『 あなたの娘 きみの息子 』

 

 

 

 

 

・・・ やるわ。

 

彼女はきゅっと唇を噛み締めた。

状況は ほぼ絶望的。 このままでは完全に < 負け > である。

それなのに、味方は ・・・ いない。 ひとりもいない。

そう・・・ 皆・・・ 懐かしい皆・・・・

誰もが全力を尽くしたが いま、その姿を見ることはできない。

彼女だけが 彼女しかこの闘いの場に残っているものはいない。

彼女の他にはこの地を蹴って前へ進めるものはいないのだ。

今、彼らの運命はすべて彼女の細い肩にかかっている。

 

やるわ。 ・・・ 絶対に。 

 

彼女はぶる・・・っと頭を振ると、誰もいない荒涼とした地をしっかりと踏みしめた。

乾いた風が 亜麻色の髪をそよがせて吹き抜けてゆく。

今日は 決意もこめて一つにしっかりと括った。

首の周りで黄色い布が揺れている。  

これも ・・・ 今日で最後。

彼女はそっと その布に手を当てた。 

ご苦労様。 ありがとう・・・さあ・・・ 一緒に行こうね。

 

見てて。  皆の分も ・・・ 頑張るから。

 

吹き荒ぶ埃に乗って遠くから聞こえるあれは ・・・ 潮騒か・・・

一瞬目の裏になつかしい海辺の邸が蘇る。

 

みんな。 ・・・ 大丈夫よ、最後までやりぬくわ。

 

真昼の太陽は容赦なく彼女に照り付けている。

砂埃を上げてヒトが一団となって通り過ぎていったが

誰ひとり、彼女に注意を払うものはいなかった。

これから彼女の孤独の闘いが始まる。 

どんなに絶望的であっても必ず ・・・ 勝ち抜く。  約束したもの。 私、負けない。

 

・・・ よし、任せて。  ・・・ あとは 勇気だけ・・・!

 

必死の足音が近づいてくる。

彼女は道の彼方にじっと目を凝らす。 しっかりと耳を澄ます。

苦しい息遣いが 必死の形相が ・・・ とびこんできた。

あなたのためにも。 そう、勿論みんなのために。 やるわ、私 ・・・ !

 

   さあ ・・・ いいわよ!

 

 

「 ・・・ お ・・・ お願い〜〜〜! すぴかちゃんッ!! 」

「 まみちゃん〜〜 ! オッケ−!! 」

 

バトンを受け取ると彼女は全力で走り始めた。 そう ・・・ まるで飛ぶがごとく。

 

 

     

 

 

「 お父さ〜ん! お弁当とポットと〜オヤツと〜レジャ−シ−トも!

 忘れないでね! いい? 」

「 お父さん、お父さん〜〜〜 遅刻しちゃだめだよ。

 ね、僕、三番目の ときょうそう と 七番目の たまいれ と ・・・ それから 」

「 すばる〜〜 行くわよ! ほら〜〜〜 早くしてよぉ〜〜 」

「 あ・・・ う、うん。 僕のスニ−カ−・・・ あ、あった。 」

「 もう! ほらほらバスが来ちゃうよぉ〜〜 」

「 うん、すぴか・・・ ごめん・・・ おと〜さ〜ん、行って来ます〜〜 」

「 行ってきますッ! お父さん! 」

元気のいい二色の声が玄関でぴんぴん響いている。

ガチャリ、と磨きこまれた木製のドアが開く。

 

「 お〜い! 待ってくれ、二人とも。 」

「 いってきます〜〜〜 !!! 」

「 ・・・ はい、はい。 行ってらっしゃい。 気をつけるんだぞ。 」

「「 うん! じゃ〜ね〜 ばいば〜い 」」

亜麻色とセピア色と。

二つの色違いの頭が 元気にギルモア邸の門を出ていった。

 

・・・ ふう。 やれやれ・・・

おっと。 のんびりしてるヒマはないんだっけ。

 

