『 プルミエル・ミュゲ 』

 

 

 「  ・・・ああ、まだ帰ってないのか・・・ 」

リビングを覗き込んだアルベルトはちょっと当て外れ気味につぶやいた。

定期メンテナンスの為来日した直後にジョ−が超・短期?パリ旅行( 拙作『 ただいま 』より )から戻って以来、

このところ<日本居住組>は繁々と車で遠出する。 

ちょっと行って来るわね、と軽装で出かけるわりには二人とも、ジョ−もフランソワ−ズも 疲れきったカンジで

帰ってくるのだ。 おまけに使った車もご本人達もこのごろ泥だらけ。 

彼女の趣味であるガ−デニング関係、と察しはついているのだが。

それでも、ズボンの汚れも全く気にしていないジョ−の、白い頬をちょっぴり赤く日焼けさせたフランソワ−ズの、

楽しそうな様子に、おいてけぼりを喰らうアルベルトとしては内心あんまりオモシロイ、とはいえない気分もないとは

いえない。

 

「 仲良くて結構なコトだ。  ・・・俺には庭いじりの趣味はないし。  」

傍で見ている方がもどかしくなるほどの二人の仲が やっとどうにか進展し始めたのはおおいにめでたいコトではある。

 が、たまにこの邸を訪れた時くらいは やはりこころ許した仲間たちとの交流を楽しみたい気分もあるのだ。

もちろん、彼はそのようなコトはオクビにもださず、相変わらず淡々と<自分>の時間を過ごしていたけれど。

 

 読書に倦んでなんとはなしに庭に出てみれば、そこには訪れる度に新しい仲間たちの顔が見出せる。

まだ頼りない枝ぶりの花樹であったり、 はちきれそうな蕾を葉陰に隠した一年草の群れであったり。

料理にも使うのであろう香り高い草々、そして彼でも知っている御馴染みの野菜たち。

ここに移り住んだ当初は単なる空き地に過ぎなかったそこは 既にひとかどの<庭>の様相を見せ始めている。

「 ・・・ああ。 フランソワ−ズはずいぶんと丹精してるんだな・・・ 海沿いのこの地によくまあ、ここまで・・・

 ふふん・・・その度にアイツは付きあわされ喜々としてズボンを汚している、ってえワケか・・・ 」

そんな余裕が生まれてきたことに二人のため、ひいては自分達みんなのために アルベルトは心底よかった、と

思うのだ。

 

− フ〜ン、キミニモニワイジリノシュミガアッタンダネ?

「 お・・・? なんだ、突然こんな所に現れて・・・。 趣味って程のものじゃない、見てるだけ、だ。 」

いきなりふよふよと出現したク−ファンにアルベルトは相変わらずのシニカルな微笑を送った。

− ソウカナ・・ソノワリニハ、ネッシンニミテイタンジャナイカナ〜 

「 ったく、覗き見なんて赤ん坊のするコトじゃないぞ、お前。 まあ、いろいろな草花が増えてゆくのは楽しいさ。 

 それだけ当家のお二人サンも仲良くやってるってコトだしな。 」

− アハ。 タシカニネ。 キセツゴトニイロイロナハナガサクヨウニシタイラシイヨ、ふらんそわ−ずノケイカクデハネ。

「 ほう・・・ 季節ごと、ねえ。 ここはむこうより随分季節の巡りが早いから彼女も楽しいだろうよ。 」

− あるべると、キミ、ナニカサガシテタンジャナイノ? ソンナカンジダッタヨ。

ふふん・・・と片眉を上げ、アルベルトはク−ファンに手を伸ばしその主の髪をちょ・・・っとつまんだ。

「 こら・・・。 勝手に見るんじゃないって。 ・・・・ああ、園芸クラブのお帰りのようだぞ? 」

 

「 ただいまあ〜 なあんだ、二人とも庭にいたのお? あ、じゃあちょうどいいわ、手伝ってよ 」

がさがさとビニ−ル袋を提げたフランソワ−ズが テラスから顔をのぞかせた。

− ボクハシツレイスルヨ。 赤ん坊ニニワイジリハムリダカラネ。

「 おい、ずるいぞイワン。 ・・・・ふん、まあたまには付き合ってやるか・・・。 」

アルベルトはふたたびク−ファンが消えた宙にむかって 溜め息まじりにつぶやいた。

 

