『 あの角を曲がれば 』
その絵は 彼女を待っていた。
街中の小さな画廊、 ・・・ それも雑居ビルの一角にひっそり店を構えているので知るヒトは多くはない。
そこの片隅に飾られていた一枚の水彩画。 彼女はその絵の前に釘付けになっていた。
ここ・・・! この道 ・・・
だって わたし、通ったわ
「 フランソワーズ? 」
「 ・・・・・・・ 」
彼女はジョーの声も耳に入らず ただただじっとその風景画を見つめているのだった。
これは確かに あの街角だわ!
初夏の朝 陽射しはヴァカンスの日々を予感させるみたいに明るい。
木陰はびっくりするくらい濃い陰を落とし 舗道の白さと絶妙なコントラストを描く。
ワンワンワン ・・・・ !
仔犬の鳴き声と一緒に赤いショート・パンツの少女が角を曲がってきた。
「 あ カトリーヌ! お早う〜〜 ルネもおはよう〜〜 」
「 ワン♪ 」
「 お早う フランソワーズ! あ ルイとこのパン、まだあった? 」
犬にひっぱられ少女が息せき切って駆けて来る。
お日さまが 彼女の額の汗にちかり、と映えた。
「 ええ、でも急いだほうがいいと思うわ。 なんたって人気だもの。 」
「 そうだよね! じゃ・・・またあとでね〜〜 」
「 うん。 バイ〜〜 バイバイ、ルネ♪ 」
「 ワワン ♪ 」
彼女とそして仔犬にも手を振ってから フランソワーズは紙袋を持ち直す。
中には ぱりぱり焼きたてのバゲットとついでに朝市で買ったセロリが一本。
「 ああ いい気持ち・・・ お早う、わたしの街〜〜 」
亜麻色の髪を初夏の陽射しに揺らして 彼女は広場を横切っていった。
ありふれた街の朝 ありふれた会話 ― 当たり前の日々が始まったばかりだ。
その景色の中をサブリナ・パンツの少女が足早に通り過ぎてゆく。
そう ・・・ あの瞬間は 二度と戻らない
「 ・・・ へえ? 」
「 だからなんなの? ・・・ 自分のウチに帰ってきたら悪い? 」
妹は兄にくってかかった。
その兄は ・・・ キッチンに立つ妹を穴があくほど見つめている。
「 いや。 悪かないさ。 」
「 そう。 ならそんなにじろじろ見ないでよ。 わたし、ただのお兄ちゃんの妹よ? 」
「 あ ああ。 ・・・・で アイツは。 」
兄はすこしわざとらしく、きょろきょろと部屋の中を見回した。
「 アイツってなによ。 」
「 アイツだよ・・・ あの 茶色毛の仔犬さ! 」
「 ・・・ いくらなんでも失礼よ、お兄ちゃん。 」
ジロリ、と青い瞳がにらみつければ ふふん・・・と同じ色の瞳が突き返す。
「 いっつもお前の後ろをついてくるじゃないか。 尻尾振ってさ。 仔犬を仔犬といってどこが悪い?
で ・・・ ヤツは? ホテルで <オアズケ!> か? 」
「 ― わたし、ひとりよ。 」
「 へ? 」
「 ひ と り。 一人でスーツ・ケースひっぱって一人でひこ〜きに乗って。
一人でシャルル・ドゴールからウチまで帰ってきて。
そ〜して! 一人で5階までスーツ・ケースをひっぱり上げました ・・・! 」
「 ・・・ ケンカ したのか? 」
「 してません!! 」
「 は〜ん ・・・・ 」
「 なによ その は〜ん・・・って! バカにしてるんでしょ、呆れてるんでしょ 」
ぱたぱたぱた・・・・ エプロンに涙が落ちてころがって水玉模様になる。
「 ・・・ ば〜か 泣くほどのことか? 」
「 !! な、泣いてなんかいない! こ・・・これは ・・・ 」
「 はいはい・・・汗が目から流れた、んだろ。
どうでもいいけど、そのコーヒー、早くくれ。 冷めちまう。 」
「 ・・・ もう ・・・! はい これ。 」
湯気を揺らせてカップがテーブルに置かれた。
「 お。 めるし〜〜 ・・・ バゲットは? 」
「 ・・・・ ( ばさ ) 」
「 ・・・お? これ、どこのだ? 」
「 エア・ポートの中の店。 途中で買ってきたの。 」
「 ふうん ・・・ 」
「 ルイのとこに寄ってくる時間、なくて。 これでもいい? 」
「 ・・・ いいって。 うま〜〜♪ ファン、お前も食えば。 」
「 ・・・ うん。 」
妹は膨れっ面のまま やっと朝食のテーブルに着いた。
「 で。 やっぱりケンカだろ? 」
「 ちがうって言ったでしょう? ・・・ わたしだってたまには故郷に帰りたいわ。 それだけよ。」
「 ・・・・・・・ 」
兄は片方の眉を上げ、肩を竦め ・・・ マーマレードの瓶を妹の前に押しやった。
「 あら♪ これ、わたし大好き♪ 日本には売ってないのよね〜〜 」
「 まあ ゆっくり食えや。 」
「 ん 〜〜〜 」
ばさ・・・っと新聞を広げ兄はその陰にかくれ 妹は大口をあけてバゲットにかぶりつく。
古ぼけたアパルトマン、洗いざらしのテーブル・クロスの上には朝陽が零れている。
ラジオからは先ほどまで早口のニュースが聞こえていたが今は旧いシャンソンに替わった。
「 ・・・ ねえ。 」
「 ん? 」
「 しばらく居てもいい。 」
「 お前のウチなんだろ。 」
「 ・・・ そうだけど。 」
「 じゃ ・・・ 勝手にしろ。 」
「 ・・・ お兄ちゃん ・・・ 」
― カタン 兄は椅子を引いて立ちあがる。
「 今晩 空けとけ。 こじゃれたブラセリー、見つけたんだ。 お前の好きな<白>を置いている。 」
「 ん ・・・ メルシ。 」
「 ― おい。 連絡、入れとけよ。 あの仔犬に さ。 」
