『 かたっぽうの手袋 』
木枯らしが街路樹の葉を ゆらしはじめたある日。
ギルモア博士の依頼に さすがのジョ−も目をまるくした。
「 すまんがの。 薪を一山作ってくれんか、ジョ−。 」
「 まき、ですか・・・・? 」
「 そうじゃ。 ここの、ほれあの裏山には結構枯れ木があるじゃろ、あれを使えばいい。 」
「 はあ・・・。 」
<まき>とはなにか、すこしもピンときていない青年に 博士はリビングに設えた暖炉を示した。
「 せっかく アレをつくったでの。 暖房は勿論、今ので十分じゃが。 」
「 はあ。 僕は・・・・ 教会でも暖炉は・・・使ったことがないですよ。 」
ソ−ラ−システムをふんだんに利用したこの邸は みかけとはちがって一年中しごく快適である。
なんで、今時・・・とジョ−は思ったのだけれど。
「 すてき! ジョ−、わたしも手伝うわ。 」
「 やったこと、ないけど。 うまく行くかな・・・・ 」
手を打ってすなおに喜んでいるフランソワ−ズの横顔をこそっと盗み見て、
現金にもジョ−は自分も何と無くわくわくしてきてしまった。
「 やっぱりホンモノの火はいいわね。 こう、なんか胸の奥からぽかぽかしてくるわ。 」
「 そうじゃろ。 ジョ−、なかなか焚き方がうまいぞ。 」
「 ・・・はあ。 けっこう大変なんですねぇ・・・・ 焚火とはワケがちがって・・・ 」
さんざ煙に涙して ジョ−の大苦心のはて、ギルモア邸のリビングでは
古風な暖炉で 薪がぱちぱちと気持ちのいい音と共に穏やかな炎を上げ始めた。
まだ クリスマスまで間がある頃。
華やかな季節を前に 海辺のこの邸では穏やかな日々が続いていた。
博士は時にイワンを伴って コズミ博士との共同研究に余念がない。
専門学校とアルバイトに通い始めたジョ−。
家の仕事をほとんど引き受けながら、再び踊りの世界の門をたたいたフランソワ−ズ。
日本在住組は、忙しいがそれぞれに充実した時間をおくっている。
そんな日々で 夕食後の暖炉を囲んでの団欒はみんなの楽しみとなっていた。
何気無いおしゃべりが 今日の疲れをきれいに消してくれる。
− 家族って。 こんなものなのかな ・・・・
ジョ−はいい匂いのオレンジ色の炎に 身体もこころもほのぼのと温まる思いだった。
「 暖炉に火が入るころになるとね、どうしても手がむずむずしてくるの。 」
ある夜、にこにこ顔のフランソワ−ズが持ち込んだものは。
− 籠やまもりの 毛糸だま。
「 小さい頃、秋になるとすぐにママンが編み物をはじめたわ。
わたしがいた時代は・・・・ みんなそうやって 自分達でつくってたの。 服とか、セ−タ−とか。」
「 ・・・ ふうん。 上手だね・・・・ 」
「 おお、懐かしいのお。 ワシは北国うまれじゃから・・・ こういう風景は毎年 欠かせない
冬支度、じゃったなあ・・・ 」
ギルモア博士も 目を細めている。
白い手が 器用に操る棒のあいだからふかふかの生地が現れるのに ジョ−は目を見張った。
「 魔法使いみたいだね。 」
「 え? やあだ、ジョ−。 女の子なら誰でもできるでしょう? 」
「 ・・・・ そうなんだ・・・? 」
ふわふわの毛糸に向こうに ちょっとはにかんだ笑顔がゆれている。
「( ・・・・ああ、そうじゃの。 ジョ−は・・・身近に女手のある暮らしをしたことが
ないんじゃなあ・・・。 ふふふ・・・さぞかし眩しいことじゃろ・・・ ) 」
暖炉の前の肘掛け椅子から 博士は若い二人に温かい眼差しを向けていた。
まずは。 イワンのおくるみ。
続いて ぽかぽかのひざ掛けは 博士に。
え〜と・・・・ 次はっと・・?
