『  あなたの涙  』

 

 

*** はじめに ***

このお話は 【 Eve Green 】 様宅の <島村さんち> 設定を拝借しています。

ジョ−とフランソワ−ズの子供達・双子の すぴか と すばる は小学二年生になりました。

 

 

 

 

「 ただいま〜〜 おかあさ〜〜ん、今日の晩御飯、なに〜? 」

バタンっ!と玄関のドアが派手な音を上げ、すぐその後からぱたぱたと

元気な足音がリビングに駆け込んできた。

肩口でぴんぴん跳ねてる亜麻色の髪、母譲りの碧い瞳の女の子、

島村さんちのすぴか嬢のお帰りである。

 

リビングの奥を覗き込み 一人の男の子をみつけると彼女はちょっと頬を膨らませた。

「 すばる〜? どうして先に帰っちゃったの〜 ねえってば・・・ ? 」

「 し・・・・!! 」

「 なに ・・・? え? 」

プ−ル帰りのバッグを抱えたまま、すぴかは目をぱちぱちさせた。

 

いつも開けっ放しのリビングからキッチンに通じるドアは。

今はなぜかぴったりと閉めきられその前に彼女の弟のすばるが ヤモリみたいに張り付いているのだ。

 

「 ・・・ すばる ・・・ どうしたの。  スパイダ−マンごっこ? 」

「 し〜〜〜! すぴかったら声が大きいんだよ〜。 」

「 これが普通だもん。 ・・・ねえ、どうしたの? お母さんは? 」

「 ・・・ キッチンにいる。 」

「 そうでしょ。 ねえ、おか・・・ 」

し・・・っ! とすばるは姉の口を押さえた。

「 ・・・ ( もが ) ! なにすんのよっ 」

「 ・・・ お母さん ・・・ 泣いてるんだ。 」

「 ええええ??? 」

「 し〜〜〜〜!! 」

 

夏休みも後半に入ったある日の午後、

島村さんちの双子の姉弟は今度は二人して 真剣な表情でキッチンへのドアに張り付いた。

 

( ・・・ ほんとだ ・・・! お母さん、泣いてる・・・ )

( だろ? 僕が帰ってきて、麦茶欲しくてキッチンに行ったら ・・・

 お母さん、晩御飯の用意しながら ・・・ ずっと泣いてたんだ。 )

( どうして? お腹でも痛いのかなぁ? すばる、あんたどう思う。)

( ・・・わかんないよ! でも ・・・ ああやって ず〜っと )

( ・・・あたし。 あんな風にお母さんが泣くの、初めて見た・・・ )

( 僕だって・・・!  ・・・あ ・・・ ! )

 

「 すばる? すぴかも ・・・ 帰ったの? 」

 

キッチンの中から いつものお母さんの声がした。

そう・・・ 姉弟のお母さんはとっても耳がいいのだ。

ひそひそ話は ぜ〜〜んぶ聴こえてしまうらしい。

 

「 あら・・・ どうしてここを閉めておくの? 暑いでしょう・・・ 」

カタン、とドアが中から開いた。

「 ・・・あ、う、うん。 ただいま〜 ・・・ あの ・・・今日の晩御飯、なに? 」

「 ただいま、お母さん。  ・・・ 僕、麦茶、欲しい。 」

 

「 今晩はね、お父さんも二人も大好きなカレ−。 すばる、ちょっと待ってね・・・ 」

にこにことエプロンで手を拭っているのは

二人の、いつもと同じ笑顔が素敵な お母さん だった。

 

  − ・・・ でも。

 

見た?  ・・・・うん、見た。

碧い眼とセピアの眼が だまって頷きあった。

 

空よりも海よりも。 宝石だって敵わない、綺麗な・綺麗なお母さんの瞳にはまだ涙の残りが滲んでいた。

瞼もなんだか ・・・ 腫れぼったい。

 

  − こんなお母さん ・・・ 見たことない ・・・!

  − お母さん?! どうしたの、何か あったの??

