『  さくら夜話  』

 

 

 

わたしは・・・ううん、わたしもジョ−も。 あの花に酔ったのかもしれない・・・

 

やっとジョ−が身体を離してくれたとき、朦朧とした意識の隅でフランソワ−ズはちらりと思った。

霞んだ視界の奥で 今も白い影がふわふわと散り敷いてゆく。

 

・・・ あの花は 美しすぎるわ。 禍々しいほどに ・・・

 

 

 

昼間、今まさに見頃を迎えた桜の杜を ギルモア邸在住のメンバ−で訪ねた。

都心の有名地ほどではないが、地域の人々が三々五々つどい静かに春の盛りを愛でていた。

大人の<豪華花見弁当>に舌鼓をうち、皆で年に一回の春の饗宴を楽しんだ。

 

 

「 ・・・フランソワ−ズ? どうしたの、こんな時間に・・・ 」

「 あ。 ジョ−・・・ 」

 

ジョ−は たまたま通りかかった玄関ホ−ルでコ−トを羽織っているフランソワ−ズを見つけ

驚いて声をかけた。

夜のお茶も終わり、それぞれが自室へ引き取った後である。

そろそろ日付も変わる頃だ。

 

「 あの、ね・・。 忘れ物をしちゃったの。 」

「 忘れ物? どこに。 」

「 ・・・昼間の、あの桜の杜。 ちょっと取ってくるわね。 」

「 ちょっとって・・・。 もう夜中だよ? そんなに大事なもの?」

「 ええ・・・あの。 スカ−フ・・・ ジョ−に貰った・・・あの桜色の・・・ 」

「 ・・・フランソワ−ズ ・・・ 」

大きな眼をさらにいっぱいに見開いた真剣な眼差しに ジョ−は思わず笑みがこぼれた。

「 また買ってあげるよ・・・って言ってもダメだよね。 ・・・いいよ、一緒に行こう。

 車、出すからちょっと待っててくれる? 」

「 ジョ−・・・ ありがと・・・ ごめんなさい・・・ 」

コドモみたいに紅潮させた頬が可愛くて、ジョ−は腕を伸ばしてくしゃり・・・と彼女の髪を撫でた。

「 別のスカ−フを持っておいで。 まだ、夜は冷えるよ 」

「 ええ。 待っててね! 」

ぱたぱたと駆けてゆく彼女の背に 亜麻色の髪がゆたかに揺れていた。

 

 

 

「 ・・・え〜と。 どの辺だったかなぁ・・・。 暗いと別の場所みたいだね。 」

「 そうね・・・。あ、ジョ−、あの角を曲がったはずよ。 そう、あの大きな樹があるとこ。 」

「 さすが・・・ナビゲ−タ−はお任せだね。 ああ、ここだ。 」

「 そうよ。 ・・・わ・・・あ・・・ 」

きちんと車が停まるのを待ちきれずに、フランソワ−ズは助手席から外へこぼれ出た。

 

「 ・・・ すご ・・・・ い ・・・ 」

「 ・・・ ああ。 なんか・・・闇が白いね。 」

 

数時間まえ、華やかな色彩と陽気なざわめきに満ちていたそこは

いま、しん・・・として物音ひとつしない。

そして。 

その静寂の闇の中に 花々は白い炎となって静かに咲き誇っていた。

 

「 昼間と同じ樹だって思えないわ・・・ 」

「 ・・・うん。 吸い込まれそうだ・・・ 」

ジョ−はひときわ見事な大木の根方に歩みよりじっと枝先を見上げている。

 

 ・・・ やだ ・・・! 樹が・・・ ジョ−を!

 

フランソワ−ズには 老いた樹が白い腕を広げジョ−をその身体に

抱え込み、取り込んでゆく・・・ように感じられた。

それは春の夜が映し出した幻影・・・だったのかもしれない。

しかし 

花びらは ジョ−の上にほろほろとその華麗な姿を散らし続けている。

 

コレハ ワタシノモノヨ  モウハナサナイワ

 

 

 

「 ジョ−!! 」

「 なに? どうしたの、急に大きな声だして・・・ 」

「 ううん・・・なんでもない。 ね? もう帰りましょう。 スカ−フもあったし・・・ 」

「 ああ、そう? ・・・じゃあ、戻ろうか。 」

「 ええ。 ・・・ここはなんだか少し寒いわ。 あら、花びらがこんなに。 」

なぜだか酷く気に障って フランソワ−ズはジョ−の背に髪にまつわる白い切片を

神経質に払い続けた。

「 ・・・もういいよ。 さ、帰ろう。 」

「 ・・・ そうね。 」

 

