『 Loving Shot! 』
パシ −−−− ッ !!
小気味のよい音が松林にこだました。
一瞬。
風も 波も そう、自分の周りの全てが凍りついた ・・・ ように感じた。
耳の奥でその音がいつまでも余韻を曳いて響いている
「 ・・・ あ ・・・ さすが。 うん、すご ・・・ 」
二人はまじまじと目を見開いたまま、ただじっと見つめあい向き合っていたが
ようやっと一言、搾り出すと後は 急激な闇に包まれてしまった。
?? ジョ− −−−−−−!!
最後に耳に届いたのはその声、そして最後に目に映ったのは
大きな瞳をさらに張り裂けそうに見開いたフランソワ−ズの顔、だった。
かつてない強烈な衝撃を喰らい サイボ−グ009はあっけなく砂地に崩折れた。
「 だから、どうして。 」
「 ぅ・・・ わかんな・・・ いてっ! 」
「 あ〜悪い悪い・・・。 さ、これで完了〜と。 どうだ?焦点はズレないか。 」
「 ・・・うん ・・・ 大丈夫みたい。 ありがとう、グレ−ト。 」
「 なんのこれしき。 しかしジョ−、念のために博士が帰ったらちゃんと診てもらえよ。 」
「 ・・・う ・・・うん。 」
「 なんだぁ? マドモアゼルに一発喰らったっては言い難いか♪ 」
「 そんなに嬉しそうに言わないでくれよ。 ・・・ほっとうに強烈だったんだ・・・ 」
ジョ−はぶわぶわと皮膚が浮いた感じのする頬をそっと押さえた。
保冷剤の冷たさが心地よい。
「 ははは・・・ いかに最強の戦士とはいえ、油断は禁物ってコトだわな。
しかしなあ、ジョ−よ? 平手打ちでよかったな。 」
「 ・・・ よかった? 」
「 ああ。 」
グレ−トは大仰に頷いて テ−ブルに拡げてあった応急処置用のキットを片付け始めた。
ぼくがやるよ、とジョ−が慌てて手を出す。
「 もしもな、マドモアゼルの一蹴りだったら。 お前さん、もしかしたら 今頃はメンテル−ムで
虫の息・・・だったかもしれんぞ。 」
「 まさかぁ。 だって防護服用のブ−ツでもないし・・・ 」
「 いやいや。 生身でもダンサ−の一蹴りは牡牛も屠る、と聞いたことがある。
どうせ、彼女の顔でもぼ〜〜っとヨダレを流して見ていたんだろ?
そこへ一蹴り喰らったら・・・ お前さんといえどもひとたまりもないだろうよ。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョ−は彼女の平手打ちが自分の頬に炸裂した瞬間を思い出し、
背筋に冷たいモノが走った。
「 と、ともかく〜。 ありがとうでした、グレ−ト先生。
ねえ、フランソワ−ズは? 買い物かな。 」
ジョ−は片付け終えたキットを持ってソファから立ち上がった。
治療中だから リビングに来ないのかな・・・
「 うん? マドモアゼルかい。 いや・・・ その、な。 」
「 ? なに、どうかしたの?! 」
にわかに明瞭さを欠いたグレ−トの声音に、今度はジョ−が少々気色ばんだ。
「 ま、ま・・・。 どうもしない、が。 いや・・・ どうかした、には違いないが・・・ 」
「 なんなんだよ〜 どうしたの? なにかあったの? ねえ、フランはどこにいる? 」
「 あのなあ。 マドモアゼルは ・・・ その〜 ショックで・・・お前さんを伸しちまった
ショックで。 彼女もぶっ倒れそうだったから鎮静剤を飲ませて寝かしてきた。 」
「 ・・・ え・・・・。」
− ショックで ・・・ 寝込んでる ・・・?