 

双子は ぜったい違う、ぜったいいつものお母さんじゃない、と確信したのだが

なぜかよくわからないけど・・・ ソレを口には出せなかった。

いや ・・・ 言ってはいけない・・・ような気がしたのだ。

 

「 ぁ ・・・ お母さん! あたし、お手伝いするね。 」

「 そう? じゃあ・・・ スプ−ンとコップを出してちょうだい。 コップは大きいのよ、気をつけて 」

「 は〜い。 」

「 僕も! お母さん。 」

「 そうね〜 サラダ作りを手伝って。 キュウリとトマトを洗ってね。 」

「 は〜い。 えっと ・・・ いくつづつ? 」

 

姉と弟は熱心に母の回りでお手伝いを始めた。

 

アタシ達が側にいれがば お母さん、泣かないよね?

僕達がお手伝いするから お母さん泣かないで ・・・ !

 

オヤツも食べずに 一生懸命で手伝ってくれる子供達に 二人のお母さんはちょっとびっくりである。

 

  − あらまあ。 どういう風の吹き回し?

 

クスっと笑った拍子に ・・・ 目尻に残っていた涙がぽろん、と一粒エプロンに落ちた。

 

  − こんな風にこの子達と過せるのも ・・・ あと ・・・

 

エプロンの端でぬぐったはずなのに。

双子のお母さんは ほろほろと涙を流し続けていた。

 

 ・・・ 泣かないで ・・・! お母さんっ

 

いつも賑やかな姉は きゅっと口をむすんでお皿やコップを並べ、

泣き虫の弟は キュウリとトマトを睨みつけごしごしと洗っていた。

 

 

 

 

ついさっきまで茜色をしていた空は あっという間に真っ暗になってしまった。

開け放した窓から入ってくる風が 急にひんやりとしてきた。

 

姉弟は リビングのテ−ブルにノ−トを拡げ、教科書を並べ

アタマを突合せ なにやら熱心に鉛筆を動かしている。

いつもなら、ついついおしゃべりしてしまいキッチンからお母さんに叱られたりするのだけれど。

今日の二人は 逆に耳を澄ませていた。

 

  − ・・・ よかった ・・・ お母さん、もう泣いてないね

 

  − ウン ・・・ いい匂いだぁ〜 

 

大分前から 魅惑的なニオイがキッチンから流れてきて、二人のお腹はぐうぐういっていた。

 

もうすぐ、もうすぐ。

いい匂いが最高になるころ、表のご門が開く音がしてす〜って一台の車が入ってくる。

ガレ−ジの扉が開くよ。

・・・ コツコツコツ。 大きな靴音が響いてくるんだ。

それで。

玄関のチャイムが鳴る前に お母さんはぱ・・・・っと駆けて行く。

( ほら、お母さんはとっても耳がいいから、さ )

ピンクのほっぺをしたお母さんは とっても綺麗。

とっておきの笑顔は いつだってお父さんのものなのだ。

ただいま ・・・ って声がして。 おかえりなさい ・・・ って答えがあって。

それからしばらくの間は 邪魔をしちゃダメなんだ。

お父さんの腕がお母さんを放すまで ・・・ 僕達はじっと待たなくちゃいけない。

でも いいんだ。

その後、お父さんのおっきな手が僕達の頭をくしゃ・・・っとなぜてくれる。

 

  − ただいま〜 すばる。 ただいま、すぴか。

 

  「「 お帰りなさい、お父さんッ 」」

 

二人で両側から飛びつくと お父さんは大にこにこでひょいってアタシ達を抱き上げちゃう。

お母さんみたいにキスはしてくれないけど、おでこ・ごっちんしたりほっぺをすりすりしたり。

アタシはお父さんのコロンの香りが大好き。

幼稚園のころはそのまんま肩車なんかしてくれたわ。

そうして。 それから。

とびっきり美味しい・お母さんの晩御飯のテ−ブルを皆で囲むのよ。

 

もうすぐ、もうすぐ。

ほら、もうすぐ。 ご門が開く音が ・・・・ 

 

 

「 すばる〜 すぴか。 御飯にしましょう? 」

よく通るお母さんの声が キッチンから響いてくる。

 

  − ・・・え ?

