『  望郷  − ある晴れた日に − 』

 

  

 

  

  − ・・・・・ ああ。 ここは、 いい。

 

少し急な石段を登りきったところでアルベルトは ひとつ大きく息をついた。

もちろん それしきの事で息切れなどしたわけではない。

それは 思いがけず現れた風景への おおきな吐息だったのかもしれない。

 

 

秋の訪れとともに 静けさもやってくるはずのこの屋敷なのであるが。

なぜか 今年はここに限って季節の移ろいが遅いらしい。

とっくに冬の領域にはいったというのに それぞれの予定が妙にかち合ってしまい

現在のギルモア邸は満員御礼である。

 

自分もこの地の常住組ではないのだから どうこういえる筋合いではない。

で、あるのだが。

 

 

「 アルベルト。 ここの裏からすこし登るとちょっとした見晴らし台があるの。

 景色もいいし、とても静かよ? 」

本を数冊小脇にかかえ 居間を通りぬけた時にフランソワ−ズが何気無く声をかけた。

 

 − わかっていたのか・・・

 

「 ああ、あそこはいいよね、海が見渡せるし。 ほとんど人も来ないから・・・ 」

「 そうよね、ジョ−。 誰にもじゃまされないわ。 」

「 別に人が来てもかまわんがな、俺は。 」

 − お前たちじゃあるまいし。 

顔を見合わせて赤くなっている二人に アルベルトは口の端を少し捻じ曲げてみせた。

 

「 では、ご推薦の地に向うとするか・・・ 」

 

 

 

抱えてきた本を開くこともなく、アルベルトはその草地に腰を下ろしていた。

目路はるか拡がる海原に かすむ水平線に その視線をなげている。

 

 − 拡がる風景は、いい。 すべてから解き放たれるようで・・  引き寄せられる。

 

こんな風に 風景を 海を ながめるのはもしかしたら初めてではないだろうか。

この地方の冬特有のすっきりと晴れ上がった空が 海原の煌きと睦言を交わす。

あまりにあっけらかんと明るい空間のゆえか かえってアルベルトの想いはその影へ影へと巡ってゆく。

 

 

人生にも<天気>があるとしたら、 つくづく自分の人生には雨が似合っていると思う。

自分の生まれ育った あの灰色の街には いつも同じ調子・同じ色の雨が降った。

そこに暮らす人たちのように ひっそりと音を潜めて雨は地に消えていったものだ。

 

誰もが閉塞感に押しつぶされそうになっていた 灰色の街。

でも。

そんな中にも 希望の埋み火は、愛の灯火は ちゃんとあった。

 

 − そうだ。 ほんとにいつも雨だったな・・・。 お前と会う日は、いつもいつも。

 

降り込められた 狭いアパ−トの一室で

一枚の毛布に包まって 互いのぬくもりにほっとして。

ほかに何もなくとも、それだけで十分満ち足りた想いを味わっていた。

とかく無口になりがちな俺に お前はひとり言のようにそめそめと語りかける。

 

「 そう? そんなに嫌いじゃないわ、雨って。

 やさしい音じゃない? こうやって・・・ほら。 あなたの胸から同じルズムが聴こえてるわ 」

 

「 そりゃ、晴れてる日のほうが好きよ。 

 でも。 あなたと居られる日は みんな晴れなの、わたしには。 」

 

「 大丈夫。 雨は・・・・いつかは止んで。 その次は、 晴れ、に決まってるのよ。 」

 

「 あなたが いれば いい・・・ 」

 

 

                      あなたが ・ いれば ・ いい

 

 

それは 今も変わらずに俺のこころに響くリフレイン・・・・

降り続く 灰色の雨の音とかさなる 懐かしい・優しい 響き。

 

あの街での雨の日には すべてお前の思い出がかさなっている。

雨は。

いつも 同じ様に降っていた・・・そう、あの日 も。

 

 

だから まったくの偶然としか言いようの無いめぐり合わせの末、この極東の島国に来て、

本当におどろいた。

季節によって 降る雨さえ、表情がちがう。

くるくると気まぐれに、 しかし その街に相応しい色と音色を持って雨がふる。

こんなにいろいろな雨の降り方があるなんて この地に来て初めて知った。

 

 − 本来なら お前にはこんな空が似合っていたんだな・・・

 

明日はきっと晴れるといつも快活に話していたお前。

どんなに その日を待ち焦がれてたいことだろう・・・

すっきりと 晴れ上がったかの地で 手を携えて 歩むその日を。

 

気がつけば、ここはあまりにも明るい晴れ上がった異国の地で。

だが その透明さに なおさら その影の濃さを感じてしまう。

自分には 不似合いな明るさに今更ながら とまどいと多少の居心地の悪ささえ覚える。

 

 − おまえが いれば いい ・・・・・

 

自然に口をついて出たつぶやきに 自分自身が一番驚いた。

そして。

もういちど 拡がる風景に視線を戻した時

アルベルトは ふ・・・とあのひそやかな吐息を その首筋に感じた。

 

   あなたが  いれば   いい

 

   おまえが  いれが   いい

 

 

最後に見詰めあったのは 雨の中

離してしまった手は 雨よりも冷たくなていた。

別れたのは  雨の夜。

 

きっと 俺は。

血と泥にまみれて

再び 雨の中で このマガイモノの生を終わるだろう。

 

だから

 

お前が 今度逢いに来る時は

俺を むかえにやって来る その時は

雲ひとつない 青空の朝。

 

また 手を取り合って微笑んで

そうして ともに歩んでゆこう、 俺たちが夢見たあの国で

 

ある晴れた日に

 

お前 と 俺は再びめぐり逢う

俺たちは 俺たちの帰るべき所、あの壁の向こうに ふるさとに ゆきつく。

 

ある はれたひ に ・・・・

 

現在を 憂い落ち込むほどの甘チャンな感傷は持ち合わせない・・・

だが。

アルベルトは きらきらと瞬く海原に ちらちらと光る大気に

いつまでも じっと 視線を投げかけていた。 

 

 

 

♪♪♪ Fin. ♪♪♪           top               afterword

Last updated:12,29,2003.