『 夏祭りの夜 』
「 ― 旅は ― 素敵だった? 」
わたしは精一杯穏やかに、尋ねたのに。
「 ・・・ うん ・・・ 」
それだけ言って、なんだか草のシミだらけの上着をぽん、と渡してよこしたのよ。
いつだって口の重いヒトだから、すぐにはぺらぺら話してくれるなんて思ってないわ。
でも、でもね。
何があったのか、どこまでいったのか。
そのくらいは少しだけでも話してくれてもいいじゃない?
・・・ ふう ・・・
さっきまでの荒い息遣いはどこへやら、フランソワ−ズは自分のすぐ脇に穏やかな寝息をたてている
ジョ−の顔をつくづくと眺めた。
つよく浮き出て脈うっていた血管も消え、青い柑橘類みたいな <ジョ−の香り> も
薄れてしまっている。
長い睫毛はぴたりと頬に舞い降り、ジョ−はすべてを投げ出して寝入ってしまった。
ひどい、ひと。 勝手なひとね、ジョ−。
わたしをこんなに萌え上がらせて 夢中にさせて。
一緒に昂みに上り詰め ・・・ それで 置き去りにされてしまったわ。
わたし ・・・ まだ眠れない
わたし ・・・ まだ鎮まらない。
わたしの中でわたしの海はまだ満潮のまま。 時折名残の白波がたっているのよ。
潮位は まだ下がらないの。 ・・・ ああ ・・・ 磯の匂いがハナにつくわ。
寄せる波で 返す波で あなたを絡め取ってしまいたい・・・
「 ジョ−ったら。 ねえ、旅は素敵だったの? 」
フランソワ−ズは 眠りの底に落ち微動だにしないジョ−に話かけていた。
[ ちょっと出かけて来ます。 2〜3日で帰ります。 ジョ− ]
そんなメモを残し、ジョ−はふらり・・・と居なくなり、またふらり、と戻ってきた。
まだまだ梅雨の真っ最中、連日湿っぽい空模様のころだった。
ジョ−が何気ない様子で戻ってきた晩、ギルモア邸の上空には見事な銀河が流れた。
ちょうど星の祭の翌日で、博士をはじめ皆で満天の星を愛でた。
「 ・・・ あそこに いたんだ。 」
「 ・・・ え ? 」
「 ・・・・・・・ 」
肩を抱き合って部屋にもどるとき、ジョ−はぼそりと呟いた。
フランソワ−ズはよく聞き取れず、彼の顔を覗き込んだが 不意の口付けで
言葉は封じられてしまった。
そのまま。
ジョ−は彼女を抱き上げるとずんずんと自分の部屋に入っていった。
・・・ 夢 ・・・ そう、もしかしたら夢かもしれないけど。
ぼくは。 ぼくときみは遥か彼方の星にいたんだ、 そう二人っきりでね。
それで どうしたの。
・・・ 永遠の愛を誓ってた ・・・ 離ればなれになる前に、ね。
そう。 ・・・ そのあなたとわたしは しあわせね。
・・・ ・・・・
「 うん 」 なのか 「 いや 」 なのか。 くぐもった声でなお一層低く呟くと
ジョ−は身体の向きをかえ、フランソワ−ズの肩を引き寄せた。
「 ・・・ 愛してる ・・・ って。 きみも言ってた 」
「 そう・・・? ・・・ あ ・・・ やだ ・・・ っ ・・・ 」
「 ・・・ きみがここにいてくれるから・・・! 」
「 ジョ−? ・・・ ああ、だめ・・・ あ ・・・・ 」
・・・ それで 旅はどう素敵だったの。 どこへ行ったの。
ちらり、とそんな自分の声がフランソワ−ズの頭の中に響いたけれど、
すぐに、なけなしの理性はジョ−の激情に巻き込まれ ・・・ 押し流されてしまった。
・・・ ふう ・・・
再び奔流から陸にあがった時、 一緒に流れに巻き込まれたはずのひとは
すでに夢魔のとりことなっていた。
・・・ もう。 こんな時にもわたしを置いてきぼりにするのね・・・
額に乱れる前髪を そっとかきやり見慣れた、でも大好きな彼の顔を覗き込む。
あら・・・? そういえば。
フランソワ−ズは 結局彼の旅についてはなんにも聞かせては貰っていないことに気が付いた。
「 ・・・ ねえってば。 そんなに素敵な旅だったの・・・ 」
低く声に出して問いかけてみたが ・・・ 星明りが青い影を落としていっただけだった。
[ ちょっと出かけて来ます。 2〜3日で帰ります。 フランソワ−ズ ]
夏も盛りを少しだけ過ぎたある日、 朝一番にリビングに下りてきた博士を
メモが一枚、待っていた。
