『  七夕  ― ななつのゆうべ ―  』

 

 

 

 

 

****** 【 島村さんち 】 ですけど 双子ちゃんはあまり出てきません ******

 

 

 

 

 

§ ささのは さらさら

 

 

その年の七夕の日 ―

 

 

     ・・・ 空がまだ晴れないの ・・・ 

 

そう言ってこのところ毎晩 彼女は心配顔で空を見上げる。

テラスに出てず〜っと眺め、溜息をつく。

そんな彼女の様子に 家中のものが微笑んでしまう。

「 そんなに心配しなくても大丈夫だよ。 当日はきっと晴れるから さ 」

「 あら ジョー。 確証でもあるの? 」

「 い いや・・・そういうわけでもないけど ・・・ 」

「 なら もう少し科学的な根拠に基づいた発言をしたら いかが? 009さん。 」

「 ・・・ 失礼いたしました。 」

「 フランソワーズ。 そんなに心配ならば天気予報を詳しく検索したらどうだね?

 最近ではかなりピンポイントで検索できるそうだぞ。 」

「 あ、そうですよね、 観測衛星とか活躍してますよね。 」

調べてみるね、とジョーはさっそくPCに向かっている。

「 う〜ん ・・・ でもねえ、 わたしが知りたいのは空が晴れるかどうか・・・ 

 夜にね、ウチのテラスからお星様がみえるかってことなの。 」

彼女はぷい、とテラスに出ていってしまった。

「 ・・・ おやおや・・・ 姫君のご機嫌を損ねましたな。 」

「 ほっほ ・・・ そんならお口直しに杏仁豆腐やら出しまひょ。

 ええ按排 冷えとりますさかい〜 」

グレートが茶々を入れ、大人が笑ってキッチンに立った。

「 あ いいなあ〜 ぼくも手伝うよ。 」

ジョーはPCから離れて大人についていってしまった。

 

   ・・・ もう〜〜〜 皆 ぜんぜんロマンチックじゃないんだから・・・!

 

フランソワーズは一人、夜空を見上げぶつぶつ言っていた。

 

 

海沿いの崖っぷちに建つギルモア邸 ・・・

その実体は、超ハイテク装備で護られた <要塞> に近いのだがぱっと見にはちょっと旧めな洋館。

最近、外国人の家族が住み着いているらしい。

たまに ごく若い男女が地元のスーパーに仲良く買い物にやってくる。

若夫婦 ・・・ いや、 姉弟にみえなくもない。

「 ふうん?  ・・・ まあ そのうちに ぽつぽつ ・・・ 挨拶くらい・・・ 」

「 うんうん 別にごく普通のヒト達っぽいからな〜 町内会の回覧板でも回すか・・・ 」

近隣の人々は、といっても近所に民家はなかったが、ほどほどの関心を示しただけだった。

したがって彼らは ごく平穏に静かに暮らしいる。

 

 

「 ・・・ きっと。 すごくきれいでしょうねえ ・・・ 晴れれば・・・ 

フランソワーズは夜目にもどんよりと曇った空を見上げ また溜息をひとつ。

この地に住み着いてから、冬も春も満天の星空をながめてきた。

特に冬場の夜空には 突き抜けるように澄んだ空気のもと幾千幾万もの星が瞬いた。

そして春が過ぎ 夏も近くなると邸の頭上には煌く星が滔々と流れた。

その星の河を あまのがわ というのだ、とジョーが教えてくれた。

ついでに その河に纏わる <ロマンチックな・物語> も話してくれた。

( ・・・かなり端折っていたけれど )

 

  ― そして 彼女は夢中になったのだ。

 

「 あまのがわ が見えるといいなあ・・・ おりひめ も ひこぼし も! 」

う〜〜ん・・・とテラスから身を乗り出して眼を凝らしてみても、今晩はなにも見えない。

こっそり<能力>を 最大レンジ、いやそれもオーバーしていっぱいまで拡げてみたけれど

さすがにいかにサイボーグ003といえども 何万光年先は可視範囲外、だった・・・

「 ・・・つまんないの。  いいわ、飾りつくりをするから。 」

フランソワーズはテラスから戻ると リビングの隅に置いた箱を持ち出した。

中には彼女がコツコツ作っている色とりどりの紙細工が収まっている。

「 えっと・・・ リングはこれでいいし。 網をもっと細かいのにしてみるわ! 」

輪飾りやら明るい色の掛け網がテーブルの上に広げられた。

「 ほほう・・・ 随分たくさんで来たなあ。 」

「 ええ 博士。  あと・・・ これを飾る笹が欲しいんです。 」

「 笹? ・・・ ああ あのパンダの食料かな。 」

グレートがティー・カップ片手にまぜっかえす。

「 ・・・そうだけど。  がっかりする形容だわね? 」

「 それは申し訳ござらぬ、姫君 」

「 はっはっは・・・ この時期なら花屋にも売っているのではないかな。

 ジョーに頼んで買ってきてもらおう。 」

「 ほ〜い ほいほい・・・ お待ちどうさん。 」

大人が大きなトレイを運んできた。

「 ほほう・・・ これはこれはなにやら芳しい香りが〜〜 」

グレートがさっそく鼻をヒクつかせている。

皆の前には涼しげなデザート用のガラス器が並ぶ。

「 ほっほ・・・ ちょいと御酒を効かせましてん。オトナ風味やさかい、ボンと嬢やは気ィつけてな。 」

「 ねえ、すごく美味しそうだよね?  ・・・ はい、お茶も淹れなおしました。 」

ジョーもにこにこ・・・皆の前に新しいカップを置いた。

「 ねえ ジョー。 お願いできる? 

「 ・・・はい??? 」

「 だから。 笹。  笹を買ってきて?  そうねえ、ウチのベランダに飾れるくらいの。 」

「 あ ・・・ ああ ・・・ 七夕の笹かあ。 」

「 そうよ。 ジョーが教えてくれたんじゃない? たなばたのおまつり。

 おりひめ と ひこぼし がデートできるようにって応援するのでしょ。 

 それで たんざく にお願いメッセージ、書くのでしょ?

