『 半身 』
― 雨は 降り続いた。 その夜も次の日もずっと。
地上に捏ねられた残骸をすべて ・・・ 洗い流し浄めようとするかの如く 雨は降り続いた。
そう ・・・ これで お別れ ・・・・
そうね、 この雨はきっとそのことを告げているのね・・・
・・・ さよなら ・・・ 片割れ さん
まだはっきりしない意識の中で ときどきあの ― 閃光が見えた。 いや、見えた、と思った。
瞼の奥で それは頭の芯に突き刺さりぴんぴんと脳内に響く。
そのたびに 彼女はひくく呻き声をあげ辛吟し ・・・ そっと呟く。
・・・ さよなら ・・・ もう 会えないわね ・・・ さ よ な ら
アデュ− という母国語よりも 彼にはこの国で知った別れの言葉が似つかわしいのかもしれない。
異国の地で再び巡り会った彼に 彼女は何回も何回も別れ告げた。
もっとも 側で看取っている老人には ただのうわ言にしか聞こえなかっただろうけれど。
― そんな彼女の呟きも 呻きも。 全てを押し流し消去ってしまおうと 雨は 降る。
雨 は 降る ・・・・
「 なんだとォ? また新入りかよ。 」
< ラシイヨ。 ・・・ 少年、ダネ。 思考ガ幼イ。 >
「 ふん。 ヤツら、相変わらずだな。 」
「 はん、今更ってことさ。 ここのヤツらのやり口はオレらが一番よく知ってるじゃんか。
よォ、それよりも・・・ そいつはどんな能力 ( ちから ) があんのかい。 」
< ワカラナイ。 マダ ・・・ 生身ダカラ。 >
「 まあ・・・! それじゃ・・・ まだ? 」
< ウン。 取リ合エズ素材トシテ保シタダケダネ。 ・・・ ア、片方ハ てれぱす カモ。 弱イケド ・・・ >
「 片方?? もしかして兄弟とかなの? 」
< ソウ・・・一種ノ兄弟カナ。 >
「 一種の?? なあに、001。 あなたらしくないのね? 言っている意味が不明瞭だわ。 」
< フン! 両方トモ同時ニ覚醒シテイル時ガ無イカラネ。 イクラ僕デモ、睡眠中ノ心ハ読メナイヨ。 >
「 なんだ?? 001? 本当に今日はどうかしてるぞ? 」
「 へ。 スーパー・ベビーでも不機嫌な日もあるってか。 あ〜〜 お前、やったな?
わ〜った わ〜った! 今 オシメ、換えてやっからよ 」
< チガウヨ!!! >
バサ・・・! オムツが飛んできて、002の長い鼻にひっかかった。
「 おわ!!! な、なんだ〜〜 コイツめェ〜〜 ケツ、ひん剥いてペンペンだ! 」
「 シ・・・! ヤツらが来るわ。 」
「 ああ ・・・ ふん。 またぞろ <演習> かよ。 」
「 黙って。 わたし達が交流してること、知られたくないわ。 」
「 ・・・・・・ 」
緑色の奇妙なユニフォームを纏った男女は 何気なくばらばらに・・・好き勝手な場所に散った。
もっとも今までも、彼らは視線を合わせることもなく傍目には 待合室に居合わせた人々に見えなくもない。
その部屋にしても 殺風景だがかなり広く、居心地は悪くはなさそうだった。
毛足の長い絨毯が敷き詰められ、全体が落ち着いた色合いで壁紙やカーテンも調和が取れている。
南側には大きく窓が切ってあり、照明も柔らかい。
隅にはソファがあり ごく一般的なラウンジ、という雰囲気だ。
ただし。 窓は特殊強化ガラスの填め殺し、マホガニーに見えるドアは外から電磁ロックが掛かっている。
隠しカメラに盗聴器、は当然設置されており彼らはそんな環境に慣れていた。
「 演習だ。 出ろ。 」
レーザー銃を構えたロボット兵士を従え、白衣のサングラス・オトコが尊大ぶってドアを開けた。
「 ・・・・・・・ 」
中にいた男女は ゆっくりと振り向きお互いの存在にはごく無関心な風に立ち上がった。
「 はやく 出ろ! 」
オトコが 怒鳴った・・・・ と、後ろからのんびりとした声が掛かった。
「 ああ クロフツ君。 ここは私が。 なに、このプロトタイプたちは慣れているから・・・
護衛はいらないよ。 おっと・・・ 演習の前に解説をしておかないとな。
うん、 資料室を使わせてもらうぞ。 」
「 ふん・・・ 機械どもに解説がいるのか。 ま、好きにしろ。
アンタはアイツのお気に入りだからな。 ・・・さっさと出ろ! 試作品ども! 」
サングラスのオトコは殊更居丈高に振る舞った。
室内にいた男女は 微かに侮蔑の色を浮かべたが無言のまま部屋を出た。
「 あとは私に任せてくれ。 ああ、下だよ、その階段を降りて左だ。 」
のんびりした声の主がのっそりと現れた。
あら。 ギルモア ・・・ ね。 確か、そう言ってたわ
003はチラリ、とその特徴のある鼻を見て心の中で呟いた。
< ソウダヨ。 彼ハ ・・・ チョット変ワッテイル。>
≪ イワン! 勝手にヒトの心を読まないでちょうだい! ≫
< ゴメン、003。 デモ ・・・ 彼ノ思考ニハチョット興味ガアルンダ。 >
≪ 興味?? だって・・・ここの科学者の一人でしょ。 わたし達の改造を担当してるだけよ。 ≫
≪ 一種の 専門バカってとこもあるがな。 ≫
< トモカク、注意深ク観察シテイルンダ。 >
「 ああ、そのグレーのドアだ。 さあ、入って・・・閉めたか? 実は演習の解説じゃないんだ。
キミたち試験体の拒否反応について、の新しい見解と解決の方法ついて説明するよ。 」
「 はあん?? 面倒なハナシはゴメンだぜ。 」
「 ・・・ 聞かせてもらおう。 」
「 どうぞ? 」
試験体、と呼ばれた男女はモニターの前に集まり椅子に座った。
「 まず。 現在の直近の状況だが ― 」
大きな鼻をヒクつかせ、その若い科学者は熱心に解説を始めた。
「 ・・・・ で、その解決が急務だと判断した。 私は必ずやキミたちを苦しめている拒否反応を
克服してみせる。 楽しみに待っていてほしい。 」
楽しみに、ですって?? なによ、勝手に拉致して改造しておいて・・・!
誰が望んでこんな ・・・ こんな身体になったと思っているの!!
でも。 わたしは 死なない! 絶対に絶対に・・・! こんなトコで 死なないわ!
