『  白い鳥のように  』

 

 

 

 

 

 

 

  

    ふんふんふ〜〜ん♪  ♪♪♪

 

ちょっとばかりハズれた鼻歌が聞こえてきたら ― それはアイツが、島村ジョーが帰ってきた証拠なのだ。

   キィ ・・・・   鼻歌の直ぐ後で、門が少々軋んで開く。

このセキュリティ完備の邸にはそぐわない音であるが 誰も敢えて修理しようとはしない。

9人もメンバーがいるのに、仲間達の誰一人手を出さない。  そして苦情も ない。

門の軋る音こそが 日常世界そのもの ― と思っているわけでもないのだが。

かくて ギルモア邸の門はいつまでたっても、長の年月キイ キイ と癇に障る音をたてている。

  タ タ タ タ −−−−−! 

軽快な足音が近づいてくる。 玄関のドアが勢いよく開くまであと2分くらい・・・だろう。

 

フランソワーズはエプロンで手を拭いつつキッチンから出てきた。

「 お〜や ・・・ ご帰還ね。  そろそろブラマンジェが冷えるはずだし、丁度よかったわ。 」

早足でリビングを抜け、玄関に出た。

      ―  ぴんぽ〜〜ん♪

なんとも古典的かつ典型的な玄関チャイムの音が響き 間髪を入れずに彼女は玄関ドアを開ける。

「 お帰りなさい、 ジョー。 」

「  ― ただいま ♪  フランソワーズ ・・・ 」

そして アイツはなんとも幸福そうな笑で顔中をいっぱいにするのだ。

 

     ふふふ ・・・ わたし、 彼のこの笑顔が見たいのかも・・・

 

内心、最高の満足感と充足感を思いっ切り味わいつつ、フランソワーズは何食わぬ顔で続けるのだ。

「 今日もお疲れ様。  お腹、空いたでしょう? 」

「 ん〜〜〜  ちょっとだけ、かな〜 」

アイツは靴を脱ぎつつ   別にそんな。 なんでもないよ?  って顔をしている。

   ふふん・・・ お腹のムシの音、ちゃんと聞こえるんだから♪

「 ・・・ ジョー? 」

ジャケットを受け取りつつ アイツの顔をナナメ左下から見上げてみせる。

大きな碧い瞳をいっぱいに見開いて ちょっとだけ涙を溜めて。 うるうるしてみせて。

アイツがこの角度 この瞳に弱いことは十分に知っている・・・

「 うん ・・・ ただいま  フラン ・・・ 」

「 ジョー お帰り・・・ 」

アイツは今でもちょっとばかり赤くなりつつ、フランソワーズを抱き寄せる、 そして。

 

   < お帰りなさい の キス >   ・・・ 二人だけの・ずっと続いている習慣 

 

「 ・・・ んんん ・・・・   ねえ オヤツ、冷蔵庫に冷えているの。

 ジョーの大好きなブラマンジェよ 」

「 ・・・ んん ・・・   うわ〜〜お♪ フランのブラマンジェ、最高だもんな〜〜 」

「 ふふふ・・・ 春に作った苺のシロップ、入れてみたのよ。 」

「 わ〜〜 いいなあ、 ぼく、苺大好だもんな。  楽しみ〜〜 」

二人は仲良く腰に腕を回しあい リビングに入っていった。 

 

  ― これは この邸でのず〜〜〜っと続いている・ごくありふれた・日常的な光景なのだ・・・

 

     ふふふ ・・・ 初めてこの国に来た頃のことが夢みたいね

 

相変わらずの笑顔で手を洗いに行くジョーの後姿をちら、と眺めふと見れば 

食器棚のガラスには恋する乙女の笑顔が映っている。

 

     うふ♪ 笑顔は伝染するって本当ね。

 

     でも  ―  あの頃 ・・・ 悪魔の島からやっと逃れた頃 

 

     そう ・・・ わたし、もう長い・長い間 笑うことなんか全く忘れていたわ・・・

 

フランソワーズは甘酸っぱい、でもちょっとばかりハナの奥がつ・・・ん とする思いに浸っていた。

 

 

 

 

 

特殊艇から全員が密かに外に出たとき 周囲は真っ暗だった。

≪ 急げ! ≫  ≪ 音をたてるな! ≫  ≪ はやく! ≫

怒号ばかりが脳波通信でびんびん飛び込んでくる。

≪ ・・・ 煩いわね! 黙って移動したどう? ≫

ひと言、全チャンネルに送ると 彼女はぷつり、と自分のチャンネルを閉じた。

 

≪ んだとォ〜〜〜! ≫

≪ ったく! 相変わらずだな! ≫

≪ くっそ生意気な仏蘭西女め! ≫

≪ ・・・ いきなり切るなってば! ≫

≪ ムウ ・・・ ≫

≪ あんさん、おなごはんはなァ もっと優しゅうせなあかんで〜〜 ≫

≪ あ ・・・ ごめん ・・・ ≫

 

直後になだれ込んだ通信は一切シャット・アウトされ、 彼女 ― 諸聴覚強化サイボーグ003は

その美貌の冷たいプロフィールを見せつつ淡々と上陸した。

 

  その地は  深夜だった。

 