「 ・・・ なんじゃ ・・・? ・・・・・ お〜い! ジョ−!! 」
二階はまだまだし----んとして ジョ−の起き出す気配など全くない。
はて。 どこかへ出かける、などと言っておったかの。
フランソワ−ズは昨夜、いつもと同じ笑顔で お休みなさいを言っていた。
博士はしばらく首を捻っていたが、なんの見当もつかない。
貪婪な夏の太陽が顔を出す前に、フランソワ−ズの姿はギルモア邸から消えていた。
「 ・・・ 貴生川 の里 ・・・ ここね。 」
間延びした発車音を残して、ごとごとと電車が出ていってしまうと、プラット・ホ−ムには
もう人影はなかった。
一人しかいない駅員は早々に駅舎に引っ込み、線路に近い低いホ−ムには
フランソワ−ズだけが立っていた。
朝一番で出てきたのだけれど、 もうお昼に近い。
ふわり、と熱い空気が降ってくる。
・・・ ふう ・・・。 すごいわね・・・・
周囲はただ ― 耳を劈くような音の壁 ・・・ セミの大合唱に取り囲まれていた。
足元に落ちる影は濃く、まっさらな空気を透して 生 ( き ) のままの太陽の光が
どっと降り注ぐ。
少々暴力的とも思える勢いで 夏 はフランソワ−ズに一斉に襲い掛かってきていた。
白い肌がたちまち乾きだす。
額に首に汗がながれ 背中をつたいころころと落ちてゆく。
「 ・・・ 徒歩10分 ? きっと本当は30分ね。 」
ペンキの剥げ罹った案内板を拾い読みして、フランソワ−ズは歩き始めた。
ショルダ−バッグを肩に、小振りな籐のバスケットを持ち直す。
駅の前には白茶けた道が ― 誰もいない道が ― まっすぐに伸びている。
「 とにかく。 行ってみましょう。 ・・・ あの森に近くなれば少しは涼しいかも・・・ 」
駅前広場に一応バス停があったけれど、日に数えるほどしかこないバスは
午前中の便は疾うに出てしまい、午後のにはまだまだ時間があった。
タクシ−など車の姿すら見当たらない。
・・・ まあ、いいわ。 急ぐわけじゃないし。
白い道にフランソワ−ズの影だけが伸びる。
そのあまりにくっきりとしたコントラストをしばらく感心して眺めていたが
ふと気がついてバッグから帽子を出した。
大きめのツバが わずかな日陰をつくる。
「 ・・・っと。 日本に来て知ったけど。 ちょっとの工夫でも随分涼しく過せるのね。
あ ・・・ ここってお店? 」
駅前からの最初の角に 古びた引き戸を開け放した家があった。
ちらり、と見た店先には 洗剤やらティッシュの箱やら ・・・ 生活雑貨がぱらぱらと並んでいる。
すみっこに どうも冷凍ボックスらしいものが見えた。
あら。 お水、買ってゆこうかな・・・
「 ごめんください・・・ 」
なんと声をかけていいかわからず、小声で挨拶をしてフランソワ−ズは敷居を跨いだ。
貴生川の里へは このまま道なりに行けばすぐ・・・と
奥から出てきた老婆が教えてくれた。
「 ま〜あ ・・・ 綺麗なガイジンさんだねえ。 お顔も言葉も ・・・
近頃の若いモンよりよっぽど礼儀正しいし。 」
「 ・・・ あら ありがとうございます。 」
「 あの里はね、 どうもガイジンさんに人気があるらしいよ。
ちょっと前 ・・・ そう、七夕の頃にも男の子がひとり、ふらりとやって来たっけ。 」
・・・ ジョ−だわ。
「 そうなんですか。 ・・・ それで、そのう ・・・ そのヒト、もやっぱり川の方へ?
あの ・・・ 一人で・・? 」
「 ああ。 多分ホタルでも見に来なすったんだろうね。
茶色い綺麗な髪の なかなかはんさむサンだったよ。 」
「 ・・・ そうですか。 」
なぜか頬がぽ・・・っと熱くなり フランソワ−ズはあわてて俯きバッグから
財布を引っ張り出した。
<山の天然水> そんなラヴェルのペット・ボトルとなんとも魅惑的なアイス・キャンデ−を一本。
霜が付いた袋が びっくりするほど冷たく感じられる。
まいど。 お気をつけて・・・ と老婆の声が送ってくれた。
さて。 ジョ−と同じ道を行きましょうか。
すれ違うヒトも追い越してゆくヒトもいないのを幸いに
フランソワ−ズは空と同じ色のアイス・キャンデ−を齧り齧り 歩いていった。
「 お姉さん? 」
・・・ え ・・・ ???