 

「 あの・・・ありがとう、ジョ−。 」

「 ・・・え? ああ、スカ−フ、あってよかったね。 」

「 うん。 ・・・ お休みなさい。 」

「 ・・・・・・ 」

「 ・・・・ あ・・・! 」

お休みのキスに寄り添ってきた彼女の身体を ジョ−は抱き上げると

そのまま黙って自室へと抱きかかえていった。

 

普段より遅くなった寝床で、ジョ−はいつになく激しく執拗に 彼女を貪った・・・

普段から口数の少ない彼なのだが、その夜 彼はほとんど無言だった。

 

・・・ジョ− ・・・・!

 

熱い彼の唇に 指に 彼自身に

フランソワ−ズは ほんのすこしいつもとは違う粘っこさを感じていた。

・・・重いわ、ジョ−。 ・・・そう、あなた周りの 空気が重い・・・

ジョ−・・・ あなた、なにを思っているの・・・・

 

春の夜も 案外と早く明けるものだ、とフランソワ−ズはぼんやりと感じていた。

 

 

 

 

・・・ふう・・・

自分にもよくわかならない衝動に ジョ−は自分自身を持て余していた。

乾いた咽喉を潤すように ごくごくと彼女を貪り求めたあと、

ジョ−は 隣に打ち伏す白い肢体をぼんやりと眺めた。

 

・・・ こんなコトって・・・ 前にもあったよな・・・

 

気だるい充足感が ゆっくりと眠りの淵へとジョ−を導く。

 

ああ・・・そうだ。 さくら。 ・・・・ あの時も 咲いていた・・・

さくら。

あの・・・ ヒト ・・・。

 

 

 

**** ジョ−のひとり言 

 

 

 

陽気のせいだったのかもしれない。

なんだかよくわからないけど、もやもやしたモノが身体の中から沸きあがってきて

それでいて 首筋からは妙にすうすうした空気が忍び込む・・・

そんな アンバランスな感覚にぼくは妙にイラついていた。

 

遅い夕闇にまでイライラして ようやくネオンが映える頃に繁華街へと這い出した。

・・・ちっ。 ナンだってんだよ・・・!

いつもの街は ・・・ その日妙にうきうきしていた。

群がり通りすぎる人々が何とは無しに 陽気に足取りも軽く行き来している。

それは 週末の賑わいとか酔った果てのバカ陽気とも・・・違っていた。

 

っるせ〜な。 ・・・花見ィ? それっきりのコトでぎゃあぎゃあ騒ぐな!

 

いつもならその淫猥な陰に身を潜めかろうじて自分の居場所を確かめていたぼくは

明るい雰囲気が流れる街に、人々にうろたえ怯えさえもしていた。

 

 

  − ちぇ・・・・!

 

 

まさに最悪の夜だった。

日付もとうに変わり 眠らないこの街がそれでもほんの少しまどろむころ、

ぼくは裏通りの端で ひざを抱えてぼんやりと闇を見ていることしか出来ない状態だった。

 

出だしが悪かったせいかナンパしたコには体よくかわされ、わざわざ拾った喧嘩も

ヤバい相手で逃げ出すのがやっと。

喰らったパンチで唇の端が切れ、腫れ上がってきている。

とっとと帰って時化た寝床でも 早々に潜り込んだ方が得策だとわかっていながら、

ぼくはそのまま・・・ただじっと座り込んでいた。

・・・ どうにでも。 このまま・・・消えてしまいたい・・・

顔の半分だけがずきずきと脈うち 逆に身体はきしきしと冷えていった。

動けない。

指の一本も 鉄くずが絡んでいるみたいに重くてあがらない。

冷気が道路から這い上がり絡みつき、ぼくの身体を雁字搦めに押さえ込んでゆく・・・

 

 

・・・ふわ・・・

 

 

意識と一緒にぼやけていた視界に 白っぽいモノが写った。

ふわふわと頼りないソレは ゆっくりと蹲っている僕に近づいてくる。

 

あ・・・ いい匂い・・・だ・・・  

 

甘い、でもちょっと湿った匂いがとろり・・・と漂ってきた。

 

 

・・・具合、悪いの。

・・・ え・・・ ?

・・・ちょっと、あんた、すごい熱よ?

