『 この大空に 』
****** はじめに ******
このお話は 【 Eve Green 】様方の <島村さんち> の設定を拝借しております。
今回は 落書きです〜 とめぼうき様がおっしゃるイラスト元絵を拝見した途端に
ぱ〜〜っとお話が浮かびました(>_<)
おねだりした完成イラストは こちら。
まず、この素敵絵をご覧になってから拙作へどうぞ m(__)m
「 あれ? お母さ〜ん! お使い〜〜? 」
・・・ あ。 すばる・・・
フランソワ−ズは門から入ってきて息子の姿に 一瞬棒立ちになってしまった。
後ろ手でそっと玄関のドアを閉める。
髪をかきあげるフリをして さささ・・・っと顔を、頬を払った。
・・・ うん、大丈夫。 涙の痕は残ってないわ。
「 すばる。 お帰りなさい。 」
「 ただいまぁ〜。 お母さん、お使い? 今晩、なに〜。 僕、カレ−がいいなあ。 」
「 ・・・ すばる。 オヤツはいつものトコに入っているからね。 」
「 うん♪ ねえねえ、今晩、カレ−にして〜〜 」
「 ・・・ お母さん、ちょっと ・・・ お出掛けするから。 御飯はお父さんに頼んでね。 」
「 え〜〜〜 ? どうして、どこにゆくの、お母さん、晩御飯には帰ってくるでしょ。 」
「 ・・・・ わからないわ。 」
「 お母さん ??? 」
母を見上げる小さな息子のセピア色の瞳にはみるみる涙がもりあがってきていた。
あ ・・・ いけない ・・・!
三年生になってもどうもこの子は甘えん坊で、双子の姉・すぴかとは随分違った少年なのだ。
あらら・・・ 困ったな。 ここで泣かれたら・・・ あ、そうだ!
「 ねえ、すばる。 一緒に ・・・ 行こうか。 」
「 え〜〜 いいの? わ〜〜いわ〜い 」
涙を振り飛ばし、すばるはぴょんぴょん跳ね回っている。
「 そうね・・・ じゃ、ランドセルは置いて・・・ お玄関に入れておきなさい。 」
「 うん。 ちょっと待ってね〜〜 」
すばるはぱたん、とドアを開け玄関にはいると またすぐ飛び出してきた。
「 行こうよ〜〜 お母さん! 」
「 ・・・ ええ ・・・・ 」
母の手を握って、すばるはぐんぐん歩き始めた。
「 あら〜 強いのね、 ちょっと待ってまって・・・ 」
「 お母さん! は〜やく♪ 」
「 はいはい ・・・・ 」
フランソワ−ズはちらり、とリビングのテラスを振り返ったが すぐに息子と一緒に歩きだした。
・・・ いいのよ。 知らないわ! ・・・ええ、好きなようにしたらいいのよ・・・!
「 お母さん。 ・・・ どうかした? 」
「 え ・・・ ? 」
気がつけばセピアの瞳がじっと自分を見つめている。
一瞬、 彼女は息子の瞳を夫のものか、と思ってしまった。
・・・ あ・・・ あの。 なあ・・・ フランソワ−ズ・・・
ふっとそんな声が彼女の耳の奥で響いてくる。
ぷるん、とフランソワ−ズは頭を振った。
「 ・・・ あ、 ああ すばる。 ごめんなさい。 さ、行きましょ。 もうすぐバスが来るでしょ。 」
「 駅の方まで出るの? わ〜いわ〜い 僕、JR見たいなあ〜 見てもいい? 」
「 ええ、いいわよ。 」
「 あ、お母さん、バス! バスが来たよ〜〜 」
「 あら、丁度よかったわね。 さ・・・ 競争よ? よ〜〜い・・・! 」
「 うわ〜〜〜い♪ 」
フランソワ−ズは息子と一緒に家の前の坂道を駆け下りていった。
散り遅れた桜の花びらが ひらひらと二人の後に舞い落ちていた。
「 お母さん。 どこへ行くの? 」
「 ・・・ え? 」
「 あ、お稽古場? またタクヤお兄さんと りは−さる があるの? 」
「 ううん・・・ 今日はね、違うの。 」
「 ふうん? じゃあ、どこ。 」
「 ・・・ えっと ・・・ 」
バスを降りて地元の駅舎に入り、すばるは電車を眺めて大喜びである。
・・・ え〜と。 どこ・・・・って。
どうしよう。 わたし・・・ 行くところがないわ。
・・・ 張大人のお店にでも行こうかしら・・・
フランソワ−ズはぼんやりと路線図を見上げた。
古びた駅舎の壁には路線図だの運賃表・時刻表の他にいろいろなポスタ−が張ってある。
温泉地やらもう期間が過ぎてしまった < お花見ツア−>、沿線各地の催し物・・・
あ ・・・ !
隅っこの方に貼ってあるポスタ−に フランソワ−ズの目が釘付けになった。
・・・ ここ。 行きたい・・・ 空が みたい・・・!
「 すばる? 電車に乗りますよ。 」
フランソワ−ズは線路を眺めている息子を呼んだ。
「 どこ? どこに行くの。 遠く? JRに乗る? 」
「 ええ。 立川まで。 」
それはほんの些細なコトだった・・・ と思う。
今となっては 何が原因だったのか、当のご本人ですら思い出せなかった。
残っているのはむしゃくしゃした気分だけなのだ。
・・・ ふん! なんだってあんなに機嫌が悪いんだ?