「 ・・・・ あ ・・・ クレッセント・ムーン ・・・・ 

闇の中で見上げた夜空、 その中天には猫の眼よりも細い月が昇っていた。

 ・・・その猫の眼と満天の星 だけが彼らの <街燈> だった。

満月でなくてよかった、と咄嗟に思ったがそんな自分自身が哀しかった。

「 ・・・ きれいな月なのに。 そう・・・あんな感じの金細工のイヤリングが欲しかったっけ、昔。 

 ふふ ・・・ そんなこと、思い出す余裕なんかなかった 全然なかった・・・ 」

いつの間にか脚が止まっていたのだろう。

「 ・・・ こっちだよ、まっすぐ。 」

「 !? 」

後ろから 力強い腕がく・・・っと肩を押してくれた。。

「 ・・・ わ わかってるわ。 」

「 そう? よかった。   ・・・ ほら もう玄関が見える ・・・ 」

「 ・・・ げんかん? 」

さ・・・っとセピアの髪が眼に入った。  ― 彼だ、あのコ。 最後のメンバー ・・・ 009。

「 うん。 日本家屋と研究施設が隣り合っているんだって。 」

「 ・・・ にほんかおく・・・ 」

「 でもぼく達が使わせてもらうのは研究施設だそうだよ。  こっちだ。 」

「 ・・・・・・・ 」

今までとうってかわって彼はずんずんと先頭に立ち進んでゆく。

 

      へえ・・・? 随分積極的 ・・・ ヒトが変わったようねえ・・・

 

最新バージョン、最強のサイボーグ・・・という触れ込みの <彼> ― 009。

確かに彼の戦闘能力は群を抜いていた。

闘いなれた彼女も その性能のバージョン・アップに眼を見張るものがあり 

彼の闘いぶりを垣間見ては、さすがに最新型ね、と思ったりもした。

 しかし なぜか彼はいつも控えめだった。

決しておどおどしている・・・わけではない、いや 肝心の時はきちんと <決める>。

しかし彼は常に躊躇い、自身に付与された能力に面食らい、驚愕していた。

だから 全員が全力で命がけで闘っていた中では どうしても <引いて> 見えたのだ。

 その 彼が ― 今 ・・・

 

「 ・・・ ちょ ちょっと待ってよ! 」

「 あ ごめん。  この道、石ころだらけだよね。  こっちの方がまだマシかな〜 」

「 あ・・・ もう〜 ちょっと・・・! 」

彼に腕を引っ張られつつフランソワーズはその建物に向かった。

 

 

 

「 さあさ 入ってくだされ。  大丈夫、近隣に他の民家はありませんでな。 」

「 コズミ君 ・・・ ありがとう! 恩に着るよ! 」

「 ギルモア君! 挨拶は後じゃ、とりあえずゆっくり休んでくれたまえ。 」

「 ・・・ すまんですなあ・・・ 」

老人、いや老友二人はしっかりと握手をし眼と眼を見交わし ― 全てを了解しあった・・・らしい。

赤い特殊な服の集団は 密やかにその建物の中に吸い込まれていった。

 

「 ここはワシの研究所 兼 学生や研究者たちの研修施設にもなっとります。

 宿泊設備もありますが、すまんが個室は数が足りんので ・・・二人づつでシェア願います。 」

一階のかなり広いラウンジでこの屋の主が采配をふるう。

そこは新しい建物ではなかったが、きちんと掃除は行き届き気持ちのよい場所だった。

サイボーグ達は一様に ほっと安堵の表情を浮かべていた。

「 この階にはキッチンとバス・トイレがありますでな。  個室は二階です。

 あ・・・そうじゃ ・・・ お嬢さん? 」

「 ・・・・・・・・・ 」

全員が フランソワーズを振り返った。

「 ・・・・?  え  わたしのことですか。 」

「 あなたさんしかいらっしゃいませんよ、ご婦人は。 」

「 ・・・ はあ 」

最早頭の中からすっかり消去っていた呼称で呼びかけられ フランソワーズは面食らった。

「 お嬢さんはこちらへどうぞ。  こっちの廊下は母屋に繋がってましてな。

 お嬢さんとギルモア君は そちらでお休みください。  」

「 おお 心遣いありがとう、コズミ君! 」

「 いやいや・・・ しかし母屋はこちらより古くてな、申し訳ないが・・・こちらへ。 」

「 忝い。 さあ ・・・・ 003 ? 」

「 ・・・ はい。 」

「 003。  オレ、001 預かる。 心配するな。 」

「 ありがとう !  005 ・・・ 」

彼女はずっと側に置いていたクーファンを 寡黙な巨人渡した。

「 それじゃ・・・ もう遅いですからな、どうぞ皆さんごゆっくりお休みを・・・ 」

コズミ博士の言葉を潮に サイボーグ達はぞわぞわと移動し始めた。

 

「 ・・・あ  あの ・・・ ゼ ・・ ゼロゼロ・スリー? 」

「 ? なあに。  009。 」

最後までラウンジに残っていた茶髪の青年が 彼女を呼び止めた。

「 あの。  ・・・あ ・・・ お、 お休み・・・ 」

「 え?  ― ああ。 おやすみなさい。 」

「 うん、 お休み、003。  」

「 ・・・・・・・ 」

眼の隅に彼の笑顔を拾い 彼女は老当主の後に付いていった。

 

    ・・・  ヘンな ひと。  東洋人って変わっているわ ・・・・

 

 

 