絶対に生きて 生き抜いて ・・・ ここを脱出するわ。
亜麻色の髪がかすかに揺れたが 誰も何も反応は示さない。
のっぽの赤毛は ブーツの爪先をみつめているだけだし 銀髪は腕組みをして在らぬ方向に視線を飛ばす。
・・・ えっへん!
青年科学者は 間が持てなくなりわざとらしく咳払いをしているが ― 若い彼にはとても不似合いだった。
「 ・・・ あ〜 ・・・ そ、そうそう 新入りを紹介するよ。 ゼロー1 と ゼロ−2 だ。 」
え・・・? ああ ・・・ 001が言ってた <少年> ?
はん! やっぱな〜 だがよ、ゼロー1 ?? 005 じゃあねえんだ?
ほう・・・二人? やはり双生児 なのか。
ざわ ― やっと3人の試験体たちは反応を示した。
「 いま、つれて来る。 」
「 なあ。 005 じゃねえのかい。 」
「 うん? ああ。 まだ ・・・ その。 どの分野に配属するか未定なんだ。 」
「 ― 改造前 と言えばいいだろう。 」
「 ま そういうことだ。 すぐに戻る。 」
青年科学者はあたふたと部屋から出ていった。
≪ 001の言う通りね。 ・・・ まだ 生身なんだわ・・・ ≫
≪ シ・・・! ここで脳波通信は使うな。 周波数は登録済みだから盗聴されるぞ ≫
銀髪が微かに眉間に縦ジワを寄せ 亜麻色の髪の女性は少しだけ肩を竦めた。
「 ― 来るわ。 あ?? 車椅子?? 」
「 さあ これが 002 003 004 だ。 君達、ゼロー1 と ゼロー2 だ。 」
「 やあ。 試験体諸君。 僕は ゼロー1。 これは弟のゼロー2。 」
3人の前に 一風変わった車椅子が進んできた。
その上には ― まだ不安定な高さの声をした少年が ひとり いや 二人 収まっていた。
あ。 ・・・ シャム双生児 ・・・!
003は思わず大きく眼を見張った。
ごく薄い茶色の髪が煩そうに顔に纏わりついている。 細い頚と薄い肩のまだ華奢な少年の体格だ。
彼は ・・・・いや、彼らはぴたりと並んで大振りの車椅子に収まっていた。
「 弟は今、覚醒時間じゃないんだ。 ― そんなに珍しいかな、二重体児が。 」
はっきりとした高声と共に 髪の間から琥珀色の瞳が彼らをまっすぐに見つめている。
・・・ きつい視線ね。 なにもかも跳ね返してる。
003はなぜか 視線をそらすことができない。
「 聞いたよ。 飛行能力の002。 超視覚と聴覚の003。 そして全身武器の004。
超能力ベビーの001は どこにいるのかな。 」
「 001は 別室にいる。 ゼロー1、君にも拒否反応について説明をしようと思ってね。 」
「 ふうん ・・・ こんな不便な身体から脱出できるならなんだっていいけど。
僕は このヒト達の能力を全部取り入れて、最強のサイボーグになるんだ! 」
「 ゼロー1? ゼロー2は なんと言っているかい。 」
「 ゼロー2? う〜ん・・・別になにも。 弟はちょっと気が弱いんだけど。
でも僕の言う事に逆らったりはしないから、 大丈夫さ。 」
琥珀色に瞳が勝気そうな光をたたえ 試験体たちを不躾にじろじろと見回している。
まだ ・・・ こんな少年を拉致してくるなんて ・・・!
ああ 綺麗な髪ね・・・
普通なら 両新の元でこんな髪を風に揺らして笑っていたでしょうに・・・
「 なんだよ? その眼は。 同情か?! 気に喰わないオンナだな!
ナマイキなオンナは大嫌いなんだ。 」
彼女の視線に気がついたのか、ゼロー1は一段と高い声を上げいきり立つ。
「 ナマイキはおめェだろ。 ガキはすっこんでさっさとおネンネしな! 」
「 ふん!? この ・・・ ブロンクスのごろつきが! 」
「 んだとォ〜〜 !! 」
「 やめろ、 002。 子供相手に ・・・・ くだらん。 」
「 こ、子供で悪かったな! 武器ロボットめ! 」
「 口を噤め 小僧。 」
「 ぼ、僕に指図するな −−!! 」
「 ・・・ お止しなさいよ、皆。 わたし達 ・・・ 仲間、いえ、 兄弟でしょう? 」
「 じょ、冗談じゃないッ !! 僕はお前らの上に立つ最強のサイボーグになるんだッ !
お前ら試作品と同列に扱うな! 」
「 う ・・・ う〜ん ・・・・・? な、に ・・・ 兄さ ん ・・・? 」
くぐもった声がして、ゼロー1の隣に力なく寄りかかっていた身体がもぞり、と動いた。
「 ?? ああ?! ゼロー2?? 覚醒したのかい?! 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ 兄さんの思考が 痛くて・・・ あれ。 このヒト達は・・? 」
同じ薄い茶色の頭がゆっくりと持ち上がり 彼 は試験体たちに眼を向けた。
よく似た、いや ほとんど同じ顔立ちの中で 瞳の色だけが彼自身を主張していた。
ゼロー2 は 赤茶色の瞳を持っていた。
「 ・・・ ハロウ? ここは ・・・どこ? 」
ぐるっと周囲を見回した瞳は 最後に彼女の上で止まり ― ゆるゆると微笑んだ。
あら。 ・・・ 温かい ・・・ 冬の日溜りみたい・・・
≪ ボンジュール? 僕、ノワール といいます、お姉さん ≫
「 ・・・・ !??? 」
ごく小さな < 声 > が003の脳裏に忍びこんできた。
≪ あ・・・・ 声を出さないで。 僕です、あなたの目の前にいる ・・・片割れです。 ≫
≪ ・・・ あなた ・・・テレパスなの? あ わたしの思考が読める? ≫
≪ てれぱす・・・ってなに。 波長の合うヒトの気持ちだけわかるんです。
兄さんとか ・・・ 死んだ母さんとか。 ・・・ お姉さんの気持ちはすぐにわかった♪ ≫
≪ ・・・ あなた達 ・・・ そのぅ 双子 なの? ≫
≪ そう・・・僕たちは腰のあたりでくっついていて離れられないんだ。
今みたく 僕たちが一緒に覚醒しているのは めったにないよ。 ≫
≪ まあ・・・ そうなの。 ≫
≪ お姉さんの髪 ・・・ お日様の光みたい。 目は・・・空だね、晴れた空だ。 ≫
≪ アナタの瞳は 温かいわね ≫
≪ そう? 僕たちの名前ね、瞳の色からつけたんだって。 兄さんは明るい色だからブラン。
僕・・・ この目は好きさ。 お姉さんの目も好き。 ≫
≪ まあ ありがとう ・・・えっと、ノワール ≫
「 お、弟をジロジロ見るな! 彼は ・・・ 虚弱なんだ、身体も・・・こころも。 」
「 さあ、睨みあっていても仕方ないだろう? 私の急務は拒否反応の解決だ!