いろいろ言うクセに 最後はいつもだんまりなんだものな・・・・!
バサ・・・・!
乱暴に拡げた新聞から真ん中の数枚が抜け落ちてしまった。
・・・ もう・・!
島村氏はいささか八つ当たり気味に 足元の紙面をつかみ上げた。
ふう ・・・・
何百回目かの溜息をつき、かなりくしゃくしゃになった新聞の陰から そっとキッチンの方を窺った。
あれ。 ・・・ いないのか。
ふ〜ん ・・・ バスル−ムで顔でも洗ってるのかな。 庭かもな・・・
そういえばさっき玄関のドアが閉まる音を聞いていた。
お茶、飲みたかったんだけどなあ。
・・・ ま、 いいか。 ふん、ぼくだけのために最高に美味しいコ−ヒ−、淹れよう。
ジョ−は勢いこんでソファから立ち上がり、スリッパを鳴らしてキッチンにむかった。
「 ・・・ わかったわ。 」
彼の奥さんは 低い声で、でもはっきりと言った。
俯いているので顔はよく見えないが まあ・・・ 少なくとも笑ってはいない様子だ。
「 ぼくの言うとおりだろ。 それでいいんだよ。 」
ジョ−はなるべくごく普通の声音で応えた。
「 わかったわ。 あなたがわたしの意見を聞く気を全く持っていないってことが
ようくわかりました。 」
「 フランソワ−ズ! 」
「 はい、なんですか。 」
「 だから・・・! さっきからぼくが何回も言ってるじゃないか。 あれは・・・ 」
「 もう結構。 これ以上話あっても無駄のようね。 」
フランソワ−ズはぱっと顔をあげ、正面から彼女の夫を見つめた。
・・・ うわ。 もしかして・・・ かなり怒ってる・・・のか?
碧い瞳はいつもと同じに深く美しいのだが そこには笑みの影すらみられない。
ジョ−は一瞬 背筋がぞぞ・・・っとしたのだが、同時にふん!という気概も沸いてきた。
そ、そんな目で見たって・・・ 平気だからな!
ぼくはきみの夫で この家の主なんだから・・・!
内心、ジョ−はかなりびびっていたのだがぐっと脚を踏みしめ、でもなんでもない風を装った。
そうさ、いつまでもオンナの言いなりになんか・・・なるもんか・・・!
「 そうだね。 時間の無駄だ。 」
「 ・・・ そうね。 」
フランソワ−ズは静かに立ち上がり、エプロンを外した。
「 ともかく。 ぼくはそうするから。 了解しておいてくれ。 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 おい! フランソワ−ズ・・・・ 」
ジョ−の細君は 大きな瞳でもう一回じっと彼女の夫を見つめるとくるり、と踵を返した。
・・・ ヤバ・・・・ こりゃ完全に怒ってるな・・・・
すたすた出てゆく細い後姿を見つめ、 ジョ−はもう後悔の気分で一杯になっていたのだが・・・
脚は動かず咽喉からは一言も言葉がでてこなかった。
ふ、ふん ・・・・ ! オトコにはオトコの論理っていうモノがあるのさ!
オンナにわかってたまるか。
いささか苦しい言い訳を自分自身にして、ジョ−はどっかりソファに腰を沈めた。
ふんふん・・・・
わざとらしいハナウタは完全に調子はずれで、読む気もない新聞を大きく広げ彼はその陰に埋まった。
しばらく ギルモア邸のリビングには妙ちくりんなハナウタが切れ切れに聞こえているだけだった。
こぽこぽこぽ・・・・・
サイフォンからいい香りの蒸気が立ち昇り、やっとキッチンが暖かくなってきた。
「 さ〜て・・・ できたぞ。 なにか、ないかな。 そうだ、昨日焼いていたオ−ツ・ビスケットは・・・ 」
お〜い、フランソワ−ズ・・・と振り向いて ジョ−ははっとした。
そうだ・・・ 喧嘩してたんだっけ。
・・・・? アイツ、どうしたんだ? まだ庭にいるのかなあ・・・・
ちぇ・・・っとまたまた舌打ちし、ジョ−はあちこちの戸棚を開けたり閉めたりし始めた。
え〜〜と ・・・ ビスケット ・・・ ビスケットはどこだ??