母屋は大半が木と紙でできている ・・・風に見えた。

「 さ ・・・こちらです、 ここはワシの娘の部屋じゃったですが。 」

「 まあ 勝手に使って宜しいのですか? 」

老人が示したドアは なぜかそこだけが普通の、彼女にはよく見慣れた感じのドアだった。

周囲の古い家屋とは 全然調和していない。 

建築後、かなりたってから変えたか付け加えたか どちらかなのだろう。

「 かまわんです、もうかれこれ・・・10年も前に嫁に行きましてな。

 ここはずっと使っておりませんよ。  掃除はしてありますが・・・多少埃っぽくて・・・申し訳ない。 」

「 いえ ・・・ そんな ・・・ 」

「 ふぉふぉふぉ・・・ 中のものはなんでも服やら鏡台にあるものやら自由に使ってもらってかまわんです。

 あ ・・・ バス・トイレそっちの突き当たりです、そちらもご自由に ・・・ 」

「 ・・・ ありがとうございます・・・ 」

「 では ・・・ どうぞごゆっくり。 お休み ・・・ 」

「 はい、お休みなさい。 」

ちょっと会釈をして。  ― ドアを開けた。

 

    「  まあ  ― 」

思った通り 入り口の脇に照明のスイッチがあった。  

  ― しかし   カチン、と押して照らしだされた室内はフランソワーズの予想とは大きく外れていた。

異国の、それも東洋の少女が使っていた部屋・・・ なにもかも見慣れぬ・見知らぬ調度でいっぱい・・・

    ではなかった。

 

「 あら。  ・・・ ここって。 ・・・ わたしの部屋に 似てるかも  ・・・ 」

 

ピンク系のカバーに覆われたベッド、隅に机と椅子があり、脇にはチェストとドレッサーが並んでいた。

壁には大判のポスターが貼ってあり ― ひよひよした青年が色褪せた笑顔を見せている。

彼女はまるで自分の部屋にもどってきたかのような気分になってきていた。

歳月も距離もうんと離れ、見知らぬ異国の少女が使っていた、とはとても思えない。

「 ・・・ へえ ・・・?   ま、ともかく、 お邪魔しますね。 」

フランソワーズは部屋の真ん中で軽くレヴェランスをし、そっとベッドに腰をかけた。

 ぽすん ・・・とそのまま仰向けにひっくり返れば ― 真上には木の板が組み合わされ並んでいる。

天井だけは初めて見る素材だった。

 

       

      ああ   ・・・・    わたし。  自由になったんだ ・・・・

 

 

長い 長い 悪夢の日々から逃れられたことを、今彼女はやっと実感することができた。

そしてそのまま  ―  彼女の意識は途切れた。

 

 

 

     ・・・  んん ・・・?  ここは ・・・ どこ・・・?

 

見慣れぬモノが まず眼に映った。

     ― あれは ・・・ なに?  ここは・・・ ?  木の板が並んでる・・? 

     ・・・  あ  ・・・!

「 そうよ!  昨夜、わたし。 わたし達 ・・・ コズミ博士の 」

声に出せば 一気に昨晩の記憶が甦った。 

そうだ、自分たちはこの見慣れぬ場所に 息を潜めているのだ・・・

「 やだ・・・わたしったら。 あのまま引っ繰り返って眠ってしまったのね。 」

そっと身を起こしカーテンを引けば 外はまだ薄い暗闇がところどころに漂っている。

「 今 ・・・ 何時?  あら。  まだこんな時間 ・・・ 」

時計を眺めたが、まだ・・・・ 日の出までには幾分( いくぶん ) か 時間がある。

「 やだ・・・ 随分早くに目が覚めちゃった・・・ 」

ぼんやりとした薄明の中、改めて寝んでいた部屋を見回す。

ドレッサーの上に 新品の下着類とガウンがさり気なく置いてあった。

「 まあ ・・・  これ 使って構わないのかしら。  そうだわ、シャワーが隣にあるとか言ってたわね。 」

フランソワーズは 着替えを持ってそっと部屋からすべりでた。

 

 

「 ・・・ これ ・・・ 着てもいいのよ ・・・ね? 」

ガウン姿でフランソワーズは ベッドの上に広げた服に手を当てた。

洗い髪が一筋 二筋肩から零れ落ちる。

シャワーを浴びて髪も洗いさっぱりして  ― 今 彼女は借り着に袖を通し始めていた。

 

「 ・・・ 信じられないけど。 これ ・・・ スカートなのよね ・・・ 」

 

身に纏い、身体を捩ればふわり・・・と裾が広がり素足に生地がやわらかく纏わり付く。

脚には 空気が直にふれる ―  長いこと、 本当に長いこと忘れていた <スカート> の感触。

 ずっと。 ・・・ずっとずっと ― あの赤い服だった。

眠る時も あの服しかなかったことも多かった。 

 

 だけど  今  ―  さらさらと素足にスカートがふれる。  くるり、と回ってみればスカートも広がる。

 

      ―  ・・・ ああ ・・・ あああ!

      わたし!  生きてる ・・・ 生きてるのよね・・・!

