『 甘い・甘い・あま〜い 』
きゅ−−−−−− ・・・・・!
微かな摩擦音をのこし、銀色の煌きをつれて一台の自転車がギルモア邸の門を抜けていった。
玄関を脇を通り過ぎ 邸の裏手へと進んでゆく。
がたがた・・・・かたかたかた・・・ん・・・・・
畑やら物干し場がある裏庭は むき出しの地面になっていてでこぼこなのだ。
おっとっと・・・ ここは仕方ないわよね。 ・・・ っと・・・
・・・ きゅ ・・・!
フランソワ−ズはスム−ズにお勝手口へと自転車を寄せてとめた。
「 ふう〜〜 やれやれ。 お買い物をしまって・・・と。 まずは午前の部、終了、ね。
自転車さん、ご苦労さま〜〜 」
ひらり、と降りた自転車を彼女は優しく撫でる。
一見どこにでもあるママチャリなのだが、 実は博士の開発した絶対安全バランス型・・・
前後にかなりの重量の、それもむちゃむちゃ動き回る荷物を乗せてもビクともしないス−パ−自転車なのだ。
― その<荷物>達はいま、お友達とお絵描きかお遊戯でもしていることだろう。
フランソワ−ズは よいしょ、と買い物袋を後ろ座席から持ち上げる。 かなりの量だけど平気平気。
前の座席からハンドバッグを取り出し ・・・ え〜い、誰も見てないものね・・・・と
お勝手口のドアノブを とん・・・と蹴りあげた。
・・・ カラ −−− ン ・・・・!
キッチンへのドアは素直に錠を開き、この屋の女主人を迎えいれた。
「 あ〜・・・あ。 ただいま・・・ 」
靴を脱ぎ飛ばして上がり、 食料品のナマモノはとりあえず冷蔵庫に放りこむ。
冷凍食品は ・・・ 買ってないはず。 あとは・・・あとで整理すればいい・・・!
「 ふふふ〜〜〜 これでお迎えタイムまで自由だわ〜〜♪ 」
だれもいないキッチンで フランソワ−ズはに〜んまり・・・・満足の笑みを浮かべていた。
「 おかあさ〜〜ん アタシのおぼうし、どこ。 」
「 昨日、どこに置いたの? すぴかのお帽子でしょう? 」
「 う〜ん ・・・ おかあさん、さがして〜〜 」
「 もう・・・! あ、ほら。 テレビの横に引っかかっているのはなあに?
すばる?! いやだわ、まだ御飯食べているの? 早くなさい、遅刻しちゃうわよ! 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ まだ みるく、のこってる〜〜 」
「 もう〜〜 残していいわ。 ほら早く! 」
「 おのこし、したらいけませんって、 なおみせんせいがいったよ。 」
「 ・・・ それじゃ! お家に帰ってきてから続きを飲みましょ。 お母さん、とっておくから。 」
「 うん・・・わかった。 あれえ〜 ぼくのくつしたはあ〜? かたっぽしかない〜 」
「 ここに、お椅子に下に落ちてますよ! ほら〜ほらほら早く! すぴかはもうお玄関よ。 」
「 う、うん ・・・ あ、きんぎょのき〜すけにイッテキマス、するのわすれた・・・ 」
「 お母さんが言っておくから! 早く〜〜いらっしゃい! 」
「 おあかさ〜〜ん アタシ、さきにいってもいい。 」
「 だめ! 園まで歩いては行けないでしょ。 お母さん、自転車で送るから。 」
「 だってえ〜〜 すばる、おそいよ〜 ようちえん、はじまっちゃうよ〜 」
「 う〜ん・・・ それじゃ、先にシ−トに乗ってなさい。 」
「 は〜い。 すばる〜〜〜 あんた、うしろだよ〜〜 」
「 すぴか〜〜 うん。 いま いくね〜〜 あれ? 僕のおかばん、どこだっけ・・・? 」
「 お母さんが持ってます! ・・・いらっしゃい! 」
母はついにのんびり息子を抱え上げて運びだし、玄関前にとめた自転車の後ろに座らせた。
「 いい?しっかり座ったわね? すぴか。 安全ベルト、した? 」
「 う〜ん! しゅっぱつしんこ〜〜う! 」
「 はいはい。 それじゃ・・・行くわよ。 」
リリン・・・と軽い音をたて、3人乗り用自転車はなめらかに発進した。
ジョ−とフランソワ−ズの双子の子供たち、すぴかとすばるは今、幼稚園の年長さん。
地元の幼稚園に通っているのだが、 なにせギルモア邸は街外れの辺鄙な場所、
毎朝 母が二人を自転車の前後に <積み込んで> 園まで送り迎えしているのだ。
ギルモア邸の門からは下の公道までかなりの急坂が続く。
所謂私道なので、他の車が来る心配はないが自転車で降りると結構なスピ−ドがつく。
「 きゃわ〜〜い・・・! おかあさ〜ん もっとはやくゥ〜〜〜 」
「 すぴか! ちゃんと座っていて頂戴! ・・・ すばる? 大丈夫? 」
「 ・・・ う ・・・ うん ・・・ おかあさん・・・ 僕、おうち かえる〜〜 」
「 これから幼稚園でしょう? なおみ先生も わたなべ君も待ってるわよ。 」
「 ・・・ だって ・・・こわい〜〜 ゆれるんだもん〜〜 」
小さな手が きゅ・・・っとフランソワーズのスカ−トを握り締める。
「 大丈夫よ、すばる。 もうすぐよ。 ほうら・・・大きな道に出たから、もう揺れないでしょ。 」
「・・・ うん ・・・ 」
「 あ! どらっぐすとあ のオジサンだ! お〜じさ〜〜ん、おはよ〜〜うございま〜す! 」
「 おう! お早う〜〜 すぴかちゃん! 」
すぴかは顔見知りのご近所の人たちを見つけてはご機嫌で挨拶をしている。
「 すぴかさん、 ちょっと静かにしていらっしゃいな。 」
「 え〜〜 どうして。 ごあいさつはおおきなこえで、ってなおみせんせい、いったよ。 」
「 ・・・ そうだけど。 自転車の上では・・・別よ。 」
「 ふうん ・・・ 」
前座席の娘はちょこっとほっぺをふくらませ、後ろ座席の息子はぺたり、と母の背に顔を付けているらしい。
背中が微妙に熱くなってきた。