「 ただいま〜〜〜!! た ・ だ ・ い ・ ま!!!! 」
ばん!っと玄関のドアが大きな音をたて、一緒に甲高い声が響いてきた。
「 ただいま! お母さ〜〜〜ん、 オヤツ 〜〜〜 」
お。 ウチのお転婆姫のご帰還だ♪
ジョ−は不機嫌のムシはどこへやら、キッチンからこれまた大きく返事をした。
「 おう、お帰り〜〜〜 すぴか♪ 」
ぱたぱたぱたぱた・・・
元気な足音が勢いよくリビングに飛び込んできた。
たちまち、小さな亜麻色の頭がジョ−の目の前に現れた。
「 お帰り、すぴか。 」
「 ・・・ お父さん。 あ、今日はお休みか。 お母さんは? 」
妻と同じ色の瞳が じっとジョ−を見上げている。
・・・ あ。 なんだか・・・ ヤバイなあ・・・
「 え、 ああ。 庭にでもいるだろ? 」
「 ううん。 お庭には誰もいないよ。 アタシ、逆上がりしながらず〜〜っと見てたもの。 」
現在 鉄棒少女なすぴかは毎日登校前と帰宅後、庭に作ってもらった鉄棒で
<逆上がり>をするのが日課なのだ。
今日もくるりん〜と一回り・二回りしてから玄関を開けたらしい。
「 え! 庭に・・・ いない? 」
「 うん。 それにさ〜 すばる、どっか行ったの? 」
「 すばる? まだ帰ってきてないよ。 」
そうだ! 息子がまだ帰宅していないことに、ジョ−はようやっと気がついた。
寄道の女王様の娘とちがって、彼の息子はいつもだいたい同じ時間に帰ってくる。
どうも彼なりのタイム・テ−ブルがきっちり決まっているらしい。
それにしても。 ジョ−は壁の時計を振り返った。
すばるの <お帰り・タイム> はとっくに過ぎていた。
「 うそ〜〜。 お父さん、気がつかなかった? ほら・・・ 」
すぴかはぶら下げてきた弟のランドセルをよいしょ・・・っと持ち上げてみせた。
「 あ。 それ、すばるのかい。 」
「 そうだよ。 お玄関のすみっこに置いてあった。 すばる、一回帰ってきて・・・
これ、置いて出かけたんだよ〜 あ・・・重い〜〜 」
かちゃん・・・とすばるのランドセルが床に転がった。
「 ・・・ お母さんと一緒だ、多分。 」
「 え〜〜 お母さんと? ・・・ねえ、ねえお父さん〜〜 お母さん、どっかいったの。
どうしてすばるだけ一緒なの。 ・・・ねえ、お父さん・・・ 」
「 あ・・・ え・・・ その〜〜 」
・・・ あ。 まずいな・・・
すぴかの瞳、母譲りの碧い瞳がゆるゆると潤んできた。
こしこし・・・
トレ−ナ−の袖で すぴかはそんな涙を一生懸命ぬぐっている。
ジョ−はなぜかずきん・・・・と心が痛んだ。
そう、自分の娘に そんな泣き方はさせたくなんかない。
自分の娘や息子を 親のことで悲しい思いをさせるのはジョ−には許せないことなのだ。
ぼくの子供達は いつもにこにこしていなくちゃ!
「 すぴか。 ・・・ お母さんとすばるを迎えに行こう。 」
「 ・・・ え?! ・・・ うん! お父さん、すぐ行こうよ。 」
「 まあ、待て。 すぴか、お顔を洗っておいで? そんな顔だと・・・またお母さんに叱られるぞ。 」
「 あ・・・ えへへへ・・・ ちょっと! ちょっとだけ待っててね、ね! お父さん。 」
「 ああ、ちゃんと待ってるから。 綺麗にしておいで。 」
「 うん ! 」
バスル−ムに駆けてゆく娘の姿を見つつ、ジョ−は密かに溜息をついた。
・・・ お迎え、か。
でも。 さて、どこへ行けばよいのだろう? 彼の細君と息子は ・・・ どこへ行ったのか??
そんなに遠くに行くわけはないよな。 大人の店か・・・
・・・ ぼく達って。 行くところなんてないんだな。
すこしばかり苦い笑みを ジョ−は浮かべていた。
しかし、それならば尚の事。 二人はどこへ行ったのだろう。
ジョ−は玄関の鍵を確認して、じつは途方に暮れていた。
「 お父さん! どこへ行くの。 」
「 ・・・ うん ・・・ う〜ん ・・・ そうだ、駅まで出よう! ああ、すぴか。 今日はこっちにおいで。 」
ジョ−はいつものとおり、後部座席に乗り込もうとした娘に言った。
「 え、いいのお? わ〜い♪ へへへ・・・ お母さんみたい。 ねえ、ジョ−? な〜んて♪ 」
すぴかは大喜びで助手席に座ると 父親にぴたっと身体を寄せてきた。
母親と同じ亜麻色の髪、母よりももっと柔らかい髪がジョ−の腕をくすぐる。
・・・ わ・・・! ちょ、ちょっと・・・なんでこんなにそっくりなんだ・・・・!
ジョ−は自分の娘と妻の面影が重なり、どきん・・・!と心臓が跳ね返る。
「 ・・・さ。 シ−トベルト、ちゃんと止めたか。 」
「 うん。 ねえ、駅に行くの? いいけど・・・ お母さんさ、どこへ行ったの。 」
「 え〜っと。 ちょっとな〜〜 急な用事でね、すぴかにお帰りなさい、言ってる時間がなかったのさ。」
「 ・・・ふうん ・・・ 」
ジョ−は滑らかに愛車を発進させギルモア邸まえの急な坂道を降りていった。
「 お父さん。 」
「 なんだい、すぴか。 」
「 お父さんさ。 ・・・ お母さんと喧嘩したのとちがう? 」
国道に出たとき、すぴかがすばりと言った。
「 な・・・! なんで・・・・? そ、そんなコト・・・ないさ。 」
「 そっかな〜〜 だってお出掛けの時ってお母さん、いつもちゃんと言うよ。 」
「 ・・・だ、だからさ。 急なご用で・・・ 」
「 お手紙もなかったもん。 」
手まめなフランソワ−ズは急な外出に時には必ず子供達にメモを残している。
オヤツは冷蔵庫にあります、 〇時までには帰りますから宿題、やっておくのよ!
