　　　　『　天のはな　　　地のひかり　』

どんなに暑い日が続いた年でも　送り火を焚く日が過ぎると
この地方の夏は目だってその勢いを失いはじめる。

昼間はまだ蝉の声が姦しく響き　海原は陽気な表情（　かお　）を見せているが、
西の空を茜色に染めて太陽がその姿を隠すと　大気はあっさりと昼の暑さを忘れるのだ。

日暮れを待ちかねて始まった花火大会は　華麗な炎の華とともに人々の賑わいをも
闇夜に撒き散らして　ついさっき果てた。
集っていた人々もまた　その華やかな名残を漂わせそれぞれに夜の中へと散っていった。
夏の短い夜はその暗闇すら　賑やかだ。

海辺の岬へ通ずる一本道を浴衣姿の女性と青年が　ゆっくりと辿ってゆく。
今夜は　たゆとう波の音までも緩やかにくりかえしている。

「　今夜のが　この夏最後の花火大会、かな・・・　」
「　あら、もう　？　　そうねえ、このところ随分方々で上がっていたわね。　」
「　だから、今夜は特別に気合がはいっていたのかな。　あんな迫力のある花火大会は
　久振りにみたよ。　」
「　きれいだった・・・。　＜はなび＞っていう字の意味がよくわかったわ。
　わたしね、花火ってずっとクリスマスや新年の前の晩とか・・・　冬のイメ－ジだったのよ。
　ここへ来て初めて夏の花火をみたけれど、この国の花火には夏がお似合いね。　」
「　夏の訪れと　別れを告げる使者みたいだね。　」
「　・・・なんか淋しいわ・・・。　あらあ・・・　すばる達、もう見えない。　」
「　うん・・？　そうだね、張り切っていたもんなあ。　特にすぴかがさ。　」
「　ほんとに、もう・・・　お転婆さんなんだから・・・　」
「　だ～れに似たのかな？　おかあさん？」
「　・・・・　ジョ－！　」

双子の姉弟は＜おじいちゃま＞の手を　両側から引っ張ってどんどん先に行ってしまった。
「　ふ・・ん・・。　アレよりももっと色合いの綺麗な花火を創ったなあ。　
　あれはどこに仕舞っておいたかの・・・　」
花火見物の最中でも　そんな博士のひとり言を聞き逃す双子ではない。
「　え？？　すご～い！　ねえ、おじいちゃまぁ、お家でやってみたい～～！　」
「　僕も　みたい！　ねえ、イワンだって見たいよね？　」
活発な姉に引き摺られ　本当はちょっと怖がりなはずの弟も大はしゃぎである。
「　よしよし・・・　どれ、それじゃあ、ワシらは先に帰ろうか・・・。　
　ああ、子供たちは任せて　お前たちはゆっくりしておいで。
　・・・・たまにはふたりっきりもよかろう・・・？　」
「　・・・・　博士　！　」
「　おとうさんたち、ゆっくり帰ってきていいわ。　ね？すばる　」
「　う、うん・・・　」
赤とんぼ模様の浴衣のすばるは　ぎゅっと姉の三尺帯の端を握った。
「　じゃ～　いきましょ、おじいちゃま！　」
「　ほいほい・・・　」

人気の絶えた道を　羽虫の群がる淡い街燈をたよりに　二人はのんびりと歩む。
かつん・・・　かた・・・かた・・・
満天の星空にフランソワ－ズの下駄の音がこだましそうだ。
夜に溶け込むような藍地の浴衣に包まれたその姿に　ジョ－はあらためて
ほれぼれと見ほれてしまう。

白抜きの柄模様よりも鮮やかに　豊かな髪が星々の煌きを集めてほの白く浮き上がる。
結髪で露わになったうなじの白さが　まろやかな肩へ優しい胸へとジョ－の視線をさそう。