 

笑みが止め処もなく心の底からわきあがってきて、必死で口を押さえる。

「 ・・・ ふ   ふふふ ・・・   ふ ・・・   やだわ、わたしったら・・・

 あら?  ドレッサーもあるのね。  ・・・ 」

ちょこん、とスツールに腰かけ パッチワーク風な掛け布を撥ねてみれば姿見がでてきた。

「 やだ・・・ 髪 ぼさぼさじゃない ・・・ もう・・・ 」

フランソワーズは洗い髪を拭いなおし、ブラシをつかった。

鏡の前に小さな箱が置いてあった。  彼女は震える指先でそれを摘まみ上げた。

「 ・・・っと。  これ ・・・ 新品みたいね?  使っていいよ、ってこと・・・かしら? 」

封を切って 本体を取り出した。

「 ・・・ シャネル、ね。  まあ ・・・ NO.19 じゃな〜い♪ ふふ ちょっとだけ・・・ 」

彼女は ほんの一筋、紅を引いた。 

鏡の中の素顔に 一点唇だけが赤い。 

 赤  ・・・ 紅色 ・・・  いつも身の周りにあった <赤> とはなんという違いだろう。

久々に紅を引いた唇が なんだか熱い。  これは 生きている熱さなのだ。

 

    ―  ぽつり ・・・ ぽと ぽと・・・

 

いつの間にか泣いていた。  ドレッサーの前に 水溜りができた。

 

       わ  わたし ・・・ 逃げ出せた・・のね・・・! 

 

朝まだき、 陽のさす少し前。 小さな部屋で彼女は フランソワーズ・アルヌールに戻れた喜びを

涙とともに噛みしめていた。

 

 

 

「 ― 全員 いるか。 」

アルベルトがソファから立ち上がった。

「 ・・・あ〜〜・・・ っと 003がまだだぜ。 」

「 ふん。  おい・・・ お前、呼んでこい。 」

「 ・・・え!! ぼ ぼくが・・? 」

「 そうだ。 さっさと行ってこい。 」

「 ・・・で でも ・・・ その。 部屋に入っていいのかな・・・ 」

「 ば〜か ノックすりゃいいだろ! 」

「 あ ・・・う うん ・・・ 」

「 は〜や〜く〜  」

 

「 ― 時間ぴったり。  皆さん、 お早う。 」

 ふわり、とやわらかな春の色彩が男たちの前を通り − ソファに座った。

「 ・・・ ・・・・・・・・・ 」

一瞬 ほんの一瞬 ラウンジはオトコどもの息を呑んだ静寂につつまれた。

  ― 破ったのは のっぽの赤毛。

「 うひゃあ〜〜 スカートやんけ☆ いい脚してんな〜〜」

「 ― その色は よく似会うな。 」 そっけなく付け加えるのは銀髪。

「 おお〜〜 花の唇には春の色ですな、マドモアゼル。 」 スキン・ヘッドは会釈つき。

 ・・・ふん、と当のご本人はにこりともしない。

「 時間厳守なのでしょう。 始めたら。 」

「 !  では 」

 

「 ・・・ よかった ・・・! 笑ってるね♪ 」

「  ・・・! 

茶髪の青年の呟きに フランソワーズは思わず振り返ってしまった。

 

     ・・・・ このコ ・・・・

     このコは 本当のわたしを見てる・・?

 

「 あ・・・! あの・・・ごめん・・・ 」

「 ・・・え い いえ ・・・なんでも ないわ。 わたしこそ ・・・ ごめんなさい ・・・ 」

「 あ う うん ・・・ 」

 

     笑顔・・・って。 わたし  笑っていた・・・?

     このヒトは ・・・  ああ なんてやわらかい眼差し・・・

 

「 おい。 今 ・・・ ここでポカしたらモトもコもないぞ。 」

ビシ!っとアルベルトの声が響き 全員が集中した。

 

 

 

 

 

    う ・・・・   うう ーーーん ・・・・

 

微かな唸り声をあげ  彼 は 薄く眼を開いた。

 ― 大丈夫、あのセピアの瞳は曇ってはいないわね。

フランソワーズはほっと胸をなでおろし、 つとめて明るい声で話しかけた。

「 ― 気がついた・・・? 」

「 ・・・ う  ・・・ うん ・・・ ここ は ・・・ 」

「 コズミ博士の・・・ あの建物の地下よ。 一応メディカル・ルーム仕様。 

 どう? はっきり思い出した? 」

「 ・・・ う ・・・ ん   ぼく、ぶっ飛んでしまったんだね・・・ 」

「 ええ。 加速装置の使用限度オーバー。  無理するからよ。 」

「 あ ・・・ うん、 ごめん ・・・ 」

「 なんで謝るの?  あなたはちっとも悪くなんかないのよ。 」

「 うん ・・・ でも その・・・迷惑かけたろ、その・・・きみに さ・・・ 」

「 え。  そ そんなこと・・・  な いわ ・・・ め 迷惑だなんて。

 そんなこと、思うなら早く元気になって。 」

「 ウン。  ― アイツら またやってくる・・・! 」

「 あ! まだ起きちゃだめよ。  もうちょっと数値が安定してからにして・・・ 」

「 ・・・ ごめん ・・・ 」

「 また 謝るのね。 」

「 あ  うん  その  ごめん・・・ あ。」

 ・・・ クス・・・っとフランソワーズが笑うと ジョーも照れた笑いを浮かべた。

たったそれだけのことなのだが  ―  二人の周囲の空気が軽くなった。

 

   よくわからないコ   おっかないヒト  ・・・ お互いにそんなイメージは消えた。

 

「 ふふ ・・・ さっき庇ってくれたでしょう?  ・・・ ジョー。 」

「 え  あ  うん ・・・・ あ! 怪我、しなかった?? 