そんなメモをジョ−も時々目していた。
「 その ・・・ すごく急いでたんだ。 な?だからお迎えに行こうよ。 」
「 ・・・ うん、 いいけど。 」
「 お父さんとお母さんはいつだってらぶらぶ ・・・いや、そのゥ ・・・ 仲良しだろ。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 だから〜 喧嘩なんかしてないよ。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
すぴかはそれっきり口を噤んでまっすぐ前を見つめている。
・・・ ごめん! ごめん・・・・ すぴか。 お父さんが悪かったよ。
もう二度とそんな顔、させないから・・・ ごめん!
ジョ−はなによりも彼の娘が珍しく塞いだ顔つきをしているのが辛かったのだ。
だんまりの二人を乗せて、ジョ−の車は地元の駅に近づいていった。
「 すぴか。 パ−キング、空いてるとこ、見てくれ。 」
「 うん。 ・・・え〜と。 ・・・ あ、左の奥が空いてるよ。 」
「 サンキュ。 ちょっとゆれるぞ〜 」
「 うん。 」
ジョ−は駅前のパ−キングにとりあえず車を止めた。
「 お父さん。 どこに行くの。 お母さんはどこへ行ったの。 」
「 え・・・・ と・・・・ 」
駅舎に入ると ジョ−は途方にくれてぐるりと周囲を見回した。
それはじつに彼の細君とまったく同じ動作だったのだが・・・。
困ったな ・・・ う〜〜ん ・・・ 駅の人に聞いてみるか? いやそれはちょっと・・・
あ・・・?
ふと、彼の目の隅に鮮やかな色彩が映った。 いや、実際にはそれほど鮮烈な色ではないのだが、
なぜか ジョ−にはとてもはっきりと見えたのだった。
「 ・・・ あ ? これ ・・・ 航空フェスティバル ・・・? 」
不意に ジョ−の中である夜景が蘇った。
そう ・・・ 寒かったんだ。 でも街の遠い灯りが沢山見えてた。
・・・ 花火 ・・・・! そうだよ、花火が上がって。 そう、隣にきみがいた・・・
・・・ 飛行機! 飛行機だ・・・!
夜空に飛んでいるはずのない、旧式の複葉機が見えたのだ。
ジョ−はその翼に導かれ 引き寄せられ・・・ あの場所に辿り着いた。
頼む ・・・ 妹を頼む。 彼女を護ってやってくれ。
それは会ったこともない人の言葉だったけれど、ジョ−の心に直接飛び込んできた。
はい・・・! ぼくが。 ぼくが必ず彼女を護りますから!!
ジョ−は心の中で叫び、あの廃墟で彼女を見つけ ・・・ 彼女を抱きとめたのだった。
今でも あの声は心の奥底で響いている。
そして、 ジョ−はいつもしっかりと応えている・・・つもりなのだが。
「 そうだ・・・そうだよ。 ぼくにはちゃんと聞こえたんだ・・・! 」
「 ・・・ お父さん? どうしたの。 」
「 ・・・ あ ・・・・ すぴか。 」
小さな手がジョ−の手をしっかりと握り、碧い瞳が不安そうに見上げている。
いけない・・・! またこんな目をさせてしまった。
ジョ−は慌てて娘の前に身を屈めた。
「 ごめん、ごめん。 お父さん、ちょっと考えごとしてたんだ。
さあ、お母さんをお迎えにゆこうね。 」
「 ・・・ どこ? どこに行くの。 」
「 ちょっと遠いかな。 立川だよ。 」
「 わ〜〜〜〜 ひろ〜〜いね〜〜〜 」
「 そうね ・・・ ここは飛行場でもあるのよ。 」
「 ひこうじょう・・・? 」
バスを降りると目の前にぱあ−−−−っと空間が拡がっていた。
地上だけでなく、その上の空までずっと広くてっぺんがまあるい風にも思えるのだった。
・・・ ああ ・・・ 風が 四方八方から吹いてくるわ・・・
この風 ・・・ 覚えてる。 この匂い ・・・ 忘れてないわ。
フランソワ−ズはなんだかお腹の底から温かい想いがじんわりと湧き上がってきた。
すばるは目を見張り、自分自身も回ってぐる〜〜っと辺りを見回している。
「 すごい・・・・! あ、飛行機がいっぱいとまってる! あれが ひこうじょう? 」
「 そうね〜 飛行機の駅、かな。 ああ・・・ほら。 まだやってるわ、今飛行機が降りてきたでしょう? 」
「 うん! あ、なんか書いてあるよ。 えっと ・・・・ こうくうふぇすていばる・・・? 」
「 まあ、よく読めたわね〜 偉い偉い。 いろんな飛行機が見られるはずよ。 」
「 わあ〜〜 ねえ、早く行こうよ〜〜 」
「 はいはい。 」
「 早く早く〜〜 お母さん! 」
すばるはもうほっぺをピンク色に染めている。
あらら。 やっぱり男の子ねえ・・・
そう・・・ 男の子は空が好きよね。 ・・・ ねえ ・・・ お兄さん・・・・
・・・ 待ってましたよ、ようこそ。
また お逢いできましたね、お嬢さん。 あ、 お母さんかな。
声にならないささやきが 風に乗って彼女の耳元に届いては消えてゆく。
初めて来た地、それも異国の空なのに、フランソワ−ズには風の、そして空の微笑みがみえた。
春の午後、もう大分陽が傾き始めていた。
だだっぴろい飛行場に吹く風には そろりと冷たさが混じるようになっていた。
「 僕! ず〜〜っと見てきてもいい? いろんな飛行機があるね〜〜 」
「 ええ、いいわ。 お母さん、こっちのベンチにいるから。 ここならすぐに判るでしょ。 」
「 うん! 」
「 あ・・・ 寒くない? マフラ−する? バッグに入れてきたのよ、 えっと ・・・ 」
「 いらないよ〜〜 じゃあね、見て来るね〜〜 」
「 あ・・・・ もう。 」
ごそごそバッグを探っているうちに彼女の息子は元気に駆け出して行った。
午後の光に 彼のセピア色の髪が艶やかに翻り跳ね上がる。
・・・ まあ。 あの後姿、ジョ−にそっくり。
ふふふ ・・・ 親子ってヘンなとこまで似るのねえ・・・
ジョ−もあんな頃があったのかしらね・・・・ 可愛い坊や ・・・・?
