『 小さいセレナ−デ 』
ひら・・・ひらり。
白い小さな蝶々がキッチンの窓から舞い込んできた、と思ったら。
春向きのセ−タ−の袖にうすいピンクの欠片が留まっている。
・・・ あら。 桜の花びらだったのね。
フランソワ−ズはお茶を淹れる手を思わず止めて、その小さな欠片を見つめた。
その年は例年よりも春が早く、温暖なこの地方ではとっくに桜は散ってしまった。
岬の洋館、ギルモア邸の近所でも桜はほとんどが葉桜になっている。
どこかに 咲き遅れた花でもあったのかしら。
フランソワ−ズはそっと白い指で摘み取り、出遅れた春の使者を再び窓から放ってやった。
ひら・・・ひらり。
花びらは再び蝶々みたいに 春の空に舞い上がっていった。
さあ。 思いっきり飛んでゆきなさいな。 ここの春は本当に賑やかね・・・
・・・ さて、これでいいかしら。
フランソワ−ズは窓を細目に閉めて、キッチン・テ−ブルの上を眺めた。
トレイに上には子供用のティ−・カップが二つ。
そして 大きめのお皿には焼き上げたばかりのマカロンが山盛りになっている。
「 お母さ〜ん! オヤツ、まだ〜〜? 」
「 はいはい、今持ってゆきますよ。 あなた達、手は洗ったの? 」
リビングからすばるの明るい声が響いてきた。
「 手、洗お〜。 バスル−ムはこっち。 」
「 うん。 僕のハンカチ・・・ あ、あった! 」
「 こっちだよ〜 わたなべ君。 」
「 今、行くよ〜〜 」
ぱたぱたぱた・・・ 小さな足音が二つ、廊下を駆けてゆく。
くすくすくす・・・ 可愛い笑い声が重なって聞こえる。
・・・ そう、今日はすばるの<しんゆう>、わたなべ君が遊びに来ているのだ。
わたなべ君とは幼稚園時代からのお付合い、小学校に入ってからも
二人は仲良くランドセルを並べて毎朝登校してゆく。
おっとりした感じのわたなべ君とのんびり屋のすばるはウマが合うらしい。
学校だけでなく、日曜日なども二人は遊びにいったり来たりしていた。
「 さあ、オヤツですよ。 」
「 わあ〜〜い♪ 今日はなあに、お母さん。 」
「 今日はね〜 二人が好きなマカロンよ。 それとミルク・ティ−。 」
「 ま〜かろん♪♪ まかろんろん〜〜♪ いい匂い〜〜 」
「 わ・・・ しまむら君のおばちゃんのマカロン、僕、大好き。 」
「 あら、嬉しいわ。 わたなべ君のお母様みたいに上手じゃないけど・・・
さあ、どうぞ? 」
「「 いただきマス。 」」
「 はい、召し上がれ。 」
茶色と黒の頭が仲良くこりこり・ぱりぱり・・・ マカロンを齧っている。
「 すばる、すぴかは? 」
「 え・・・っと。 さっきお庭にいたよ? あの樹に登ってた。 」
「 また・・・! 本当にお転婆さんなんだから・・・・ あら。 これはなあに。 」
二人が遊んでいたリビングのテ−ブルの上になにやら可愛らしいものが乗っている。
フランソワ−ズは顔を近づけてしげしげと眺めた。
どうも 折り紙細工らしい。
「 ・・・ これ ・・・ カニさん、かしら。 」
「 ・・・ん〜〜 ? うん、そうだよ。 わたなべ君が折ったの。 」
すばるはマカロンでお口を一杯にして もごもごと答えた。
「 折った? え・・・ ハサミで切ってノリで貼ったのじゃないの?? 」
「 違うよ〜。 ねえ、わたなべ君? 」
うんうん・・・とわたなべ君は笑顔で頷いている。
「 すごいわ〜〜〜 お母様に教わったの? 」
わたなべ君のお母さんは手先の器用な人でお菓子作りやら手芸がお得意なのだ。
「 ううん。 僕、ご本を見て折ったの。 」
「 ええ? すごいすごい。 ・・・ねえ、これ、触ってもいいかしら。 」
「 うん。 これね〜 こうすると立つんだ・・・ 」
わたなべ君はテ−ブルの上の<作品>を ひょいと摘まんでちょっと捻った。
「 ・・・ ほら。 ね? 」
「 ・・・ うわ ・・・・ 」
「 おばちゃん、触っていいよ? 」
「 お母さん、こっちがね〜僕が折ったんだ〜 」
「 あら・・・! すばるも?? 二人とも・・・上手ねえ・・・・ 」
すばるは自分も教わってつくった カニさん を指差した。
一回り大きくて ・・・ ちょいと不恰好な、でもちゃんと足だって4本づつあるカニさんが
寝っ転がっていた。
「 ・・・・・・・・ 」
フランソワ−ズは息まで詰めて、 そう・・・・っと小さな工芸品を掌に取った。
黄土色の折り紙で作られたカニさんは小さなハサミまで付いている。
両側にしっかり4本の足が出ていて、なんだかそのまま横歩きし始めそうだ。
「 すごいわね〜〜 これ・・・どうやって折るの? 」