新しい仲間も 近々合流するから、楽しみにしていてくれよ。 」
・・・! 改造・・・するのね・・・!
また ・・・ ひとり、いえ ふたり。 人間を殺す のね・・・!
003は俯いたままきゅっと唇を噛んだ。
≪ ・・・ わらって? お姉さん。 ≫
「 ・・・ え? 」
思わず小さく呟き顔をあげれば ― 温かい色の瞳がじっと彼女に注がれていた。
≪ 晴れた空が みえたよ・・・ ≫
ああ また・・・ 日溜りの温かさ・・・
すう −− − と 彼女の意識は赤茶色の瞳に吸い込まれた ・・・
サ − −−−−− サ − −−−−− −−−−−
暗い中、遠くでなにか ・・・ ひくい音が聞こえた。
・・・なに・・・? 風の音? 海の ・・・ 波 ・・・・ ?
あの島はいつでも 風が 強かった・・・わ
・・・ あら わたし。 どこに いるの・・・・
「 ・・・ だい ・・・ぶ ですか?! 博士 ! 」
「 静かにせんか。 まだ 脳が痺れておる。 安静を保たねば・・・ 」
「 すみません ・・・ ああ ・・・ ごめん・・・ごめん・・・! ぼくがちゃんと守っていれば! 」
「 ワシは008の容態を診てくるから。 ここは頼むぞ。 なにかあったらすぐに呼んでくれ。 」
「 はい、博士。 」
なにやら耳元で ひそひそ声の会話が聞こえている。
・・・ あ ・・・? この ・・・ 声 ・・・・
ゆっくりと眼を開けると 温かい色彩がすぐ目の前にあった。
「 あ! 気がついたかい? もう 大丈夫だからね! 」
「 ・・・ ここ ・・・? 」
「 うん? ここはね、コズミ博士の家の地下室さ。 シェルターを改良して研究室にしてあるんだって。
気分はどう? あ・・・水、のむ? 」
温かい色合いの瞳が まっすぐに彼女を覗き込み、そうっとそうっと髪を整えてくれている。
そう ・・・だわ。 彼 よ ・・・ 同じ赤茶の瞳をした ・・・ 少年 ・・・
えっと ・・・ そう、 9番目の ・・・
「 ・・・ ゼロ ゼロ ナイン ・・・ あなたこそもう大丈夫なの? 」
「 え? あ・・・うん。 ぼくはすぐに回復するから・・・ あ・・・ほら、はい。 水・・・ 冷たいよ? 」
彼はゆっくりとコップを口元に持ってきてくれた。
「 あ・・・・ ありがとう ・・・ ああ ・・・ 美味しい・・・ 」
「 そう、よかった! ・・・ きみって本当に無茶なんだから!
あんな時に飛び出していったら、さあマトにしてくださいって言うようなものだよ! 」
「 ・・・ マトに・・・なろうと思ったんだもの。 」
「 ええ?? 」
「 わたしを攻撃している間に ・・・ 皆は体制を立て直せる、と思ったの。
あなたが完全に回復するまで時間を稼がなければならなかったでしょう? 」
「 ・・・ きみって ・・・ ひとは・・・!
もう 〜〜 なんて ・・・ ムチャクチャなんだ・・・! 」
「 ふふふ・・・ 狙いは大当たり、ね? とにかく・・・アレは引き上げた のね? 」
「 うん。 雨が ・・・ ほら 聞こえるだろ? 土砂降りになってきて・・・ヤツは引き上げたそうだ
ぼくは・・・ きみが担ぎ込まれてきたのを見てもう生きた心地がしなかったよ。
ひどい顔色だったもの。 ・・・ うん、大分よくなったけど。 」
「 そうなの・・・ ふふふ・・・それで、あなたも練習を切り上げたのね? 」
「 え?? な、なんで そんなこと、判るのかい。 」
「 あら だって ・・・ほら・・・ 」
彼女は白い指を伸ばし 彼の栗色のかみを梳いた。
「 髪が・・・ 濡れているもの。 あなた、昨日も ・・・同じこと、してたでしょ。 」
「 ・・・ え あ。 ウン・・・ 」
「 009、あなたこそあんなにダメージを受けたのに。 メンテナンスは完璧にしなければだめよ。 」
「 ぼくはもう オッケーさ。 ・・・ そもそも自分の操作ミスだもの。 」
「 そんなこと、ないわ! あなたは ・・・全然訓練期間もなくて・・・ 自分自身の能力 ( ちから )
についてよくわかってないだけよ。 知らないものは ・・・ 仕方ないわ。 」
「 そんなこと、言ってたら。 ぼく達・・・全滅してしまう! ぼくは ・・・ ぼくは!
もう・・・大切な人を失うのはイヤなんだ ・・・ 」
く・・・っと彼は言葉を切った。 そしてほんの一瞬だけれどかっきりとフランソワーズを見つめた。
いつも優しい赤茶の瞳が 燃えていた。
「 ぼくは。 きみを守りたいんだ。 いや。 守ってみせる。 」
まだ ふ・・・っと幼ささえ見える横顔に ぱさり、と栗色の髪が垂れた。
彼が俯き唇を噛み締めているのが 彼女にははっきりとわかった。
この少年は ・・・! ただの ・・・ オトコノコでは ないわ
彼女は再び そっと彼の髪に手を伸ばし 触れた。
「 ・・・・・? 」
びく・・・っと彼は顔を上げた。
「 ・・・ ありがとう、 009。 」
「 あ ・・・ う、ううん ・・・ 003 ・・・ 」
赤茶の瞳が ぱあ・・・っと明るい光を湛え ― 彼女の微笑みかけた。
・・・・ ああ。 温かい ・・・
あら ・・・? 前にも・・・ こんな眼 ・・・わたし、こんな笑みをもらったことが ある・・?