 ほら 地面に転がって オデコとか打って ・・・ 」

「 ちょっとだけよ、もう平気。  あの時・・・ 兄さんみたいって思った。 」

「 ・・・・ きみの兄さん ・・? 」

「 ええ。  わたし、お転婆でね、よくいじめっことかとケンカして・・・

 兄さんが飛び込んできて庇ってくれたの。 妹になにをする!ってね。 」

「 そっか・・・ いいお兄さんだね。  フランスに帰ったら また会えるね。 」

「 ―  ジョー。 知らないのね。  わたし達は ・・・ 」

「  ―  え ? 

 

 

フランソワーズが自分達のことを説明しさらに自分自身の年齢について自嘲気味にひと言つけ加えた時。

「 そんなこと、言うな。 」

セピアの瞳が 真剣な光を湛え彼女を見つめた。

「 ・・・  え ? 」

「 きみは きみだよ。  003。 」

あの、いつも控えめに微笑んでいた青年が 正面から見つめはっきりと言い切った。

「 あ  あの ・・・ 」

「 起きるね。  もう ・・ 大丈夫・・・ 」

「 あ ・・・ でも でも ・・・ 無理はだめよ。 」

「  ―  行ってくる。 」

「 ・・・・ 」

フランソワーズは黙ってジョーの手をぎゅ・・っと握った。

「 サンキュ。  ・・・ 力、 出てきた。 」

ぱあ・・・っと笑うと、 彼は静かにメデイカル・ルームを出ていった。

 

      や ・・・ だ ・・・

      こんなの、反則だわ・・・!  

 

      ・・・ なんて ・・・ なんてヒトなの!  

      ああ  ああ  やっぱりアナタは最強のヒトよ  

      ・・・・  ジョー ・・・・ !

 

その日。  セピアの瞳をした・最後のメンバー009 は 彼女にとって   ジョー  になった。

 

 

 

 

   とんとんとん  ・・・   とんとんとん ・・・・?

 

「 あら・・・?  どこに行ったのかしら ・・・ ジョー? 開けてもいい。 」

二階の寝室のドアをいくらノックしても返事がない。

「 ねえ? 開けますよ〜〜 」

もう一度 大きく声をかけてからフランソワーズは部屋のドアをあけた。 

「 ジョーってば。 お夕食  ― あら? 」

開け放たれた部屋には 誰もいない。  正面の窓は半分開いている。

「 やだわ・・・ どこかに出かけたのかしら。  

 あら、 でも ・・・ ヘンねえ? 玄関から出ていったはず、ないわよ? 」

ふうん・・・と主に居ない部屋を見回せば。 

 

きちんと整頓されたベッドの上に チェックのシャツが脱ぎ捨ててあった。

いや、着替えてそのまま・・・出掛けた、という感じだ。

その他には  ―  相変わらず 余分なものはなにもない。

ベッドに机に低いチェスト、そして本棚。  それだけがひっそりと部屋の隅に位置していた。

「 ・・・ いやねえ、 だらしない・・・ 」

口先だけで文句を言って フランソワーズはベッドに上からシャツを拾い上げた。

「 ・・・ ちゃんと洗濯に出してください ・・・ 」

なにもない殺風景な部屋が ちょっと淋しい。  

シャツを手に取り 彼女はもう一度部屋の中を見回した。

「 ほんとうになんにもないのねえ・・・  男の子の部屋ってこんなもの?

 お兄ちゃんの部屋ってもっとごたごたしていたと思うけど   ・・・ あら・・・  」

机の端に小さな写真立てが あった。 

「 へえ 写真は飾る趣味があのね。  誰かな〜〜 見てもいいでしょ♪ 」

好奇心に負けて そっと手を伸ばし  ―  次の瞬間 頬に血が昇った。

「 ・・・ やだ!  ジョー・・・ってば・・・! 」

飾り気の全くないシンプルな写真立ての中には 彼女自身が微笑んでいた。

なにかを見て 笑っている。  景色はどうやら裏庭らしい・・

「 これ・・・いつ撮ったの?  こんな所でカメラなんか持ち出したこと、あった? 」

裏庭には洗濯物干し場があり ジョーと二人で干し物をすることがよくあるのだけれど・・・

そんないつか、 彼が撮ったのだろうか。

「 やだ・・・ わたしってこんなに開けっ広げに笑うの〜〜 ? 」

屈託なく、口を開けて笑う自分  ―  でも なぜかイヤではなかった。

自分に黙って撮られたこともイヤでは ・・・ なかった。

「 ふふふ ・・・ 今度はもっと綺麗に笑っているところをお願いします。 」

ちゅ・・っと自分自身に投げキスをし、 彼女はそう〜っと写真立てをもとの位置に戻した。

「 ・・・で、 ご本人はどこに行っちゃったのかしらね〜   あら? 」

 

    ワンワンワン 〜〜〜   ワンッ!    あはは  あははは・・・・

 

「 ・・・ なあんだ・・・ また <二人> で遊んでいたのね。 」

フランソワーズは 正面の窓を大きく開けた。

眼の下には  ―  走りまわり転げまわり じゃれあっているヒトとイヌがいた。

 

「 あはは・・・・ こら〜〜〜 そんなに舐めるなってばあ〜〜 」

 ワンワンワンッ !  クゥ〜〜〜ン ・・・!