「 ・・・ すばる? どうしたの、寒いの。 ・・・ きもち、悪いの? 」
「 ・・・ ううん ・・・ おかあさん、いいにおい・・・・ 」
「 え・・・ そ、そう? ああ・・・ ほら? もうすぐ幼稚園よ、皆いるかな〜〜 」
「 わ〜〜〜〜いい! せんせい〜〜〜 すぴかよ〜〜〜 」
「 ・・・うっく・・・・ おかあさ〜〜ん おハナがでた〜〜 」
「 ええ? おカバンにティッシュが入っているわ、それで チ〜ンしなさい。 」
「 ・・・ やだ〜〜 僕、おてて、放すの、こわい〜〜〜 」
「 え。 う〜〜ん・・・ いいわ! お母さんのオ−バ−でふいて!( くくく・・・お気に入りなのに・・・) 」
「 うん・・・・ くしゅ・・・ 」
「 ( ・・・ ああ・・ ) もうすぐよ、ほら。わたなべ君よ、 おはよう〜〜って。 」
「 あ。 お〜〜は〜〜よ〜〜う! わ た な べ く〜〜ん !! 」
すぴかが前座席で ぶんぶん両手を振っている。
「 ちょっと! すぴか、そんなに暴れないでちょうだい。 ・・・ はい、着きました。 」
「 おかあさん、はやく〜〜 アタシ、おりたい〜〜 」
「 はいはい・・・ すばる、ちょっと待っててね。 」
「 うん、いいよ。 ・・・ あれえ? 僕のお帽子、どっかに飛んでいっちゃったよ? 」
「 ・・・ なんですって?! あ、お早うございます、なおみ先生〜〜 」
「 わ〜〜〜 なおみせんせい〜〜 おはようございます〜〜 」
「 はい、お早うございます、島村すぴかちゃん、すばる君。 お早うございます、島村さん。」
にこやかに迎えてくれた先生に双子をお願いし、 フランソワ−ズは自転車にもどった。
・・・ ああ、やれやれ。 あ! すばるの帽子!
あ・・・な〜んだ、ご本人が背中に背負ってるじゃない・・・
飛ばしたはずの帽子を背中にゆらゆらさせて 彼女の小さな息子が歩いてゆく。
姉娘はとっくに園内に消えてしまった。
セピア色の髪の下に黄色い帽子が揺れている・・・・
ふふふ・・・ あの後ろ姿ったら。 ジョ−にそっくり・・・
歩き方までなんとなく似ている風に見えてくるわ。 おっかしい〜〜
くすくす笑いつつ 島村さんちの奥さんは勢いよく自転車を発進させていった。
四六時中、ちいさな手が纏わりつき甲高い声に呼ばれ・・・ どこへ行くのも何をするのも <ひとり> に
なるのはとてもじゃないけど無理な日々だった。
島村さんち にやって来た二人の天使たちにフラソワ−ズは掛かりっきり、ジョ−は勿論分担してくれた
けれど、平日はどうしても彼女が孤軍奮闘することになる。
・・・まさに髪振り乱し、思い通りには絶対に行かない・イキモノ達と <闘った> った。
ああ・・・! お願いだから! ほんの10分でいいの、わたしを一人にして!
何回叫びたかったことか・・・
しかし もし一人になれたとしたら、今度は子供たちのことが死ぬほど心配になるだろう。
天使達は天使の顔をしていたが 時には充分に! 悪魔的な存在でもあったのだ。
そんな子供たちも無事、幼稚園にあがり お母さんはちょこっとだけ。 ようやく余裕が生まれたのだ。
もっとも、幼稚園は信じられないくらい早い時間に < さようなら > タイムになってしまうのだが・・・
ともかく! 島村さんち の双子のお母さんは <フランソワ−ズ>としての時間を
ようやく取り戻したのである。 ・・・ ほんのちょびっとだったけれど。
「 さ〜て・・・と。 なにをしようかな・・・ みちよが送ってくれたDVD、見ようかな。
・・・ オペラ座の『 ジゼル 』 かあ。 いいわねえ・・・ 演出は変わったのかしら。
あ、その前にとびっきり美味しいカフェ・オ・レ、淹れよう。 」
フランソワ−ズはご機嫌でコ−ヒ−の用意を始めた。
ふんふんふん〜〜♪ 年長さんになって園にいる時間もちょっと伸びたし。
二人が一年生になったら・・・ 朝のレッスンにも通えるかも・・・
そうだわ! ポアントにリボンでも縫い付けておこうな。
DVDをセットして。 いい香りを漂わせているカップをテ−ブルにおき。
フランソワ−ズは ぼすん・・・とソファに身体を沈めた。
カチ・・・ っとリモコンを押せばTVのままになっていた画面にはニュ−スが流れ始めた。
「 あらら・・・・。 まあ、可愛いわね。 なあに? ・・・ああ、チョコレ−トね。
あら〜〜 もうその季節かあ・・・ 今年もたっくさん貰ってくるのでしょうねえ・・・ジョ−ってば・・・ 」
微妙・・・な吐息がひとつ、ふたつ 零れてしまう。
「 今年はわたしも作ろうかしら。 そうそう・・・ここに来て初めての年、一生懸命作ったっけ・・・ 」
14日当日になって知った <習慣> に 大慌てで作った不恰好なチョコ。
それでも 彼女の想い人は大感激で受け取ってくれた。
・・・ もしかして初めてキスしたのも あの夜だった・・・かもしれない。
― それが。
「 紙袋一杯・・・ いろ〜んなチョコを持って帰ってきてたのよね・・・ 後からわかったんだけど。 」
あれから 年毎に彼が持ち帰るチョコは数も増え、質も向上している・・・・ようなのだ。
「 ・・・ま、この国の <習慣> ですものね。 気にすることないのよ。 オマツリよ、 うん。 」
ここ数年は子供達にかまけ、 彼女自身のチョコは ・・・ オヤスミ である。
・・・ どうしようかな。 今更・・・って笑われちゃうかしら・・
ふ〜ん?と頬杖ついて思案している・・・つもりだったのだけれど。
ふぁ〜〜〜 ・・・・ かっくん かっくん ・・・
ほんの数分の後。 ギルモア邸のリビングで。 ソファの上には亜麻色の髪が豊かにひろがり・・・
島村さんちの奥さんは ぐっすりと眠りこんでいたのだった。
チリチリチリ ・・・・ ちりちりちり −−−−− !