突然、横から、それもかなり下の方から細い声が呼びかけた。
フランソワ−ズはぼんやり彼方の森を見て歩いていたので 慌てて視線をもどした。
彼女のすぐ脇に。 まだ10歳にはならないか・・・と思われる少年が
熱心にこちらを見上げていた。
「 お姉さん。 こんにちは! 貴生川の里へようこそ。 」
「 え ・・・ あ、あら。 こんにちは。 」
「 いらっしゃいませ、っていうんだった! ごめんなさい、お姉さん。 」
少年はぺこり、とお辞儀をした。
この国の子供にしてはすこし明るい色の髪がさらさらと揺れた。
・・・ この子。 日本人・・・? もしかして ハ−フ・・・
「 あら、いいのよ。 わたしこそ・・・ 君のこと、全然気がつかなくて、ごめんなさいね。
ちょっと ・・・ びっくりしてしまったわ。 」
「 あはは・・・ ごめんなさい、ごっこだね〜。
ねえ。 お姉さんはどこから来たの。 どこの国のひと。 ・・・ 綺麗な目だな〜美人さん。 」
「 まあま、オマセさんねえ。
わたしはフランス人よ。 ここの里は川や森や・・・ 星がとても綺麗って聞いたから。
ホタルって まだ見られる? 」
「 うん。 もう大分数が減ってきたけど。 それよりもね!
お姉さん、いい時に来たよ〜 今晩、夏祭なんだ。 花火とか盆踊りとかあるよ!」
「 まあ、そうなの? 運がよかったかな、わたし。 」
「 そうだね! さあ・・・ こっちだよ。 案内するよ〜 」
「 ありがとう。 あら ・・・ 待って? 」
少年は先にたって ぱ・・・っと駆け出していった。
白い道に 彼の濃い影が揺れて跳びはねてゆく。
・・・ fee ( 妖精 ) ? ・・・
一瞬。 少年の背に日に煌く透明な翼を見た ・・・ 気がした。
「 お姉さ〜〜ん! こっちこっち。 先に行くね ・・・ 」
「 あ〜ん、 待ってよ・・・ 」
甲高い笑いをこだまさせ、少年は森の手前を曲がりフランソワ−ズの視界から消えた。
「 まあまあ。 ほんに丁度よかったです。 今晩は夏祭ですけん。 」
「 ええ、 そうなんですってね。 楽しみですわ。 」
「 この里は自然のほかにはな〜んもありません。
でもそれがお好みの方が ぽつぽつお見えになります。 」
「 昔の日本の暮らしって ・・・ とても素敵ですのね。
このお家も ・・・ すごい・・・ 」
フランソワ−ズは梁の高い、天井を見上げ感歎の声をあげた。
探し当てた宿は 旧い民家をそのまま簡素な宿にしていた。
冬には雪深い里となるのであろう、軒の低い大きな日本家屋だ。
天井が高いぶん、夏は風が吹きぬけとても気持ちがよい。
「 日本でもこんな家は少なくなりました。
どうぞ ・・・ ごゆっくりいろいろご覧になってくださいな。 あのう、和食は大丈夫・・・? 」
「 はい。 わたし、大好きです。 晩御飯、楽しみにしてます。 」
宿のおかみさんは 地域の簡単な地図を渡してくれた。
ホタルはもう数が減ってきているけれど、と彼女はちょっと残念そうだった。
「 それから・・・ あの・・・ コレは迷信ですけんど。
夏祭りの日には 川には気をつけなさって。 」
「 水嵩が増えるのですか? 」
「 いえ ・・・ そのう。 祭には ・・・ ここに沢山の御霊( みたま )が還って来なさいます。
中には お気に入りのヒトを連れて行きたがる霊も ・・・ 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 いえ、迷信ですけんど。 用心なさるに越したことはないですけん・・・ 」
「 はい、ありがとうございます。 あのう、もしよかったらあの坊やに案内して欲しいのですが。 」
「 坊や? ・・・ ウチには小さな子供はおりませんよ? 」
「 え・・・ そうなんですか? 森の手前で会って ・・・ こちらを案内してくれました。
じゃあ、近所のお子さんかしら。 森の方を歩いてきますね、途中で会えるかもしれないわ。 」
