『  冬の空  』 

 

 

 

 

    *******   初めに  ******

    このお話は celica様・ワカバ屋さま から頂戴したお年賀状と一緒に

    入っていたイラストが素になっています。

    あんまり可愛いので <島村さんち>生みの親・めぼうき様といろいろ

    ご相談しまして・・・ こんなお話になりました♪

    ですから。

            イラスト      : ワカバ屋さま
                         
                       協力         :  celicaさま  

            設定・壁紙絵  : めぼうき様

            文         : ばちるど

 

   ・・・・ というコトになります。

   ちょっと遅めですが 島村さんち・新春スペシャル です〜〜〜♪ 

 

 

 

 

 

「 お父さ〜ん 早く 早く〜〜! すばるッ! お雑巾とバケツとちゃんと持ってきた? 」

「 すぴかさん! ちゃんとオ−バ−を着なさい。 風邪、引きますよ。 」

「 え〜〜 アタシ、寒くなんかないも〜〜ん。皆遅いよ! ね、お母さん アタシ、先に行くね〜 」

「 あ・・・ こら、すぴか。 待てったら〜〜 」

「 やぁだ! こんにちわ〜〜〜 コズミのおじいちゃま〜〜 こんにちわ! 」

 

甲高い少女の声が きっぱりと晴れ上がった冬空にぴんぴんと響いている。

オ−ヴァもフフラ−すらもしていない少女の頬が ぽ・・・っと赤くなった。

いかに温暖な地域とはいえ、師走の風はやはり冷たいのだ。

亜麻色のお下げが 吹きぬける風にひらり、と跳ね上がる。

「 すぴかよ〜〜 コズミのおじいちゃま! ・・・クッシュン!  」

「 ほうら、ごらんなさい。 はい、あなたのマフラ−! 」

少女の後をよく似た母親が追いかけてきた。

「 ・・・ うん ・・・ お母さん、 お父さんとすばるは? 」

「 車からお掃除の道具を下ろしてます。 もう〜〜 ちゃんと皆と一緒じゃなくちゃダメでしょう? 」

「 アタシ、早くコズミのおじいちゃまにコンニチワ、したいんだもの。 

 こんにちわ〜 大掃除のお手伝いに来ました〜〜って! 

「 皆で来たのよ、一緒にご挨拶しなくちゃ。 本当にあなたはせっかちさんねえ。 」

「 ・・・すばるがのろまなの! お父さ〜〜ん、すばる〜〜〜! 早く、早く〜〜〜ウ! 」

春には小学三年生になるはずの少女は門の前に止めた車へぶんぶん手を振ってる。

 

   ・・・ あ〜あ・・・ 本当に賑やかなコねえ・・・ お淑やかなトコなんか全然ないんだから・・・

   いったい誰に似たのかしら・・・

 

娘と同じ色の髪と瞳の母は両手に洗剤やらスポンジ、タワシの入ったバケツを持って 溜息をついた。

ひゅるり〜〜

本格的な冬の訪れを告げる北風が 彼女の亜麻色の髪を軽やかに跳ね上げていった。

「 お待たせ〜〜。 おい、すばる? それ、持てるか?  大丈夫か。 」

「 う〜ん! 僕、 このモップ、全部運ぶよ〜 よいしょ・・・よいしょ・・・ 」

「 あらら・・・ すぴか。 すばるを手伝ってあげて。 」

「 あ〜あ・・・ ほら〜〜 すばる。 それじゃ前が見えないでしょ。 これ、かして。 」

「 う・・・うん。 ありがと、すぴか〜〜 」

「 あ! それじゃないってば。 こっち、こっちの〜〜 」

「 さ〜あ・・・ これで全部道具は運んだね? それじゃ・・・皆でコンニチワ、しよう。 」

「「 は〜い♪  」」

ジョ−は妻と子供達を従えると、玄関に進みより呼び鈴を押した。

 

「 こんにちわ〜〜 島村です〜〜  大掃除の手伝いに来ました! 」

 

「 おお。 いらっしゃい。  寒い中、すまんのう・・・ さ、お入り。 」

ほどなくして玄関の扉ががらり、と開き白髭の好々爺がにこにこ顔であらわれた。

「「「「 こんにちわ、 コズミ先生  」」」」

両親と子供達が一斉に ぴょこり、とアタマを下げた。

 

 

 

 

毎年 師走と呼ばれる月の後半になるとコズミ邸に <大掃除部隊> が訪れる。

初めての年は、この地に逃れて来て住いを提供してもらったお礼だった。

サイボ−グ達は心をこめて古い日本家屋を磨きあげ、修繕し補強した。

その後もそれは彼らにとっての年越しの行事となり・・・ 今では島村家の年中行事になっていた。

 

暮れを前にジョ−とフランソワ−ズは双子の子供達を伴ってやってくる。

一家総出でコズミ博士一人住まいの家の大掃除を引き受けるのである。

 

その年も彼らは賑やかにやってきた。

「 コズミのおじいちゃま! こんにちは。 今年はね〜 すぴかが窓を拭くね。 」

「 おお、おお・・・ ありがとうよ、すぴかちゃん。 ジョ−君も奥方も年末を控えて忙しいじゃろうに・・・

 せっかくの休日を申し訳ないのう・・・ 」

「 いえ、とんでもない。 ここは・・・ すいません、ぼくには実家みたいなものですから。 」

「 あら、ジョ−ってば。 ずるいわ〜〜 こちらはわたしにとっても 実家 なのよ?

 特にね・・・ あのお座敷とお縁側がね。 わたし、大好きなの。 実家 ( さと ) に帰ってきた・・・って

 なんだかとってもほっとするのよ。 」

「 へえええ?? フランスに座敷と縁側があるのかなあ〜〜〜 」

「 ・・・あったっていいじゃない。 子供達も畳のお部屋、大好きだし・・・・ あ! これ!

 すぴか! お座敷ででんぐり返しなんかやっちゃいけませんッ!! 」

「 あ・・・ もう〜〜〜 本当にお転婆で・・・ 躾が悪くてスイマセン・・・ 」

「 ほっほ・・・いやいや。 ウチの孫達もな、あの位の年のころ、よく座敷で転がっていたものさ。

 存分に逆立ちでもなんでもしてよいよ。 まあ、怪我せんようにな。 」

「 すみません〜〜  すぴか! ほらほら・・・もうお掃除を始めますよ。 」

「 はあ〜い。 ・・・・ ねえねえ・・・ コズミのおじいちゃま〜〜 お父さん、お母さ〜ん!すばるも!

