『  後のこころに  』

 

 

 

 

 

 

          ぼく  が  あの娘を 殺した・・・!

 

 

                      わたし。 あの少年を 見捨てたわ

 

 

彼は  彼女は  ただ立ち尽くし呻吟し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 光の春  ―  早春の一番短い月をそう表現するそうだ。

確かにこの国の、特にこの地方の冬は素晴しい。

もちろん季節的には厳寒の候であるから吹く風は耳もちぎれるほど冷たく、

時には不意に風花が ひらりひらり北風に舞うこともある。

しかし 大概は晴れあがった空、寒風をやり過ごしつつ太陽は豊かな光を投げかけてくれる。

そんな明るい冬は欧州の北寄りにある街で育ったフランソワーズにとって、目新しくもありとても魅惑的でもあった。

毎日厚いコートを着込みマフラーに顎を埋めつつも 彼女は嬉々として出かけた。

 

    うわ・・・  空気がぱりぱり・・・ 乾燥してるのね

    でも。 ほっんとうに明るくて 素敵 ・・・!

    お日様 〜〜〜   ca va ?

 

彼女は 太陽に手を翳し目を細めつつ ギルモア邸周辺を歩きまわる。

まだまだ固い木々の花芽を眺めたり そろり、とアタマを擡げた可憐な野の花に歓声をあげたり。

彼女は この地方の冬を存分に楽しんでいた。

時に ベビー・カーを押しつつ  時に 買い物カートを引きつつ 

亜麻色の髪に 冬の陽射しをいっぱいに集め 光の春 を満喫した。

清んだ光の中を歩くその姿は 初春に舞う妖精だった・・・

楽しんでいるのはフランソワーズ本人ばかりではない。

 

    ・・・ ああ ・・・ ぼくのこころには もう春がやってきたなあ・・・

 

ジョーは煌く髪の妖精を目にするたびに 早い春の到来を味わっていた。

 

そして 三月。 

月が進むと 途端に空模様は変化が大きくなり始めた。

そんな中  ―  彼女は以前にも増して頻繁に外出するようになった。

どうもただの散歩ではないらしい。

 

「 え〜と・・・ 全部持ったわよね。  こっちが 晩御飯の差し入れでしょう・・・

 それで っと。 これは ああ、胡麻クッキーね。  あとは っと・・・? 」

フランソワーズは 玄関先で荷物の点検をしていた。

キャスター付きのショッピング・バッグには大小の包みがきっちり詰め込み、

彼女自身も 大きな紙袋をひとつ、下げていた。

「 ・・・うん、大丈夫。  博士〜〜 それじゃ ・・・ ちょっと行ってきますね〜〜 」

フランソワーズはリビングに向かって声を張り上げた。

「 ・・・ほい、ちょっと ・・・ お待ち。 これも持って行っておくれ。 」

   ・・・  ぺったん ぺったん ぺったん  

「 あら。 何でしょう、博士。 」

リビングからギルモア博士が スリッパを鳴らし現れた。

「 うん。 絶対覚醒・目覚まし時計、 じゃ。  イワンと協同でな、ちょいと新しいメカを応用してみた。

 ほれ・・・ このクリップをパジャマの胸にでも留めておけば ・・・

 本人がしっかり覚醒するまで目覚ましは鳴り続ける!  どうじゃ、これならいくらアイツでも

 寝過ごす心配はあるまい。 」

博士は 洗濯バサミ付きの目覚まし時計を 差し出す。

「 へええ???  このクリップが ・・・ ああ、センサーになっているのですか? 

 凄いわあ・・・ それなら 寝坊大王 でも遅刻しませんわね。 」

「 ふん・・・・ だといいがな。  ヤツめ、今度という今度は お前のありがたさを

 身にしみて感じておるのではないかな。 」

「 さあ どうだか? やいやい小煩いのがいなくなって せいせいしているんじゃありません? 」

冗談めかしてはいるが。  彼女の声が微かに震えている。

 

     ほらほら・・・ こっちも意地を張らんで・・・・

     まあ 久し振りの逢瀬をうんと楽しんでおいで。

 

博士は ぽん・・・っと彼女の背を叩いた。

「 ・・・ とにかく。 アイツの暮らしぶりをしっかり監督して来なさい。 ああ、こっちの事は心配無用じゃ。 」

「 あ ・・・ はい、ありがとうございます。  それじゃ 行ってきますね。 」

「 おお。 気をつけてな。   あ。 おい フランソワーズ。

 おっほん、 外泊なんぞもってのほか、じゃ。 嫁入り前の娘が。   いいな。 」

「 はい。 ちゃんと門限、守ります。 」

「 よしよし 行っておいで。  ヤツに宜しくな。  いい加減降参しろ、と言っておけ。 」

「 はあ〜い ・・・ 」

イッテキマス と博士の頬に小さなキスを残し、フランソワーズは大荷物を引っ張り出かけた。

 

海辺の崖っぷちに建つ ギルモア邸   ―  玄関をでるとフランソワーズは深呼吸をひとつ。

「 ・・・さあて。 それじゃ 出発よ! 」

唇から笑みがこぼれおちる。  軽い足取りがそれを散らばしてゆく。

 

   ひゅう −−−− ・・・・

 

気紛れ三月の風が 乙女の微笑みをさらっていった。

 

 

 

   カレシの部屋を訪ねる ― 恋する乙女にとってこんなにワクワクすることなど、ない。

フランソワーズの足取りはどんどん軽やかになり 本当に早春の妖精になっていた。

  ―  そう ジョーが独立した。

昨年の秋、 彼はギルモア邸を離れた。 ― といっても同じ市内なのだが ― 

レーサーとしての現役は退いてはいたが、同じ業界で仕事をしており、やはり海辺の崖っぷちの住いは

なにかと不便だったのかもしれない。

彼は同じ市の中心部に近い地域で マンション暮らしを始めた。

もっとも ― 暮と正月はさっさと崖っぷちの家に帰ってきて以前同様 仲間達をすごしていたのだが・・・

ともかく 一応 ・・・ ジョーは 一人暮らし を続けている。

 

 

「 ・・・ う〜ん ・・・ いい気持ち。  春がちょびっとづつ近くなっているわね。 

 ウチよりも街中だからかしら。 少しだけ温かいわ。 

 そうね もう厚いコートはおしまい、かな。 嬉しいわ、パリに比べたら随分早いもの。

 昔は イースターの頃にやっとオーヴァーが脱げたのに。  ・・・ あら いい香ねえ・・・ 」

市内の瀟洒なマンションの入り口で 彼女はゆっくりと周囲を見回した。

「 ああ ここにも沈丁花が・・・ いい香りのモトは これね。 お玄関前に植えてあるってすてき♪

 う〜ん ・・・ お庭がないのがちょっと残念ねえ・・・ 」

よいしょ・・・・と大荷物のカートを引くと彼女は玄関のドアの前に立った。

エントランスの前のインタ・フォン板に近寄り彼の部屋ナンバーを押す。

  

   ピン ポン −−−− !

