『 誰がために ・・・ 』
とんとん・・・と軽い足音と一緒に勢い良くドアが開いた。
もう新年の朝日がいっぱいに差込み 明るい光が溢れているギルモア邸の広いリビングに
ぱっと華やかな色彩が加わる。
「 ・・・お早うゴザイマス ・・・ --- あら〜〜〜 」
この邸の紅一点、そして事実上の女主人でもある亜麻色の髪の乙女が
爽やかに姿を現した。
いつもや緩やかにその細い肩に掛かっている髪も、今朝はきっちりと結い上げられ
彼女は薄紅色を基調にした和服に身を包んでいた。
柔らかな色彩が 彼女の陽に透ける髪や空の色を写し取った瞳によく映える。
決して華美ではないが、落ち着いた上品な梅の花の意匠が彼女の人柄にぴったりだ。
そんな新春を彩る艶姿は リビングの入り口に立ち尽くし ・・・ 息を詰めていた。
この邸の中でも一番に広くて日当たりもよいその部屋には。
大のオトコどもが そちこちに転がって ・・・ 高鼾状態であった。
ソファにテ−ブルに床の上に。
酒ビンがころがり、潰れたビ−ル缶が積まれ、徳利にワイン・グラスが倒れている。
杯盤狼藉 ・・・ そんな言葉がぴったりの乱雑さである。
・・・ はぁ 〜〜〜〜
大きくタメ息をつき。 ともかくテラスへのフレンチ・ドアを大きく開け放った。
少し冷たいけれど爽やかな空気が この部屋の澱んだ雰囲気を押し流す。
本当に ・・・ もう。
でも。 まあ・・・ しょうがない、わね。
もう一回盛大にタメ息をつき、フランソワ−ズはキッチンの隅に掛けてあるエプロンを
取りに行った。
・・・ ごろごろと転がって < 討ち死 > している仲間達を避けながら・・・
ぽつんと岬の突端に建つ、少し古びた洋館・ギルモア邸。
いつの頃からその邸があるのか ・・・ 地元の人々に定かな記憶はない。
そこには日頃、ご当主のギルモア老人と多分娘夫婦と思われる若いカップル、
そして彼らの( ・・・と思われる )赤ん坊が暮らしている。
彼らは皆ちゃんと日本語を使い、日本風の暮らしをしていたし
若夫婦はよく赤ん坊をベビ−カ−に乗せて地元の商店街へ買い物に来るので
地元の人々は <岬の洋館のガイ
その 岬に洋館に。
年末になると 世界各地からちょっと不思議なオトコ共が訪ねて来る。
皆人種・年代が異なり、どうやら職業もばらばららしい。
彼らは年末・年始と岬の洋館に滞在し、年が明けるといつの間にかまた散ってゆく。
− あのガイ
− さあなぁ。 ・・・ ま、別に騒ぎを起こすわけじゃなし。
ご当主の爺様の知り合いとかじゃないのか。
− ・・・ああ、昔の教え子とかね?
− まあ、そんなトコだろ。
周囲の人々は程々に関心をもち、次第に気に留めなくなっていた。
その年も年の瀬が押し詰まったころにはいつもの<ガイ
「 ・・・ あ〜あ ・・・ あれからずっと飲んでいたのね。 」
フランソワ−ズは林立し転がっている酒ビンをざっと取りまとめ、
汚れた食器をキッチンのシンクに運んだ。
普段だったら。
− ちょっと! いつまで寝ているの? ちゃんと片付けて頂戴!
