『   螺旋の夢   』

 

 

 

 

ひどい電波障害だった。

妨害電波に防御のためのバリア−、シ−ルド装置などその地域には見えない壁が

十重二十重に張り巡らされていた。

今、それらは中枢機能を破壊されたことにより一気に倒れこみ、

縺れ合い異常に連鎖し燃え上がる寸前だった。

さらに厄介なことに、辛うじて残った機能は全く気紛れに稼動したり落ちたりしているらしい。

 

 − ・・・ ダメだわ。 脳波通信だけじゃなくて 眼も耳も ・・・ メカ部分は使い物ならない・・・!

 

瓦礫の間に身を潜め、フランソワ−ズは唇をかんだ。

普通の視力で見渡せば そこはただの巨大工場の廃墟とも思われる。

あちこちから立ち昇っていた煙も 今はほぼ収まっていた。

時折風がたまらない異臭を運んでくるが、それも大分薄まってきた。

一見 終末の風景だが ・・・ 見えない落とし穴や罠 ( トラップ ) はまだあちこちに生きている。

じりじりとフランソワ−ズは動きだし、次に身を隠すポイントを探した。

 

 

かなりの苦戦を強いられたミッションだった。

ただの破壊で終るものではなく、相手方のデ−タを奪取・消滅させるのが主眼だったのだ。

後々に火種を残さないためにも 確実な<作業>が要求された。

大規模な基地だったので当然、執拗な防御と攻撃に遭い、サイボ−グ達は次第に

ばらばらに応戦することになってしまった。

 

  − 絶対に側を離れるな。

 

ジョ−は戦場で常にこの一言しか言わない。

 

  − ・・・・・・。

 

彼女もこっくりと頷くだけだ。

 

無言の信頼、無償の絆がいつも二人をしっかりと結びつけていた。

どんなに激しい戦闘でもお互いの姿は必ず視野の内にあった。

 

・・・ それが。

 

気が付いた時、周囲の爆音、機械音は一斉に鎮まっていた。

空気をかき乱していたレ−ザ−の光や飛び散る瓦礫も沈黙し、動くものはたちまち無くなった。

 

ああ、コントロ−ル部分を壊滅できたのね。

 

塹壕から少しだけ頭を覗かせフランソワ−ズは索敵に集中した。

 

  − ・・・・? どうして ・・・? なにも・・・ 

 

現在の地点からはそんなに離れてはいない中枢部の様子を

彼女の眼や耳は いっこうにキャッチできなかった。

自分の機能が故障したのか、とあわてて焦点を手近に戻してみたがどうもそうではないらしい。

えぐれた土砂に埋まった瓦礫や 焼け焦げ溶解しかかった機械類、 ・・・ そしてボロボロになった骸。

そんなものがどっと視野に入ってきた。

 

多分、バリア関係の機能だけが残っているのだろう。

 

・・・ ジョ− ・・・?

 

可視範囲に彼の姿はなかった。

彼だけでなく仲間達の姿は勿論、通信は一切途絶えてしまっている。

 

 − 捜さなくちゃ。

 

眼と耳のレンジをmaxにし、脳波通信をフル・オ−プンし、彼女は瓦礫の陰から陰へ

ひそやかに移動し始めた。

 

 

 

硝煙の臭いはほぼ、感じなくなった。 

いや、もしかしたら単に自分自身が慣れてしまったのかもしれないが・・・。

火災や爆発の煙に覆われた空には 太陽の輪郭も歪んで見える。

大気は無数の塵やら灰・ガスを含み淡い陽射しはますますぼやけていた。

風も弱まり、大気全体がどんよりと澱みいつまでも破壊の雰囲気を漂わせている。

もともと生物のいる場所ではなったが、 そこはやはり一種の墓場だった。

そう、機械の墓場、機能を停止し永遠に沈黙したマシン達が朽ちてゆく場所・・・

 

 ・・・ カラン ・・・・

 

足元から何かの鉄片が飛んでいった。

重くなりすぎた脚を引き摺り フランソワ−ズはそれでも歩みを止めない。

 

 − ジョ− ・・・・!! どこにいるの! 応答してっ ・・・

 

何百回目かの呼びかけに応えるものは ない。

 

