『 九月の雨 』
九月の雨は あいまいな顔をしている
昨日までの 暑さ と 明日からの 冷たさ
夏の 激しさ と 冬の 厳しさ
その まんなかを うろうろ ちらちら いったり きたり
あなた と わたし の想いのように
熱いのか 褪めているのか ふらふら もじもじ
九月の雨は その音までも ひそやかで やさしい
( ・・・・ もう、知らない・・・!)
きゅっと口を噤んで涙でいっぱいの瞳で じっとジョ−を見詰めていたけれど。
次の瞬間、フランソワ−ズはぱっと振り向きエプロンも取らずにリビングを出て行った。
− ばたん・・・。
ほとんど同時に玄関のドアが音をたてて閉まった。
あ・・・・・ ! まって・・・ ごめん・・!
今、追いかければ。 たった一言口にすれば。 それですむのに・・・
気持ちは全身で彼女を後を追いながも、なぜかジョ−はソファにかたまったまま、
じっと自分の足先をみつめていた。
秋もさかりの休日の昼下がり、 そんな彼をからかうように湿った風がカ−テンをゆらしだした。
夏のあいだ、入れ替わり立ち代り訪れていた仲間たちも 今はそれぞれの地へ引き上げている。
秋風とともに ギルモア邸には静かな日々が戻ってきていた。
ふう・・・・・。
ジョ−の何回目かのため息が もやもやとリビングにみちてゆく。
− せっかくの 休日なのに・・・・
二人ですごす時を お互いに楽しみにしていた。
あれこれ思い浮かべては わくわくし、ひそかに期待して どきどきしていた。
それなのに。
ささいなコトから言い合いになってしまった。
実のない言葉が勝手に口から飛び出して、どんどんエスカレ−トして。
・・・・あげく。 彼女は口をつぐんで 出て行ってしまった・・・
− ごめんねって。 どうしてひとこと言えなかったんだ・・・・ 僕は・・・!
そんないつもながらの自己嫌悪にますます辟易し ジョ−は自分自身を持て余していた。
「 ・・・・ なあ、ジョ−。 雨が・・・降ってきたようだなあ? 」
何気無い風をよそおい、雑誌を広げてそれでもまるで上の空な様子のジョ−に
博士が 遠慮がちに声をかける。
「 ・・・・そうみたいですね・・・ 」
乾いた口調でジョ−が応えたとたんに ソファの隅から懐かしいようなメロディ−が響いてきた。
「・・・? 僕のじゃないぞ・・・。 ああ、フランソワ−ズのだ。 置きっぱなしなんだな・・・ 」
しばし 迷っていたが、鳴り続けるメロディ−に根負けしてジョ−はそっと彼女の携帯を手に取った。
「 ・・・・もしもし・・・? 」
・・・・プッ・・・・
せっかく耳に当てたとたんに 無情にも通話は切れてしまった。
− ? 誰か・・・・ 声がちょっと聞こえた、かも・・・・? 男の声・・・・・?
気になっていろいろ操作してみるが この種の機械をあまり好まない彼女は伝言も
メ−ルも設定していない。
− なんだ・・・。
そのままに放っておけばいい、とは思うものの。
それきり 黙ってしまった携帯にジョ−は、ますますさっきの相手が気に掛かる。
「 ジョ− 」
じっと手のなかの携帯をみつめているジョ−に博士が笑ってカサを差し出す。
「 本降りになりそうだぞ? 」
その温かい笑顔に 黙って一礼し、ジョ−はカサを掴んで外へ飛び出した。
− 普段着のままだし。 彼女の行くところって・・・・ 張大人の店か? それとも・・・
無意識に通信回路を開こうとした時、ふと彼女の言葉が思い出された。
− わたしたち 普通にくらしてるんだから。
当り前の日々の生活で<能力>を使うことを フランソワ−ズはとても嫌がった。
自分でもその事にこだわりを持っているはずなのに・・・・ ジョ−はまた、小さく溜め息をつく。
− 僕って。 ホントに、もう・・・・
とにかく駅へと、近道に抜けようとちいさな公園に足を踏み入れたとき。
いまどき、めずらしくなった電話ボックスの中に きらり、とゆれる亜麻色の髪が見えた。
( ・・・フランソワ−ズ・・・!)
ほっとして 駆け寄ろうとして。
ジョ−は彼女が小首をかしげ、受話器を手にしているのに気付いた。
すこし眉をよせて いつもみたいに頬に手をあてて、はにかんだ様に長いまつ毛を伏せている。
− あんなに嬉しそうに・・・ 誰に架けてるんだ・・・! さっきの・・・あの電話の相手か・・?!
電話はあんまり好きじゃないって言ってたじゃないか。
話をする時はちゃんと 向き合っていたいって・・・。
しばらく物陰からながめていたが、 そっとジャマしないようにジョ−は踵を返す。
ため息がひとつ。 雨脚のあいだに溶け込んでいった。 ・・もうひとつ。 重すぎてすぐに散った。
まだ、冷たくはないが雨の雫が 髪から襟元へとしたたり落ちてシャツにしみてゆく。
そんな不快感にも気付かずに、ジョ−はカサを握ったままのろのろと今きた道を引き返していった。
− ぱった・・・ん。
雨にしめったドアは 軋んでゆっくりとしまった。
そっと覗いたリビングには 既に博士の姿はなく、ジョ−はなんとなくホッとした。
・・・ああ。 着替えなくっちゃ・・・ あ〜あ、ぐしょりだ・・・・
バスル−ムへ重い足取りをむけようとしたとき。
ソファの隅で自分も忘れていった携帯が 着信アリのシグナルをさかんに発しているが目についた。
− ? 誰だ・・・・? いまごろ・・・・
不機嫌に面倒くさそうに 携帯を耳に当て、伝言のボタンを押す。
・・・・・ あの。・・・ジョ−。 いま・・・公園にいるの・・・あのね、さっき。わたし、 ごめんなさい・・・・
やわらかい声が雨の音をバックに やさしく・ひそやかに響いてきた。
− ごめんなさい、を言うのは僕の方なのに。 きみってひとは いつも僕を先回りするんだね。
今日は。 先にみつけるのは僕だからね・・・!
ジョ−は濡れた服のまま 顔を輝かせもう一度雨のなかへと、飛び出していった。
今度も、携帯はソファに放りっぱなし。
もちろん しっかりカサを − いっぽんだけ − 握り締めて。
やがて。
誰もいない公園で、ひとつカサの下に寄り添う二人は
雨音よりもひそやかに 何をささやきあっていたのやら。
九月の雨は 恋人たちの語らいの やさしい B.G.M.
ちいさな諍いも 仲なおりも ・・・・ 愛のことばも
そのひそやかなリフレインで そうっとそっと包みこんで
しずかな帷を降ろしてくれる
九月の雨は しっとりと 落ちついた季節の はじまりを告げる
****** Fin. ******
Last updated : 9,15,2003. index
***** 後書き by ばちるど *****
まだ、秋霖の時期ではないのですが。 そろそろ静かな季節が恋しくなりましたので、
甘ったるい小噺を書いてみました。