「 ゆっくり休んで。 この雨が降っている間はヤツは来ないそうだよ。 」
「 そう・・・ あ、009も休んでね。 ・・・ こっそり射撃の訓練はダメよ。 」
「 ・・・わかったよ。 きみに教わったこと、復習しておくね。 」
「 ・・・ ありがとう。 お水、美味しかったわ・・・ 」
「 うん ・・・ じゃ ・・・お休み 003。
あ、なにか用があったら、このボタンを押してくれる? ぼくは隣のモニタールームにいるから。 」
彼は また微笑むと静かにベッド・サイドから立ち上がった。
「 あ あの! 」
「 ・・・ なんだい。 あ、水、もう一杯もって来ておこうか? 」
「 いえ・・・ そうじゃなくて。 あの ・・・ フランソワーズ、よ。 」
「 ・・・ え?? 」
「 だから。 フランソワーズ。 フランソワーズ・アルヌール。 003 じゃなくて。 」
「 あ ・・・! ああ ああ! そうなんだ・・・・! ふ ら ん そ わ ず ・・・
きれいな名前だね。 ふうん ・・・ ステキだなあ。 」
「 ありがとう。 あの ・・・ これからは、名前で呼んでくださる? 」
「 え ・・・ いいのかい。 」
「 勿論よ! 003 だなんて。 ヤツらが勝手につけたコード・ナンバーだわ! 」
「 そ、そうだね。 ・・・ あ、ぼくは 」
「 ふふふ ・・・ ジョー。 ジョー・シマムラ でしょ。 」
「 え! し、知ってるの?! 」
「 いやァだ ・・・ X島で 脱出したすぐ後に001が ― あ、彼はね イワン というの。
皆に教えてくれたでしょう? 」
「 ・・・ あ ・・・ そ、そうだった ・・・ね ・・・ 」
「 ね? もし ・・・ よかったら。 いつかわたしのコトも ・・・ 聞いてくれる? 」
「 え・・・? き、きみのこと・・・ 」
「 そう。 ・・・あ ごめんなさい、こんなおばあちゃんの身の上話なんて・・・興味ないわよね。
迷惑よね・・・ ごめんなさい・・・忘れて。 」
「 め、迷惑だなんて! ううん ううん! ぼくに教えて欲しいな・・・ その・・・きみのこと。 」
「 ・・・ いいの? 」
「 うん! ・・・さあ、もうお休み。 雨が上がったら。 きみの能力 ( ちから ) は必須だ。 」
「 そう ね。 どうしても戦わなければならないわね。 」
「 ん。 ・・・ お休み、 えっと・・・ ふ、フランソワーズ・・・ 」
「 お休みなさい ・・・ ジョー。 」
「 ぼくが 守るから。 」
赤茶の瞳が いっぱいに笑みを湛えている。
ああ ・・・! 温かい・・・ ああ ああ ・・・・
彼女は全身で 彼 ― ジョーの笑みを受け止めていた。
昨日、雨の中で悔し涙を流していた彼とは 別人みたい・・・ね・・・
不思議なひと ・・・ ジョー。 ジョー・シマムラ
彼女 ― いや、 フランソワーズはゆっくりと身体を伸ばすと目を瞑った。
― 昨日 。
ジョーはひどいダメージから ようやく少し回復し絶対安静の状態から脱していた。
博士をはじめ仲間達もほっと一息・・・ つききりで看ていたフランソワーズも休息をとった。
全員が交代で食事やら仮眠に入った。
「 ほっほ〜〜 フランソワーズはん? あのジャパニーズ・ボーイにもってったって! 」
「 張大人 ・・・ うわあ〜〜良い匂いねえ・・・ これはなあに?
こっちはお得意の餃子でしょ。 でもこれは・・・リゾット? 」
厨房から福々した丸まっちい姿が 大きなトレイを持って現れた。
「 これな、 卵のオジヤ、言うねん。 このお国のヒトは皆はん、大好きやさかい・・・
具合わるい時にはええやろ。 坊、よろこぶで。 」
「 まあ そうなの? ありがとう! それじゃ さっそく・・・しっかり食べてもらわなくちゃ。 」
「 フランソワーズはんの御飯はちゃ〜んと除けとくさかいな。 」
「 ・・・ 聞こえておらんな。 ほほう〜〜 こりゃ。お若い御両人なかなかいいセン、行くかも、ですな。 」
「 ブリテンはん? ・・・ あんさんもそないに思いはりまっか。 」
のそり、と新聞の陰がから禿頭が現れた。
「 ああ。 命みじかし 恋せよ乙女 ・・・ってな。 殺伐とした日々に咲く 恋の花〜 」
「 そうやねェ ・・・ あの坊は 見かけよりかごっつぅ芯がありそうや。 」
「 あとは・・・ 神 のみぞ知る、か。 」
「 そやそや。 さあ〜〜 皆はんでぱあ〜〜っと景気づけに御飯にしまほ。
グレートはん? 気張って手伝うてや!! 」
「 げげ・・・ 薮蛇だァ〜〜 ・・・ 」
中年コンビは 軽口を叩きつつ厨房に消えた。
「 ・・・ 009? 具合はいかが。 あら? 」
臨時のメンテナンス・ルームのドアを開けて フランソワーズは目を丸くした。
処置台も兼ねたベッドは ― ずっと009が横たわっていたベッドは、もぬけの殻だった。
点滴もモニターのジャックも所在無さ気に ぷらり、と下がっている。
「 ・・・ どこへ行ったのかしら? トイレ ・・・? でもまだ一人では無理よねえ・・・」
さすがに気になり彼女は 目 を使った。
「 ― 見つけた・・・! え?? やだ、なにやってるの?! 」
湯気の立つ皿を乗せたトレイをベッド・サイドに放り出し、替わりにタオルを引っつかみ。
彼女は飛び出していった ― 外へ!
サ −−−−−− ・・・・ サ −−−−−
「 うわ・・・ 随分降っているわね。 でも・・・今はこの雨がわたし達を守ってくれているのよね・・・
あ。 いたわ。 ・・・ 009? な、なに ?? 」
キュ −−−−ン ・・・! バシュ ッ !!
押し殺した音だが、 彼女には十分に聞き覚えが ― いや、イヤというほど聞いてきた音だ。
「 別の追っ手が現れたの?! だめよ、まだ・・・ その状態では・・! 」
フランソワーズは裏口から駆け出した。
「 しまった・・・! 防護服を着てくるのだったわ。 せめてスーパーガンだけでも・・・
あら? ・・・ 敵は? まさか ・・・ またアレが・・・ 」
雨のカーテンを割って 彼女は走った。
「 ・・・ 009!!! どうしたの!? ・・・・ ああ ・・?? 」
サ −−−−−−− ・・・・ サ −−−− − −
降り注ぐ雨の中、裏の雑木林に近い庭の隅で 彼、009は。 濡れ鼠になり射撃の訓練をしていた。
「 !? ああ・・・ 003 か。 」
「 009!? なにをやっているの!? まだ勝手に起き出しちゃダメよ! 」
「 ごめん ・・・ でも、なんとか一人で歩けたから。 」
「 こんな雨に濡れて! どうしたの、スーパーガンの調子でも悪いの? ほら 拭いて? 」
ぱさり、と彼の頭からタオルがかけられた。
「 ・・・ あ ・・・ いいよ、まだもう少し続けたいから。 」
「 続けるってなにを? 」
「 ・・・ 練習さ。 射撃の。 」
「 ??? スーパーガンの? 」
「 これ・・・スーパーガンっていうんだ? 知らなかったよ。 」
「 え・・・ ま、まあ、名前なんてどうでもいいけど。 それでどこかに不具合でもあるの?