ジョ−は自分の周りの世界がガラガラと崩れ落ちてゆく ・・・ 気がした。
「 それにしてもなんだってこんな。 お前さん達、痴話喧嘩でもしてたのか? 」
「 ち・・・ 違うよ! ぼく達は・・・ そんなんじゃ・・・ そのぅ・・・
あ、そうだ! ぼく、フランソワ−ズの様子を見て来るね! 」
「 ああ。 彼女はお前さんに任せたよ。 」
グレ−トの返事も待たずにジョ−はリビングから飛び出していった。
その・・・ 後姿に グレ−トはとうとう我慢できなくなり腹を抱えて大笑いしてしまった。
「 ・・・ フラン? 入ってもいい? 」
「 ・・・ え ・・・あ、ジョ−・・・。 あの ・・・ もう? 」
「 うん、グレ−トが応急処置をしてくれたよ。 もう大丈夫だから・・・ 」
「 そうなの! よかった・・・ 」
「 ねえ、入っても・・・いいかな。 」
「 あ・・・ちょっと待って。 」
すぐにドアが開いた。
フランソワ−ズはネグリジェにカ−ディガンを羽織り乱れた髪を手で梳いていた。
「 ごめんなさい・・・ 酷い格好でしょ ・・・ あら。 」
入ってきたジョ−に フランは目を真ん丸にした。
「 えへへ・・・ コレってヘンだよね? イヤだってのにグレ−トがさ・・・
これが一番よく効くからって・・・ 」
「 ごめんなさい! わたしのせいだもの。 本当に・・・ 」
「 ね? もうソレは言いっこナシ。 ぼ〜っとしてたぼくが悪いのさ。
それに ・・・ やってみて、って言ったのはぼくだったろ。 」
「 え、ええ・・・ それは・・・ そうだけど。 ・・・でも。 」
「 でも、ももうナシ。 きみこそ具合悪い? ゴメンね、心配かけて・・・ 」
ジョ−はするり、と目の前の細い身体に腕を回した。
薄物のネグリジェを通して、彼女の温かい身体がほのかに匂い立つ。
「 ね・・・まだ気分悪い? あの・・・さ ・・・ 」
「 ジョ−ォ? だめよ。 あなた、今日は大人しくしていた方がいいでしょ。 」
「 そんなことないよ。 もう ・・・ 大丈夫さ。 」
「 だめ。 腫れが退くまで、そうね〜 ソレが取れるまでお行儀よくしてなくちゃ。 」
「 ・・・ ちぇ ・・・ つまんないナ〜 」
「 ごめんなさいね・・・ わたしの ・・・ あ ・・・! 」
ジョ−はきゅっと彼女を抱き締め 彼女の唇を奪った。
「 ・・・ ジョ−ったら ・・・ 」
「 このくらい、いいだろ。 あ〜〜 早く、コレ・・・取りたい! 」
「 ふふふ・・・ なんだか、可愛いわよ? よく似合うって言ったら・・・ 怒る?」
「 ・・・ もう一回キスさせてくれたら ・・・ 只今の暴言の取り消しに応じます。 」
「 ま。 ・・・じゃ ・・・ 取り消し訂正を依頼します。 」
「 ・・・ 確かに♪ 」
ジョ−の頭の上で 白い布の結び目がゆれる。
彼はおたふく風邪の時みたいに布で保冷剤を腫れ上がった両頬に当て冷やしていたのだ。
− ウサギさんみたい ・・・ なんて言ったら ・・・ もっと怒る?
ジョ−の熱い舌に絡みつかれつつ、フランソワ−ズはちらりとそんなコトを思っていた。
「 ・・・不思議ね。 」
「 え、なにが。 」
「 この ・・・ 音。 松林を抜ける風って なんだか海の音に似てるわ。 」
「 え・・・ そうかな。 」
「 こうして ・・・ 目を瞑って。 ・・・ほら、ね? ちょっと淋しい音だけど波の音みたいでしょ。 」
「 ・・・ああ・・・ そうだね。 う〜ん ・・・ 冬とかに聞いたらかなり ・・・ キビシイかも。 」
「 そうね。 ・・・ だれかを呼んでいて、でも永遠に応えはなくて。
それでも ずっとずっと呼び続けてる ・・・ そんな ・・・ カンジ。 」
「 ・・・・・ 」
ジョ−は黙って隣を歩くフランソワ−ズの手を握った。
− それは。 かつてのぼく。
ぼくは本当の島村ジョ−でなくなった時に 一番欲しかったものを手にいれたよ・・・
− あなたにとって わたしは。 永遠に松林を彷徨う旅人・・・?
吹き抜ける海風に軽く髪を流し、フランソワ−ズは視線を遠くとばす。
隣にいる愛しいひとは。 本当にわたしを ・・・ ?