転がっている呑み助どもを蹴飛ばしてでも起こす彼女なのが・・・
「 ・・・ま、仕方ないわね。 それに・・・あの騒ぎのそもそもの原因は
わたしのリクエスト、かもしれないもの。 」
ふう〜〜
彼女はまたまた大きく吐息を放った。
そうなのだ。
昨日の大晦日から新年元旦の今日未明まで ・・・ この邸は<大騒ぎ>だったのだ。
ずっと全員が飲み明かし・どんちゃん騒ぎに興じていた、のでは勿論ない。
一時はかなり険悪な雰囲気が漂い、これでは今年の正月は最低だな・・・と誰もが思ったりした。
・・・ わたしが言い出しっぺなんだけど。
でも。 でもね。 なにもあんなコトで大の大人が本気で喧嘩しなくてもいいじゃない。
それに 八つ当たりみたく・・・わたしに・・・・
なんだか急に淋しく切なくなって 声を上げて泣いてしまったけど。
恥ずかしくて部屋に駆け込んじゃったっけ・・・
とんとん ・・・
遠慮がちなノックにフランソワ−ズは突っ伏していたベッドから少しだけ身を起こした。
涙で ベッド・カバ−にちょっとシミが出来ている。
「 ・・・ フラン? フランソワ−ズ ・・・ ここを開けて? 」
「 ・・・ ジョ− ・・・。 イヤ。 酷い顔してるんだもの。 」
「 いいよ、きみの顔、見ないようにするから。 ともかく ・・・ 開けてくれよ。 」
「 ・・・・・・・ 」
応えはなかったけれど ぱこぱこスリッパの音が近づいてきて、ドアが細目に開いた。
「 ありがとう。 」
そっと覗いた青い瞳に、ジョ−はこっそり笑いかけた。
「 ・・・ 見ないでね。 」
ジョ−がフランソワ−ズの部屋に入ると、彼女はぱっと顔を伏せてベッドの端にしょぼんと腰掛けた。
「 うん、見ないから・・・ 隣に座ってもいい? 」
「 ・・・・ うん ・・・・ 」
クスン・・・と彼女はちっちゃくハナを鳴らすと、すこし身体をずらせた。
「 あの、さ。 誰も ・・・ 本気じゃないよ ・・・ 多分。
きみのアイディアだって 初めはみんな面白がっていたじゃないか。 」
「 ・・・ 初めだけ、でしょ。 」
「 そんなコトない。 だって・・・楽しいじゃないか、ぼくらがみんな一つづつお正月用のグッズを
持ってくる、なんてさ。 それも<ほんばもの>をね。 」
「 でも ・・・ 」
「 ・・・・う〜ん、彼はさ、ちょっと・・・ 疲れたりしてムシの居所が悪かっただけだよ。
ね? 買い物にでも行かないか。 ちょっとぼくらも気分転換しようよ? 」
「 ・・・だめよ。 お正月の準備、全然出来上がっていないもの。
お節料理も中途半端だし ・・・ お飾りも ・・・ 」
「 いいよ。 お節は ・・・ 後で大人のお店のを分けてもらおうよ。
うん、門松とか縁起物はこれから買いにでよう。 」
・・・ ね? とジョ−はフランソワ−ズの肩に手を回した。
「 そんな顔、やめて。 笑ってくれないかな。 」
「 ・・・ ジョ−ったら・・・ 」
「 そう、その笑顔が ・・・ 最高さ♪ 」
「 ・・・ あ ・・・! 」
ジョ−はさっと彼女を抱きすくめると 熱く唇を奪った。
「 これで元気になるよね? ・・・ じゃあ、顔洗って ・・・ 15分で玄関に集合。 」
「 ・・・30分! 」
「 ・・・ う〜〜ん ・・・ よし、間を取って20分かな〜 」
「 <歳末大売出し>で ・・・25分! 」
「 おっけ。 では ・・・ スタ−ト? 」
ジョ−は笑って、もう一回彼女の頬に軽くキスすると部屋を出ていった。
