『 白い花 』
ことことこと ・・・・
キッチンでは お昼すぎからず〜〜っとキャセロールが音をたてている。
小さな娘は 母のエプロンを引っ張る。
「 ?? ママン ・・・ おなべ ないてる? 」
「 ふふふ ・・・ 泣いてるんじゃないわ。 ファン。
美味しいモノができますよ〜〜って 教えてくれているの 」
「 おいしもの?? なあに 」
「 さあ なにかしら? ほら ・・・ 匂いで当ててごらんなさい 」
母は キャセロールの蓋を少しずらせてくれた。
「 ・・・ ふう〜〜〜ん ・・・ にんじんさん? あ たまねぎ も!
えっと ・・・ わかった! ぽとふ でしょ? 」
「 あたり。 ファンションのお鼻は優秀ね 」
「 うふん♪ ぽとふ だ〜〜いすき〜〜〜 うれしい♪ 」
幼い娘は手をたたいて喜んだ。
「 ふふふ よかったわ。 ウチ中 皆好きですものね 」
「 そうよ ママン。 お兄ちゃんもパパもすきって。
ファン、だいすき〜〜 」
「 今日はねえ いいお肉がマルシェにあってね、それを煮込んでいるから
とっても美味しいわよ 」
「 うわ〜〜い〜〜 ♪ 」
「 サラダはねえ ファンションとパパの好きな ・・・
さあ なにかな〜〜〜 」
「 え アタシとパパが? ・・・ う〜んとぉ・・・
あ! るば〜ぶ! そうでしょう? 」
「 当たり☆ パパ、これ好きなのよね 」
「 アタシも大好き! わあ〜〜 わあ〜〜 晩ご飯 たのしみ〜〜 」
「 うふふふ ・・・ デザートはねえ 」
「 なあに なあに ママン〜〜〜 」
「 あ の ね。 ショコラのプディング よ。 」
「 わあ〜〜〜〜 あ。 パパも好きだよねえ? 」
「 そうね パパもお兄ちゃんもママンも ・・・
ウチ中 み〜〜〜〜んな好きでしょ 」
「 ん〜〜 ・・・ ねえ ママン? 」
「 なあに ファンション。 」
「 晩ご飯って パパの好きなもの ばっか? 」
「 あらあ〜〜 わかっちゃった? 」
「 ・・・ わかっちゃった。 アタシも好きなものばっかだけど。
でもど〜して?? パパのお誕生日・・・じゃないよね? 」
「 違うわねえ。 うふふ・・・教えちゃおうかな? 」
「 え〜〜〜 おしえて おしえて 〜〜〜 」
「 うっふっふ〜〜
今日はねえ パパとママンの結婚記念日なの。 」
「 けっこんきねんび? きゃあ〜〜〜〜 すてきィ〜〜
あ アタシ 見たもん、パパとママンのけっこんしき の
お写真〜〜 ママン ・・・ 真っ白なマリエで・・・
と〜〜〜ってもキレイ ・・・ 」
「 ふふ ・・・ ありがとう ファンション。
あなたもね〜 いつか真っ白のマリエを着るのよ 」
「 うん♪ アタシ パパみたいな〜〜 お兄ちゃんみたいなヒトと
けっこんするの! 」
「 まあまあ そうなの? いいヒトが見つかるといいわねえ 」
「 ・・・ ホントはパパとけっこんしたかったの ・・・ 」
「 え なあに? 」
「 なんでもなあ〜い♪ お兄ちゃんでもいいや 」
「 ??? 」
「 ね〜〜 はやくパパ かえってこないかな〜〜 」
「 もう少し 煮込む方がいいわ あ ファンション、
テーブル・セッティング お願いできる? できるかしら 」
「 できるもん! 」
「 それじゃ お願いね。 あ 新しいレース・ペーパー
敷いてね。 ナプキン・リングも使いましょ 」
「 わあ〜〜い 」
幼い娘は 大喜びでお皿やフォークやスプーンと格闘し始めた。
「 ただいま。 テレーゼ 」
「 おかえりなさい ジョルジュ 」
玄関で 父は外套も脱がずに母を抱き寄せる。
「 寒かったでしょう? はやく中へ ・・・ 」
「 ああ でも君にキスしたくて ・・・ 結婚記念日だもの 」
「 うふ 愛してるわ モン・シェリ 」
「 愛してるよ 僕の愛する人 」
熱烈に唇を重ねる両親を 幼い娘はにこにこ・・・ 眺めている。
「 ・・ あ〜〜 幸せだなあ〜〜
これ・・・ 君の好きな花だ。 もう咲いているんだね 」
父は 鉢植えの白い花を差し出した。
「 まあ 水仙! キレイねえ〜〜〜 あ いい香り 」
「 そうだねえ この花は東洋から来たそうだけど・・・
この香りは とても魅惑的だね 」
「 そうね 私、大好きなのよ ありがとう あなた。 」
「 ふふふ〜〜 君の好きなモノはなんでも知っているよ 」
「 うふふ・・・うれしいわ 」
「 パパ〜〜 お帰りなさ〜い ねえ アタシもお花 みたい〜〜〜 」
「 お ファン。 ただいま ほら 見てごらん? 」
「 わあ ・・・ キレイねえ〜〜 」
「 キレイだろう? これは 水仙 というんだよ 」
「 すいせん? 公園のかだんのとは ちがうわ ・・・?