「 ・・・・ ん。 」
「 じゃあな。 」
「 ・・・ 行ってらっしゃい、 お兄ちゃん 」
「 お。 」
兄は妹の頬に軽くキスをし ジャケットを手に出勤していった。
「 ・・・連絡しとけ、 か・・・。 ふん ・・・ ご本人に連絡したってどうせ返事こないだろうし。
もう・・・ ジョーの バカ・・・! 」
きゅ・・・っと電話を睨みつけて ― 溜息ついて。
フランソワーズは食器をトレイにまとめ シンクに持っていった。
そんなに忙しい職業だとは 知らなかった。
そもそも <彼> と知り合うまではまったく無縁の世界、正直言えば関心すら なかった。
フランソワーズは 島村ジョー という青年と巡り合い ( 滅茶苦茶な状況だったけれど )
紆余曲折の後 ・・・・ やっと恋人同士になった。 ( 俗に言う <一線越え> も果たした♪ )
そして 彼女は彼の職業、というか彼の世界を知ったのだった。 F1レーサー。
いや ・・・ それを目指す、のだという。 なんとか・・・3・・・とか言っていたっけ・・・
( <2> はないのかなあ・・・と彼女はいつも思っている )
信じがたい日々の果て、やっと日本の家、 ギルモア博士の研究所兼邸 に落ち着いた。
過ぎた日を嘆いても仕方がない、とりあえずこれからを生きるのだ・・・!
それはメンバー全員の決意でもあった。 ・・・ それに 何よりも ・・・
想いの通じた相手と一つ屋根に下に暮らせるのだ。
恋人との同棲生活 ・・・!
彼女は甘い日々を思い浮かべわくわくしていたのだが ―
他のメンバー達の帰国だの引越しだのが済み、穏やかな生活が始まりようやく落ち着いた日、
彼は < 仕事にゆく > と言う。
「 ・・・ 仕事? なんの。 」
「 あ トレーニングなんだ。 あの ・・・ レースの。 」
「 え ・・・ トレーニング? レースはまだ先でしょう? 」
「 うん。 エンジンの調整とかあるんだ。 ごめんね、それも一応仕事だからさ。 」
「 そう・・・ お仕事、がんばってね。 あ 何時くらいに帰る? お夕食は 」
「 う〜ん ・・・ 一週間はかからない予定だけど。 」
「 ・・・ え? 」
「 え〜と・・・荷物、オッケー。 スーツ・ケースは先に送ったし。
じゃあ 行ってくる。 戸締り、気をつけろよ? 」
「 え ええ ・・・ 」
「 フラン ・・・ お土産は優勝トロフィー・・・・って言えるようになりたいよな。 」
ジョーはちょん、と彼女の頬にキスを落とすと愛車を飛ばして行ってしまった・・・
「 ああん もう〜〜 ・・・ なんなの??? 」
― それきり、なのだ。
一応毎日 毎日 メールは来た。 律儀にほぼ同じ時間に ― ほぼ同じ内容のものが!
元気ですか。 ぼくも元気です。 トレーニング ( or 調整 or テスト走行 ) は順調です。
フランソワーズへ ジョーより。
・・・ 明日帰ります と <つけたし>があった日、ナリタを発った。
<愛しているよ> の一言もない恋人からのメールにパリジェンヌはついに ― キレた。
生まれ育った街は ― あの頃と変わらない顔で迎えてくれた。
ほどほどのお愛想とほどほどの無関心 ・・・ それをまぜこぜにしたのがこの街の顔なのだ。
「 ・・・あ〜あ・・・ せっかく帰ってきたのに。 デートする相手もなし、かあ・・・ 」
フランソワーズはぼすん・・・と椅子に腰を降ろした。
兄を送り出し朝食の後片付けをし、スーツ・ケースの中身を片付けてしまえば もうすることがない。
洗濯でも・・・と思ったが 洗い物も溜まっていなかった。
「 ふうん・・・ お兄ちゃんってば。 意外とマジメな生活、しているのねえ・・・
あ ・・・ それとも彼女がいる・・・・わけ、ないか。 」
まるで女ッ気のない、部屋を見回し彼女は溜息をついた。
古ぼけたアパルトマンは 彼女が<出掛けた>あの日とほとんど変わっていない。
ただ歳月の翳だけが部屋の隅に、本棚の上に静かにふりつもっているだけだ。
「 もう ・・・ 電話くらいしてきたら?! ・・・ああ まだ真夜中ねえ・・・ 」
携帯を睨みつけ また溜息をつき。 しばらく悶々としていた が。
「 ・・・・ ぼ〜っとしていてもしょうがないわ! 」
ガタン!と椅子を鳴らし彼女は立ち上がった。
「 どこかオープン・クラスのダンス・スタジオでも見つけるわ。 え〜と・・・? 」
携帯で検索を始めたが すぐに放り出した。
ああ! 携帯で検索できないの〜〜 もう〜〜 不便ねえ、パリって。 」
ふん・・・! とまたまた盛大に溜息をついた。
いつの間にか ・・・ 東洋の島国での生活様式が身についていたらしい。
「 しょうがないわね。 本屋にでも行って調べて来ようっと。
ダンス・マガジン・・・ってこっちにもあるかしらね? 」
ぶつぶついいつつ、バッグに稽古着一式と靴を放り込み、フランソワーズは部屋を出た。
カンカンカン −−−−−
あの日と同じ軽快な靴音をたて フランソワーズは階段を駆け下りていった。
「 ・・・・ ただいま ・・・ 」
ガチャリ ・・・と玄関のドアを開け、ジョーはそろりと玄関の中に入った。
どうも帰宅する時、 特に玄関のドアを開けるとき、ジョーはいまだにドキドキしてしまう。
だ ・・・誰か ・・・いる ・・・ かな。
・・・フラン ・・・ フランソワーズ ・・・ いるよね?