「 あのね。 鶴の途中から進化してゆくんだ。 」
「 鶴・・・? ああ、あれね。 まあ・・・ おばさんにはとても無理だわ・・・ 」
「 お母さん、鶴も苦手だもんね〜 」
「 そうなのよ。 すばるの方がずっと上手。 でも一番上手なのはお父さんかな。 」
「 え・・・ しまむら君のおじちゃん、折り紙するの? 」
マカロンを手にわたなべ君は目をまん丸にしている。
休日など、ジョ−がいると二人はガレ−ジにくっついていっていろいろ車を触らせてもらったり
運転席にすわったり・・・時には<おとこどうし>で近所へドライブに行ったりしていた。
「 ええ。 すばるのお父さんって案外器用なのよ。 」
「 そうなんだ〜〜 凄いね。 ぼくのお父さんは折り紙はしないな〜 」
「 ウチでね〜 一番ブキッチョなのは 〜〜 すぴかだよ。 」
「 ふ〜ん・・・ 」
「 だ〜れがブキッチョ??? 」
リビングのドアが ばたん!と盛大に開いて、島村さんちのお転婆娘が入ってきた。
「 お母さん。 オヤツ。 」
「 すぴか、手を洗っていらっしゃい。 オヤツはそれからよ。
あ〜ああ・・・ そのトレ−ナ−、今朝下ろしたばかりの・・・ 新しいのじゃない。 」
すぴかのピンク色のソレ−ナ−には泥がところどころにこびりつき、小さなかぎ裂きまでできている。
「 そうだっけ〜? 裏庭であの樹に登ってたんだ。 ぜったいてっぺんまで登ってみせるね。 」
「 天辺なんて、よして頂戴。 枝が細くなってあぶないでしょう?
それに ・・・ 女の子が木登りだなんて・・・ 」
「 いいじゃん。 ね〜 オヤツ、なに。 」
「 手を洗ってから。 どうせ真っ黒なんでしょ。 」
「 今洗いに行こうと思ったとこだもん。 ねえ、オヤツ〜〜〜〜なに?? 」
「 マカロンよ。 ・・・ほら、頭にも葉っぱがついてる。 」
フランソワ−ズは溜息をついて、娘の髪にからまっていた枯葉を取ってやった。
毎朝母が丁寧に梳いて時にはリボンまで付けてくれる亜麻色の髪は
ご帰還の時にはくしゃくしゃでじゃまっけなんだもん、と輪ゴムでしばってあったりする。
「 へえ? 去年の葉っぱかな〜 今は緑のばっかりだもんね。
オヤツは〜 ・・・ え、 マカロン・・・?
・・・ お母さん、お煎餅ちょうだい。 すばる〜 アタシのマカロン、食べていいわよ。 」
「 え、そうなんだ? ラッキ−♪ わたなべ君、半分コしよう。 」
「 うん! 美味しいな〜 僕、大好き〜 」
すばるは遠慮なくすぴかのオヤツのお皿を頂戴した。
「 ねえ、お母さ〜〜ん、 お煎餅〜〜〜 この前おじいちゃまのお土産があったでしょう? 」
「 ・・・ はいはい。 ほんとに ・・・ もう。 」
フランソワ−ズはまたまた溜息をつき、キッチンにお煎餅のカンを取りにいった。
「 すぴか、これ美味しいのに。 」
「 アタシはお煎餅のがいいの。 ・・・二人してなにやってたの? 」
「 これ! わたなべ君に教わって作ったんだ。 」
「 ・・・ なに〜 折り紙? 」
すぴかは弟が差し出した作品を掌に摘み上げた。
「 ・・・ これ ・・・ もしかして・・・ カニ? 」
「 当たり〜! 」
「 こっちのね、黄土色のがわたなべ君の。 大きいのが僕の。 」
「 ふうん ・・・ なんでこんな色なの? カニって真っ赤じゃん、ふつう。
へ〜んなの。 すばる、あんたのも水色のカニなんていないよ〜。 」
「 だってこの色しかなかったんだもの。
すぴか、作れる? 」
「 ・・・ できるわよ。 」
「 じゃあ、はい。 」
すばるはテ−ブルの上から ピンクの折り紙を一枚すぴかに渡した。
「 教えてくれなくちゃ、わかんないわよ。 ・・・ アタシは折り紙博士じゃないんだから! 」
「 あのね。 鶴の途中まで一緒なんだ。 頭とシッポを作る前まで折って。 」
「 え・・・ う、うん ・・・・ 」
わたなべ君がにこにこしてすぴかの隣に座った。
彼もきみどり色のを一枚、折り始めた。
「 ・・・ えっと ・・・ こうやって・・・ それから・・・ 」
すぴかは真剣な顔でピンクの折り紙をひねくり始めた。
「 すぴか、お煎餅よ。 あら。 」
「 お母さん、一緒にやろうよ〜 今ね、すぴかがわたなべ君に教わってるんだ。 」
「 まあ、そうなの? う〜ん、お母さんはブキッチョさんだから・・・ 見てるわね。 」
「 うん。 じゃあ・・・ 僕ももう一つ折ろうっと。 」
すばるは母の横に来てせっせと鶴の始まりを折り出した。
「 ・・・ 出来たッ! これでいいんでしょ。 」