公園のは もっとおおきくて きいろよ? 」
「 ああ これはね 海の向こう・・ 東洋の日本から来たんだよ 」
「 とうよう? にほん? 」
「 そう。 アジアの島国だよ 」
「 ふうん そこはきっと このお花でいっぱいなのね 」
「 そうかもしれないね 」
「 あ〜 アタシ いってみたいなあ〜 それでね このお花が
い〜〜っぱいなとこ 見たい! 」
「 うんうん 大人になったら行けるさ。 」
「 そうね ファンション。 ほら 有名なバレリーナになれば
東洋に公演でゆけるかもよ 」
「 わあ〜〜〜 すご〜〜い 」
「 ・・・ それじゃ このお花は窓辺に飾っておくわ。
家族みんなが見られるように 」
「 おう いいなあ ・・・ 春が少し早くきたみたいだね 」
「 そうね あなた。 愛してるわ 」
「 僕もだよ・・・ 」
父と母は 白い花の前でまたまた熱いキスを交わした。
ことん。 窓辺は白い花の指定席になった。
「 〜〜〜っと これでいいかな〜〜 」
フランソワーズは コップの水を静かに植木鉢に注いだ。
「 水やり 忘れるな。 しかし やり過ぎは禁物だぞ 」
ジャンが新聞の陰から 声をかける。
「 お兄ちゃん。 気がついているなら自分でやってよ 」
「 今 気がついた。 」
「 も〜〜〜 ・・・ あ〜〜〜 つぼみ でてきてる〜〜 」
「 お? どれどれ 」
ジャンは新聞を置き 妹の隣に屈みこむ。
「 ほら ここ! 」
「 ・・・ お〜〜 ホントだあ 春 だなあ 」
「 うふふ まだまだこれからよ
でもね パパがこの花をみると 春が少し早くきたって
言ってたわね 」
「 うん お袋の大事な鉢植えだもんなあ 」
「 そうね 随分増えたもんね 」
「 ウチに春をつげる使者だからな〜〜
なあ 俺が留守の間も、水やり、忘れるなよ? 」
「 わかってますってば。 パパが贈ったママンお気に入りのお花
ですもん 」
「 ・・・ いい匂いだったよな 」
「 ええ す〜〜っと甘いのよ 」
「 春 ・・・ 来るよなあ 」
「 ええ 春 ね もうすぐ 」
兄妹は 鉢植えを間に笑顔を交わしていた。
パリの空は まだまだ灰色の頃だったけれど ・・・。
********************
バリバリバリ〜〜〜 ド ―−−− ン ッ !!