・・・ ジョ− ・・・ どこにいるの。 返事して・・・ 呻き声でもいいわ。

 

フランソワ−ズは額に纏わる髪を掻き揚げ、汗で滑るス−パ−ガンを持ち直した。

ジョ−は どこにも居ない。 でも 居ない ということはどこかで生存している、ということだ。

信じて、ただ信じて。 彼女は脚を引き摺り、重い身体で彼を探し続ける。

 

共に戦ってきた仲間達は  いた。

彼女は全員を − ジョ−以外の − 見つけ確認し 弔った。

自分達の身体、それはたとえ機能停止し生命反応を発しなくなっていても

人目に晒すことは避けなければならない。

フランソワ−ズは 務めて無感情に破壊し始末した。

 

  − ・・・やっと これで ・・・ みんな <還れた> のよね。

 

涙の一滴もでない自分自身を別に冷徹だとは思わなかった。

そう・・・ これは自分らにとって待ち望んだ帰還、なのかもしれないのだから

ありきたりの感傷は無用だ。

 

ぐにゃりと変形してしまった鋼鉄の右手に、フランソワ−ズはそっと唇を寄せた。

手の持ち主のボディは激しい損傷でほとんど本来の形を残してはいなかったが

その表情は初めて見る穏やかなものだった。

 

 − ああ・・・ 貴方の闘いはやっと終ったのね。

 

永い間同じ運命を分け合ってきた仲間たち・・・ 彼女は彼らを心をこめて 送った。

 

 

 

ジョ−は。 どこにも居ない。 

でも、<いない>のはどこかで生きている、ということだ。

フランソワ−ズは 再びゆっくりと歩み始めた。

慎重に周囲に目を耳を働かせつつ ・・・ ひとつの手がかりも見落とすまいと

彼女はしゃんと頭を擡げ かっきりと目を見開いた。

 

瓦礫の山だけに見えるが処々に 焼け焦げたブッシュや辛うじて生き残った潅木があった。

無残な有様ではあるが、自然の草木にはやはり心が安らぐ。

前方に少しの茂みが見えてきた。 どうやら樹木も残っているらしい。

フランソワ−ズの足取りは自然に早まっていった。

 

 − ・・・ !

 

数メ−トル手前で一瞬、息を呑み足が止まった。

・・・ 一本の潅木の枝に なにか黄色いものが揺れている。

 

焼け残った樹に黄色い布の切れ端がひっかかっていた。

目にも鮮やかな布は引き千切られた一部が枝にしっかりと結び付けてあった。

見覚えのあるシミ・・・ そして その結び目。

なぜそんな場所に残っているのか、フランソワ−ズは結び目を見た時全てを理解した。

 

 それは  −  彼の別れの挨拶。 彼女への伝言。

 

ジョ−からフランソワ−ズへの無言のメッセ−ジなのだ。

 

  − さようなら ・・・ そして 後を頼む。

 

前方にかなりの規模で地面がえぐれていた。

あたり一面は完全に破壊し尽くされ 瓦礫の山になっている。

・・・ ああ、 ココ ・・・ で。

 

 

 ジョ− ・・・・・

 

 

 

からからに干上がった口の中で、ぽつりと愛しい人の名を呼び彼女も自分のマフラ−を外した。

汗ばんだ首筋が 風に曝され気持ちがいい。

フランソワ−ズは自分のマフラ−を枝に揺れている切れ端の隣にしっかりと結びつけた。

 

 ねえ・・・? ずっと一緒よね。 わたしたち、こうしていればずっと・・・一緒だわ。

 

縺れ合い微かに揺れる二筋のマフラ−に微笑みを投げかけ、彼女は踵を返す。

やらなければ。 ・・・ ジョ−の頼みだもの。 ジョ−の望みだもの。

 

ポケットに潜ませた起爆材にそっと指を伸ばす。

メンバ−達は万一に備え自分らの存在を抹消するためにその装置を持っていた。

そう ・・・ これを自分自身のために使うのももうすぐだ。

ミッションを完全に遂行するため。 最後の確認をするため。

そして。 そうしたら。

 

その後は ・・・ 愛しい人の待つ彼の地へゆくため。

 

フランソワ−ズは基地のかつての中枢部へ 再び歩き始める。

 

一面の瓦礫の中、煤暈けた赤い服だけが動いていった。

 ・・・ 空は何時の間にか晴れ上がっていた。 

時折、風が亜麻色の髪を梳いてゆく。 フランソワ−ズはふっと視線を真上にむけた。

 

  −  ・・・ 空が 青い。

 

 

 

 

「 ・・・ フラン? フランソワ−ズ ・・・? おい、大丈夫かい。 ねえ・・・・」

 

 ・・・ あ ・・・? 