 

二人は顔を見合わせた。

 

「 ・・・だって お父さん ・・・ 」

「 ウン。 お父さん、 まだ帰ってきてないよね? 」

 

「 聞こえたの? 御飯よ〜 」

 

「「 はぁい ・・・。 」」

姉弟は仕方なく、勉強道具を片付け始めた。

 

 

 

「 さあ〜〜 今日はね♪ とびっきり美味しいわよ〜〜 

 ちょっと秘密のつくり方なの。 気に入ってくれるかな? 」

いい匂いの湯気が盛んに立ち昇るお皿を お母さんは二人の前に置いた。

うん 確かに ・・・ 凄く美味しそう。

 

  − で ・ も。

 

お母さんの隣、 すばるとすぴかの向かい側の席は − からっぽ である。

つんつん。

すぴかが弟を肘で突っついた。

くいくい。

すばるの膝が姉を押した。

 

 「「 ・・・ お父さんは? 」」

 

 

 

やけに静かな食卓には ぱりぱりキュウリを噛む音に時々かちかちスプ−ンがお皿に触れる音が

混じって聞こえるだけだ。

 

子供達の問いかけに お母さんはさらり、と答えてくれた。

「 お父さんは 今日はお仕事で遅くなるの。 

 だから 先に晩御飯を頂きましょうね。 」

 

すばるはこっそりスプ−ンにお母さんの顔を写して見る。

 

  − 泣いてる ・・・ お母さん、そうっと ・・・ 泣いてる・・・!

 

すぴかは麦茶のコップ越しにじっとお母さんを見つめる

 

  − お母さん。 お父さんが帰ってこないから ・・・ 泣いているの?

 

「 すばるもすぴかも。 どうしたの、今日は随分静かねぇ。 プ−ルで遊びすぎたの。 」

黙々と御飯を食べている子供達に お母さんはちょっと不思議そうな顔をした。

「 今日のカレ−、どう? いつもと少し違うと思うんだけど・・・ 美味しくないかしら。 」

「 う ・・・ ううん、ううん! すごく、すご〜く美味しい! あんまり美味しいから

 アタシ ・・・ 一生懸命食べてたの。 ね、すばる。 」

「 う、うん。 いつもみたく人参ごろごろじゃないね? きっとお父さんも好き・・・ (いて!) 」

テ−ブルの下で すぴかの脚が弟を蹴飛ばした。

「 そう? 気に入ってくれたなら、嬉しいわ。 

 ・・・ あら。 ねえ、ほら。 綺麗なお月様・・・ 満月まで もう少しね ・・・ 」

お母さんは不意に食卓の脇の窓を見上げ・・・

 

ほろほろほろ。

 

透明な雫が お母さんの白くてすべすべの頬を伝ってゆく。

きらきら光る涙は お母さんが填めている指輪の宝石よりもずっと綺麗だった。

 

  − お母さん ・・・ ! どうして 泣くの。 なんで、なにが悲しいの・・・

 

二人は もう何にも言えなくて。 ただ じ〜っとお母さんの横顔を見つめていた。

・・・いつもは大好きなカレ−も よく味が判らなかった。

 

 

 

その夜。

二人が <お休みなさい> を言う時間になっても

お父さんの車の音は ・・・ ウチの前の坂道を登ってはこなかった。

 

「 お仕事、忙しいのよ きっと。 」

お母さんは何気なく言ったけど。  ・・・ やっぱりあの綺麗な瞳には涙が光ってた。

 

 

 