・・・ んん〜〜〜 なあにい・・・ 今頃・・・ もう朝なのォ・・・ え!? ええええ〜〜!!!
ばっと起き上がり見上げたさきには 柱にかかった鳩時計があった。
・・・ 12時 ・・・? うそォ〜〜〜!!!!???
慌ててTVのスイッチを押してみれば < お昼のニュ−スです。 >
「 うそ・・・・ わたし。 寝ちゃったんだ・・・・ 」
フランソワ−ズはしばし呆然とソファに座っていた。
テ−ブルの上ではカフェ・オ・レが冷え切って、DVDは投げ出したままだ。
「 ・・・ あああ・・・ もう〜〜 わたしったら〜〜 」
子供達のオヤツの用意をしなくちゃ・・・ 買い物も片付けなくちゃ・・・とフランソワ−ズは
溜息と一緒にソファから立ち上がった。
「 TV消して・・・ あら? またチョコの話題? それっきゃないのかしらね・・・ 」
< 小さな子供達にも人気な商品になっています。 >
説明と一緒に 画面にはなにやら人気アニメのキャラ・チョコなどが映っていた。
「 へえ? コドモまでもねえ・・・・ ふうん、面白い国ねえ、ココは。 え〜と今日のオヤツは・・・
・・・・ あ。 そうよ、チョコ! 去年、焦ったじゃない!! 」
フランソワ−ズは切りかけていたリモコンのスイッチをきゅっと握りしめてしまった。
そう、去年の < 2日 14日 >・・・
「 ・・・ あら? すばる、これはなあに。 これ・・・お菓子でしょう? 」
「 うん。 ぼくの。 」
「 ぼくのって・・・ お母さん、こんなお菓子、買ったおぼえないわよ? 」
「 ・・・ もらったの。 」
「 もらった?? 誰に。 おヨソの方からなにか頂いたらすぐに言わなくちゃだめでしょう? 」
息子の前には幼稚園鞄の中味がごたごたと広げられている。
ハンカチにティッシュにお弁当箱。 タオルに連絡帳、そして なぜか 可愛いラッピングの包みがみっつ。
「 ないしょ・・・って。 」
「 ナイショ? 誰が。 」
「 ・・・ いわない。 ないしょ・・・ってやくそくしたんだもん。 」
「 約束??? へんなすばるねえ。 あら、カ−ドが着いてるわ・・・ え・・っと・?
< しまむら すばる くんへ すきです まゆみ >
< すばるくんへ だいすき〜〜 ユリ >
< だいすきなすばるくんへ りな >
・・・・ なんなの、これ。 ねえ、すばる〜〜 これって・・・なあに。 」
「 ナイショなんだって〜〜 」
「 だからね ・・・ いいわ、 わたなべ君のお母さんに伺ってみるわ。 」
「 おか〜さ〜ん! おやつ、まだ〜〜〜 ! 」
「 はいはい、今 出してあげますよ・・・ すぴかは・・・ 貰ってないみたいねえ・・・ 」
二つ並んだちいさな鞄を前に、フランソワ−ズはしきりに首を捻っていた。
「 あら〜〜 それはバレンタインのチョコなのよ〜〜 うちの大地ももらったみたいよ。 」
「 ・・・ は? ばれんたいんのちょこ?? 」
「 ああ・・・奥さんはご存知ないのね。 でもバレンタイン・デ−ってお国にもあるでしょう? 」
慌てて電話をした相手、わたなべ君のお母さんはころころ笑って教えてくれた。
「 ええ・・・ でもそれはオトナの話で・・・コドモ、それも小さな子には関係ないんです。 」
「 まあ、そうなの。 へえ・・・場所によっていろいろねえ。 あのね 日本ではねえ・・・ 」
「 ・・・ え? 告白・・・ ギリ・・・なんですって? 」
すばるの しんゆう のお母さんのレクチュアに フランソワ−ズはひたすら感心して聞き入った。
「 それで ・・・ あのう、お礼とかは・・・ 」
「 ああ、それはね、ちゃんと <決まって>いてね・・・ 」
「 ・・・ はああ〜〜〜 ・・・ そうなんですか。 ・・・ ありがとうございました・・ 」
ホワイト・デ−のことまで教わり、半ば呆然〜〜と彼女は電話を置いた。
3月14日は! 忘れないようにしなくちゃ・・・!