 

とても懐かしい香りが ふわりと自分を包む。

耳慣れた低い声が きもちよく耳朶を擽る・・・

そう・・・っと見開いたぼやけた視界にまず入ってきたのは − 自分を覗き込むセピアの瞳。

 

「 どうしたの。 ひどく魘されていたよ? 」

 

自分を抱き寄せ、軽く揺すってくれる暖かい・からだ。

堪らなく懐かしい香りに包まれ、しばらくは声も出なかった。

 

 − ・・・・ ジョ− ・・・ !

 

フランソワ−ズは黙って腕を差し伸べ彼の首に絡めた。

 

「 なんだ・・・ 寝ぼけたのかい、甘ったれさん? 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ あのね ・・・ 悪い夢をみたの。 」

「 夢?  ああ、そうなんだ。 よかった、具合でも悪いのかと思った。 」

「 ・・・ 悪いわ。 」

「 え。  気分、悪い? ・・・熱は ・・・ ないよね。 」

こちん、とジョ−は自分の額をくっつけてきた。

 

「 ううん ・・・ 熱じゃなくて。 こころが痛かったの。 」

「 ・・・? 」

夢でよかった ・・・ と彼女は口の中で呟きジョ−の胸に顔を埋める。

そっと ・・・ 声になるかならないか・・・唇の動きだけで彼女は言った。

 

 − ・・・ 抱いて。

 

彼も黙って微笑み、彼女の身体を引き寄せた。

気味悪く纏わり付いていた冷たい汗は ほどなくして芳しい雫にかわった。

 

引き忘れたカ−テンの隙間からほのかな明かりが漏れてくる。

暁も近い薄明の中で、恋人達は彼女に溺れ彼に癒され同じ昂みへと上り詰めてゆく。

 

 −  そうよ、あれは単なる夢、・・・悪夢よ。

     二人の熱い想いで悪夢は追い払われるにきまってる・・・ 

 

そう、そうよ。 ジョ−が ・・・ いなくなるなんて、そんな ・・・ !

 

同時に熱いものを爆ぜさせ、二人は共に甘美な奈落へと落ちていった。

 

 

 

 

「 寝不足? 」

「 ・・・え ・・・ あ、ごめんなさい。 ぼんやりしてて・・・ なあに。」

「 いや・・・ この頃 眠そうだから。 疲れてるの? 」

「 そんなこと、ないんだけど。 でも・・・ 」

「 でも? 」

朝日の差し込むキッチンで ジョ−はマグ・カップ片手にじっとフランソワ−ズを見つめた。

 

彼女は。 

いつもと同じ、きっちりと櫛目の通った亜麻色の髪を流し、白いエプロンをかけ、

朝食のトレイを持ってきてくれた。

しかし 心なしか目の縁の色が沈んでいるようにも思われる。

そういえば・・・、とジョ−は心の内で頷いた。

最近共にする夜に、何度か魘される彼女を揺り起こしていた。

 

 − わるい夢をみただけ。

 

いつも彼女はそれしか言わない。

どんな夢?と尋ねるジョ−に、フランソワ−ズは小さく微笑むばかりだ。

あなたがいれば、大丈夫。 

彼女の笑顔からそんな答えが読めるので、ジョ−も強いてそれ以上は尋ねなかった。

ただ ・・・ きゅっと抱き締めれば彼女は安心してじきに穏やかな寝息を立て始めるのだった。

 

 