いま一歩、踏み込めない彼の心に、最後の奥庭に入れない自分に最近彼女は
軽い苛立ちを感じていた。
「 ジュン ・・・ どうしているかしら。 」
「 え・・・ ジュン ・・? ・・・ああ! 和泉ジュン君か。 」
「 ええ。 ここ・・・ よく、彼女と遊びに来たから。 おしゃべりしたりちょっとお菓子を食べたり・・・
楽しかったわ。 」
「 プロのテニス・プレ−ヤ−になってから ほとんどウチにも来なくなったね〜
ま、試合・試合で忙しいんだろうけどさ。 」
「 ・・・ええ。 世界中を転戦、ですものね。 」
「 ウチによく遊びに来てた頃って そうそう、ジュニア・チャンピオンになる前だったね。 」
「 そうね。 ・・・ ああ、この辺りで二人でトレ−ニングしたの。 懐かしいわ。 」
断崖の上にあるギルモア研究所の周辺には松林が広がっていて格好の散歩道だ。
最近ジョ−は仕事が忙しかったので 久々のフランソワ−ズとの散歩が嬉しかった。
− ああ・・・ ここの松も みんな大きくなったよな・・・
初めてここに居を構えたころはひよひよと頼りない木が多かったが
今では 堂々たる松林になっている。
自然は、いや、彼らと多少なりとも関わりあった人々も着実に 変って ゆく。
変らない、いや 外見上は変れない自分達 − 時間 ( とき ) に置き去りされた自分達は
ひっそりと身を潜めているしか、ない。
親しいもの・馴染んだものが 自分達の脇をすりぬけ・追い越し ・・・ そして 先にゆくのを
ただ じっと見送るだけなのだ。
だから 彼らは努めて特定の相手と深い係わり合いを持つことを避けて来ている。
別れが辛い、ということは勿論だけれど
それは ・・・ 彼ら自身の保身のためでもあったのだから。
− 戦闘用・サイボ−グ。
そんなモノは自分達を最後に、この世に存在してはならないのだ。
ジョ−は足元の小石をひとつ、ひょいと宙に放る。
それは ・・・ 大きな弧を描き崖下の海原へと姿を消した。
そう・・・。 こんな風に。 ある日、突然この世から消え去りたい・・・
フランソワ−ズも黙って小石の軌跡に視線を飛ばしていた。
「 ふふふ ・・・・ ぼくはきみ達が喧嘩しているのかって思って本気で心配したっけ・・・ 」
「 そうよ、ジョ−、あなたったら血相変えて。 どうしてそんな?って・・・
わたしの方がびっくりしてしまったわ。 」
「 だって、なあ。 真剣に殴り合ってる風に見えたもの。 」
「 ま。 殴り合うなんて、酷いわ! ・・・ でも、真剣だったのはたしかよ。 」
「 だろ? なんか、こう・・・ 迫力あったよ〜 」
− 和泉 ジュン
ふとしたきっかけでフランソワ−ズと仲良くなった彼女はギルモア邸にも足繁く遊びにやって来ていた。
当時 彼女はテニスのジュニア・チャンピオンを目指していて、トレーニング・コ−スに
この付近の松林を使っていたせいもある。
女の子の友達は あの娘には必要じゃよ・・・と、ギルモア博士は彼女達の様子に
目を細め、見守っていたものだ。
「 ジョ−と同じよ。 」
「 え? 」
「 ジョ−もよく、ここでトレ−ニングしていたでしょう? 」
「 ああ、そうだったなあ〜。 松の樹皮を落とさないように・・・とか波しぶきを避けたりとか。
うん 結構役にたってたんだよ。 」
「 ジュンとわたしのトレ−ニングも目的は同じ。 反射神経の訓練ですもの。 」
「 そうか。 ねえ、ぼくにも試してみて? 」
「 ? なにを。 」
「 だから、あのトレ−ニングさ。 ジュン君と一緒にきみがやってたヤツ。 」
「 え・・・ でも ・・・ 」
「 きみには負けないよ? 」
「 そんな、ジョ−に勝てるなんて思ってないわ。 」
そうかな・・・ と、ジョ−は笑って彼女の肩を引き寄せ囁いた。
・・・ ぼくはずっと負けっぱなし、さ。 きみ自身に・・・ きみの魅力に
「 ・・・ま・・・ イヤな ・・・ ジョ− ・・・ 」
「 ふふふ・・・ 」
真っ赤になってうつむく彼女の白いうなじは 今も変らず瑞々しい。
午後の光のなか、永遠の少女はその尽きせぬ魅惑でジョ−を魅了する。
− ・・・ 可愛い ・・・ ぼくの、ぼくだけのひと。
ジョ−はほれぼれと腕の中の恋人に見惚れていた。
・・・・ つぎの瞬間。
パシ ッ −−−−−−−−−−− !!