 

遠くで微かに鳴ったチャイムの音を こっそり稼働した耳が拾っていた。

「 ・・・ はい? 」

「 あ・・・ ジョーォ♪ 今、下にいるの。 」

「 はい。 どちら様ですか。 」

落ち付き払い ― ちょっとばかり他所行きの声が返ってきた。

「 ジョー? わたし。  ねえ、エントランスのドアを開けて? 」

「 は? お名前とご用件をお願いしたいのですが・・・ 」

「 もう〜〜ジョーったら・・・ 意地悪ゥ〜〜  いいわよ〜だ。 このまま帰っちゃうから。

 ジョーの大好きな五目寿司、作ってきたのよ。  ツクネもいい味に煮込んだのに。

 博士からのお土産もあるけど。  全部持って帰るわ。 それじゃあね。 」

「 あ! 待てってば。  ・・・ごめん、今あける。   はい、どうぞ〜  」

 ガチン ・・・!

鍵の音がして マンションのエントランスへのドアが開いた。

 

 

  ウィ −−−− ン ・・・・

エレベーターは微かな音をたて 上昇してゆく。

狭い箱の中 フランソワーズはツンとしてジョーから出来るだけ離れている。

「 なあ、そんなに怒るなよ。  ほんのちょっとふざけただけだってば。

 君があんまり楽しそうだったから・・・さ。 つい、からかってみたくなって。 」

「 ぷん、だ。  せっかくこ〜〜んな大荷物 引っ張ってきたのに。

 入り口前で立ちん坊 ・・・ なんてあんまりよ。 」

「 だから ごめんってば。 ねえ 機嫌直してください、お姫さま。 」

ジョーは フランスワーズのほほに ちょん、とキスをする。

寒さでいつもよりも一層白い頬が ほんのり染まった。

「 ふん ・・・ あ ヤダぁ〜こんなトコで・・・ 誰かが乗ってくるかもしれなくてよ。 」

「 平気さ。 だってきみが悪いんだぜ。 こんなに可愛いからつい・・・キスもしたくなる・・・ 」

彼は身を屈め、今度はさくらんぼみたいな唇を軽く味わった。

「 あ・・・・ もう〜〜!  ジョーってば・・・ホントにどうしたの。 

 ここに引っ越したら 急に ・・・そのう・・・大人っぽくなったわ。 」

「 さあねえ、どうもしてないけどな。  ・・・さ、どうぞ。 お嬢さん。 」

ジョーは 開いたエレベーターのドアを押さえると大仰にお辞儀をした。

「 メルシ、ムッシュウ。  お部屋はどちらですか。 」

「 御案内しますよ、マドモアゼル。 」

ジョーは彼女の大荷物を全て受け取ると、先に立って廊下を進んでゆく。

抑えた灯りが落ち着いたムードを出している。 

各階の戸数は少なく、他の住人たちと出会うこともなかった。

突き当たりのドアの前でジョーが振り返る。

「  ― どうぞ。 こちらです。 」

「 ・・・ お邪魔します。  島村ジョーさん。 」

「 いらっしゃい。 フランソワーズ・アルヌールさん。 」

ジョーの部屋の玄関で 二人は大真面目にご挨拶しあった。

 

   ―  プ ・・・・ ッ !

 

見つめ合った目と目が ・・・ ほぼ同時に笑み崩れた。

「 いやぁ〜だ、もう。 ジョーってば 〜〜 」

「 ふふふ ・・・ きみも乗るなあ。 」

「 ・・・ 淋しかったわ ジョー ・・・! 」

「 会いたかった・・・! フラン ・・・ おいで。 」

「 ・・・ ん ・・・ 

リビングに入るなり、彼女は彼の腕に身を投げかけ ― そのまま二人は縺れあい毛足の長い絨毯の

上に倒れこんだ。

   今度こそ 恋人同士の ・・・ キス。

二人はしばらく 言葉もなくただお互いの唇を味わうことに夢中だった。

 