 わたし、 いっぱい飾りをつくったのよ〜 」

「 フランソワーズはん?  ・・・ ち〜っとちゃいまんねんなあ。

 ジョーはん! アンタ、エエ加減なこと、教えたらあかんで。 」

「「 え ・・・ 違うの? 」」

ワカモノ二人が 一緒に眼を丸くした。

「 ちゃいます!  牽牛織女の話はなあ、ワテらの国から伝わったんやで。

 ええか ホンマはな ・・・ 」

 

 

「 ねえ これでいいかな。 」

「 ええ、ステキ! 皆の短冊もつけたし・・・ 天の川から見えるかしら ・・・ 」

7月7日の夕刻、 ジョーは大振りな笹をギルモア邸のテラスにくくりつけた。

枝には色とりどりの飾りが揺れている。

「 ・・・ ステキねえ・・・ この国にはこんなステキな行事があるのね。 

 ああ 綺麗に晴れたわねえ・・・ 早く暗くなるといいなあ・・・ 」

フランソワーズは笹越しに 梅雨明け近い空を見上げている。

「 ね? きっと綺麗な星空よね? 」

「 ・・・ キレイだ ・・・ 」

「 ?? ジョー?? 」

「 ・・・ あ! え あ うん・・・ そ そうだね! 」

ジョーはどぎまぎ・・・真っ赤になって俯いた。 ほれぼれ・・・彼女の横顔をみつめていたのだ。

「 ?? 可笑しなジョーねえ。   ねえ ジョーはなんて書いたの? 」

「 書く? 」

「 短冊よ。  ジョーのお願いは なあに。 」

「 ・・・え ・・・あ  たいしたコトじゃない さ。  」

「 そう? 」

「 ・・・ ウン ・・・ 皆 ・・・ シアワセに・・・って。 」

「 そう ・・・ 」

 

    サワサワサワ ・・・・・

 

夜風が笹の葉を揺らしてゆく。  願い事をのせた短冊がさらさら揺れる。

 ・・・ ささのは さらさら ・・・

テラスには影が二つ。  ちょっと離れて夜空を見上げていた。

 

 

 

 

§ のきばに ゆれる

 

 

その年の七夕の日 ―

 

 

「 わあ・・・・沢山つくったねえ。 」

「 ええ、色とかもね、考えて ・・・  どうかしら。 」

「 うん すごくキレイだ。  フラン、きみって本当にセンスがいいなあ〜 」

「 うふ・・・ありがとう♪  ジョーが大きな笹をとってきてくれたから

 張り切って飾りを作ったのよ。 頑張っちゃった・・・うふ♪ 」

「 そっか〜 それじゃ苦労して裏山から切り出してきた甲斐があったなあ。 」

「 ほんと、ありがとう!  ・・・ウチの裏山にも笹があるのねえ。 」

「 うん。 ほら 沼があるだろう? あの近くに自生しているんだ。

 せっかくの七夕だもの、ウチの笹で飾りたいしね。 」

「 そうね。 わたし達のおうち、ですものね。 」

二人は互いの腰に手を回し、テラスに立てた笹を見上げ微笑んだ。

「 そうだね、ぼく達の <初めて>の七夕だね。 」

「 ええ ・・・ 」

寄り添って七夕飾りをながめているはずがいつの間にか二人は熱くキスしていた。

  ― そう !  この二人、つい先ごろ・・・ 5月の佳き日に華燭の典を挙げたばかり。

つま〜り 湯気のたっている新婚サンなのである。

 

「 ・・・ んん ・・・ふふふ ・・・ ねえ? ジョー・・・ 」

「 うん?  ・・・ ( chu♪ ) 」

「 いやァん♪ ・・・ もう・・・  あのね、夜食召し上がる? 」

「 え 用意してくれたの。 」

「 勿論よ。 遅くまでお仕事、大変なんですもの、わたしも応援したいの。

 ね? 天の川をみていて思い出したの。 今日のお夜食はお素麺よ。 」

「 わあ〜〜〜 感激〜〜 きみに素麺をつくってもらえるなんて ! 」

「 うふふふ・・・ あのね コズミ博士からお中元でお素麺を頂いて、茹で方を大人に教わったの。

 え〜と・・・ なんとかの糸・・っていうお素麺。 」

「 うわ〜凄いなあ〜  フラン、きみって最高の奥さんだ♪ 」

「 きゃ・・・嬉しい♪  さあ それじゃどうぞ? 」

「 うん。 きみも一緒に食べよう。 」

「 う〜ん ・・・ でも、ほら・・・ こんな時間に食べたらわたし、太っちゃうし〜 」

「 素麺くらい平気さ。 それに ・・・ふふふ〜ん♪ ちょっとくらい太ったきみも いいかも♪」

こそ・・・っとジョーは 新妻の耳の後ろに口付けをする。

「 あ ・・・んんん ・・・ もう〜〜 ジョーってば・・・ 」

「 ・・・美味しそうだな〜 早くたべちゃいたいな〜♪ き ・ み が食べたい〜〜 」

「 ・・・ ま・・・   あ すぐに準備するわね。 」

フランソワーズはジョーの腕から逃れると ぱたぱたキッチンへ駆けていった。

 

    うふふふ ・・・ 可愛いなあ ・・・

    もう〜〜〜 あのラインがなあ・・・ぷりん、と♪

    こう・・・ ぼくの手に さ ・・・ うふふふ・・・

 

ジョーは彼の細君の魅惑のヒップをつくづく眺め楽しんでいた。

 ・・・ どうも七夕はそっちのけ・・・らしい。

 

 