小気味のよい音が 松林に響き渡ったのだった。
「 さっきはみっともないトコ、見せちゃったね。 」
「 そんな ・・・ 偶然よ。 でも本当にごめんなさ ・・・ ぁ ・・・ 」
ジョ−はもう一度深く彼女の唇を覆った。
「 もうこの件は おしまい。 」
「 ぁ ・・・ ・・・ 」
− 本当にさ・・・ 冗談じゃないよな〜。
次第に頬を上気させてきたフランソワ-ズの顔をほれぼれと眺め・・・
ジョ−はそっとこころの内で呟いていた。
彼女の平手打ちを喰らうなんて。
それも ・・・ 吹っ飛んだあげく、自分は気絶までしてしまったのだ!
サイボ−グ009ともあろうものが。 最強の戦士ともあろう自分が。
でもなあ ・・・ ほっんとうにぼくが思っていたよりもずっと素早かったし。
なによりも 彼女ってあんなに力があったんだ・・・
ジョ−は出来ることなら今日のアクシデントを消しゴムで、消し去ってしまいたかった。
「 ・・・ ジョ− ・・・ だめ・・・よ。 今晩はダメだって言ったでしょう? 」
「 う・・・ん・・・。 本当に もう何でもないよ? ちゃんと キスできたろ。 」
「 とにかく。 今晩は大人しく休んで頂戴。 ・・・ わたしが気になってしまうわ。 」
「 ・・・ そっか。 ゴメンね。 じゃあ ・・・ お休み。 明日、ね? いいだろ♪ 」
「 もう・・・ ジョ−ったら・・・ 」
もう一回。 軽くお休みのキスをしてから、ジョ−は名残惜し気に恋人の身体を離した。
− 本当にね・・・ 気になっているのはわたしのほう・・・
フランソワ−ズは ジョ−が閉めていったドアをいつまでもぼんやりと眺めていた。
「 はっはっは ・・・ それはさぞかし強烈だったことじゃろうなぁ〜 」
「 ジョ−はん? 加速装置は大丈夫だったアルか? 」
グレ−トからコトの顛末を聞き、ギルモア博士と張大人は案の定大爆笑だった。
「 あの調子で ジュンも叩かれていたのかな・・・ 」
ジョ−はまだなんとなく疼く気がする頬に手を当てた。
「 和泉ジュンはん、ネ。 そうそう・・・ そんな女の子がよく遊びに来てはったアルね。
ワテの料理を美味しい、美味しいってぎょうさん食べてくれはった・・・ 」
「 そうじゃったなぁ 元気で気持ちのよいお嬢さんだったの。 」
「 今では プロ・テニスプレイヤ−ですからな。 栴檀は双葉より芳し、ということで。 」
「 まったくな。 」
「 おや。 今日はマドモアゼルは? お出掛けかい。 」
「 ウン・・・ なんだかね、リハ−サルで遅くなるんだって。 」
「 ジョ−はん、駅まで迎えに行ってあげなはれ。 最近は暮れるのも早いアルよ。 」
「 そのつもりだったんだけど・・・ フランが いいって。 先に食事をしててって・・・ 」
「 ありゃ・・・ 何を遠慮してるアルね? ほいでも、ジョ−はん、行ってあげなはれ。 」
「 左様左様。 か弱きレイディを護るのはナイトの務め。 」
「 う・・・ うん。 」
「 なんじゃ、情けない顔をしおって。 さ、迎えに行っておやり。 」
「 ・・・はい。 」
「 よォ! イロおとこ♪ 強靭な足と辛抱がなけりゃオンナにはもてんよ。 」
さんざん冷やかされ、でも満更でもない気分で ジョ−は夕闇せまる街へと
フランソワ−ズを迎えに出て行った。
「 ・・・あら。 ジョ− ・・・ 」
「 あ・・・ お帰り〜 フランソワ−ズ ・・・ 」
駅のコンコ−スから足早に出てきた青い瞳の乙女は驚いて足をとめた。
この時間ならまだバスはあるはず、と急いできたのだが、