それなら博士に調整してもらえば? 今の内だわ。 」
「 うん ・・・ だから練習しているんだ。 今の内・・・雨が降っている間・・・
不具合は ぼく自身の腕前なんだ。 」
「 腕前・・・? 射撃のテクニック、という意味かしら。 」
「 うん。 全然 狙った場所に当たらないんだ。 こんなんじゃ 皆の足手纏いになるだけだ。 」
009は 苛立たし気に手にした銃を振っている。
あ ・・・ このコ。 もしかして ・・・
「 あの。 銃を持つのは 初めてなのかしら? 」
「 ・・・ うん。 持つのも、こんなに身近で見るのも初めてだよ。
せいぜいがチビの頃のオモチャの銃とか水鉄砲だもの。 」
「 ああ コドモは持てないものね。 」
「 ! ぼくは!コドモじゃないよ。 そういう意味じゃなくて。日本は一般人は銃の所持をしないんだ。
というか・・・ 所持は禁じられている。 」
「 ふうん ・・・ そうなの。 それじゃ やりましょうか。 」
「 え?? な、なにを。 」
「 だから アナタがやろうとしていたこと。 練習よ。 」
彼女は にっこりすると009のスーパーガンを手に取った。
「 アイヤ〜〜 フランソワーズはんはどないしたねん。 御飯が冷めてしまうがな。 」
「 うん? おや、まだ戻ってきていないのかな。 」
「 ふん。 あの坊やの容態が悪ぅになったんやったら 博士に教えはるやろし・・・ 」
「 そうだな。 ちょっくら覗いてくるか? ・・・っとこれはとんだお邪魔ムシかもな。
若いモンは若いモン同士〜〜 さっそくめでたくぅ〜〜お床入り♪ 」
「 ブリテンはん? あの坊とお嬢はんな、そげなお人と違いまっせ?
ちょい、見てきてんか。 ワテ、もういっぺん暖めておきますさかい。 ほれ、たのんまっさ! 」
ドン!と大きく背中をど突かれて、中年の禿頭はやれやれ・・・と地下に降りていった。
「 へいへい。 冗談だって。
ハロウ? 失礼するぞ。 ・・・ うん? 誰もいないじゃないか。 あれ・・・食事もそのままだぞ?
・・・?? なんだ?? スーパーガンの音がするじゃなか ・・・ 裏手か? 」
彼は すぐに裏庭に駆けつけた。 が すぐに足を止めた。
「 ・・・ おい、どうした?! ヤツがやって来たのか ・・・・ああ? 」
雨の中 <若いモン>達が いた。
「 しっかり足を踏ん張って! スタンスを決めて。 」
「 自分のクセをよく覚えるの。 自分自身の身体についてもっとよく知って! 」
「 必ず反動はあるわ。 それを計算に入れて ― 狙うのよ。 」
「 ― よく 見て! 標的から目を逸らせては駄目。 」
ぽんぽん彼女の声が飛ぶ。
009は懸命にスーパーガンを構え狙い ・・・ 撃つ。
岩や土が雨の中、飛び散って 落ちる。
「 はァ・・・ん。 特訓ってわけかい。 そりゃ・・・・頑張り給え 若人たちよ。
オジサンらはせめて温かい食事でも取っておくさ。 」
禿頭は つるり、と雨を拭うと静かに引き返していった。
サ −−−−−− ・・・・ サ −−−−−− ・・・
雨は 降り続いている。
・・・ あ ・・・ ジョー・・・・? 何か ・・・?
え ・・・ 違うわ、この髪は。 でも ああ ・・・ よく似た瞳 ・・・
あら・・・わたし。 眠ってしまったのかしら・・・
ジョーと 射撃訓練をしてた・・・ あれは ・・・ 昨日のこと、よね?
あ ・・・あら? ここは どこなの・・・ なんだか暖かい色が 見える・・・
フランソワーズは ぼうっと赤茶色の瞳に見入っていた。
「 ・・・ お姉さん。 お姉さんってば。 」
「 ・・・?? え? あ ・・・・ ! ああ・・・。 な、なあに。 」
「 どうしたの。 僕の目・・・なにか変かな。 」
「 え ああ、違うの、ごめんなさいね。 あの ・・・ 温かい瞳だなって思って・・・ 」
「 そう・・・? 僕 ・・・ この眼だけは好きさ。 僕だけのモノって この眼の色だけだもの。 」
「 ・・・ ノワール ・・・ 」
少年は ふ・・・っと微笑んだ。
「 ねえ? あの先まで 行ってみたいな。 これ、押していってくれる? 」
「 あら いいけど。 でも何にもないわよ? 崖があって・・・下は海があるだけ。 」
「 ウン。 僕 ・・・ 本当の海って見たこと、ないから・・・ 」
「 いいわ。 監視が緩やかなうちに行ってみましょうか。 」
「 わあ〜〜 ありがとう! 」
003は 立ち上がると大振りな車椅子をゆっくりと押し始めた。
椅子には 淡い髪をした少年が二人 ― 片方は眼を閉じぴくりとも動かない。
彼女は慎重に操作し、 崖のぎりぎりまで車椅子を運んだ。
「 ・・・ さあ ここまで、よ。 ここは風が強いから・・・ あまり端までは行けないわ。 」
「 ふうん ・・・ 崖っぷちってこんなカンジなのかァ・・・・ 」
「 あんまり乗り出さないで。 危ないわ。 」
「 うん ・・・ うわ〜〜 風が吹いてる・・・あはは・・・髪が くしゃくしゃになるよ〜〜 」
少年はきゃらきゃらと笑い、海風に淡い色の髪を泳がせている。
フランソワーズも微笑んで彼の車椅子の隣に腰を降ろした。
両側に岩が飛び出ていて、少しばかり窪地になっている。
彼らが拉致された島は絶海の孤島で 外見上は半分以上緑に覆われた無人島に見える。
その内部、そして地下何層にも渡って最先端の技術をはるかに超えた基地やら研究施設があるとは
とても思えないだろう。
表面は草木が多く、南側の斜面は一面の草地になっていた。
しかし ここから逃れるのは まず、不可能だ。
何重にもめぐらされた見えない <檻> が がっしりと彼らを捕えている。
ここで改造され、長い時間をすごすプロト・タイプのサイボーグたちは脱出に関しては
すっかり諦めている かのように振る舞っていた。
だから ときたま島の上に出ることも大目にみられていた。
「 ノワールは 海は初めて? 」