土煙と共に硝煙の匂いが漂ってくる。 足元がぐらり、と揺れる。
≪ 作戦完了。 全員離脱ダヨ ≫
≪ 了解〜〜〜 ≫
次々に 脳内にメッセージが飛び込んできた。
≪ ・・・003? 大丈夫かい ≫
聞きなれた声が伝わってくる。
≪ もちろんよ 大丈夫 ≫
わざとなんでもない声で応えた。
≪ ・・・ 待っているから 一緒に戻ろう ≫
≪ あら 先に行ってよ ≫
≪ いや 待ってる。 ≫
≪ そう? それじゃのんびりするのはやめるわね ≫
≪ 迎えにゆくよ ≫
≪ 結構よ 自分の脚で ≫
≪ 003。 位置を確認したよ すぐに行く ≫
≪ ! 009 〜〜 ≫
彼女の抗議は全く無視された。
どうやら 彼は窮状を見透かしていたらしい。
・・・ ジョー ・・・
仲間たちへの返信ではなんでもない風を装っていたが
実は003は一人後方に 仲間たちから離れてしまっていた。
瓦礫に脚が挟まってしまい 離脱のタイミングを失っていたのだ。
「 ・・・ 〜〜〜〜 ん〜〜〜 なんで外れないのよぉ〜〜〜 」
渾身の力でひっぱってみたが 瓦礫はびくとも動かない。
「 このままだと ・・・ 脚が潰れるわ ・・・
せっかくまたダンサーの脚にしてきたのに 〜〜〜 」
サイボーグだから 脚はすぐに再生可能 ― かもしれない。
しかし 003は いや フランソワーズはBGを振り切って以来
再び踊りの世界に戻ろうと努力を重ねてきているのだ。
「 冗談じゃあないわ! こ こんなところでダメにしてたまるかっての!
さあ 003、今までもっとひどい修羅場だってかいくぐってきたじゃないの
なんとか するのよっ 」
自分自身を叱咤激励してみるのだが ― 状況はますます悪化してきた。
「 ・・・ 損傷してる ・・・! ああ このままだと・・・
生体部分が壊死してしまうわ ・・・ 」
痛みもひどくなってきた。
「 ・・・ く ・・・っ 」
マフラーを解き 大腿部を縛り止血しようと試みる。
「 ・・・ いった ・・・ う〜〜 」
痛みで意識が薄れ始めた。
・・・ こ こんな ところ ・・・で ・・・
やっと自由になれた のに ・・・
・・・ 愛する人に巡りあえた のに ・・・
ああ ・・・ ジョー ・・・
シュ −−−ッ !
独特の音がきこえ 空気が揺れる。
「 003!! 」
目の前に 茶髪の青年が現れた。
「 ・・・・ 009 」
「 どうした? ! 脚か? 」
彼はすぐに状況を理解した。
「 ・・・ ぬけないの 脚 ・・・ 出血が 」
「 すぐに助けるよ、気を確かにもって! 」
「 ・・・ ・・・ 」
「 〜〜〜〜 」
009はいともかるがると瓦礫を持ち上げ放り投げた。
「 これでよしっと。 さあ すぐにドルフィンに戻るから
しばらくの辛抱だよ 」
「 ・・・ ありがとう 009 」
「 おっと その前に応急手当しなくちゃ。
マフラーで ・・・ そのう〜〜 脚、縛っていいかな 」
「 おねがい ・・・ 」
「 ・・・ よし、これでいい。 それじゃ 加速して 」
≪ 009。 ダメダヨ! 出血シテル怪我人ヲ 加速デ運ブナヨ! ≫
脳裏に赤ん坊の声ががんがんひびく。
「 あ ! いっけね・・・ それじゃ こう〜〜やって ほらおぶさって? 」
「 え ・・・・ 」
「 なるべく負担がかからないように急ぐから。
あ 辛くなったらすぐに言ってくれよね? 」
「 え ええ ・・・ 」
009は ひょい、と彼女を背負うと確実な足取りで歩き始めた。
ひゅるるるる 〜〜〜 ドーン ・・・ !!
流れ弾が至近距離で炸裂する。
「 ・・・ あ ぶない ・・・ ジョー にげ て ・・・ 」
「 へ〜きへ〜き。 ぼくは 009 なんだぜ?