目の前に見慣れたクルマが寄ってきてクラクションをひとつ鳴らした。
「 あの ・・・ 迎えに来たんだ。 どうぞ? 」
「 まあ、ありがとう! わざわざごめんなさい。 バスで帰るつもりだったの。 」
「 ウン ・・・ 」
ジョ−はなんだかそっぽを向いたまま、ドアを開けた。
− ・・・ あ ・・・
彼女の細い身体と一緒にふわり、とシャンプ−の良い匂いがジョ−を包む。
「 なあに? 」
「 え ・・・あ。 うん。 いい匂いだなって・・・ 」
「 そう? ・・・ ああ、スタジオでシャワ−浴びた時についでに髪も洗っちゃったの。 」
「 そっか。 」
「 ・・・ うん。 」
そのまま ぷつり、とハナシは途絶えてしまい、時々タイヤが飛ばす小石の音と
CD BOXから低く流れる音楽だけが 今日はやけに大きく聞こえる。
・・・ 余計なコト、しちゃったかな。 機嫌、悪いのかな・・・ 疲れてる・・・んだよね?
迷惑かけちゃった・・・。 きっと駅前でずうっと待っててくれたのよね。
前はいつも迎えに行ってたのに。 どうして。 ・・・ ぼくじゃ ・・・ イヤなのかな。
なんだか機嫌悪そう・・・忙しいのに迷惑? そうよね。 こんな可愛げのない女なんて。
なんだか迷惑そうだな・・・ そうか・・・ カッコ悪いもんな、あんな無様なトコ見せた男なんて。
車は大きくカ−ヴを切り、幹線道路から海岸沿いへと続くわき道に反れた。
波の音が聞こえはじめ ・・・ 行き交う車はほとんど無くなった。
岬の突端に 研究所の明かりが見えだすのも、もうすぐである。
「 ・・・ あの、お腹、空いてない? 夕食は。 」
「 あ ・・・ うん、大丈夫。 スタジオでちょっと食べたの。 」
「 そうなんだ。 」
「 ・・・ ええ。 」
ぼくって! も〜〜なんてタイミングが悪いんだ! あの最後のファミレスのトコで
お茶でも・・・って言えばよかった・・・!
今日は博士も帰っていらっしゃるのよね。 晩御飯、一緒にできなくてごめんなさい・・・
・・・ ウチで食べたくないのかな。 ぼくと顔あわせたくない・・・のかも。 やっぱりこんなヤツ・・・
わたしって彼女失格よね。 御飯も作らないし、帰りも遅いし。 やっぱりこんな女・・・
「 あ ・・・ あの、ね? ジョ−に聞きたい、ううん 教えて欲しいコトがあって。 」
「 え。 なに。 ・・・ぼくに判るコトかな。 」
「 ええ。 わたしにはどうもよく判らなくて。 」
「 ・・・ それで、なに? 」
あの、ね・・・としばらくフランソワ−ズは言い澱んでいたが、思い切って口を開いた。
「 オトコのヒトって。 好きですって女の子から言われるの、イヤ? 」
・・・ は ・・・・? 女の子から・・・?
ジョ−の頭の中は一瞬スパ−クし真っ白になり ・・・ 次に底なし沼の暗黒に落ち込んだ。
くらくらする頭を抱えつつ事故らなかったのは奇跡に近い。
「 な ・・・ なんだ、 そんなコトか。 」
「 教えて。 ジョ−だったら ・・・ どう? 」
「 え ・・・ ぼ、ぼく? あ ・・・ うん、何回か経験あるけど。 嬉しい、かな、やっぱ。 」
・・・ は ・・・・? 何回か・・・?
フランソワ−ズは口の中がからからになり、逆に視界は涙でどっとぼやけてしまった。
目尻から溢れそうになる涙を彼女は必死に堰き止めた。
「 そ ・・・ そう。 あ・・・積極的な女性って嫌われるかしら。 」
せ、積極的??? ど・・・どういう意味で、だよ? その ・・・ 迫っちゃうとか?