あら・・・やだ。
いつの間にか、ジョ−の事を考えている自分に、フランソワ−ズはひとり頬を染めた。
バラバラバラバラ −−−−−
「 ? ・・・ あ ・・・ 飛行機 ・・・ まあ、複葉機 ・・・ ! 」
突然の音に顔をあげれば 目の前を鮮やかな色彩の飛行機がゆうゆうと飛び上がっていった。
仰ぎ見る彼女に、機はちょっと翼を上下に降ると 大きく弧を描いて上昇してゆく。
そう・・・ この風景はとてもよく知っている。
あの機体から 白いマフラ−が見えることもあった。 手を振るパイロットも見えた。
そう・・・ あれは・・・・ あれは・・・!
・・・・ お兄さん ・・・ お兄さん ・・・!
わたし ・・・ 帰りたい・・・・ お兄さんの許へ ・・・ あの頃へ・・・
涙がぼろぼろと頬を転げ落ちた。
スカ−トの裾も髪も 風に煽られひらひらと彼女の周りを舞っている。
流れ落ちる涙を拭うことも忘れ フランソワ−ズはただじっと ・・・ 空を見上げていた。
「 ・・・ 空がお好きですか。 」
「 ・・・? は ・・・? 」
急に足元ちかくから声が響いてきて、 フランソワ−ズは驚いて視線を落とした。
「 今日は本当に綺麗な空ですねえ。 ああ、いきなりごめんなさい。
こんにちは。 ・・・ 日本語、お判りになる? 」
「 あ ・・・ ええ、はい。 こんにちは ・・・ 」
いつの間にかフランソワ−ズのすぐ横に 小柄な老婦人が座っていた。
彼女は春物のジャケットに毛糸のショ−ルを掛け、にこにこと穏やかに微笑んでいる。
「 春先って急に雲がでてきたりすることが多いですけど、今日は一日本当に
よいお天気だったわ。 ふふふ・・・ 空も飛行機が好きなのかしら。 」
「 そうですね。 青い空に飛行機がとっても映えますね。 」
「 外国のお嬢さん・・・ この国の空も綺麗でしょう? 」
「 はい、とっても。 あ、わたし ・・・ 」
「 ・・・ おか〜〜〜さ〜〜〜〜ん ・・・!! 」
「 はぁい 〜〜〜 !! 」
飛行機の間をちょこまかしているすばるが こちらに向いて大きく手を振っている。
「 あら。 ごめんなさい、 お母さんでいらしたのね。 」
「 はい、わたしの息子です。 」
「 ふふふ・・・ 男の子は飛行機が好きですものね。 皆 ・・・
私の倅の父親も ・・・ 空が好きでしたのよ。 」
「 ・・・ そう なんですか。 」
「 好きで好きで ・・・
この国が他所の国に戦闘機を飛ばしていた時代に 空に散ってしまいました。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 ふふふ ・・・ もうずう〜〜っと昔のことです。
それでもね こうして空を眺めているとあのヒトの声が聞こえて 姿が見える ・・・ ような
気持ちになるのですよ。 」
「 ええ、ええ! そうですね。 」
「 ? ・・・ あなたも? 」
「 ・・・・・・・・ 」
フランソワ−ズは黙って頷いた。 ぱたぱたぱた ・・・ 手の甲に涙が落ちる。
「 ・・・ 兄が。 飛ぶことを、空を愛していました。
いつも ここから見ている、見守っていてやる・・・って ・・・ 口癖でした・・・ 」
「 ・・・・ そう 。 」
「 やっぱりわたしも ・・・ 空を見ていると兄と会える気がして。 」
可笑しいですよね・・・ とフランソワ−ズは一生懸命に微笑んでみせた。
「 ええ、ええ。 ちゃんと見ていてくださいますよ。 必ずね。 」
「 ・・・ はい ・・・ はい ・・・・ 」
「 ああ ・・・! 本当に飛んで行きたいですわね。 この大空に ・・・ 翼を広げて ・・・ 」
「 ・・・ はい。 」
「 あら。 こんなコト、言ったらあの坊やのお父さんに叱られてしまいますかしら。
あなたを待っている方が きっと大勢いらっしゃるはずよ。 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 愛する人が居るところが・・・・ あなたの幸せの場所でしょ。 」
「 ・・・ あなたは ・・・? 」
老婦人は微笑んだまま、じっと空を見上げた。
「 皆 あそこに居りますのよ。 その昔、この飛行場から空に昇って行きました。 」
「 ・・・・・・・・ 」
バラバラバラバラ −−−−−
「 あ・・・? また ・・・ 複葉機? 」
聞き覚えのあるエンジン音に フランソワ−ズはふと目を上げた。
「 あら ? 」
そろそろ茜色が射してきた空には すでにどの機影もみつからなかった。
「 今、お聞きになりましたよね? エンジン音、多分あれは複葉機のだと思うのですが 」
視線を戻した隣には ・・・ 誰も座ってはいなかった。
「 ・・・ あら ?? 」
一陣の風が足元を吹きぬけ、スカ−トと亜麻色の髪がふわふわと夕方の空気に靡いた。
・・・ あの方 ・・・?