毎晩 リズミカルに動く二本の編み棒はつぎつぎと素適な冬支度を作り出してゆく。
「 ただいま・・・ 」
「 あ、ジョ−。 ちょっと後ろ向いて。 」
「 ・・・・? 」
帰ってくるなり 玄関でメジャ−を持って待ち構えていたフランソワ−ズにジョ−はびっくりである。
「 後ろ向いて、じっとしてて。 はい、両手を横に上げて。 」
「 なに・・・? 」
「 じっとしてってば。 ・・・・・ はい、おっけ− ♪ ジョ−、何色が好き? 」
「 ???? 」
「 セ−タ−よ、ジョ−の。 この冬用のを編むから、色のリクエストをお願い? 」
なにがなんだかわからずに、突っ立っていたジョ−はようやく我に帰った。
「 ・・セ−タ−って。 い、いいよ、いいよ。 そんな、僕になんて・・・」
「 ・・・あら、そうね・・。 手編みなんて・・・今は流行らないわよね・・・ 」
すこし、シュンとしたフランソワ−ズに ジョ−はますます狼狽してまう。
「 ち、ちがうよ! あ・・・あのさ! セ−タ−より、 あ、編んで欲しいモノがあるんだ・・・!」
「 まあ、 なあに? 」
ほら、これ。
ジョ−はぶっきらぼうにそれをフランソワ−ズの目の前に突き出した。
「 ・・・・ 手袋? ジョ−の? 」
特別に目新しくもない、よくあるア−ガイル模様の入った藍色の手袋。
ただし。 かたっぽうだけだ。
手渡されたソレと ジョ−の顔を交互にながめてフランソワ−ズはますます首を捻る。
「 うん・・・。 あの、これ。 かたっぽだけなんだ。 」
「 そうね? ・・・・ああ、わかった! 落としちゃったんでしょ、 じゃあ、新しいの編むわね。
え〜と・・・ 何色がいい? 今あるのは・・・ 」
大きく頷いて 毛糸入れの籠をのぞきこんだ彼女を、ジョ−はあわてて遮った。
「 ち、ちがうんだ! その・・・ 新しいのじゃなくて。 」
「 ? え、もしかして。 このかたっぽを編むの?? 」
「 ・・・・・ うん。 お願い、できるかな・・・? 」
「 いいけど・・・。 でも全く同じには出来ないわよ? 色も微妙にちがっちゃうし。 」
それでも、いいの?と念を押すフランソワ−ズに ジョ−は実に嬉しそうに頷いた。
「 ・・・・・ 憧れてたんだ・・・ かあ、いや、誰かに編んでもらうの。 」
教会には善意の寄贈品が沢山あったから身につける物に困ることはなかった。
ただ、自分の好みなどはとても主張できなかったし、そのつもりもない。
手袋を片方なくせば、その不注意を咎められはしたが別の一組を貰えた。
かたっぽだけになったの手袋は。 いつまでも かたっぽうのままだった。
誰からも顧みられずに いずれは捨てられてしまう半端もの。
どこにも居場所がない みつけらない放浪者。
ぼくは ここに いるのに だれか・・・!
そんな自分の姿をを見せ付けられるようで、
ジョ−はあえて自分の意識からソレを締め出していた。
「 ジョ−が手袋するとは思わなかったわ。 ほら、ドライバ−ズ・グラブ以外見たことないし。
あっと、ひと目とばしちゃった・・・ 」
毎晩 すこしづつ出来上がってゆくさまを ジョ−はじつに楽しげに眺めている。
「 そういえばね、わたしも小さい頃、よく手袋無くして、ママンに叱られたわ。
相棒をなくして泣いてるわよってね。
すぐに編んでくれたけど、やっぱり左右がなんとなく違ってて、ちょっと恥ずかしかった・・・ 」
ねえ、ほんとうにいいの?と フランソワ−ズは手を休めて顔を上げた。
「 ・・・うん! 僕も よく片方なくしたりしたけど。 でも、それっきりだもの。
僕は・・・・ うらやましかった・・・。 無くしたかたっぽを編んでくれるヒトはいなかったから。 」
「 ・・・・ そうなの・・・・。 」
なんとなく言葉の継ぎ穂がみつからなくて。
黙り込んでしまった二人のかわりに ぱちぱちと気持ちのよい音を薪が暖炉で奏でていた。
程なくして ジョ−のリクエスト品は立派に編みあがり、その秋最初に霜が降りた朝、
彼は得々として、ソレを身に着けて出かけた。
いってらっしゃい、とその背を見送って、フランソワ−ズは小首を傾げていた。
「 でも・・・ジョ−はいつあの手袋を買ってそれで片方無くしたのかしら。 両方はめているのを
見たおぼえはないんだけど・・・・? 」
「 ・・・・あらあ? これってたしか・・・ わたしが編んだのよね? 」
ジョ−のクロゼットの引き出しに大切に仕舞われている毛糸の手袋。
ただし 一組 プラス かたっぽう。
見覚えのある片方を手に取って どうして3つあるのか、とフランソワ−ズが首を捻るのは
まだまだずっと後のハナシ♪
***** Fin. *****
Last
updated : 3, 3, 2004.
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***** 後書き by ばちるど *****
ちょっと季節が逆行してしまいました。(^_^;) 電車の中で見た広告、
【なくした手袋の片方はかあさんが編んでくれたものだった】 が 妄想の素。
<どらまCD>のジョ−君に捧げる?甘味小噺。 かたっぽ失くしたっていうウソは
普通に一組編んで、と言えない彼の屈折した心理??? よいこはマネをしてはイケマセン。