すぴかが ぽん・・・っとピンクの塊を放りだした。
「 あのね。 もっときっちり・きっちり折らないとダメなんだ。 ここからまた何回も折るから・・・ 」
「 鶴の途中まで折ったもの、いいじゃない。 」
「 ここから カニに<進化>してゆくんだよ。 」
「 ・・・ アタシ、もういい。 」
「 え〜 カニ、教えてっていうから〜 」
「 僕に貸して。 僕、続きを折るから。 」
「 うん♪ 僕のカニのお友達を折ってくれる? しまむらくん 」
「 いいよ〜 ガ−ル・フレンド、つくるね。 」
「 じゃあ ・・・ 僕はハスの花を折るよ。 」
へえ・・・ 仲良しねえ、この二人は。
あらら・・・ すぴかったら途中で放りだして・・・・
フランソワ−ズは自分もお茶を飲みつつ、子供達の様子を楽しんで眺めていた。
「 出来たよ〜〜〜 どう? ピンクのカニさん♪ 」
「 あ、さっきのよかずっと上手だね。 ・・・ えっと ・・・ ここを開いて・・・っと。 」
「 ・・・ わあ〜〜 スゴイ! 今度はお花だ〜 レンゲみたい。 」
ほら!と差し出したわたなべ君の掌には ちいさいけれど花びらが重なりあう凝った花が乗っている。
「 あら、お母さんにも見せて? ・・・・ わぁ・・・・ ほんとう、これレンゲのお花ねえ・・・ 」
フランソワ−ズはただただ、感心して小さな美術品に見とれてしまった。
「 教えて、教えて〜〜! これも鶴から? 」
「 うん。 鶴から柿にいって・・・ それからまた進化するんだ〜 」
「 ふうん・・・ 」
ばり、ぼりん・・・!
すぴかが盛大な音でお煎餅を噛み砕いている。
「 ねえ、すぴかも見てごらんなさい。 レンゲ・・・え?ハスなの? お花よ〜。 」
「 ・・・ ふうん ・・・・。 ねえ! お家の中ばっかりにいないでさ〜
お庭で遊ばない? 木登りしよう! てっぺんまで登ろうよ〜〜 」
すぴかは折り紙をちらり、と見ただけでわたなべ君のトレ−ナ−を引っ張った。
「 え ・・・ 木登り? 僕、学校の棒登りとは得意だけど。 木には登ったこと、ないよ。 」
「 え〜〜〜 じゃあさぁ ウチの木に登ろうよ〜〜 ね、ね? 」
「 すぴか。 わたなべ君はすばると折り紙してるのよ。
こら、そんなにお洋服を引っ張っちゃダメでしょ。 」
すぴかはわたなべ君を引っ張りだしたいらしい。
フランソワ−ズは慌てて娘の手を押さえた。
・・・ 本当にこのコは・・・。 女の子らしい遊びとか全然興味がないのよね
手先も ブキッチョだし・・・
わたしに似ちゃったのね・・・ フランソワ−ズはそっと溜息をついた。
「 ファンション? そんなにキチキチに編んだらダメよ。 もっとこう・・ふんわり、ね。 」
「 お稽古着は自分で繕いなさい。 穴が開いてましたよ。 」
「 ・・・ファンのお手々はなかなかいうコトを聞いてくれないのねえ・・・
あなたは女の子なのにお裁縫もお料理も得意じゃないのね。 」
子供の頃からフランソワ−ズはあまり器用な方ではなく、母にたびたび溜息を付かせていた。
「 結婚してから困るのはあなたなのよ? 子供のお洋服くらい縫えなくちゃ。 」
「 ・・・ 仕方ないわねぇ・・・ うんと器用な旦那様を見つけるといいのかしら・・・ 」
バレエに夢中で家事にはあまり関心を示さない娘に母は困り顔だった。
「 なぁに。 ファンのためなら何でもやる・・・って男をパパが見つけてやるさ。
なあ、ファン? 」
「 うん♪ 本当はパパかお兄ちゃんのお嫁さんになりたかったんだけど・・・ 」
「 そうか〜〜 それはパパも残念だったなあ。
ファンより前にお前達のママンと出逢ってしまったからなぁ。 」
「 あらあら・・・ ママンはファンの恋敵なの? 」
懐かしい父母の笑顔が、笑い声がふ・・・っと蘇る。
ねえ、パパ。 ねえ、ママン。
わたし・・・ね。 本当にとっても器用なヒトと結婚したの。
それでね。 彼は ・・・ わたしの為なら何でもやってくれるのよ・・・
穏やかな春の陽が注ぐリビングを フランソワ−ズは唇の笑みを結びぼんやりと眺めていた。
「 わあ〜〜〜〜〜 」
「 ・・・? あ・・・ え、え〜〜〜ん ・・・ 」
突然子供の泣き声が キッチンの窓から響いてきた。
「 ? なに、どうしたの?? ・・・・ あら?? 」
ふと気がつけば、リビングは空っぽ。
テ−ブルの上には折り紙と空のお皿やらカップがごたごた置いてあるだけで、
わたなべ君もこの家の双子も 姿は見えなかった。
・・・ あの声は・・・ わたなべ君??
そうよ、木登りしようってすぴかが・・・ まさか??