「 ・・・ ジョー ・・・ ホントに ・・・ 変わったわね・・・ 何かあったの。  」

「 んんん ・・・・  え 別になにも。  ソープもシャンプーも変えてないぜ。 」

「 いやぁだ・・・そんなコトじゃなくて。 なんか ・・・こう カンジが変わったわ。

 それに こんなに情熱的なんですもの・・・・ あん ・・・ キス以上はダメよ。 昼間っから・・・ 」

するり、とセーターの裾から ジョーの手が忍び込む。

「 だ〜め。 この手、わるい子ねえ・・ 」

ぴん! と白い手が <わるい子> を叩いた。

「 いて。 ・・・・はいはい。 お行儀がいいですね、お嬢さん。 」

「 だって。 久し振りなんですもの、お喋りしたい事がい〜っぱいあるの。

 あ! そうだわ。 ジョーの好きな五目寿司作ってきたの! う〜んと頑張ったのよ ・・・  ほら! 」

フランソワーズはジョーの腕から抜け出すと、 荷物の中から大きな包みを開けた。

ガラスのテーブルの上に、食欲をそそる香りと一緒に華やいだ五目寿司が現れた。

「 ・・・ うわ〜〜お ・・・・凄い!  この金糸たまご・・・君が焼いて切ったのかい。 」

「 そうなの。  あ、そんなにじろじろ見ないで〜〜 でも味はね、かなりいい線いってると・・

 あ〜〜 ジョーってば、ツマミ喰いはダメだってば。 」

「 ・・・ うん、美味い!  きみ、腕を上げたなあ。 アナゴの味もいいし・・・ 凄いや。 」

「 そう? 嬉しいわあ。  ちょうどね、ほら、雛祭り用に材料がいろいろ売っていたから。

 よかったわ♪  あ、こっちはね、ジョーが好きな鳥のツクネ。 大根と煮てみました。 

 それからね〜  これは 博士からのお土産でしょ。 え〜と・・・ 」

フランソワーズは絨毯の上にぺったり座りこみ、荷物を次々に広げてゆく。

そんな彼女を ジョーは胡坐を掻いて にこにこと眺めている。

「 ・・・ でね。  このクリップをパジャマにとめておくとね・・・  あら、なあに。 」

「 え・・・ あ、 うん。 きみがさ、あんまり楽しそうなんで  ― 見とれてた。 」

「 ・・・ だって。 楽しいんですもの。  ジョーと一緒に居られるなんて。

 ジョーに会ったら あれも話そう、これも言わなくちゃ・・・ってずっと思ってて・・・ 

 あ、でもまず、五目寿司が食べたい?  だったらお茶、入れわね。 」

「  ―  いいよ。  ちょっと ・・・ 」

「 え? そう。  じゃあ ・・・ そうそう、お菓子も焼いてきたの。 バナナ・シフォン・ケーキよ。

 これも ジョー、好きでしょう?  これでお茶にしましょう。 

 やっぱりとりあえずお茶を入れるわね。   ・・・ あ・・・ きゃ・・・! 」

立ち上がりかけて、 彼女はすとんとシリモチをついてしまった ― ジョーが腕を引いたのだ。

「 ヤダ ・・・なに、ジョー? 」

「 ・・・ だめだ。  もう・・・ガマンできない・・・! 」

「 え? そんなにお腹 空いてたの?  あ・・?? きゃ・・・ 」

彼はシリモチをついた彼女をそのまま ― 抱きすくめた。

「 ・・・ ああ ぺこぺこさ。  きみが 食べたくて もうガマンできない・・・・んだ! 」

「 え ・・・ あ ・・・じょ ・・・ 」

ジョーはそのまま彼女を組み敷くと覆いかぶさってきた。

「 もう  待てない ・・・ ! フラン ・・・! 」

「 じょ  ・・・ ― ・・・ !! 

早春の光が まだたっぷりと注ぐ部屋で恋人たちは熱く絡み合い始めた。

 

 

 

  ―  クシュン ・・・ !

 

「 ・・・ 寒い かい ・・・ 」

「 う ・・・ ううん ・・・ ジョー、あったかいもの・・・ 」

「 ふふふ ・・・ もっとこっち、こいよ。 」

「 ん ・・・ 」

フランソワーズは 薄薔薇色に染まった頬を彼の広い胸に埋めた。

   二人がやっとコトバの世界に戻ってきたとき、 西の空が茜色に染まり始めていた。

ジョーの、まだ汗ばんだ胸で 白い肢体が時折ぴくり、と揺れる。

「 ・・・ よかったかい? 」

「 ・・・ ん。 も・・・どうか なっちゃうかと・・・おもった・・・ 」

「 ぼくも、さ。 ・・・ ああ ・・・可愛いなあ・・・ なあ  もう一回 ・・・だめ? 」

のんびりと亜麻色の髪を愛撫していた手が きゅ・・・っと彼女の肩を引き寄せる。

その手はそのまま ・・・ まだ火照りの残る乳房にするりと降りてゆく。

「 あ・・・!  だぁめ。  ほら 折角差し入れ、持ってきたのよ、一緒に御飯 食べましょ。

 ジョーのこともいろいろ聞かせて。 」

「 う〜ん ・・・ お喋りよか ぼくとしてはもう一回 ・・・ 」

「 今はだめ。  ・・・ 続きはね、あとでちゃんとベッドで・・・愛して・・・ 」

「 わかったよ、ぼくのフランソワーズ♪  ・・・ ほら、これ 着てろ。 」

ジョーはさっき脱いだカジュアル・シャツを ばさり、と輝く裸身に羽織らせた。

「 わ・・・ ふふふ・・・ぶかぶかよ。  でもありがと。 

 ちょっとバス・ルームを貸してね。  あ〜あ・・・ お気に入りのブラウスがくしゃくしゃになっちゃった。

 ジョーったら 急に押し倒すんだもの。 」

「 きみのせいだぞ?  あんまりきみが可愛いから、さ。  あああ〜〜 また襲いたくなってきた! 」

「 おっとォ〜〜 ダメよ!  ねえ、お茶を・・・ ううん、美味しいコーヒー、淹れてくださる?

 ジョーのコーヒー、とっても好き。  それで お茶にしましょう。 」

「 わかったよ。 それじゃ ・・・ 第二幕は食事のあと、な♪ 

 ・・・ きみもさ 変わったよな。 あんなに情熱的だったかなあ〜 このお嬢さんは。 」

「 もう〜〜 ジョーってば。 意地悪するとオアズケ! ですからね。 」

「 お〜〜 コワ ・・・ 」

「 じゃ、コーヒー、お願いね。 」

「 はいはい。 お姫様の仰せに従います。 」

「 よろしい♪ 」

フランソワーズは 散らばった服を拾いあつめるとバス・ルームに消えた。

  

    ふふふ ・・・ いい眺めだなあ♪  知ってるかい、お嬢さん♪

 

羽織った彼のシャツに裾からは 白い素足がぎりぎり付け根ちかくまで覗いていた。

時折垣間見える魅惑のヒップを ジョーは後ろからじっくりと眺めて楽しんだのだった。

 

 

 

「 ・・・ なあ。 泊まってゆけよ ・・・  」

「 ・・・だめ。 帰らなくちゃ・・・ 」

ジョーの腕の中で 彼女も少しだるそうに呟く。

ゆっくりと身体の向きを変えたが まだ起き上がる気配はない。

「 ・・・いいじゃないか。 明日 ちゃんと車で送ってゆくからさ。 」

「 だめよ。  博士がね、嫁入り前の娘が外泊なんて許さん、って。 

 ああ見えてもね、なかなか躾に煩い <おとうさん> なの。 」

「 ・・・ ふうん。 嫁入り前 ならってことだろ。 」

「 え? 」

「 <おとうさん> の躾さ。  ― 既婚者なら オッケーってことだ。 」

「 どういうこと? 」

「 うん。 ・・・・ ちょっと ごめん。 」

「 ・・?? 」

ジョーは彼女を離すと 半身を起こしナイト・テーブルの上からなにか取り上げた。

「 これ。  サプライズにしようと思っていたけど。 ・・・ どうかな。 」

ベルベットで覆われた小箱がフランソワーズの胸に置かれた。

「 ・・・? なあに。   ・・・ あ ・・・ ゆ  指輪 ・・・ ! 