「 ねえ、見て見て・・・・あら?イワンは? いまさっき一緒にいたでしょう? 」

「 赤ん坊に庭いじりは無理だそうだぜ。 」

「 そうなの? ま、仕方ないわネ・・・。 ねえ、ほら、見て頂戴。やっと見つけたのよ、ほら! 」

「 ・・・あん・・? 」

頬を紅潮させたフランソワ−ズが泥で汚れたビニ−ル袋をアルベルトの前に拡げてみせた。

「 ・・・? なんだ? 花はまだのようだが。 ・・・ああ・・・もしかして・・・  」

「 そうなのよ! 方々園芸店とか周って、なかなか見つからなくて・・・ いつかお花見に行った山の方まで

 行ってみたのよ、そうしたら、ね。 日陰に自生してたから、少しだけお裾分けしてもらっちゃったの。 」

そうっと彼女が取り出した数株の小さなみどり。 その独特の葉の形は花がなくとも見分けのつくものだった。

「 ・・・ Maiglockchen ・・・・ muguet 、か・・・。 」

すこし泥のついた顔を確かめるように覗き込むアルベルトに、フランソワ−ズは晴れやかな微笑をかえした。

鈴蘭っていうのよ、ここでは。 やはり泥がこびり付いた細い指先で彼女はそっとその葉にふれた。

「 ここにも植えたくて。 ね、あの梔子の根元ならいい日陰だし、海風もさえぎられるし。

 それにね、ほら、これって株がどんどん増えてゆくから。 いまにここにもずうっと拡がるわ・・・きっと。 

 季節の素適な使者になってくれるわね。 」

「 ・・・・いつになるやら・・・ 見られるとは限らんぞ。 」

相変わらずの応えにフランソワ−ズはすいっと視線をもどし もう一度小さく笑った。

「 いいんじゃない・・・ 誰もいなくなってもここで咲いていてくれると思うと・・・淋しくないでしょう・・・? 」

「 ・・・・ そう、かもしれんな ・・・ 」

「 そう、よ。    あ、ジョ−、ありがとう! ねえ、ここはアルベルトに手伝ってもらうから。ジョ−、悪いんだけど イワンにミルクをあげてくれない? すっかり遅くなっちゃったから。 」

バケツいっぱいの水を運んできたジョ−のズボンは案の定泥まみれ、しかし彼はいつもながらの笑顔満載である。

「 うん、いいよ。 これで水は足りるよね。 じゃあ・・・僕、ついでだからお茶の支度、はじめとくよ? 」

「 わ、お願い! オ−ブンにね、パイが入れてあるの。 ちょっと温めておいて・・・? 」

「 わ〜い、僕、もうオナカぺこぺこだよお・・・ 」

お−お−・・・・。 こき使われても嬉しそうだな・・・お前は。 ま、それだけシアワセってコトなんだな。

足取りも軽く戻って行くジョ−の背中を アルベルトは彼なりに温かい視線で見送った。 

  

「 さあ、手早くやりましょ。 ね、そこをずうっと掘り起こしてほしいのよ。 そんなに深くなくてもいいの。」

「 はいよ・・・ 姫君の仰せのままに・・・ 」

姫君ご指定の場所にシャベルを振るいながら ふと目を上げれば梔子の緑はずいぶんとその濃さを増している。

ああ・・・そうだな、もうすぐ五月か。 その月の終わりにはこの樹も香りたかい花を開かせるのだろう・・・

「 ほんとうによかった・・・もう、見つからないかな、今年は間に合わないかな、って半分諦めていたの。 」

フランソワ−ズは掘り起こした後に小分けした株を植えてゆく。 ひとつひとつ 丁寧にいとおしむように。

「 間に合わないって、なんだ? ミュゲは移植の時期とかが難しいのか? 」

「 あら、いいえ? ・・・ふふふ・・・忘れちゃった? アルベルトの国でもあるでしょう? そう、聞いたわ 」

「 ? なにかロマンチックなコトにはとんと縁がないからな。 」

「 そうかしら〜?  プルミエル・ミュゲ、知ってるでしょう? 」

蒼い瞳を尚一層かがやかせちょっとからかう様に、フランソワ−ズはアルベルトの顔を見上げた。

「 ・・・・・ プルミエル・・・・ ああ・・・・。 」

 

 プルミエル・ミュゲ

 五月の初めの日に 愛する人に捧げる 鈴蘭の花束

 

「 ふふん・・・そんな習慣とは久しく無縁なんでね。 すっかり忘れていたよ。」

「 わたしもね、パリに帰った時花屋さんで見かけて。 思い出したの。 あの頃、パパやママンや・・・お兄ちゃんに

 とっておきの一束を贈ったわ・・・ 」

遠い日を追う口調は淡々とし、でも、じっと手元の緑を見詰めるその瞳は優しい温かい想いに満ちていて。

「・・・お前、変わったなあ・・・ いや。変わった、というより別人のようだ・・・

 以前の硬い表情をし生気のない眼をした、人形のような人物とはとても思えんね。 アイツ、の存在の賜物か?」

地に突き立てたシャベルの柄に腕を乗せ アルベルトはしゃがみこんだままの少女にさりげなく問いかける。

 

「 わたし、ね。 

 この地に留まることを<選んだ>の。 彼を、ジョ−をわたしのこころに住まわせることを<選んだ>の。

 わたしが。 わたし自身が。 」

 − もう、 見知らぬ誰かに翻弄されるのはイヤ。 もうおしまい、よ。

新しい土地に迎えられたみどりに彼女は細心の心配りで水を注ぐ。 

生命の糧となるように、 この地への歓迎のこころを込めて。 こんにちは、ようこそ、わたし達の庭へ!