 見て見て〜〜〜 アタシ・・・・ほら! 歩ける・・・ンダ〜〜 」

「 ・・・・ すぴか〜〜〜〜 」

「 ほっほっほ・・・ これは凄いのう〜 すぴか嬢ちゃんや。 」

「 わあ〜〜  すご〜いすごい すぴか〜〜 すご〜〜い・・・! 」

母の嘆きと父の苦笑と。 コズミ博士の声援と弟の感嘆の声と。

ごちゃ混ぜの中、 島村すぴか嬢は座敷の真ん中でするりと逆立ちをしそのままひょいひょい歩いてみせた。

「 すぴかさんッ! さあ、遊んでないで。 お掃除を始めましょう! いいわね! 」

「 はい! 」

島村さんの奥さんの一喝で 旦那さんも逆立ちしていた娘も感心して眺めていた息子もすぐに掃除にとりかかった。

 

    ふふふ・・・  やっぱりさ。 <最強> なのはきみだなあ〜〜

 

ジョ−はてきぱきと大掃除を仕切る細君をながめ そっと笑みを唇に浮かべた。

「 ジョ−ォ? なんか言った? 」

「 え!? あ・・・なんにも? え〜と・・・ それじゃ ぼくは雑巾を絞るから。 すぴかは窓拭きだっけ?

 すばる〜〜? すばるはなにを担当してくれるのかな。 」

「 僕。 お縁側の雑巾がけ! 」

「 おお、いいぞ。 任せたからな。 」

「 うん、お父さん! 僕〜〜頑張るね。 」

「 まあまあ・・・頼もしいわね、すばる。 さあ 皆でコズミのおじいちゃまのお家をぴかぴかにしましょうね。」

ひゅう〜〜〜 ・・・ 

一陣の北風吹き抜けた。 ・・・冬将軍の使者も仲良し家族の仲間入りをしたかったのかもしれない。

 

 

 

「 え〜〜 コズミのおじいちゃま〜〜 お正月はこのお家にいないの? 」

「 ええ、そうなのですって。 おじいちゃまはアメリカにいらっしゃるお嬢さんのお家でお正月を

 過されるそうよ。 」

「 ふうん・・・ つまんないの〜〜 」

「 ふぉふぉふぉ・・・ 悪いのお、すぴかちゃん。 ワシの娘夫婦がなあ、是非と誘ってくれるのでな。 

 すぴかちゃんやすばる君へのお年玉はな、ちゃ〜んとギルモア君に預けておくから。 安心しなさい。」

「 ・・・ え ・・・ そのう〜〜 」

コズミ博士のおおらかな笑顔に すぴかは珍しくモジモジしている。

「 おお〜〜 随分綺麗になったのお。 窓ガラスも廊下もぴかぴかじゃ。 ありがとうよ、二人とも。 」

「 えへへへ・・・・ アタシ、頑張っちゃったんだ〜〜 」

「 僕も! たたたた −−−−−って何回もお雑巾掛けしたんだよ〜 」

「 うんうん・・・ この家も喜んでおるわ。 」

博士はさりげなく話題を換えてくれて、子供達はもう大にこにこである。

 

    ・・・ コズミ博士 ( せんせい ) ありがとうございます・・・

 

    本当にお行儀が悪くて・・・ すみません〜〜

 

両親は黙って感謝の目礼を送った。

「 さて。 それではワシはギルモア君のところで待機していることにしよう。 」

「 はい。 夕方までにきっちり終らせますから。 ご連絡します。 」

「 おお、そうじゃな。 今晩は皆で晩御飯、じゃな。 楽しみにしておるよ。 ではな。 」

コズミ博士はオ−バ−を引っ掛けると 飄々と出掛けていった。

 

 

「 ・・・でもさあ。 お家にいないのにお掃除するの? 」

すぴかは 今度は障子に填まったガラスを磨きはじめた。

「 ああ・・・そうっとやるのよ。  障子を破らないようにね。 」

「 ウン。 ねえ、お母さん、お留守でもキレイにするの? 」

「 そうよ。 お家もね、生きているの。 お家に一年間ありがとう〜〜って気持ちでお掃除するのよ。

 次の年も気持ちよく過せますように・・・ってお願いするの。 」

「 ・・・ふうん ・・・ そうなんだ? 」

「 ね、だから。 心をこめてキレイにしましょう。 ・・・わあ〜〜ぴかぴかじゃない、すごいな〜すぴか。 」

「 ・・・えへへへ・・・・ そっかな〜〜♪ 」

「 すごい、すごい。 それじゃ・・・次はお母さんとお勝手をキレイに磨いちゃおう。 」

「 うん! すばる〜〜 すばるは? 」

「 あら?  ・・・あ、ほら。 お父さんとお座敷と和室のタタミを拭いているわ。 」

「 ホントだ! お母さん、アタシ達、負けないよね〜〜 」

「 ふふふ・・・そうね。 それじゃ・・・れっつご〜、ね♪ 」

「 うん! れっつご! 」

珍しく 母と娘は仲良くお勝手掃除にとりかかった。

外見はそっくり・・・に近いこの母娘、でも中味はてんでちがっていて・・・・

赤ちゃんのころから フランソワ−ズはどうも娘が少々苦手だった。

すぴかの方も どちらかというとお父さんコ、現在では島村家の<長男>的存在である。

 

 

 

ぽかぽか日和も空が茜色に染まりだすと すとん・・・とその暖かさは消えてしまった。

海辺のギルモア邸ほどではないが 冷たい風がかたかたと磨きたての窓を揺らしている。

 

「 ・・・ うん。 これで完了〜〜かな。 あとは暮れに門松と注連飾り、だ。 」

「 お父さ〜ん かんりょう〜なの? 」

「 そうだよ。 すばる〜〜 よく頑張ったな、偉いぞ。 」

「 うん! 僕〜〜 きゅっきゅ〜〜ってお雑巾掛け、したよ。 」

「 そうだね、強いコだな、すばるは。 」

「 うん! お父さんと一緒だも〜ん♪ きゅっきゅっきゅ〜〜ってね。 たたみサンが笑ってたヨ 」

「 ははあ・・・お前ってなかなか詩人だなあ。 」

「 しじん・・? 僕は す〜ばる〜さ♪ 」

父の大きな手が くしゃり、と小さな息子の髪を撫ぜる。

「 ふふふ・・・そうだね、お前はぼくの大事な息子だもんな。 ・・・さあ、お母さんとすぴかの方はどうかな〜 」

「 どうかな〜?? お台所にいるよね? 」

「 そのはずだけど・・・・ 」

 

「 さあさあ・・・ ジョ−? すばる〜〜〜 終ったかしら? 」

 

家の奥から清んだ声が響いてきた。

「 あ! お母さんだ! おか〜〜さ〜〜ん ・・・ ! 僕たち、おわった〜〜 」

「 お〜い・・・フラン、 そっちはどうだい? 」

父と息子は負けずに声を張り上げた。

「 任務完了〜〜!  それじゃ、二人とも〜〜 お手々とついでにお顔も洗っていらっしゃい! 

