 うん、都があったよ、70年間くらいね。 」

「 たった70年で国の中心を移してしまうって・・・考えられないわ。 」

千年の都を擁する国に生まれ育った乙女には<都移り>はとても不思議に思える。

 

・・・ 慣れ親しんだところをどうして。

 

心を添わせて重ねてきた日々をどうして簡単に反故にしてしまえるのか。

今までの時間は すべて仮初めだったというのか。

ヒトの気持ちとは そんなに移ろいやすいものなのだろうか。

そして

ソレは ・・・ この国の人間の性( さが )なのだろうか・・・

 

わたし達。 ずいぶんと長い間一緒にいるけど。

 

午後の陽射しが溢れる白っぽい道に ゆらゆらと大小の影法師が伸びる。

小さい影はすこしづつすこしづつ場所を替え 

やがて いつの間にか大きな影にぴたりと寄り添い影法師はひとつになった。

 

「 ほら、もうすぐ。 あの角を曲がったところさ。 どうしたの?疲れたのかい。 」

気がつけば 自分の腕に身体をしっかりと寄せているフランソワ−ズに、

ジョ−は驚いた風だった。

「 ・・・ ううん。 ただ、こうしていて欲しいだけ。 」

「 そう・・・? 」

ジョ−は微笑してフランソワ−ズの肩に腕を回した。

 

二人の目の前に古びた風に作られた紫折り戸があらわれた。

白木の表札に凝った字体で宿の名前が記されている。

「 ・・・ああ、ここだね。 」

「 わあ・・・ 素敵は門ね。 綺麗だわ。なんだか昔話に出てきそう。 」

わざと素朴な風情を模した造りに フランソワ−ズは単純に感心していた。

「 こういう風な方がウケるから。 大丈夫、建物の中はちゃんと現代的だよ。 」

「 ふうん・・・ 」

がっかりしているのかホッとしているのか、よくわからない彼女の返事が

可愛らしくて ジョ−は自然を笑みがこぼれてしまう。

「 あ、やだ。 ジョ−ったらまた笑ってる〜 」

「 笑ってって・・・ ごめん。 」

「 ・・・ もう。 」

「 ほら、入るよ? 」

むくれている彼女を促して、二人はがっちりとした日本家屋の扉をくぐった。

「 こんにちは・・・ 」

「 いらっしゃいまし。 」

早速に半被を着た男性がすっと現れた。

 

 

 

皿・小鉢が触れ合う音がそちこちでにぎわっている。

各部屋から下げられた食器類が どんどんと洗い場に集まってきていた。

穏やかに夜の帳が静かな里を包み始めるころ、この旅館にもゆったりとした時が流れだす。

「 はい、萩の間さん、完了。 」

「 ごくろうさん。 ああ、綺麗に召し上がってくだすって。 嬉しいねえ・・・ 」

「 あの外人の新婚さん? 」

「 いや、お前。 あの二人は・・・ 新婚さんじゃあないねぇ。 」

「 そう? まだ若いものね、恋人同士の婚前旅行ってのかな。 」

「 あれは夫婦者だよ。 ただ・・・ 」

「 ただ? 」

「 ・・・うん、なんだか不思議な二人だ。 見かけは若いが・・・その、なんというか雰囲気が

 あの二人の間に流れるもの、アレは長年連れ添った間柄を感じるなあ。 」

「 そんなのヘンだよ? まあ、いろいろワケありなんだろ。 さ、早く明日の

 仕込みにかからなくちゃ。 」

「 ああ、そうだな。 」

厨房では料理人とその妻がせわしなく動きまわっていた。

「 ・・・フルム−ンなんて言葉があったな。 そんな感じだ。 」

手は忙しく動かしつつ、料理人はぶつぶつと独り言を呟いていた。

 

 

 

  − ・・・・・ ふう 

 

畳に蒲団という寝具だからだろうか、いやに天井が高くみえる。

正目のとおった天井板へフランソワ−ズは熱い吐息をはいた。

冷たい夜気が 火照った肌に心地よい。

次第に遠くなってゆく身体の中の潮騒に ぼんやりと耳を傾ける。

潮は退いていっても 中心には熱いものが留まっている。

 