「 うん。 僕達・・・外にでたことってほとんどなかったんだ。 ・・・母さんが死ぬまで。 」
「 そう・・・ ずっとお家で過していたのね。 」
「 ・・・ 一人じゃ動けないんだ。 それでなくても母さんは僕たちを隠してた。
とっても優しい母さんだったけど・・・ フランソワーズのお母さんは? 」
「 わたしのママン? ええ、優しかったわよ。 やっぱり亡くなってしまったけれど・・・
お料理や縫い物が上手で・・・ ケーキやパイがとてもお得意だったの。 」
「 へえ・・・ いいなあ。 僕の母さんも服を縫ってくれたよ。
それで・・・僕が母さんの気持ちを当てると そんなことを言ってはだめよって。
とっても哀しい眼で言ったんだ・・・ 僕、母さんを哀しませた悪いコなのかな・・・
こんな風な身体だから ・・・ 母さんを哀しませてたし・・・」
「 ・・・ そんなこと。 あなたのせいじゃないわ。 そんな風に思っちゃだめよ。 」
「 うん ・・・ありがと。 フランソワーズは・・・優しいね。 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 僕・・・・ ブラン兄さんと離れられない身体だし。 身体の中身も<一緒>なんだ。
だから 二人で同時に起きていることはほとんど出来ないのさ。
僕は ・・・ ブラン兄さんに支えてもらわなくちゃ生きてゆけない。 」
「 あら、初めて会った時 二人で一緒に起きていたわよね? 」
「 あ ・・・ うん。 あの時は、兄さんのとっても強い気持ち が僕を起こしたんだ。
あの後、 僕たちはすごく・・・疲れてしまって。 何日も寝込んじゃった・・・ 」
「 ああ それで・・・ 姿が全然見えないから心配していたの。
もしかして ・・・ もう ・・・ その・・・改造されてしまったのかしら、って・・・ 」
「 改造 ・・・? 」
「 ・・・ ここは。 悪魔の島 なのよ。 」
「 悪魔・・・? それは なに。 」
「 ええと・・・ ノワールはどこでBGに拉致されたの。 あ・・・ どうしてここに来たの? 」
「 僕たち? 母さんが死んで ・・・ 村の連中がどかどか家に入ってきて・・・
僕たちを ・・・ 売るって。 ひそひそ相談してたら。 黒い服のオジサン達が来たんだ。
僕たちを引き取ってやる、って。 」
「 黒い服の・・・? それで ・・・ そいつらは何と言ったの。 」
「 う〜ん ・・・僕、母さんが死んだのが悲しくて ・・・ 頭が痛くて起きていられなかったんだ。
だから ・・・ 夢の中でブラン兄さんが ここに行くよ、って教えてくれただけ。 」
「 そう・・・ ここ ・・・ どう思う? 」
「 どうって。 僕、他を知らないんだ。 ・・・ 生まれた村はいつも暑い空気だった。
父さん? 知らない・・・ずっと母さんと兄さんしかいなかった。
僕たちが生まれる前に大きな長い戦いがあったんだって・・・ それで死んだみたい。 」
「 ごめんなさい、いろいろ立ち入ったこと、聞いて。 」
「 ううん。 僕とゆっくりおしゃべりしてくれるヒトって。 母さんが死んでから初めてだよ!
あ・・・ イワン ってコもいるけど。 」
「 え? 001 ・・・いえ、 イワンに会ったの? 」
「 ううん。 ここに来たときからずっと・・・頭の中に話かけてくれるんだ。
イワンがね。 いろいろ・・・ 教えてくれたよ。 ― サイボーグ計画のことも。 」
「 !! そ、 そうなの。 それで ・・・ ノワールは ・・・どう思うの。 」
「 僕 ・・・兄さんとはずっと一緒だし。 兄さんは僕の、ううん、 僕は兄さんの半分だから。
でも ・・・ ほんのときたまだけど。 一人で 一人だけで 地面に立ってみたいな・・・って思う な。 」
「 ・・・ ノワール ・・・ 」
「 半分ッコじゃなくて、さ。 あ、勿論大切な半身だけど・・・ 」
≪ 二人トモ! ソロソロ戻ッタ方ガ イイヨ。 監視ノ巡回ガソッチニ回ル時間ダヨ。 ≫
「 ・・・ あ・・・ 」
「 あなたにも聞こえた? イワンからよ。 さ・・・戻りましょうか。 」
フランソワーズは立ち上がり、車椅子の後ろに回った。
「 ありがとう ・・・ お姉さん! 僕 こんなにお日様と風と一緒にいたの、初めてだよ!
・・・ ブラン兄さんにも 見せたかったなあ。 ねえ、兄さん? 」
彼は寄りかかり眠り続ける、もう一人の自分に そっと頬を寄せた。
「 いつか 兄さんと二人でお日様と遊べるといい・・・ ! あ! ご、ごめんなさい・・・なんでもないわ。 」
フランソワーズのバカ! この二人が別々になるってことは。
・・・ 改造されたってこと。 本当の命を失ったってことじゃないの!
「 ・・・ ありがと、お姉さん ・・・ 」
うろたえる碧の瞳に 赤茶の目が温かい光を湛え穏やかに注がれていた。
それは ― 巨大な装置だった。
001から004までの4人は黙りこくり 見上げている。
強張った表情で顔色はだれもが蒼ざめていた。
ここで 眠る。 何年になるか 何十年になるか ・・・
必ずや拒否反応は克服してみせる! とあの青年科学者は息巻いていた。
待っていてほしい、再会の日を楽しみにしている・・・
僕がジジイになる前に 必ず! キミたちを起こすから。
彼は一人で熱弁を振るっていた。
どうでも いいわ ・・・ もう ・・・ 目覚めたくなんか ない・・・
け! どこまでモルモット扱いする気かよッ
・・・ これで 終る。
・・・・・・・・・
4体のプロト・タイプのサイボーグ達はひと言も発せず勿論抵抗もせず ― まるで物体のごとく
カプセルの中に収容されて行った。
誰もが ― なにも期待していなかった。
この ・・・ 地獄の日々が終るなら。 それが自分自身の命の終わりであろうと構わない。
いや、こんなツクリモノの命は もう沢山だ・・・!