「 ・・・ どう?? 美味しい? 」

フランソワーズは心配顔でジョーを見つめている。

テーブルの上には ガラスの器に盛った素麺と金糸卵やらハム、大葉、ミョウガの千切りなども並ぶ。

ジョーは目をつぶってしっかりと味わっている。

「 ・・・ んん〜〜〜 ・・・ 美味い!  美味しいよ〜〜フラン〜〜♪ 」

「 わあ〜〜 よかった・・・! お素麺の茹で具合とか・・・心配だったの。

 だって・・・ パスタとは違うでしょう? 」

「 うん、でもちゃんといい具合だよ。  この金糸卵も凄い〜〜 」

ジョーは感激の面持ちで 素麺を口に運んでいる。

「 ぼく、ウチでこういうの、食べてみたかったんだ〜〜  ああ 美味しい〜 」

「 うふ・・・ いっぱい召しあがって♪ 」

「 きみもどう? ちょっとならいいだろう?  」

「 え ええ・・・ それじゃお箸と器を持ってくるわ。 」

「 いいさ いいさ。  ほら・・・ あ〜〜ん♪ 」

ジョーは新しい玉を小さい器に取ると ひと口分、フランソワーズの口許にもってゆく。

「 あ ・・・ いやん ・・・でも ・・・ あ〜ん・・・ 」

「 ・・・ はい、 どう? 」

「 ・・・ んんん 〜〜〜 ・・・ わァ ほんと、美味しいわあ。 」

「 だろ?  パスタ類とはちょっと違うけど夏向きだろ。 」

「 ええ・・・ ふふふ・・・自分で作ったのに可笑しいけど・・・美味しい♪ 」

「 ・・・ 二人で一緒に食べるから、よけい美味しいのさ 奥さん。 」

「 そうね♪   あら ・・・ お月様が昇ってきたわ 」

「 うん? ああ 本当だね。 」

「 お星様の光が見えにくくなるのは残念だけど・・・お月さまもキレイ・・・ 」

「 ・・・ うん ・・・・ なあ?  ぼく デザート が食べたいんだけど。 」

「 ? ・・・デザート? 」

「 素麺も美味しかった♪ でもまだ腹ペコなんだ〜〜 」

「 え そうなの?? それじゃもう少しなにか作りましょうか? 」

「 ・・・ だから〜〜 き ・ み が食べたい♪ 」

ジョーはごちそうさま、と箸を置くと立ち上がり、彼女を椅子から抱き上げた。

「 ・・・ きゃ! もう・・・ ジョーったら ・・・ 」

「 いいじゃないか・・・ 愛してるよ♪ ぼくの奥さん♪ 」

ジョーは腕の中の新妻にキスをすると寝室に向かった。

「 ちょ ちょっとまって・・・ ジョー、キッチンを片付けないと・・・! 」

「 いいよ、後でぼくがやる。 まずは♪ ぼくの奥さんをベッドに御案内しないとな〜〜 」

おおらかに笑い ジョーは階段を昇っていった。

 

 

  ・・・ あ ・・・・  ああ !

 

閉じた瞼の裏に 星が流れた。 そしてそれは幾千の欠片となりキラキラと散ってゆく。

知らぬ間に 背が弓なりに反り身体の芯はまだ熱い。

フランソワーズは身体だけでなくこころにも満ちてくる快感に 思わず呻いた。

「 ・・・ どう した? 」

「 ・・・・・・・ 」

ううん・・・と首だけちょっと振り彼女は彼の胸に顔を埋めた。

「 ・・・・ うん? 」

「 なんでも ・・・ ない の ・・・ 」

そうかい ―  彼は熱い息を吐きくしゃり、と彼女の髪を愛撫する。

二人はそれきり 時折身体の中から揺れ戻ってくる熱い波に身を預けた。

― 火照った身体を寄せ合って。 ふと見上げれば引き忘れたカーテンの間から満天の星がみえる。

 

    織姫さま ・・・

    あなた達にも こんな・・・幸せが訪れていますように・・・!

 

ことん、と眠りの深遠に落ちる寸前に彼女は小さく呟いた。

 

      さわさわさわ −−−−−

 

夜風の流れに誘われて 笹が 煌く飾りが、揺れる。 ・・・ のきばに ゆれる ・・・

 

 

 

 

§ おほしさま きらきら

 

 

その年の七夕の日 ―

 

「 や!!  アタシの! 」

「 ・・・う うぇ 〜〜 ん  ・・・ ボク  ボクもォ〜〜 」

「 や! や〜 すぴかの! 」

 ・・・ ぶち。

互いに力一杯引っ張るから 折り紙の輪飾りはすぐに裂けてしまった。

でん。 ぎっちり端をにぎっていたので、すばるは反動でシリモチをつく。

「 あ ・・・ あ〜〜〜 こわれちゃったァ〜〜 え〜〜ん 」

「 ・・・ うっく  いたァ〜〜い・・・あ〜〜んあ〜〜〜ん 」

リビングはたちまち ・・・ 動物園 と化した。

 

「 !? あらあら・・・どうしたの、二人とも ・・・ たなばたのお飾りはできたの? 」

ぱたぱたぱた・・・スリッパを鳴らしフランソワーズがキッチンから駆けてきた。

「 おか〜〜さ〜ん! すばるがね すばるが〜〜 こわしたァ〜〜 」

「 うっく・・・ おか〜さん  いたァい〜〜 いたァ〜〜 」

千切れたり散らばったりした色紙細工の中で 双子の子供たちが泣いている。

 

   ・・・ やれやれ・・・ また・・・・

 

母は溜息をついて だんごになって泣いている姉弟の間に入った。

「 ほらほら・・・そんなに泣いたら可笑しいでしょう? 

 お飾りがほら・・・ くしゃくしゃになってしまうわ。 一緒に仲良く作りましょうね。 」

「 わっか〜〜 あおいのと〜 みどりのと〜 きんきんの! すぴかのなの〜〜 」

「 ・・・ボクゥ〜〜 ボクも きんきんの〜〜 」

金色と銀色の折り紙をにぎって また姉弟が鼻声になる。

たかが・・・折り紙、なのだが。  一枚づつしか入っていない金・銀の紙を

二人はとりっこしている・・・らしい。

仲良く一緒に使う、 という考えはどこからも浮かんでこないようだ。

「 それじゃね。 すぴかは金色、 すばるは銀 でどう? 」

「 や〜〜〜〜!! 」

「 ・・・ ボクゥ きんきん〜〜 きんきん〜〜が い〜 」

「 じゃ、反対。 すぴかが銀色 すばるは金。  それならいいんでしょ? 」

「「 や〜〜〜〜 !! 」」

甲高い泣き声が リビング中に響き渡る。

普段でも聴覚の鋭い母親は 思いっきり顔を顰め耳に手をあてた。

「 ああ ああ わかりました。 そんな声、出さないでちょうだい。 」

「「 は〜〜い 」」

お返事だけは いいお返事 だけど。 わかっているやらどうやら・・・

姉と弟は まだぎっちり折り紙を掴んだままだ。

「 ・・・ もう! どうしても仲良くできないのなら。  ちょっとお母さんに貸して。 」

「 あ・・ 」

するっとフランソワーズは子供たちの手から金銀の折り紙をとりあげた。  ― そして

 

   ちょき ちょき ちょき ・・・!