ジョ−はじっとりと汗に濡れた掌で 必死にステアリングに集中した。
対向車はなくても事故ったら ・・・ 崖下の海へぼちゃん、である。
「 さ・・・さあ。 ヒトによると思うけど・・・ ぼくにはよくわからないな〜。 」
「 そうなの? ふうん・・・ いいわ、グレ−トに聞くから。 やっぱり専門家の方が、ね。」
「 ごめん、役にたてなくて。 」
「 ううん・・・ ヘンな質問してごめんなさいね。 」
「 いや・・・ 」
またまた車内は沈黙がハバを利かせてしまった。
二人とも百の溜息をつきたいところだったが、素知らぬ顔をして呑み込んでいた。
ヒトによるって、どういうコト? こんなはしたないコト訊く娘は・・・嫌ってこと?
グ、グレ−トに聞くって!? じゃあ きみが<積極的>になりたい相手ってのは
・・・中年、なのか?
ジョ−・・・。 やっぱり機嫌悪いのね。 ずっとだんまりだもの・・・
そうよね、こんな女・・・たとえハズミでもカレシを伸してしまうなんて・・・
こんな ・・・ 女らしくない女なんてキライよね?
・・・でも ・・・でも。 わたし ・・・ ジョ−に嫌われたら・・・ はっきり言われちゃったら・・・!
・・・そうだよな・・・ 余計なお世話、だったかもな。
それに女の子なら誰だって ・・・弱虫なオトコ・・・なんてキライだよ。 軽蔑するよ。
・・・ちぇ! なんだってあの時、 ぼくはぼ〜〜っとフランの顔を見てたんだ?!
ああ・・・! フランソワ−ズに嫌われたら・・・ はっきり言われちゃったら・・・ !
二人の悩みを山ほど満載したまま、ジョ−の車は滑らかにギルモア邸の門を
入り玄関前にぴたり、と止まった。
「 あ・・・ あの。 ありがとう、ジョ−。 助かったわ。 」
「 いや・・・ もう遅いから ・・・ お休み。 」
「 ・・・あ ・・・え、ええ。 お休みなさい。 」
車から降りるとフランソワ−ズはすたすたと玄関に入っていった。
ジョ−はじっとその姿をみつめていたが・・・ 今度は派手に溜息をつき、車を廻らせた。
やっぱり。 わたし ・・・ 嫌われてるのね。 お休みのキスもしてくれないなんて。
ぼく・・・ やっぱり もうダメなのかな。 もう・・・オシマイ、なのかな。
穏やかな夜に溜息が あっちでひとつ、 こっちでひとつ。
堂々巡りの悩みごとには 秋の夜長はぴったり・・・ なのかもしれない。
帰って来るなり、彼は博士の待つメンテナンス・ル−ムにやってきた。
「 大丈夫、何の損傷もないぞ、ジョ−。 よかったな。 」
「 はあ ・・・ 」
どうも浮かない顔の、この最強・・・のはずの少年に博士は努めてさり気なく言った。
「 ジョ−、彼女は強いぞ。 生身に一番近い、とはいえ・・・ 元来もつ反射神経は
相当なモノじゃし、なによりも<よく見える>からの。 ここぞ!の一撃は確実だ。 」
「 見えるって能力としての眼が、ってことですか。 」
「 いや。 普段でも彼女の観察眼は鋭いぞ。
そうさなぁ ・・・ 大リ−グの大打者と同じで 彼女はいつもきっちり相手を、物事を見ているな。
だから単なる平手打ちもクリ−ン・ヒットするんじゃ。
それに引き換え、お前はただぼ・・・っとしておったんじゃないのか。 」
「 ・・・ あ ・・・・。 ( そうだ・・・あの時。 ぼくはフランの顔ばかり・・・) 」
ジョ−は 一人で真っ赤になっていた。
「 なんだぁ? やけに元気がないじゃないか。 」
グレ−トは本から顔をあげ、すこし眉を顰めた。
たった今。 密やかな足音が彼の部屋の前を通っていった。
それは ・・・ 日頃の彼女には似合わない重く・疲れた 足音だった。
「 お迎えに行って・・・ デ−トでもして来たかと思っていたんだが。
