『  ひめごと  』

 

 

 

「 ・・・あ〜やっぱり。 何回掛けてもお話中なんだもの・・・ 」

ジョ−はリビングに入るなり 肩をすくめてため息をついた。

 

「 おお・・・ お帰り、ジョ−。 なんじゃ、お前携帯は忘れたのか? 」

風通しのよい窓際の籐椅子から ギルモア博士が怪訝な顔でジョ−を迎えた。

「 あ、博士、ただいま帰りました。 ・・・ええ、勿論携帯からもかけましたよ。 」

でも、とジョ−はテ−ブルの上に放り出してあるビ−ズのストラップ付の携帯を指さした。

「 肝心の電源が切ってあるんですよ! 」

「 そりゃ・・・また ・・・・ 」

二人は苦笑して テラスに近いソファで受話器を抱えて収まっている姿に目をやった。

 

 

ギルモア邸の電話はリビングにある。

当節のこと、ここの住人は皆携帯を持っていたし、緊急の場合彼らには電話は不要である。

「 わしは どうもこのちまちました感触が苦手でなあ・・・ 」

ギルモア博士は苦笑しつつ、従来の固定電話を使っていた。

もっとも、仕事上のやり取りはもっぱらPC経由であり、たまに使う時もほんの伝言程度であったが・・・・

 

なんといっても 一番の愛用者は。

現在も使用中のこの家の女主人、 − フランソワ−ズだ。

 

「 携帯は便利よ、わたしだってよく使うわ。

 でもね、ウチでゆっくりとお友達とおしゃべりするのは わたしはこのほうが好き。 」

お気に入りのクッションを抱えて 海の見える位置のソファに陣取る。

博士が改良した軽量だが性能・質感ともに抜群の受話器を片手に 彼女は楽しげである。

 

 

「 もう・・・ これじゃあ電話がある意味がないですよ。 」

「 なにか急ぎの用事だったのかね? 」

「 いえ・・・ 急ぎってほどじゃ・・・。 フランソワ−ズに今日の買い物の予定を聞こうと

 思って。 」

そんなことか、と博士はそっと苦笑したが、珍しく機嫌の悪いジョ−が可笑しくもあった。

ようするに・・・ ジョ−は、ことフランソワ−ズに関してはかなりの焼きもち焼きなのだ。

彼女を取られたくない、そんな子供っぽい感情を抱いていることにジョ−自身は

気がついてはいないだろう。

小さな子供の頃に満たされなかった思いをいま少しでも叶えられるのなら、

と博士はそっと見守っている。

 

「 ふふふ・・・・長電話は女性の特権、かの。

 まあ、あの娘にも同性の友達は必要じゃもの、あんな風に長電話できる

 相手ができて よかったんじゃよ。 」

「 はあ・・・ まあ・・・ そうですけど。 」

取り成す口調の博士に不承不承頷いて それでもジョ−は不満顔である。

 

同性のって。

当たり前だよ! 男トモダチと ああ頻繁にながながしゃべられてたまるか!

 

ジョ−はどうも内心、穏やかではない。

 

<・・・・はい、ギルモアですが。>

< あ、モシモシ? ○○○といいますが〜フランソワ−ズさん、お願いします。>

< ・・・はい、お待ちください・・・ >

 

頻繁にかかって来る電話は なるほどすべてフランソワ−ズと同年輩の女の子達からだったし、

ちら、っと耳にはさむ内容からも彼女が通うバレエの稽古場での友人だろうと推測できた。

くすくす笑いと長電話。 可愛いけれど儚い小物ととろけそうに甘いケ−キ。

たくさんの微笑みに満ちた年頃の女の子としての 当たり前の日々。

そんな境遇に再び彼女が、そしてひいては自分達が暮らしていられることは

本当に喜ぶべきことなのである。

 

で、あるが。

 

 

「 ・・・うん、うん。 そうなのよ〜初めはね、も〜緊張しちゃって・・・ 」

「 あら、大丈夫、皆、そうよ。 ・・・わたしだって ・・・ うん、・・・」

「 ・・・そりゃ、まあ・・・でも・・・ うん、うん・・・大丈夫よ。 」

博士公認にもなったフランソワ−ズの長電話なのだが 

どうも最近、でも様子が変・・・なように、ジョ−には思えるのだ。

 