フランソワ−ズは大急ぎでキッチンの裏口から出て行った。
「 どうしたの?? わたなべ君、大丈夫? まさか ・・・ 落っこちたんじゃ・・・? 」
裏庭にある樫の大木の下で わたなべ君がしきりに袖で目を擦っている。
隣ですばるが物凄く真剣な顔をして<しんゆう>のトレ−ナ−の裾を握っている。
少し離れたところに すぴかがしゃがみ込んでいた。
・・・ このお転婆娘も 大層真面目な顔で、じ----っと自分の右手を睨んでいる。
「 どうしたの? わたなべ君、どこか痛いの?
すぴか、すばる! なにがあったの! 」
どうしたのか、妙な雰囲気の中固まったままの子供たちに フランソワ−ズは
思わず声を上げ、きつい調子で聞いてしまった。
びくり・・・とすばるの身体が一瞬震えた。
すばるのセピア色の瞳から つうう・・・・っと涙が一筋伝わり落ちた。
・・・ いけない! 怒鳴ってはダメ。 3人ともショックを受けてるわ・・・
フランソワ−ズはさっとしゃがみこむとわたなべ君とすばるに両腕を回した。
「 ごめん、ごめん。 わたなべ君? すばる? ねえ、お話して。 お母さんに教えてちょうだい。 」
「 ・・・・ 木登り、してたんだ ・・・ 」
「 僕、天辺まで行けなくて・・・ しまむら君と一緒に下りたの。 」
「 まあ、そうなの。 ああ・・・よかった、落っこちたんじゃないのね? 」
「 うん・・・ それで ・・・ すぴかが飛び降りたの。 」
「 ― 飛び降りた?? あの ・・・枝から?? 」
フランソワ−ズは樫の木を見上げた。
一番低い、太い枝でも大人が見上げる高さなのだ。
飛び降りた?? ここから・・・? ・・・ ウソでしょう????
「 すぴか。 ・・・・ 右手をどうかしたの。 」
男の子達を片手で抱き、もう一方の手を伸ばして娘の背をそっと撫ぜた。
すぴかがゆっくりと顔を上げる。
「 ・・・ お母さん。 わかんない。 ・・・けど・・・ もしかしたら・・・ 」
彼女は何時になく小さな声で喋りだした。
「 もしかしたら・・・? 」
「 うん・・・ 着地の時に手を付いたの。 それで ・・・ ヘンな音がした・・・ 」
「 ヘンな音って・・・ 右手から・・? 」
「 ・・・ うん。 」
「 ・・・・ ・・・・・ !! ・・・・・ 」
ほんの少しの間、フランソワ−ズは黙って娘の右手を見つめていたが。
すぐに す・・・・っと顔色が変った。
「 お母さん・・・ どうしたの。 」
「 しまむら君の おばちゃん・・・ 」
涙の跡を頬に残したまま男の子達はフランソワ−ズにしがみついてきた。
「 ・・・・ すぴか ・・・ 」
咽喉がからからに干上がり、やっと絞りだした声が小さく娘の名を呼んだ。
「 すぴか。 痛くないの? 」
「 ・・・ 痛くなんか ・・・ ないもん。 」
ゴシ・・・ 埃まみれのトレ−ナ−の袖ですぴかはこっそり涙を拭った。
・・・・ ジョ− −−−―−−−―−−− !
がたん・・・
裏庭の低いフェンスが開いた。
「 あ! お父さんッ! 」
すばるが母の腕からするりと抜けて 父親の許に駆け出していった。
「 あ〜〜 しまむら君のおじちゃん! 」
わたなべ君も<しんゆう>の後を追ってゆく。
「 やあ、わたなべ君、いらっしゃい。 ・・・ どうした? 」
ジョ−はいつもと変らない足取りで樫の木の根方にやってきた。
途中でだきついてきた息子の頭をなで、やはり飛びついてきたわたなべ君の手を握った。
( なにかあったのかい。 きみがウチで通信を使のは珍しいね。 )
( ジョ−・・・ ごめんなさい。 すぴかが・・・ すぴかの右手が・・・! )
「 すぴか。 どうしたんだい。 樹から落ちたの? 」
「 ・・・ お父さん ううん、飛び降りたの。 」
「 飛び降りた? へえ・・・凄いなあ〜〜 それで? 」
「 うまく着地したの。 ちょっとぐらってなって・・・ 手を付いたの。 そしたら・・・・ 」
ゴシ・・・ すぴかはまたトレ−ナ−で顔を擦った。
「 なに? 捻挫しちゃったかな・・・。 すぴか、手首動くかい。 」
「 ・・・ 動かない。 」
「 あ〜 無理に動かさない。 フラン、ちょっと病院に連れてゆくよ。 」
ジョ−はそっとすぴかの右手に手を当てると側で固まっているフランソワ−ズを振り返った。
「 え〜〜と。 駅の向こうのメディカル・センタ− なら休日診療の窓口があるだろう。
打撲か捻挫か・・・ そんなカンジだよ。 」
「 ・・・ ジョ−。 ・・・ 折れてる・・・ 折れてるわ! 」
フランソワ−ズはごく低く呟いて、ジョ−のポロシャツの裾を握り締めた。
かたかたと身体が小刻みに震えてしまう。
・・・ ああ、しっかりしなくちゃ。 一番ショックなのはすぴかなんだから・・・
ああ・・・でも ・・・。 すぴかの細い骨が・・・!