いてほしいな ・・・ いてくれよ !
― だって 初めてだったのだ。
<ただいま> と言った自分に 自分だけに < お帰りなさい > と言ってもらえる毎日・・・
初めて そんな返事をもらった時には 彼は息が詰まるほど嬉しかった。
勿論、いや 当然 ・・・ 彼女と結ばれた朝は最高の気分だったけれど。
ソレとは別に ジョーは、実際に涙がこぼれるほど嬉しかったのだ。
この家に落ち着いて、はじめて買出しのため遠出をして帰ってきたとき ―
フランソワーズが、何気に、当たり前の笑顔で迎えてくれた。
「 あ お帰りなさい、 ジョー。 」
「 え・・・・ あ ・・・ ああ う うん ・・・ タダイマ ・・・ 」
「 ?? あの ・・・ 具合、悪いの? 」
「 え?? ど どうして。 」
「 だって。 ジョーってば顔、真っ赤よ? 風邪でも引いた? 」
「 そ ・・・ そんなこと、ないよ。 あ あの・・・ ただいま。 」
「 はい、お帰りなさい。 ねえねえバス・ルームの棚なんだけど〜 」
「 ・・・あ ああ うん・・・? 」
フランソワーズは <当たり前> な顔ですぐに他の話を始めたけれど、
ジョーはいつまでもその言葉の響きを噛み締めていた。
お帰りなさい ジョー
その響きは いつもいつも玄関ドアの前の立つとき、彼の心を波立たせた。
今日も ・・・ あの言葉で迎えてもらえるだろうか・・・・
今日も ・・・ ここは自分を当たり前に受け入れてくれるのか・・・
孤独な少年時代を送った彼は いまだにそれを引き摺っていた。
どこにも自分の居場所をみつけられずうろうろしていた少年は 大人になってもこころが彷徨っていた。
そんな迷子の仔犬はやっと <うち> を見つけたのだ。
― それなのに
「 ・・・?? ただいま〜〜〜 ・・・ ふ フラン・・・? 」
ジョーの声だけが ギルモア邸の広い玄関ホールに響く。
「 あ ・・・ で 出かけているのか・・・な。
そ、そうだよね〜 ぼくってば帰る時間とか・・・伝えてないもんなあ・・・あはは ・・・」
自分自身に言い訳をし、 ジョーは大きな鞄を持ち上げた。
・・・ なんだか急に重くなったみたいだ。
― ふう ・・・ 留守、 か・・・
「 あ! いっけね。 この中にお土産、いれといたんだよな〜〜
いちご! 美味しそうないちご、沢山あったから・・・ あは・・・つ つぶれてる・・・ かな 」
あわててバッグを開き、なにやらパック状のものを引っ張り出し ―
「 ・・・ なんじゃ? 甘い匂いが ・・・ おお ジョー! お帰り。 」
奥からひょっこりギルモア博士が顔を出した。
「 あ・・・ は 博士・・・・ ただいま戻りました。 」
「 ああ お帰り。 首尾はどうじゃったかいの〜 」
「 え ああ まあまあ・・・ってとこです。 」
「 ほう? 早くそのTVに映るようになるといいなあ ジョーよ 」
「 あは・・・ それはまだまだってか ・・・当分無理かも・・・ あの ・・・ ふ? 」
「 ああ? そうじゃ そうじゃ今晩はな、大人が来てくれるぞ〜
差し入れなんだと、グレートも寄る、と言っておった。 皆で飲み明かすか? ははは・・・ 」
「 あ え ええ・・・ あの〜〜 それで 」
「 うん? なにかネ ・・・あ! そうじゃった そうじゃった、すっかり忘れとった〜 」
「 あ ・・・ そうですか。 それで ふら 」
「 うんうん、あのなあ 久し振りで明日、ピュンマが来るんじゃ。
なんでも東京で国際会議があってな〜 そのついでなんじゃと。
遠路はるばる大変じゃよ。 それでなあ調度いい機会じゃ、ドルフィン号のな 」
「 あの〜〜〜博士・・・ 」
「 うん? それでドルフィン号の ・・・・うん? お前・・・なにを持っておるのかね?
