『  ただいま  』

 

 

 かったん・・・・

フランソワ−ズは 部屋の窓をいっぱいに開け放った。 ふんわりとカ−テンを揺らし朝いちばんの風が流れ込む。

 

おはよう! わたしのパリ!

わたし、帰ってきたのよ。

 

胸いっぱいに吸い込んだ空気は きのうまで居たところのものより格段にひいやりとしていたけれど。

でも!  それは故郷の味、慣れ親しんだにおい。

 

見上げる空はどことなく くぐもったブル−・グレ−でまだ春の気配は薄いんだけど。

でも! それはふるさとの色、 なじんだ季節。

 

空の色も 小鳥のさえずりも 流れる風も。

漂ってくるカフェ・オ・レのかおり  街のざわめき  交わす人々の声

 

みんな みんな なんて懐かしいの!

ここは わたしの生まれたところ わたしの過ごしたところ わたしの愛した街

 

Bonjour  Paris,  わたし かえってきたの!

 

ねえ 聞いて。 わたし 恋しているの

栗色の髪  明るい茶色の瞳  素適な人に出会ったの

時をへだて  はるかな地で  運命のひとに巡りあったのよ!

 

パリの片隅、公園墓地近くの小さなホテルで目覚めれば

ただよう街の空気はあのころと似ているわ。 思い切って行ってみようかな、あのお稽古場。

街を歩けば聞こえて来るの、 しめった音色の やさしい調子(ト−ン)の さざめく速さの みんなの声音

そうよ、これが わたしの街のおしゃべりなの。

 

石畳の路の両側の樹  こじんまりしたお家の窓辺の植木鉢  道路に並べた花屋さん

わたし みいんな知ってるわ、 あの芽吹き出した樹も あの紅いつぼみも 小さくても香り高い花々も

みいんな みんな ちゃんと名前も 色彩(いろ)も 香りも 知ってるのよ!

 

メトロの駅前、八百屋さんでエヴィ〇ンと林檎を買って。 手の平サイズの青いりんご。

カシッっと一口! ああ、この味! ちょっと酸っぱくて歯ごたえがあって。

そうよ、これが わたしの街のりんごなの。

 

メトロの音  石畳に響く靴音  派手目な車のクラクション

みんな 歌っているみたい  みんな 笑っているみたい

ねえ 聞いて。 わたし 恋しているの

みんなに 聞いてほしくって  みんなに 報告したくって  わたし 帰ってきたの!

 

おっきなバッグでごめんなさい  メトロの階段かるくのぼって  

ああ  この街も 流れる空気はちっとも変わってなんかいないわね

夜のお城、ム−ラン・〇−ジュはまだ<夢の中>、

裏口でワインの空ボトルと格闘しているギャルソン君、 Bonjour! あ、おやすみなさい、かしら?

ひっそりした朝の繁華街の横道をすり抜けて どきどきどき。 まだ あるかしら、あのお稽古場。

お髭がトレ−ド・マ−クだった ムッシュウ・F・・・ どんなおじいちゃんになっている・・・?

 

きぃ・・・と錆びた低い鉄格子 え、もしかして あのままなの・・・?

雑草が顔をだしてるがたがたの石段、 あら ここも。 ぼうぼうの枯れ草までそのままなの?

指の掛かりにくい引き戸の入り口、よいしょっと開ければ。

   ・・・・ ああ ・・・・  あった  ・・・・・

染みだらけの壁 角が丸くなった木の階段 相変わらず薄暗い廊下の照明 かすかに流れるピアノの音

わたし・・・・ かえってきたの・・・・かえってきて・・・よかった、のね・・・・?

 

 

 

 かさっ・・・・

ジョ−が寝ぼけ眼で腕を伸ばした隣は・・・・もぬけの空、だった。 ひんやりしたシ−ツの感触が目覚めを呼んだ。

 

あれ・・・ああ・・・先に起きたんだ、フラン・・。

いま・・・何時・・? あ? こんな時間かあ、・・・ふぁ〜 おきなくちゃ・・・

 

心地好い気だるさに ジョ−は寝返りを打ちシ−ツに包まり再び瞼が落ちてくる。

・・・だってさ。 ふたりっきりは昨夜が最後だったんだもの。 (ま、イワンはいるけど)