「 お ・ か ・ あ ・ さん! 」
「 ・・・わ ・・・! あ、ああ すばる〜〜 ああ、びっくりした〜〜 」
元気な足音と一緒にセピア色の瞳が 思いがけないすぐ側からフランソワ−ズに笑いかけていた。
「 走ってきたの? お母さん、ちっとも気がつかなかったわ。 」
「 へへへ ・・・ 飛行機、た〜〜くさん見たよ。 ほら ・・・ 写真とかもいっぱい! 」
すばるは得意気に抱えているバンフレットの束を見せた。
「 あら・・・ お金、持っていなかったでしょう? 」
「 うん、でもこれあげるよって。 小学生にはプレゼントなんだって。 」
「 まあ よかったわね。 すばるはどれが好き? どの飛行機がいいの。 」
「 えっとね〜〜〜 あ、お母さん、何してたの。 」
「 え? 」
すばるは熱心にパンフレットを選っている。
「 何って ・・・ お話してたの。 どこかのおばあちゃまと。 やっぱりお空がお好きなんですって。 」
「 ふうん ・・・ いつ? 」
「 ずっとよ。 すばるが戻ってくるちょっと前まで。 」
「 あれえ? だってお母さん、ず〜〜っと一人でここに座ってたよ?
僕、時々お母さんのこと、見てたもん。 」
「 ・・・・ え? 」
「 え〜っと ・・・ あ、あった! これ! 僕、 これがいいな。 面白い形だよね〜〜 」
「 ・・・ すばる ・・・・ 」
フランソワ−ズはすばるが差し出したパンフレットをそっと手に取った。
・・・ これ。 さっき ・・・ 飛んでた ・・・
ふるふるとパンフレットの上で赤い複葉機の写真が小刻みに震えている。
「 あれ、お母さん、寒い? ・・・僕のジャンパ−、着る? 」
「 あ、 いいの、いいのよ、大丈夫。 」
フランソワ−ズはあわてて息子の腕を押さえた。
「 僕、お腹空いちゃった! ねえ・・・ もうお家に帰ろうよ。 」
「 ・・・ すばる。 」
「 お父さんもすぴかも ・・・ 待ってるよ。 ね? 」
あなたを待っている方が 大勢いらっしゃるはずよ ・・・
あの老婦人の穏やかな声が 耳の奥に蘇る。
フランソワ−ズはぷるん、と頭を振った。
「 そうね。 お家に帰りましょ。 」
「 うん! 僕、 今日の日記にたっくさん書かなくちゃ〜 」
母と息子は手をつなぎ ゆっくりと夕焼けの飛行場を歩いていった。
「 ・・・ お父さん、ここ? 」
「 うん。 多分、いや、絶対に ここだ。 」
「 ?? お母さん・・・ どこ。 あれ、なんかやってるよ? ・・・こうくうふぇすていばる? 」
「 ああ。 いろんな飛行機が飛んでみせたり、展示してあったりするんだ。 」
「 ここに ・・・ お母さんとすばる、いるの? 」
「 ああ。 」
「 皆 あっち側の駅へ行くバスに並んでるよ? ねえ、お父さん・・・ お父さん? 」
「 ・・・ ! 」
すぴかは急にぐん・・・と腕を引っ張られびっくりして父の顔を見上げた。
「 お父さん? ・・・どうしたの? 」
「 ・・・・・・ 」
ジョ−は黙ったまま 娘の手をしっかり握ったままどんどんと飛行場の方に歩いてゆく。
すぴかの小さな足は 宙に浮いているほうが多くなってきた。
「 お・・・ とうさん ・・? 」
やがて ずっと前の方から濃い藍色のスカ−トの女のひとが歩いて来るのが見えた。
肩にかかる髪がきらきらと夕陽に輝いている。
側に小さな男の子が 一生懸命にすぐ脇で脚を速めていた。
・・・ あ ・・・・!