　－　・・・　こんなに　綺麗だったっけか・・・・

我知らず　つ・・・っと伸ばしかけた手を　ジョ－はあわてて引っ込めた。
かた・・・かた・・かた
いつもより忙しげに　フランソワ－ズの足許で下駄が鳴る。

「　・・・足許、大丈夫？　下駄って苦手だろう？　」
「　うん・・・ちょっと・・・。　今夜は新しいのを下ろしたから・・・よけい・・・　」
「　少し休んでゆこうよ。　のんびり帰って大丈夫だからさ。　」
「　え・・・ええ、　でも　休むってこのあたりにはお店なんか何もないわよ？　」
「　・・・　いいから。　ほら・・　」
「　・・・あ　！　　や・・・ジョ－ったら道の真中で・・・　きゃ・・・　」
「　ふふ・・　道の真中でもだあれも居やしないって。　」
「　・・・　もう・・！　」

ジョ－は浴衣姿のフランソワ－ズを　軽々と抱き上げた。
そして　海岸沿いの一本道をはずれ草地の斜面をずんずんと降りていった。
腰の高さにまで盛大に伸びた夏草を掻き分け　ジョ－はフランソワ－ズを抱いたまま進んでゆく。

「　・・ねえ・・　海みたい・・・　」
「　え？　なに？　」
「　あなたの腕の中からみてると、草の海に乗り出してゆくみたいなの。　」
「　草の海か・・・　お？　波が来たぞう・・　ほうら・・！　」
「　・・・きゃっ・・・　やだ、ふざけないで　！　きゃあ～　」

すこし乱暴に揺すり上げられ　フランソワ－ズはあわててジョ－の首にしがみ付いた。

「　ああ、　びっくりした・・・　あ・・・っ・・・！　ジョ－、や・・・　」
いきなり熱い掌が　直に素肌の胸元にかぶさった。
襟元はすこしも乱れたていないのに、と不思議に思っているうちに
彼の指はたくみに頂点の蕾を探しあててしまった。

「　いやよ・・・ジョ－、こんなところで・・・あ・・・　」
おしゃべりを封じようと　ジョ－はその柔らかな唇を奪い自分の舌で抉じ開けた。
・・・・夜気がすこし冷えているぶんだけ　その口付けが熱い。
「　・・・・　う　・・・・　」
八ッ口から差し込まれた彼の長くしなやかな指は　頭を擡げた蕾を時に強く・そしてゆるかに愛でる。
すがり付いている細い指が　ジョ－の背をきつく握った。

　－　・・・・あ　・・・　！

彼女の閉じた瞼のうらに　金の星が流れる。

「　・・・・　はあ・・・　や・・だ・・・　」
やっと唇を解放され　懸命に息を整える彼女が　ジョ－にはますます愛しい。
「　ごめん・・・　あんまりきみの浴衣姿が魅力的で、さ・・　」
「　・・もう・・！　どこから手をいれたの？　びっくりさせないで・・・　」
「　ふふふ・・・　ヒミツ。　」
「　・・・　意地悪！　」

やがて　波音を間近かに聞く砂地へ寄せられた流木にジョ－は腰をおろす。
すこし火照った彼女の頬を　海風がやさしくなでてゆく。

ほんとうはね・・・　花火って。　キライなの。

暗い波間に　遠く視線を飛ばしたままフランソワ－ズがぽつりと言った。

ううん、音じゃなんくて。　あの光の散る様が・・・イヤなの。
いまでも　時々不安になるわ、　コレはすべて夢なんじゃないかって。

・・・不安？

ええ。　
わたしは　ず～～～っと自分勝手な夢をみているだけで、　きゅっと目を閉じているだけで。
おそるおそる目を開けば、・・・・　そこは　あの海の中で。
ひとり　泣きじゃくっている自分に気がつくの。
目を閉じていたのは、夢をみていてのは　ほんの一瞬で、またわたしはこの辛い現実を
見極めなくちゃならない。

闇が濃くなってきて　やがて。　大きく弧を描いて星が夜空を横切るの・・・

それは。　　それは・・・・　あなたなの、ジョ－。

あなたは・・・天の華になったんだって思った。
星くずになって散った、なんて思いたくなかった。　思わなかったわ・・・・
天の華、　だから　どんな時にも空を見上げればあなたの微笑みが見えるんだって・・・
そう　自分に言い聞かせたの。　・・・・　そうしなければ　生きて行けなかった・・・・