フランソワーズはそっとあけた小箱を手にしたまま コトバが続かない。

サテン地の台には 硬質の光を放つ貴石を頂いた指輪が収まっていた。

「 ・・・ ジョー ・・・ こ  これ・・・ わ、 わたし に? 」

「 うん。 もうずっと前から決めてたんだ。 」

「 決めるって ・・・ なにを?  」

ジョーはフランソワーズの頬を両手で掬うと まっすぐに彼女を見つめた。

「 博士にお願いに行く。  きみを ・・いや、お嬢さんをくださいって。

 そう決めてたんだ。  丁度いいよ、明日 きみを送っていってお願いするよ。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ ほんとう?? ほんとう・・・に・・? 」

「 こんなコトでウソなんか言うかい??  あ ・・・泣くなってば・・・ 」

「 だって・・・ だって ・・・ ジョーってば ・・・ いきなりそんな 驚かして・・・」 

ほろほろ ほろほろ ― 透明な雫がジョーの手を濡らす。

「 ほ〜ら。 泣くなってば。  いい加減 ちゃんとしなくちゃって思ってたんだ。

 オトコのケジメの印さ、これは。 きみと住むために ここ・・・ 借りたんだ。

 ここで一緒に暮らそう。  ― ぼくと結婚してくれる? 」

「 ジョー ・・・! ああ わたし・・・ も もしかして嫌われたのかなって・・・悩んでいたの。

 もう ・・・ 一緒に住みたくないから一人暮らし始めたのかなって・・・ 

 だから・・・ ここに来るの、ちょっと恐かったの。  もし・・・ ジョーが ・・・ 」

「 やだなあ。 ぼくがそんなこと、思うはずないだろ。

 ・・・ な。 だから ― 今夜は泊まってゆけよ。  きみはもうぼくのものだ。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ 」

ジョーは 小箱から指輪を摘まみあげると彼女の左手にそろり、と填めた。

「 一生  よろしく。  ずっと護るよ。  」

「 ・・・ はい。 」

こくん、と頷いた仕草がますます可愛くて ジョーはそのまま彼女を抱き締める。

「 じゃあ ゆっくり 続きを ・・・ 」

「 ・・・ だめ。 ジョー、だめよ。 」

フランソワーズは 静かに、しかしかっきり彼を見つめて言った。

「 だめ。 やっぱり約束は守らなくちゃ。  今日はちゃんと帰るわ、わたし。 」

「 フランソワーズ ・・・ 」

「 ジョー。  指輪 すごく嬉しいわ。 ものすごく・・・ 信じられないくらい嬉しい・・・・

 でも だから。  ちゃんと約束、守りたいの。   お願い。 」

青い瞳は まっすぐにジョーに注がれている。

愛らしい笑みはちゃんと唇に残っているが、眼差しは真摯な光で溢れていた。

 

    ・・・ ああ きみってひとは。  本当に  本当に  可愛い ・・・!

 

ジョーは そのまま、再び彼女を抱きすくめたい欲望と必死に戦った。

「 ・・・ わかったよ。  それじゃ  ものすご〜〜くものすごく残念だけど。

 今晩は ・・・ 送ってゆくよ。  それで 明日。 もう一度 行くから。 

 博士にきっちりお願いに行く。  」

「 ありがとう ! ジョー ・・・! 」

ぱあ〜っと微笑むと 彼女の方からきゅ・・・っとジョーにしがみ付きキスをした。

「 大好き♪  ジョー・・・大好きよ! 」

そしてするり、とベッドを抜け出すとそのままバスルームに消えた。

 

「 あ ・・・  もう〜〜 きみってヒトは。  まったく ・・・!

 お嬢さん? もう少しオトコの事情ってモンを考えてくれませんか・・・ はァ ・・・ 

一人残されたベッドで 熱い身体を持て余しジョーは盛大に溜息を吐いた。

 

 

 

深夜 ギルモア邸の前に実に静かに車が停まった。

  ギシ ・・・ タイヤが砂地を踏んで小さな音をたてただけだ。

しずかにドアが開き、白いコートの女性が滑り出た。

「 ・・・ じゃ ね。  お休みなさい・・ ジョー ・・・ 」

「 うん、お休み。  明日、な。  」

「 ええ・・・・待ってるわ。 」

「 ああ。 じゃ・・・ おっと。 」

ジョーは 彼女の手を引くと左手の指にキスをした。

「 ジョー ?  」

「 明日まで。  ココはぼくの ― 島村ジョーの予約済みってしるしさ。 」

「 まあ ・・・ ふふふ・・・ 熱いわ。 じゃあ 」

「 ん ・・・ 冷えるなよ。 」

「 平気。 まだ身体の芯まで熱いから・・・ 」

白い頬に笑みを結んだまま、彼女は玄関に向かって駆けていった。

「 ・・・ オヤスミ ・・・ ぼくのひと。 」

ジョーは彼女の姿が邸内に消えるのを見定めてから ゆっくりと車を返した。

 

    バウ −−−−−−

 

深夜の国道をジョーは快適に飛ばしてゆく。

もともと交通量の少ない地域なので 今は前後はるか見通しても車の姿など見えるはずもない。

ジョーは ぐい・・っとアクセルを踏み込んだ。

 

「 ・・・ ああ ・・・ ! いい気分だ・・・ うん、 明日。  

 ぼくは正式に きみをもらいに来るから。  明日 ― ぼくたちの出発の日だ!

 うんと、滅茶苦茶に 幸せする。  きみの笑顔を護れるのは このぼくだけだ。 」

 

早春のまだまだ凍て付く真夜中、 煌く星々にジョーは自信たっぷりに宣言した。

 

 

 

   ― その < 明日  >   とんでもないミッションが発動した。

 

 

 

 

 

 

「 問答無用! ・・・ 消えうせろ ! 」

「 ま、まて! 」

 

   ビュイ ィィィィィィィィィィ  −−−−− ン ・・・・!

 

009の制止に耳を貸すはずもなく、オトコは奇妙なメカを操作しレバーをぐい、と引いた。

 

「 ??  うわああああ ・・・・ !!! 」

サイボーグ達は なにかとてつもない衝撃を受けちりぢりに吹っ飛んだ  ― と感じた。

 

 

 

 

   ― ここは  どこだ。  静かだ ・・・ いや、音はするが 穏やかな音・・・

 

ジョーが再び意識を取り戻したとき、彼の前にはありきたりの ごく普通の街並みが見えた。

車道の両側には石畳の舗道がひろがり 落ち着いた佇まいの建物が立ち並ぶ。

行き交う人の姿はなかったが車の音が聞こえ、大きな車道も近いことが窺われた。

 

   どこの街だ? どうも ・・・ 日本とはちょっと違うな。

   この日の高さだと まだ午前中か。  

 

カツ・・・ン ・・・・

防護服のブーツの下で 石畳の道が微かに音をたてた。 彼自身はちゃんと、この場所に存在するのだ。

頬に当たる風も心地よく、空気も乾いている。

 

   どこか・・・ 先進国の都会だな。 かなり歴史がありそうだ・・・

   少し 歩きまわってみるか。  皆はどこへ飛ばされたんだ? フランは・・・?