− ありがと・・・ ジョ− ・・・・
よおし♪♪ 張り切っておめかししちゃお。
フランソワ−ズは勢い良くベッドから立ち上がった。
「 ・・・ ただいまぁ〜 」
<門松セット>やら<招福セット飾り>を買い、デリカテッセンの出来立て・オ−ドブルやら
ロ−スト・ビ−フを買い 有名パティスリ−のガト−・オ・ショコラを買い・・・
ともかく山ほどの荷物を抱えたジョ−を従えて フランソワ−ズは意気揚々と玄関のドアを開けた。
「 ・・・ よう。 やっとご帰還かい。 」
グラスとワインのビンを抱えたアルベルトがひょい、と顔を出した。
「 アルベルト・・・! 戻って来てくれたのね。 」
「 ・・・ さっきは ・・・ その。 すまなかったな。 八つ当たりなんかして。 」
「 ううん、いいのよ。 ・・・ あの・・・ 仲直り、した? 」
「 ・・・ あ、 ああ ・・・ 」
アルベルトは 目を逸らせ彼らしくもなく言葉を濁した。
「 ただいま。 ・・・あれ。 ・・・ わあ、よかったな〜
アルベルト、君の分も買ってきたよ、< K山 >のロ−スト・ビ−フさ。 」
ジョ−が荷物の間から顔をのぞかせる。
「 お。 いいな。 あそこのは絶品だ。 」
「 だろ。 ・・・さ、 フランソワ−ズ? 準備しようよ〜 年越しの宴会だ♪ 」
「 ええ。 手伝ってね、ジョ−。 アルベルトもよ〜 」
「 おっけ♪ 」
「 ・・・ まあ、仕方ないな。 」
・・・ ジョ−のヤツもなかなか気が利くようになったもんだ・・・
アルベルトは両手一杯の荷物に埋もれている姿に そっと感謝した。
< 初日の出 > を待つんだ!
・・・そんな口実でちょびちょびと呑み始め なんとか全員で
新年のお日様を拝んだが ・・・ そのまま宴会になだれ込んだ。
大人特製のお節やらジョ−達が買い込んできたオ−ドブルやらを囲んで
文字通りの <飲めや歌えの大騒ぎ> となり ・・・
・・・ そして。
途中、きちんと寝室へ引き取ったのはギルモア博士とフランソワ−ズだけだったようだ。
そんな彼女も、自分の部屋に行く前にイワンの様子を見るのが精一杯、
少しつきあった多種多様なアルコ−ル類のお蔭で 倒れこむみたいに寝てしまったのだけれど。
− まあ、いいわ。 喧嘩してばらばらに過すお正月・・・なんて悲しいもの。
酔っ払っても二日酔いでも ・・・ こうやってみんな一緒なんだから。
ざっと片付けたリビングを眺め フランソワ−ズはタメ息をついた。
それでも ・・・ それはそんなに重苦しいものではなかった。
− でも・・・ね。 せっかく着物を着たのにな。
ジョ−にだけでも 見て欲しかったのに ・・・
彼女の大切なヒトは ・・・ フランソワ−ズのショ−ルをしっかり抱え込んだまま、
うつ伏せでぐっすりと寝込んでいる。
− あ〜あ ・・・ わたしのショ−ル・・・
「 お早う、諸君。 ・・・ ありゃりゃ、これはまた・・・ 」
静かにドアが開き、博士の見慣れた白髪頭が現れた。
今朝は博士も和服を着ていた。
「 お早うござ・・・ あ! いえ、明けましておめでとうございます。 」
「 うむ、明けましておめでとう。 いやぁ ・・・ よく似合っているなあ、フランソワ−ズ。 」
「 そうですか。 嬉しい・・・ 今年こそ一人で着られるようにって
こっそり着付けを習っていたんです。 博士みたいに上手には着られませんけど。 」
「 いやいや 素晴しい。 振袖は着付けが大変と聞くぞ。 時に ジョ−達はどうしたね?