ジョ−は門のところで双子を見送るとつっかけを鳴らして玄関に引き返した。

そうなのだ。

こらから朝御飯の後片付けをして、博士秘蔵の植木たちに水遣りをし、

そして 山盛りの荷物を担いで・・・ 出発しなければならない。

時間は迫っている。  今日は絶対、絶対に遅刻なんかできないのだ。

 

そう。 今日は 島村さんちの双子が通う小学校の運動会なのである。

 

 

 

 

ふ・・・っと 部屋の空気が動いた気がして ジョ−はぼんやりと目をあけた。

習慣的に隣へ伸ばした手は いつもの手ごたえを捜して宙に浮いてしまった。

 

   ・・・ あれ ・・・? フランソワ−ズ・・・?

 

ジョ−の意識はやっと半分くらい目を醒ましだした。

薄明かりの寝室の中、時々亜麻色の髪がきらりと光って見える。

「 ・・・ もう ・・・ 起きたの・・・ 」

「 あら。 ごめんなさい、目が覚めてしまった? 」

もぞもぞとシ−ツから乗り出して、ジョ−は枕元の目覚まし時計を確かめる。

「 ・・・ う? ・・・ おい、まだ4時半だよ? 」

「 ええ。 間に合うかしら。 頑張らなくちゃ。 」

「 間に合うって?? 」

「 だって。 今朝はお弁当を作って朝御飯も用意して ・・・ 

 それで8時前には学校に行かなくちゃならないのよ。 」

「 あ・・・ そっか。 今日 運動会・・・ きみ・・・役員さんだっけ 」

「 そうよ〜〜。 ジョ−? お寝坊しないでちゃんと起きてね?

 子供たちを送り出したら、後片付けと・・・ そうだわ、博士の植木にお水、あげて。 」

「 了解。 ・・・ なあ、 あんまり無理するなよ? 」

「 ふふふ・・・ 大丈夫。 わたしも楽しみなんだもん。

 え〜っと。 今日のお弁当はね・・・ふふふ・・・ 海苔巻き♪ 」

フランソワ−ズはきりり・・とエプロンの紐を結んで、ベッドからぼ〜〜っと見ているジョ−に

キスをひとつ。

「 それでは。 戦闘開始です♪ 」

「 ・・・ 健闘を祈る・・・! 」

「 あなたのミッションを忘れないでください! 」

「 らじゃ・・・ 」

ひらり・・と亜麻色の髪を翻し、ジョ−の大切な奥さんはとっとと寝室を出ていってしまった。

 

  ・・・ 綺麗だよなあ ・・・ う〜〜ん ・・・ そそられる・・・

 

時間さえあれば もう一度ベッドに引っ張り込みたい気分だよ・・・

ジョ−は昨夜、この腕で喘いでいた白い艶やかな肢体を想い浮かべ 熱い溜息を吐いた。

・・・ あ〜ああ ・・・ まだ ・・・ 5時前だろ・・・

ぼわぼわ・・・とアクビをひとつ。

フランソワ−ズの残り香に包まれ 島村さんちのお父さんは極楽気分でまた寝入ってしまった。

 

 

「 お父さんッ! おと〜〜うさん! 起きて〜〜 」

「 お父さ〜〜ん! 遅刻するよ〜〜 」

 

「 ・・・ う ・・・ 今日は ・・・ 土曜だろ・・・ 」

 

「 お父さんってば! 今日は運動会なのよっ! 」

・・・ いっけね!