「 フランソワ−ズ。 」
「 ・・・ ジョ−?? 」
立ち止まったまま黙って見つめあって。
ふわり・・・と風が二人の間をゆっくりと抜けてゆく。 やさしい言葉を置いてゆく。
・・・ さあ、お帰りなさい・・・ あなたの おうち へ・・・
やがて。 セピア色の髪の青年と亜麻色の髪の乙女はゆっくりと歩み寄った。
どちらからともなく腕を差し伸べ、絡みあわせ・・・ しっかりと抱き合った。
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 迎えにきたよ。 」
「 ジョ− ・・・ ジョ− ・・・・! 」
「 ・・・ お帰り。 」
「 ・・・ ただいま・・・ 」
それ以上、言葉は必要なかった。
見つめあった瞳の奥で 二人はお互いの涙を見つけた。
ジョ−とフランソワ−ズは ゆっくりと唇を合わせ深く熱いキスをかわした。
「 お母さ〜〜ん !! お迎えに来ちゃった♪ 」
「 お父さん! 僕、ひこうき一杯みたよ〜〜 」
やっと離れた両親に 子供達はてんでに縋りついた。
「 まあ、すぴか。 嬉しいわ。 あらら・・・どうしたの、お顔? べたべたねえ・・・ 」
フランソワ−ズはハンカチを出して娘の涙の痕をそっと拭う。
「 おう、すばる。 どれどれ? お前のお気に入りはなんだい。 」
ジョ−はひょい、と息子を抱き上げた。
「 お母さん ・・・ お母さ〜ん 」
「 なあに。 ・・・ふふふ、オンブして欲しい? 」
「 うん! 」
ちらちら弟を見ていたすぴかは大喜びで母にくっついた。
「 よいしょ・・・ あらら。 重くなったわねえ、すぴか。 」
「 あ、大丈夫かい。 ぼくがオンブしようか。 」
「 ううん、平気よ。 ジョ−はすばるをお願い。 」
「 了解♪ 」
ジョ−とフランソワ−ズはゆったりと寄り添って歩く。 背中にもう大分大きな娘と息子をくっつけて。
なぜか子供達は両親の背中にぴたっと頬をくっつけ 黙ってゆられている。
夕陽にちょっと可笑しな影法師が二つ、ゆらゆら伸びたり縮んだり。
「 ・・・ なあ。 信じられないと思うけど。 」
「 なあに。 」
「 ぼくには見えた。 あの時・・・イヴの夜と同じなんだ。
ウチの駅でも。 そして ココに着いてすぐにさ。 あの ・・・ 赤い ・・・ 」
「 ええ、ええ。 わたしにも見えたの。 わたし、聞こえたの。 あの ・・・ 飛行機。 」
「 うん ・・・・ そうなんだ? 」
「 ええ ・・・ そうなのよ。 」
二人はしっかりと肩を寄せ合い、お互いの温もりに心をあずけ、歩いてゆく。
ジョ−は そして フランソワ−ズも。
今、 頭上にあの赤い複葉機が大きく翼を広げてこの大空に舞っているのを感じていた。
地元への駅に降り立った時、 もう夕焼けは夜の空にとって代わっていた。
「 う〜ん・・・ 結構な時間になっちゃったな。
どうする? 張大人のお店に寄って晩御飯にしようか。 」
ジョ−は本式に眠ってしまったすばるを背中によいしょ!と揺すりあげた。
なんとか起きているすぴかも ぼんやり眠そうな顔で母に手を引かれている。
「 ・・・ あの。 わたし、出来ればウチで晩御飯、食べたいの。 」
「 え・・・ いいけど。 でもこれから作るの、大変だろ。 きみだって疲れているだろうし。 」
「 ええ・・・ でも ・・・ わたし。 ジョ−と子供達と一緒にウチで御飯が食べたいのよ。
遅くなってしまって悪いんだけど・・・ 」
「 いいよ、別に。 何つくる? 手伝うよ。 」
「 そうねえ・・・ 御飯だけは炊けているはずなんだけど・・・ ウチにあるのは・・・ 」
フランソワ−ズは冷蔵庫の中身を思い浮かべている。
「 う〜ん・・・? あ・・・! ぼく、リクエストがあるんだ! 」
「 まあ、なあに。 」
「 散らし寿司! きみの散らし寿司が食べたいなあ〜 」
島村さんちの散らし寿司は フランソワ−ズのオリジナルでチキンの照り焼きだのグリ−ン・アスパラガス
だのが入ったかなりユニ−クなものなのだ。
「 オッケ−よ。 チキンはあるし冷凍の海老もあるわ ・・・ あ、金糸卵、作ってくれる? 」
「 任せろって。 うん、すばるの方が上手かもな〜 」
「 じゃあ、そうしましょ。 すぴかさん? 海老の殻を剥いてくれるかしら ? 」
「 うん・・・! 」
「 それじゃ・・・ 我が家に向かって出発だ! 」
「 しゅっぱ〜つ♪ 」
すぴかが元気な声を出した。
ジョ−は彼の大事な家族を引き連れて 意気揚々とパ−キングに向かった。
「 ちび達は? もう寝たかい。 」
フランソワ−ズは子供部屋からすぐに戻ってきた。
「 ええ、とっくに、ぐっすりよ。 あ・・・ 宿題、やってないわね〜 二人とも。 」