「 こらァ〜〜  よし、それじゃ一緒に海岸まで競争するかい? 」

 ワンワン!   ワン! 

セピアの髪と同じ色の犬が いっしょくたになり笑っている。

「 じゃあ  一っ走り、行くこうか〜 」

 ワン !!!!

 

     あら。  このヒト ・・・・  こんなに屈託なく笑うのね 

 

真上から眺める彼の笑顔 ― そろそろ傾いてきた陽を受け明るく輝いている。

いい笑顔だ、 と思った。  こころから 楽しんでいるのだ、彼は。

 

数々の闘いのあと、この岬の邸が我が家になった。

老人と眠ってばかりいる赤ん坊と ― そして彼と。 フランソワーズは今、静かな日々を送っている。

初めはなにかとぎこちなかったが だんだんと4人は < 家族 > になり始めていた。

 

「 あ こらあ〜〜 そんなにジャレつくなってば〜〜 」

 ワン ワンワン〜〜〜〜  わん! 

茶色毛の犬はどうやら茶髪の青年を 仲間だと思っているらしい。

「 あは ・・・ 舐めるなよぉ〜〜 くすぐった〜〜 」

 クゥ〜〜〜ン !!   ワン!

ジョーの笑顔はますます明るく、夕陽を照り返す。

 

     ・・・・ああ。  この人はまだとても若いのね ・・・

 

ちくり、と胸の奥が 痛む。

こんな時、 すっかり忘れていた、あの年月を思い出してしまう。

 

「 こらァ〜〜  もう・・・   あれ?  やあ フラン〜〜! 」

ジョーは上を向くと大きく手を振り そしてまたとても楽しそうに・うれしそうに笑った。

その笑顔は ストレートに。 なんの他意もなくフランソワーズの心に染み通った。

 ・・・ 妙な衒いや構えは すう・・っと消えた。

 

     ジョー。  ・・・ ありがとう・・・

 

一瞬目を閉じ。 彼女もまけずに明るい声を返した。

「 ジョーォ ?  晩御飯の時間、忘れないでェ〜  」

「 あ〜〜  そうかァ  もうそんな時間なんだ〜  

 うん ・・・ それじゃすぐ帰ってくるね。  御飯の仕度、手伝うから、待ってて? 」

「 ありがとう〜〜  じゃ 二人で楽しんでいらっしゃいね〜 」

「 サンキュ♪  ほら〜〜 お前もお礼をいいなよ、 クビクロ〜 」

 ワン ワワワン !!!

「 ふふふ ・・・ どういたしまして♪ 」

一人と一匹は相変わらずじゃれあいつつ ・・・ 家の前の急坂を駆け下りていった。

「 もう ・・・ 悪戯っ子同士だわね〜 」

「 はっはっは ・・・ そうじゃなあ。 」

眼下のテラスから 暢気な声が聞こえた。

「 あら 博士。  そんなところにいらしたのですか。 」

「 うん、いい陽気なのでな・・・ 読書をしておったよ。 」

「 それじゃ・・・ お茶でもお持ちしますね。  」

「 おお ありがとうよ。  お前も一緒にどうじゃね。 気持ちよいぞ。 」

「 は〜い ♪ 」

フランソワーズは 窓を半分閉めるとジョーの部屋から駆け出した。

 勿論、入り口で振り返り自分の笑顔に投げキスを忘れはしない。

 

      ねえ  < わたし >?  これからもジョーのお守りをよろしく♪

 

   ―  パタパタパタ ・・・・   

軽い足音が 廊下から階段に続けて響いていった。

 

 

 

        あれは  ついこの秋の初めだったのに。

 

 

   カタ ・・・・  玄関のドアが開いた。

す・・・っと冷気が そして 細かい雪が彼と一緒に入りこんできた。

「 ・・・・・・・・・・・・ 」

彼は黙って玄関に立っていた。  俯いた顔はセピアの髪で隠れている。

だらり、と下げた手は泥と水と 数本の茶色い毛が付いていた。

「 ・・・ お帰りなさい ・・・ ジョー ・・・ 」

上り框からフランソワーズはそっと声を掛ける。  なるたけいつもと同じトーンで。

「 ・・・ う ・・・・ ん ・・・・ ただ  ・・・  い   ま ・・・ 」

「 寒かったでしょう?  ・・・ お風呂、沸いているわ。 」

「 ウン ・・・ あり が と ・・・ 」

「 ・・・ きっと ・・・ 喜んでいるわ。 」

「 え。 」

やっと彼は顔をあげた。

「 喜んでいるわ。  ・・・ ジョーの元に帰ってこれて ・・・ 」

「 ・・・ ん。  ・・・ そ そう だね ・・ 」 

「 ・・・ ジョーと一緒にいられて幸せだったから。 このウチで ・・・ 」

「 ・・・ ん  」

「 ・・・ ね? 」

「 ・・・・・・ 」

ジョーはゆっくりとブーツを脱ぎ玄関に上がった。

「 ―  フランソワーズ ・・・ 」

「 なあに、 ジョー。 」

「 ・・・ ごめん ・・・! ちょっとだけ ・・・ 」

「 え  あ ・・・! 」

ジョーは そのまま彼女を抱き締めた。 

 