ジョ−は一瞬にして目が覚めてしまった。

お寝坊しないでね。 朝御飯おねがい、後片付けと植木の水やりと。

フランソワ−ズの声がたちまち脳裏に蘇った。

 

「 ご、ごめん! すぐ 御飯つくるから・・・! 」

「 もう御飯食べちゃった。 すばるとアタシ、行くからね。

 お父さん、ちゃんと かいかいしき までには来てよね。 」

「 お父さ〜ん、行って来ます〜 」

すばるとすぴかが すっかり出かける準備をすませて飛び起きたジョ−の前に立っていた。

「 お前達 ・・・ 朝御飯・・・ 」

「 食べたよ〜 お母さん、ちゃ〜んと用意していったよ。 」

「 ・・・あ ・・・ そ、そうか・・・ 」

「 じゃね、お父さん。 いこう、すばる。 」

「 うん。 お父さん、行って来ます〜〜 」

起き上がった父をみて、双子はそのままぱたぱたと玄関へ駆けていってしまった。

 

「 お、お〜い、ちょっと待って〜〜! 」

ジョ−は纏い付くシ−ツからやっと脱出すると、手あり次第に服を着込み

大急ぎで娘と息子の後を追ったのだった。

 

 

・・・ ああ。 危ないトコだった・・・

キッチンに戻って、ジョ−は食卓の前にどさり、と座った。

テ−ブルの上には ジョ−のマグカップとラップのかかったサンドイッチ。

そして 端っこにはポットと大きな包みがふたつ乗っかっている。

 

・・・ごめん、フランソワ−ズ。

きみって ぜ〜〜んぶきっちり用意して 朝御飯まで作ってくれたんだね。

すごいよ。 本当にきみは ・・・ ス−パ−お母さんだ。

 

ジョ−はしみじみとサンドイッチを齧り出し・・・ はっと気がついた!

そ、そうだよ!

のんびり食べてる場合じゃないんだ!!!

後片付けと植木に水をやって ・・・ わ!こんな時間!! 開会式は何時だっけ?

 

それでもしっかりフランソワ−ズ特製のサンドイッチをもぐもぐしつつ、

ジョ−は猛然と彼の <ミッション> の遂行にとりかかった。

 

 

 

「 ・・・ 欠席しては拙いかのう ・・・ 」

「 博士 ・・・ 」

「 なに、わしひとりくらいおらんでも、無事にコトは運ぶじゃろう。 」

「 だめですよ、博士。 ドタキャンは厳禁でしょう? 」

「 ・・・ う ・・・ 風邪を引いたとか ・・・ そうじゃ! 卒中でひっくり返ったことにしよう! 」

「 冗談じゃない、縁起でもないコト、言わないでくださいよ。

 ほら・・・ 前々からの予定ですし。 どうぞ行ってらっしゃい。 」

「 ワシにとっては! 学会なんぞよりチビさん達の運動会の方が

 何百倍も大切なんじゃ! 」

ギルモア博士は憤然としてソファから立ち上がった。

本気で 顔を真っ赤にしている博士に、ジョ−はほとほと困り果てていた。

 

島村さんちの双子達、運動会のちょうどその日は博士の学会と重なってしまった。

ギルモア博士はひっそりとこの国の片隅に暮らしているが、研究には日々邁進している。

そしてごく稀に本当に年に1〜2回、ほんの内輪の、実はその分野最先端の学会に顔を出していた。

今でも博士はバリバリの現役、生体工学界の第一人者として学会の重鎮なのだ。

 

その博士がドタキャンも辞さない構えなのである。

 