近頃の女の子ったら。 本当にオマセちゃんなのねえ・・・
・・・・あ! ウチにも 女の子 が居たのだわ!
「 ・・・ すぴか〜〜 ? すぴかさん。 どこにいるの。 」
「 おかあさん、すぴか、おにわだよ。 」
「 え? あら オヤツは。 もう食べちゃったのかしら。 」
「 ううん。すぴか、てつぼう、しながら食べるんだって。 あしかけうしろまわり にちょうせんなんだって。 」
「 ・・・ あしかけ・・・なんですって?? 」
「 あしかけうしろまわり。 すごいんだよ〜〜 すぴかってね〜 ぶんぶんまわるんだ。 」
母の横で すばるはの〜んびりビスケットを齧りつつジョ−の読み止しの雑誌を広げていた。
「 いやだわ、それですぴかはお外でオヤツ、食べてるの?? まあ・・・ お行儀悪いわねえ。
あ、すばる、 それ、お父さんのご本でしょう? 汚したらダメよ。 」
「 うん! これね〜 じぇ〜あ〜る がいっぱいでてるから、おとうさんがみてもいいよ、って。 」
「 ああ、そうなの? ・・・ねえ、ねえ すばる。 あのチョコの・・・まゆみちゃんってどんな子?
ユリちゃんって・・・ たなべゆりちゃん? りなちゃん・・・ってだあれ? 」
「 ないしょ♪ 」
「 ・・・ う〜〜ん すばるのケチンボ〜〜 」
「 けちんぼじゃないよ。 おとうさんがおとこはやくそくをまもらなくちゃいけないよって。 」
「 ・・・ う〜〜ん・・・ 男同士で結託して〜 ! いいわ、すぴかに聞いてみるから。 」
フランソワ−ズは残っていたチョコを持って裏庭に出た。
「 すきなおとこのこ? ・・・ うん、いる。 」
母のえらく遠まわしな問に すぴかはいとも簡潔に応答した。
母ゆずりの亜麻色の髪をくしゃくしゃにし、彼女は鉄棒にぶら下がっている。
裏庭に父が作ってくれた鉄棒が目下彼女のお気に入りで、毎日暇さえあれば飛びついて
まわったりぶら下がったり・・・逆上がりなんかはとっくにクリアしているらしい。
毎朝母が綺麗に梳かして結ってくれる髪は すでにくしゃくしゃになり纏わりついていた
その髪を大きく揺らして くるりん・・・と母の前で彼女は一回りしてみせた。
「 あ・・・ ああ、そうなの? それじゃ・・・ 今日、ごめんね、ばれんたいん だったのに。
お母さん、全然気がつかなくて・・・ こういうチョコ、あげたかったでしょ。 」
「 いいもん。 べつに。 」
すぴかは鉄棒の上からちら・・・っと母の手にあるチョコに目をやった。
「 ね。これから一緒につくらない? それで、明日、遅れてごめんね・・・って渡してあげればいいわ。 」
「 明日、日曜日だよ。 」
「 あ・・・ そうか。 じゃあ 月曜に・・・ ねえ、すぴかさん。 鉄棒もいいけど・・・
お家でご本読んだり、しない? すばるはお父さんの雑誌、熱心に見ているわよ。
オヤツも・・・お家の中で食べましょうよ。 」
「 う〜ん ・・・ アタシ、でんしゃのしゃしん、きょうみないし〜。 てつぼう、もっとじょうずになりたいの。
オヤツはね〜 すずめさんとわけっこするんだ♪ だからおせんべいがいい♪ 」
「 ああ ・・・ そうなの? じゃ・・・今晩、一緒にチョコ、つくりましょ。 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ おかあさんのおてつだいならする。 」
「 ええ、それでいいから。 ね? ああ・・・ほら。 髪がくしゃくしゃよ? 今朝結ってあげたリボンは
どうしたの? ピンクでとっても可愛いかったのに。 」
「 え〜 ・・・だってじゃまっけなんだもん。 おかばんにいれといた。 」
「 ・・・ わかったわ。 それじゃ・・・寒くなる前にお家に入るのよ。 」
「 は〜い♪ 」
ふう・・・
かっころサンダルを鳴らして フランソワ−ズはお勝手口に戻っていった。
あ〜あ・・・ 女の子なのに・・・
娘と一緒にお菓子を焼いたり、髪を結ってあげたり・・・夢だったのに・・・
フランソワ−ズが待ちに待っていた <女の子> は 見た目は彼女とそっくりだったけれど
中味は ・・・ どうも全然別の種類に属するニンゲンのようなのだ。
もちろん可愛い大切な娘なのだけれど ・・・ 彼女はちょびっとだけ溜息がでてしまう。
「 おかあさ〜ん。 僕、もっとチョコ食べたいなあ。 」
「 え? ・・・だめよ、さっきたくさん食べたでしょう? 晩御飯が食べられなくなりますよ。 」
「 晩御飯、ちゃんと全部食べるから〜〜 」
裏庭から帰ってきた母に すばるはくっついて回っている。
「 だめ、明日にしなさい。 ・・・あ、そうだわ? それじゃ一緒にチョコ・ケ−キ、作ろうか。 」
「 け−き? うわあ〜〜うわあ〜〜 うん! 僕 お手伝いする〜〜 」
「 ふふふ・・・それじゃね、すぴかも呼んできてくれる? ケ−キだよう〜って。 」
「 うん! 」
すばるは大喜びで姉を呼びに裏庭にすっ飛んでいった。
「 ジョ−ったら。 いつまで眺めているのよ。 」
「 え・・・ うん。 なんだか食べちゃうのが勿体無くてさ。 」
ジョ−はテ−ブルの上にあるケ−キをさっきからずっとにこにこと眺めている。
「 やだわ、ケ−キなんてまたいつでも焼くわよ? あ・・・もしかしてチ−ズ・ケ−キの方が好きだった? 」
「 そんなことないよ! だってさ、 このケ−キは特別だもの。 」
「 ・・・ ああ、子供達がお手伝いしてくれたから? そうねえ、すばるって結構上手なの。
粉を篩うのなんかね、根気よく丁寧にやってくれたのよ。 」
「 アイツって器用なんだよ、知らなかったかい。 でもな〜 今夜はさ・・・
すぴかの < おとうさん 大好き♪ > のキスつきだもの♪ できれば永久保存したい・・・! 」
ふう〜〜・・・ ジョ−の口からは満足と幸せの吐息がもれている。
どうやらすぴかの すきなおとこのこ とは父親のことだったらしい。
あらまあ。 父親が娘に甘いっていうのはいつだってどこだって同じなのね。
へえ・・・? ジョ−ってこんなゆるゆるな顔、することあるんだ・・・?