「 ・・・ すばる ・・・? 寝ちゃった ? 」

「 ううん。 お母さん、さ・・・? 」

そうっと子供部屋に戻ってきた姉の声に、すばるはベッドから跳ね起きた。

「 まだ起きてる。 リビングで ・・・ 電気消して、スタンドだけにしてご本広げてた。 」

「 お父さん、まだ・・・ 」

「 うん。 お母さん ・・・ ご本なんかちっとも読んでないの。 窓からじ〜っとお月様を見上げて

 それで ・・・さ。 」

「 ・・・ 泣いてたの? 」

「 ・・・ ウン。 」

「 お姉ちゃん。 」

すばるは自分のベッドからすべり降りると姉のベッドにのぼり、並んで座りこんだ。

「 なに。 」

「 僕さ、思ったんだけど。 」

「 だから、なに。」

「 お母さんはさ。 きっと ・・・ そのう ・・・ 本当はカエルかなんかでさ。

「 カエルぅ??? 」

「 し〜〜〜〜っ! すぴかは声が大きいんだってば〜〜

 お母さんに聞こえちゃうよ? 」

「 う・・・ ごめん。 でもさ! どうしてアタシ達のお母さんがカエルなのよっ? 

 アタシ達は オタマジャクシじゃないわよ。 」

「 う・・・ う〜ん・・・じゃ、さ。

 うさぎ でも 鶴でも 人魚でも いいや。 とにかく。

 罠かなんかにかかってたのをお父さんが助けてあげたんだよ。

 それで ・・・ お母さんはお父さんのお嫁さんになったんだ。 うん、きっとそうだよ! 」

「 ・・・ すばる。 あんた 本気? 」

すぴかはちょっと呆れた顔で となりの弟を覗き込んだ。

 

・・・あ〜らら・・・。 すばるったら ・・・ 半分ベソかいてるじゃん?

二年生になったのに まだ ・・・ あ〜あ ・・・

 

弟の泣き虫はよ〜く知っていたから すぴかは黙って彼の肩をやっぱり自分の肩で

くいっと押してやった。

 

「 ともかく〜。 問題は。 お母さんがず〜っと泣いてるってことでしょ。 」

「 ・・・・ ウン。 」

「 ああ! お父さんがいなくても、おじいちゃまがいればなぁ〜

 いろいろ・・・お話、してくださるのにね。 」

「 ・・・・ ウン。 」

双子達の <お祖父ちゃま>、ギルモア博士はこれまた先週からお仕事で

外国に行っている。

お帰りは二人の新学期が始まってから、とお父さんは言っていた。

 

「 お母さん、さ。 晩御飯の時もそうだったけど。

 窓からお空を、お月様を見上げて 泣いてるんだよね・・・ 」

「 ・・・ お月様? 」

「 そう。 ほら・・・ 今晩はとっても綺麗じゃない? 」

「 ・・・・・ 」

姉が指差す窓辺からは やわらかな月の光がいっぱいに差し込んできている。

床の上にカ−テンやら窓の影が落ち、もう一つそこに窓があるみたいだった。

 

「 ・・・ そうか! わかった! 」

「 びっくりした・・・ なによ? 」

「 わかった! きっと・・・ おかあさんは <帰る日> がもうすぐなんだ! 」

「 帰る日? どこへ行っちゃうのよ?! 」

コイツの頭の中身はどうなってるの・・・ すぴかはまじまじと弟の顔を見つめた。

すばるは日頃<本のムシ>で、いつも両手に一杯図書館から本を借りてきている。

そういえば ・・・ 先週は 『 鶴の恩返し 』 『 羽衣 』 『 かぐや姫 』 ・・・

そんな本を広げていたっけ。

ちょっと綺麗な挿絵があったので すぴかも一緒に覗いてみた。

お転婆で外で跳ね回る方が好きなすぴかは 弟ほど本好きじゃない。

『 シャ−ロック・ホ−ムズのぼうけん 』 とか 『 かいとうルパン 』 は好きだけど・・・

 

  − すぴかはリアリストなんだな。 

 

お父さんは笑ってたけど。 < りありすと > ってなんだろう?

そういえば、すばるはロマンチストなのよ、ってお母さんも言ってたっけ。

< ろまんちすと > って ・・・ 泣き虫ってこと?