まだ朝寝しているのか。 」
「 ・・・・・・・ 」
博士の問いに フランソワ−ズは黙ってリビングのソファを指差した。
「 あや・・・ こりゃ、全員かい。 まあ、昨夜からのあの騒ぎじゃあな。
当然の結果、というわけじゃな。 」
「 ええ、そうですね。 わたし達だけ、先に朝御飯を頂きましょう。
お節は皆が起きてからにして。 」
「 そうじゃな。 ・・・ああ、それとも。 」
「 はい? 」
「 折角のおまえの艶姿・・・ こんな酔っ払いどもに見せる必要はあるまい。
ちょっと一緒に初詣に出かけんか。 」
「 わあ、嬉しい! あ・・・ でも洗いものが・・・ 」
「 構わんよ、そんなコトはコイツらにやらせたらよかろう。
岬のお社と街の方の神社に御参りして ・・・ 正月の街をぶらつこう。 」
「 はい♪ いま・・・ 支度しますね。 」
「 ああ、ゆっくりで良いよ。 寒くないようにしなさい。
わしはコレに目を通しているでの。 」
「 は〜い。 」
博士は笑って手にした年賀状の束を見せた。
「 まず、御賽銭を入れて。 それから・・・ そうそう・・・ この注連縄を引いて、じゃな。
そうやってじゃらじゃら〜〜と上の鈴を鳴らすのじゃ。 」
「 ・・・ えい! ・・・ わあ、すごい・・・ 」
じゃらん、じゃらん ・・・・
海岸に近い町の古い神社の境内に 賑やかな音がひびく。
日頃は閑散としている境内も今日ばかりは御参りの人々が列を作っていた。
「 両手を二回打ち合わせて ・・・ なにか願いごとをするがいい。 」
「 はい。 ・・・ えっと ・・・ 」
ぱんぱん・・・と小さな拍手 ( かしわで ) を打ち、フランソワ−ズは目を瞑り神妙に祈っていた。
そんな様子を 博士はにこにこと眼を細め、眺めていた。
「 ・・・ よいかな。 さあ・・・御神籤でも引いて行こうかの。 」
「 なんだか・・・とっても厳かな気持ちですね。 」
「 ふふふ・・・ どこの国でも祈り、とはいいものじゃな。 」
お札を買って、破魔矢を買って。
御神籤売り場にはここにも列が出来ていた。
「 うん・・・? 読めるかの、意味はわかるか? 」
「 え・・・っと ・・・ 」
フランソワ−ズは立ち止まり俯いて手の中の小さな紙片を熱心に見つめている。
「 難しい漢字ばっかり ・・・ 博士? 」
どれ、と差し出された御神籤に、博士は懐から眼鏡を出して目を当てた。
「 おや ・・・ < 大吉 >じゃ。 こりゃ、よかったのう。
なになに ・・・ <縁談 : 実りあり、待て> < 恋愛 : 良い人です、成就 >
ははあ、今年はお前にとって良い年らしいぞ。 」
「 え・・・ まあ・・・ 」
ますます頬を染めたフランソワ−ズに 博士は相好を崩しっ放しである。
「 博士は? 」
「 ワシか? ははは・・・ 小吉、出ず入らずで平凡な一年、というところらしい。 」
フォ−チュン・テリングの紙片を垣に結びつけ、二人はのんびり参道を引き返す。
「 あ〜 岬の洋館のセンセイ ・・・ 明けましておめでとうございます。
今日はお嬢さんとご一緒ですか〜 いやぁ、よくお似合いになる。 」
「 おお、これは。 いや、新年おめでとう。 」
通りすがりの顔見知りの人々とも 博士は気軽に挨拶を交わしてゆく。
「 ・・・? 」
「 ああ、ほれ。 国道の角の ・・・ 雑貨屋のご主人さ。
ワシがよく煙草を買いにゆくじゃろ。 」
「 ・・・ああ、あのお店の。 」
「 ふふふ・・・ 長年住んでおると知り合いも自然に増えるな。 」
「 そうですね。 」
二人は参道を肩を並べ、ゆったりと歩いてゆく。
上手に振袖を着こなしているフランソワ−ズを振り返って見つめる人も多い。
よそ目には 日本滞在も長い老父とその愛娘に見えるのだろう。
「 時に・・・ 何を祈ったね。 フランソワ−ズの<お願い>はなにかな。 」
「 ・・・え ・・・あ、あの・・・ 」
「 ああ、言わんでよいよ。 ちょっと、聞いてみただけじゃ。 」
「 ・・・・・ 」
さっと頬を染めたフランソワ−ズが博士にはたまらなく可愛らしい。
午後になって少し陽が翳ってきた。