フランソワ−ズはちょびっとフクザツな気分で 彼女の夫君の紐が解けた笑顔を眺めていた。
問題の <ちょこ・け-き>、当家の令嬢は父親の前に運んだだけだったのだが・・・
「 ねえ、聞いて? すばるがね、みっつもチョコを貰ってきたの。 同じ組の女の子からですって。 」
「 おお〜〜 アイツもやるなあ。 ふふふ・・・さ〜すがにぼくの息子だけあるな。
三人だって? モテるじゃないか、将来が楽しみだなあ、うん。 」
「 ・・・ ジョ−。 そういえば ・・・ あなた、今年の分は? 」
「 ・・・ え ・・・!? あ・・・・ あの・・・・ うん、まあまあ・・・かな。 」
ジョ−はソファに寛いで鷹揚に笑っていたのだが 瞬時に冷却・フリ−ズしてしまった。
「 まあまあ・・・って。 持って帰ってきたのでしょ。 ・・・ 出してくださる。 」
「 え・・・ あの。 アレ・・・は う〜んと・・・ どこかに寄付してくるから・・・ 」
「 ダメよ。 これって<お返し>をするのでしょう、三月に? わたし、今日教えていただいたわ。 」
「 あ・・・う、うん・・・ 」
「 だからちゃんとどなたから頂いたかチェックしておかなくちゃ。 」
「 ・・・ いいんだよ、これって、皆 あの・・・義理チョコだから、さ・・・ 多分 」
「 ギリ? でもお返し、するのでしょ。 数だけでも確認しておくわ。 持ってきてちょうだい。 」
「 ・・・ 明日にしようよ、 もう遅いし・・・ 」
「 ジョ−? 」
碧い瞳が ひた・・・!とジョ−を見つめている。
う・・・・ あの眼にはなあ・・・ ぼくは絶対に逆らえないんだ・・・
ジョ−は渋々腰を上げ、リビングから出てゆき・・・ほどなくして戻ってきた。
― 両手にかなり大きな紙袋を提げて。
「 ・・・ あの。 これ・・・ 」
「 これ・・!? 全部、なの。 」
「 うん ・・・ 一応・・・ 」
ジョ−はのろのろとはいって来ると どさり、と件の<荷物>をテ−ブルの上に置いた。
「 そう・・・ とにかく、出してみましょ。 カ−ドとか付いているのでしょ、落とさないようにして。
名前、チェックしておかなくちゃ。 」
「 え・・・! な、名前〜〜 」
「 そうよ、<お返し> 必要なのでしょう? えっと・・・なだっけ・・・・ 白い日? 」
「 ??? ・・・・あ、 ああ・・ ホワイト・デ− か。 」
「 そう! その日に。 」
「 ・・・ うん、まあ・・・そうなんだけど。 なに、キャンデ−とかクッキ−、買って配るから・・・ 」
「 それでも! だいたいの数が必要よ。 ともかく見てもいい? 」
「 ・・・ どうぞ。 」
ジョ−はずず・・・っとこまこま・ちまちましたラッピングの小箱の山を押しやった。
「 失礼します。 ・・・ あら、これって・・・ 」
「 ・・・ あの・・・ ぼく、ちょっと。 そのう〜〜 車の整備してくるね。 なんかちょっとエンジンの具合、
悪かったかもしれないから。 ・・・ あ、すぐもどるよ。 」
「 ・・・ ふうん、これは随分と・・・ ええ? あ、なあに、ジョ−・・? あら? 」
フランソワ−ズがチョコの山から視線を移した時には 彼女の夫の姿はリビングからは消えていた。
「 ジョ−? ・・・ 敵前逃亡したわね。 ったく・・! 」
がさり・・・ と島村さんの奥さんは甘い香りがぷんぷん漂ってくる <山> をかき回した。
「 すごいわねえ・・・ どれもこれも。 ギリ・・・とかじゃないわ。
ああ・・・これ。 多分手作りね〜〜 ラッピングも凝ってるし・・・ あら、こっちのは・・・
もしかして 〇〇の?? すごい・・・ これ一個1000円近くするはずよね。
・・・ ギリでも 習慣でもないってことは。 本命 ・・・? 」
― はああ ・・・・・
フランソワ−ズは深いふか〜〜い溜息をついた。
「 ・・・ フラン? まだ 起きてるかい・・・ 」
「 あら、ジョ−。 作業は終ったの。 」
ジョ−が寝室のドアをそ〜っとあけた。 どうやらガレ−ジからバスル−ムに直行したらしい。
「 ・・・ ウン。 汚れたからついでに風呂、入ってきたんだ。 」
「 そう、ご苦労様。 今夜は冷えるから早く休みましょうよ。 」
「 あ・・・ ああ、そうだね。 うん・・・。 」
ジョ−はもそもそとベッドに潜り込んでいる。
「 ねえ、ジョ−。 これ・・・ 」
「 ・・・ え ? 」
フランソワ−ズは 先ほどの膨らんだ紙袋をふたつ、ジョ−の前に置いた。