もう一度吐息をもらし、フランソワ−ズは自分の身体に絡まるジョ−の腕を

静かにはずした。

腕の持ち主は 深い眠りに落ち身じろぎもしない。

そっと彼のすべすべとした広い胸に頬を押し当てる。

規則ただしい鼓動が 微かに上下する胸板の奥に感じられる。

冷えていた頬に彼の血潮の熱さがやわやわと伝わってきた。

 

この鼓動は 流れる血潮は ツクリモノの擬いものだれど

この暖かさは 真実。

この愛しさは 本物。

 

どうして こんなにこのヒトが愛しいのだろう。

どうして こんなに愛してしまったのだろう・・・・

 

フランソワ−ズは 自身の内奥に揺らめく炎にあきれ返る。

そして また。

その炎がいつまでも燃え盛っていて欲しいと願う。

 

ジョ−との燃える夜。

こんな時だけは ・・・ この身体に感謝する。

年月の流れから 外れてしまったこの運命に微笑んでみる。

 

でも、と同時にフランソワ−ズは人知れず涙をも流す。

 

  − わたしは・・・。

 

数多の愛を享けながら 自分はまだそれを実らせることができない。

今度こそは・・・と密かに願うのだけれど・・・

身体の中心にその人の熱い想いを抱えフランソワ−ズは唇を噛む。

 

  − わたしでは ・・・ ダメなのかしら。

 

未来の人のあの言葉は 本当なのだろうか。

自分の心にこんなにも深く滲み込んだあのコトバ、彼が忘れているわけがない。

まして、彼の生い立ちを思えばなおさらである。

 

家族が欲しい。 血を分けた、自分に連なるものが欲しい。

 

勿論彼ははっきりと言葉にしたことなど、あるはずがない。

素振りや視線にすら、その望みを露わにしたこともないのだ。

 

・・・だけど。

 

フランソワ−ズの溜息がジョ−の胸をすべり落ちてゆく。

いつの間にか逞しい肩に、強靭な首筋に 彼女は腕を差し伸べ絡ませていた。

 

だけど。

わたし、聞こえるもの  わかるもの 感じるもの・・・

ジョ−、あなたのコトバにならない想いが 望みが 情熱が 

わたし。 ・・・ 知ってしまったの。

わたし。 ・・・ 気がついてしまったの。

 

これまでの日々をただ共に過してきただけではない。

文字通り 命がけで身体を張って生死の狭間を駆け抜けてきた。

いつも隣に居るジョ−のこころの中が 秘めた想いが

わからない訳が・・・ ない。

伝わらないはずが・・・ ない。

 

ジョ−・・・

あなたの幸せ、あなたの望みを 本当に大切に思うなら

ほんとうに 叶えてあげたいと願うなら

・・・ わたしは。 わたしでは。

ジョ−・・・

でも できない。 できない、できない。 どうしてもできない。

死んでも・・・・ できない、できっこない。 

死ぬときだって 離れられない。 別れられない ・・・ 

わたしには 慣れ親しんだ愛しいものを 手放すことなんかできない。

わたしには ずっと暖めたこの気持ちを 捨て去ることなんかできない。

・・・ できっこない。

 

なぜか、急に昼間足を踏み入れた野原が眼裏に浮かんだ。

一面に揺れる枯れ草にまじって 忘れ去られた礎石があったり

いにしえの日々、人々が賑やかに行き交った道の跡が隠れていたりした。

ここで、かつて誰かが笑い・怒り・喜び・哀しみ・・・ 愛し合っていた、と思えば

藪に隠れる花橘の古木もなにやら由緒ありげみえた。

捨てられた地は なにを思ってこの悠久の時をすごしてきたのだろう。

 

・・・ ジョ−。

ごめんなさい。 わたし ・・・ あなたを幸せにしてあげられない・・・

 