「 ・・・ どうぞ ・・・ お気をつけて。 お嬢さん ・・・ 」
「 行ってきます。 」
怪訝な顔のおかみさんを後に、 フランソワ−ズはぶらぶら宿の門を出た。
真夏の昼下がり、蝉の声はますます喧しく陽射しは容赦ない強さだ。
しかし 一歩木立の中にはいるとひんやりとした空気があった。
・・・ わあ ・・・ いい気持ち。 自然って強くて激しくて。 でもこんなに優しい・・・
フランソワ−ズは胸いっぱいに緑の香りを吸い込んだ。
きっと ジョ−も。 こんな気持ちでこの地を歩いたかもしれない。
風に乗って水音が流れてきた。 樹々の間を透かすときらり、と光る筋が見える。
あれが川ね。 ジョ−は ・・・ ホタルを沢山見たのでしょうね・・・
川には気をつけなさって。
ふと、宿のおかみさんの声が思い出され、フランソワ−ズの脚は自然と止まった。
「 でも。 まだこんなに明るい時間だし。 ホタルを見るくらいな浅い流れなら・・・ 」
木漏れ日はまだまだきつく、フランソワ−ズは小川へと歩きだした。
「 ・・・ お姉さん。 」
「 わ・・・ ! びっくりした〜〜 ああ、君だったのね。 」
小川の手前で またあの細い声がフランソワ−ズを呼んだ。
ぎょっとして振り返れば
・・・ この子 ・・・ ジョ−と同じ瞳 ・・・
少年のまっすぐした視線が フランソワ−ズを見上げている。
「 川へ行くの? ホタルはまだだよ、暗くならなくちゃ。 」
「 そうねえ。 ・・・ あんまり緑が綺麗だからちょっとお散歩がしたくなったの。
どこか ・・・ 君のお気に入りのところを案内してくれない? 」
「 うん、いいよ。 ・・・ こっち。 」
「 ・・・ あら。 」
少年はフランソワ−ズの手を引くと そのまままっすぐに沢へ降りていった。
「 僕のお気に入りは この川さ。 」
「 まあ・・・ 」
セピアと翡翠の瞳が 見つめ合い ― そのまま、笑い声が零れ出た。
・・・ なんだか ジョ−と一緒にいるみたい。
少年の温かい手が 不思議と懐かしい感触を思い起こさせる。
「 お姉さん、こっちこっち! 今ならヤマメやサワガニも見られるよ〜 」
「 きゃ・・・ そんなに引っ張らないで ・・・ 」
「 ほら〜〜 そこは飛び降りて! 」
「 う〜ん ・・・ えい!」
二人ははしゃぎあい、笑いあい、緩やかな斜面を辿っていった。
「 博士! ちょっと ・・・ 行ってきます。 」
「 やっぱり行くのか、ジョ−。 」
「 はい。 」
ジョ−は愛用のコットン・バッグを肩に、博士の書斎に顔をだした。
フランソワ−ズのメモに起こされたその日、 その午後、
ジョ−はたちまちのうちに旅支度をし、まだ日のあるうちに出かける、という。
「 貴生川に行くって行ってもなあ。 フランソワ−ズはそこへ行くと言っておったのか? 」
「 いえ。 ・・・ でも、彼女は絶対にあそこにいます。 」
「 ・・・ まあ、お前がそう言うのなら。 」
「 はい。 ご迷惑をおかけしますが・・・ 留守中、お願いします。 」
「 よいよい・・・・ ただ、なあ。 ジョ−よ? 」
「 はい? 」
「 もう少し ・・・ その、何と言うかな。 フランソワ−ズの相手をしてやれ。
お前がなにも言わんので 淋しそうじゃったぞ? 」
「 あ・・・ は、はい。 」
「 ま、小旅行だと思って 楽しんできなさい。 こちらは心配いらんよ。 」
「 ・・・ すいません! 行って来ます・・・! 」
微笑している博士にぺこり、と頭をさげ、ジョ−は猛烈な勢いで
ギルモア邸の門から出ていった。
西日が彼の影を長く長く 坂道に伸ばしていた。
ど ------ ん ・・・・
思いがけない近くから 大きな音が聞こえた。
一種の爆発音に フランソワ−ズは一瞬身体を硬くしたが ・・・ すぐに小さく息を吐いた。
どこか間延びした暢気な音のあとには ぱらぱら小さな音が続き
わぁ〜〜〜 ・・・ と人々の歓声も一緒に響いてきた。
・・・ 花火ね?