今日の昼にはアルベルトがメンテに来るし 今晩には博士がアメリカから帰国するじゃないか・・・・

・・・だからさ。  ゆうべのきみは 本当に素適だったよ、フラン。 ふぁ〜・・・お早うのキスも欲しかったのに・・・

ま、いっか.・・・ まだ もう少し、ふたりっきりを楽しめるんだもんな・・・

 

顔を洗って 寝癖の髪をなだめながら居間に降りてきたジョ−は やっと家中の静けさに気がついた。

( あれ・・・? キッチンからも 何の音も、匂いもしないなあ? )

きちんと整頓されているだけに 妙に広く感じる居間にも静けさが満ちている。

( 買い物かなあ?  ・・・あ? なんだ? )

ぼんやりソファに座り込み、 ジョ−はやっと低いテ−ブルに置かれたメモに目を留め、手を伸ばした。

 

そして。 たちまちはっきりと、覚醒した!

 

  朝ごはんは冷蔵庫。 イワンのこと、お願いね。

  アルベルトの部屋は準備してありますから。 リネン類もいつもの所。

  捜さないでね。

  パリに帰ります。     Francoise

 

がったん!

ソファを鳴らして立ち上がり、メモをポケットに捻じ込んでジョ−は再び二階に駆け上がって行った。

加速装置こそ作動させてはいないが あまりの勢いに煽りを喰ってメモがもう一枚、ひらりと落ちたのに

もちろんジョ−が気付くはずなどなかった。

その一枚はジョ−の慌てぶりをからかうかのように ふわりっと再びテ−ブルに着地した。

 

(  なんでなんだ、 捜さないで、だって?! 冗談じゃあないよっ! )

部屋へ飛び込み 手当たり次第そこいらのモノをバッグに放り込み、ジョ−はがたぴしと幾つかの

引き出しを開け閉めする。

( 今から追いかければ・・・ 夕刻のパリ行きに間に合うかも・・ あっ! イワン・・・! 

 う・・・・ そうだ、アルベルトに頼めばいいんだ。 空港で 上手く逢えれば・・ )

 

 

 ( あ・・・? なんだ・・・ ジョ−か・・・? )

振動が緩やかになり <シ−トベルト着用> の表示が消えた座席でアルベルトは思わず眉を顰めた。

大音声の脳波通信が飛び込んできたのだ。

− アルベルト! はやく、はやくっ! ゲ−ト出口で待ってるから! 出来る限りはやく出てきて!

お前、ヴォリュ−ム調節が壊れたんじゃないか、と舌打ちしつつ、あの暢気坊主の珍しい慌てぶりが

可笑しいやら、気になるやら。 ともかくも アルベルトは早足で入国カウンタ−へと向った。

 

「 ・・・・ちょっと落ち着けって。 いったい何をやったんだ、またくだらん痴話喧嘩のはて、か? 」

「 だから! なにも。 なにもって 昨夜はいつもの通りで・・・目がさめたら、いないんだよ! ほら 」

ジョ−は くだんのメモをひらひらさせて 捲くし立てた。

「 いつもの通り、ねえ・・・。  あん・・・? 」

「 とにかく! 次の便で僕、追っかけるから。 イワンを頼むよ、ね、ね! 」

無茶苦茶に手当たり次第に着込まされ、膨大な衣類の包みと化した赤ん坊をジョ−は強引に

アルベルトの腕に押し込んだ。

「 じゃ、ね! あ、僕の車、使って。 あ、博士は今晩帰国だからね! 」

「 おい・・・あ〜あ・・・ 」

車のキイを放って 後も見ずに駆け出した姿を アルベルトは苦笑まじりの溜め息で見送った。

 

−タマニハ アセラセナクッチャネ、 じょ−ニハイイクスリカモシレナイヨ。

「 なんだ、イワン、お前 起きてたのか? 」

−ウン、 トックニネ。 サア、コレデスコシハ アノフタリノアイダガ進展スルトイインダケドナ。

 アノめもハ、ニマイアッタンダケドネ、ホラ。

ふわり、と宙に現れた紙切れが アルベルトの鼻先で停止する。

 

  P.S. 滞在先は  Hotel L・・・・

     4−5日で戻ります。

 