アタシ達、双子なのに この頃どんどんいろんなコトが違ってきた。

 

「 お姉ちゃん? だから ・・・ お母さんは悲しくて。 お月様を見ては

 泣いてるんだよ。 かぐや姫みたいに・・・・ 」

「 かぐや姫??  お母さんは月に帰るっていうの? 」

「 だって・・・  いつか、お母さん、言ってたじゃないか。

 お母さんは ずっと・・・ 遠くから来たのよって。 」

「 あのね・・・。 お母さんの生まれた国はふらんすでしょ。 

 海の向こうだもの、遠いの当たり前じゃない。 」

「 ちがうもん! そんな ・・・ そういうコトじゃなくて。

 いつか、お母さん言ってた。 とってもとっても淋しそうな顔して・・・

 みんなもう会えないのよって。 お母さんのお兄さんとか お友達とか。 」

「 あ・・・ そうだったわね。 そんなコト、あったっけ。 」

「 きっとね。 ・・・ もうすぐ ・・・ <帰る日>なんだ、 うん。

 お母さん・・・ 帰っちゃ ・・・ どっか行っちゃヤダ! 僕 ・・・ そんなのヤだ・・・ 」

「 泣かないでよ〜すばる。 アタシまで ・・・ 涙が ・・・・

 ね? お父さんにお願いしてみようよ? お母さんに帰らないでくださいって言ってって。

 お父さんのお願いならゼッタイに大丈夫よ。 」

「 ・・・ でも ・・・・ お父さん、まだ帰ってこないじゃないか・・・ 」

「 う ・・・ ん ・・・。 でも、さ。 お父さんが帰ってくるまでは ゼッタイお母さんは

 どこへも行かないよ。 だから・・・ 泣かないで・・・ 」

「 ・・・ うん ・・・ お姉ちゃん ・・・ 」

すぴかは きゅ・・・っと弟の肩を抱いてやった。

そう・・・ 怖い夢を見たとき。 嵐の夜、風の音が凄かったとき。

お母さんは黙って こんな風にアタシ達を抱き締めてくれるもの。

 

ね・・・ すばる。 もう泣かないで・・・

 

・・・ うん。 

 

 

 

「 ・・・あら。 まあ、どうしたの。 」

お月様が空のずっと真上に上ったころ、子供部屋のドアをそっと開けた

フランソワ−ズは思わずにっこりと微笑んでしまった。

きっと盛大にタオルケットを跳ね飛ばしているだろうと、見回りに来たのだけれど。

すぴかのベッドの上で 姉弟はお互いに寄りかかりあってぐっすりと眠っていた。

 

「 まあ ・・・ 二年生になったのにまだ一緒に寝てるのね・・・ 

 ふふふ ・・・ そうね、わたしもよくお兄ちゃんのベッドに潜り込んだりしたっけ。」

 

でも、これじゃ窮屈でしょ。

よいしょ・・・っとフランソワ−ズはすばるを抱きあげ彼のベッドに運んだ。

ちょっとクセのある柔らかい髪が すばるの寝顔の回りで揺れている。

 

 − この寝顔 ・・・ ! まあ、ジョ−そっくり・・・

 

思わず ・・・ すべすべのほっぺたにそっと唇を当てる。

彼女の息子は 日向のニオイがした。

 

天使だわ・・・ 

 

フランソワ−ズはそっと呟やく。

水色のタオルケットをかけてやり、今度は娘のベッドを覗き込む。

自分と同じ亜麻色の髪はシ−ツの上でくしゃくしゃになっている。

 

・・・ わたしのお転婆天使。

 

どんな夢をみているのだろう、母の指がそっと髪を梳ったとき、

すぴかはむにゃむにゃとなにか寝言を言っていた。

 

神様 ・・・ 感謝します。

こんな素晴しい天使達をわたしの手元に授けてくださったことを・・・

この天使達の父親と巡りあえたことを・・・

ほんのひと時でも わたしは ・・・ 幸せです。

・・・ 神様 ・・・

 

ほろほろほろ・・・・

星よりも月よりも。 限りない輝きを放ち涙の雫はフランソワ−ズの頬を伝い続けた。

 

 

 

ぱたぱたぱたぱた ・・・・!