 

側にあった子供用のハサミで 二枚とも真っ二つに切った。

「 はい。  はんぶんコ!  ・・・ これでケンカ、お終い。 」

「 ・・・ あ〜〜〜〜 きんきん 〜〜〜 」

「 きんきん  あ ・・・ うっく うっく ・・・ 」

またまた二人は泣きべそになりはじめ ―

「 さ! それじゃゴハンにしましょ。  今日はね〜〜 お素麺よ。 

 ちゅるるるる・・・・って上手に食べれるかな〜〜 ? 」

「 おそうめん?  わ〜〜〜 すぴか だいすき〜〜 ♪ 」

「 ボクも ボクもォ〜〜〜 ちゅりゅりゅりゅ〜〜 」

「 はい それじゃお手々を洗ってきましょうね。 」

「「 は〜〜い !!  」」

またまたぐずりだした子供たちを 母は巧みにバス・ルームへとつれていった。

 

 

 冬の朝、 雪が太陽の反射でいっそう煌きを増すころ、二人の天使がジョーとフランソワーズのモトに

舞い降りてきた。

 

           島村 すぴか  島村 すばる。 

 

若い父は星の名で 初めての我が子たちを呼んだ。 

泣き笑いみたいな顔で、でも父は誇らし気に我が子たちを腕に抱いていた。

そんな彼の笑顔を フランソワーズは世界で一番ステキ! と思った。

若い両親は双子の天使を授かった幸せを噛み締めていた。

 

   けど。 天使はいつでも天使なんじゃないんだ ってことがす〜ぐにわかった。

 

以来 ― <島村さんち> は ・・・ 動物園 になった。

 

 

「 おてて あらった〜 あ!アタシ いっちば〜ん! 」

「 ボクも ボクもォ〜〜〜 」

「 はいはい・・・ ほら 二人ともちゃんとお椅子に座って?  はい・・・すぴか。 

 ほ〜ら、すぴかの好きな金糸卵とキュウリの千切りもいっしょ。 

 すばる〜  はい、ハムがいっぱいよ。 」

「 わあい♪  ・・・・ むぐむぐ〜〜 おいし〜〜 」

「 ・・・ ボクゥ〜〜 ボクゥ・・・ きゅうり ・・・ ヤダ 」

「 あら すばる。 ほら ちゅるちゅるちゅる〜〜って ? 」

「 きゅうり ・・・ ヤダァ〜〜 」

「 ほらほら・・泣かないの。 ね? キュウリ、食べれたらこのさくらんぼ、食べていいのよ?」

フランソワーズは 飾りにのっけていたカンヅメの桜ん坊を摘まんでみせた。

「 ・・・ さくらんぼ? 」

「 あ〜〜〜〜 それ! アタシの! アタシ〜〜キュウリ、食べた! 」

「 さくらんぼ 〜〜〜 ボクのさくらんぼだもん〜〜 」

「 アタシの! 」

  カチャーーーーン ・・・・

テーブルから小皿が落ちて薬味の大葉やらミョウガが床にちらばった。

「 ・・・ あ〜あ もう〜〜!  お願いだから大人しく食べてちょうだい。 」

フランソワーズは溜息を吐く気にもなれず、布巾で床を拭った。

 

   ・・・ もう〜〜 七夕どころじゃないわね・・・

   ともかく 晩御飯食べさせて お風呂、いれて。  

   早く寝かせちゃお!

   たまには ジョーとゆっくり晩御飯 食べたいもの。

 

「 さくらんぼ・・・ 」

「 はいはい それじゃもういっこ、持ってくるから。 

 二人ともちゃんと おそうめん 食べるの。 ちゅるちゅるちゅる〜 でしょ? 」

「「 はあ〜い 」」

子供たちはお返事だけは天使だった  ・・・ そう お返事だけは。

  ― ようし・・・! 

母は腕まくりをして にっこり笑った。

「 じゃ。 いっぱいゴハンたべて〜 お風呂に入って。 いいコでネンネするのは だあれかな? 」

「 アタシ!! 」

「 ・・・ボクゥ〜〜 ボクも〜〜 」

子供達は 簡単に母の攻略に乗せられた。

 

 

「 ・・・ ただいま・・・?  フラン?  もう 寝ちゃったのかな・・? 」

ジョーが こそ・・・・っとリビングのドアを開けた。

時計の針はそろそろ真上を指す頃 ・・・ ジョーはなんとか帰宅した。

彼は 今、出版社の編集部員として超〜〜多忙、かつ 遣り甲斐のある日々を送っている。

当然 帰宅は<午前様>が ほとんどなのだ。

「 ごめん ・・・ チビたちとたなばた、やりたかったのに ・・・ 

 きみともたまには一緒にゆっくりメシが食べたいのになあ ・・・ 」

彼は溜息つきつきリビングに入ってきた。

 

    あれ ・・・?