「 え? ・・・ そうか。 うん、わかった。 」
ジョ−はしっかり頷くと、不意に向き直り彼女にキスをした。
( ・・・ あ ・・・ ジョ− ・・・ )
( さあ。 落ち着いて。 大丈夫だから・・・。 ね?
子供の骨折って案外すぐに治るんだよ。 お母さんが慌てちゃだめだろ。 )
( ・・・ ええ。 ごめんなさい・・・ ジョ− )
「 わたなべ君、ごめんね。 これからすぴかを病院に連れて行かなくちゃならないから・・・
今日は君のお家までドライブできないや。 また今度・・・ 山の方へ行ってみよう。 」
「 うん、しまむら君のおじちゃん。 またね〜 」
「 すばると遊んでいていいからね。 帰りにおばちゃんが送ってくれるから。 」
「 僕もわたなべ君を送ってく! ね、お母さん。 」
すばるが元気よく答えた。
「 そうか〜、 じゃあお願いするよ、すばる。 」
「 うん! 」
「 ジョ− ・・・ お願いね。 ああ、博士のお帰りを待った方がいいかしら。 」
「 いや。 すぴかは<普通の病院>で大丈夫だもの。 」
「 ・・・ そうね。 すぴか・・・ もうちょっとガマンしてね。 」
「 お母さん。 アタシ、平気だよ。 ・・・ 泣かないで、お母さん・・・ 」
すぴかは屈んでキスしてくれた母の頬に左腕を伸ばした。
「 アタシ、痛くなんかないもん。 お母さん、涙ぽろぽろ・・・ 」
コシコシ・・・
すぴかは自分のトレ−ナ−の袖で母の頬を拭った。
「 あ・・・ あら。 ありがとう、すぴか ・・・ 可笑しいわね、お母さんったら・・・
あ! ジョ−、待って待って! 保険証とお金。 ちょっと待ってて。 」
「 車に乗ってるから。 さ、おいですぴか。 」
「 うん。 わたなべ君、ばいばい。 男の子があんなにすぐに泣くもんじゃないわよ。 」
「 ・・・ 僕 ・・・ びっくりして・・・ 」
「 ふ〜んだ。 泣き虫〜〜〜 」
「 すぴか! ごめんね、わたなべ君。 じゃあ、また遊びに来てね。 」
「 うん! ばいばい、しまむらさん。 ばいばい、しまむら君のおじちゃん。 」
ジョ−は男の子達に手を振ると ちょいと膨れッ面をしている娘を連れてガレ−ジに降りていった。
「 さあ、お茶を淹れ直すわね。 ミルク・ティ−でいい? あ、今度は蜂蜜をいれましょうか。 」
「 わあい♪ はっちみっつ、はっちみっつ♪ ぶ〜んぶんぶん♪♪ 」
「 はっちが とっぶ〜〜♪ 」
リビングに戻って、男の子達はもうご機嫌でふざけ合っている。
「 ・・・ あ、そうだ〜 」
わたなべ君がなにやら熱心に折り紙を始めた。
「 なに〜? 今度は何をつくるの? 」
「 カニさん。 そのあとでハスの花。 ・・・ これはすぴかちゃんへのお見舞い。 」
わたなべ君のぷっくりした指が 群青色の折り紙をきっちりきっちり折ってゆく。
「 お見舞い? わ〜〜 せんばづる みたいなの? 」
「 うん。 」
「 ねえ、ぼくにもハスの花、教えて。 」
「 うん、じゃあね・・・ 」
・・・ 男の子達はこんなに良い子なのに。
ああ・・・ すぴか、大丈夫かしら。 利き腕の右がどうかなったら・・・
博士にお願いして ・・・? だめよ! あの子の身体にそんな・・・ でも ・・・
「 お母さ〜〜ん、 ミルク・ティ−はあ? 」
「 ・・・ぁ、 ごめんなさい、今すぐ淹れるわね。 」
フランソワ−ズはぼんやり娘のカップを見つめていたが はっと我に返った。
・・・ ココで心配しててもしょうがないのよ。
ジョ−が一緒なんですもの、大丈夫。
それよりジョ−の<オヤツ>を用意しておかなくちゃ・・・
フランソワ−ズはエプロンの紐をきり・・・っと結びなおしキッチンに入っていった。
「 ・・・さ、これでしばらく辛抱してね。 」
「 うん ・・・ 木登り、してもいい? 」
「 う〜ん、ここの骨がしっかりくっつくまでちょっとガマンだな。 」
「 ちょっとって、どのくらい? 」
「 こらこら、 すぴか。 ・・・ 先生、どうもありがとうございました。 」
ジョ−はすぴかの頭にぽん、と手を当てると医師にむかって丁寧に頭を下げた。
「 大丈夫、ご心配なく。 単純骨折ですし、きっちり固定しておけばすぐに付きます。
でも偉いね、お嬢ちゃん。 全然泣かないで・・・ 」
「 お嬢ちゃん、じゃないよ。 すぴか、よ。 しまむら すぴか。 」
「 あはは・・・ ごめん、ごめん。 ミス・すぴか。 木登り、得意なのかい? 」
「 うん♪ もうちょっとでね〜 ウチの樫の木の天辺まで登れるんだ〜 」
「 へええ・・・ すごいな。 今度は飛び降りちゃダメだよ。 」
「 うん。 先生ってカッコいいね〜〜 すぴか、ファンになっちゃう。 」
「 すぴかってば! もう・・・生意気ですみません。 」
「 いや〜〜 活発でいいじゃないですか。 じゃあ、お大事に。
念のため、痛み止めを出しておきますから。 」
「 はい。 ありがとうございます。 すぴか、先生にご挨拶して。 」
「 先生、ありがとうございました。 ばいば〜い♪ 」
すぴかは左手で外科の青年医師の手をぶんぶんと振った。
右手は薄い固定シ−トが巻かれている。
「 さ、帰ろう。 あ・・・っと。 お薬、貰ってゆかなくちゃな。 薬局は・・・ 」
「 やっきょく ・・・ え〜と ・・・ あ! あっちだ〜 」
すぴかはジョ−と手を繋いだまま、どんどんと歩いてゆく。
休日でがらん・・・とした病院なのだが すれ違うヒトがちらちらと二人を見る。
売店やら花屋さんの暇そうな売り子サンは じ〜〜〜っと見つめている。
・・・あら。 素敵♪ 兄妹? なにかの撮影かな〜?