さっきからえらく甘ったるい匂いがぷんぷんしておるが・・・ 」
「 ・・・? あ!!! い いちご ! いちごをお土産にって・・・ はい これ。 」
ジョーは手に持っていたパックを差し出したが ― すでに赤い滲みがあちこちに浮かんでいる。
「 いちご? こりゃ ・・・ かなり潰れているのではないか?
このままキッチンにおいて ・・・大人になんとかしてもらおう。 」
「 え ・・・ た 大人に・・? あの〜〜〜 ふらん 」
「 う〜む・・・いやしかし・・・中華料理に苺を使うレシピはあるかのう?? 杏仁豆腐のしろっぷとか・・? 」
博士は大真面目で首をひねっている。
「 あの! 博士 ! ふ フランソワーズは?! 」
「 ・・・・ああ? フランソワーズ? 」
「 はい! 彼女ならこの苺・・・ なんとか ・・・ 」
「 なんじゃい、ジョー。 彼女なら帰ったぞ。 」
「 ・・・ かえった? ど どこへ・・・ 」
「 どこって・・・ 彼女の故郷へ。 」
「 ふるさと・・・・? 」
「 ああ。 昨日の午後の便でパリに帰ったぞ。 ジョー・・・お前 知らなかったのか? 」
し しらないよ〜〜〜〜 そ そんなコト〜〜〜!!!!
「 なに、追ってゆけばいいじゃないか ボーイ? なにも宇宙の果てに飛んでいったわけじゃない。 」
「 そやそや・・・ フランソワーズはんやて 待っとるんやないのんか。 」
「 え・・・ いえ・・・ でも ・・・ 」
「 ジョーよ 連絡くらい入れてみたらどうじゃ? 」
「 え。 ジョー、 君、まだ彼女とコンタクトとってないのかい?? 」
「 え・・・あ ・・・ うん ・・・・ 」
「 いやあ ・・・ もうちょい待ったほうがいいな。 時差が・・・ 」
ピュンマは時計をちらりと眺めてから おもむろにコーヒー を口に運ぶ。
「 ジョー? 君達っていったいどういう付き合い方、しているのさ。 」
「 え・・・ ど どういうって。 その・・・ 」
「 ちゃんとね まめに連絡をとらなくちゃな。 オンナのコはそういうとこ、気にするよ。」
「 ほほう〜〜 ピュンマ? やけに詳しいじゃないか。 体験談かな。 」
「 グレート? こんなこと常識だよ? 今はいくらだって連絡の手段はあるじゃないか。 」
「 ま それもそうだな。 ジョーよ、ワシらの時代じゃてもうちっとは気を使ったぞ。 」
「 博士〜〜 博士も体験談でっか。 ほっほ〜〜 」
「 そりゃワシとて若い時代はあったのじゃからな。 」
「 そ〜ですよねえ・・ 博士〜〜 さすがですねえ。 」
「 ・・・ ともかく 」
「「「「 じょー! もっと 彼女 ・ フランソワーズはん ・ マドモアゼル を大切にしろ! 」」」」
どっか〜〜ん・・・・! ジョーの上に爆弾が炸裂した。
「 うわ〜〜ん・・・・ ご ごめんなさ〜〜〜い 」
ジョーは ― 最強のサイボーグ009 は尻尾を巻いてキッチンに退散し ともかく携帯を取り出した。
「 ・・・え〜と ・・・ フランスの国番号は・・・え〜〜 」
・・・ ・・・・・ ・・・・ ・・・・ ぴ。
「 〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜 う〜ん・・・ 出かけているのかなあ・・・ 」
呼び出し音ばかりがジョーの耳の中で繰り返している。
「 ヘンだなあ〜〜 番号、間違えてないよなあ〜〜 あ。 」
かちゃ ― やっと相手が出た ・・・と思ったら。
「 ・・・・ 何時だと思ってるんだッ!!! ボケナス!!! 」
たったひと言 ・・・ 低い声のフランス語で罵られ 次の瞬間切れた。
「 ・・・ あ〜〜 し しまった・・・! じ 時間〜〜〜
今・・・ パリは真夜中だよ〜〜
お お兄さんだ・・・フランのお兄さんだよ〜〜〜 怒らせちゃった・・・ 」
ジョーは今度こそ本式にアタマを抱えしゃがみこんでしまった。
どうしよう〜〜 フランに会わせてくれなくなるかも〜〜〜
「 ・・・ 博士。 ジョーって本当に 009 なんですか。 」
「 最後や、思って手ェ抜きはったん、ちゃいまっか。 」
「 諸君! ワシは断固手抜きなど ・・・ いや、本気で心配になってきたぞ・・・ 」
「 ま・・・ 恋にまさる教師はなし、だな。 boyには自ら学んでもらおう。 」
キッチンの入り口で 4人の野次馬軍団がジョーの様子を窺い ・・・ 楽しんでいた。
「 と・・・ともかく 行かなくちゃ! フラン〜〜〜 待っててくれよ〜〜 」
ジョーはがば!っと立ち上がると猛然と階段を駆け登っていった。
ガタン ・・・・ ゴソゴソゴソ・・・ ガタン ッ ! いて・・・・!