これっくらい 全然平気さ。 あ 辛くない? 」
「 だいじょうぶ ・・・ 」
「 なるべく急ぐから もうちょっと我慢して 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
ぴとん。 広い背中に頬を押し付けた。
・・・ あったかい ・・・・
「 疲れた? 寝ていいよ 」
「 わたし ナヴィする から 」
「 無理するなよ 」
「 それくらい できるわ わたしだって 」
「 003だもんな。 ではお得意のナヴィで安全ルートを示してください 」
「 ― りょうかい ・・・ 脳波通信でデータ送るわ 」
「 う〜ん それもいいけど ・・・ ほら こんな至近距離だし
こそ・・・っと呟いてくれよ 」
「 うふ ・・・ 呟くの? 」
「 あは〜 耳元で怒鳴られてら ぼくだってちょっとな〜〜 」
「 はいはい 了解です 」
「 お願いします。 」
「 はい このまままっすぐ南へ進んで ― 」
「 よし。 しっかり捕まってろよ〜〜〜 」
「 了解。 」
ザクザクザク ザクザクザク 〜〜〜
009は軽快な足取りで歩き出した。
「 ・・・ 敵は 」
「 殲滅したよ。 ただ残党がいる可能性もあるから
出来るだけ早く離脱するんだ。 」
「 ごめんなさい ・・・ 」
「 え? 」
「 わたしが ― みんなの足手纏いに 」
「 ストップ。 それ以上は言わない。 突発事故は誰にもでも
起こりうるんだ。 ぼくだって 」
「 ・・・ でも 」
「 はい、だろ? 」
「 ・・・・ うん 」
「 あはは〜〜 素直になれよ〜〜 おっと ・・・ 」
ひゅん −−− ッ
完全な流れ弾か 破壊された自動操縦の事故か、二人の横をなにかが飛んでいった。
「 ったく・・・ 時間があれば完全に破壊したいんだけど 」
「 ・・・ ごめんなさい 」
「 ? ほら またあ〜 さあ行くよ 」
「 はい。 ・・・ あ 」
背中で 003が小さく声を上げた。
「 なに?? 」
「 あの! そこ 踏まないで・・・ 」
「 え?? 」
009は 踏み出した足を、思わず宙に浮かせてしまった。
「 な なに ?? 」
「 あの ね。 ほら お花が ― 白い 」
「 え?? は 花?? 」
「 あなたの足のすぐ近くに ・・・ 」
彼は彼女を背負ったまま そっと片膝をついた。
「 ― あ〜〜 これかあ〜〜 なんの花かなあ〜〜
白くてかわいいなあ ・・・ あ いいにおい〜〜 」
「 それ ・・・ 水仙 よ 」
「 すいせん? 」
「 ええ ・・・ こんなところに咲いてるとは思わなかったけど ・・・ 」
彼女も彼の背中から じっとみつめる。
戦場のすみっこで見つけた ― 水仙の花
今まではなんとかも踏みにじられなかったけれど 明日はわからない。
だから尚更 その瑞々しい花と香が 003、いや フランシワーズの心に沁みた。
ええ 大丈夫 ・・・・
あなたが 咲いていてくれるから
わたしも 大丈夫。
ありがとう ・・・ !
それに ね。
わたしの側には ・・・
うふ ・・・ 彼が いてくれるの
「 ね この花、もってゆく? 」
「 ・・・ そのままにしておいてあげて。 」
「 え でも ・・・ 」
「 この花だけでも 無事に生き延びてくれることを 願うわ 」
「 ぼく達も! 生き延びる。 さあ 行こう! 」
「 はい。 」
ザクザク ザク ザク ザク ザク ・・・
009は 003を背負い 確実な足取りで歩き始めた。
「 ― 戻ってきたよっ ! 」
008はじっとレーダーを見つめていたが 声を張りあげた。
「 お〜〜〜 オレ、迎えに行ってくる 座標 送れ〜〜 」
002が 返事を待たずに飛び出した。
「 ・・・ったく。 おい 009! 報告しろ〜 」
舌打ちして 004は脳波通信を開始した。
「 吾輩が ギルモア博士に連絡をいれるぞ 」
「 ワイはメンテ・ルーム、準備しまっさ 」
全員が動きだす。
そして ― 無事に仲間は合流した。
「 全員 配置についたか 」
004は じろり、とコクピットを一瞥した。
「 お〜〜 帰りはオレ様が操縦するぜ 」
「 オート操縦装置、完全修復したからね。 002、オンにしろよ。 」
「 ち。 少しはいいカッコさせろよ〜〜 008〜〜 」
「 安全に早急に帰国するのが最優先だ。
003の完全メンテは ウチに帰ってからだ。 油断するな 」
「 へいへ〜〜い 」
002は メイン・パイロット席に滑り込んだ。
「 皆〜〜 シート・ベルト しろ。 ― 発進だ。 」
「「 おう 」」
ゴゴゴゴ −−−−− ・・・・