食卓の前でほ・・・っと息をついた。
「 失礼します。 お食後の果物でございます。 」
「 あ・・・ はい。 あの 花火が始まったのですか。 」
「 はいはい。 音が聞こえてきましたですね。 あの川のちょっと下流に開けた河原が
ありますです、そこで・・・ 夏祭りの恒例なんですよ。 」
「 まあ、そうなのですか。 あら、美味しそう! これは ・・・ チェリ−ともちがいますね? 」
食卓に置かれた皿に フランソワ−ズは目を奪われた。
藍の皿に氷が敷かれ、その上に赤い果実がころん、と盛ってある。
「 山桃でございます。 都会の、外国の方にはお珍しいか、と思いまして。
山から採ってきた天然ものですよ。 」
「 綺麗な色ですのね。 頂きます。 ・・・・ わぁ ・・・ ちょっと酸っぱくて ・・・ 美味しい! 」
「 まあまあ、お口に合ってようございました。
ハウス栽培モノはもっと甘いのですが。 自然の味を味わって頂きたかったのです。 」
「 ・・・ 美味しいです、本当に。 酸っぱいけど ・・・ そのあとにほんのり甘味が残って。
素敵 ・・・ 都会 ( まち ) では味わえません。 御馳走様でした。 」
フランソワ−ズは フル−ツ用のフォ−クを置き、軽く頭を下げた。
「 ありがとうございます。 お嬢さん、花火見物かたがた夏祭へどうぞ?
河原の側で盆踊りやら夜店が出ていますよ。 」
「 はい、行って来ます。 」
・・・ ど------- ん ・・・・ !! わあ 〜〜〜
また 大きな光の華が夜空を染め上げたようだ。
「 お姉さん! 」
「 はい、ちゃんと来たわよ〜 さあ、花火見物? それとも 盆踊りに行く? 」
「 えっと・・・ 両方! 」
「 まあ、欲張りさんね。 いいわ、わたしも両方見たかったの。 」
「 あはは ・・・ また一緒だね〜 欲張りごっこだ。 」
「 そうねえ。 」
フランソワ−ズが宿の前の道に出ると、あの少年がいつの間にか隣を歩いていた。
たいして不思議にも思わず、仲良く夜道を辿る。
「 あ・・・ こっちでいいのかしら。 」
「 うん。 ・・・ ね? 」
少年は くい、とフランソワ−ズの手を引いた。
長く外にいたのかしら。 この子 ・・・ 手が冷たい ・・・
「 ねえ、ボク? 」
「 お姉さん。 どこから来たの。 一人? なにを ・・・ 探しに来たの。 」
「 ・・・ え? 」
少年の高声が フランソワ−ズの問いに被った。
「 僕、 僕も探しているんだ。 ずっと ・・・ でも 見つからない。 」
「 ・・・なに ・・・ 誰を? 」
「 わかんない。 でも ・・・ ずっと会いたい人 ・・・? 」
「 お母さん ・・? 」
「 ・・・ お姉さんは。 」
「 わたし。 わたしの ・・・ 本当の気持ちを ・・・ 探したくて。
・・・ あのヒトと会って ・・・ あのヒトに恋して。 それで ・・・ いいのかしら。 」
「 あのね。 」
不意に少年が歩みを止めた。
・・・・ ど ----- ん!!
さっきよりもずっと近くで打ち上げの音が聞こえ やがて色とりどりの星が空に散る。
流れ散る星々が 少年の顔に影となり光となって消えてゆく。
「 ここの、この里の夏祭りにはね。 会いたいヒトに会えるんだ。 」
「 ・・・ 会いたいヒト ・・・ ? 」
「 そう。 みんな ・・・ 会いたいヒトを探して 夏祭りに来るよ。
僕もずっと。 ずう・・・・っと探しに来ているんだ・・・ 」
「 ・・・ え ・・・? 」
ぴ・・・ ひゃらひゃらら ・・・ ぴー ひゃらら・・・
すこしもの哀しいメロディ−が聞こえてきた。
雑木林越しに 連なったランタンに灯る明かりが透けてみえる。
「 お祭りね。 ・・・ 盆踊り、やってるわ。 ボクも踊っていらっしゃいな。 」
「 お姉さんも行こうよ。 」
「 わたしは 踊りを知らないもの。 ここで 見ているわ。 」
「 簡単だよ。 ちょっと見ていれば ・・・ すぐに判るよ、お姉さんなら。 」
「 ・・・ え? 」
「 ほら ・・・ 」
少年に手を引かれ道を折れると少し開けた河原に出た。
花火の音が一層近くなった。
人々が 三々五々、篝火の煌く櫓の周りに集まり始めている。
「 あっと。 忘れてた ・・・ 」
ちょっと待ってて・・・・ と少年は周囲の屋台へ駆けていった。
「 はい、これ。 」
「 ・・・ これ? 」
息せき切って戻って来て、彼はプラスチックの製品を差し出した。
「 うん、お面だよ。 お姉さんには ・・・ 女の子用。 」
「 ありがとう、でも ・・・ ? 」
「 さ、お面、つけて〜 あ、ちゃんと顔につけて? 」
「 ??? 」
フランソワ−ズは何が何だかわからずに、少年の言うままに面をつけた。
「 盆踊りの時はね。 みんなお面をつけるんだ。
踊っているヒトの中にはね、還ってきてるご先祖様やら 会いたいヒトが いるから。 」
「 え ・・・? 」
「 だからね。 みんな、顔、隠して踊るの。 」
「 ・・・ そうなの ・・・ 」
「 だれ、ってわかっても決して名前を呼んじゃいけないよ。 ・・・ ね ・・・ 」
「 君は ・・・ だれ? 」
「 ・・・・・ 」
流行のアニメ・キャラの面をつけて、少年はぱっと駆け出した。
セピアの髪の彼はすぐに踊りの輪に紛れてしまった。
盆踊りは単純な動きの繰り返しだったので、フランソワ−ズはすぐに振りを飲み込んだ。
見物に徹しよう・・・と思っていたが、手足が自然に動き出し・・・ いつの間にか踊りの輪に加わっていた。
「 ・・・ 幸せかい。 ファンション ・・・ 」
何人目に行き違ったヒトだろう、不意に懐かしい声が聞こえた。
・・・ お兄さん ・・・?!