   そして。 ごめん ちょっとだけ ちょっとだけ  ・・・・を繰りかえす。

 

「 ・・・・・・・ 」

フランソワーズは黙って彼のなすがままになっていた。

自分を覆っている身体が 小刻みに震えている。 冷たい防護服、濡れてセピアの髪が 震える。

嗚咽はまったく聞こえないが 彼は泣いていた。  全身で泣いていた。

心を許した  友  の死を 全身で哀しみ悼んでいた。

 

    ああ ― あなたは泣いているのね    

    ああ ― そうね。  男の子は そうやって泣くのね

 

フランソワーズの手が自然に彼の背にまわりゆっくりと撫でた。

彼は一瞬 ぴくり、と動いたがすぐにまた静かに彼女をいだく。

「 ― ジョー ? 」

「 ・・・・? 」

 やっと彼は顔をあげ彼女を見た。  彼女も彼をみつめる。

そして それから。  彼女は伸び上がり彼に キス をした。

「 ・・・ わたしも一緒に 哀しませて。 」

「 フランソワーズ・・・!  」

彼の手が彼女の顔を捉え 彼は彼女に キス をした。

 

   小雪の舞う夜 ― ジョー  は 彼女にとって  恋人 になった。

 

 

 

 

  とんとんとん ・・・  とんとんとん ・・・

 

今日も軽快な足音が聞こえてくる。  ジョーはもう足音だけで区別がつく。

「 ・・・ふふふ ・・・ あんなに軽い音ってフランだけだものなあ・・・

 あ ・・・ 今朝は足音が踊ってるよ・・・・?なにかいい事でもあったのかな。 」

ジョーはベッドの中でできるだけ身体の向きを変えてみる。

まだ身体中に接続されているコードやら チューブ類が邪魔になるが なにかまうことはない。

「 もう 大丈夫だ・・って言ってるのにさ  博士ってば ・・・ 」

ジョーはなんとかベッドに半身を起こした。

 

「  ― ジョー!  お早う〜〜 」

 

明るい声と一緒に明るい笑顔が現れた。

「 お早う、フランソワーズ ・・・ 」

ジョーは思わず微笑してしまう。

「 あら。  なにかいいことがあったの、ジョー。 」

「 え?  ・・・ それは フランの方だろ? 」

「 ええ? そんなことないわよ。  あ ・・・ ううん、 あります、ちゃんとあるの。 」

彼女は捧げてきたトレイを ベッドサイドに置くとまたまた笑顔をみせた。

「 へえ・・・ なにかなあ。 教えてくれよ。 」

「 あら。 ジョーの方こそ。 ジョーの < いいこと > 教えて? 」

「 え〜〜  だ〜め。 秘密さ。 」

「 ま〜あ 意地悪!  いいわ、わたしだって ひ み つ♪ 」

「 あれえ〜 ・・・ 意地悪〜 」

「 ふふふ ・・・ 今頃気がついたの? オンナノコは意地悪なんです。 」

「 へええ・・・そりゃ気がつかなかったなあ〜 

 どれ 意地悪なコトを言う唇は ・・・ どこかなあ〜? 」

ジョーは腕を伸ばすと くい、と彼女の手を引きこんだ。

「 あ ・・・ きゃ・・・・! 」

フランソワーズは不意をつかれ すとん、とジョーのベッドに、いやジョーの身体の上に倒れこんだ。

「 ・・・ あ! ご ごめんなさい !  ― 大丈夫!? 」

「 い〜や。 大丈夫なんかじゃないなあ〜 」

「 ・・・ ジョー? 」

彼女はあわてて立ち上がろうとしたが その肩を彼はがっちりと抱きとめる。

「 う〜んと ・・・ 熱く看病してくれないとな〜 」

「 ジョー?  ・・・ あ〜〜 なあに、もう! わざと引っ張ったのね〜 」

「 うん。  ・・・ フラン ・・・ もう我慢できない・・・ 」

「 ・・・ ジョー・・・!  だって まだ ・・・ 」

「 大丈夫だってば。 ・・・ そうじゃなくてもきみから元気パワー、貰うよ。 」 

「 ・・・ もう ・・・ ワガママさんねえ ・・・ 」

「 ふふふ ・・・ 今頃気がついたの? オトコノコは我侭なんです。 」

「 ま! もう ・・・  ジョーってば・・・ 」

「 フランソワーズ ・・・  おいで。 」

「 ・・・ ば か ・・・ 」

「 ああ 大バカモノさ ・・・ 」

「 ・・・・・・・・ 」

二人は そのまま ― 縺れ合ってベッドに倒れこんだ。

 

 

   宇宙 ( そら ) から還ってきた恋人は 彼女の  唯一無二のヒト  になった。

 

 

 

 

「 ・・・ う〜〜ん ・・・ いい気持ち・・・!  」

「 うん ・・・ ああ もうこんな季節なんだなあ  」

「 そうね ・・・ でもとってもいい季節になったでしょう? 」

「 うん ・・・ ほんとうに ・・・ 」

ジョーは立ち止まって 大きく息を吸い込んだ。

 

波打ち際から少しだけ離れて 二組の足跡が点々と続いてゆく。

海風が 茶髪と亜麻色の髪をいっしょくたにして吹きぬける。

時折 二人は歩みを止め、海原をながめたり高い空を見上げたりしている。

 