ぱた・・・ぱたぱた・・・
ジョ－の腕に熱い雫が零れ落ちる。

今なら　言ってもいい・・・？

膝に抱いた浴衣姿に　ジョ－は腕を廻してひそ・・・っと耳元で囁いた。

なに・・・？

きみが嫌がるからって思って。　一生口にしないつもりだったんだけど・・・
あの時。
宇宙（　そら　）から　落ちて行くときに、　ああもういいんだって思った。
身体が燃えて意識も途切れる・・・って思うと不思議と楽な気持ちになってさ
もう・・・すべて終にしていいんだ・・・って　すごく安心して自然に目を閉じようとしたんだ

・・・・ジョ－・・・・

ごめん、　聞くの、辛い？　だったらやめるよ。

ううん・・・・　ううん・・・。　続けて。　聞くわ、聞かなくちゃいけないのよ。
わたしの中で　アレを、あの夜を完全に終わらせるためにも。

うん・・・　僕もきみに聞いて欲しいな。　　
目も燃え出した・・って思った時、回りがすべて真っ赤に見えるなかで　ひとつだけ
ちがう色彩が目に入った。　もう見えるはずないのにね。
・・・　青い・蒼い光にみちた星・・・・　ああ地球か・・・って思ったら　
声が聞こえた・・・　いや、聞こえるような気がした。
細い・微かな・哀しみに満ちた・・・声。　それが　僕を僕の名を呼んだ。

・・・ジョ－・・・　ジョ－・・・・！

そうだよ、この声だ、きみの声だよ。　
その時、その瞬間、僕は全身全霊で　－　生きたい！　－って望んだんだ。　
還りたい・・・　どうしても！　ってね。
でもその直後に全ては闇に閉ざされ何もわからなくなった。
次に気が付いたら・・・　やっぱり蒼い星が僕の上に煌いていたよ。
あれ・・・　って思ったら　その星から熱い雫がぽたぽたと僕の頬に落ちてきた。
そして　また声が聞こえたよ。　今度も細い・微かな・・・でも歓喜に満ちた声、
それが　僕の名をよんだ、そう何回も何回も。

僕は　この瞳のひかりと　この声を道標に　還ってきたんだ。

僕のひかりは　ここに　・・・・　月よりも星よりも地上のどんな宝石よりも輝いて、
僕を呼び寄せる。
この地に　このひかりがある限り僕は千度でも万度でも還ってくるよ。
このひかりを　この声を目印にどんな所からでも　どんな果てしない道程でも　僕は戻るよ。

　－　きみの　もとに。

あなたは　ひかりになって　わたしのなかに還ってきたわ
そうして　夢の国からあの子たちを連れてきてくれた・・・

きみは　はなになって　僕を呼んでくれた
そうして　僕に最高の実りを与えてくれた・・・

絡み合う視線はすぐに優しい口付けにその役目をゆずった。
深く・・・浅く・・・つよく・・・なめらかに。
恋人たちの時間は　果てることがない。

夏も盛りを過ぎた　すこし重い闇のなか、　
宇宙（　そら　）に咲く無数の花々は　地上の愛のはなにその煌きを惜しみなく注ぐ。

「　・・・　っ！　ダメよ・・・！　」
す・・・っと裾を割って忍び込んできた手を　フランソワ－ズはぱん、と叩いた。
「　もう・・・　本当にお行儀が悪いんだから・・・　」
「　僕のせいじゃない・・・　」
大きな手がいとも簡単に細い手首を　まとめて捉えてしまった。
「　あ・・・・　」
「　きみが悪いのさ。　きみが・・・　あんまり魅力的だから・・・・　」
「　・・・・・　ジョ－・・・っ・・・！　」

白い砂地に　藍の華がひろがって二人の愛の褥となった。