「 うん・・・・・? ふふん・・・こいつ、確信犯め・・・ 」

−オタガイサマ、ダロ? あるべると、キミダッテふらんそわ−ずノシンイハ、スグワカッタハズダヨ。

 トニカク、チョットヌガセテクレナイカナ、チッソクシソウダヨ。

「 はいよ。 ・・・なんだ、こりゃ・・・ジョ−のやつ、お前を<荷造り>したんじゃないのか・・・ 」

ロビ−のソファで、アルベルトは思いのほか慣れた手つきでイワンを<荷解き>し始めた。

 

 ☆☆☆ 周囲の密やかなる会話 ☆☆☆ 

 

 「 あ、ほら・・・パパが帰ってきたみたいよ?あの赤ちゃんの。 」

 「 うん? あら、そうねえ・・・でもさ、じゃあ さっきの茶髪・ボ−イはなんなの? ヤンパパじゃなのかしら・・」

 「 歳の離れた兄貴、う〜ん、ちがうわねえ・・・ あ、叔父さん、あのヒトの奥さんの弟とか? 」

 「 あ、 それもらった!  うふふふ・・・所帯じみても雰囲気あるわねえ♪♪♪ 」

 

 所在無さげな待ち人たちの そんなウワサ話など知る由もなく。

小振りのス−ツケ−ス片手に、おそろいの銀髪の赤ん坊をひょいと抱いてアルベルトは悠々とパ−キングへ向った。

 

 

 

「 ・・・・・ふう・・・・ 」

何十回目かの溜め息を ジョ−はいささか派手目に漏らした。

なっ・・・んにも考えずに取り合えずココまで辿り着いてはみたものの。 捜すアテなどあるはずもなく。

やみくもにいわゆる観光名所などを歩いてみたが 考えてみれば土地っ子の彼女が今更そんな所にいる訳はない。

 

「 知ってるっていうか。 以前(まえ)に来たトコっていえば此処なんだよなあ・・・。 」

さすがに歩き疲れたジョ−はボンヤリとその半ば倒壊しかけたテラスに腰を下ろした。

−あの時。 夜空を舞う旧式の飛行機に誘われてたどり着いた場所。 憑かれた様に彼女が舞っていたテラス。

真冬の幻影に彩られていた建物は いま、午後の陽射しのもとに無残な廃墟としてその姿を曝している。

 

あれは。 やっぱり聖夜が見せた幻、一夜の夢だったんだな・・・ジョ−は崩れそうな足元にぼんやりと視線をなげる。

でも、それでいいんだ・・・あんな・・・哀しい瞳は二度と見たくない・・・

彼の脳裏には自分に銃を構えたフランソワ−ズの 全てを諦め絶望に満ちた眼差しが甦っていた。

 

なんで・・・突然、帰っちゃったんだ・・・? 僕、なにかまずいコトでも言ったっけか・・・?

だって。 彼女だって・・・マンゾクしてた、よな? あ・・・そういえば なんか言ってた、ような・・・報告したいの、とか・・

・・・あ・・・? 報告ってなにをって訊こうと思ってたんだっけ・・・すっかり忘れてたけど。

 

カラン・・・。 取りとめも無い思いにう耽っていたジョ−は背後の乾いた音に思わずぱっと飛び退いた。

 

「 ・・・ジョ−・・・?! 」

「 あっ・・・!!  ふ、フランソワ−ズ・・・・! 」

「 ジョ−、あなた、なんでココにいるの? どうしたの、なにか・・・あったの? 」

「 う・・・・あ・・・・あの・・・いや、な、なにも・・・ない、よ・・・ 」

大きな瞳をさらにいっぱいに見開いて。  あまりの緊張に蒼ざめてまでいるフランソワ−ズに、これもびっくりの

極致のジョ−は しどろもどろに応える。

「 だ、大丈夫、そんなきみが心配するようなコトはないよ。 ただ・・・・ 」

「 ただ・・・? 」

真っ赤になって言い淀んだ彼に かえって気を廻したフランスワ−ズは駆け寄ってきた。

「 ほんとう? 隠し事はイヤよ。 だって、すぐ帰るって言ったのにジョ−、あなた、わざわざ・・・・ 」

− すぐ帰る・・・? だって、捜さないでねって。 ・・・・あっ! もしか、して。 <リネン類は・・捜さないでね>

 だったんだ!  うわ・・・・・ 僕って・・・

「 ジョ−? ジョ−ったら、ねえ、聞こえてる? ねえ? 」

殊更前髪で顔を隠し、突っ立っている彼の腕を取り フランソワ−ズは少し乱暴にゆすった。

「 あ・・・うん、ごめん。 あ、あの。  」

一度、ぐっと唇をかみしめ。 そうっと、でも出来る限り深々と息を吸い込んで。 (え〜い! この際だっ)