もう いいわ・・・ ジャン兄さん ・・・ 心配かけて ごめんね・・・
先に行って 待ってるから・・・ パパとママンのところで ・・・
フランソワーズは予備睡眠剤で朦朧としつつも、奇妙な安堵感に包まれていた。
「 ・・・ お姉さん!! 」
「 ・・・ え・・・・ だれ・・・・? 」
突然 甲高い少年の<声>が 彼女の意識をゆすぶった。
「 僕! 僕だよ・・・ ノワール! 」
「 ・・・ ノワール ・・・ ああ もう会えないわ
・・・ アデュ− ( Adieu ) ・・・ 温かい瞳のノワール ・・・ 」
「 やだ! オールボワール ( Au revoir ) って 言ってよ! 僕・・・また 会うよ!
お姉さんに ・・・ きっと きっと ・・・会うよ! 待っているから。 」
「 ・・・ ふらんそわーず ・・・って 呼んで・・・・ 」
「 !! フランソワーズ!! Au revoir ( また会う日まで ) !!! 」
「 ・・・ ノワール ・・・ 」
すう・・・っと彼女の意識は闇に、静かな闇に吸い込まれていった。
サ −−−−− ・・・・・ サ −−−−−
あ ・・・ また ・・・雨 ・・・・? ここは ・・・ あの島・・・?
密やかに・穏やかに。 低い音が彼女をゆっくりと目覚めさせた。
「 ・・・ あ ・・・? 」
「 やあ ・・・ 起きた? よく眠っていたよね、気分はどう? 」
「 ・・・ え ・・・あ ゼロゼ ・・・いえ ジョー ・・・ 」
「 えっと。 ふらんそわーず。 すこしなにか食べてみないかい。 」
赤茶色の瞳が ふわ・・・っと笑いかけてきた。
「 すごく顔色がよくなったね! やっぱりゆっくり休むのが一番なんだ。
どこか ・・・ 痛むトコとか 気持ちが悪いとか・・・ない? 」
「 ・・・ いいえ ・・・大丈夫。 なんだか すごく・・・ゆったりした気持ち・・・
ふふふ・・・ちょっとお腹、すいたかもしれないわ。 」
「 よかった・・・! それじゃなにか持ってくるね。 あ、リクエスト、あるかな。 張大人が腕にヨリをかけて
作ってっくれるって。 」
「 まあ ・・・ それじゃ。 カフェ・オ・レ と ぱりぱりのバゲットが食べたいわ。 クロワッサンでもよくてよ。」
「 え。 ばげっと ・・・か。 ちょっと待っていてくれる? 」
バゲット ・・・バゲット・・・とぶつぶつ口の中で唱えつつ、ジョーはメンテナンス・ルームを飛び出していった。
ふふふ・・・可笑しなコ ・・・・
ああ ・・・ あの瞳の色で わたし ・・・思い出していたのね・・・
・・・そう もう一人のあの瞳に 最後に会ったのは <眠る>前 ・・・
フランソワーズはゆっくりと手脚をのばし、そろそろと身を起こした。
不思議と 疲労感や頭痛はすっきりと消えていた。
彼女はベッドから立ち上がり、側に置いてあったガウンに腕を通した。
・・・ ちゃんと寝間着を着て ・・・ こんな風にガウンを着られるのね。
わたし達 ・・・ やっと ・・・ 人間らしい生活に戻れるかもしれない・・・
サ −−−−− ・・・・・ サ −−−−−
耳を澄ませば 優しい雨の音が響いてくる。
この部屋には窓はなかったけれど、落ち着いた照明と 雨の音がこころを鎮めてくれた。
彼女の中でかちかちになり、きつく構えていた・なにか が ゆっくりと潤びてゆく ・・・
パタパタパタ ・・・
「 お待たせ! 熱々のカフェ・オ・レだよ! あの ・・・ ばげっと ・・はごめん。
ここにはなくて・・・ その代わり大人が胡麻煎餅を作ってくれたよ、ほら! 」
香ばしい匂いと一緒に ジョーがトレイを捧げて入ってきた。
彼はベッド・サイドにトレイを置くと そうっとマカップを手渡してくれた。
「 わあ・・・ あったかい ・・・ 美味しいわァ・・・ 」
「 よかった・・・! あは、ほっぺがピンク色になって・・・キレイだね、 ゼロ・・じゃなくてフランソワーズ。 」
「 あ、あら・・・そう? ジョーもほら・・・胡麻煎餅、いかが? 」
「 え・・・ いいの? 」
「 一緒に食べましょ。 ・・・ うわあ・・・パリパリしてて美味しい! 」
「 ほんとだ、美味しいね! 」
赤茶色の瞳が 柔らかく微笑む。
ああ ・・・ この瞳が あのコを ノワールを 思い出させてたのね
カフェ・オ・レの湯気に向こうで 懐かしい瞳がぼやけてゆく。
フランソワーズはあわててカップを持ち上げ、飲み干す風にして顔を隠した。
・・・ あの島でであった・あの少年は ・・・ どうしただろうか。
自分たちが目覚め あの島を脱出するとき ・・・ まだふたつ、冷凍冬眠のブースがオンになっていた・・・
「 やあ どうかな。 ジョーがとても心配しておったのだが。 もう気になって仕方がない!となあ・・・
ははは ・・・ 恋するモンはせっかちでいかん。 」
のんびりした声と一緒に 博士がドアをノックした。
「 は、博士・・・! ぼ、ぼく ・・・ 」
「 あはは・・・照れんでもよいよ。 ふん、本当にいい顔色になったな、フランソワーズ。 」
博士は互いに頬を染めている二人に 温かい視線を送っている。
「 博士。 こんなこと、伺ってもいいかしら。 あの・・・ ノワール・・・いえ、ゼロー1とゼロー2は
どうなったのですか。 」
「 うん? ゼロー1とゼロー2・・・? ・・・ おお! あの二重体児じゃな。
うむ ・・・ 彼らもな諸君らの後で冷凍睡眠に入ったのじゃ。 」
「 ああ ・・・ やっぱり・・・ じゃあ あのブースは・・・ 」
「 知っておったのか? 彼らはなあ・・・分離手術は一応成功したんじゃが・・・
脳以外のほとんどの臓器を共有しておった。
双方とも生存させるためには ・・・ かなり高度なサイボーグ技術が必要になってなあ。
いや・・・全て人工のものに置き換えざるをえないだろう、と判断したのじゃ。
当時の技術では まだ不可能な部分も多くての。
それで・・・諸君ら 第一世代と同じ処置を施した。 」
「 ・・・ そうですか。 それで ・・・ その後は・・・ 」
「 わからん。 ワシらが脱出を企てた時には まだ冷凍睡眠は解除してはおらんかった。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 もしかしたら。 ぼく達の仲間だったかもしれないね。 」
ジョーが静かに口を挟んだ。
「 え ・・・ ええ。 あのね。 ジョーと同じ、温かい色の瞳をしていたの。 」
「 ふうん ・・・ なにか話とかしたことあるんだ? 」
「 ほんのちょっと だけ。 片方の少年は弱いテレパスで・・・時々ナイショでお話をしたの。 」
「 そうなんだ・・・ あ もしかしたら 」
「 なんだね、ジョー。 」
「 博士! アイツは 0010 と名乗ったのですが。 その少年達のどちらかかもしれませんね。 」
「 0010? ふうむ・・・・ それは充分に考えられることじゃな。 」
「 え・・!? いいえ、いいえ! だって容貌が全然ちがったわ!