え? あら〜〜〜♪ あのお兄さん、〇〇に似てるわよね。 モデルさんかしら。
あのガイジンの女の子も可愛い!!
子役か子供モデルね〜。 なんの撮影かしら。 病院モノのドラマとか♪
きゃ〜〜〜 ぜったい見るわ〜〜
ジョ−の耳にイヤでもちらちら・ひそひそ回り声が届く。
・・・ 休日でよかった・・・
「 ・・・あれ? こっち、違うみたい。 行き止まりだよお? 」
「 うん? ちょっと聞いてみようか。 ・・・ あの〜すみません? 薬局は・・・ 」
「 え! ・・・あの、あの〜〜 アッチです、あっち! 」
途中の詰め所でじ〜〜〜っとジョ−とすぴかを見つめていた事務のお姉さんは
ひどくびっくりしたみたいだった。
顔を真っ赤にして あっち!と指差すだけなのだ。
「 ・・・あ〜 どーも〜。 あっちだってさ、すぴか。 」
「 ふうん・・・ あ! あったあったよ〜〜 お父さ〜〜〜んッ!! 」
ええええ〜〜〜!!
え?? お父さん?? ・・・ お兄さんじゃないの??
声にならないドヨメキが 二人の周りの空気を揺らす。
「 ・・・なに・・・? お父さん?? 」
「 なんでもないよ。 あ、ほら薬局だ。 行こう。 」
「 うん ・・・ でも・・・なんかヘンだね? <お兄さんじゃないの? > ってなに。 」
「 さあ? お父さんにもわかんないよ。 」
「 ・・・・ ふうん ・・・ 」
「 さ、さ。 お薬、貰って帰ろう。 お母さんが心配してるよ。 」
「 ・・・ うん。 ・・・ お父さん、お父さんはすぴかのお父さんだよね? 」
「 そうだよ、当ったり前じゃないか。 」
「 お兄さんじゃないよね? ね〜なんでさっきのお姉さんは真っ赤になってたの? 」
「 さ、さあ?? どうしてかな〜。 あ、暑かったのかもしれないよ。 」
「 ふうん ・・・ 」
「 あ! すぴか、お母さんには ・・・ 内緒だよ。 」
「 え・・・ どうして。 」
「 ・・・ どうしても。 あ、お薬の順番だ。 は〜い・・・ 」
ジョ−はフクザツな顔をしている娘をひょいと抱き上げて 薬局の窓口へずんずん進んでいった。
・・・ お父さん ・・・ ヘンなの。
皆も ・・・ ヘンなの。 お父さんはすぴかのお兄さんじゃないよ〜〜〜だ。
すぴかは父親の腕の中から自分達をチラチラ眺めている人々にあっかんべ〜〜をして見せた。
「 ・・・ ああ ・・・ やっと大人しくベッドに入ったわ ・・・ 」
フランソワ−ズがガウンの前をかき合わせ、ベッド・ル−ムに戻ってきた。
「 お転婆さんはもう寝たかい。 」
「 ええ。 もう・・・さんざん<びょういん>のお話をしてたけど。 やっと・・・ 」
「 ふふふ・・・ そりゃ、アイツでもくたびれたんだろ。 」
「 そうみたい。 すばるはとっくに寝んねしてるのに。 」
「 ・・・ きみも疲れたろ。 」
ジョ−はごそごそとベッドから立ち上がった。
「 わたしは何にもしてないわ。 わたなべ君をお家まで送っていっただけ。 」
「 何にもなんて。 あの時・・・きみが抱き締めてあげたから子供たちはパニックにならなかったんだ。 」
「 わたし・・・夢中で・・・ 泣いたりしてだらしなかったわね・・・ あのね・・・
思わず <見て> しまったの。 そうしたら・・・すぴかの細くて白い綺麗な骨が 折れてて・・・ 」
フランソワ−ズはドレッサ−の脇で両手で顔を覆ってしまった。
ジョ−は そっと彼女の肩を抱き寄せた。
「 ・・・ 見なくていいんだ。 見なくて・・・ 」
「 その瞬間 きゅっと胸が苦しくなったわ。 自分が怪我をした時よりももっと・・・
何倍も何百倍も ・・・ 苦しかった・・ 心臓をぎゅう〜っとつかまれたみたい。 」
「 もう大丈夫だから。 忘れるんだ・・・ ね? 」
ジョ−は彼の愛しい人をその胸にぴたり、と抱き締めた。
「 ・・・ ジョ− ・・・ 」
「 いいね? あ、ちょっと待っててくれるかな。 多分・・・今頃・・・ 」
「 ええ。 わたし、もう一度シャワ−を浴びてくるわね。 」
「 オッケ−♪ ・・・ 別にこのままでもチャ−ミングだけど。 きみの味に変りはないよ? 」
「 ・・・ もう ・・・ ジョ−ったら・・・ 」
一口味見〜〜と、ジョ−は素早くキスをするとガウンを引っ掛けて出ていった。