 

常夜灯だけに灯りを落としたリビング、ソファの前のローテーブルに

フランソワーズがエプロン姿のまま突っ伏して眠っていた。

テーブルの上には 色とりどりの紙細工がちらばる。

「 ・・・ ああ ・・・ これ、七夕の飾りかあ・・・ 」

ジョーは 水色の短冊を手にとってみた。

「 ? なんだ こりゃ・・・・ す・・・ ぴか? あは、こっちは すばる、かあ・・・ 」

短冊にはクレヨンの字がおどっている。 

彼の子供たちが書ける字は、まだ自分の名前だけ、らしい。

「 ふふふ・・・ 可愛いなあ・・・ 

 おい、フラン? ほら・・・ こんなところで転寝をしたら風邪 引くぞ? 」

「 ・・・ う ・・・ん ・・・ 

よほど疲れているのか、彼女の眠りは深い。 ちょい、と肩を揺すったくらいでは起きない。

「 しょうがないな ・・・ それじゃベッドまでお連れしますよ、ぼくの姫君〜 」

ジョーは よいしょ・・・と彼の細君を抱き上げかけたが。

「 そうだ ぼくも短冊・・・ 七夕さま、すいませんね。

 今年はどうも笹に飾るのは無理みたいで ・・・ コレで間に合わせてください〜〜 」

娘のくれよんを手に取ると、ジョーは短冊にきこきこ書き込んだ。

そして こんどこそフランソワーズを抱き上げゆっくりと寝室に向かった。

 

  笹の無い七夕 ・・・ でも。 星のきらめきはちゃんと短冊を照らしてくれるだろう。

クレヨンで書いた願いごとを ちゃんと・・・読んでくれるに違いない。

 

    ― 皆 しあわせに。    彼の願いはいつだって一緒なのだ。

 

そんな家族を 星々だけが優しく見守っていた。  

今夜も 岬の家の頭上には星々の河が滔々と流れる。  ・・・  おほしさま きらきら ・・・

 

 

 

 

 

§ きんぎん すなご

 

 

その年の七夕の日 ―

 

   ダンダンダン !  ドスドスドス・・・・!!!

 

「 う〜〜〜〜 なんかない? な〜〜 なんか 喰うもん〜〜 」

廊下から唸り声がきこえる。

 

   また!  もう〜〜〜 階段は静かに下りてって何百回言えばいいの?

   ・・・ったく〜〜〜 

 

フランソワーズは顔をあげるときりり・・・と眉を吊り上げた。

 

  ― ガチャ!  バタ −・・・・・ン !

 

リビングのドアがかなり乱暴に開き声の主が顔をみせた。

「 な〜〜 喰うもん〜〜あるう〜〜? 

短い金髪をガシガシ・・・掻きつつ 彼女の息子がぬ〜〜っと現れた。

とっくに背は追い越された。

チビの頃はジョーとそっくりなクセッ毛のセピアの髪は 思春期の訪れと共に母と同じ色に替わり、

最近ではちょんちょんに短く刈り込まれている。

 

  いつもにこにこすばるクン。  のんびり・おっとり・すばるクン ・・・ は。

今やどこにもでも居る、むさくるしい・年中腹ペコな男子ちゅ〜がくせい になった。

 

「 喰うもん、 ある? なんか〜〜 」

「 なんでもありますよ。 ジャガイモもタマネギもニンジンも。  」

フランソワーズはリビングのソファから澄まして答えてやる。

「 ・・・ だから〜〜 なんか〜  あ 素麺の残りとか 」

「 あれはお父さんのお夜食です。  すばるの分はとっくにアンタのお腹の中でしょ。 

 そんなことより 明日も期末テストなんでしょう? ちゃんと勉強しなさい。 」

「 う〜〜 オレさ、腹ペコで勉強できね〜〜の ねえ なんか〜〜 」

「 すぴかはコーヒーを取りに来ただけよ? 」

「 姉貴とオレは胃袋のデキがちがうの。  ね〜カップ麺、ある? 

 オレ 喰わないと〜〜明日の数学 コケるかもしんない・・・ 」

「 ・・・ はいはい わかりましたよ。 じゃ ・・・ゴハンが残っているからオムスビでいい? 」

「 いい いい!  あ・・・ツナマヨがいい〜〜 」

「 ・・・ 梅干です! 」

母は決然と言い切ると すっくと立ち上がりキッチンへ行った。

「 ちぇ〜〜〜 ・・・・? なんだ、この紙っきれ? 」

すばるは テーブルの上の紙細工に目を留めた。

「 ・・・ 幼稚園の飾りもんかよ?  」

がさがさひっくりかえし 輪飾りやら提燈みたいなものをひっぱりだした。

一番下に短冊が数枚散らばっていた。

「 ・・・ おりひめ??   あ ああ! たなばた かあ〜 」

ふう〜ん・・・と ちょっとばかりぎこちない筆跡をすばるはじろじろ眺めた。

「 あは ・・・ かあさんの字だな。  やっぱふらんす人だもんなあ・・・

 そ〜だ 願い事、書くんだよな〜  」

 

   カシカシカシ ・・・・

 

すばるは側にあったパステルで なにやら書き込んだ。

「 へへへ・・・ お願いしまっす! 」

彼は ぱんぱん・・・と短冊に向かって拍手 ( かしわで ) を打った。

「 すばる! できましたよ。 」

「 うお〜〜い・・・ 」

ぽい、と短冊を飾り物の中に放ると すばるはキッチンに飛んでいった。

 

 

  ―  キィ ・・・・

リビングのドアが そっと開いた。  し・・・んとした闇の中、ドアの軋みがやけ大きく聞こえた。

すぴかは 首だけドアから突き出した。 がしがし・・・鉛筆でアタマを掻いている。

「 ・・・ お母さん? なにかテラスに出しっぱなしだよ? アタシの部屋からちらっと見えるんだ。

 ・・・ あれ いないのか 」

もうこんな時間だもんね〜 ・・・と すぴかはするり、とリビングの中に入った。

リビングはきちんと片付いていて勿論灯りは消えている。

父はさっきやっと帰宅した模様だ。 今頃 夫婦でいちゃいちゃしているに違いない。

「 はいはい・・・まいどお熱いこって。 え〜と? テラスになんかあるんだけどなあ 」

すぴかはカラリ、とフレンチ窓を開けてテラスに出た。

   ― サワサワ ・・・  テラスの端でなにかが揺れている。

「 ?? なんか飛んできたのかなあ・・・ 」

 

     あ ・・・ 七夕 かあ・・・

 

間近まで行って、やっと気がついた。

「 あ〜 お母さんってば。 今年も作ったんだァ・・・ あはは・・・こりゃ すばるだね。 

 これは お父さん、定番だもんな〜 

 < 期末〜〜 必勝! >  < 皆 幸せに ・・・>

弟と父の文字をしばらくながめていたが 白地の短冊を手にとった。 そして。

 

        ふらんすに 行きたし!!