 ちょっとだけオヤツ。 そして・・・ 晩御飯の用意を手伝って! 」

「「 ・・・ 了解!  」」

わあ〜い♪ 父と息子は良く似た瞳を見交わして すきっぷ・すきっぷで洗面所に向かった。

 

 

 

大掃除に伺った夜は 毎年 <鍋大会> と決まっている。

今年も 広い和室にコンロを据えて大きな土鍋がでん・・・!と乗っかった。

 

・・・・ グツグツグツ。   シュンシュンシュン 〜〜〜  コトコトコト・・・

 

不思議な音といい匂いの湯気が土鍋から湧き上がってきた。

 

「 お母さ〜ん ・・・ お鍋がしゃべってるよ〜 

「 あははは・・・ そうだね、すぴか。  それじゃそろそろ・・・ お〜いフラン? こっちはいいみたいだよ? 」

ジョ−は皿・小鉢を並べると お勝手に声をかけた。

すぴかは真剣な顔でコンロの上の土鍋と見つめている。

「 お父さん。 すぴかね〜 いろんなモノ、切ったんだ。 お魚もエビも! お母さん、すごく上手なの。 」

「 沢山お手伝い、出来たね。 偉いな〜 すぴかは。 」

「 えへへへ・・・ お野菜も切った!人参さんをね、お花の形に切るの、お母さんに教わったの。 」

「 へえ? 凄いじゃないか〜〜 すぴかのニンジンさん、お父さんが独り占めしよう! 」

「 だ〜めだよぉ〜〜 皆に食べて!っていうんだもん。 」

「 ははは・・・ すばるは イヤ〜〜って言うかもな。 」

「 ダメだよう。 でもね・・・ お母さんってさ〜 た〜くさんあるお野菜とかどんどん切って・・・

 すごいな〜すごいな〜・・・ってアタシ、 びっくり。 」

「 ふふふ・・・ お母さんは毎日そうやって御飯つくってくれてるんだよ?

 え〜と。 飲み物は・・・っと。 お前達はジュ−スかな。 」

「 え・・・ アタシ〜〜 麦茶かウ−ロン茶がいい。 すばるはきっとジュ−スだよ。 」

「 お、そうか? それじゃ ・・・ ぼくらはビ−ルで博士とコズミ先生は熱燗かなあ? 

「 ・・・あつかん ってなに、お父さん。 」

「 お酒の熱いのさ。  さて ・・・ そろそろ博士達の到着だな。 」

「 うん・・・・ あれ、 すばるは? すばる〜〜? すばる? 」

「 あれ? さっきまでココにいたよなあ。  台所かな。 お〜〜い フラン? すばる、そこにいるかい? 」

ジョ−はコンロの火を調節しつつ 奥に声を掛けた。

「 ・・・いいえ? お座敷にいるでしょう?  すぴか〜〜 もう一皿、運んでちょうだい。 」

「 はあ〜い! ・・・ お父さん、すばる・・・ どこだろ? 」

「 うん・・・ お父さんが捜してくるから。 すぴかはお母さんを手伝いなさい。 」

「 うん。  お母さ〜〜ん、 今いくよ〜〜 」

すぴかは大声で答えて お勝手へ駆け出していった。

「 坊主はどこへ行ったのかな・・・・ トイレ? まさか庭・・・いや、もう真っ暗だしなあ。 」

ジョ−は真顔になって腰を浮かしかけた。  ― その時。

 

「 ・・・ ほい、ただいま。  すばる君がお出迎えしてくれましたぞ。 」

「 お邪魔しますぞ。 お〜い・・・ 父さん、母さん? 坊主が鼻タレだ 〜〜 」

ガラガラ・・・と玄関の引き戸が開いて 両博士の声が響いてきた。

「 え・・・! すばる〜〜 外にいたのか??  はい! ただいま!! 」

ジョ−はとっさに台布巾をつかんで 玄関に飛んでいった。

 

「 おかえりなさい。  ・・・ すばる〜〜 お前、何時の間に・・・ 」

「 すばる! 外にいたの?? 」

玄関でジョ−とフランソワ−ズは鉢合わせをし。 三和土 ( たたき ) には彼らの小さな息子が

二人の老博士の間で シュンシュン鼻を鳴らしていた・・・!

「 いやあ〜〜 ワシらがタクシ−を降りたらの。  お帰りなさい〜 って坊がのう・・・ 」

「 いやはやびっくりしたわい。 でも嬉しかったぞ、すばる。 」

「 へへへ・・・ よ〜かったぁ〜〜 僕、ず〜っとご門のトコで待ってたんだ〜 」

頬を真っ赤にしてお鼻をクシュクシュいわせ、でもすばるは大にこにこだ。

「 ・・・ すばる〜〜〜 こんなに暗くなってから黙ってお外にでちゃだめでしょう! 」

「 寒かったろ? 風邪、引かないといいけど。 これでハナ・・・あ! これ布巾か・・ 」

「 すばる・・・ ほら・・・ ち〜ん、して!」

オトナ達の間をするり、とぬって出たすぴかがティッシュを弟の顔に当てた。

「 う・・・ ありがと・・・すぴか ・・・  」

「 おお、さすがに姉さんじゃな。 さ・・・ 美味しい晩御飯を頂こうかな。 」

「 そうじゃな〜〜 おお ・・・いい匂いがするぞ? 」

「 はいはい・・・さあ、コズミ先生、 博士? お座敷へどうぞ・・・ ジョ−?飲み物、お願いね。 」

「 オッケ−。 すばる? お前、寒くないかい。 」

「 うん! 僕、お歌うたってケンケンしてたから! 」

「 ほらほら・・・ 早く上がりなさい。 すばる、お手々洗ってウガイ、よ〜〜〜くするのよ!

 すぴか、 見てあげて?  お姉さん、お願いね。 」

「 はい! お母さん・・・! 」

いつもならなにかとごたごた言うすぴかなのだが、 今日は大真面目な顔でしっかりお返事をした。

 

   ・・・・へえ? 今日は女性組、仲良しだなあ。 すぴか、やっぱりフランと良く似てるよ。

 

ジョ−は目の端っこで妻と娘を見て ほっとするのだった。

 

 

 

「 ・・・ 時になあ、島村の奥方。 少々お願いがあるのじゃがな。 」

「 まあ、コズミ先生。 なんでしょう? 」

 