たたたたたっ!

 

二つの足音がほぼ同時に階段を駆け下りてきた。

 

 − ばんっ!!

 

リビングのドアが 吹っ飛びそうな勢いで開いた。

 

 − もうっ! 静かにって何回言ったら!

 

朝日が一杯のキッチンで、フランソワ−ズは思いっきりしかめっ面をした。

眉間に縦ジワを寄せたときぽろり、と涙がこぼれ・・・

彼女はあわててエプロンで目尻をぬぐった。

 

「「 お父さんは? 」」

 

色違いの小さな頭がふたつ、一緒にキッチンに飛び込んできて同時に口をひらいた。

 

「 あらあら・・・ お早う、より先に<お父さん>なの? 」

「 あ・・・う ・・・ お早うゴザイマス、お母さん。 」

「 お母さん、お早うございます。 」

「 はい、お早う。 お父さんはまだお休みよ。 昨夜とっても遅かったの。 」

「 え!? そうなんだ ! 」

「 うわぁ〜い♪ おと〜さ〜〜〜〜んッ 」

「 ・・・あ! これ・・・ 」

 

お母さんが何か言ってたけど、二人には全然聞こえなかった。

お父さんが帰ってきた! もう、大丈夫。

これでお母さんはもう 泣かないし。 そうだよ、どこへも行かないでってお願いしてもらえるし。

そうさ、お父さんがいれば 心配するコトなんかな〜んにもないんだ!

 

たたたたた・・・・!

 

二人は同時に両親の寝室に飛び込んだ。

 

 

「「 お父さんっ! お帰りなさい! それで ・・・ お早うございますっ 」」

「 ・・・・・・・ 」

「 おとうさ〜〜んっ! 」

「 ・・・・ ぅ ・・・・ あ ・・・・ ? 」

「 ねえねえ〜 お父さんったら! 聞いて、聞いて〜〜 」

「 ・・・ う 〜〜〜 ・・・・ん ・・・ 」

お父さんたちの大きなベッドに乗っかって、二人はてんでにお父さんを揺する。

 

ゆさゆさ揺さぶったり、ぺちぺち叩いたり・・・

二人の小さな手がいい加減くたびれてきたころ、すばるよりちょっと濃い髪の間から

やっとセピア色の瞳が ぼ・・・・・っと開かれた。

 

「 ・・・ う ・・・ン・・・・ あ・・・ おはよう〜〜

 すばる ・・・ すぴか ・・・・ 」

 

 

やっと ・・・・ 島村さんちの <お父さん> のお目覚めである。

 

「 あのね、あのね〜 お父さん! 」

「 お父さん! お願いして、ねえったら〜〜 」

「 ・・・ うん ・・・・? 」

 

ぴいぴいぴい・・・雛鳥たちの囀りはどうもさっぱり要領を得なかった。

・・・ カエル?  あぁ ・・・帰る、か。

お月様 ・・・? かぐや姫〜・・・???  泣いてるって ・・・ 誰が・・

 

    −  ・・・・ え??!!

 

ようやっとジョ−のぼんやりした寝起きのアタマに<情報>が的確に認識された時、

提供者どもの姿はとっくに消えていた。

彼らは<心配の種>を丸ごと父親に押し付け ・・・ にこにこ顔で出て行ったのだ。

じゃあね。 お父さ〜ん。

 僕、今日はね〜 そろばんに行ってからプ−ルに行くね。

   アタシも。 お稽古がおわったら プ−ルに行くから。

お父さんがいれば お母さんはきっと どこへも行っちゃわないし。

それで それでね、お父さん。

 

「「 もうお母さんを泣かせないでね 」」

 

次第に覚醒しはじめた父親に ドドメの一言を残し侵入者どもはあっという間に居なくなってしまった。

寝起きを襲われた被害者は。

 

帰る? ・・・ どこかへ行っちゃう? 泣いてるって??