 

 ・・・すぴかの文字がかっきりと記された。

 

深夜の空は華やかに。 遠い星々が冷たく燃えあがっていた。 ・・・ きんぎん すなご ・・・

 

 

 

 

 

§ ごしきの たんざく

 

 

その年の七夕の日 ―

 

 

「 ・・・ただいま ・・・っと。 」

よいしょ・・・ と声をだして、フランソワーズは両手にいっぱいの買い物袋を玄関に置いた。

「 やれやれ・・・  誰もいないのはわかっていますけど ね。 」

ハア。 と一息ついてから。 彼女は大荷物をもう一度持ち上げ 

「 ―  キッチンへ! 突撃〜〜〜 行きます! 」

一家の主婦は がしがしとリビングを突っ切っていった。

 

  トントン ・・・ カタカタ ・・・・

 

やがてキッチンからは夕食の用意の音が聞こえてくる。

タマネギを刻んで 挽き肉を捌き 調味料を加え ちょびっとニンジンなんかも混ぜまして。

それが島村さんち・定番の はんば〜ぐ なのだ。

「 ・・・ふふふ ・・・ 卵くらいなちっちゃいのでも一個 全部食べきれなかったのにねえ。 」

母は いまや片手に余るほどの大きさのわらじみたいな はんば〜ぐ を幾つも調えてゆく。

「 あ〜あ・・・せっかく一生懸命作っても ・・・ 

 ねえ 美味しい?  ・・・ うん。  で お終いですもんね。 

 ふん。 いいわ もう。  すばるのには パン粉 いっぱい混ぜて増量よ!

 ジョーォ?  その分、ジョーのはんば〜ぐは お肉増量〜〜 ふんふんふん♪ 」

相変わらず、亜麻色の髪を肩の辺りで跳ねさせて フランソワーズはくるくると動く。

ぶつぶつ言いつつも ベテラン主婦はきちんとボリュームたっぷりの夕食を作りあげた。

  

   ・・・ でも。

 

高校生の帰りは遅く、 夫の帰りももっと遅く。  

結局一人で 待ちぼうけ。   TVもあまり面白くない。

「 ・・・ いいわ、もう。  飾りものも出来たし。 あとは短冊ね・・ 」

フランソワーズは リビングのテーブルに置いた箱を開けた。

 

 

先年、父とも慕っていた博士を見送った。 

高校生になった年、娘は母の祖国に留学していった。

息子は相変わらず手元にいるが、帰宅しても晩御飯が終ればすぐに自室に引っ込む。

夫は相変わらず、日付の変わる手前ぎりぎりに帰宅する。

「 ああ〜〜 一人だけの時間がい〜〜〜っぱいで 嬉しいわ。 

 ふん ・・・ 七夕さまだってわたしのお願いを独り占めしていただきます。 」

ていねいに作った短冊、 お気に入りの千代紙に半紙を貼り付け、コヨリを通した。

輪飾りも色彩よく凝った繋ぎ方をしてみた。

「 さ〜てと。  お願いごと、ね。  ふふふ〜ん だ。 今年はお習字なんかに挑戦です。 」

ささっと筆ペンを取り出したのは ― やはりフランス人、筆に墨、という発想はないらしい。

「 え〜と ・・・  なんて書きましょう? 」

 

    バターン ・・・!  だん!  ドスドスドス ・・・・!

 

玄関が開いて騒音が近づいてきた。

「 ・・・ メシ 出来てる? 」

ぬぼ〜っとボサボサの金髪アタマが入ってきた。

「 お帰り、すばる。  ただいま、くらい言いなさいよ。 」

「 ・・・タダイマ。 ねえ メシは。 」

「 はいはい ちゃんと出来てますよ。  ほら鞄置いて。 お手々を洗っていらっしゃい、すばるクン。 」

ふん・・・っと母の揶揄などハナにも引っ掛けず、それでも一応、洗面所に行きかけ ―

 

「 あれ。 なに それ。 」

「 え? ・・・筆ペンよ。 」

「 筆ペン?? なんで。 お袋、習字なんかするわけ? 」

「 そうよ。 だってお願い事ですもの。 」

「 ・・・ 願い事? あ 七夕か。 お袋ってばまだやるんだ? 」

「 ええ 勿論。 伝統行事は大切にしなくてはね。 」

「 ふ〜ん ・・・ 書けるの、それ。  」

ムスコは すっと母の手にある筆ペンを指差した。

「 え ・・・ええ 勿論!  年賀状の署名、毎年これでやっているでしょう? 」

母はすす・・・っと筆ペンを動かしてみせる。

「 ・・・ 署名って・・・お袋の場合、ただの筆ペンサインだろ〜 」

「 それでも! ちゃんと使っています。 」

「 はいはい・・・ ま〜 オレが書いてやるって。 ほら〜〜 なんて書く? 」

すばるはさっさと母の手から筆ペンを取り上げた。

「 あ あら ・・・ そう?  ( 助かったわ〜〜♪ ) 」

フランソワーズは何食わぬ顔で ムスコの隣に座った。

「 そうねえ。 あ、 まずはすばるのお願いを書きなさいよ。 」

「 う〜ん ・・・ オレのは後でいいや。  な〜 母さんのは〜〜 」

「 それじゃあ ね ・・・ 」

 

    ・・・ふふふ  < おふくろ > が < かあさん > になったわね〜

    可愛いすばるクン♪ 

 

    あらァ〜〜 つむじがみっつあるのも昔のまんま ねえ・・・

 

「 ふん ・・・え〜と ・・・・・と。 これでいい? 」

「 あら。  すばる、上手じゃない。 」

「 あのな〜〜 オレ、 弓道部。  いちお〜この夏まで主将なんス。

 オレらの世界、 筆書き、必須なんだぜ。 」 ( 作者注 : ウソ800♪ )

「 あ あら  そうなの? ふ〜ん ・・・ それじゃァね・・・ 」

「 え〜〜 そりゃ ちっと長くね?  こん中に入るか〜〜 」

二人は肩を寄せ合い、手元の小さな短冊をみつめくすくす笑っている。

「 え〜 ちゃんと入れてよ。 」

「 ・・・ったく ワガママだな〜〜 そんなんだと父さんに捨てられるぜ。 」

「 ふふん ・・・ 余計なお世話! すばるクン 」

「 ふん ・・・ ・・・・  っと なんとかギリギリ ・・・ ! 」

「 うわ、メルシ。  それじゃね それじゃね こっちにも書いて。 」

「 も〜〜  ・・・ ま いっか。 どれ? 