   誰か 来ないかな。  ・・・ んん?

 

カンカンカン ・・・・

軽やかな足音が すぐ脇の建物から聞こえてきた。  ジョーはそっと道端に身を潜めた。

カタン ・・・ ドアが開き 人声が聞こえてくる。

 

「  ― ええ、駅まで。  でも寝坊しちゃった・・・ 間に合うかしら。 」

 

どこかで聞いた声によく似ている、とジョーはますます耳を欹てる。

   カンカンカン −−−− ! 

ジャケットを羽織りつつ娘が舗道に飛び出してきて ヒールの音も高くそのまま駆け出した。

すぐ脇にいるジョーには視線もむけない。

どうやら 彼はその空間に存在はするが周囲からは見えてはいないらしい。

娘は 一直線に走ってゆく ・・・  亜麻色の髪がぴんぴん肩口で跳ねている ・・・

 

   ・・・  あ ・・・・ あれは ッ ・・・・ !!!

 

凍り付いている彼の脇を 黒い乗用車がしずかに通り過ぎ ― 娘の後を追ってゆく。

娘はちら・・・っと振り返ったが対して気にもとめずに脚を止めない。

 

  わたしね。 街中で ・・・ それも家のすぐちかくで浚われたの。

  全然気がつかなかったわ。  疑ってもみなかったの。

  でも  あの時を境に ― わたしの一生は変わってしまった・・・

  ううん ・・・ちがうわね、 終った、のかしら・・・

 

淋しげに語った彼女の声が ジョーの脳裏に甦る。 

  

   そ そんな ・・・ バカな ・・・! こんなこと、有り得ない・・・!

   でも  ああ ・・・でも・・・

 

   ・・・ !!!!   −−−−− !!!!

 

   助けるんだッ! 許さないぞ、彼女を放せッ !!

 

ジョーの全身から脂汗が迸り カッ・・・!っと燃え上がり。 彼は奥歯を噛み締め。

 

 

          しかし。

 

 

 

ジョーはその場から一歩も動くことができなかった。 

彼のブーツは力一杯舗道を踏みしめていた・・・ ただ それだけだった。

彼は 脚が凍りつき 全く動けなかった。

やがて。

娘は強引に車に押し込まれ ― しばらくして遠くを自転車の青年がフルスピードで追いかけていった。

・・・ 青年は ジョーに少し似ていた。

そして 街並みはまた何事もなく ごく当たり前の静けさに戻った。

 

 

   ぼ ・・・・ ぼくは。  ぼくは ・・・ なにをしていたんだ???

   ぼくは。  じ、自分の意思で 動け ・・・ いや。 動かなかった ・・・!

 

   ―  ぼくは。  みすみす目の前で彼女を 見殺しに し   た  ・・・   !

   ぼくが  彼女を  こ   ろ   し   た ・・・

 

ジョーは全てが真っ白になっていた。

知覚も感覚も触覚もすべてが 吹っ飛んだ。 

 

   ぼくが  殺した ・・・ フランソワーズ・アルヌール という娘を。

   ・・・ なぜだ ・・・? 

 

   ああ、そうだよ!  ぼくは 欲しかったんだ

   ぼくは  003 が欲しかったから。 自分のモノにしたかったから。

   ぼくと巡り合い ぼくの恋人になり ぼくを愛してくれる 003 が欲しかったのさ。

      ― 初めて得た愛を 失いたくなかったから。

 

   ぼくが  あの娘を  サイボーグに  した ・・・ !

   BGの仕業じゃない・・・ この ぼくが。  ・・・ 彼女の人生を 奪った・・・!

 

    この  ぼく  が ・・・!

 

彼はがくがくと石畳の道に膝をつき崩れ落ちた。

ただひとつ 彼の中に深々と突き刺さったのは自己嫌悪の感情 のみ。

 

  ビュィ ィィィィィィィィ  −−−−−− ン ・・・!

 

どこか遠くで あの不気味な音が微かに響き始めていた。

 

 

 

 

 

 

    ―  ジョー・・・どこ・・・

 

吹き飛ばされた衝撃から フランソワーズはようやく我に帰った。

視界がクリアになり、音もはっきりと聞こえてくる。

そろり、と腕や脚を動かしてみたが、怪我をした様子もない。

 

   よかった ・・・ すごい衝撃だったわ・・・あんなメカ、初めて

   ジョーは ・・・ 皆はどこに飛ばされたのかしら。 

 

顔をあげれば 白っぽい太陽がぼんやりと照らしていた。

特別に寒くも暑くもなく、空気はなかなか爽やかでごみごみした街中とは思えない。

 

   ん・・?  波の音 ・・・ ね  ウチにいるのかな・・・

   ・・・! ちがうわ!  わたし達 ミッションの真っ最中で・・・

   そうよ! わたし、ジョー達をさがして南の島まで行って そこで 

   ・・・ あ ・・・! 

 

彼女は次の瞬間 ぱっと身構えた。

手近な建物の壁に身を寄せ、油断なく左右を見渡しつつスーパーガンを構え ―

「 ・・・ あら。 ここ ・・・ さっきの島 ― 北硫黄島 とは ちがう・・わ。 

 そうよ、だって。 あそこにはこんな建物ははかったもの。 」

落ち着いて周囲を見渡せば どこかの町、少々辺鄙な町の一角らしい。

彼女は長く続く塀を背にしており、しかもそれは不自然に高く頑丈なのだ。

目の前に続く道は 舗装はされているが道端には雑草が生えていたり土が顔を出していたりしている。

そして 車もヒトもやってくる気配はなかった。

 

   そうか。  多分 ・・・ ちがう空間に弾き飛ばされたのね。

   あのヒト達 ・・・ 未来人と言っていたもの。

   じゃあ ・・・ あの奇妙なメカは一種のタイム・マシン ・・?