「 やっぱりあなたが見ておくべきだわ。 どれもこれも・・・綺麗で心がこもっているわ。
わたしには ギリ・・・ には見えないの。 皆 ジョ−に想いを寄せているんだわ。 」
「 ・・・ ごめん・・・! ごめん、フランソワ−ズ・・・・ ぼくは、その・・・ 」
ジョ−はがば!っと跳ね起きると 彼の妻にアタマをさげた。
「 ・・・ ジョ−ったら・・・ あなたが謝ること、ないでしょ。 ジョ−のせいではないわ。
このヒト達のせいでも・・・ないのよね・・・ 」
「 ・・・ フランソワ−ズ・・・ 」
「 だから、ちゃんと来月にはお返し、用意しましょ。 それがせめてものお礼よ。 」
「 ・・・ ありがとう、フラン。 ぼく・・・ちゃんと所帯持ちだって表明してるのに。
あ、オフィスの机にはね、ちゃ〜んときみとコドモたちの写真も飾ってあるんだよ! 」
「 まあ、そうなの。 わたし、気にしてないわ、全然。 だからこれ・・・ ジョ−が処分してくださる。 」
「 ・・・ うん・・・ そうだね、どこかに寄付することにするよ。 」
「 ありがとう、ジョ− ・・・ 」
フランソワ−ズは屈んでジョ−の頬にキスを落とした。
「 あ〜あ・・・ なんだか冷えちゃったわ。 もう一回さっとお風呂に入って来ようかしら。 」
う〜ん・・・と伸びをし、フランソワ−ズはネグリジェに手を伸ばした。
「 ・・・ あの、さあ。 」
「 なあに。 ・・・ あ! まだ・・・あるの?? 」
「 え?! そ、そんなんじゃないよ。 あの・・・それでな・・・ 」
「 だから なあに。 なんなの。 」
「 ・・・ うん。 あの ・・・そのう〜〜 きみ、からは ・・・ 貰えない、のかなあ・・・ チョコ。 」
「 ・・・ え。 あ・・・! ・・・ ごめんなさい・・・ 忘れてたわ。 」
「 あ・・・そっか。 そうだよね、コドモたちがいて忙しいものね・・・ 」
「 あのチョコ・ケ−キ、じゃだめ? あれはコドモたちと一緒に作ったのよ、あなたにって。 」
「 あ、うん。 それはちゃんとわかってるよ。 うん、ぼくの奥さん・・・ 」
「 わたしもすぴかと同じよ。 」
「 ?? すぴかと ? 」
「 そうよ。 ・・・ おとうさん 大好き♪ って。 愛してるわ・・・ ジョ− 」
フランソワ−ズは手を伸ばし、セピアの髪をそっとなでた。
「 いつもで どこでも。 ジョ−が一番好きよ。 もしかしてすぴかに嫉妬するくらいに・・・ね 」
「 ・・・ そっか。 チョコがないなら・・・ 別のものを貰うよ。 」
「 え? ・・・ あ・・・ きゃ・・・! 」
ジョ−はそのまま く・・・っと彼女の身体に腕を巻きつけるとベッドに引き摺りこんだ。
「 やだ、ジョ−ったら。 わたし、まだ着替えていないし・・・ もう一度お風呂・・・きゃ・・・ 」
「 チョコの替わりさ。 ううん、チョコよりも全然イイモノ・・・ この唇が食べたい! んんん・・・ 」
「 ・・・ んんん ・・・・ もう〜〜 あ、やだ・・・ってば・・・ 」
「 だめ。 もう観念しろよな・・・・ 今晩は恋人たちのための夜なんだからさ・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・んんん ・・・・ 」
ジョ−はしっかりと彼女を抱え込み、組み敷くとゆっくりとセ−タ−の裾を捲り上げた。
チョコの山は袋に詰め込まれたまま・・・ 夫婦の寝室のドア際に置きっぱなしになった。
「 そうよね〜〜 去年あのチョコの山はどうしたのだったかしら? 」
フランソワ−ズはう〜〜んと腕組みをして考えこんだのだが・・・ 全然思い出すことはできない。
「 う〜ん・・・? 多分ジョ−がどこかへ持って行ってくれたのよ、 うん、多分・・・ 」
それよりも! とフランソワ−ズはきゅっとエプロンの紐を結びなおした。
今年は、ううん 今年こそ! ジョ−が感激するチョコをつくるわ!
「 もうこんな時間だしあんまり凝ったことはできないけど。 気持ちが大切なのよね、気持ちがね。
精神的にオバサン化しちゃだめなのよ。 頑張るわ! 」
自分自身に言い聞かせ、 うんうん・・とうなずき。 島村さんちの奥さんはぱたぱたキッチンに向かった。
「 え〜と? 買置きのチョコレ−トを利用して・・・そうそうミックス・ナッツがあるから・・・ 」
フランソワ−ズはチョコつくりに夢中になっていた。 そう・・・・なにもかも忘れて。
ピン ポ−− −−− ン ピンポーン ・・・!