「 まあ、博士ったら・・・ 」

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」

紅茶のいい匂いと一緒に フランソワ−ズがトレイを捧げてリビングに入ってきた。

「 皆さん、博士をお待ちですよ。 それに今回は博士が主幹事じゃありませんか。 」

「 それは・・・ そうなのじゃが。 なに、あんなモノ、来年に延ばしたらいいんじゃ。 」

「 博士、運動会は来年もありますから。 」

「 いいや! 三年生の運動会は一生に一回っきりじゃ。

 ワシは ・・・ 元気なチビさん達の姿をこの目で、生でみたいんじゃ。

 ・・・ チビさん達からエネルギ−を貰える気がしてな。 」

「 博士。 あの子達はいつもお側にいますよ。 

 ジョ−がちゃんとビデオを撮っておきますわ、それに・・・ 」

フランソワ−ズは博士のテイ−・カップに香り高い紅茶を注いだ。

「 どうせイヤっていうほど、あの子達がご報告します、すぴかなんて煩いですよ〜。 」

「 ・・・ それは ・・・ 楽しみなんじゃが・・・ 」

「 ですから、どうぞ学会へ行ってらっしゃいませ。

 向こうではアルベルトとピュンマがお待ちしてます。 」

「 う・・・・む・・・。 彼らに会うのも久し振りじゃな。 」

「 ええ。 あの二人も楽しみにしてますよ。 」

「 ・・・・ そうじゃな。 それじゃ、ジョ−? しっかり全部撮っておけよ。

 いいな? 全部じゃぞ。 」

「 はい、わかってます。 最新式のでばっちりですよ。 」

「 うむ。 頼んだぞ。 いいな? 」

「 了解です! 」

日頃、口数の少ない博士にしては珍しくくどくどと続く撮影依頼に

ジョ−はいささか内心閉口気味だった。

 

「 さあさ。 お茶にしましょう。 今日はこの春つくった苺ジャムの瓶をあけましたわ。

 博士、お味はいかがかしら。 」

「 お。 嬉しいのう。 ・・・・う〜ん ・・・ いい味じゃ。 」

「 それじゃ・・・アルベルトとピュンマにもお土産をお願いします。

 軽い容器につめますから。 」

「 おお、あいつらも喜ぶじゃろう。 」

お好みのロシアン・ティ−に舌鼓をうち、博士はご満悦である。

 

   よかった・・・! ありがとう、フランソワ−ズ。

 

   い〜え。 運動会が理由で学会欠席なんてとんでもないもの。

 

   う・・ん・・。 でもな、ぼくには博士の気持ち、判るよ。

 

   まあ。 だったらジョ−はお仕事とかち合ったらどうするの。

   風邪ひきましたってズル休みするつもり?

 

   ・・・ かもしれない。

 

   ま! 呆れたお父さんね〜 皆勤賞のすぴかに叱られるわよ。

 

   だってな・・・ ぼくにとっては 初めてなんだ。

 

   初めて・・・って運動会が? ジョ−の小学生時代だってあったでしょう?

 

   そりゃあったよ。 でも ・・・ ぼくは大嫌いだったな。 特にお弁当の時間。

   皆家族が来るのに。 ぼくは ・・・ 担任の先生と一緒に菓子パンを齧ってた。

 

   ・・・ ジョ− ・・・

 

   だからね。 家族そろっての運動会って、ぼくには憧れで・・・・そうだな〜夢だったんだ。

 

   そうなの ・・・ 

 

澄ました顔でお茶を飲んで、若夫婦が密やかな会話をしている間、

博士もまた、ソファの脇にあるク−ファンの<ヌシ>と密談をしていた。

長年の習慣で、博士はイワンと脳内会話をする術を会得していた。

 

「 のう、イワン。 おまえの力で <中継> はできんかね? 」

「 中継ッテ 運動会ヲ? 」

「 左様。 スイスで学会に出席しながら 同時にワシはチビさん達の

 活躍を楽しめる、という寸法じゃ。 」

「 博士。 僕ハ機械ジャナインダヨ? ソンナコト、無理二決マッテイルジャナイカ。 」

「 う〜〜〜む。 やはり無理か・・・ 」

「 往生際ガ悪イョ、博士。  二匹ノ兎ハ追ウベキジャナイ。 」

「 むむむ ・・・ 残念じゃ。 あとはジョ−の腕前に期待するしかないか。 」

博士はカップ越しに、ソファのジョ−を見つめた。

 

のほほ・・・んと まア 紐が解けた顔で傍らの細君と見詰め合っている ・・・ オトコ。

最強( のはず )の戦士・サイボ−グ009。 

その面影は ・・・ どこにもなく。 

・・・ こりゃ・・・ ツカイモノになるかどうか怪しいぞ。

 

はああ〜〜〜

博士は深い・ふか〜い溜息をついたのだった。

 

 

 

< ご家族の方? 校庭を横切らないでくださ〜い >

「 え・・・あ! す、すみません〜〜 」

突然 大きなマイクから呼びかけられ、ジョ−は文字通り飛び上がってしまった。

みまわせば、綺麗にラインが引かれた校庭には誰も見当たらない。

 

  あれ・・・? だってたしかにココ・・・?