「 そんなに心配しなくたって・・・うん、うん・・・。 初めての時は・・・ 」

「 そうよぉ、誰だって・・・ みんな経験してるわ、そうよ。」

「 ・・・でもね。 そう、世界中の女の子が・・・ え? うふふ・・・」

お相手は勿論女の子なのだが・・・。

 

「 今の・・・きみの友達? 」

「 ええ。 お稽古場のお友達よ。 この頃いっとう仲良しなの。 」

やっと長話が終わったときに ジョ−はさり気なく尋ねたのだが、

屈託のない答えが すぐにかえってきただけだった。

 

・・・仲良し、ね。 ふうん・・・ 

 

女の子の<仲良し>同士が はたしてどんな話題に興じるのかジョ−にはまるで

見当がつかない。 

 

やっぱり、打ち明けハナシとか・・・するんだろうな。

オトコ同士の長電話、なんて考えられなかったし、口下手なジョ−は電話自体が苦手である。

彼が比較的ゆっくりと電話をする相手は ・・・ 当然のことながら フランソワ−ズのみなのだ。

それも同じ屋根の下で暮らしていれば そうそう機会も必要もあるわけではなく、

ちょっぴり、彼女との長いおしゃべりを楽しんでみたい・・・という気が無くはない、のだった。

 

 

「 ・・・そう・・・ 大丈夫、だんだん慣れてくれば・・・ うん、そうよ。 」

「 うん、うん・・・ そうそう、わかるわぁ〜 初めはチカラはいっちゃうのよね。 」

「 だから・・・ カレに任せて・・・ うん、うん ・・・ 」

 

別に聞き耳を立てているつもりはないのだが、リビングにいれば自然に

彼女の応答は耳に入ってしまう。

聞かれたくないのなら、フランソワ−ズも携帯を使うだろう。

そう、思うのだが・・・

最近の彼女のト−ンは妙に真剣だし、以前よりも低め・・・のような気がする。

 

・・・おい、ジョ−、お前最低だぞ! 女の子の電話、盗み聞きして内容を気にするなんて

そりゃ・・・一種のノゾキと同じ下司野郎の悪シュミだぞ!

自分の耳をこっそり引っ張り、気を利かせた風にさっと席を立つ・・・のだが

どうもそのまま 颯爽とリビングを立ち去ることができない。

マガジン・ラックを整頓したり、散らばっている新聞をまとめたりしているうちに

なぜか フランソワ−ズの声が一段をちいさく、低くなっていった。

 

「 でもね、任せっきりじゃ、ダメなの。 ・・・ そう、そうなのよ・・・ 」

「 ちゃんとあなたも反応しなくちゃ。 ・・・え? ・・・う〜ん・・・ 」

「 役割分担ってかんじかなぁ・・・ え、わたし? ・・・ ふふふ ・・・・ 」

「 だって・・・<愛してます>ってコトでしょ・・・ 」

 

なにやら彼女の笑い声までが意味ありげに聞こえてくる。

ジョ−はすっかり手が止まってしまい、気がつかないうちに息まで殺していた。

 

・・・ おい! なんのハナシ、してるんだよ? まさか・・・

女の子同士って・・・ そんな ・・・ 直接的な話題、するのか??

 

ソファの後ろの床にぺたりと座り込み、顔を赤らめているジョ−の思惑などにはお構いなしに

フランソワ−ズのお喋りは続いてゆく。

 

「 そうね〜 やっぱりガチガチ緊張しちゃってね・・・ そう! 」

「 上手なヒトだったから。 ・・・ウン、やっぱりね・・・ なんだか涙がこぼれたわ。 」

「 ・・・ え、ううん、そうじゃなくて。 う〜ん・・・感動の涙、かしら・・・・ 」

「 ・・・え? あら〜 わたしにだってそんな頃があったのよぉ・・・ 」

 