「 これで・・・ 湯煎の温度もちょうどいいわね。 うんうん・・この調子〜〜 ♪ 」
ピンポーーーーン ・・・!!!
「 よ〜し・・・ ! このままトロ〜〜トロトロ・・・ あ♪ いいカンジじゃない? 」
ピンポーーン! ドンドンドン・・・・!!!
「 ? なあに、うるさいわね! ちょっと黙っていてちょうだい! ・・??! ええ? あれ・・・いっけない!
わたし、さっきお勝手口からあがったから・・・お玄関のセキュリティ、復活させてないんだわ!
は〜〜い!! 今、行きます〜〜 」
会心の出来のチョコも、 湯煎中のチョコもなにもかも放り出し、彼女は玄関に飛んでいった。
ギルモア邸のオ−ト・セキュイリィは 軍事基地なみのレベルで家族以外はほとんどはねつける。
( お馴染みの新聞配達の兄ちゃんとかデリバリ−・サ−ビスやら宅急便屋さん、郵便屋さんは別 )
鉄壁にちかいこのシステムにこの家の女主人はあまりいい顔をしていない。
「 ・・・ でもねえ。 ウチに誰もいない時には切っておきたいわ。 」
「 切る?? だってそれじゃセキュリティーの意味をなさないじゃないか。 」
「 う〜ん・・・ そうれはそうかもしれないけど。 でもね、ジョ−。 誰も居ない時なら外から普通に・・・
鍵をかけておけばいいでしょう? ウチに鍵はちょっとやそっとでは壊せないし。 」
「 しかしね、フランソワ−ズ。 なにかあったら・・・。 」
「 ねえ、ジョ−。 わたし達・・・普通の家族が普通の家に住んでいるのよね? 門のセキュリティ−は
仕方ないけど、せめて玄関の鍵くらい 普通 にしておきたいの。 」
「 ・・・ きみがそこまで言うのなら・・・ 」
ジョ−はついに根負けし、以来、当家では全員留守 の時には <普通に> 外から鍵を掛けるのだ。
オ−ト・セキュリティ−・システム は 家にいる住人達の安全を守ることに徹してもらっている。
「 は〜〜い!! どちら様・・・・? 」
「 おかあさ〜〜ん!! すぴか〜〜〜 」
「 おかあさん、 僕 〜〜 開けてぇ〜〜〜 」
「 ええ?? すぴか?? すばるも、なの??? 」
慌てた母はとっさにじ・・・っと <見た> 玄関の前には彼女の子供達がとんとんドアを叩いていた。
そして
「 お〜〜い・・・フラン〜〜 どうしたんだい? いるんだろ〜〜 愛してるよぉ〜〜 」
「 やだ、ジョ−ってば。 あんな大声で〜〜 もう・・! 」
スリッパを跳ね飛ばし素足のままタタキにおりるとフランソワ−ズは ぱ・・・っとドアを開けた。
「 ・・・ おかえりなさい。 でも どうして?? 」
「 おかあさ〜ん ただいま〜〜 」
「 おかあさん ・・・ うっく ・・・ おかあさ〜〜ん 」
二人の子供達はドアの隙間からころがり込んできて、 母のエプロンにしがみ付いてきた。
「 お帰りなさい。 ・・・ でも どうして? 随分早いわよねえ? 」
「 おかあさん、遅いんだもん。 ずっとまってたんだ〜 おとうさんがきたの。 」
「 ・・・くっしゅ・・・ おかあさん、おかあさん〜〜〜 僕 まってたの〜〜 」
すばるはとうとうべそをかき始めた。
「 あらら・・・どうしたの、二人とも。 泣いたりしておかしいわ。 ・・・・ねえ? 」
フランソワ−ズは屈んで双子をきゅ・・・っと抱き締めた。
「 おかあさん おかあさ〜ん・・・ 」
「 ・・・僕 ・・・ 僕ゥ〜〜 おかあさ〜ん・・・ 」
二人とも母の胸に顔を押し付けて涙声でもごもご言っている。
「 ?? なあに、お母さん、全然わからないわ? だってまだそんな時間じゃ・・・ ええ?? 」
振り返り、玄関にかかる旧い大きな柱時計を見上げ。 彼女は固まった・・・!
「 ・・・ うそ・・・! だってそんな。 もう・・・こんな時間なの?? 」
「 きみ、どうかしたの? 幼稚園からぼくの方に電話がきたんだ。
いくら携帯にかけてもきみが出ないって。 会社からじゃ ・・・ 脳波通信もダメだろ? 」
「 ・・・ うそ・・・! ・・・あ! わたしの携帯、ソファで・・・クッションの下敷きかも・・・
・・・ ジョ−。 その恰好・・・ その物凄いオ−バ− ・・・ どうしたの?? 」
「 うん? ・・・ 似会うかな〜♪ 」
ジョ−はに・・・っと笑い大きく腕を広げてみせた。
夫がどうも奇妙な恰好をしている、とは思っていたのだが・・・
島村氏は。 横幅はだぶだぶで丈はつんつるてん ・・・ 毛羽立ってしまった黒っぽいオ−バ−を
羽織っていたのだ。
・・・ オマケに裾から覗く脚には。 見覚えがありすぎる、あのブ−ツが見え隠れしていた・・・!