 

    ・・・ 冗談じゃないよっ ・・・! 

 

島村さんちのお父さんは がばっ!と跳ね起き ・・・ 大慌てで服を捜した。

 

 

 

ばたばたばた・・・・!

誰よりも賑やかな足音が階段を二段飛びで雪崩れ落ちてくる。

 

・・・ あら〜 ・・・ 今日は午後出勤だって言ってたわよねぇ・・・?

 

一人静かに紅茶を楽しんでいた島村夫人は大騒音に眉を顰めた。

やっと子供達が出かけて静かになったのに。

昨夜 ・・・ もう遅いから ・・・ イヤだって言ったのに。 ジョ−ったら・・・

・・・わたしだって睡眠不足なのよ?

あら・・・ やだわ ・・・

 

顔を上げた途端に またほろほろと涙が零れてしまった。

 

 

「 ふ、フランソワ−ズ ・・・! 」

リビングに飛び込んできたジョ−は 彼女の頬に伝う涙にもっと動転してしまった。

「 ・・・ああ! やっぱり・・・! 」

「 あら、お早う、ジョ−♪ どうしたの、今日は遅くていいのでしょう? 」

「 ・・・ きみ! あ・・・あの、さ!! 」

「 はい? 」

 

なんで どうして。 ・・・ ダメだ! 行くなよ、行っちゃダメだっ!!!

 

「 ・・・ は? え ・・・あ、あの・・・ ジョ− ・・・? 」

眼をまん丸にしている彼女を ジョ−は ・・・ ガバっと抱き締めた。

 

ダメだ ・・・ ダメだよ。 何処へも行くな!

そんなのぼくが許さない。 なんで泣くんだよ、どうして・・・

 

「 ね・・・ジョ−? ジョ−ったら・・・ どうしたの? 」

 

どうして? ・・・ 昨夜あんなにきみは ・・・ 情熱的だったじゃないか 

・・・ もしかして ・・・ あの女のコのこと、気にしているのかい・・

 

「 ねえ ジョ−ったら。  ・・・えっ? 」

 

だから、さ。 別になんでもないんだったら・・・

取材先で一緒になっただけで ・・・ 遅くなったから車で送っただけだよ

・・・ そりゃ ・・・ ちょっと回り道してドライブしたけど ・・・ だって月があんまり綺麗だからさ・・・

 

「 ・・・ ドライブ? ええ、ええ! 昨夜はとっても綺麗なお月様でしたわね。 」

 

それっきりだよ。 ・・・ だから帰りが遅くなっちゃったけど。

・・・フラン! ぼくは ぼくにはきみが・・・ きみだけだっ きみが全てなんだ・・・!

 

    ・・・ ぽたり 

 

なにか冷たいモノがフランソワ−ズの腕に落ちた。

ぽたぽたぽた ・・・・

 

  − ・・・え? ・・・ もしかして。 ジョ− ・・・ 涙??

 

ジョ−が 泣いている。

フランソワ−ズは どん ・・・っと胸を突かれた思いだった。

 

今、自分を抱き締めているオトコと知り合って ・・・ もう随分になるけれど。

ふと、思えば ・・・ 彼の涙を見た記憶はほとんど無かった。

唯一 鮮明に覚えている彼の涙は 子供達が生まれた時だ。

 

ジョ−は 生まれたばかりの双子をしっかりと両腕に抱き、

ぼろぼろと涙をこぼしていたっけ・・・

 

どれも忘れることなど出来ない数多くのミッションでどんなに辛く苦しい時でも

彼女の前で ジョ−は決して泣くことはなかった。

 

その彼が ・・・ 今。 

 

「 ・・・ もう ・・・ ジョ−ったら・・・ 」

 

フランソワ−ズは ・・・ 自分に噛り付いている茶色の髪をそっと撫ぜた。

ほんとうに ・・・ このヒトは ・・・。

苦笑にまじって またまた涙がぽろん・・・とジョ−の髪に落ちる。

 