わいわい・賑やかな晩御飯も ようやく終った。

土鍋はすっかりからっぽになり、フランソワ−ズはデザ−トに剥いた林檎の皮を空になったお皿の上にまとめた。

コズミ家の居間には暖かい空気でいっぱいになっている。

「 ・・・と、これで一つ飛び! ぴょん ぴょん ! 」

「 あれ! しまった、すぴかにやられたよ〜 」

「 お父さん、気がつかなかったの〜 すぴか、すご〜い 」

「 へへへ ・・・ さ、次はすばるの番だよ。 」

「 うん。  じゃ〜ね、僕はぁ〜 ぴょん ぴょん ぴょん  ぴょん ・・・っと 」

「 あ〜〜〜 ヤラレタ! 」

「 う・・・ すばる、アンタってば〜〜 」

「 ほう? すばるはよ〜く観察しておるのう。 」

食卓の側では ジョ−と子供達がかなり年期モノらしいゲ−ムを楽しんでいる。

その昔、コズミ家の子供達が興じたものでコズミ博士が押し入れから取り出してくれた。

駒を手で動かすレトロなものなのだが かえって双子達には ( ジョ−にも ) 新鮮で面白いらしい。

ギルモア博士はすこし過した日本酒を醒ましつつ 観戦している。

 

「 あらら・・・ あんなに夢中になって。 いつもならぴこぴこゲ−ムに熱中してるのに。 」

「 ふぉふぉふぉ・・・ 古めかしいモノじゃがの。 気に入ってくれてよかったわい。 」

コズミ博士は相変わらずのにこにこ顔で一家を眺めていたが、つい、と立ち上がった。

「 先生? なにかお手伝いですか? 」

「 いや。 ・・・ちょっと・・・持ってくるので、そちらに居てくださらんかな。」

「 はい。 それじゃ・・・失礼して。 

フランソワ−ズも立ち上がるとお座敷への襖をからり、とあけた。

ほどなくしてコズミ博士はなにやら包みを捧げて戻ってきた。

「 これはなあ。 孫達が着たもので申し訳ないのだが。 よかったら着て欲しいのじゃが・・・ 」

「 まあ、なんでしょう? 先生のお孫さんのお下がりでしたら喜んで。 」

「 うん・・・ ほら。 これじゃ。 多分二人にちょうどいいと思うぞ。 」

コズミ博士は畳紙の包みを座敷に持ってきて静かに座った。

「 ・・・これ・・・ もしかして。 キモノですか? 」

「 左様。 ・・・ほれ。 」

かさり、と畳紙が開かれ、ぱあ〜っと華やかな色彩が零れ出た。

「 ・・・ まあ・・・ きれい! 晴れ着ですわね、子供用? 」

「 そうじゃよ。 すぴかちゃんの振袖と こちらは すばる君に羽織袴じゃ。 どうかのう・・・ 」

「 ・・・ こんな高価なもの・・・  」

「 いやいや ・・・ これもむか〜しウチの娘やら孫達が着た古着じゃよ。 」

「 いつか、お嬢様のお振袖を拝借したことがありましたわ。 」

「 おお、おお。 そうじゃった、そうじゃった。 まだまだチビさん達が生まれる前、だったかな? 」

「 はい。 まだ・・・娘時代でしたわ。 先輩の結婚披露宴に招かれて・・・ 」

「 うんうん、覚えておるよ。 よく似合ってた・・・ ジョ−君がヨダレを垂らして見つめておったなあ・・・ 」

「 まあ! そうだったんですか? イヤだわ〜〜〜  でもすごく素敵な思い出です。 」

「 ワシもじゃよ。 あの大振袖もな、箪笥のコヤシになっておるより何倍も喜んでおったことじゃろう。

 ああ・・・いつかすぴかちゃんにも着てもらえたらのう・・・ 古着で申し訳ないが。 」

「 古着だなんて・・・ あんな豪華なお着物、あのお転婆さんにはとてもとても・・・ 」

「 いやいや。 女の子はな〜 判らんぞ? 突然サナギが羽化するのと同じじゃからな。 」

「 そう・・・なったら嬉しいんですけど・・・ 」

フランソワ−ズは盛大に溜息をつくと 居間を振り返った。

 

「 やた! アタシの勝ち〜〜!! 」

「 うわあ〜 すぴか、すごいなあ〜〜 」

「 くそぅ〜〜〜 すぴか、お前はな〜んて目が早いんだ? ううう・・・ もう一回! 」

「 お父さんってば二回とも ビリっけつだね〜 」

「 ・・・ く ぅ〜〜〜 息子にまで言われてしまった・・・! 」

「 ははは・・・ ジョ−、お前、自分の駒をもっとよく見ろ。 すばるはちょいと天才的だな。 」

「 え〜 そうかな〜 おじいちゃま。 僕、すぴかみたくぱっぱ!って出来ないもん 」

 

「 ふぉふぉふぉ・・・大分盛り上がっておるな。 さあ、これをどうぞ。 お正月に着てくださらんか。 」

「 ・・・ 本当に宜しいのですか? 」

「 チビさん達の写真でも一枚、記念に頂戴しましょうか。 それが一番のお礼ですぞ。 」

「 ありがとうございます、コズミ先生。  ジョ−に・・・ いえ、主人にも相談しまして。

 でもきっと。 大喜びで着させていただきますわ。  うふふふ・・・お正月が楽しみ! 」

「 も〜い〜くつ寝ると〜・・・は 子供も大人も同じじゃな。 」

「 本当に。  この国では皆で新しい年を楽しみにしているのですね。 素敵・・・ 」

「 良い年がくるなあ。 ほんに、あんた達はこの年寄りの喜びのモトですわい。 」

「 ・・・ コズミ先生 ・・・ 」

 

綺麗に清められた座敷にひろがった晴れ着が そろそろ顔を覗かせ始めたお正月を呼び込んでいた。

 

 

 

「 うわ・・・ すごい星だねえ・・・ こういうの、満天の星空って言うんだなあ〜〜 」

ジョ−はすばるをオンブしたまま じ〜っと夜空を仰ぎみている。

吐く息が きん・・・と冷えた夜気にほう・・・っと白く広がり溶け込んでゆく。

「 ・・・ 本当 ・・・ 凄いわね〜〜 ウチのテラスからもよく見えるけど、ここも・・・綺麗! 」

「 うん・・・ おい、寒くないか。 」

「 ええ、大丈夫。 ふふふ・・・わたしも結構飲んだし。 ほら、背中に暖かいのがいるから。 」

フランソワ−ズはマフラ−をきゅ・・・っと巻き込むと背中のすぴかを揺すりあげた。

「 あは。 ぼくもさ。 きみ、重くないかい。 キツかったらぼくが二人ともオンブしてゆくよ。」

「 大丈夫よ〜 ・・・・ わたしだって・・・ 」

「 はいはい、003さん。 失礼しました。 ・・・ しっかし、こいつら〜〜 結構重くなったな〜 」

「 次の春には三年生ですもの。 でも ・・・ まだまだこんな風に眠っちゃうなんて 赤ちゃんね。 」

「 昼間、大活躍したから疲れたんだろ?  あ〜あ・・・ぼくも疲れたよ・・・ 」

「 あら。 009がなにをおっしゃるの? あ〜 飲み過ぎたんでしょう〜〜 」

「 う・・・・そこそこ博士のお相手をしただけ、さ。 この空気で酔いも吹っ飛んだ・・・ 」

「 ほんと・・・ これはかなり寒いわね。 」

「 ・・・ もっとこっち、来いよ。 」

「 ん ・・・・ 」

島村一家はすっかり酔いのまわったギルモア博士をコズミ邸に<お願い>して、辞去した。

子供達はもうとっくに沈没しており、車を預けた夫婦はてんでに双子をオンブしている。

 