お面の狭い視界からは やはりアニメ・キャラの面を付けた男性が見えただけだ。
背の高い、細身の。 ・・・ ああ、でもあの髪は・・・!
篝火の鈍い光を受けているからか、その男性の髪はきらきらと煌いている。
フランソワ−ズは無意識に手足を動かし続けた。
「 お前は今 ・・・ 幸せかい。 」
「 ・・・ ええ。 幸せ よ。 」
「 そうか。 ・・・ いつも微笑んでいてくれ ・・・ いつも いつでも見ているから。
お前の側に ・・・ いるから。 」
お兄さん、と叫びたいのに口が動かない。
あ・・・ っと思った瞬間に 狭い視界からその男性の姿は消えていた。
・・・ お兄ちゃん ・・・・ ジャンお兄ちゃん ・・・・ !
ぴ〜〜 ぴひゃらひゃら ぴひゃらら 〜〜 ・・・・
笛の音が一層たかく夜空に響く。 その後ろに 火の華がぽ〜〜〜ん・・・・と弾けた。
踊りの輪は だんだんと大きくなって面を付けた人々の影が
篝火の周りで伸びたり縮んだり ・・・ 夏の一夜を楽しんでいた。
・・・ あ。
薄明の中、目をあけると高い天井が見えた。
しばらく自分がどこにいるのか わからなかった。
不思議な感覚が フランソワ−ズを夏蒲団に貼り付けたままにしていた。
「 ・・・ ぁ・・・・ ここ。 あの宿・・・ね ・・・ 」
独り、天井にむかって声を出してみたが 滑らかに言葉が出てこない。
そろそろと起き上がれば、まわりは静まり返りまだ蝉の声すら聞こえない。
「 ・・・ 水の中にいる ・・・ みたい。 」
部屋の障子を開け、廊下のカ−テンを引けば庭先のそこここには まだ薄闇が残っていた。
からり・・とサッシをひく。
沓脱石にあった下駄をひっかけ そっと庭に降りてみた。
「 さむ ・・・ 」
昨日の昼の暑さはどこへやら、夜露をふくんだ空気がひんやりと纏わり付く。
フランソワ−ズは浴衣の襟元をかき合わせた。
昨夜 ・・・ どうやって宿に戻ってきたのか。
あの少年はどこへ行ったのか。
そして。
あの ・・・ 青年は。
確かに 兄だった、と思う。 あの声、 そして・・・ あの髪。
・・・ 幸せかい
兄の言葉が耳の中にまだ残っている。
あのあと、自分はどうしたのだろう。
「 ・・・ おかしいわねぇ ・・・ 全然覚えていないわ。 」
貴生川の里は まだ静かに夜明けを待っていた。
「 そうだわ・・・ あそこにもう一回行ってみよう。 」
フランソワ−ズは下駄を鳴らし急いで部屋にもどった。
「 えっと ・・・ 確か ・・・ この道から逸れて ・・・ あ ・・・ ここだわ。 」
着替えてから 再びそっと宿を抜けてフランソワ−ズは昨夜の河原を目指した。
大分薄くなってきた朝霧の中、木々が大きく息遣いをしている。
行きつ戻りつして、彼女はなんとか昨夜の場所に辿り着いた。
早朝の風景は昨夜とはまるで違って見えた。
人々が花火に興じ、篝火を取り巻き踊っていたのは 本当にこの地だったのだろうか。
がらん ・・・ とした河原には なにもない。
沢の水音だけが 高く低く彼女を迎えてくれた。
「 ヘンねえ・・・ 確かに ここ ・・・ 」
カツン ・・・
フランソワ−ズの足元で なにか硬いものが音をたてた。
屈んだすぐ目の先には篝火の跡の燃え止しが散らばっている。
「 あ・・・ そうね、ここだわ。 」
そう・・・ ここで 言葉を交わしたあの青年は本当に誰だったのだろう。
フランソワ−ズも 彼も ぺかぺかしたプラスチックの面を被っていた。
狭い視野からは 相手の面しか見えてなかった。
・・・ あれは ・・・ 確かに 兄、だったのか。
数歩先に 鈍く光るものが目に入った。
・・・ ? これ ・・・ ?