「 あはは・・・ そうだね。 明日の朝、早起きして手伝ってやるよ。 」
「 ・・・ ありがと、ジョ−・・・ 」
「 え・・・ だってさ。 今日はあいつら、ぼくらの巻き添えを喰ったようなものだもの。
たまには手伝ってやっても きっと先生も大目にみてくれるさ。 」
「 ふふふ ・・・ それはそうね。 でも ・・・ ありがとう。 」
「 あれ。 どうした。 」
「 え・・・・? あらやだ。 今日は涙腺がどうかしてしまったみたい・・・ 」
フランソワ−ズの頬にほろほろと涙が零れ落ちてゆく。
ベッドに腰掛け ジョ−を見上げて彼女は微笑んで ・・・ そして泣いていた。
そんな彼女をジョ−はこころから、もうたまらなく滅茶苦茶に愛しいと思った。
ぼすん・・・と彼は彼女の脇に腰をおろした。
彼のよく知っている香りが、ふんわりと漂う。 触れ合う肌はほんのりと暖かい。
そう・・・この香りと暖かさ。 それはジョ−だけの<たからもの>なのだ。
「 ねえ? 今日のあの飛行場って・・・ 昔はこの国の基地だったの? 」
「 ああ、あそこはね、ずっと昔から飛行機の基地だったそうだよ。
戦時中にはあそこから発進していったり 爆撃の標的になったりしたそうだ。 」
「 ・・・・ そうなの。 」
「 なにかあったのかい。 」
「 え ・・・・ あ、ううん。 ただね。 あの場所って空が好きだった人たちの
気持ちがたくさんたくさん集まっているんだなあ・・・って思って・・・ 」
「 ・・・ そうだね。 平和な空を!って思っているだろうな・・・ 」
「 そうね・・・ 」
小柄な老婦人の静かな笑みが蘇る。
「 空は ・・・ 世界中の空はつながっているわね。
どこにいても、いつだって ・・・ 空はしずかに見守ってくれているのよね・・・ 」
「 フランソワ−ズ・・・ 」
ことん・・・と亜麻色の頭がジョ−の胸に寄り掛かった。
腕を伸ばし、彼は愛しい人を抱き寄せる。
「 晩御飯〜〜って待っててくれる人がいて よかった・・・! って思ったの。
わたしのこと 待って、必要としてくれる人たちがいるのよね。 」
「 ウチの、ウチだけの御飯が食べられる幸せって 当たり前に思うようになってた・・
ぼくは ・・・ずっと欲しかったものを全部手に入れたら鈍感になってしまったよな。 」
「 ジョ− ・・・ 」
「 ・・ ごめん。 ぼくって ほっんとうにバカだよなぁ。 」
「 ごめんなさい・・・ わたしったら 意地っ張り・・・ 」
「 きみがいてくれて 本当によかった・・・! 」
「 ・・・ あなたに会えて 幸せよ。 ふふふ ・・・ ねえ? また喧嘩しましょ。 」
「 え?? 」
「 喧嘩しても。 怒っても。 わたし、ジョ−がいいの。 ジョ−が好きなの。 」
「 ああ ・・・ きみって人は。 なんて素敵なんだ・・・! 」
ジョ−は両腕でしっかりと彼の恋人を・彼の細君を・彼の子供達の母親を 抱き締めた。
「 ・・・ アイシテルよ、ぼくのフランソワ−ズ 」
「 ジョ−。 わたしの ジョ− ・・・! 」
「 いつだって・・・ いつまでもきみはぼくの恋人さ。 」
「 ふふふ・・・ こんなおばあちゃんでもいいの。 」
「 ・・・ ばぁか・・・ 」
「 きゃ・・・! 」
ジョ−は笑ってフランソワ−ズを抱き締めたまま、ベッドに倒れこんだ。
「 こんなに素敵なオバアチャンはどこにもいないよ・・・! 」
「 ・・・ く ・・・ ああ ・・・ 」
腕の中の白い身体はたちまち薄薔薇色に染まり始めた。
やがて。
昂りつめて行く二人の耳に はるかこの大空に舞う複葉機の音が切れ切れに届く。
・・・ お兄さん ・・・ わたし ・・・ 幸せよ!
ジャンさん。 ぼくが 護ります。 きっと ・・・・ この身に代えても・・・!
春爛漫な夜、ベッド・ル−ムは春よりも熱い吐息で 夏よりも激しい熱気で満ちていった。
**************** Fin. *******************
Last
updated : 03,04,2008.
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****** ひと言 ******
実はずっと引き摺っている <翼をください>ネタ なのですが(#^.^#)
ともかく、あのイラストが全て! なのでした。
のほほん・・・島村さんち、結婚生活も10年近く。 いろいろありますが。
それでも やっぱり二人はらぶらぶ♪♪ なのでした。
立川飛行場のこと、すみません、一回側を通ったことがあるだけなので
資料オンリ−でかなりいい加減な描写です <(_ _)>
のほほん♪島村さんち・・・・ お気に召して頂けましたら幸いでございます。