「 これ〜 この短冊♪ お母さんの手作りよ?  ね いいセン、行ってると思わない? 」

「 ・・・・ オレ、50年前のセンスって イマイチわかんね。  」

「 まあ〜〜この このォ〜〜!! ぺし!  」

「 いって〜〜  も〜 虐待だァ〜〜せんせ〜 おか〜さんがいぢめるよ〜う ・・・ 」

「 あら。 躾です、親としての義務ですわ。 ごん! 」

  クスクスクス ・・・・ ふふふふ ・・・・

同じ色のアタマを寄せ合って  ―  なんだか恋人同士、に見えなくも  ない。

 

   「 ・・・ 楽しそうだな。 」

 

突然の声に二人が顔をあげれば  ・・・ リビングの入り口にジョーが立っていた。

「 ?!  ジョー??? 」

「 お。 おかえり〜〜 父さん。 」

「 どうしたの??? 随分 早かったわねえ。 」

フランソワーズはムスコも短冊もほっぽって ジョーに駆け寄った。

「 たまには妻子とともに過そうと思ってさ。

 必死で仕事して定時に飛び出してくれば ・・・ 妻は若いオトコと楽しそうに笑ってた・・・ 」

「 もう〜〜 バカねえ、ジョーったら。  お か え り な さ い ♪ 」

「 ん・・・ただいま〜〜♪ んんん ・・・ 」

二人はたちまち抱き合って熱く口付けをかわす。

結婚したその日から続いている <お帰りなさいのキス> なのだ。

「 はい、どうぞごゆっくり ・・・ 異端者はひっそり去ります 」

慣れっこなムスコは苦笑しつつ 立ち上がった。

 

 

「 ・・・・ ここでいい〜〜 ? 」

「 えっと・・・ もうちょっと右。  右よ、右! すばるクン? お箸を持つほうですよ。 」

「 っかってるってば〜〜 」

「 おい ぼくが代わるよ。 」

はんば〜ぐの美味しい夕食後、3人で笹飾りをテラスに吊るした。

珍しくすばるもずっと両親につきあって リビングにいた。

「 ・・・ ねえ。 なんか ・・いいわね。 」

「 うん。  ・・・ いいね。 来年はすぴかも帰ってくるよな。 」

「 ええ きっと ね。 」

 

     ひゅるり ・・・・  

 

梅雨の名残の風が短冊をゆらして通りすぎた。  ・・・ごしきの たんざく ・・・ 

 

 

 

 

§ わたしが かいた

 

 

その年の七夕の日 ―

 

 

セピアの髪の乙女が机に向かってペンを走らせている。

机の前の窓辺には 爽やかな風がカーテンを揺らす。 

とお〜〜〜くに見えるのは あれはもしかしたらエッフェル塔?? という場所。

「 ・・・とォ〜〜 こら、大人しくしてろ〜〜  ・・・っとになあ 今時 手紙かァ〜〜

 メールじゃダメ・・・だなあ。 特にお母さんには・・・ 」

風に捲れあがるレター・ペーパーの端っこを押さえつつ、すぴかはぶつぶつ言い通しだ。

「 ま ・・・ いっか。 これ、いれとくからさ〜〜 」

彼女は封筒の中に 青々としたマロニエの葉っぱを一枚、手紙の間に押し込んだ。

 

 

  お父さん お母さん 

 

お元気ですか。  すぴかも元気で毎日、張り切っています。

お父さん、 お父さんトコの雑誌、こっちでも結構ウケてるよ〜〜 

お母さん  短冊 メルシ。 マロニエの葉っぱ、取ってきたよ、七夕に飾ってね。

・・・ 愚弟よ!  了解。  落第すんな。  賢姉より。

 

 

あっと言う間に書き終えると 彼女は封筒を持って ・・・

「 さてと。  行ってきま〜す。 アタシも落第しないよ〜に頑張りまっす♪  」

 

 ― すぴかのバッグの中には 分厚い封筒がちょこん、と入れてある。

 

 

 

  すぴかさん

 

元気で頑張っていますか。

 

 

いつも、 彼女がこの国に来たその年から いつもその言葉で母の手紙は始まっていた。

大判の薄紙に丁寧な文字、優しい日本語の文章が続く。

家族のこと、家の庭のこと、 天気のこと。 そして  ・・・

 

 

ほら、すぴか達が幼稚園のころに種を植えたビワ、 今年もたくさん実が生りました。

来年は 食べに帰っていらっしゃいね。

この手紙、 7日に着きますように・・・ お母さんのつくった短冊を同封します。

七夕に飾ってね。  

 

 

すぴか。 またお父さんとデートしよう〜〜 フリフリのドレスじゃなくてもいいから!