・・・ え ・・・

 

凍り付いていると思っていた額に 白く冷たいモノが触れる。

・・ああ。 いい気持ちだ・・・ ひんやりして。

立てる? さあ、ちょっと頑張って・・・

・・・ え ・・・

いい? ほら・・・

 

無理矢理、道端から引き剥がされ、ぼくはそのなんともよくわからない

白い影、いい匂いのする影に支えられぎくしゃくと 歩き出した。

 

 

 

 

・・・・あ。

ゆらゆらと自分を取り巻いている世界が心地よくゆれている・・・ような気がした。

なにかとても暖かい・まったりしたモノの中から ぼくはぼんやりと見ていた。

なにを・・・?

ああ、あの白い影だ・・・。 

全然解っていないのにひどくそれは懐かしくて。

そんな、とうの昔に忘れたと思っていた言葉が 突然、でもごく自然に口に上った。

 

   ・・・・・ おかあさん 

 

 

「 ああ・・・ 目、醒めた? 気分はどう? 」

「 ・・・あの・・・ オレ・・・?」

「 ふふ・・・あんた、ウチの店の前でぶっ倒れてたのよ。 」

「 あ・・・ 喧嘩してそれで・・・ 」

「 すごい熱だったわ。 さっき解熱剤飲んだの、覚えてない? 」

「 ・・・いや・・ あの、すんません。 迷惑かけて・・・ 」

「 コドモがませた口きいて・・・ え? 」

白い指が伸びてきて ふぁさ・・・・っとぼくの前髪を梳いた。

 

「 ・・・ 柔らかいのね。 綺麗ないろ・・・ 」

「 ・・・・・ 」

「 え? なに? 」

 

 − なに すんだよ・・・!

 

ありったけの力を目に集めて − 身体はてんで言うことを利かないし − 睨み返した。

 

 − なに みてんのよ?

 

微笑を含んだ声が響くと次の瞬間 ぼくにいい匂いのする帳が覆いかぶさってきた。

 

 − あんたが  ほ し い わ・・・

 

白い闇がふわりと宙に舞い、もっと白くすべすべした・生暖かいモノがぼくを押さえ込んだ。

ぱさり・・・

なんだか妙に冴え冴えとした感覚でぼくは薄紅いろのモノが床に落ちるのを見ていた。

キモノ・・・?

桜いろの地に花びらが濃淡で染め抜いてある長襦袢が カノジョの足元に落ちた。

 

 

勿論、その時までにぼくは何人かの女のヒトをしっていた。

行きずりの同年代もいれば そのテの年上もいた。

・・・けど。 

みんな遊びで お互いの鬱屈を勝手にぶつけ合っていたに過ぎない。

・・・ナアンダ。 オンナナンテコンナモノカ・・・

当初の好奇心が一応治まるとぼくは異性に対してひどく褪めた感情を持つようになった。

 

・・・オンナナンテ ミンナオナジダ。

 

 

だから、オンナのひとがこんなに暖かいなんて。 こんなにいい匂いだなんて。

だから、抱かれることがこんなにキモチいいなんて。 ・・・こんなに安心するなんて。

ぼくは。

そのとき、初めて 知った。

 

・・・暖かかった。 ぼくは ただ、ひたすら僕自身を呑み込んで抱きしめる

甘美で暖かな罠に 自分から飛び込んでいった。

そして

甘い底なし沼にも似た深い淵に かまわずこの身を沈めた・・・・

 

熱く 甘く 激しく  

ぼくが身を任せたそれは ぼくを果てしない快楽の奈落に突き落とした。

 

・・・欲しい・・・ ほしい ・・・ オマエガホシイ ・・・

 

熱くうねる波間から潮騒のようにひびく その囁きにますますぼくは昂まり

やがて

ぼくの情熱のありったけを 放った・・・・

 

 

 

それは高い熱が見せた幻覚だったのかもしれない。

次に眼を明いたとき、ぼくは薄汚れた自分の部屋の天井をじっと見上げていた。

どこをどうやって戻ってきたのか・・・

記憶はまったくなく、上がり口に脱ぎ散らばしてあったスニ−カ−の底に

桜の花びらとおぼしきモノが数枚 泥まみれになりこびり付いているだけだった。

 

・・・ 夢 ・・・?  さくら・・・?