「 なんだかね ・・・ 夢見が悪いっていうのかしら。 」

「 ゆめみ?  きみは悪い夢って言うけど ・・・ 聞いてもいいかな。 どんな夢? 」

「 夢・・・というより 多分 ・・・ 思い出、かもしれないわ・・・ 」

「 ・・・ 思い出が悪い夢なのかい。 」

「 思い出って言うとキレイだけど。 わたしの場合は ・・・ そうね、過去の記憶、かしら。

 その・・・ 出来れば思い出したくないコトが多くて・・・ 」

「 ・・・・・・ 」

ジョ−はだまってカップを置いた。

  − 過去の記憶 

同じゼロゼロナンバ−・サイボ−グとはいえ、最後に仲間に加わったジョ−には

所謂 BGの基地での過酷な経験がほぼ皆無である。

あの組織を憎む気持ちに変りはないが、それ以上の過去に彼は踏み入ることはできない。

それは自分には許されることではない、とジョ−は思っていた。

仲間達も 出来れば忘れたいに決まっている。

 

「 それで ・・・あの。 目覚めてもぼ〜っとしてしまうみたい。 

 ごめんなさい、心配かけて。 」

「 きみが謝ること、ないだろ? 」

ジョ−の大きな手がそっと彼女の頬に触れた。

「 ・・・・ 」

その暖かさにほっとして こっくり頷いた拍子に涙がぽろり・・・と転がり落ちた。

 

被験体として扱われ、死ぬことすらできなかった日々、もうとっくに記憶の底の底に

固く封印したはずの<思い出>が ふ・・・っと水底からの有毒ガスのように浮かびあがる。

これは夢、悪い夢 ・・・ 魘されつつ、何度彼女は呟いたことだろう。

やっと解放されても ・・・ 常に背後に忍び寄る影に怯え片時も気を許せなかったあの放浪の日々。

最後に出会った <最強> の振れ込みの少年はただの頼りない男の子にしか思えない。

<明日>は全く先の見えない暗闇だった。

 

これは夢なの。 悪いわるい夢。 そうよ、御呪いで跡形もなく消えてゆくはず・・・

でも ・・・ どんな御呪いだったかしら・・・

 

彼女の悪夢、 どれも <幸せではない・自分> から逃げ出したくて。

魘され呻き続け ・・・ 

目覚めてほっとする日々だった。  とにかく  ・・・ 今は。 悪夢は 終った。

 

 

「 あのね。 御呪いがあるの。 」

「 オマジナイ? 」

心配顔のジョ−に フランソワ−ズは涙を払って微笑みかける。

「 そう。 あの、ね。 」

「 ・・・? ・・・・ え ・・・ ! 」

耳元でそっと呟かれた言葉に ジョ−は絶句したちまち首の付け根まで真っ赤になってしまった。

 

 − それはね。  < ジョ− > なの。

 

あなたの名前を呼べば あなたの面影をしっかりと心に浮かべれば。

わるい夢は忽ち消えて、夢魔の精はシッポを巻いて逃げ出すの。

そう・・・ ちっちゃい頃は ママンのキスだったわ。 お兄さんの大きな手だったわ。

それが 今。 

あなた、なの、ジョ−。 あなたがわたしの 御呪い。

 

「 ・・・・ あんまり効くとは思えないけどな〜 」

「 ううん。 効果抜群だもの。 」

それならよかった・・・ ジョ−はくしゃり、と彼女の髪を撫ぜた。

「 無理するなよ。 」

「 うん ・・・ ありがと。 」

 

それは

いつもの。 穏やかな。 普通の朝 ・・・ 

ギルモア邸のキッチンには まっさらな朝日が差し込み 海風は朝の香りを運んできた。

ジョ−は笑って仕事に出て行き、 フランソワ−ズは行ってらっしゃいのキスで彼を見送った。

 

そう ・・・ これからも・ずっと。 続いてゆく 当たり前の日々。

悪夢は追い払われ 遠い水平線の向こうに姿を消した ・・・ はずだった。

 

 

 

 

・・・ 声が出ない。

身体が動かない、 指一本持ち上げることもできない。

それでいて感覚だけが冴え冴えと蘇り 神経がひりひりと剥き出しになっている。

 

ジョ−がいない。

 

ただその事実だけが彼女の頭と心の全てを占めていた。

これは夢、悪夢・・・と頭の隅でわかっていても全身を締め付けるくびきはぎりぎりと強さを増すばかりだ。

 

  − ・・・ ジョ− ! どこにいるの。 還ってきて・・・ ジョ− ・・・ !