ジョーの部屋の中からは種々雑多な音と彼の呻き声と呻き声が聞こえてくる。
「 ・・・ boy ? 先にチケットを取っておいたほうがいいぞ 〜〜 」
「 ネットからならイッパツ おっけーだよ? リビングのPCの<お気に入り>入れてあるからさ
・・・・ 予約サイトの URL 」
「 ジョーはん? 明日の弁当、引き受けたで。 」
「 イワンのことは心配せんでよいよ。 ・・・ ゆっくりしておいで。 」
「 え・・?? 」
今度はドア越しに 4人の<家族>の声が聞こえてきた。
「 あ・・・ ありがとう〜〜〜 みんな・・・! 」
― 翌日 午後の便 (朝イチは満席だった) でジョーはともかく海の向こうへ
恋人の故郷へと出発していった。
メトロを降りて地上に出て ― 陽の光がちがっていた。
春もたけなわの東の島国では そろそろ半袖で過せる日もあったけれど。
ここはまだ コートが主役だった。
朝の舗道はブーツの下でかちんかちん冷たい音をたて、吹きぬける風はまだ鋭さを保っていた。
「 ・・・ さむ・・・ 失敗したな〜 」
ジョーはジャンパーのファスナーをきっちり上までひっぱり上げた。
風邪を引く心配はないが やはり<寒い>という感覚はある。
ジャンパーをひっぱり、キャップを目深に被りなおし。
「 えっと・・・ 多分こっちだった・・・はず・・・ 」
ごろごろごろ ・・・・ ジョーはスーツ・ケースをひっぱって歩き始めた。
カツカツカツ ・・・ カッカッカッ コツコツコツ カンカンカン
花の都を人々が足早に行きすぎてゆく。 皆かなりの速さだけれどぶつかったりする人もなく、
男性も女性も するすると鮮やかな身のこなしだ。
・・・ その流れに乗れないヨソモノが一人。
「 ・・・ あ す すみません〜〜 じゃなくて ぱ ぱるどん! 」
「 って! あ ども! ぱ ぱるどん・・・ うわ・・・! 」
戦闘時の抜群のカンはどこへやら、ジョーは引いているはずのスーツ・ケースにもさんざん引っ張りまわされ、
周囲の方々に多大なるご迷惑をかけ ・・・ じゃぱに〜ず・ぼ〜いはへとへとになり。
やっと小さな公園をみつけそこに退避した。
「 ふうう ・・・・ ああ 人波に溺れるかと思った・・・ ふは〜〜〜 」
花壇の脇に石造りのベンチがあり、彼はそこによろり、と座りこんだ。
落ち着いて舗道を眺めれば、人々は特別に速く歩いているわけではなかった。
ごく 普通に ― 対面通行しつつ、すらり、と避けあっているだけだ。
ふうん ・・・ ちゃんと回りが <見えてる> んだなあ・・・
でもどうしてあんなに歩き難かったのかな?
カンカンカン ・・・ コッコッコッ ・・・!
「 あれ・・・ なんの音だろ・・・? 靴音かあ・・・でもやけに響くね・・・ 」
ジョーは舗道の方を熱心に見つめている。
「 ・・・ あ そうか。 舗道が違うんだ・・・ だから靴音も大きく聞こえるしメッチャ歩き難かったのか・・・
キャリー・ケースもごとごとしたんだ〜 へえ ・・・ もしかしてはじめて気がついたかな。 」
普段、足元の状態に気を回すものはあまりいない。 <当たり前>のことについては ・・・ 気がつかない
気がつかなければ <違い> にも目が行かない・・・
あ。 ・・・ も もしかしたら・・・・
・・・ フラン もっとメールとか・・・ 欲しかったのかな・・・
― あ あは・・・
「 ・・・・・ 〜〜〜〜 ♪ 」
「 〜〜〜 〜〜〜〜〜☆ 」
ジョーのすぐ前でカップルが 小鳥のさえずりみたいな睦言を交わし ― 熱烈に抱き合い唇を重ねた。
「 ・・・あ うっは・・・ す すいません〜〜 おじゃまシマシタ・・・」
ジョーは一人で赤くなりこそこそ席を立つ。 恋人たちはそんな彼など全く眼中にない。
「 ・・・ は ・・・ ははは・・・・ お熱いこって・・・ うん? 」
キス中のカップルの脇を 人々は平然として通りすぎてゆく。
気にしているのはジョーだけ だ。
「 ・・・ そっか。 ふ フランって。 この国の、 この街の人なんだよ な・・・ 」
ジョー ・・・? ちょっと首を傾げて彼を見上げる 瞳
笑っている、けど泣いているみたいな 瞳
ジョーの目の前に、あの時の この時の あんな時の ― 彼女の顔が浮かぶ。
・・・ 彼女の何を見ていたんだ? ・・・ ひとつ屋根の下に住んでいながら・・!
ずっと ずっと一緒にいたのに
― ぐ・・・! 歯を食い縛り、自分自身に平手打ちでも食わしたい! とジョーは呻いた。
「 ・・・ 最低だ! ぼくは ・・・ 最低なヤツだッ ・・・!