 

きょろきょろしていると、003の鋭い声が飛んできた!

 

  こっちよッ! そこは開会式まで立ち入り禁止!!

 

  あ・・・ ご、ごめん〜〜〜! きみ、どこ・・・ 

 

009は烈しい叱責に立ち尽くすばかり。

ここは ・・・ 戦場よりも厳しい ・・・。 味方の姿すら見当たらない・・・

右手に冷たい麦茶満杯のと熱いほうじ茶のとポットが二個、それに加えて

小型のク−ラ−ボックス( 氷入り )を抱え左には大きな袋がふたつ。 ( お弁当とおやつ )

さらに背には小型のリュックを背負い・・・

009は 呆然とその地に立ちすくんでいた。

 

「 ・・・お父さんッ! ここに入っちゃダメ! 」

 

突如、細い声が009のすぐ後ろから響き 左腕をぐい・・と引っ張られた。

「 ・・・ おっと。  あ〜あんまり引っ張らないでください ・・・ って あれ? 」

「 あれ? じゃないでしょ、お父さん。 ほら・・・ お家のひとのお席はあっち! 」

亜麻色の髪をお下げにした少女が駆けてきてずんずんジョ−を引っ張ってゆく。

「 おい ・・・ ちょっと待ってくれよ、すぴか。 氷が零れちゃうよ・・・ 」

「 もう。 お母さん! ちゃんとお父さんを捕まえておいてよっ! 」

少女はジョ−を母の元に<預ける>と 憤然とした面持ちで駆けていってしまった。

 

「 あ・・・ すぴか〜〜〜 頑張れよ〜 」

「 ジョ−。 ほら・・・ク−ラ−ボックスを置いたら。 」

「 あ、う、うん。 ありがとう。 ・・・はあ・・・ やっときみの元に辿り着いたよ〜 

 はい、お弁当とオヤツと。 あとポット。 」

「 ふふふ、ご苦労様。  お弁当、期待しててね。  ちょっと頑張っちゃったんだから〜♪ 」

「 うわ〜 楽しみだなぁ。 ・・・ でもさ〜きみってすごいね、ほんと。

 お弁当つくって朝御飯つくって。 ちゃんと役員さんの仕事もしてさ。

 ご苦労さま、はきみのほうだよ。 」

「 ま、なに言ってるの。 あ・・・ おはようございます〜   ジョ−、ほら わたなべ君のご両親 」

「 え、あ。 おはようございます! 」

ジョ−とフランソワ−ズは息子の しんゆう のご両親にぺこり、と挨拶をした。

わたなべ君のお家もなにやら大荷物、クマさんみたいなお父さんはにこにこと笑顔を絶やさない。

 

ぱ〜ん ・・・ ぱ〜ん・・・!

 

一際大きく花火の音が響いた。

 < ただいまから 〇〇小学校の運動会を開会いたします >

放送が流れ元気な音楽も一緒に聞こえてきた。

 

「 お。 始まるぞ。 」

「 なんだか、ドキドキしてきちゃった。 」

ジョ−とフランソワ−ズは熱心に入場門の方を見つめていた。

 

   ― こうして、大騒ぎの一日の幕は切って落とされたのだった。

 

 

 < 次は〜 午前の部、最後の種目、低学年の紅白リレ−です。

   選手のみなさん、頑張ってください。 皆さんも力一杯応援しましょう >

 