・・・ さて。 そろそろ・・・ ほうら、おでましだ。
スタンドだけにしたリビングのソファでジョ−は雑誌を広げて、耳を澄ませていた。
パタン、パタン、パタン ・・・
小さな足音が階段を下りてくる。
トイレへとリビングの前を通り過ぎかけて、足音が止まる。
ジョ−はわざとドアを開け放しておいたのだ。
「 ・・・ 誰かな〜 ? フランソワ−ズ? 」
ジョ−はちょっと大きな声で<独り言>を言ってみせた。
「 ・・・ お父さん? 」
「 あれ? すぴか? もうとっくに寝ちゃったと思ってたよ。 」
「 ・・・ うん。 ベッドに入ったら ・・・ あの・・・ 急にね・・・ アタシ ・・・ 」
「 おいで。 」
すぴかは珍しくリビングの入り口でモジモジしている。
そんな娘に声をかけ、ジョ−は立ち上がり手招きをした。
「 手、痛いんだろ? 」
「 ・・・ うん・・・ 心臓がね、ここにいるみたいなの。 どっきん、どっきん・・・って。 」
スタンド灯りの中に入ってきたすぴかの目は ちょっと腫れぼったかった。
パジャマの袖も湿っぽい。
「 ・・・・・・ 」
ジョ−は黙って娘を膝に抱き上げた。
「 お父さん。 アタシの手・・・ 病気? 」
「 大丈夫、病気じゃないよ。 怪我をした夜ってね、誰でも皆ちょっと痛いのさ。 」
「 ふうん ・・・ 」
「 そんな時はね。 こうやって ・・・ 」
ジョ−は両手でそっと娘の小さな右手を包み込んだ。
「 痛くな〜い・・・ 痛いの、痛いの、飛んでゆけ〜〜〜 って ・・・ 」
「 ・・・ お父さん・・・ ヘン。 」
「 あ〜 ヘンじゃないぞ。 コレは魔法の呪文なんだから。 」
ちょっと待っておいで・・・とジョ−は娘をソファに座らせるとキッチンに行った。
すぴかは固定シ−トで覆われた右手をそっと ・・・ 持ち上げてみた。
さっきより 全然痛くないや ・・・ お父さん、すごい。
「 ほら、氷。 これで冷やしてごらん。 このタオルで包んで・・・ ほうら? 」
「 ・・・ つめた〜い ・・・ あ〜〜 でもいい気持ち〜〜 」
「 だろ? どうだい、まだ痛い? 」
「 ううん。 さっきの<魔法の呪文>と、この氷で全然痛くなくなっちゃった。 」
「 そりゃよかった。 」
「 お父さん、すごいな〜〜 お医者さまみたいだね。 」
「 凄くなんかないよ。 お父さんもよく怪我したから・・・
きっとすぴかも同じかな〜って思っただけだよ。 」
「 ふうん ・・・ お父さんが怪我した時、どうしたの。 誰が・・・ 呪文、言ってくれたの。 」
「 お母さんさ。 お父さんがどんな大怪我をしても・・・ おじいちゃまの治療が終って
目が覚めるとね、必ずお母さんがお父さんの手を握っていてくれたんだ。 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 」
「 すぴかと同じ色の瞳を涙でいっぱいにして ・・・それで いっつも叱られてた♪ 」
「 え〜〜 お父さんが? 」
「 そうさ。 こんなに心配させて! ってお母さんは泣きながら睨むんだよ。
それで・・・ ごめん、もう泣かないで・・・・ってお父さんはおろおろして言うんだ。 」
「 ・・・ ヘンなの〜〜 おっかしい・・・ 」
「 ヘンかなあ? でもね、お母さんの涙がお父さんの手にぽとぽと落ちてさ・・・
それだけで <痛いの> はすう〜〜〜って逃げていったよ。 」
「 ・・・ そうなんだ・・・ 」
すぴかはお父さんのお膝に座ったまま・・・ ことん・・・とほっぺをお父さんの胸にくっつけた。
「 眠くなったかい。 ・・・ じゃあ、ベッドに行こうか。 」
「 ・・・ うん。 」
「 ・・・ やっぱりここだ。 み〜つけた♪ 」
「 お母さん?! 」
リビングの入り口で綺麗な声がして いい匂いと一緒にフランソワ−ズが入ってきた。
ふわり、とジョ−の隣にすわり、すぴかの髪をそっと撫でる。
「 すぴか・・・ お手々、痛いの。 可哀想に・・・ 」
「 うん・・・ でも、いまお父さんに冷やしてもらったら・・・ もう平気よ、お母さん。 」
「 そうなの・・・? よかった・・・ 」
フランソワ−ズは自分と同じ色の娘の髪にキスをした。
「 すぴか。 お母さんはね、お前が怪我したのを見てとっても胸が痛かったんだって。