数秒微動を続けると ドルフィン号は空に舞い上がった。
「 ・・・ あ 発進したね 」
「 そう ・・・? 」
009は 003のベッドサイドで天井を見上げた。
「 うん、この揺れでわかる。 さあ もうすぐ帰れるよ 」
「 ・・・ そう ・・・ 」
「 点滴、ちゃんと落ちてる? 」
「 大丈夫だから ・・・ コクピットに戻って 」
「 い〜や ここにいる。
きみはちょっと目を離すと 〜〜 必ず無理するからね〜〜 」
「 なにもしません 」
「 怒らない? 」
「 え? なにを ・・・ 」
「 これ・・・ どうしてもほしくて さ 」
009はコップをそっと取りだした。
「 ? まあ ・・・ 」
「 ひとつだけ 摘んできちゃったんだ 」
コップには 白い小さな花がぽつん、と咲いた緑の茎が揺れている。
「 ・・・ 可愛いわね 」
「 ごめん ・・・ あのままにしておくべきだったけど 」
「 ありがとう ジョー ・・・ この花と一緒に帰りましょう。 」
「 やあ ・・・ 笑ったね? 」
「 え? 」
「 ありがと。 きみの笑顔が ぼくのチカラのもとさ〜〜
さあ このコを護っててやってくれよね 」
「 まかせて。 」
「 さあ それじゃ。 この花と一緒に休むんだ。
眠っている間に ウチに着くよ。 博士が待ってる。 」
「 ・・・ ええ ・・・ 」
彼は枕の具合を直し コップの花がいつも見えるように工夫した。
「 これで いいかな ? 」
「 ・・・ ありがとう ・・・ ああ 眠くなってきたわ 」
「 それじゃ ぼくは退散するね。 え〜と ・・・ あれ
なんだっけ この白い花の名前 〜〜 」
「 ふふふ 水仙 よ。 あのね これはもともと日本の花なんですって 」
「 え〜〜〜 そうなんだ? ・・・ あ 」
「 ? なあに 」
「 ウン ・・・ たしか ・・・ 教会の庭にもあったような 」
「 多分 水仙 よ ・・・ パリで近所の公園の花壇には もっと派手な
花もあったけど ・・・ この水仙は 香が素晴らしいの 」
「 ああ ・・・ うん そうだねえ 」
「 ね ・・・ 」
「 あ また余計なおしゃべり しちゃったね。 ・・・ お休み 」
「 ・・・ ん ・・・ お休みなさい ・・・・ 」
009は メデイカル・ルームの灯を低く落とし出て行った。
ほの暗い中で 白い花の姿はほう・・・っと浮きたつ。
・・・ アナタがいてくれれば
淋しくない わ ・・・
ああ いい香り ・・・
パパが教えてくれた っけ
春が くる のね
・・・ 水仙さん
あなたの故郷に かえり ます ・・・
003は 穏やかな眠りに落ちていった。
「 メンテナンス・ルームへ 早く! 」
帰国し ドルフィン号が地下基地に到着するや 博士が乗り込んできた。
「 あ 博士 あのう〜 応急処置はしてあって ・・・ 」
「 早くせんか。 003を搬送せよ
オマエらの < 処置 > は信用できん はやくしろ 」
博士は真顔で メンバーたちを叱りつけた。
「 博士 ・・・ わたし 自分で歩けますから 」
003は 009に支えられつつキャビンから出てきた。
「 ! なにをやっておる! とんでもない、患部をうごかすなっ
009 そのまま彼女を抱いてつれてゆけ 」
「 はい。 003 ぼくの肩に腕をまわして 」
「 自分で歩けるわ 」
「 ダメだ。 さあ行くよ 」
「 ― あ ・・・ 」
009は有無を言わさず 003を抱き上げ 地下のメンテナンス・ルームへ
運んでいった。
待ちかねていた博士は すぐに処置を始める。
「 ― 麻酔するからな 」
「 博士 ・・・ 脚を ・・・ 残してください 」
「 ?? 完璧に治すぞ? 」
「 いえ 今の ・・・ 脚を。 お願いします 」
「 しかし かなりのダメージじゃ。 すぐに交換した方が
お前の負担も少なくてすむ。 」
「 いいえ いいえ。 この脚が ・・・ せっかく作りあげてきた脚
なんです 」
「 作り上げてきた ? ・・・ ああ ! 」
「 お願いします。 わたし 踊りたい 」
「 そうか そうじゃったな ・・・ ずっとレッスンに通っていたな 」
「 ・・・ はい。 やっと 少しは踊れる脚になってきていたんです 」
「 わかった。 その代わりかなりのリハビリが必要となるぞ? 」
「 構いません。 また踊れるなら 」
「 そうか。 任せろ。 ではシステム・ダウンする。 」
「 はい お願いします。 」
「 ・・・ がんばれ ・・・! 」
ずっと側にいた009は 一言、声をかけると彼女の手を ぎゅ っと握った。
わたし ― がんばれる わ ・・・ !