なにが恋人だよ! 彼女のこと、ちっとも見てないで さ! 」
異国の街は そんな茶髪の若者を優しく見守っていた。
「 ・・・ 行くんだ。 行かなくちゃ。 フランたちのアパルトマンに ・・・! そして 」
ジョーは決然と立ち上がり しっかりした足取りで歩き出した。
「 ・・・ あ〜〜 ファンの携帯、聞いておくべきだったぜ ちぇ! 」
―ガツン!
ジャンは舗道の端を蹴飛ばし、悪態をついた。
今朝 出勤してから思いつき、日本に連絡を入れてみた。
案の定、アイツはいなかった。 ― 日本を発った、という。
「 兄上〜〜 ヤツめは妹御のそばへと飛んで行きましたぞ。
若輩モノですが よろしくお引き回しのほどを・・ 」
丁重な挨拶を返したのは いつぞや会ったことがあるイギリス人なのだろう。
なかなか達者なフランス語だ。
「 そうですか、こちらこそこんな時間にすみません。 」
「 いやいや・・・ 二人の幸せは我々全員の願いですから。 」
「 ― ありがとうございます。 」
アイツもフランも ・・・ 仲間に恵まれているな・・・
ジャンは妹のために嬉しかったし少しばかりアイツ ― 島村ジョーを 見直した。
「 あっちの午後発ってことは 遅くとも昼には着いてるよな。 ファンはレッスンに行く、と言ってたし・・
アイツ・・・ きっとまっすぐウチにくる ・・ はず 」
カツカツカツ ・・・・!
最後の角を曲がるころにはジャンはほとんど駆け足になっていた。
「 あ。 」
古ぼけたアパルトマンの前 舗道の隅にアイツが立っていた。
ぼ〜〜っと上を見上げている。 セピアの髪に昼の陽射しが降り注ぐ。
「 ― ジョー。 」
ぱっと振り向いた顔が 一瞬にして笑顔になる。
なんだコイツ。 ・・・ おいおい 幾つなんだよ?
迷子の仔犬がご主人サマを見つけた・・・って顔だぜ。
「 あ・・・! あの どうも ぼんじゅ〜る・・・ 」
母国語とのちゃんぽんで答えるジョーに ジャンは思わず笑みを浮かべた、
「 ・・・・ お前が来るって気がしてた。 仲間にも確認したぞ。 」
「 お兄さん ・・・ あ す、すみません、ジャンさん ・・・ 」
「 ふん いいさ、 <兄さん>でも。 この前の真夜中の電話、お前だろ。 」
「 す すいません〜〜 じ 時差・・・忘れてて・・・
あ!!! あの!! ふ フラン・・・ こちらに?? 」
「 ああ 昨日の朝一番で帰ってきた。 ・・・ ちょっと昼メシでも食いに行こう。
ウチに寄れ、と言いたいが、なんにもないんでな。 」
「 あ ・・・ あの。 どうかお気遣いなく・・・ 」
「 気なんか使ってないさ。 ・・・ ホントに今朝 二人で全部食っちまったんでな。
表通にちょっとしたカフェがある。 ・・・ 荷物は 置いてっていいぞ。 」
「 ・・・ あ ありがとうございます。 」
ジョーはジャンの後ろを神妙な顔でついていった。
「 ( くっくっく・・・ 忠犬が大人しく着いてくるよ ) ぷぷぷ・・・ 」
「 ? あの なにか? 」
「 あ いや。 はあ〜〜 今日はいい天気だなあ〜♪ 」
「 ・・・ はあ・・・ 」
すぐ先の横丁に それらしい店の看板が見えてきた。
「 ほら もっと飲めよ。 ここはいいワインを揃えているんだ。 」
「 あ ・・・ は はい ・・・ 」
「 なんだ〜 飲めない・・・って訳じゃないだろ? 」
「 い いえ・・・ でも あの。 ぼく ・・・未成年で 」
「 はん? ワインなんぞ酒じゃないぞ? さあ〜〜 飲め! 」
「 は はい。 イタダキマス・・・! 」
「 お〜〜 なかなかいい飲みっぷりだな。 」
「 ・・・ はいっ。 」
「 ジョー ・・・ 仕事、忙しいんだってな。 レース関係だろ、首尾はどうなんだ。 」
「 あ・・・ はあ ・・・ なんとか 」
「 ほう? なかなかいいレコードを持ってるって聞いたぞ。 」
「 え・・・ あ あの だ 誰から・・・ 」
「 ああ 同僚にモトキチがいるのさ。、 残念だがフランは関心ないと思う。 」
「 ・・・ はあ ・・・ ( やっぱりなあ・・ ) 」
「 だけどな。 お前がちゃんと説明するとか相手してやれば興味を持つぞ。
オンナなんて・・・そんなもんさ。 」
「 は はあ・・・ そんなモンですか・・・ 」
「 ああ そんなモンだ。 なんだ お前、そんなことも知らんのか。
一応 一緒に暮らしているんだろう? 」
「 え ええ ・・・ 」
「 あの時 ・・・ お前は俺の前で 妹を誰よりも大切にするから、と俺に誓ったよな。
一生大切にする、と・・・ 」
「 は はい ・・・ 」
ジョーの声はバッテリー切れのプレイヤーみたいに ・・・ どんどん小さくなってゆく。
「 ・・・ ま いっか。 お前たちのことはお前たちに任せる。
俺の頼みは一つだけさ。 」
「 はい。 フランを泣かせません。 」
「 よ〜し。 その言、忘れるな。 さあ飲もうぜ。 」
「 は はい。 」
― くい・・・・!