「 ・・・う・・・ きみを むかえに来ただけだよ。 」

「 え・・・・ そ、そうなの・・・・・? 」

今度は彼女が頬を上気させ、そんな様子がたまらなくて思わずそのまま抱きしめた。

「 ・・・ おかえり。 フランソワ−ズ 」

 

 

 寄り添って戻った小さなホテルでは フロントで太ったムッシュウが片目を瞑って囁いた

「 お嬢ちゃん、アナタのアミ (votre ami ) は素適だね  」

バラ色の頬のやっぱり太ったマダムは 黙って毛布をもう一枚足してくれる、これもにっこり微笑んで。

−まだまだ 夜は冷えるよ。 いくら恋人たちでもネ。

 

 

「 ・・・・・ねえ。 聞いてもいいかな 」

「 ・・・・・なあに・・・・・? 」

自分の腕の中でまどろみかけていた彼女に その髪を指で玩びながらジョ−はひそっと尋ねた。

「 どうして あそこへ、あの教会跡へ来たの? 」

気だるげに細められていた瞳が ぱあっと晴れ上がった空のように開かれる。

「 あそこは。あの夜あなたが迎えに来てくれた場所だから。帰るところを無くしたわたしを迎えにきてくれた場所だから。

 だから。 報告したくって。 」

「 なにを・・・? 」

「 ・・・・ないしょ! これは わたしとこの街とだけのヒミツなの。 ジョ−こそどうしてあそこに? 」

「 僕がこの街で思い出があるところってあの教会跡だけだから。 きみとつながる場所しかないもの。 」

「 そう・・・・ また迎えに来てくれて嬉しいわ。 この街に報告に来てよかった・・・! 」

「 ?・・・ だから報告ってなにを? この前もきみ・・・ ねえ、教えて? ・・・あっ・・・ 」

いつになく情熱的に腕を絡ませてきた彼女は その柔らかい唇をこれまた目を見張っている青年に押し当てた。

 

− ここは わたしの街で あなたは見知らぬ異邦人

 さあ、 茶色の瞳の 旅人さん あなたを癒してさしあげるわ

 

細くて 白くて 繊細な 指が 僕自身を 翻弄するよ

ねえ・・・フラン・・・今夜はいったい どうしたの・・・ ふるさとの街が きみに 魅惑のワルツを踊らせているのかな

鋭敏で しなやかで 温かい 身体が 僕自身を 包みこむよ

ねえ・・・フラン・・・朝なんか 来なければいいね・・・ 見知らぬ街が 僕を 誘惑のマズルカに引き込むんだね

 

− エトランゼ、それは ほんとうは わたし、わたし自身。

 帰るところを失くし 帰りたいところを捜し

 うろうろと 彷徨っていた ディアスフォラ(故郷喪失者)は わたし

 

 そんな わたしが もう一度この街を訪れる気持ちになったのは

 ジョ−、 あなたが いてくれるから

 ジョ−、 あなたが 待っていてくれるから

 わたしには 帰るところが 迎えてくれるひとが できたから

 

 旅人は 荷を解き その地に留まり 根をはり  その地のヒトになるの

 

 

ねえ、<ただいま>ってステキな言葉ね。 あなたの国にしかない、温かなことば。

それに。 <お帰り>って応えてくれるヒトがいるから。 

わたしの 帰るところは ここなの。 そう、あなたの腕の中 あなたの胸の中。

 

 − ただいま  ジョ−

 

 − おかえり フランソワ−ズ

 

 

   ****  FIN. ****

 

 後書き by  ばちるど

平ゼロベ−スっぽいんですが・・・まあ、その。たまには甘・甘ハナシもいいかな〜と。

ばちるどは東京っ子なので<故郷に帰る>という気分がイマイチわからないのですが、きっと特別な想いなんだろうな〜

と妄想してみました。 盆・暮れに<帰る故郷>がある方が羨ましいです。

Hotel L.・・と稽古場、ムッシュウ・F、実在です♪ Hotel L・・のおじちゃん、おばちゃん、その節はお世話になりました(って読むワケないけど)ムッシュウ・Fは先日他界なされました。合掌。

 

Last update: 4,25,2003    index