すう〜〜〜 ・・・っと深呼吸すると 彼女は目を閉じた。
― ぼんやりと目を開くと ・・・
「 ・・・ あ ・・・? 」
白い花が 目の前にあった。
「 ・・・こ れ ・・・ ? 」
フランソワ―ズは 身体の向きを変えようとした が
「 ・・・いった ・・・ っ 」
「 あ まだ動いちゃダメだよ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ? 」
痛みが襲ってきたが 温かい声にすこし安心した。
「 ・・ わ たし ・・? 」
「 安心して。 メンテナンス、無事終了だよ。
大丈夫、 きみの脚は 無事だ 」
「 ! ・・・ そう ・・? ああ うれしい ・・・ 」
「 だから安静にしてて? 」
「 リハビリ しなくちゃ 」
「 完全に元気になってからでいいんだ。 今は 十分に休んで 」
「 ・・・ はい。 ねえ あのお花・・・? 」
「 え? ああ これかあ 」
ジョーは枕元のコップを持ち上げた。
「 ・・・ あの時の ・・? 」
「 あ ううん。 アレは ・・・ 枯れてしまったから・・・
海岸の方の日溜りにね もう咲いてたんだ。
それで ・・・ 植木鉢にうつしてもってきた。
ちょうど今朝 咲いたのがあって ― きみの側に来てもらったんだ 」
「 そう ・・・ キレイねえ 」
「 鉢植え、 ベランダに置いたよ。
きみが元気になるの、待っているさ 」
「 そう ・・・ 一緒にリハビリ がんばるわ 」
「 お〜 さすがあ〜〜 」
「 わたしね ・・・ ず〜〜っとアパルトマン暮らしで・・
お庭って憧れだったの。 」
「 そうなんだ? それじゃ 花壇、作ろうよ 」
「 すてき! 水仙や ・・・ いろんなお花を植えたいわ。
わたし 香のいいお花が好き 」
「 香り? ― あ〜〜 それじゃ 」
「 あら なあに? 」
「 えへへ ちょっとナイショ。
ぼくはね〜 これでも庭いじり、経験者なんだ。 」
「 そうなの? いいわねえ 」
「 っていってもね〜 教会の庭だけど。
ちょっと思い付いた! 香りのいい花 だよね 」
「 ええ ・・・ うふふ 楽しみにしてるわね 」
「 きみがリハビリしている間に ― 競争だよ 」
「 はあい ・・・ がんばるわ 」
「 ぼくも さ。 」
二人は 温かい視線を交わし合った。
ヒュ −−−−− ガタガタ ・・・
裏山から吹き抜けてきた風が サッシを揺らしてゆく。
「 ・・・ ん〜〜 風が強いのねえ ・・・
お日様は こんなに温かいのに ・・・ 」
フランソワーズは 思わず空を見上げてしまう。
「 わあ ・・・ 真っ青ねえ きれい 」
雲の一片も見当たらない。 空全体が ぴかぴか輝いている。
太陽の光は 燦々と降り注ぎ 春をも思わせる。
「 日向は こんなに温かいのに ・・・ 」
ギルモア邸のリビングは 陽射しをいっぱいに取り込み
サンルームにもなっているのだ。
「 知ってるわ、本当はとっても寒い〜〜ってこと・・・
日本の、この地域の冬は不思議ねえ ・・・
パリなら灰色の空と凍てつく空気でいっぱいの頃のなのに 」
ヒュ −−−−−
季節風は 我が物顔に庭中を駆け抜けている。
リハビリで室内に籠っている間に 季節は確実に巡っていた。
「 ・・・ あ。 洗濯モノ 取り込まなくちゃ・・・
う〜〜 寒そうねえ ・・・ コート 着ていこっと 」
しっかり着込み、フランソワーズは裏庭にでた。
「 久し振りだわ ・・・ う ・・・わ なんて寒いのぉ〜〜
手袋、してくればよかった・・ 」
彼女は 洗濯モノ干場へゆっくりと歩いて行った。
「 まあ ぱりぱり ね。 よ〜〜く乾いて嬉しいけれど ― 」
絡まったり 片寄られたりしている洗濯モノと しばらく格闘した。
「 ・・・ ああ さむい〜〜 指先が凍えそうよ 」
お日様の匂いのするシャツやらリネンを抱え 勝手口に引き返す。
ん ・・・?