「 もしかして。 下・・・ あれ、着てるの? 」
「 ぴんぽ〜ん♪ オフィスの裏から幼稚園の側まで ・・・ 最高レベルで加速してきた。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・・ それで・・・ そのオ−バ−・・・ 」
「 あ、これ? 園の近くの、ほら、雑貨屋さんがあるだろ。 なんとかドラッグ・ストア って名前の。 」
「 ええ。 わたし達がここに来た時からある古いお店でしょ。 すぴかはあそこのご主人と仲良しなの。 」
「 ウン、ぼくも何回か寄ったことがあってさ。 あそこのおっさんに古いオ−バ−と自転車、借りたのさ。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 おっさん、仮装行列かい?って笑ってた・・・ それで幼稚園に飛び込んたのさ・・・ 」
「 そうなの〜〜 お父さん、たたた・・・ってはしってきてくれたの〜〜 それでね、 すぴかね〜〜
おとうさんにだっこしてじてんしゃでね〜〜 」
「 僕! ぼくも〜〜〜 おとうさんにね〜〜おんぶしてじてんしゃでね〜〜 」
「 ??? なあに、どうしたの?? 」
「 ははは・・・ あのな、借りた自転車は普通のヤツだったから。 すばるをおぶってすぴかを前に抱っこして
あのマフラ−で二人纏めてぼくの身体にくくりつけて帰ってきたんだ。 荷台には荷物もあったしさ。 」
「 まあ・・・!! 」
「 おかあさん、あのね、あのね〜〜 おとうさん、自転車びゅ〜〜んって! 凄いの〜〜 」
「 おかあさ〜ん、おとうさんのお背中ね〜〜 おっきくて僕ちっともこわくなかった〜〜 」
「 ・・・ そうなの・・・ よかったわね・・・ 」
「「 うん!! ねえ、オヤツ〜〜 」」
さっきまで半泣きの双子は もうにににこ・・・はしゃぎまわっている。
「 あ・・・オヤツね・・・ お手々洗ってウガイして。 ああ、ついでにお顔も洗ってらっしゃいな。 」
「「 は〜〜い♪ 」」
姉弟は仲良く手をつないでバスル−ムに駆けていった。
「 あはは・・・元気だなあ、二人とも。 」
「 ・・・ ジョ−・・・・ ごめんなさい・・・ わたしったら・・・ 」
「 うん? ああいいよ。 ちょっと驚いたけど。 事故とか事件じゃなくてよかったよ。 」
「 あの・・・ね。 わたし・・・・ チョコレ−ト、作ってて・・・時間を忘れちゃったの・・・ 」
「 チョコレ−ト??? 」
「 そ。 ・・・ 今日・・・ 今年こそジョ−に・・・手作りのチョコ、あげたくて。 それで・・・
だって・・・ 今年も沢山もらったのでしょう? 高価な ・・・ 本命チョコ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョ−はばさり、とぶかぶかのオ−バ−を脱ぎ捨てた。
「 ・・・ おいで。 」
「 うん ・・・ 」
赤い特殊な服の胸に フランソワ−ズは素直に身体を預けた。
「 ・・・ ほんとうに・・・きみってヒトは・・・ もう〜 なんて可愛いんだろう・・・ 」
「 ジョ−・・・ あの。 怒っていいのよ? 」
「 なにを怒るのかな。 ・・・ きみがこんなに可愛いことを?
チョコよりもまず・・・きみを味わいたいな・・・ ぼくの本命さんは ・・・ この唇だけさ。 」
「 ・・・ あ・・・ んんん 〜〜〜 」
「 んんん 〜〜〜 ただいまのキス、まだだったよね♪ ・・・ んんん・・・・ 」
二人は玄関でチョコレ−トも溶け出すモ−ドにどっぷりと浸っていた。
島村さんち のヴァレンタイン・デ−はどこよりも・誰よりも あま〜〜い・甘い♪
「 ・・・ まだかなあ〜〜 」
「 まだかなあ。 いつもよりながいよねえ。 」
「 うん。 ・・・ あれ? すばる、このふくろの中・・・ チョコだよ、ほら。 いっぱい・・・ 」
「 あ〜〜 ちょこだあ〜〜 おとうさん、チョコもってかえってきたんだ。 」
玄関のすみっこで。
らぶらぶの両親を待っていた双子達は ジョ−の荷物を見つけてしまった。
大きな紙袋の中を ・・・ そうっと覗いてみていた。
「 うん、ばれんたいん だよ! おとうさん、チョコ、いっぱいもらったんだね〜。 」
「 すごいや〜〜 あ。おてがみ、ついてるよ〜 ほら、すぴか。 」
「 ほんとだ。 ・・・・すばる。 ありがとう、のおへんじ、出そうよ。 」
「 おへんじ? うん♪ 僕〜〜 おりがみ、もってくる。 すぴか、かいて。 」
「 いいよ。 アタシ、くれよん もってくる! 」
「「 ・・・ うん♪♪ 」」
さて。
翌年のバレンタインには。 島村氏へのチョコの量は加速的に増加していった。
前の年に可愛い <おへんじ> をもらったお姉さんたちが 今年も!って張り切ったのだ・・・
2月14日 ― 島村さんち にはいつだってあま〜い香りが漂っている。
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Last
updated : 02,24,2009.
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時期ハズレになってしまいました、ごめんなさい〜〜 <(_ _)>
はい、な〜んてことない、で〜れでれなご夫婦の日常、であります。
ジョ−君は博士が開発した < 耐加速用・袋> にチョコを突っ込んで
持ち帰ってきた・・・のだと思ってくださいませ(^_^;)
どんなに山のよ〜〜に本命チョコがきても 奥さんの笑顔と
二人の天使たちには敵いっこありません♪ ジョ−君はきっと オフィスの机に
で〜〜ん!と家族写真をかざっていることでしょう♪
・・・甘すぎて胸焼けしましたか? ひとことなりともご感想をいただけましたら
幸いでございます〜〜〜 <(_ _)>