沢山学んでこい。 頑張れよ。

 

 

 アネキ

来年は戻ってこい。 オレ、多分卒業できるから。  じゃな。  愚弟より    

 

 

母から 父から  そして すばるからも・・・ 家族の気持ちがぎっしりと詰まった手紙 ―

すぴかはバッグの上からそう〜っとなでてみる。

この街での暮らしもう 随分になる。  

カフェのすみっこで すぴかは はあ〜〜〜・・・っと深呼吸、うす水色の空を見上げた。

「 ・・・ 大丈夫。 ちゃんと帰るよ、すばる。 

 やっぱあの坂道の上の家にはさ、家族皆がいなくっちゃな。 

 ・・・ お父さんたちが ・・・ いる 間に。 ちゃんと帰る から さ ・・・ 

ごそごそバッグをさぐり 彼女は母手製の短冊を引っ張り出す。

「 これだけでも飾っとこ。  えっと ・・・ 願いごとはァ ・・・ 」

 

   ― 皆 しあわせに。   父の定番 が自然にペンの先から流れでた。

 

巴里の空のした ・・・ 星祭の日、たった一枚の短冊がゆれる。  ・・・わたしが かいた ・・・

 

 

 

 

§ おほしさま きらきら  そらから みてる

 

 

 

その年の七夕の日  ―

 

「 お出掛けですか。 島村さま ・・・ 」

フロントのカウンターから マネージャーが声をかけてきた。

すっきりしたクルージング・ウェアを纏った若いカップルが 笑顔で振り向く。

「 ええ。 小型のクルーザーをレンタルできたので・・・ 湾内でも巡ってきますよ。 」

若い夫は ね? と新妻を振り返る。

「 わたし、すご〜く楽しみなの♪ ハワイの海は本当にきれいなんですもの。 」

きらきら・・・彼女の亜麻色の髪が 夕方の光を集めて輝く。

彼らは このリゾート・ホテルのロイヤル・スウィートに宿泊しているカップル ・・・

ハネムーンにやってきたのだ という。

身なりや雰囲気から 欧州のどこか名門の子弟に違いない、と支配人は見当をつけていた。

「 そうですか。 ここは海流も穏やかですからね、どうぞ夕暮れのクルージングを お楽しみください。  

・・・おや。 奥さま それは? 」

「 え? ああ これ? ふふふ ・・・ ジョーが  あ しゅ 主人が 教えてくれたの。

 今日は 日本では たなばた って星のフェスティバルなんですって。

 これは その飾りなの。 」

 

    カサ ・・・・

 

小さな笹の枝に 色紙が数枚と不恰好な折り紙細工が下がっている。

「 ああ 七夕ですね。 いいですねえ〜 それじゃ星と一緒に熱いデートをどうぞ。 」

「 ふふふ・・・ありがとう♪  ジョー、行きましょ。 」

「、ああ。  じゃ ・・・ 」

二人は腕を組んで仲良くヨット・ハーバーの方へ歩いていった。

 

 

 

   ちゃぷん ・・・ ちゃぷ ちゃぷ ちゃぷ ・・・・

 

小型のクルーザーはゆっくりとローリングしている。  ・・・大分 沖まで出た。

「 ・・・ いい星空ね ・・・ 」

「 ああ ・・・ 満天の星 って感じだな。 」

ジョーとフランソワーズは 舳先に寄り添い空を見上げている。

「 でも。 ウチのテラスからの景色には 敵わなくてよ? 」

「 ああ そうだね。  あそこからの景色は ・・・天下一品だもの。 」

「 ・・・ 皆 ・・・ 見てるかしら。 」

「 ああ 見てるさ。  七夕 だもの・・・ 」

「 笹飾り ・・・ 作っているわよね ・・・ 」

「 ああ 皆でね。  ウチの定番じゃないか ・・・ 」

「 そう・・・ね ・・・ 」

「 ・・・ そうさ ・・・ 」

 

二人が <お別れ> してから ・・・ 何年経ったことだろう。

もうすっかり、若いカップル としての生活に慣れてしまったけれど、

折に触れ 想いを馳せるのはやっぱりあの地で暮らした至福の日々なのだ。

 

      ― ちゃぷん ・・・

 

フランソワーズはずっと手にしていた、笹の一枝を波間に流した。

「 ・・・・ これ ・・・ 潮の乗って あの入り江まで届くといいな・・・ 」

「 届くさ ・・・きっと ね ・・・ 」

「 そう ね・・・ 」

流れる笹にゆれる短冊 ・・・ 書かれた願いはいつもひとつ。

 

      ―  皆 幸せに 

 

満天の星のもと、ジョーとフランソワーズは寄り添ったまま、いつまでもいつまでも

東へと流れてゆく潮路を追っていた。

 

      おほしさま きらきら  そらからみてる    ・・・ 空から 見てる ・・・

 

 

 

   

   *******  ちょっとだけ おまけ  *******

 

 

「 あ〜〜〜!  すぴかおばちゃま!  ジュンちゃんってばビワの樹に登っちゃった〜 」

少女の甲高い声が 庭にひびく。

「 あ〜れま。  ジュン! また降りれなくなっても知らないわよ! 」

「 へ〜きだも〜〜ん・・・! 」

「 まァちゃん、 短冊、つるせた? 」

「 ウン。 あと・・・ お父さんの。  おと〜さ〜ん! 」

「 おう、すまん。  ・・・ ほら これでいいだろ。 やっぱテラスにつるすか〜 」

「 すばる、俺がやるよ。 」

「 お義兄さん、 ほら 脚立です。 」

「 あ〜〜 歌帆さん、ありがとう!  すぴか〜〜押さえててくれよ。 」

「 へいへい ・・・  あは やっぱウチの七夕はこれが定番だね。 」

「 おか〜さん! ビワ! とってきたよ〜〜 」

「 お〜〜 すげ〜な ジュン! お前のおっかさんよか木登り、うまいな! 」

「 さあさあ ・・・ そろそろゴハンにしましょう〜〜 」

「 うわ〜〜い♪  ジュンちゃん、お手々 洗ってこよ♪ 」

「 ウン♪ 」

わいわい がやがや ・・・・ 岬の家は今も賑やか。

ゆれる笹の葉さらさらと 結んだ短冊に記した願いは いつだっておなじ。

 

       そう ・・・  みんな  しあわせに ・・・

 

 

 

**********************    Fin.   **********************

 

 

Last updated : 07,05,2011.                            index

 

 

 

***********     ひと言   **********

七夕によせて ・・・ 【 島村さんち 】 の ミニ・ヒストリー ・・・かも。

どんな想いで 星を見上げますか?