カツカツカツ・・・・  コツコツコツ ・・・・

 

一組の足音だけが 静まりかえった夜にくっきりと響く。

途中で県道にでたが、通る車もなく夫婦はぶらぶら・・・酔いを醒ましがてら家路についた。

 

「 ・・・ねえ、 ジョ−。 

「 うん? なんだい、フラン。 」

「 ・・・ わたしね。 気がついたのよ・・・ やっとすこ〜しわかったの。 」

「 え。 なにを。  」 

「 うん ・・・ すぴかのこと。 今日 ず〜っと一緒に掃除したり御飯の用意したりしてて・・・やっと、ね。 」

「 きみの娘さんはどうだった? 

「 ええ ・・・この子。 やっぱりわたしに似てるの。 ううん、見かけじゃなくて中身も、よ。 」

「 え〜 そうかなあ? すぴかはどっちかっていうと ぼくに似てると思うけど? 」

「 そう・・・ 性格はジョ−なんだけど。 でもね。 ・・・ このコ、ブキッチョなのね。 手もこころも・・・

 そこがわたしとね、そっくりなの。 わたしもとても不器用な女の子だったのよ。 」

「 ??? だって きみ、すごく器用で・・・すぴかもびっくりしてたよ? お母さんすご〜い・・ってさ。 」

「 お料理とかは・・・あれはただの慣れ、よ。 わたし、子供の頃母が嘆いていたの。

 そんなじゃ 将来お母さんになったら大変よ・・・って。 」

「 へえええ?? そうなんだ・・? ・・・そうかなあ・・・? 」

「 わたし達の時代は ・・・ なんでも自分でやらなくちゃならなかったし。 今とは違ってね。

 それに・・・ わたし、自分の気持ち、本当の気持ちを言えないコだったの。 」

「 え・・・きみが。 」

「 あら。 そんなに意外?  わたし ・・・・ そうね、素直じゃなかった、のかも。 」

「 ・・・ それはぼくも同じ、さ。 絶対に言えなかった・・・ 言っちゃいけない、って思ってた。 」

「 ジョ− ・・・・ 」

道は大きくカ−ブして海岸沿いに走る支線に出た。

二人の目の前に 黒い海が穏やかに広がっている。

「 ・・・ お。 お月サンだ。 そろそろ満月かな。 」

「 あら、そうね。 もうちょっと・・・ね。 う〜〜ん ・・・ この風景・・・それに波の音と潮の香と・・・

 ここまで来ると ああ、家に帰ってきたな〜って思うわ。 」

「 そうだよなあ・・・ ああ・・・いい気分だ・・・ 」

ジョ−は脚を止め、大海原の上にひろがる漆黒の空と月をほれぼれと見上げている。

「 ぼくさ。 正月って 大嫌いだった。 わざわざ教会の掃除当番とか引き受けて、<いつもと同じ日>を

 過していたんだ。 ・・・ 皆の笑顔に背を向けてた。 」

「 ・・・・・・・・ 」

「 背を向けるモノには誰も・・・微笑んでなんかくれないよな。 」

「 ジョ−・・・・ 」

「 ぼくはそのことに目が行かず、一人で拗ねていた。 ぼくのことなんか誰も気にしてくれない・・って。」

「 ・・・ ああ ・・・ 小さなジョ−を抱きしめてあげたいわ・・・! 」

「 ・・・今は。 きみがいる。 いつでもぼくに微笑んでくれるきみがいる。 だからぼくも笑えるんだ。 」

「 ジョ−。 それはあなたが。 あなたがわたしのことを信じてくれたから。

 わたしの呼びかけに まっすぐに見つめて応えてくれたから・・・ 」

「 ぼくもさ。 ぼくを見つめぼくを信じてくれる瞳に出会えた。 」

「 ええ。 ・・・ あの時からずっと。 」

「 ・・・ん。 行こう ・・・ 一緒に。 ずっと ・・・ 」

「 ええ。 ずっと。 」

ジョ−は片手を差し出した。 フランソワ−ズも 娘を背から片方の手を外し彼の手に預けた。

 

   ・・・ 行こう !  一緒に。 どこまでも。

 

背中にはもうかなり大きくなった娘と息子が すうすう眠っている。

足元からは へんてこに膨らんだ不恰好な影が伸びて。 アタマの上にはお月様。

ジョ−とフランソワ−ズは 笑みを交わして岬の我が家へと帰っていった。

 

 

 

元旦は見事な冬晴れの日となった。

岬のギルモア邸でも 一家で初日の出を拝み、<明けましておめでとうございます> をし。

双子達は お年玉 を貰い大はしゃぎだったのだが。

母がにこにこと畳紙の包みをリビングに運んできた。 

 