温暖な気候の地、とはいってもさすがに厳冬の一月、吹き抜ける風は冷たい。
・・・ くしゅん ・・・
フランソワ−ズが小さなクシャミをした。
「 おや。 寒いのか。 」
「 ・・・ ちょっとだけ。 でも ・・・ 大丈夫です。 」
フランソワ−ズは羽織ってきた毛糸のショ−ルをしっかりと掻き合わせた。
「 うん・・・? そのショ−ルでは寒いだろう? カシミアのにしなかったのか。 」
「 ええ ・・・ あれは、ジョ−が・・・ 」
「 ジョ−が・・・? 」
「 昨夜、ちょっと貸したらそのまま。 今朝もしっかり握ったまま寝てるんです。 」
「 ははあ・・・ ヤツめ、お前と間違えているのではないか。 」
「 ま・・・ 博士ったら・・・ 」
「 冗談はさておき・・・ おお、丁度よいな。 ほれあの角に和装専門の店があるじゃろ。
ちょっと寄ってゆこう。 」
「 え・・・ あら、博士? ちょっと待ってください・・・ 」
すたすたと先に立って歩いて行く博士に フランソワ−ズは草履を鳴らして付いていった。
「 ほれ、これなら温かいじゃろう? 」
「 まあ・・・ふわふわ♪ 」
「 ええ、この季節には毛皮が一番ですよ。 」
肩に掛けてもらった白い毛皮のショ−ルは フランソワ−ズに良く似合った。
長い毛足が細いうなじを優しく包む。
「 よしよし。 気に入ったかな。 それじゃ・・・これを頂きましょう。
ああ、このまま・・・ 使って帰りますからな。 」
「 まあ ・・・ そんな、こんな高価なもの・・・ 」
「 これはワシからの、ほれ、 <お年玉>じゃよ。 」
彼女は遠慮して慌ててショ−ルを外そうとしたが 博士はその手を押し留めた。
「 よくお似合いですね〜 成人式用ですか? 」
「 ・・・ せいじんしき ・・・? 」
年配の店員さんは目を細め、フランソワ−ズの晴れ着姿を眺めている。
お愛想だけとはとても思えない、温かい口調である。
「 いや・・・ この娘 ( こ ) は1月生まれでの、来年なんですワ。 」
「 それはそれは。 お父様もお楽しみですなあ。 」
「 ははは・・・ 娘なんてあっという間に大きくなるものですな。 」
どうぞご贔屓に・・・・と穏やかな声に送り出され、博士とフランソワ−ズは呉服店を後にした。
午後の陽射しは雲に隠れがちになって来ていた。
木枯らしが枝だけになった街路樹を鳴らして吹き抜ける。
道ゆく人々の足が 速まった。
「 ・・・ いつも、な。 」
「 ・・・ え ・・・? 」
黙って肩を並べていた二人だが、ぽつり、と博士が口を開いた。
「 こう ・・・ 何と言うか、その。
嫁入り前の、年頃の娘が側にいてくれる・・・というのは嬉しいことじゃ。 」
「 嫁入りって ・・・ 博士ったら・・・! 」
淡く頬をそめるフランソワ−ズに博士も微笑を唇に結ぶ。
「 じきに ・・・ アイツのものになってしまう・・・でも、まだ今はワシの手元に居てくれる・・・
そんな危うい日々は 大層楽しいものじゃよ。 」
「 ・・・まだ ・・・ もうしばらく ・・・ <お父さん>の許に居させてください。 」
「 ははは・・・ うん、と言ったらアイツに恨まれそうだな。 」
「 ふふふ ・・・ たまにはジョ−に慌ててもらわなくちゃ。 」
「 そうじゃ、そうじゃ。 ・・・ どれ、熱いお茶でも飲んでゆくか。 」
「 はい。 ・・・あ、 ちょっとお腹も空いたかも・・・ 」
「 そうじゃな〜 では・・・っと・・・ どこかで雑煮か汁粉でも食べようなあ。 」
「 わい♪ お餅って 大好きになりましたわ。 」
親子と見紛う二人は 和服の肩を並べゆったりと歩んでいった。
「 ・・・・ ん ・・・ いてぇ 〜〜 ・・・・ 頭が ・・・ ううう・・・
う? な、なんだ? 」
「 ・・・ う〜 う・・・・ うるせぇな ・・・ 誰だ〜 ばたばたと・・・ 」
リビングのそちこちから呻き声があがり やがてゆっくりと<屍>たちが起き上がった。
「 ・・・って・・・! 水〜〜 ・・・ん? 」
「 ・・・ なにネ ・・・ う〜う〜 ・・・ こりゃ あきまへんワ ・・・ 」
バンッ ・・・!!