 

 

 

 

 

「 え? この植え込み? ・・・さあ。ずいぶん前からあると思うけど・・・ 」

「 ここにかい? 店、ねえ・・・。 ウチもココに長いけど、あそこはずっと樹が植わってたと思うよ。 」

おぼろげな記憶を頼りになんとか探し出したあの路地で ぼくは人々の答えに呆然としていた。

 

・・・植え込み。 店なんかなかった・・・。

 

 

あの街を再び訪ねるには 数年がかかってしまった。

その間に ぼくはまったくの別の人間 − 人間と言うのが許されるのなら − として

生きてゆく羽目になっていたのだが・・・。

それでも 幾分か余裕を見出したころ、ぼくはやっとのことでソコに足を向けたのだ。

 

相変わらずごみごみとした酔客めあての繁華街の隅で ぼくが見つけたモノは。

ひっそりと生えていた ・・・ 桜の樹。

 

 

・・・ さくら ?

 

 

季節も盛りだというのに、あまり色艶の良くない花をちらほらとつけているその樹を

ぼくは いつまでもただ黙って見つめていた。

 

 

ひら・・・ 

風に乗った花びらが ぼくのほほをかすめて・・・散っていった。

 

 

 

 

***** フランソワ−ズのひとり言

 

 

 

夜桜。 舞い散る花吹雪。

『 ジゼル 』 がこの国の物語なら。 きっとこの花の許で踊るはず。

初めてこの国で 桜を見たとき、わたしはすぐにそう思った。

 

 

偶然に夜桜見物をした夜、あなたはちょっとヘンだったわ。

わたしだって・・・あの風景の中のあなたが なんだか恐かったのだけど。

・・・ベッドの中の 無口なあなたはもっと・・・恐かった・・・。

 

疲れ果て いつもなら朝まで夢も見ないで眠るのに、

なにかがわたしを 揺り起こしたの。 ・・・ なに ・・・?

夜着が汗で気持ちわるく肌にまとわり着いているわ。

 

あれは・・・ なに。

 

・・・あれは、 あなた?

 

そっと首をめぐらせ、すぐ脇にある見慣れた寝顔をつくづくと見つめた。

ちょっとクセのある鳶色の髪を額に散らばせ、あなたは穏やかに眠っている。

男には惜しいみたいな桜いろの唇から 通った鼻筋から 規則正しい寝息がもれる。

 

・・・ ジョ−。

 

唇だけをうごかして、そっとあなたの名を呼んでみたわ。

あなた、ここにいるわよね。

あなた ・・・・ 生きて わたしのそばにいるわよね・・・。

そう。

あれは ・・・ ただの夢。 いたずらな春の夜が見せた・・・ただの夢。

 

   でも。

 

あれは ・・・ あなた だった。

そう。

あれは ・・・ 目を閉じ すべての機能を停止させ すべての記憶を消し去り

ひっそりと横たわる、赤い影・・・

そう。

あれは ・・・ あなた。

 

 

花びらが しずかにしずかに・・・でも見えない音をたてて散ってゆくわ。

吹雪のように 闇をほの白く染め

淡雪のように 地をほんのりと白く覆い・・・

そこに斃れている赤い影を ゆっくりとすこしづつ。 でも確実に 埋め尽くす。

 

そうね。

 

あれは、 あなた。   あれは、 わたし。

 

ほら。見えるでしょう?

斃れたあなたを わたしは優しく包み込み抱きこんで

あなたのすべては わたしのもの。

 

あなたの上に 花びらの経帷子を広げて

あなたの上に たくさんの根をめぐらして

あなたのすべてを 吸い尽くして

あなたのすべては わたしのもの。

 

わたしは あの花の樹になって 

あなたの全てをとりこんで あなたの全てを同化して

わたしは あの花の樹になって

だれよりも どこよりも。

素晴らしい花を咲かせ あなたの花を永遠の散華にしてふりまくわ。

 

 

・・・・渡さない。

 

彼は わたしのもの。 絶対に 絶対に どんなことになろうとも・・・

彼のすべては・・・わたしだけのもの・・・!

 

 

・・・ねえ、ジョ−。 やっぱり 桜の樹の下には。 屍体が埋まっているのよ・・・・

 

 

 

 

 

その夜、 時ならぬ小さな嵐が吹き抜け この地域の桜は短い花の季節を終わらせた。

 

 

*****   Fin. *****

Last updated: 04,11,2005.                    index

 

 

***  あと書き   by  ばちるど  ***

某素敵絵師様宅のオエビでのますたぁ描くところのジョ−君に

書き込ませて頂いた拙文が妄想のモトでございます。

暗いですね〜この二人。(^_^;) 新ゼロも顔負けかしら・・・

ちょうど今夜、外では風に桜が舞い散っております。