   ・・・ まさか・・・ ああ、でもとりあえず 無事みたい・・・

 

気を取り直すと、 彼女は 003 として綿密に周囲を探索し始めた。

ともかく地球上のどこかで、そんなに時間的にも隔たってはいない <時> と思われる。

 

   ふうん ・・・ とりあえずジャングルの奥とか 恐竜が歩いている時代 じゃあないみたいね

   よかった。  文明の地なら なんとかなるわ。 

 

特に危害を加えてくる <敵> は見当たらなかったので、彼女はとりあえずスーパーガンをホルスターに収めた。

「 ここ ・・・なにかの工場かしら。 それにしては静かねえ・・・ そろそろ夕方になるようね。 」

太陽の位置を見、ついでに <目と耳> のスイッチを入れた。

塀の切れるところに頑丈な門がありプレートが掛かっていた。

「 ・・・・ 少年鑑別所? ああ ・・・ ここはその種の施設なのね。 それでこんな壁が・・・

 ふうん・・・ あ、あそこ。 壊れているわ。 鉄条網が緩んでる。 」

彼女は左右に気を配りつつ 歩き始めた。

「 施設の方に報告した方がいいかもしれないわね。  あ ・・・ でも この服 ・・・

 う〜ん ・・・ これじゃあねえ・・・  」

防護服で <普通の人々> の前に立てば奇異の目でみられるだけだ。

それに余計な詮索を受けることは避けなければならない。

「 このまま放って置くのも気になるけど。 ・・・ そうだわ、メモをポストにでも入れておけばいいかも・・・ 」

彼女はポケットを探りメモ用紙を出した。

「 ・・・ え〜と ・・・ 通りすがりの者ですが、西側の塀の一部が壊れて 

 

 

    ―  ジョー。 てめェ 今更怖気づいたのかよ

 

 

「 ・・・え??? 」

突然 飛び込んできた名前に彼女は一瞬硬直した。

「 あ ・・・ ああ。 そうよ、< 耳 > も稼働していたのだわ。 よくある名前だし・・・

  え ・・・なんですって ?? 」

ほっとしたのも束の間 続く会話に彼女は凍りつき ますます全身の神経を耳に集中した。

 

    ―  バカにすんな。 今夜 決行だ。

    ―  ふん。  なら ぼ〜っとするな

    ―  うるせぇな 

    ―  ・・・ シッ!  目、つけられるぞ!

    ―  ・・・ 10時。 決行だ。

    ―  わかった

    

押し殺した低い声だ。  荒んだ少年たちの声だ。  漂うのは遣り切れない暗さと粗暴さ ・・・

「 ・・・ 脱走するつもりなんだわ。  あの塀のこと、知っているのね。 

 それじゃますます通報しておかなくちゃ。  電話・・・ だめ、番号がわからないし。

 だいたいここは どこなの・・・  あ ・・・ あああ ・・?? 」

 

 

     久里浜少年鑑別所 

 

 

再度 サーチした <目> に。 施設のプレートがはっきりと映った。

「 く ・・・ くりはま ??  じゃ、じゃあ・・・ さっきの <ジョー> って。 まさか・・・!? 」

がくがくと身体全体が震え出す。  ペンを持つ手がちぢこまり動かない。

 

     ・・・ 本名ハ 島村ジョー。  混血児ダ 

 

不意にフランソワーズの脳裏に イワンの <声>が蘇る。

そう  あれは。 やっとあの悪魔の島を脱出した直後 ― 9人全員が顔を合わせたときだった。

 

   ・・・少年鑑別所ニイレラレタ   仲間トソコヲ脱走シタ夜ダッタ ・・・・

 

   やめろ・・・! やめてくれ!!

 

キンキンと脳内にひびく <声> と。 暗い遣り切れない茶色の瞳が目の前に浮かんできた。

「 ・・・ 今日なのね。  今夜 ・・・ 彼は。  ここを脱走して それで それで・・・ 」

彼女の手は止まったままだ。  いや 震えて文字が書けない ― のではなかった。

ぴたり、とペンは止まり  やがてメモはくしゃくしゃに丸められ千切られた。

 

    フランソワーズ? あなた、何をやっているの? 通報、するのでしょう?

    ・・・ やめたわ。  

    どうして??  あの少年たち、放っておいたら・・・

    ・・・ ええ いいのよ。  このままで。

    このままで??  じゃあ ・・・ あの少年が 脱走してもいいの?

    ・・・ ええ  ・・・ いいのよ。  この  まま  で ・・・・

 

彼女の中で 二人のフランソワーズが鬩ぎあい ― そして。

フランソワーズは しずかに門の側から離れた。

 

「 ・・・ わたし。  ・・・ そうよ、わたし。 わたしって 最低・・・!

 自分のためだったら 自分自身の幸せのために  ・・・ 平気で ・・・  」

きゅ ・・・っと彼女は唇を噛み締める。  不思議と涙はこぼれなかった。

「 ふ・・・ ふふふ・・・・ こんな女、最低ね。  ふふふ・・・ 自分自身に呆れて涙もでないわ。

 ああ でも ・・・ でも、わたしにはどうしても どうしても ・・・できない・・・!

 許して ・・・ 許して ・・・ ジョー ・・・・ 」

彼女は高い塀を見上げたまま  呆然とただ立ち尽くしていた。 

 

    わたしって。   こんな ・・・ 最低の人間だったんだ・・・

    心から愛しているのなら その人の幸せを一番に望むのに。

    大好きなら 彼が幸せな人生を歩むことを願うのに・・・

 

    わたし。  あの少年の人生を 見捨てたわ

    

    そうよ・・・ わたし。  彼が ― ジョーが 欲しいんですもの

    可愛い子ぶっても  その中身は 自分の幸せしか 望んでいないのね

 

    ・・・ 最低よ!  こんな  こんな 女 ・・・!!!

 

    ああ ああ  でも。 

    わたし。  どうしても どうしても どうしても どうしても ・・・

    ・・・・ 彼を 諦めることは で   き   な   い  ・・・  !!!

 

    ごめんなさい ・・・ 人間だった 島村 ジョー  ・・・

    わたし。  わたし ・・・ サイボーグのジョーが  ジョーが ・・・ 好きなの ・・・!

 

人通りの絶えた道端で 彼女はひとり辛吟し続けていた。

夕闇は直に 濃い夜色となり。 その建物には不自然に明るい照明が点じられた。

 

 

       ―    運命の夜が はじまる。

 

 

 

      ビュィ ィィィィィィィィ  −−−−−− ン ・・・!

 

どこか遠くで あの不気味な音が微かに響き始めていた。

 

 

 

 

 

     う  ・・・・ ああ  ここは・・・??

 

気がつけばサイボーグたちは生い茂る木々の合間の空き地に戻っていた。

「 ははは ・・・・  時間砲の恐ろしさを身をもって感じただろう?!

 お前たちを時の彼方にすっ飛ばすのは造作もないこと。 」

 

    ・・・ 時間  砲 ・・・・ だって・・・・?

 

    やっぱり  アレは タイム・マシンの一種だったのね・・・

 

二度目の衝撃の後、目の前には奇妙なメカを構えた兵士たちがずらり、と並んでいた。

その中から 黒服のオトコが進み出た。

彼は淡々と彼らの <事情> を語った。

「 その茶色の髪のオトコをブースに入れておけ。  あとの者は眠らせておけ。 」

「 は。 司令官どの。 」

兵士の一人が ジョーを透明なブースに閉じ込めた。

 

「 ジョーッ !!! 」

「 !? ダメだ、フランソワーズ、避けろ!! 」

 

   バ −−−−−  ッ !