「 え〜〜〜 コレ、着るのぉ??? ヤだ〜〜〜あ 」

「 すぴかさん。 どうしてそんなこと、言うの。 これ、コズミのおじいちゃまがすぴかにって下さったよ。 」

「 でもぉ〜〜・・・ あ! アタシ、こっちがいい! これ、かっこいいじゃん。 時代劇みた〜い♪ 」

すぴかはほっぺたを膨らませ、 袴をつまみあげた。

「 それはすばるのです。 男の子の晴れ着よ。 女の子はほら・・・綺麗でしょう? 」

フランソワ−ズは畳紙から取り出した振袖をさばいてみせた。

ギルモア邸のリビングにさっと華麗な色彩がひろがり、お正月気分がぐっと盛り上がる。

「 時代劇なら、ほら。 お姫様はこういう綺麗なお着物を着ているでしょう? 」

「 ・・・アタシ。 お姫様よか きんのうのしし とか しんせんぐみ の方がいいもん! 」

「 おお・・・ これは綺麗じゃなあ。  なに、すぴかは侍がいいのかい。 」

「 うん! せいぎのやいばをうけてみよ! な〜んてカッコいいじゃん。 」

すぴかは思い入れたっぷりに刀を振りまわすマネをしている。

「 ははは・・・ その侍も綺麗なお姫様には弱いのだぞ。 ま、コズミ君へのお礼の気持ちじゃ、

 一回だけでも 着てごらん。 」

「 おじいちゃま〜〜 ・・・ う〜ん・・・ それじゃ ・・・ 一回キリ だよ! 」

「 ほら、こっちへいらっしゃい。  ジョ−? すばるの着付け、出来る? 」

「 え〜と? ・・・ やっぱ専門家に頼んだ方がいいよ。 すぴかは? きみが着せるのかい。 」

「 いいえ、とんでもない。 ちゃんと暮のうちに下の美容院に予約しておいたわ。

 じゃ・・・すばるも一緒に頼んでみるわね。  これから行ってくるわ 」

「 うん。 あ、送ってくよ。 キモノとかいろいろ・・・持ってゆくんだろ? 」

「 そうなのよ。 お願いできる?  嬉しいわ〜〜 」

「 それじゃさ、必要なものを揃えておいてくれよ。 車だして、お転婆姫を捕まえておくから。 」

「 了解。  すばる〜? すばる?  ちょっといらっしゃい。 

「 なあに。 お母さん。 」

「 これからお父さんとね、お着物、着せて頂きにいってらっしゃい。 あら? それ、なあに。 」

すばるは四角い紙と角ばった板みたいなものを抱えていた。 

「 これ。 さっきお母さんがおっきな包みを出した箱に入ってたよ。 ねえ、これなあに。 」

「 え・・・ あの箱に?  じゃあ コズミ先生が入れてくださったのかしら。

 これ・・・ なにかしら。  いいわ、帰ってきたらお父さんい聞いてみましょ。 」

「 うん!  ねえお母さん、 お着物って・・・ あのきれ〜〜いなの? 」

「 あれは女の子用。 すばるのはカッコイイのよ、オサムライさんみたいなの。 」

「 ・・・ 僕。 綺麗な方がいいなあ〜〜 」

「 え・・・?  あ、ほら〜〜 お父さんの車! ほら〜〜 早くって。 」

「 う? あ・・・うん。  お父さ〜〜ん、! 僕も〜〜 綺麗なキモノ、着たい〜〜〜 」

ジョ−の車のクラクションを聞きつけ、 すばるはぱたぱたと出ていった。

 

 

   ふう・・・・  これでちゃんとキモノを着てくれるといいのだれど・・・・

   ・・・・ 本当にウチは姉弟 じゃなくて 兄妹 みたい!

   でも。 ・・・・ これ、なあに?  こっちの紙、牛の顔が描いてあるわね・・・

   

お正月のリビングで、フランソワ−ズは不思議な紙製品と派手に色彩された板を

そうっと持ち上げて ためす眇めつ観察していた。

 

 

 

リンリン リン ・・・・  かっぽん かっぽん  ごわごわごわ 

「 歩けないよ〜〜 これ ・・・ じゃまっけ! 」

「 うわ〜い ぼふぼふ・・・って、このスカ−トみたいなの、おもしろい〜〜♪ 」

「 痛いなあ〜 お父さん、 これ・・・取ってもいい? 」

「 こらこら・・・ 引っ張っちゃダメだよ。 

「 だって〜〜 じゃまっけで痛いんだもの〜〜 」

あまり聞きなれない音と子供たちの声が まぜこぜになって聞こえてきた。

 

「 お。 チビさん達、 ご帰還じゃな。  」

「 ええ。 ・・・ちゃんと着られたかしら・・・ 」

「 楽しみじゃのう。  そうそう・・・ お前が大振袖を着ことがあったなあ。 綺麗じゃった・・・ 」

「 まあ、嬉しい。 覚えていてくださったのですか?

 あの時もコズミ先生のお嬢様のお着物を拝借したのですわ。 」

「 そうじゃったなあ。  チビさん達の仕上がりは・・・ おお、 お帰り〜〜 」

「「 ただいま〜〜  」」

「 ただいま。 ただいま戻りました、博士。 

「 お帰りなさい、ジョ−。   あら〜〜〜〜 わあ、可愛い・・・! 」

「 おお・・・ これは。  市松人形サンのようじゃな〜〜 うん、うん・・・ お前たち よう似会っとるよ。 」

「 僕! かっこいいかな〜〜〜 」

「 ・・・ お母さん! 早く写真撮って! そんで これ〜〜〜 脱がして! 」

博士とフランソワ−ズの前に すばるはにこにこ、すぴかはほっぺを膨らませて現れた。

すばるクンは結構ゆうゆうと羽織袴を着こなし、ちょびっと壮士風・・・に見えないこともない。

・・・ すぴか嬢は。 

濃い朱鷺色の地に季節の花々やら手毬やら可愛らしいものが沢山あしらった振袖に 

完全に <着られて> いた。

美容院の先生、苦心の結い髪が可愛らしく花を添えている・・・のだが。

「 お母さん〜〜 早く、早く〜〜 写真! 」

「 はいはい・・・ 今、撮りますよ。  え〜と・・・どこがいいかしら。 」

「 そうだねえ?  あ、これ、きみが用意したのかい、フラン。 うわ〜〜 」

ジョ−はリビングをきょろきょろと見回していて、ソファの上に手を伸ばした。

先ほど、フランソワ−ズが置きっ放しにしていたモノなのだ。

「 ああ・・・ ねえ、ジョ−。 それ・・・なあに? コズミ先生がお着物と一緒に下さったのだけど。 」

「 え?!  あ・・・ 知らないか。 うん、そうだよなあ・・・ うん・・・ 」

「 いやあねえ、何よ、うん うん・・・って? 」

「 うん ・・・あ、ごめん。 これはね タコ と 羽子板 さ。 う〜ん・・・ ぼくも久し振りで見たよ。 」

「 タコ ・・・ はごいた? お正月用のディスプレイなの? 」

「 いや〜〜 これはね、子供のおもちゃさ。 タコって え〜と・・・cerf-volant のことだよ。

 羽子板は・・・う〜〜ん 日本の昔のバドミントン、かな。 」

「 へえ〜・・・ これ・・・おもちゃなの? 綺麗ねえ、牛さんの絵も可愛いわ。 」

「 お母さ〜〜ん! 早くってば〜〜!  」

「 あ、 はいはい。 え〜と? じゃあ・・・そこの壁の前でいいかしら。 ねえ、ジョ−? 」

「 え〜と。 うん、そうだね。 あ、これ、持ってごらん。 お正月らしくていい。 」

「 おお〜〜 いいのう、二人とも。 ああ本当に可愛いらしいのう・・・ 」

大にこにこのジョ−、 同じく目を細めている博士の前で ―

すばるは いつもの満面の笑顔。 そして。    

 