くすくす笑いを続けるフランソワ−ズを他所に 今度はジョ−が<自分の世界>に没頭していた。

目には 亜麻色の頭がちらちらと映っているはずなのだが

ジョ−の瞳の奥に見えているのは ・・・・ 

薄闇に浮かぶ 白く輝く・・・彼女の姿態。

 

そんなにきみは緊張していたの・・・? ・・・あのとき。

ぼくは ・・・ 正直いってあまりのきみの美しさに目が眩んでしまって

・・・ もう夢中になって ・・・ きみの反応・・・って よく覚えていないんだ。

ただ ぼくはものすごく感動したよ。 

その・・・なんていうか・・・ 本当に好きなコと・・・その・・・結ばれるって・・・

なんだか ソレまでと全然違うんだ。

ぼくの人生観っていうのかな、 そんなモノは一変したもの。

 

・・・ きみは どうだった・・・?

 

忘れなれない。 きみの頬に流れた涙は とっても綺麗だった・・・!

あれは ぼくにとってのダイヤモンドだ、って思った。

きみからもらった・・・証だって信じてた。

・・・あ・・・あの・・・?

女の子って その、どんなカンジなのかな?

 

・・・ もしかして。 ぼくは。 きみの・・・初めてのヒト、じゃなかった・・・の?

 

 

・・・ ジョ− ・・・?

うん、だから きみは ・・・

「 ・・・ ジョ− ・・・? 」

「 ・・・・・・ ? 」

「 ジョ−ォ?! 」

 

・・・え?!

 

突然目の前に フランソワ−ズの顔が現れじっとその瞳が自分を見つめているのに気がつき・・・

ジョ−は ほんとうに飛び上がらんばかりに おどろいた。

 

「 な・・・・な、なに?? なに、どうかした・・・?! ふ、フランソワ−ズ ?? 」

「 どうかした?はこっちのセリフだわ? ほんとに・・・・ 」

「 ・・・・え、 ・・え、え?? 」

「 何回呼んでも返事、しないし。 寝てるのかなって思えば

 じ〜っと一点見つめたまま、固まってるし。 だいたい、なんでそんなに慌てるの? 」

「 ・・・ あ・・・、べ、べつにその。 ぼくたちはべつに、そんな ・・・ 」

「 ? なにが<ぼく達>なの? 」

怪訝な顔をして、自分の前に立ちはだかっている彼女を うまく言いくるめる・・・なんてのは

ネオ・ブラック・ゴ−ストを一気に叩き潰すよりもはるかに至難の業だ。

まして 口下手の自分に気の利いた言い訳なんぞできるわけがない。

 

ジョ−は。 腹を括った。

敵前逃亡は ・・・ 卑怯である。 ( 現在の場合絶対不可能でもあるし )

 

・・・よし。 ココは男らしく。 きりっと、単刀直入に。 

 

ジョ−は体内の酸素ボンベを全開にして(こっそり)深呼吸してから

おもむろに 口をひらいた。  ・・・・ おおいに真面目な顔をしていたのは 言うまでもない。

 

「 あの。 ぼくはきみの 初めてのひと? 」

 

 

 

その後。

その日、ジョ−が夕食をこの家で食べられたのは こころから神に感謝すべきだったろう。

食卓でジョ−は 黙って箸を動かしながらそっとフランソワ−ズに目を向ける。

彼女は ・・・ 普段とちっとも変わらない。

今日の他愛も無いモロモロの出来事をはなし、博士の話に相槌をうち、たまにはイワンにも

話しかけ・・・ もちろん ジョ−ともちゃんと普通の受け答えしてくれる。

・・・ そう 普通に。

ジョ−は あまりにも完璧に<普通>な彼女の様子にかえって背筋に冷たいモノが流れ落ちる。

 

・・・ 怒ってる、よな・・・。

 

 

 