 

一瞬のスキを狙ってフランソワーズのーパーガンが光線を放った。

「 なんだ、この女 ! 」

つぎの瞬間 彼女は跳ね飛ばされ地面に叩き付けられた。

「 !? ふ、フランソワーズ?! 大丈夫か!? 」

ジョーは拘束されたブースの中から特殊ガラスに体当たりをした。

「 ・・・うわ〜〜 !!!  ・・・く、くそ ・・・・ 」

彼の身体は激しい衝撃で跳ね飛ばされ、 ガラスはひびすら入らない。

「 う・・・・く ・・・くそ・・・・ フラン ??  おい、フランソワーズ! 返事しろ?! 」

「 ・・・ じょ  ジョ − ・・・ 」

ジョーがようやく身体を起こしたとき、 彼女もまた地を這っていた。

防護服を透して赤い液体が滲み出ているのがはっきりと見てとれる。

彼女の両脚はほとんど動いていない。

ジョーは辛うじて通じる脳波通信で 必死に呼びかけた。

「 ああ! 生きていたんだね!  ・・・きみ 脚が?? 」

「 ・・・ ジョー ・・・ じょー・・・  今 ・・・今 行くわ ・・・・外から 壊せば・・・ 」

「 フラン ! やめろ、動くな! 動けば出血が増えるだけだ、やめろ、やめるんだ!! 」

「 ・・・ ジョー・・・ あなたが助かれば・・・ わたしは。  

 ごめんなさい。 わたしのせいなの。  だから ・・・だから 今度こそあなたを助けるわ!

 こんなわたし ・・・ どうなってもいい ・・・  」

「 ? なに ・・・を言っているんだ?  」

呆然としている彼の前に とうとう彼女はにじり寄ってきた。

「 ・・・今 助ける ・・・ わ ・・・ !  ここを 壊すから・・・  」

「 フランソワーズ ・・・! きみってひとは。 ああ ・・・ 」

背後に迫る兵士たちが 二人を標的にぴたり、と銃口を向けていた。

「 いいさ!  さあ 撃つなら 僕を撃て。 ・・・  本望だッ 」

ジョーはぎりり・・・と奥歯を噛み締め 猛然と透明な壁に身をぶつけた。

 

   ビ ・・・シ ・・・・ッ ・・・・!!!

 

「 !? うわぁ〜〜〜 !!! 」

壁は一瞬にして粉々に砕け散り 彼は転がり出た。

「 ・・・ ジョー ・・・! 」

「 フランソワーズ ・・・! 」

地に這いずったまま 二人はしっかりと抱き合った。

ジョーは素早くキスをすると背後に愛しい人をかばい仁王立ちになった。

「 さあ。 撃つなら撃て。  ぼくは 彼女を見殺しにした卑怯なヤツさ。

 せめて 今 ・・・ 命に代えても彼女を 護る!  」

「 ・・・ ジョー ・・・ なにを ・・・言っているの・・・? 」

 

その時。  奇跡が起こった。

 

急速な事態の展開 ― 事件そのものは根本的に解決したわけでない。

いや  ―  解決などできることではなかった。

<彼ら> は 彼方へと新しい天地を求めて移住して行った。

 

  その一人は ひとつの事実を告げ 去って行った。

 

<彼ら> の 残したメッセージはサイボーグ達にさまざまな感慨を残した。

 ・・・ ジョーとフランソワーズは ただ黙って見送った。

 

 

    その ミッションは。  平和裏に終了した。

    侵入者たちはすみやかに立ち去り、 サイボーグ達も速やかに帰還した

 

    すべては 終了した。

 

 

 

 

 

   ザザザザ −−−−−    ザザザ −−−− ・・・・・

 

窓を大きく開け放てば 少し温まってきた風が波の音を運んでくる。

フランソワーズは 大きく深呼吸をした。

花の香り、 枯れ草の香り そして 新芽の香り。  

微かに漂う春の気配に 彼女の唇は自然に微笑みを結んでいた。

 

   ・・・・ 帰ってきたのねえ。  

   やっぱり わたしはこのお家が好き。  この 海辺のお家が好きだわ・・・・

   ・・・ あら 鳥・・・?

 

  ピ  −−−−−−−  !

鋭い一声を上げ 小鳥が一羽つい・・・っと空高く舞い上がった。

そのすぐ後を もう一羽が追いかけ昇ってゆく・・・

中天で合流した二羽は たがいに縺れあり 翼を交わしている風にも見えた。

 

    ・・・ いいわねえ ・・・ 恋人同士なのかしら・・・

 

ふう ・・・ 小さな吐息を残し、彼女は静かに窓を閉めた。

まだ 開け放っておけるほど気温は高くはない。

リビングでは 相変わらず博士が本を開いているのだ。 

 

「 博士?  そろそろお昼にしません?  もうすぐ グレートも来るそうですから。 」

「 ・・・ うん?  おお もうそんな時間か。  

 ああ、そんなことを言っておったな。  ・・・ 時にフランソワーズ、脚はどうだね。 」

「 はい、もう大丈夫ですわ。 そろそろレッスンもまた始めてみたいなって思ってます。 」

「 うん うん ・・・・ そうか。 それはよかった・・・・ 」

「 ありがとうございます。  博士が治療してくださったのですもの、安心しています。 

 ほら・・・ ね? 大丈夫でしょう? 」

フランソワーズは くるり、と博士の前で回ってみせた。

スカートがひら・・っと少しだけ翻ったが彼女は揺れることなく回転した。

「 よしよし。 それなら心配いらんな。   おい  ジョーはどうしたね。 」

「 え ・・・ ええ・・・ さっき また散歩に出たみたいですけど・・・ 」

「 ふむ? アイツ ・・・ どうかしたのか。 」

「 え? ・・・だってジョーもちゃんとメンテナンス、受けましたでしょう? 」

ジョーは ミッションから帰還して、メンテナンスを受けた後もこの家に残っていた。

他のメンバー達はそれぞれ 日常の生活にもどり、故国に戻っていたが

彼は ずっとギルモア邸に留まっている。

例のマンションに戻る様子はなかった。

「 ああ。 無茶苦茶に加速しおった、と聞いたが ・・・ 特にひどい損傷はなかったぞ。 」

「 ええ ・・・ 不思議な闘いでしたけれど・・・  

 あの。 博士 すみません。 ランチ ・・・ ちょっと待っていただけません?