兄の方はずいぶんとキツい目をして好戦的だったけど。 髪も目もあんなじゃなかった。
それに ノワールは ・・・ 温かくて優しい目をしていたわ。 」
「 ・・・ うむ・・・ あの双生児の身体は 脳以外はサイボーグ兵士としては
使いモノにならんかったからのう。 おそらく・・・容貌もなにかも・・・作りなおしたのではないか。 」
「 ・・・ そ んな ・・・ 」
かたかたとフランソワーズの身体が小刻みに震えた。
「 ひどい な。 ― 許されないよ。 」
きゅ・・・っとジョーの大きな手が 彼女の震える手をにぎった。
「 ぼくは。 許さない。 絶対に・・・絶対に ・・・! 」
「 ジョー・・・? 」
彼はフランソワーズの手を握ったまま 話し続けた。
「 ぼくは ― 昔の事情はなにもわからない。
でも。 どんなことがあっても・・・ 生命 ( いのち ) は! 大切にしなくちゃいけないんだ。
どんな時だって 誰だって。 」
このコ ・・・ いえ、 この人は。 つよい、わ・・・
彼の大きな手に包まれ、彼女の手は 身体は ― そして こころは。
温かい ・・・ そう、とても温かいなにかにすっぽりと覆われていった・・・
「 えへ・・・ ちょっとキザっぽいかな。
でも。 ぼく・・・ きみの側に居たいから。 きみが大切だって思うから・・・
誰の命だって 同じだよね。 」
赤茶色の瞳に ゆるゆると笑みが溢れてゆく。
わたし。 ・・・ このひとを 好きになるかもしれない・・・
フランソワーズの心の中で そっと そうっと・・・呟いていた。
― 雨 が 止んだ
「 にいさん !! いくよ ・・・ 」
「 ?!? あぶないッ ノワール ・・・! 」
バチバチバチ −−− !! バリバリバリバリ −−−−− !!!!
激しい破裂音とともに辺りは 昼間よりも明るく ― 激しく照らしだされた。
雨が上がった時、ソイツは意気揚々とやってきた。 ・・・ しかもそっくりな分身をつれて。
二人の攻撃は絶妙な連携プレーで 00ナンバー達は苦戦どころか全滅に近かった。
「 どうしてこんなことするの。 わたし達は・・・兄弟なのよ! 」
またも損傷を負った003の必死の叫びにも 0010は冷笑し ・・・ 攻撃をした。
009は彼女を護り、さらに果敢に挑んでいったのだが。
彼の身体は跳ね飛ばされ さんざんに地に叩きつけられた。
もう だめだ ― 誰もが そう覚悟したとき。
直接闘っていた009にも まったく予期せぬことが起きたのだ。
二人の0010と必死の攻防を続けていた009の目の前で。
マイナス と名乗っていた方の0010が もう一方の0010めがけて飛び込んだ ・・・
辺りはしばし閃光に覆われ なにも見ることが出来なかった。
やがて閃光は炎に替わり 激しく燃え上がり始めた。
「 ・・・ ジョー ・・・ どう、 したの・・・・ 」
「 0010が。 飛び込んだんだ・・・! もう一方の0010に・・・ 」
「 ええ??! 」
「 ああ・・・動いちゃだめだよ。 また倒れるよ・・・ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ あのコ、やっぱり あのコだったんだわ・・・!
そうよ、どんなに姿・形を変えられても。 心の奥の奥には あの・・・優しい眼差しを持っていたのよ。
半身 ― そう、言っていたわ。 兄さんの半分だから。 どこまでも一緒なんだ・・・って。 」
「 どこまでも ・・・ 」
ゴウ −−−−− !!!
一層火勢が強くなった。 ばちばちと付近の生木までもが焦げ始めた。
同時に 空には黒い雲が厚く立ち込めてきた。 火は まだ燃え盛っている。
・・・やっと 会えた ね。 お姉さん ・・・ ううん、フランソワーズ・・・
ごめん・・・ 僕たち 半身同士だから。 兄さんとは離れられないんだ
・・・ ごめん ・・・ 闘いたくなんか・・・ なかった・・・
オールボワール・・・ いつか また会いたい ・・・ な ・・・
「 ・・・ ノワール ・・・ 」
紅蓮の炎の中から 彼の マイナス でもなく ゼロー2 でもない、
ノワール ( noir ) という名の少年の声が フランソワーズにははっきりと聞こえた・・・
「 ええ ・・・ ええ。 また 逢いましょうね ・・・ Au revoir ・・・ さ よ な ら ・・・ 」
フランソワーズはまっすぐに天を仰いだ。 黒雲の彼方で再び巡り逢えるのは いつのことだろう。
ぽつり ぽつり ・・・ とうとう雨粒が落ちてきた。
「 ・・・ フランソワーズ。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ なあに。 あ あら ・・・ 」
ジョーはそっと彼女を抱き締めた。
ぼくの半身は ― きみ、だから。 一緒だよ ・・・ どこまでも。
サ −−−−− ・・・・ サ −−−−−・・・・!
雨がまた 強くなった。
*************************
Fin. **************************
Last updated
: 04,13,2010. index
************* ひと言 ***********
はい、完全に 平ゼロ設定、 それも 3〜4話まで、の雰囲気の設定であります。
あの! 赤茶の瞳の平坊・ジョー をどうぞ思い浮かべてくださいませ。
タイトルと一部設定は かの萩尾望都氏の名作 『 半神 』 からパクらせて頂きました<(_
_)>
( あちらは 神 ですけど・・・ あ、戯曲の方じゃなくて 漫画の方です〜〜 )
そして ! お願い〜〜 が・・・
某動画での傑作! <電気DE元気>@009 に腹を抱えた方々〜〜 ( ワタクシもですが(^_^;) )
どうぞ しばしアレは忘れてお読みくださいまし。
すべては原作ジョー君のセリフ 「 −−− 双子のきょうだいだというのに。 」 から沸いた妄想です。
ご感想のひと言でも頂戴できましたら〜〜〜 感涙・滝涙〜〜 <(_
_)>