ジョーはワイン・グラスをイッキに傾けた。
「 お〜う いい呑みっぷりだな。 ほら 飲め。 」
トクトクトク ・・・ かすかな音とともにグラスに濃い赤が満たされてゆく。
「 それで なんだって妹を怒らせたんだ? うん? 」
トクトクトク ・・・ くい。 トクトクトク ・・・ くい。 とくとくとく ・・・ くい。
「 お おい? そんなに続けざまに煽って大丈夫か? 」
「 らいじょ〜ぶ れす ・・・ ふらん〜〜 え 見てなくらよ〜〜 」
「 ???? おい、 悪酔いしたな? 水で飲め、ほら。 」
「 よってまへ〜ん ふらんがア〜〜 え みてなくから〜〜
え じ〜〜っとみてるから〜〜〜 え ほしそうだったから〜〜 」
「 え ・・? 」
「 がろうれみた え ・・・ 」
「 ああ 絵 か。 ふうん、ファンがなあ・・・ああ 『 睡蓮 』 とか好きだったな。 」
「 すいれん?? まちかど って え・・・
ふらんがア〜 好きらって いうから・・・ ぼく、かってあげよ〜って でもたかくて・・・
だから・・・ しごと 〜〜〜 いいらんくにあがって ふらんにかってやりたくて ・・・ 」
トクトクトク ・・・ くい。 トクトクトク ・・・ くい。
「 だから ぼく〜〜〜 ずっとしごと がんばって〜〜 」
「 ああ ああ わかった わかった・・・ まあ もう一杯飲め。 俺も飲む。 」
「 ・・・・くゥ〜〜〜・・。 じゃんさあ〜ん・・・ 」
「 ふん そっか。 お前 ・・・ なかなか見所のあるヤツだな。 ( コイツ泣き上戸か?? )
ファンの目に狂いはなかったってことか。 ― おい? 」
「 ・・・・ う〜〜〜 ふらん〜〜〜 」
「 なんだ〜 もう潰れたのか・・・って だは ・・ 3本空けたかあ・・・
朝、こっちに着いて空きっ腹だもんなあ、そりゃ・・・いくら <最強>でも なあ。 」
ジャンはボトルに残ったワインをグラスに注ぐ。
「 ― わかったよ、 ジョー。 あとはこの兄貴に任せとけ。 」
― カチン ・・・! 俺の義弟に。
ジャンは酔いつぶれたジョーのグラスと乾杯をした。
「 またね〜 バイ〜〜 」
「 ええ またね・・・ 」
スタジオの門を出ると 手を振って左右に別れた。
この街にもオープン・クラスのダンス・スタジオは随分と増えていた。
一回きりのクラスでも 同じ時間に同じ曲で一緒に踊れば < 仲間 > だ。
見ず知らずの者同士でも気軽におしゃべりもする。
ああ ・・・ 久し振りに踊りの汗、流したわあ・・・
・・・ いい気持ち・・・
頬に当たる風が 亜麻色の髪を軽く揺らしてゆく。
「 う〜ん ・・・ お買い物して帰ろうかな・・・ あ そうだわ あそこに行ってみよう・・・! 」
肩からかけた大きなバッグを持ち直し、フランソワーズは向きを変えた。
「 そうよ! 懐かしいあの街角に・・・ 」
カッ ! ・・・・ 彼女の靴の下で石畳の道が軽快な音をたてた。
「 え・・・っと。 ああ あそこの角ね。 あそこをまがると・・・ 」
フランソワーズの足取りはどんどん軽くなって行く。
あとみっつ ・・・ あと一つ ・・・ 区画を過ぎれば。
そうよ あの朝・・・ううん、毎朝通っていた あの道に 出るわ・・・
カツン ・・・。
彼女の脚がとまった。
「 ここ ・・・ ここ よね。 この街角 のはず・・・ 」
あの朝の街、 お日さまと爽やかな風とのんびりした挨拶が聞こえていた街。
やさしい時間が ゆったりと流れていた街。
― 街は変わっていた。
公園は駐車場に 高層ビルの間にビル風が突進し乾いた砂埃を舞い上げた。
人々がまったりカフェ・オ・レを楽しんだ店は ファースト・フードのチェーン店にかわった。
同じかたちのカップに 同じ形の同じ味のバーガーが売られている。
気取った足取りで闊歩していたムッシュウたちは 足早に先を急ぐビジネスマンになり
すんなりした脚をみせ駆け抜けていったパリジェンヌは もうどこにもいない。
「 ・・・ ここ ・・・ もう あの街角じゃないわ。
変わってしまうのは人間だけじゃないのね。 街も・・・自然も変わってしまう・・・ 」
― カツン ・・・
フランソワーズのヒールがひっそりと舗道を蹴った。
変わってゆく人々 その顔を変えてゆく街角 ・・・
その中でいつまでも < 変わらない > 自分が ますます浮き上がって見えた。
わたし ・・・ あの絵の中に ・・・ もういることはできないのね・・・
自分の居場所はどこだろう・・・ 今
「 ・・・ ウチに帰ろう・・・ そこしか帰れるところなんて ない・・・ 」
重いアタマと重い心を抱えて フランソワーズはのろのろと来た道を戻っていった。
さよなら ・・・ わたしの 生きていた 街 ・・・
「 ― ただいま ・・・ あら? 」
玄関のドアを開けると 兄の姿がまず眼に入った。
「 おう お帰り 」