しょうがないなあ・・・ 一丁ジョ−のヤツにハッパをかけておくか。 」
よいしょ・・・っと彼は肘掛け椅子から立ち上がり、ガウンの襟元を直した。
うん。 英国紳士として ・・・ 嘴の黄色い若造にはない円熟の魅力を駆使しますかな。
「 ・・・ グレ−ト? あの ・・・ まだ起きてる? 」
小さなノックに小さな声が乗っかってきた。
「 おやおや・・・・ 先方さまからお越しだぞ? ・・・ マドモアゼル? どうぞ、お入り。 」
「 ありがとう。 あの ・・・ 」
「 ほい、お帰り。 あの朴念仁が迎えに行ったろう? 」
「 ぼくねん ・・・? ああ・・・ええ、来てくれたわ。 わたし、随分待たせてしまったみたい。 」
細目に開いたドアから フランソワ−ズがおずおずと顔を覗かせる。
− ・・・ はん? 喧嘩でもしたのか? 腫れぼったい瞼をして・・・
一生懸命微笑んでいる彼女の顔に グレ−トは目敏く涙の跡を見つけてしまった。
素知らぬ顔で、彼は少女を手招きした。
「 そんな所に突っ立ってないで。 お入り? 」
「 あ・・・ ううん、もう遅いから・・・。 あの、お願いがあるの。 」
「 なんなりと、姫君♪ 」
グレ−トは大仰に会釈をして見せた。
「 ふふ・・・ やっぱりグレ−トにお願いするのが一番ね。 あの ・・・ 」
ドアはそっと ・・・ 廊下にほんの一筋漏れる明りを残して閉じられた。
半時間も経たないうちに、ドアは再び大きく開いて ・・・ そして今度はぴたりと閉まった。
ふふふ・・・ 恋する乙女心は今も昔も同じってコトだな。
命短し 恋せよ乙女 〜 なんて古い歌がこの国にはあったなぁ・・・
先ほどとは打って変わった軽い足音が遠ざかってゆく。
グレ−トは うん・・・とノビをし、再び肘掛け椅子に腰を沈めた。
「 ・・・あの。 グレ−ト・・・? ・・・まだ起きてる? 」
仔猫が引っ掻くみたいなノックと一緒に消え入りそうな声が聞こえてきた。
「 お〜やおや・・・・ どうも千客万来の夜、ですナ。 ・・・ジョ−か? ああ、お入り。 」
「 ごめん・・・ こんな時間に・・・ 』
「 あの、なぁ。 」
「 え? ・・・ わっ! 」
いきなりグレ−トの平手打ちがジョ−の頬に飛び・・・ 寸前で止まった。
ジョ−も今回は咄嗟に飛び退き、正面から向き直った。
「 なに?! 」
「 ほ〜れ。 お前さん、ちゃんと避けたじゃないか。 」
「 え? そりゃ・・・ 」
「 もう〜 まだわからんのかね。 ジョ−よ、お前はマドモアゼルにぞっこんなのさ。
だから彼女には 隙だらけになる。
気になる相手、だからこそそんなに悩んでいるんじゃないかな。 」
「 う ・・・ ん。 ・・・でも、さ。 女の子に伸されたヤツなんて・・・ 」
「 ふふん。 そ〜れはナ。 負けてやった、のさ。 か弱きレディに勝ちを譲ってやった・・・
ってコトにしておけ。 多少・・・ズルだがな。 」
「 多少って。 随分違うよ。 」
ジョ−は気真面目に首を振る。
「 ま・・・ま。 ウソも方便というではないか。 ココはオジサンの言うとおりにしてごらん。 」
グレ−トはウィンクと一緒に ばん!っとジョ−の背中を叩いた。
「 ほれほれ・・・ オトコたるもの、恋人にあんな顔、させておくもんじゃないぞ? 」
「 ・・・う ・・・うん。 」
・・・ウチ廊下はどうしてこんなに短いんだ・・・
のろのろと亀よりも慎重に一歩・一歩踏みしめて、ジョ−は廊下の角までやってきた。
この先は。 ココを曲がれば ・・・
行きたいけど。 行きたくない。 会いたいけど。 会うのが・・・ちょっとこわい。
どんなに激戦の地でも臆することなく身を賭して闘う009 は人生最大の難所にいた。
目指すは ・・・ 彼女の部屋、いや、彼女自身・・・!