 もしグレートが来たら ・・・ お茶の用意はしてありますから。  」

「 うん? 構わんが ・・・ どうしたね。 」

「 え ええ ・・・ あの。 ジョーも呼んできます。 」

「 ・・・ ああ、そうしておくれ。  うん、 アイツの塞ぎの虫を追い払えるのは お前しかおらんよ。 」

「  ・・・・・・  」

フランソワーズは頬を染め ・・・ だまって会釈をすると玄関から出ていった。

 

 

 

 

   あ。  やっぱり。  ここにいたのね・・・

 

こっそり使った <目> は 岬の突端に近い草地に座り込む彼の姿を捜しだした。

彼は いた。

半分脚を投げ出し 遠く海原に視線を投げていた。

彼女は ゆっくりと歩いていった。

 

   ざ ・・・ざ  ざざ ざざ ・・・・

 

足の下で海砂が軽く音をたてる。  ・・・でも そんなこと、構わない。 

だってもうとっくに 彼は気がついているに決まっているから。

 

「 ・・・ ジョー ・・・? 

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」

ちら・・・っと振り返る素振りをしただけで 彼はまた視線をもどしてしまった。

「 あの ・・・そろそろお昼よ?  ランチにしない? グレートも来るのよ。 」

「 あ ・・・ うん ・・・ 」

「 ね。  ここ ・・・座ってもいい。 」

「 どうぞ。  あ 寒いかもしれないな。 結構海風がまだキツいから・・・ 」

「 そう?  でも いいわ。  」

「 ・・・ うん ・・・ 」

彼女は すとん、と彼の隣に腰を降ろした。

 

   ふわり ・・・  微かにいい香りがジョーの鼻腔をくすぐる。

 

「 ね。 この指輪 ね。 」

「 ・・・ うん?  ああ そんな風にして持っていたんだ? 」

「 ええ。 アルベルトに聞いてね、失くすとイヤだから・・・ 胸にかけておいたの。 」

フランソワーズは胸元かきらきら光るチェーンをひっぱりだした。  先端に指輪が下がる。

「 ふうん ・・・ 」

ジョーはふいっと視線を逸らせてしまった。

「 ジョー。 わたし ね。 これ・・・この指輪。 填めている資格なんてないの。 」

「 ・・・ なんだって? 」

「 わたし。 卑怯な女よ。  自分自身の幸せが欲しくて

 ある少年を ・・・ ううん。 ジョー、あなたの未来を ・・・潰したわ。 」

「 きみも  あの時・・・ 時の彼方に飛ばされたのか!? 」

「 多分ね。  でも そんなこと、問題じゃないわ。  

 こんな女 ・・・ ジョーの側にいてはいけないの。  だから これ・・・ これ・・・ 」

彼女の頬をほろほろと涙が伝い落ちる。

その涙を拭いもせず 彼女はチェーンを外し指輪をジョーに渡した。

 

   シャリン ・・・ 

 

微かな音と一緒に微かな重みが ジョーの掌に乗った。

それはほんのちいさなモノだったけれど ずっしりと彼の心に響いた。

 ― ごくり、とジョーの咽喉が鳴った

 

「 これ。 きみに填めて欲しい ・・・なんて言える資格、ぼくにはないんだ。 」

「 ・・・ え・・・? 」

「 ぼくは  最低なヤツさ。  きみを護る、なんて自信満々に言ったけど

 とんでもないヤツなんだ。 

 きみが欲しくて どうしても欲しくて。

 フランソワーズ・アルヌール という娘を見殺しにしたよ。 

 ぼくは  ぼくは どうしても きみという人が欲しかったんだ・・・! 」

「 ジョー ・・・ わたしも。 わたしも、ね。

 どうしても あなたを 諦めることはできなかったの ・・・ ! 」

ジョーは きゅ・・・っと指輪を握り締めた。  その手をフランソワーズは両手でそっと包み込んだ。

二人の瞳が しっかりと見つめ合う。

 

 

 

   きみが    あなたが   いてくれたら。  それだけで いい ・・・!

 

 

 

  ― もう それ以上の言葉はいらなかった。

ひゅるり  −−−−   

  新しい風が  やっと二人の元に春を運んできた。  春 ・・・ 春が来る ・・・!

 

 

 

「 ほう?  博士? ご心配は御無用のようですな。 」

「 うん ・・・ なにかね。 あの二人 ・・・ ? 」

「 ええ。 ほら・・・ 仲良く帰って来ましたよ。  お〜お・・・ぴったりとくっついて。 」

「 うぬ・・・ アイツめ、今度こそちゃんと真意を質さねばならん。

 ワシの大切な一人娘を そうそうカンタンにやるわけにはゆかん! 」

「 ははは ・・・ 博士〜〜  最早 花嫁の父 ですかい。

 まあ いいじゃないですか、若いうちだ・・・ 命みじかし 恋せよ乙女 ・・・ か。 」 

「 ・・・ ふん ・・・ 後のこころにくらぶれば、というからなあ・・・  」

「 そうそう・・・ 愛とは決して後悔しないこと ― そんなフレーズがどこかにありましたぜ。 」

「 ・・・ まったくもって アイツらは ・・・ 」

年齢を重ねたオトコたちは 苦笑まじりに窓辺を離れた。

 

 

      ジョーとフランソワーズは ゆっくりと  ―  二人で ― 歩み始めた。

 

 

 

**********************      Fin.    ***********************

 

Last updated : 03,09,2010.                      index

 

 

 

***********    ひと言   ************

せっかく 3 9  の日なのだから う〜〜んと甘い二人にするもんね〜〜って

結構張り切って書き始めたのです、今回は 原作 ( + 旧ゼロ ちょびっと♪ ) 設定

あのオハナシ。   ・・・ 書き上げてから 気がつきました !!!

あ・・・ 以前に同じ設定で 似たシチュを書いてるよ〜〜〜 >> 自分 (;O;)

どっしゃ〜〜〜 ( 滝汗 ) す、すいません〜〜〜 <(_ _)>

まあ ・・・ 似たシチュエーションの 発展版 ・・・とでも思ってくださいませ。

・・・で、あのお話の 「裏事情」 ?? ってか こんなこともあったかも??話〜〜

ジョー君ってば 前半はいやに自信満々・・・ちょいとハナにつくかも・・・

過去に干渉してはならない・・・っつ〜例の?法則とかは この際

 目を瞑ってくださいませ。  

ともかく ウチの93は何時だってらぶらぶ〜〜♪なのです。

ご感想〜〜〜 ひと言なりとでも頂戴できれば 舞い踊り♪♪ <(_ _)>