「 ・・・さあ〜〜 撮りますよ〜〜 はい、 ち〜〜ず♪ 」

パシャ。  ・・・ パシャ パシャ・・・

「 はい、ご苦労様。 3枚撮ったから・・・これでオッケ− なはずだわ。 」

「 もういい??  わ〜〜〜 お父さん〜〜 これ、とって〜〜 」

「 え・・ ああ、せっかく綺麗なのに・・・ 」

「 やだ! 足も痛いもん。 お母さん、約束だよ〜〜 」

「 はいはい・・・ それじゃ、こっちにいらっしゃいな。  あら、 すばるは? どうするの。 」

「 僕〜〜 まだ着ててもいい? なんかさ〜 カッコいいんだもん。 」

「 ええ、いいわよ。 ・・・ なんだか良く似会うわね。 うん、凄いわ〜 」

「 えっへっへ。 キモノって あったかいね。 僕、あのびーさんも好きだ〜 」

「 あは。 あれはビ−サンじゃなくて・・・ 草履だよ。 」

「 ぞ〜り? ふうん ・・・ ねえ、お父さん、 これってどうやって遊ぶの? 」

「 え? ・・・ ああ、知らないか〜〜 よし! それじゃ庭で凧揚げと羽根突き、しよう! 」

「 タコアゲ と ハネツキ? わ〜〜い! 」

「 ・・・ わあ〜〜 やっと脱げたよ〜  あれ、すばる、それなに? 」

「 あ〜 すぴか。 これ・・・遊ぶんだって。 お庭で、お父さんと。 」

「 え! アタシも〜〜 アタシもやる! ね、お庭行こう お庭〜〜 お父さ〜〜ん! 」

子供達は 父の手を引っ張って庭に飛び出していった。

 




         











 

「 ほう・・・ これはまあ・・・ 可愛いのう。 」

「 ふふふ・・・ もう〜〜お澄まししちゃって。 これが あのお転婆さんとは誰も・・・ 」

「 ほんになあ。 さっきの仏頂面はどこへやら、だな。 」

フランソワ−ズは先ほど撮った写真を 博士の前に並べている。

大騒ぎのすぴかサンは にっこり満点の笑顔だし、にこにこすばるクンはどこか頼もしい。

「 いい記念になりますわね。 早速コズミ先生にお送りしなくては。 」

「 おお、そうじゃな。 ・・・ うん、うん・・・チビさん達の中にちゃ〜んとお前達が居るなあ。 」

「 え? どういうことですの。 」

「 うん ・・・ よ〜く眺めてるとな。チビさんらの面影にジョ−とお前の顔がちゃ〜んと見えてくる。

 これが血を分けた親子、ということなのじゃろうな。 」

「 まあ・・・ そうですか? う〜〜ん? すばるは確かにジョ−とよく似てる、と思いますけど・・・ 」

「 ははは・・・すばるの中にもお前の面影はあるし すぴかもジョ−と似ている部分がある。

 うん・・・ これは本当に・・・・よい記念写真じゃ・・・ 」

「 いつもこんなカンジに少しはお淑やかだといいのですけどね。 

「 それは 無理じゃろうなあ。 ・・・ チビさん達は? 庭かな。 」

「 ええ。 ジョ−とタコアゲ、しているはずですけど。  」

「 どれ。 観戦するかの・・・ 」

博士はよっこらしょ・・・と立ち上がるとテラスへの窓を開けた。

「 ・・・ お〜〜い  凧は上手く上がったかな・・・ 」

 

「 あ・・・おじいちゃま〜〜〜 ダメなの! 全然 ・・・ お父さんったら〜〜 」

「 ああ? どうしたね・・・・ 」

「 あらら・・・・ すぴか、う〜〜んと早く走ってみた? 」

庭からすぴかが声を張り上げて 報告している。

凧はどうも上手く風に乗ってくれないらしく、ジョ−がさかんに糸の具合やらシッポの長さを調節している。

「 お母さん! ウン ! すぴかねえ〜 だ〜〜〜っと走って・・・ でもね! 」

「 うん? それでもダメじゃったか。 」

「 じゃ、もう一回やってみようか、すぴか。 」

「 うん! アタシ、走るからね! お父さん、ちゃんとくっついてきてタコ、放して〜 」

「 よ〜し。 今度こそ・・・ いいかい、はい、スタ−ト! 」

「 わ〜〜〜〜  」

すぴかはタコ糸を手に全速力で駆け出した。

「 ・・・・あ ! あああ・・・ 待てったら・・・いけね、サンダルが・・  」

サンダル履きのジョ−は娘の走りに大慌てで、タコを放すタイミングがどうも合わないのだ。

牛さんの笑顔は カシャン・・・と地面に落ちてしまった。

「 ・・・ あや〜〜〜・・・・ 」

「 あ〜〜あ・・・ お父さんったら!  走るの、遅いんだもの〜〜 !!!! 」

次の瞬間。

 

    ばさ ・・・ !  ジョ−の手から凧が落ち。

    ぶは・・・ッ!   博士は吹き出した瞬間に パイプを落とし。

    ぷぷぷ・・・!  フランソワ−ズは真っ赤になってエプロンで顔を覆った。

 

ジョ−は。 メンバ−内最速の足を持つサイボ−グ戦士は。  加速装置を備える009は。

たった8歳の少女にあっさりと  ―  走るの、遅い! と烙印を押されたのだった。

 

 

「 ハネツキ! ねえ、ハネツキ、教えて。 お父さん。 」

袴の裾もなかり上手く捌きつつ、すばるは羽子板を父に差し出した。

「 ・・・あ ・・・ああ。  羽根突き、か・・・・ 」

「 うん!  これ・・・羽根? 」

すばるは濃いピンクの羽根がついた黒い玉っころを摘み上げた。

ジョ−はなんとか・・・ ショックから立ち直ったらしく、息子に微笑みかけている。

「 ああ、そうだよ。  この羽子板で・・・ こうやって突くのさ。  ほ〜ら・・・行くぞ。 」

カツ・・・ン ・・・・

緋桃色の羽根がゆるゆると弧を描き飛び上がった。

「 え・・・ これ・・・を ・・・ え?え・・・?   あれ?! 」

コツ・・・ン ・・・!

すばるの羽子板は辛うじて端っこで羽根を掬いあげた。

「 お。 上手いぞ。 ・・・・おっとっと・・・・ ほうら〜〜 」

・・・ コン !

「 あ・・・わわわ・・・・ あ〜〜 ダメだああ・・・ 」

「 ははは・・・ こうやってね、遊ぶのさ。 バドミントンと似てるだろ。 」

「 うん。 このハネ〜〜 固いね。 カチンカツン〜〜って言うね。 」

「 ねえ〜〜 お母さんにもやらせてちょうだい。 」

「 あれ。 お母さん。 いいよ〜はい、ハゴイタ。 」

「 ありがと、すばる。 ・・・ふうん? この板でこの羽根を打つのね。 」

フランソワ−ズはしばらく羽子板の上で羽根を突いていた。

「 すぴか。 お母さんと勝負しない? 」

「 え・・・ いいけどぉ〜 アタシ、これ、やったことないよ?」

「 お母さんもよ。 バドミントンと卓球のまぜこぜみたいね。  さあ〜〜 行くわよ! 」

「 え・・・ ! ちょ、ちょっとまって・・・ あ〜〜 ・・・・っと・・・! 