 

「 お母さ〜ん お父さんにお願いしといたから。 よっく聞いてね? 」

「 お父さんがいれば お母さん ・・・ 泣かないよね? 」

 

出掛けに子供達はわいわいと自分に纏わりついていたっけ・・・。

あ・・・ 涙を見られちゃったかな。

チラっとそんなコトを思ったけれど二人のお喋りの意味はよくわからなかったのだ。

 

そうなの・・・ 二人とも・・・ 心配してくれたのね。

ジョ− ・・・ わたし。 わたしの帰るところはね。

いつだって あなたのところ。 あなたの腕の中。 あなたの広い胸。

 

「 ・・・ だから。 フランソワ−ズ ・・・ 」

セピアの瞳がじっと見つめている。 

「 ジョ−。 だから ・・・? 」

碧い瞳がやさしく微笑む。

 

するすると腕が伸びてきた。

永遠の恋人同士に余分な言葉は ・・・ いらない。

見つめあい絡み合う眼差しが 全てを語っている。

やさしい口付けは 二人にとってなによりの会話だった。

 

夏も終わりの海風が リビングのカ−テンをゆるゆるとゆらしていった。

 

 

 

「 え? わたしが泣いてるって・・・子供達が?  ああ・・・ これ? 

 ふふふ・・・あのね。 昨日 カレ−を作ってて・・・ 」

 

ジョ−の訝しげな視線に フランソワ−ズはまだ涙をこぼしつつ・・・ 笑っていた。

 

「 ・・・・ カレ− ・・・? 」

「 そうよ、昨夜の晩御飯。 お野菜を擂っていれると美味しいってすばるの親友の

 お母様から教えていただいたの。  

 それで ・・・ 玉葱も擂ったんだけど もう涙がぼろぼろでね。 」

「 ・・・・・・・ 」

ジョ−はぼすん・・・とソファに座ってしまった。

「 どうもその時 涙腺がどうかしてしまったらしくて。 涙の調節が旨くできないのよ。

 博士がお帰りになったらメンテナンスをお願いしなくっちゃね。 」

 

「 ・・・ 玉葱、かい・・・。 」

 

「 そうよ。 

 ・・・ ねえ、ジョ−。  女のコって ・・・ どなた。

 月夜のドライブは さぞ楽しかったでしょうね。 」

「 え・・・! ・・・ あの。 そのぅ・・・・ 」

「 今度は、わたしも連れていってね。 二人っきりのドライブなんて ・・・

 ずいぶん行ってないわ。 」

「 勿論!! あ、あの、さ。 カレ−! とっても美味しかったよ。

 今度からぼくが! ぼくが 玉葱を擂るから、ね、ね。 」

「 はい、お願いね、お父さん。 」

涙でぐちゃぐちゃの顔と顔を見合わせて。

島村さんちの ご主人と奥さんは にっこりと笑ったのである。

 

 

 

 

                   **** おまけ ****

 

 

「 ただいま〜 今日の晩御飯なに〜〜 」

「 ただいまぁ・・・ あ、お父さん 泣いてる♪ 」

 ・・・ってコトは♪  

キッチンに駆け込んできた双子は歓声を上げた。 

 

「「 わ〜〜い♪♪ お父さん、泣いてる〜〜 早く晩御飯にならないかな♪♪ 」」

 

島村さんちでは ジョ−の涙 が美味しいカレ−のシルシになった。

 

 

 

*******   Fin.   *******

Last updated: 08,29,2006.                         index

 

 

 

*****   言い訳   *****

はい、お馴染み<島村さんち>スト−リ−でございます。

<ジョ−の涙>が書きたくて ・・・のはずが、なぜかほのぼの・小噺になってしまいました。

カレ−にお野菜を擂って入れると美味♪のネタは <島村さんち>の創設者・めぼうき様から

頂きました。 いつもいつもネタを本当にありがとうございます〜〜 <(_ _)>

残暑の日々、ちょっぴりほのぼの〜 して頂けましたら幸いです。