手を伸ばして拾い上げたものは泥がこびりついたカフス・ボタンだった。
誰か ・・・ 観光客が落としたのだろうか。
もしかしたら ずっと前からここに埋もれていたのかもしれない。
どこにでもある、ありふれたひし形の飾り釦。
・・・でも。
フランソワ−ズは指先で丹念に泥を払った。
兄が 似たようなものを持っていた ・・・ かもしれない。
あるいは父の袖で見た記憶かもしれなかった。
一つだけ 確かなことは。 兄が昨夜会いに来てくれた、ということだ。
― ココの夏祭には 会いたいヒトに会えるんだよ ・・・
少年の声が今、はっきりと蘇る。
「 ・・・ お兄さん ・・・ 」
フランソワ−ズは掌のカフス・ボタンを しっかりと握り締めた。
「 安心してね。 わたし、幸せよ。 」
つ・・・・っと涙が 白い頬を伝い落ちる。 でもそれは 哀しみの涙ではない。
・・・ カナカナカナカナ ・・・・
朝の到来を告げるのか、蜩が後ろの林でなき始めた。
フランソワ−ズは立ち上がると、すっと背筋を伸ばし河原を後にした。
夏の一日が 明ける。
「 お早うございます! 」
「 おお、 お早うさん。 お早いお目覚めですのう。 」
宿の前まで戻ってきた時、 野良着姿の老人がちょうど中から出てきた。
「 はい、あんまり気持ちがいいので ・・・ ちょっとお散歩してきました。 」
「 ほう、そりゃいいこってす。 」
「 これから・・・ こんな早くから畑ですか? 」
「 はいな。 田んぼの虫とりにはこの時間が一番ですけん。
昔は その虫を佃煮にしたりしたもんです。 」
「 ・・・ まあ ! そうなんですか。 食べられる・・・虫? 」
「 ははは・・・ 自然の恵みはなんだって食べられますよ、お嬢さん。
土から貰ったものを使わせてもらって またいずれ土に還します。 ニンゲンと同じですじゃ。 」
「 ・・・ 人間と ・・・ 」
「 ほい、お喋りしとると虫どもが起き出してしまいますけん。 ご免なすって。 」
「 あ ・・・ お引止めして ・・・ ごめんなさい。 」
いやいや・・・と老人は柔和な顔で 出て行った。
土から貰ったものは また土に還す・・・
そうね ・・・ わたしも ・・・ いつかは土に還るんですものね ・・・
それは遥か遠い日のことかもしれない。
でも いつの日か ・・・ 全ては塵に、水に 空気に 戻ってゆくのだ。
・・・ いつも側にいるから。
不意に昨夜の 兄の言葉が思い出された。
「 お兄さん ・・・ そうよね。 わたし ・・・ 」
― ひとり、じゃない。 そうよ、わたしは 独りじゃないわ。
昇ったばかりの太陽が フランソワ−ズにまっさらな光を投げかけてきた。
ちょっとばかり頬がヒリヒリするのは さっきの涙の痕かもしれない。
「 お早う ! お日様。 Bonjour! 新しい日。 」
「 お嬢さん、お迎えですよ。 」
「 ・・・ え? 」
宿の玄関に入るなり、おかみさんが声をかけてきた。
「 朝一番で、お見えです。 ・・・ふふふ ・・・ 素敵な恋人さんですね。 」
「 え・・・ そんなヒト、来るはずないです ・・・ 」
「 ― フランソワ−ズ ! 」
玄関のすぐ横の部屋からジョ−がひょこり、と姿を現した。
「 ・・・ ジョ−。 あの ・・・ どうして・・・? 」
「 フランソワ−ズ。 お早う! 」
「 あ・・・ え、ええ。 お早う、 ジョ−。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョ−は朝の挨拶を言って ・・・・ きゅっとフランソワ−ズを抱き締めた。
「 ・・・ あ! あの ・・・ ジョ−? 」
「 ・・・・・・・ 」
どぎまぎしている彼女をしっかりとかき抱き、ジョ−は低い声で 繰り返していた。
お早う ・・・ お早う、フランソワ−ズ! ぼくの ・・・ フランソワ−ズ ・・・!