「 お兄ちゃん! どうしたの? 仕事 ・・? 」
「 は。 ちょいと午後休みさ。 」
ジャンは手にしたタオルとミネラル・ウォーターのボトルをちらりと上げてみせた。
「 ?? 具合でも悪いの?? 」
「 ああ。 二日酔い・・・じゃなっくて 悪酔い、いや単なる飲みすぎさ。 」
「 ・・・ 飲みすぎ? 」
フランソワーズはしげしげと兄を見つめたが 別段酔っている風ではない。
「 お兄ちゃん ?? 」
「 ・・・ 俺じゃないさ。 ほら・・・ お前のとこの仔犬さ。 」
「 え・・???? あ ・・・ ! 」
フランソワーズは兄を押しのけ 居間に駆けこんだ。
「 ・・・ ジョー ・・・?!? 」
コーヒーの香りが部屋中に流れている。
ジョーが居間のソファに沈没して ― 唸っていた。
ジャンは コーヒー・カップをずい・・・とジョーに渡す。
「 ほら ・・・ 飲めってば。 」
「 ・・・ う 〜〜〜う ・・・・ ・・・って・・・ 」
「 ジョー・・・ ねえ 大丈夫? 」
「 ・・・・ ううう ・・・ 大丈夫 ・・・ 」
「 もう〜〜 お兄ちゃんってば! なんだってこんなに飲ませたの? 」
「 別に俺が飲ませたわけじゃないぜえ? コイツが勝手に飲んだんだ。
いや〜〜〜 たいした飲みっぷりだったぞ〜〜 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ほら タオル・・・ 」
「 うん ・・・ あ ありがと・・・ 」
「 ふん。 二日酔いで死んだヤツなんぞいないぞ? そのうち醒める。 」
「 ・・・ はあ ・・・・ 」
「 ジョー なんだってそんなに飲んだのよ? 」
「 ・・・・ 絵 を さ・・・ 」
「 絵?? 」
ジョーは無理矢理起き上がり ・・・ またまたアタマを抱えている。
フランソワーズはそっと彼の横に座った。
「 ああ まだ寝ていたら? 」
「 ・・・ いや ・・・ あの絵を 買いたくて・・・ きみに・・・ 」
「 あの絵・・・? ああ! あの街角の絵のこと? 」
「 うん。 きみがとっても懐かしそうに見てたし ・・・ 好きなんだろ? 」
「 ・・・ 好きだったけど。 もう ・・・ なかったの。
あの風景は ・・・ あの街角は変わっていたわ。
皆 みんな 変わって ・・・ わたしを置いていってしまう・・・ 」
青い瞳に涙はなかったけれど。 その声は諦め疲れ擦り切れそうだった。
「 ― フランソワーズ! 」
ジョーはがば!っと座りなおし、彼女の手を握った。
・・・ ばさり、とタオルがオデコからずり落ちた ・・・
「 フラン。 何だって変わるよ! 変わるんだよ。
その ・・・ ぼくもきみも ・・・ 誰だって何だって・・・! 」
「 え ・・・でも。 わたし達は・・・ この身体は ・・・ 」
「 変わっているさ。 」
「 ・・・うそ。 」
「 うそなんかじゃない。 だってぼくは・・・ 」
ジョーはちょっと言葉をとぎらせ目を伏せ・・・ はにかんだ笑いを浮かべた。
「 ぼくは どんどん どんどんきみを好きになるよ。 」
「 ・・・ ジョー ・・・・! 」
「 昨日より今日 ・・・ それで明日はもっともっときみが好きになるんだ!
あの ・・・ あ ・・・ 愛してるよ・・・フランソワーズ ・・ ! 」
「 ・・・ ・・・・・・・ 」
― パタン ・・・・
ジャンは居間のドアを閉めやれやれ・・・と大きく溜息をつく。
「 ・・・ やっとスタートラインかい。 まあ どうぞごゆっくり・・・ 」
居間では 淡い夕陽がキスしてる恋人たちを照らしていた。
ひゅるり ・・・・
海風が亜麻色の髪とセピアの髪を 一緒に揺らしてゆく。
ジョーとフランソワーズは 崖っぷちの上へと続く坂道を見上げている。
「 ね・・・ ジョー? この角を曲がれば・・・ウチが見えるわよね。 」
「 うん。 ぼく達の 」
「 ええ。 ジョーとわたしの ウチ が・・・ 」
「 なあ? ここだって絵になると思うな〜
そうさ、ここはぼく達だけの ・・・ 街角 なんだ。 」
さあ? とジョーは手を差し出す。 ええ とフランソワーズは手を預ける。
帰ろう ぼく ・ わたし 達の家へ
二人は手を繋いで角をまがり 急坂をのぼって行った。
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Last updated
: 04,19,2011. index
************* ひと言 *************
え〜 一応原作設定です ( ジャン兄さんご健在ですから )
この絵は 実際にある画廊で拝見し目を奪われてしまった水彩画なのです。
思わず企画相方様と これはパリですね! フランちゃんが通る! と
盛り上がってしまいました(^.^)
他人様の作品なので写真に撮ることもできませんでした、とても残念・・・