自分が怪我をするよりも何倍も何倍も ・・・ 痛かったって泣いてたんだよ。 」
「 お父さん・・・・ 」
お母さん、ごめんなさい・・・
ちっちゃな声が すぴかの口から零れた。
フランソワ−ズは腕を伸ばし、ジョ−の膝から娘を抱き取った。
「 ね? すぴか。
明日・・・ チ−ズ・クッキ−、一緒に焼きましょうね。 お砂糖、入れないわ。
そうそう。 これね、わたなべ君から。 お見舞い、ですって。 」
フランソワ−ズはテ−ブルの上に置いた小箱をあけた。
ペアのカニさん と ハスの花 が ちんまりと入っている。
「 ・・・ 綺麗だね、お母さん。 これ。 」
「 そうね。 とっても綺麗ね。 わたなべ君、一生懸命折ってくれたのよ。 」
「 うん ・・・ 」
すぴかは じ・・・っとその可愛い作品を見つめていた。
「 明日、どうもありがとう!ってお電話しようか。 わたなべ君、心配してたわ。
・・・ さあ、今度こそ もうお休みなさい、しましょ。 」
「 ・・・ うん 」
「 よし、じゃあお父さんと一緒にお部屋まで行こう。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 お休みなさい、すぴか。 」
「 お休みなさい・・・ お母さん。 」
お母さんは すぴかのほっぺとおでこと ・・・ もうすっかり痛くなくなった右手にも
キスをしてくれた。
すぴかは なんだか急にまぶたが重くなってしまった。
ジョ−はすぐにベッド・ル−ムに戻ってきた。
「 ・・・ ふふふ・・・ ベッドに入ってあっと言う間に寝ちゃったよ。 」
「 まあ・・・ よかったわ。 ・・・ ありがとう、ジョ−。 」
フランソワ−ズはベッドから極上の笑顔で彼女の夫を迎えた。
ジョ−はぼすん・・・と彼の奥さんの隣にもぐりこんだ。
「 ・・・ せっかくの休日の夜なのにな〜〜 お転婆娘に邪魔されてしまった。 」
「 もう遅いわ。 お休みなさい、ジョ−。 」
「 遅くないよ〜〜 ぼく達の夜は ・・・ これから、さ。 」
「 ・・・ きゃ! やだわ、急に・・・ 」
「 せっかくシャワ−を浴びたんだろ? ボディ・ソ−プを替えたね。
ちがう香りと味を楽しませて・・・ んんん ・・・ 」
「 ・・・ ぁ ・・・ ぁああ ・・・ん や ・・・ ジョ− ・・・ !! 」
「 ・・・ この香りと ・・・ 味 ・・・ ぼく、きらいじゃないよ。 んん・・・ん・・・ 」
「 や・・・ ぁぁ ・・・・ 」
「 この香りで ぼくを包んで・・・ 」
ジョ−はふっと身体を離した。
白く輝く裸身が 彼の目の前にある。
じっと見つめているその視線の先から ほんのり・ほんのりピンクになってゆく・・・
「 ・・・ いやだわ、ジョ−・・・ そんなに見ないで。 恥ずかしい・・・ 」
・・・ ぼくの 春。 ・・・ ぼくの タカラモノ。
そうっと手を伸ばし、指をのばして、ジョ−は彼の宝モノを抱き寄せる。
「 ぼくには この ・・・ 味が い・ち・ば・ん ・・・ 」
「 ・・・・・ く ぅ ・・・ ぅ ・・・・ 」
春の夜は恋人たちに いちばん素敵なヴェ−ルとなって穏やかに纏わりつくのだった。
****** ちいさな・おまけ *****
そうなのだ。 だ〜れも知らない。
すぴかの <大事箱> の一番奥に折り紙の小さなカニさんが二匹、しまってある。
そう、誰にも内緒。
すばるにも。 お父さんにもお母さんにも。 わたなべ君にも。
そうして。
すぴかは 知らない。
お母さんだけが こっそり・こっそり見ちゃったことを・・・・
お母さんだけに すぴかの小さいセレナ−デが聞こえちゃったことを・・・
島村すぴか嬢は 知らないのだ。
********* Fin.
*********
Last updated
: 04,24,2007.
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**** ひと言 *****
はい〜〜〜♪ 例のごとくのほほん・スト−リーです♪
な〜〜にも事件?は起きません。
島村さんち はいつでも・みんな幸せに暮らしているのでした。
尚、作中の 折り紙の話題は めぼうき様宅の<日記>の話題から拝借しました。
カニさん、本当に<工芸品>です〜〜♪ 素晴しい☆☆☆☆