 

あんなに自慢していたオマジナイは 全然役にたたなかった。

咽喉元にまでこみ上げてくる熱い塊は 逃げ場を失い彼女の中で暴走した。

 

お願い ・・・ 還ってきて。  ここに、わたしの腕に。

 

  − ジョ− −−−−−−−−−−!!

 

 

 

「 おい? どうした? ・・・おいってば。 ファン? 」

「 ・・・ あ ・・・ 」

無理矢理こじ開けた重い目の前には 自分とおなじ青い瞳があった。

それは 半ば自分自身とも等しく近しい存在だった。

 

 −  ・・・ 知ってる・・・ このヒト、わたし、とてもよく知ってるわ。

    そう・・・  ずっとずっと前から ・・・・

 

「 ・・・大丈夫かよ? 目、醒ませ。 」

かくかくと身体が揺れるのは その人物が彼女の肩を揺すっているからだ。

青い瞳・・・ 自分よりちょっとだけ濃い麦藁色の髪・・・

しなやかな指先からは ほんのりジタンの香り・・・

 

「 ・・・ お兄さん ・・??? 」

 

「 なんだよ・・・ しっかりしてくれ。 ドアの外まで聞こえたぞ。

 具合でも悪いのか・・・って驚くじゃないか。 」

兄は笑って フランソワ−ズの髪をくしゃくしゃとなぜた。

「 ・・・ ごめ ・・・ ん ・・・ なんか・・・ 寝ぼけたみたい・・・

 ずっとヘンな夢、みてた・・・ 」

フランソワ−ズはのろのろとベッドに半身を起こした。

 

ここは。

見覚えのある、いや、ず・・・・っと昔からよく知っているアパルトマンの一室。

壁のシミひとつも、天井の煤ぼけ具合も 全部知っている。

そう ・・・ ここは。 パリのアパルトマン わたしの部屋。

 

「 ・・・ ごめん。 おはよう、お兄さん。 」

「 ほ〜ら。 さっさと熱いシャワ−でも浴びてこいよ。

 俺はもう出かけるけど、お前も急がないと遅刻するぜ? 」

「 ・・・ うん! 」

「 俺がいない間、戸締りとかしっかりしろよ。 このところ物騒だからな。 

 妙なヤツに付けまわされたとか 空き巣とか。 」

「 はいはい。 知らないヒトには付いて行きません? 」

「 おい? 真面目に聞けよ。 」

ぽん、と兄は妹の頭に手を当てた。

「 それでな・・・ あの。 次の休暇の時にお前に紹介したヤツがいるんだ。 」

「 わたしに? 」

目を見張る妹に 兄は苦笑を禁じえない。

お前だって年頃だろ・・・ もう少し自覚しろよ・・・

美人の妹の無頓着な笑顔に 兄も釣り込まれつい笑みを浮かべてしまう。

「 な。 俺のメガネにかなったヤツだ、きっと・・・ 気に入ると思うよ。 」

「 うん。 楽しみにしてるわね。 」

素直に頷く妹には 幼い日々の面影が見え隠れする。

 

・・・ 俺は コイツの幸せのためなら なんだってやってやる。

 

それじゃ・・・とキスを妹の頬に残して、兄は軍務にむかった。

 

「 行ってらっしゃ〜〜い、お兄さ〜ん ・・・ ! 」

開け放った窓から手を振って兄を見送り フランソワ−ズは大きく深呼吸をした。

 

パリの街が目覚めだした音がする。

カフェ・オ・レの香りが 漂ってくる。 石畳を足早に行く靴音も増えてきた。

いつもの・ごく当たり前の・普通の朝。

 

 ・・・ みんな 夢、そうよ、悪夢。  サイボ−グ? ・・・なに、それ。

 機械の身体・・・なんてSFの読みすぎじゃない? 

 わたし? ・・・ わたしは ・・・ そう ・・・ ゼロゼロ ・・・? 