「 過ぎたコトを受け入れはするけれど。 それを運命だったって泣いて諦めるのは、嫌。

 これからの、将来(さき)のことも、ただただ運命だ、と諦めて生きるなんてそんなこと絶対、イヤ。

 選ぶのは わたし。 決めるのも わたし、なのよ。 」

葉の上を水滴が煌きながら転がってゆく。 大地に滲み込む水を得て、新しいみどりはぐんっと背伸びしたようだ。

「 どんなところへ続く道かわからないけど。 どうなるかそれは誰にもわからないコトだけど。 でも。

 わたし自身が選ぶんだもの、後悔はないわ。 

 このミュゲたちも。 ここで根を張りたいって思ってくれたらいいなって思うの。 」

 

 

優しげに、でもきっぱりと話すその横顔は似てなどいないはずなのになぜか、かの女性(ひと)を思い起こさせる。

そうだ・・・。 彼女も、同じことを言った・・・・ 同じように淡々と、優しげに、でもきっぱりと。

あの 表情を、あの 瞳を、 俺は生涯忘れないだろう。

 

「 こんなオトコに付いて来て・・・後悔しないか。 お前の人生をめちゃめちゃにしてしまうかもしれないのに。 」

あの国での最後の夜、俺は腕の中の柔らかい身体にささやいた。

「 どうして? わたしが選んだのよ。 後悔なんかしないわ。 ・・・喜んで受け入れるわ。 たとえどんなことに

 なろうとも。 何もせずにいたら、そのことこそを後悔するでしょうね。 」

 

あのころ、何にもなかったあのころ。

照れ臭さに辟易しながらも ぶっきらぼうに差し出した五月の初めの鈴蘭を彼女は とてもとても 喜んだ。

質素な一束を 宝石でも眺めるように そうっとそうっと愛しんで とっておきのグラスを探し出して。

 

窓辺のコップのなかで その花は 愛し合う二人を優しく見守っていた。

 

 

「 さあ。 これでいいわね。ありがとう、アルベルト。助かったわ。これで、ちゃんと根付いてくれるといいんだけど 」

「 大丈夫だろう? これはもともと荒地に生息してるってコトだし。 コツプに差しておいても長持ちするしな。 」

「 あら・・・経験談、かしら? ロマンチックなコトには縁が薄いんじゃなかったのお? 」

「 ・・・おい、 からかうなって・・・ 」

「 わ〜 こわ〜いな〜  さ、戻りましょ、お茶の時間よ。 そろそろパイが温まるころね♪ 」

フランソワ−ズはぱっと立ち上がり そのまま身を翻し邸へと駆けて行く。

「 ・・・・ったく・・・ かなわんな・・・ 」

− ああ、 彼女にはほんとうに翼があるのかもしれない、と跳びはねるように軽いその足取りを見送りつつ、

アルベルトは苦笑した。

ふふん・・・誰も天使にはかなわんのさ・・・俺も、ジョ−、お前も、な。

ズボンの裾をはたき シャベルをひょいと持ち上げ、アルベルトはもう一度新しい仲間たちに目をやった。

− いつか、この地にあの小さな白い花々が群れ拡がるのを、みんなで見たいものだな・・・

稚いみどりの葉が そんな彼のつぶやきに応えるかのようにちいさく揺れた。

 

 

巡り来た、爽やかな季節。

その輝く皐月の一番初めのあさ。 フランソワ−ズはおはようのキスとともにジョ−に 一束のすずらんを贈る。

 

愛するひとに

愛する人が こうして 傍にいてくれることに 感謝をこめて。

 

その懐かしい月の一番初めのあさ。 アルベルトは想いをこめてかのひとに 一束のすずらんを捧げる。

 

愛するひとに

いまも いつも これからも。 巡り合い愛し合えたことに 感謝をこめて。

 

 

 ****  FIN.  ****

 

 後書き by ばちるど

本当は【母の日】的な習慣のようです、プルミエル・ミュゲって。恋人へって言うよりおかあさんへとか身内での

やり取りらしいです。でも、素適な習慣ですよね、勝手に流用しました、お見逃しください。m(_ _)m

ジョ−君、ごめんね出番がなくて・・・

 

 Last update: 4.29.2003     index