冷えた頬にびっくりするほど 熱い涙が行く筋も伝わり落ちた。

嗚咽を漏らすまい、とフランソワ−ズはますますジョ−の胸に顔を押し付けた。

 

 

  − ・・・ フランソワ−ズ

 

「 ・・・ え ・・・ ? 」

いきなりちいさく名を呼ばれ、フランソワ−ズは驚いて身を起こそうとした。

「 ・・・ いいんだ。 」

「 え、なに? 」

ふわり、とジョ−の腕が彼女のアタマにまわされた。

そのまま・・・きゅっと抱きしめ、熱い唇が彼女の涙を吸いとった。

 

・・・ きみが。 きみがいてくれれば それでいい。 

 

ゆっくり口を開くとジョ−ははっきりと言った。

おだやかな茶色の眼差しに包まれたとき、

青い瞳からこぼれ落ちる涙の哀しみの色が消えた。

まじまじと瞳を見開いたきり、いとしい人の名を呼びたいのに声がでない。

唇だけが 震えて彼の名をカタチだけなぞった。

 

だから・・・ 泣かないで。 いつも笑顔のきみが いい。

 

必死に唇を引き結び、フランソワ−ズは微笑んだ。

涙の跡を 雫の欠片を 頬に残し、それでも彼女はこころからの笑みを浮かべた。

ジョ−は その笑みがなによりも美しいと思った。

 

  − きみがいれば いい

  − ・・・ あなたのそばなら 

 

 

古都の夜は すべてのヒトの想いを あらゆるモノへの愛を 包み込み

静かに深けていった。

 

 

 

「 すこし風が強いね。 寒くない? 」

「 大丈夫。 そんなに冷たい風じゃないし。 」

「 ・・・その色、よく似合ってる。 」

「 ふふふ・・・ ありがと。 」

 

翌朝、二人はコズミ博士ご推薦のコ−スへと足を伸ばした。

冬枯れの盆地に、今日は時折北風が吹き込む。

枝にぽつんと残った柿の実が 寒風にその朱色をゆらす。

からからと音をたて、枯れ草が靡いていた。

フランソワ−ズは亜麻色の髪を 朽ち葉色のスカ−フで被った。

ジョ−のトレンチ・コ−トとよく合った色合いだ。

 

「 え・・・っと。 古墳とか興味ある? 

 古墳といっても 公園みたいになっているらしいけど。 」

「 いいわ、行ってみましょうよ。 面白そう・・・ 」

「 よし。 ともかく眺めは抜群にいいらしい。 」

「 そうなの? 楽しみね。 」

 

今日はフランソワ−ズが彼の腕を取る前に ジョ−は自然に手をだした。

 

つないだ手は ゆるやかだけれど暖かい。

一緒にいるが、彼と彼女の身体は触れ合ってはいない。

・・・ ただ一点、その掌だけが二人を繋いでいた。

 

・・・ ここまで、来たのね。 わたしたち。

ああ。 ここまで来たね。

 

こうして 行くのね ・・・

ああ。 ずっとね。

 

 

視界に大きな岩のようなものが入ってきた。

「 あら、あれはなあに? 」

「 あれが 石舞台古墳。 昔はこの上に ・・・・ あれ? 」

「 ・・・ どうしたの? ・・・あ!誰か・・・ お年寄りよ? 倒れてる・・・! 」

「 急ごう。 」

「 ええ。 」

 

今の今までとは打って変わって。

二人はきびきびとした足取りで その古墳の入り口へと急いだ。

よろめき出てきたボロ服のオトコは 倒れたきり動く気配はなかった。

 

 

それは ながい闘いの日々への旅立ちの時だった。

・・・・ 穏やかな時間 ( とき ) は終わりを告げた。

 

 

 

 

*******    Fin.    *******

Last updated: 12,06,2005.                                index

 

 

***  言い訳  ***

原作落穂拾い、というか助走?というか・・・ <その前夜>というか。

熟年夫婦のフルム−ン旅行記、みたいになってしまったです(^_^;)

・・・でも、連れ添って40年・・・ですからね〜お二人さん♪