 ううん! 違うわ。

 わたしはフランソワ−ズ、エトワ−ルを夢見てレッスンに精をだすただの女の子。

 

さあ、急がなくちゃ。 レッスンに遅刻しちゃう。

 

くるりと窓を背にした瞬間 ・・・ 彼女の回りの景色が揺らいだ。

え・・・ ??  声を上げる間もなく、フランソワ−ズの身体は崩れ落ち

黒い紗のカ−テンが目の前に下りてきた。

 

 

 

ワンワンワン・・・・

どこか ・・・ 近くから犬の鳴き声が聞こえる。 

あ、こら〜 ダメだってば〜 ふざけちゃ・・・

笑みを含んだ叱責の声 ・・・ とても懐かしい声も響いてきた。

 

・・・ わたし ・・・? ここは ・・・ 

 

ふと気が付けば。 目の前にはぱりっと乾いたリネン類が山となり、

自分の手元には畳みかけのシャツがある。

お日様の匂いが フランソワ−ズの回りを取り囲んでいる。

 

そう・・・ たしか。 さっきジョ−に手伝ってもらってコレを取り込んで・・・

・・・ ジョ− ・・・? ジョ−って ・・・ だれ。

 

手元のシャツの白さが ・・・ 鮮やか過ぎて目に沁みる。

 

・・・ 頭が痛い ・・・

ジョ− ・・・? ジョ−って ・・・そうよ! ジョ−だわ。

 

「 お〜い・・・ フランソワ−ズぅ〜 買い物に行こうよ? 」

「 はぁい♪ もうちょっと待って・・・ あと少しでお洗濯もの、畳み終わるから・・・」

「 オッケ−。 ぼく、花壇に水をやっているね〜 」

「 お願いね、ジョ−。 」

 

立ち上がりすぐ前の窓から見下ろせば。

そこは海辺をのぞむ高台にある洋館で、前庭には茶色の髪の青年と似た毛色の犬が

じゃれあっている。

 

・・・ わたし。 どうしたの・・・?

ああ、そうね。 あんまり気持ちのいい日だからちょっとだけ居眠りしちゃったのね。

それで ・・・ 夢を見ただけ、よ。 そうよ。

・・・ お兄さん ・・・ 夢でも逢えて嬉しかったわ。

ねえ? わたしってこんなに元気なの。 こんなに穏やかな日を送っているの。

あの、ね。 それで。 とっても素敵な人とめぐり合ったのよ。

どうぞ ・・・ 安心してね。 わたし 幸せ です。

 

窓を大きく開け放ち フランソワ−ズは遥か彼方の空に微笑みを送った。

 

さあ、今晩は何にしようかな。 ジョ−はまたカレ−、なんて言うのかしら。

 

 

 

「 え〜とね・・・。 次はお魚屋さん。 」

「 オッケ−。 え・・・きみ、魚って大丈夫? そのぅ〜 食べられる? 」

買い物袋を両手に提げて、ジョ−はちょっと心配そうに振り返った。

「 勿論よ? フランス人って結構お魚好きよ? ブイヤベ−スとかエスカペッシュとか。 」

「 ブ・・・? それって・・・なに。 」

「 え・・・う〜ん? そうねぇ・・・ ブイヤベ−スはお魚類のシチュウ・・・ああ、煮込み、みたいなの。

 エスカペッシュは揚げたお魚を野菜なんかと一緒にマリネするの。 ほら、すっぱいのよ。 」

「 ふうん・・・。 ねえ、リクエスト、いい? 」

「 まあ、珍しいわね〜 どうぞ?  」

「 うん ・・・ あの、さ。 ぼく。 エビフライ。 」

「 え? ふふふ・・・・ いいわよ、勿論。 じゃ、美味しそうな海老、買いに行きましょ。 」

「 うん! 嬉しいな〜 」

 

・・・ エビフライ? ふふふ・・・ほっんとうに子供みたいなヒトね・・・

 

ぎこちなく差し出してくれた腕に フランソワ−ズはすっと寄り添い自分の腕を絡ませる。

そう、このごろやっと彼はそんな仕草をしてくれるようになった。

 

小さな店ばかりが並ぶ商店街を 二人はのんびりと歩いてゆく。

ジョ−が提げている籐製の買い物籠には 湿り気を帯びた包みが一番上に鎮座していた。

 

へい、お待ち。 獲れ獲れの海老だよっ。

お〜や・・・新婚さんかい?  そんじゃほら。 オマケしとくよ。 

へへへ・・・海老がヤキモチ焼いてるよ〜

 

威勢のいい魚屋のオッサンに冷やかされ ジョ−は前髪の陰で真っ赤になっていた。

それでも。 

繋いだ手は暖かく海砂の混じる道に 二つの影法師がゆらゆらと寄り添って揺れた。

 