すい・・・っと甘く冷たい香が飛び込んできた。
「 ・・・ あ? まあ〜〜 こんなに 」
花壇には 白い花が風邪に揺れていた。
それは 白い波にも見える。
「 すてき・・・! すごいわあ〜〜〜 」
彼女は洗濯モノを抱えたまま 花壇の側に佇む。
「 〜〜〜 いい香り ・・・ あら ちがう香りも・・・? 」
馥郁とした優雅な、そして まったりた香りも飛んできた。
「 水仙 じゃあないわねえ・・・ どこから ・・・ 」
きょろきょろ見回せば ―
裏庭の端に見なれない木が数本あり 白い花をつけている。
「 ・・・ あ あの花 ・・・? なにかしら 」
「 梅、白梅さ 」
後ろから声が聞こえた。
「 ? ジョー ・・・? お庭にいたの? 」
「 ウン。 花壇と梅の木に水をあげてた ・・・
気に入ったかい 」
「 ええ! とってもすてき! ああ いい香ねえ 〜〜
ジョーが植えてくれたの? 」
「 きみが好きだって言ってたから ・・・ あのう ・・・ 」
「 ?? 」
「 そのう〜〜 お誕生日 おめでとう フランソワーズ 」
「 ! まあ 覚えていてくれたの? 」
「 ごめん ・・・ 気の利いたプレゼントとか できなくて ・・・ 」
「 ううん ううん ! 最高のプレゼントよ ジョー〜〜〜 」
「 え そ そう? 」
― ええ、 と彼女は満面の笑みで頷く。
「 あの ね この花・・・ わたしの父と母の想い出の花なの 」
「 そうかあ〜 いいなあ ステキな思い出だね 」
「 ・・ あ ごめんなさい・・・ 」
「 なんで謝るの?
これからは きみの好きな花にすればいいよ。 思い出の花さ 」
「 ・・・ ジョー 」
「 そうだ 表にも植えようよ?
ほら 門からず〜〜っと 玄関まで。 いいと思わない? 」
「 ええ ええ すてき! 」
「 毎年 きみの誕生日を祝ってくれるよ。 」
「 ・・・ うれしい ・・・ ! 」
きゅ。 ジョーとフランソワ―ズは しっかりと手を握り合った。
*******************
― いつの頃からか 町外れの岬は < 花の丘 > として
知られるようになっていた。
冬の、まだ北風が強いころに その大地にはいっぱいの水仙が花を開く。
なにもない台地に ほう〜っと広がった背の低い草が 白い花をつけるのだ。
そして 年を跨ぐころから 台地の奥には白梅が花をほころばす。
毎年 地元の人々を始め観光客も多く訪れる。
「 ・・・ うひゃあ〜〜 すっげ〜〜〜 」
「 ふう ふう ・・・ あの坂ってなんなのお〜
わ! ちょっと・・・ やば ・・・ 」
「 ・・・ ああ 今年も見られたな 」
「 そうですねえ おじいさん 」
にぎわう人々から 少し離れ
いつまでも花たちの合い間に佇む茶髪の青年がいた とか いない とか・・・
そんな噂話も 今は昔のこと ―
ヒトは来て また 去ってゆく
それでも 季節は巡り 春はやってくる
花たちは こそ・・と囁くだろう
な忘れそ と。
フランソワーズ ! お誕生日 おめでとう !!
******************************** Fin. ****************************
Last updated : 01,29,2019.
index
*************** ひと言 *************
遅くなりましが〜 フランちゃんお誕生日話 です☆
この水仙は 所謂 和水仙 で 白い花のヤツです。
ず〜〜っと以前に書いた 『 早春賦 』 と 対で
読んでいただけると嬉しいです (*´▽`*)