「 ・・・ pardon ? 」

とても淑女に、それも真昼間のリビングでの問いかけとは思えないジョ−の<発言>に、

フランス生まれのレディは ちょっと眉根をよせただけで穏やかに聞き返した。

「 ・・・あの〜 その〜 だから、つまり・・・ 」

「 失礼ですが。 ムッシュウ・シマムラ? ご質問の意味が解りかねます。 」

「 ・・・いえ。 その。 ・・・きみの電話で・・・ 」

「 電話? 」

「 あの〜 きみって仲良しサンに その、いろいろアドヴァイスしてたろ? 」

「 ・・・ 聞いてたの? 」

「 あ、あ、・・・べつにわざとじゃ・・・。 聞こえちゃって。 それで 」

「 それで? わたし、別に他のヒトに聞かれて困るコトなんか言ってませんけど? 」

「 ・・・ う ・・・ そ、その。 初体験 のハナシだったよね。 それで・・・ 」

「 ・・・ まあ ・・・っ !!!」

ジョ−は思わず2-3歩 後ずさった。

フランソワ−ズの格好のよい眉が きりり・・・と初めてみる高さに吊りあがったのだ。

 

「 <なんの>初体験って思ったの?? わたしは初めてパ・ド・ドゥを踊る友達に

 アドヴァイスをしていただけです! 」

「 ・・・ ぱ・ど・どぅ ・・・・ 」

「 だいたいね、ヒトの電話を・・・たとえ<聞こえて>しまっても さりげなく席をはずすとか

 知らん振りするのが 紳士のっていうか、オトナのマナ−っていうものでしょう・・・! 」

「 ・・・ はい ・・・ 」

「 それを・・・! 選りにも選って・・・ なんてコト?」

「 ・・・・・・・ はい 」

「 わたし、そうゆう類の話題を人前であけすけに口にする人間に思われたのかしら?! 」

「 ・・・・・・・・・ 」

 

ひた、と青い瞳にねめつけられ、淡々と畳み掛けられれば ジョ−に反論はおろか

発言の余地すらない。

ひたすら・・・・ 恐縮の態で嵐が通り過ぎるのを待つしかなかった。

 

「 ・・・ そのぅ ・・・ あのぅ ・・・・ 」

「 ナンですか? 」

「 ・・・スミマセンでした。 全面的にぼくがワルイです、失礼しました、マドモアゼル。 」

そう・・・、とフランソワ−ズは鷹揚に頷いてこの不埒モノ謝罪を受け入れた。

「 おわかり頂ければ ・・・ 結構ですわ。 」

「 ・・・ アリガトウゴザイマス ・・・ 」

「 どういたしまして。 ご理解いただけて嬉しいですわ。 」

「 ・・・ ハイ。 」

ジョ−は自分で掘った墓穴の底で ほっと胸をなでおろした。

 

・・・ よかった。 なんとか・・・なる、かも・・・!

 

じりじりと後退りして ジョ−はリビングのドアまでたどり着いた。

「 ・・・あの。 もしなにか手伝えるコトがあったら呼んでクダサイ・・・ 」

相変わらず口のなかでもごもごと言い訳をし、ジョ−は廊下に滑り出た・・・と

思った瞬間。

実際には彼の半分は まだフランソワ−ズの目の前に<あった>のだが、

澄んだ声音が 朗かに彼を呼び止めた。

 

「・・・それにしても。 随分とそのテのコトにお詳しいのね、島村サン???

 ご経験が豊富な方には ・・・ 敵いませんわ。 」

 

極上の微笑みが ジョ−に向けられた。

誰だって 魅了され、目を離すことなんかできない、天使の笑顔・・・

 

ジョ−も例外ではなく、彼女の笑顔にがっちりと捕らえられ 

視線を外すことなどとてもできずに ただ固まってたらたらと冷や汗を流し続けていた。

 

 

いや・その・あの・・・・・

 

 

*****    Fin.    *****

Last updated : 06,28,2005.                       index

 

***  ひと言  ***

お笑い小噺でございます、さらり・・・と読み流してくださいませ。<(_ _)>

蛇足ですが。パ・ド・ドゥ ( pas des deux  クラシック・バレエで

男女がペアで踊る ) は日本の場合、<初めて>の女性は上手な

ベテランの男性と組んでリ−ドして頂きます。双方充分な技術を持つようになって

初めて対等に<役割分担して>踊れるようになります。