リビングのドアが崩壊しそうな勢いで開いた。
「 ねえ!? フランソワ−ズがいないんだけど・・・!」
くせっ毛をさらに逆立て、思い詰めたセピア色の目をしたジョ−が入り口で叫んだ。
一瞬 ・・・ リビングの空気は固まったが、すぐに崩れた。
「 ・・・ なんだ ・・・ お前かよ、ばたばたと・・・ 」
「 って〜〜 う〜〜 頭に響くじゃんか・・・ 」
「 だから! フランソワ−ズがいないんだ!! どうしよう〜〜 」
「 ・・・どうしようって ・・・ マドモアゼルは新年の買い物、ほれ<福袋>でも
買いにでたのではないか? 」
「 そうアル。 ・・・ アイヤ〜〜 もうこんな時間アルか・・・ 」
「 ・・・う 〜〜 ・・・ オレ、ダメだぁ 〜〜 」
再びひっくり返るもの、ごそごそと起き上がるもの、起きたはいいがぼ〜っと座り込んだままのもの・・・
いずれにしても、誰も真剣にジョ−の発言に耳を傾けるものはいない。
「 でも! 靴もコ−トも・・・ それに、ほら! お気に入りのショ−ルも ・・・ ここにあるんだ。
どこへ行ったんだろう? ・・・ もしかして B.G.が、また・・・! 皆!臨戦態勢だっ! 」
「 ・・・ ン ・・・ オレ、パス。 ・・・ う〜〜 ・・・ ヤベ・・・ ( うぐ ・・ ) 」
「 俺も <本日休業>だ。 国民的休日、だぞ・・・ 」
「 ・・・ 頑張ってくれ給え、血気あふれる青年よ。 後は頼んだ・・・ 」
「 ヤレ・・・ B.G.も正月休みアルね。 元旦は世界中が休む日、アルよ。 」
よっこらせ、と立ちあがり大人はトントンと腰を叩く。
「 さて・・・ ほいじゃ、晩御飯のシコミでも始めるかネ・・・ 」
「 晩御飯どころじゃないよ! も〜〜〜・・・! そうだ、イワン!? 捜してくれよ〜 」
ジョ−はあたふたと子供部屋に駆け込み、ベビ−・ベッドも兼ねた大振りの
ク−ファンを覗き込んだが ・・・
− Don't disturb ! 起こさないで下さい。 −
ふわふわの毛布の上にはでっかい文字が記された紙切れが安全ピンでしっかりと留められ
揺り籠の主はいとも平和に・穏やかな寝息をたてていた。
「 ・・・ く 〜〜〜 !! ・・・そうだ! そうだよ・・・きっと! 」
だだだだだだ ------- !!
再びジョ−は床を踏み鳴らし騒音を撒き散らし リビングに飛び込んだ。
そして ソファに転がる赤毛を強引に押しのけると 辛うじてテ−ブルの端に乗っていた
固定電話の受話器を取り上げた。
〜 〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜 !!
ジョ−の指が大層なケタの数字を素早く ・・・ 彼はそのb暗記しているらしい ・・・
澱みなく押した。
「 ・・・ ・・・ ・・・ なにやってんだ? ど〜して出ないんだ・・・
ああ・・・! もしかして B.G. の魔手が回ったかも! ドルフィン号だ! ドルフィンを ・・・
・・・ あ、 お兄さんですか? ジョ−です! あのフランソワ−ズ ・・・ え? 」
「 ---!! -----、--- − --- !! ( 今、何時だと思ってるんだ〜〜!! ) 」
その後、数分間。 ジョ−は受話器を握り締めたまま・・・俯きじっと固まって
ひたすら壊れたテ−プのごとく たった一つの言葉を繰り返していた。
< はあ・・・すみません ・・・ すみません ・・・ スミマセン ・・・ スミマセン >
ふうぅ 〜〜
たっぷり10分、固まった後、ジョ−は盛大なタメ息とともに受話器をそっと下ろした。
そして どさり、とソファに腰を落とし頭を抱えた。
「 どうしよう ・・・ どうしたらいいんだ・・・ フラン・・・ ぼくのフランソワ−ズ。
きみはどこへ行ってしまったんだ・・・! ぼくを置いて・・・ ぼくを一人にして・・・! 」
「 ・・・ あの、なあ。 ジョ−はん? 彼女は〜 」
「 ぼくは ・・・ きみがいなくなったらどうしたらいいんだ。
ぼくのフランソワ−ズ----! 誰がために闘うって きみだけの為に決まってるじゃないか・・・ 」
「 おい、ボ−イ? お取り込み中だが・・・ マドモアゼル、な・・・ 」
「 きみのいない世界なんて ・・・ 存在する価値なんかないよ。
お兄さんにも何て言って謝ったらいい? 一生護るからって・・・ 約束したのに! 」
「 ・・・ おい? 聞こえてるかい? フランソワ−ズはねえ・・・ 」
「 ・・・ああ! ぼくは ぼくは ・・・ 誰のために生きて行けばいい?
きみナシでは ・・・ ぼくは一人では生きてゆけない・・・!
ぼくら、なみの人間じゃないから ・・・ だから ・・・ 余計に孤独なのに・・・ 」
「 ダメだな〜・・・こりゃ。 」
「 ふむ? ちょいとこれは素質があるかも知れんぞ? モノロ−グ劇にぴったりかも・・・ 」
「 いや。 これは演技じゃない。 ヤツは大真面目なんだ。 」
「 ・・・ マジに・・・ マジかよ ・・・ 」
「 そりゃ、ね・・・ 時々他所見したよ、でもそれはさ。 そのぅ 本気じゃなかったし。
オトコの性 ( さが ) ってもんで ・・・ 大目に見てくれないかなあ。
うん、前に付き合ってたどのコよりも、フランソワ−ズ! きみがいいんだ。
そりゃ、ね。 美人もGカップ級もいたよ、でもそれはさ。 あのぅ 同情だったりするし。
・・・ ぼくには きみしかいないよ、きみが・・・ きみだけだ・・・! 」
自分自身の台詞に感極まったのか、ジョ−は握り締めていたフランソワ−ズのショ−ルに
顔を埋め、ソファに突っ伏してしまった。
・・・ 低い嗚咽が切れ切れに漏れてくる。
「 あ・・・らら。 大丈夫アルかね? 」
「 手がつけられん。 放っておくしかないな。 」
「 ああ。 そのうちに ・・・ あ? 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・・! 」
ジョ−がひときわ哀切に満ちた呟きを洩らしたとき。
「 はい。 なあに。 」
涼やかな声が聞こえ、ぱっと華やかな色彩が皆の目に映った。
「 ただいま。 ・・・ ああ、楽しかった〜〜 あら、皆起きたの? 」
「 おう、ご帰還だな。 お帰り。 」
「 お帰りアル。 さ・・・ ほんならあつ〜〜いお茶でも淹れますよって。
あ、アルベルトはんはコ−ヒ−がよろしいか。 グレ−トはんは紅茶がええか。 」
「 いや ・・・ 酔い覚ましには熱い焙茶がいいな。 」
「 我輩もご同様にお願いする。 」
「 わたしも。 博士〜〜? お茶ですって! 」
この邸の女主人を迎え、たちまち皆活気がもどってきた。
「 やあ ・・・ キモノが良く似合うね〜 博士と<初詣>かい。 」
「 よ! イッチョ前の レディ−に見えるぜ。 」
「 ふふふ・・・ 博士と ・・・<おとうさん>とデ−トしてきたの♪ 楽しかったわあ。 」
「 ははは・・・ ワシも方々で綺麗なお嬢さんですね・・・と言われて
ハナが高かったぞ。 」
「 ・・・・ フランソワ−ズ ぅ ・・・・ 」
「 あら、ジョ−。 やっとお目覚め? ・・・あ〜〜〜!!