 − ああ ・・・ これがわたしの望んでいた日々。 ええ、幸せよ。

   もう二度と 悪夢には巻き込まれないわ。

 

長い捻じれ攀じれた螺旋の悪夢から 今、自分は解放されたのだ・・・

フランソワ−ズは ジョ−のシャツでこっそり目尻を拭った。

 

 

 

あんなに熱く・激しく求めあったのに。

ジョ−はもう穏やかな寝息を立て 投げ出した腕はぴくりとも動かない。

 

  − ・・・ ジョ− ・・・? ずるいな〜 先に寝ちゃって・・・

 

まだ身体の中に響く潮騒を遠く聞き、フランソワ−ズはジョ−の寝顔にそっと唇を寄せる。

セピアの前髪は額に縺れ、びっくりするほど長い睫毛はしっかりと伏せられたままだ。

 

ああ こんな日々を過せるなんて ・・・ 夢みたい・・・!

愛してる ・・・ 愛しているわ、ジョ− ・・・!

 

フランソワ−ズはもう一度、ジョ−の広い胸に顔を埋め。

 

 − ・・・ え ???

 

不意に 全てが消えた。

 

  ・・・ ジョ− ? ジョ− ・・・・ どこっ?!

 

 

 

 

・・・ え ?

自分の声で 目が覚めてしまった。

なにか ・・・ とてつもなく大きな声で叫んでいたらしい。

ジョ−・・・、確かそんな名を呼んでいた・・・そう、繰り返し、何回も。

でも。

ジョ−って ・・・ だれ。 何のこと?

 

フランソワ−ズは横になったままぼんやりと天井を見上げた。

煤ボケたシミの多い天井・・・ 隅に亀裂のはいった壁 お気に入りのカ−テンが窓辺に揺れる。

もう何年も見慣れた・ここは・自分の部屋。

 

  −  あれ・・・・ なんなの。 いつもの ・・・・ 夢の続き?

 

のろのろと寝返りを打つ。

ふと 目の端に映った時計に フランソワ−ズは目が張り付いてしまった。

 

いっけない! 寝坊しちゃった!! 今日はお兄ちゃんが帰ってくるのに。 

 

ばさ・・・っ!

彼女は勢いよくベッドから飛び出した。

 

 

 

「 ・・・? フランソワ−ズ? そんなに慌てて・・・ どうしたの。  」

「 あ ・・・ コンシェルジュのおばさん。 お早うございます。 」

「 はい、お早うさん。 おや、お出掛けかい。 」

「 ええ! 今日ね、お兄さんが休暇で帰って来るの、駅まで迎えに行くの! 」

「 ああ そりゃよかったね。 気を付けてお行きよ。 」

「 はぁい ♪ 」

 

トントントン・・・ 軽い足音がアパルトマンの古い階段を駆け下りて行った。

 

「 まあま ・・・ いつも元気で明るくて・・・ 本当にいい子だよ。

 誰か ・・・ いいヒトはいないのかねぇ ・・・ 」

コンシェルジュ ( 管理人 ) の老婆は微笑んで彼女の姿を見送った。

 

 

「 大変、たいへ〜〜ん! 早い方の列車だってお兄さん、言ってたわよね。

 間に合うかしら? 」

駆けて行く彼女の後を  黒いクルマが  ゆっくりと  追って  いった。

 

 

その日を境に この亜麻色の髪の乙女の足取りはぷつり、と消えた。

 

彼女は悪夢の螺旋に取り込まれ ・・・ その先に 待っているのは 待っていたのは。 

 

 

*******    Fin.    ********

Last updated: 10,03,2006.                            index

 

***   ひと言   ***

暗い話で申し訳ありませぬ〜〜 <(_ _)>

始めも終わりもない堂々巡り・・・みたいなハナシですが。 パラレルっぽいし。

原作他、いろいろ・混ぜこぜの設定になってしまいました。

彼女が この 悪夢の螺旋 から抜け出すオマジナイはやっぱり < ジョ− >

最後の最後までフランちゃんはジョ−君と一緒にいて ・・・ 欲しいのです。

・・・結局 らぶらぶ・93 が書きたかったのかも・・・・ (>_<)