み〜〜〜んみんみんみんみん ・・・・
真昼のプラット・ホ−ムは 相変わらす蝉の大合唱に取り囲まれていた。
ずっと続く線路の先には ゆらゆらと陽炎がたっている。
一つしかないベンチに 一組の恋人同士が掛けている。
青年は 日傘を拡げ隣の乙女とわずかな日陰に身を寄せあっていた。
・・・ ジョ−。
うん?
あなたは ここに何を探しにきたの。 何を見つけたの。
ぼくは この里で。 ・・・ 愛を誓うぼくときみを見たんだ。
・・・ あなたの探しモノは そんなわたし達だったの。
母さんに会いたかった。 母さんに会えた、と思う。
・・・ そしたら・・・ 母さんがぼくのすぐ側にある愛を教えてくれた ・・・ きっとそうなんだ。
そう。 あなたがそう思うなら きっと、そうなのよ。
うん。 ・・ きみは。
・・・ わたし?
きみは ・・・ 何を?
わたし。 あなたの、 みんなの 愛をみつけたわ。
そうなんだ・・・・
ええ、そうなの。
― プヮン ・・・ !
のんびりした警笛が響いてきた。
ごとごとと 午後の電車がやっと姿を現した。
「 旅は ― 素敵だったかい。 」
「 ええ。 」
ジョ−とフランソワ−ズは見つめ合い ・・・ 黙って手を繋いだ。
さあ ・・・ 帰ろう。 あの家へ!
「 フランソワ−ズ? ・・・・ おやおや。 」
ギルモア博士はテラスから顔を覗かせたが、そのまま声をかけるのを止めてしまった。
リビングのソファには 取り込んだばかりの洗濯物がいっぱいに広がりそのすぐ横で。
床に座り込んだまま フランソワ−ズがソファにもたれかかり転寝をしていた。
「 ・・・ 旅の疲れも溜まっとるのじゃろ。 ま・・・ ゆっくりお休み。 」
低く呟くと、微笑を残して博士はまたテラスに戻った。
ギルモア邸の真夏の昼下がり。
外は油照りでも ここは海風が涼しく吹き抜ける。
ふわり ・・・ とレ−スのカ−テンが、フランソワ−ズの煌く髪が 午後の風に揺れる。
お姉さん ・・・ ! 探しモノを 見つけたね・・・・
あ ・・・ ! 君は だれ。
僕は 貴生川の ・・・ さ。 ・・・ さよなら ・・・ お姉さん ・・・・
・・・ え・・? なあに?? ・・・・
笑顔のまま振り向き、あのセピア色の髪の少年は また駆け去ってしまった。
待って・・・!
「 ・・・ あ ・・・? 」
自分の声に フランソワ−ズはぼんやりと目を開けた。
周りにはぱりりと乾き、お日様の匂いいっぱいの洗濯物が広がっている。
どうも妙な格好で寝てしまったらしい。
そっと首を廻らせば 広いリビングには誰もいない。
でも
テラスでは博士の大きな麦藁帽子がゆれて 調子はずれな鼻唄が聞こえてくる。
目の前の低いテ−ブルにはメモが一枚。
[ 買い物、行ってくるよ。 オヤツのアイスを仕入れてくるね。 ジョ− ]
・・・ ああ、ここがわたしの 家 ね。
フランソワ−ズは 彼女の周り全てに微笑みを向けた。
そう ・・・ みんな ここにいる。 いつも ここにいるのだ。
独りぼっちなんかじゃ ・・ ない。
― さ。 午後のお茶の用意をしましょう。
ぱっとスカ−トを払い、フランソワ−ズは勢いよく立ち上がった。
海風がまたカ−テンを大きく揺らせた。 蝉の声が一段と賑やかにひびく。
目を上げれば水平線から 大きな雲が湧きあがってきていた。
夏もそろそろ峠を越すようだ。
********** Fin. **********
,,
Last
updated : 08,07,2007.
index
***** ひと言 ******
『 星祭の夜 』編の フランちゃん版、と思ってください。
今回は平ゼロの 星祭の夜バージョンです。
ジョ−君がなんにも言わないから ・・・ フランちゃんに行動してもらいました♪
盆踊りにお面を付けて・・・云々 は かの『 百鬼夜行抄 』 よりのネタです。
田んぼの虫取り・・・の話は めぼうき様 から伺った実話です。
・・・ ちょっと季節的に早いですが こんな夏の終わりのお話はいかがですか。