わたしの大切なカシミアのショ−ル〜〜 そんなにくしゃくしゃにして・・・!
・・あ〜ぁ ひどい ・・・・ 」
フランソワ−ズは慌ててジョ−の手元から愛用のショ−ルを救済した。
「 ・・・ やだ。 ジョ−・・・ 泣いてたの ・・・? 」
− わ〜〜〜 !!
ジョ−はソファの足元にぺたん・・・と座り込んでいたのだが、
いきなり飛び起きると フランソワ−ズを抱き上げ くるくると回りだした。
・・・ 歓喜の叫びと 嬉し涙をとばしつつ・・・
「 ちょ・・・ちょっと・・! ジョ−ったら、どうしちゃったの・・? きゃ ・・・ !
どこへ行くの〜〜 わたし、お茶が飲みたいのに〜 」
わ〜〜〜〜
ジョ−は叫び続けたまま・・・ 華麗なる<荷物>を担いでリビングから出て行ってしまった。
「 ・・・ あれま。 」
「 こりゃ ・・・ 新年早々 ・・・ 」
「 お熱いこって。 」
「 ・・・ やっちゃらんね〜な・・・ 」
「 ま。 ワシらはゆっくり熱いお茶でもご馳走になろうか・・・ 」
ギルモア邸の年の初めのなが〜い一日が 今、やっと静かに幕を閉じようとしていた。
*** ナイショのおまけ ***
「 もう ・・・ 離さない。 誰にも遠慮なんかしないぞ。
きみは ・・・ ぼくだけのものさ! 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ 」
「 明日、初詣に行こうよ! 」
「 あら・・ もう今日行ってきちゃったわよ。 ちゃんと御神籤も引いたの。
えっと ・・・ そう、 ダイキチ! いちばんラッキ−なの、引いたわ。 」
「 ぼくとは行ってないだろう? 」
「 だって ・・・ あなた、酔っ払って寝込んでいたじゃない。 」
え〜と ・・・ ジョ−は咳払いをして、何気に聞こえないフリをしている。
「 誰がために・・・って。
きみのために、きみを護るために ・・・ ぼくは生まれてきたんだ!
だから ・・・ ぼくはきみと初詣に行かなくちゃならないのさ。 」
「 ・・・ なんだか滅茶苦茶な理由ねえ・・・ 」
フランソワ−ズはちょっと笑って、手を伸ばし床にすべり落ちた長襦袢を拾い上げた。
白い素肌に 朱鷺色の絹がはんなりと纏い付く。
− ・・・ すげ ・・・ 色っぽい ・・・
ジョ−は思わず、ごくり、と咽喉を鳴らせてしまった。
そんな彼に フランソワ−ズは真正面からにっこりと笑いかけ ・・・ そして。
「 ねえ、ジョ−。
さっきね。 あなた、大声で喚いてたから。 聞こえちゃったのだけど。
<美人>ってだあれ。 <Gカップ級>ってどこのどなた? 」
「 ・・・・ ( う ぐぅ ) ・・・・ 」
正義のヒ−ロ−・平和の戦士は。
新年早々、絶対絶命のピンチに追い込まれた・・・・!
******* Fin. *******
Last updated
: 01,02,2007. index
*** ひと言 ***
なんだかジョ−がひとりで大騒ぎしてます♪
う〜ん・・・ こりゃやっぱり原作ジョ−ですねえ
突然 ラテン系になっちゃうし・・・
あの短編、ちょっとお笑い風味に変えてみました、新年の小噺です〜〜