− ・・・ え〜い・・・! わっ???
ばっと踏み込んだ一歩に ・・・ なにか・柔らかいモノが勢いよく飛び込んできた!
「 フランソワ−ズ ?! 」
「 ・・・ ジョ− ?! 」
「 あの・・・ 」
「 ・・・ あの、ね。」
「 あ、ごめん、なに? 」
「 え、わたしこそ・・・ なあに。 」
「「 え〜〜と ・・・・ 」」
みつめあって。 じっとお互いの瞳に映る自分の姿もついでにじっと見て。
二人は同時に ・・・ 笑い出してしまった。
「「 ・・・ やっぱり・どうしても。 きみ ( あなた ) が好き。 」」
え? グレ−トに?
・・・あの、ね。 そのぅ ・・・ ロミオだったらどうする?って相談したの。
ロミオ??? ・・・ ああ、 『 ロミオとジュリエット 』 の?
そうよ。 ジュリエットは彼に一目惚れして・・・ ほら、バルコニ−のシ−ンでも
はきはき自分の想いを言うでしょ。 だからそんな時、オトコのヒトってどう思うのかな・・・って。
・・・ぁ ・・・ そうなんだ?
( ・・・ そうだよ! そうだ、積極的がど〜の・・・って言ってたっけ! )
ジョ−は、悠然と笑みを浮かべると、フランソワ−ズの肩に手を乗せた。
・・・ もう、きみには負けない。
あら ・・・ どうだか。 わたし、松の樹皮や波飛沫より強いわよ?
ふふふ・・・ 本当言うと。 前にも言ったろ?
負けっぱなし、さ ・・・ きみの魅力に♪♪
ジョ−・・・それなら ずっと負けていて・・・?
ふうん? きみは弱虫なカレシでもいいのかな。
・・・ こんな弱虫なら大歓迎よ。
でも。 ツヨイ女なんて嫌いじゃない?
・・・ そんな最強のヒトが一番さ。
今度はフランソワ−ズが白い腕をジョ−の首に絡めた。
ジョ−は笑ってそのたおやかな身体を抱き上げる。
・・・ ぱたん。
小さな音を残してドアが閉まると ・・・ ここギルモア邸にやっと静かな夜が訪れた。
「 ・・・ あれ。 これって。 」
「 なあに? なにか気になるニュ−スでもあったの。 」
「 うん・・・ ほら。 」
「 ・・・ ? 」
フランソワ−ズはジョ−が差し出した雑誌に目を向けた。
期待の新人・プロフィ−ル、という小さな記事とともにどこか見覚えのある日焼けした顔が写っていた。
「 まあ ・・・ ジュン、ね。 」
「 うん。 ここ・・・ 読んでごらん。 」
短い記事は型どおりのモノだったが、その新人プロはこんな一言でインタビュ−を結んでいた。
ジュニア時代の友人・・・彼女とは連絡も途絶えてしまったけれど。
どこかで ・・・ きっと自分を応援してくれている、と信じています。
<パッシング・ショットの達人> そんなサブタイトルが添えてある。
フランソワ−ズは黙ってジョ−に雑誌を返した。
「 ねえ、見に行きましょう。 次の試合は日本ですってよ。 」
「 いいね〜 あ、でも ・・・ 彼女と会うことは出来ないけど。 」
「 ジュンの活躍を見られればそれで充分よ。 」
「 ウン。 そうだね。 」
「 彼女のあの力強いパッシング・ショットが きっとまた見られるわね。 」
雑誌の中で、ジュンも一緒に微笑んでいる・・・と二人は思った。
******* Fin. *******
Last
updated: 10,10,2006.
index
*** ひと言 ***
タイトルは管理人に完全な?造語です(^_^;) 直訳すれば <愛の一撃>???
一昔前の少女マンガみたいな小噺、 本日はちょうどムカシの <体育の日> ですので
どうぞ、レトロ気分で笑ってお読み流しくださいませ。 とにかく〜〜 二人はラヴラヴ♪♪
あ、原作は あのテニス少女とフランちゃんのお話です。