 

・・・ カツ・・・ン   コン   コツーーーン   カン  カツ〜〜ン  コツン 

 

ギルモア邸の庭にのどかな音が流れ続けた。 

「 ・・・ お父さん ・・・ なんかさ〜 お母さん・・・すご・・・ 」

「 ああ。  ・・・ お母さん、えらく真剣だ。 

父と息子は目をまん丸にして 母と娘の試合を眺めている。

フランソワ−ズは決して強く打っているのではない。 彼女が打つ羽根はゆるやかな放物線を描き

飛んでゆくのだが。  ・・・ その方向は千差万別なのだ。

すぴかは身の軽さでちゃんと母からの羽根を拾うのだが ― 徹底的に走らされている。

 

  ・・・ カツ・・・ン・・・・! 

 

「 ・・・あ! ・・・・ はぁはぁはぁ〜〜〜  アタシ〜〜 もうダメだああ〜〜 」

すぴかが ざ・・・っと地面にシリモチをついた。

「 あら? もうお終い?  ああ、楽しかった♪ 」

「 はぁはぁは〜〜〜 お母さんってば・・・・すご〜〜い〜〜〜 」

「 ふふふ・・・ そろそろ お餅でも焼きましょうか。 」

「 わ〜〜い♪ 僕、あべかわ!  きなこ、う〜〜んと甘くして〜〜 」

「 アタシ! いそべ巻き! ・・・お醤油にお砂糖、混ぜないでね。 」

「 はいはい。 さあ、皆ちゃんとお手々を洗ってね。 」

「「  は〜〜い♪♪ 」」

子供達は母と一緒にわらわら家に上がっていった。

 

「 ・・・ すげ 〜〜〜 なんというか。 さすが・・・  」

「 ああ。 さすが 003 じゃな。  お前の奥方は・・・凄い! 」

「 ・・・ なんか。 また庇ってもらっちゃった・・・みたいだなあ・・・ぼく。 」

ジョ−は 濃いピンクの追羽根を羽子板で突いた。

 

 

  ―  カツ・・・・ン ・・・・・!

 

 

すっきりと晴れた冬空にくるくると羽根が 舞いあがった。

 

 

 

 

「 あれ。 この羽根・・・ まだあったんだ? 」

「 うん? ・・・ ああ、それ。 なんか写真と一緒にしてあった。 

 今年の正月は すぴかが久し振りで帰国するっていうから・・・ 出してみたんだ。 」

「 へえ〜〜  あ! これ。 この写真〜〜 ! 懐かしいなあ・・・ 可愛いじゃん?

 あはは・・・アタシってばこれは<営業用にっこり>だわね。 」

「 姉貴ってさ。 妙〜〜に写真写り、いいのな。 」

「 アンタはさ、いっつも目瞑ったり 動いちゃったりで・・・ これって珍しくちゃんと写ってるね。」

「 ふん! オレはいっつもワリ喰ってたなあ。 」

 

数年ぶりで日本の我が家に帰ってきた姉と大きな家に一人住いの弟はにんまり・・・と笑顔をかわす。

懐かしい岬の我が家に、久々に笑いが、賑やかな雰囲気が満ちた。

両親と双子の姉弟が <お別れ> してから ・・・・ そろそろ10年に近い歳月が経っていた。

 

「 ・・・ お母さんさ。 この写真・・・すご〜〜く好きだったね。 」

「 ああ。 多分 <持っていった> だろ。 コピ−してさ。 」

「 うん・・・ この頃のアンタってまるでお父さんのミニチュア版ね。 あ・・・思い出した! 」

「 なに。 」

「 アタシ・・・ この時。 このお正月にさ。 お父さんにすご〜い暴言、吐いたのよ〜〜 」

「 ・・・・ あ! 思い出した〜〜! そうそう・・・ 」

 

   「「 お父さんって 走るの 遅いよ〜  」」

 

あははは・・・・  双子の姉弟は声を上げて大笑いしあった。

父と母、そして元気だった頃の博士と。 家族の面影がそこここに浮かびあがる。

し・・・んとした家の中に一瞬。 懐かしい雰囲気が溢れ家全体が息を吹き返した・・・気がした。

「 親父ってば マジで真っ白になってたぜ。 」

「 そ〜そ〜・・・ その後でさ、アタシ、お母さんと羽根突きして。 お母さんってば本気になってさ・・・ 」

「 そ〜そ〜! すぴかのこと、こてんぱんにやっつけたんだよな! あれって・・・ 敵討ち? 」

「 かもね。 お母さん、 いつだって無条件でお父さんの味方だったから。 」

「 ・・・だよな〜〜! 親父もさ、いつだってお袋が最優先なんだ。 」

「 ・・・ お父さ〜〜ん お母さ〜〜ん ・・・ あの時は ご〜めんなさ〜〜い !! 」

「 おう、やっと謝ったな。 強情っぱり・すぴか。 」

「 ふふん・・・ 時効寸前ってとこかな。 」

「 なあ。 姉貴、いい加減で嫁にゆけよ。 」

「 ふん。 アンタこそ早くヨメさん、貰いなよ。 」

「「  余計なお世話・・・!   」」

あははは・・・  姉弟は声を揃えて笑いあう。

 

「 ははは・・・さあ〜 掃除、やっちまおうぜ。 」

「 そうね。  おうちにありがとう、って。 」

「 うん。 今年もよろしくって。 」

父母がこの家を去ったあとも、すばるは毎年の大掃除は欠かさない。

今年は すぴかも一緒だ。

 

 

    ―  すぴか〜 すばる?  しっかりね〜〜

 

    ―  二人とも。 頑張れよ・・・!

 

 

たまらなく懐かしい声が冬の風にのって 双子達の耳にはっきりと届いた。

明日の元旦も きっと晴れ!

すぴかとすばるは笑顔を交わし、冬の空を見上げた。

 

 

 

 

****************************      Fin.      ***************************

 

Last updated : 01,13,2009.                                          index

 

 

 

**************     ひと言     ***************

初めにも書きましたが。  <島村さんち>新春スペシャル でございます♪

頂きましたイラストが〜 もうもう可愛くて・可愛くて・・・・ ついつい筆が滑りました。

ぽかぽか家族の、のほほ〜〜んな日々、寒い夜にほっこりして頂けましたら

ものすごく嬉しいです。

蛇足ですが。 コズミ家でジョ−達がやっている れとろ・ゲ−ムは 

ダイヤモンド・ゲ−ムです。  お若い方々はご存知ないでしょうねえ・・・・ 

 

素敵なイラストを頂戴しました celica様・ワカバ屋さま。 

そして二人三脚してくださった めぼうき様 〜〜 ありがとうございました〜〜<(_ _)>

皆さま、ひと言なりとでもご感想を頂戴できましたら無上の喜びでございます<(_ _)>