「 ・・・ なあ。 ここって・・・ この海って。  こんなにキレイだったっけか。 」

「 ええ。  ウチの前の海は世界で一番 キレイよ。 」

「 世界で一番、か・・・ うん・・・そうだよね ・・・ ここに帰ってこれたんだものなあ 」

「 ねえ ・・・  空 ・・・ あの空。  あんなに高くて青かった? 」

「 ふふふ・・・ ぼくはあの空よりももっと上からおっこちてきたんだよね。 」

「 ・・・ もう 忘れさせて。  あなたは還ってきてくれた ・・・ それでいいじゃない。 」

「 うん ・・・ ごめん。 」

「 あら・・・ また ごめん なの。 」

いつも勝気な瞳が ジョーの前では無防備に微笑む。

 

     ・・・・ こんなに さ   可愛い人なんだよね ・・・

 

ジョーは心の中で嘆声をあげ、ほれぼれと彼女を見つめなおす。

「 あ は・・・。   なあ。  きみって  さ。 」

「 ― え ? 」

「 うん ・・・  こんなにキレイで素敵なんだな。 」

「 ・・・やだ ジョーってば・・・ なによ、急に ・・・ もう・・ 」

「 うん。 フラン ・・・ いや フランソワーズ。 」

「 はい? ねえ、どうしたのよ、ジョーってば。  今日はちょっとヘンよ? 病み上がりだから? 」

「 おいおい・・・ ぼくはもう完全復帰だよ。

 それより さ。 フランソワーズ ・・・ 聞いて? 」

「 はい、なあに。 」

碧い瞳はまっすぐに彼を見つめている。

「 うん。  ― ぼくと結婚してくれる。 」

「 ・・・ は?  だれが。 」

「 だからさ  きみ が!  フランソワーズ、 ぼくと結婚してください。 」

「 ・・・ え ・・・・ 」

そのあと、彼女は何と言ったか どんな返事をしたか まるで覚えていない。

ただやたらと ぶんぶんと 首を縦に振っていた記憶があるだけ・・

 

  ― 気がつけば ジョーの腕の中にいた。

 

「 ・・・ ジョ ・・・ − ・・・・ 」

「 うん ・・・ ありがと。   あ   ねえ あれ・・・ 鳥だね 白い鳥だ・・・ 」

「 ・・・ え・・・・?   あら ・・・ ほんとう ・・・ 」

目を上げれば 青い空に白い鳥が二羽、付かず離れず翼をはためかせ飛んでゆく。

「 フラン。 あんな風に さ  一緒に飛んでくれる? 」

「 ・・・ うん。  ずっと一緒に ね。 」

 

   さわさわさわ  ・・・・   海風が二人の髪を揺らし鳥の後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

    ふんふんふん 〜〜♪

 

暢気なハナウタが零れてしまう。  ・・・ どうもこれはジョーから伝染したらしい。

フランソワーズはクスクス笑い 食器棚を開けた。  

どの食器も二組づつなのでスキスキだ。  

 

そう ・・・ 食器棚も冷蔵庫も。  ロフトも押入れも 満員だった頃も ・・・あった。

キッチンはフル稼働、小さな手が冷蔵庫のドアをぱたんぱたんやっていた頃も ・・・ あった。

  

 

   ― そうね、 ジョー。  <いろんなこと> が たっくさんあったわね。

 

 

ちょっとだけ眼を瞑ってから、フランソワーズは冷蔵庫からブラマンジェを取り出した。

「 ・・・ う〜〜ん♪ いい感じに固まったわね・・・ ふふふ〜〜ん♪ 」

そうっとトレイに置いて、 ガラスの器を並べた。

 

   ― ほうら   もうすぐジョーが手を洗って戻ってくるわ。

 

案の定 ブラマンジェは大好評、あっという間にジョーのお腹に詰まってしまった。

「 あ そうだ。  すばるのとこのあのコ ・・・ 来週結婚式だってさ。 

「 まあ・・・! えっと・・・ まァちゃん、でしょ。 」

「 そうそう、 まァちゃん。  うん ・・・ 幸せに なって欲しいね。 」

「 大丈夫。  ジョーとわたしの子供の子供なのよ?  必ず幸せになるわ。 」

「 うん ・・・ そうだね。 」

「 そうなのよ。 」

 

二人で窓から 大きく広がる空を見つめる。

あの日、出会ってから ― どのくらい経ったのだろう。

人が来て 人が去り 時は過ぎ ・・・  でも二人の笑顔は変わらない。

幸せを願う 笑みは変わることはないのだ。

 

   みんな みんな しあわせに。  

 

   わたし達は つばさをひろげ皆の幸せを祈りつつ大空を飛んでゆくわ・・・

 

       ―   あの白い鳥のように 

 

 

 

*******************************     Fin.    **********************************

 

Last updated : 05,10,2011.                                index

 

 

**************    ひと言  **************

一応平ゼロ設定・・・というか <島村さんち> の 遠い遠い番外編??

こんな風なフィナーレでもいいなあ・・・・なんて思ってみたりして。

実はほんのわずかな時間 ― ジョー君が手を洗ってウガイしてくる間 の

フランちゃんの回想・・・ 二人の辿った半生  かな ・・・

あ 口紅の番号はてきと〜です、 NO.19は香水だよね・・・