ざわざわしていた観覧席が少し静かになった。

運動会は順調にプログラムを進め、ついに午前の部の締め括りとなった。

 

「 ねねね! 次よ、次! すぴかのリレ−よ。

 ねえ、ジョ− ビデオの調子、どう? ・・・ 今度は上手く撮れそう? 」

「 う ・・・ う〜ん ・・・ 多分。 それですぴかの走る順番は? 」

「 あのね、アンカ−なんですって。 黄色組のアンカ−。 」

「 へえ〜〜 ヤルなあ。 よし、密着撮影とゆくか。 」

「 邪魔しちゃダメよ。 わたしは ここで応援してるわ。 お願いね〜 」

「 任せとけって。 あ・・・ 入場してきたぞ。 」

ジョ−は博士が改造してくれた小型手振れ無用のビデオカメラを持って飛び出していった。

 

午前中、徒競走で島村すぴかサンはぶっちぎりの一位、島村すばる君はにこにこ笑顔のブ−ビ−賞。

紅白玉入れ はあまりのごちゃごちゃに島村さんちの奥さんはこっそり <眼> を使い・・・

かえって眩暈がして気分が悪くなってしまった。

もっとも・・・ 自己申告によれば・・・

「 僕ね。 10コなげて入ったのが8コ、1コは一回入ったんだけどまた飛び出しちゃった。 」

「 え〜? 何個投げたかなんてわかんな〜い。  入った数? そんなの数えてないもん。 」

だそうである。 

「 ジョ−、ビデオ撮れた? わたし・・・ 眼がちらちらして・・・ダメ。 」

「 ・・・ それがさ。 アイツらの髪の色を目当てに・・・って思ってたんだけど。

  すばるは帽子をしっかり被ってるし、すぴかはちょこまか動き過ぎて ・・・ 」

「 え・・・ それじゃ わからなかったの〜〜 」

「 う・・・うん。 実は。 ・・・ 面目ない。 」

「 仕方ないわね。 じゃあ・・・ 紅白リレ−に期待しましょう。 」

「 ・・・ 今度こそ! 」

ジョ−は固くリベンジを誓うのだった。

 

・・・ という訳で島村さんちは皆が緊張してリレ−競技の開始を待っていた。

そして。 

いま、三年二組・島村すぴかサンは黄色組の全運命を背負って

 −−−−− 走り出した!

 

 

わ〜〜〜〜 !!! 島村〜〜〜〜  すぴかちゃ〜〜〜ん

ふれ〜〜 ふれ〜〜 し・ま・む・ら!!

大歓声が わっとうずを巻いて青空にこだまする。

 

最後尾から亜麻色の髪のポニ−テ−ルをゆらし、ほそっこい少女が疾走してくる。

 

・・・ 速い ・・・! 少女は やたらと滅茶苦茶に ・・・ 速かったのだ!

 

まずスタ−トの直線で距離を縮め、始めのカ−ブで二人纏めて抜いた。

次のカ−ブにかかる前に一人、そして最後のカ−ブで先頭争いをしていた二人に追いつき

ホ−ム・ストレッチにかかった。

 

少女は走る。 すんなりとした脚は羽でもついてるみたいに軽い。

黄色のタスキを後ろに靡かせ、ひたすらじっと前方だけをみつめ・・・

少女は 走る。 風を切って 風にのって ・・・ 風より速く。

ポニ−・テイルがホンモノのお馬サンの尻尾みたいに宙に揺れている。

  

・・・ そして。 ホ−ム・ストレッチ、大歓声の中 黄色組のアンカ−は

先頭二人を悠々と抜き去り、 すごい勢いでゴ−ルに飛びこんだ。

 

  わ〜〜〜〜 !!

 

  

ぱ〜ん ぱ〜〜〜〜ん!!!

派手にピストルが鳴ってリレ−競技は終了した。

 

 

「 お母さ〜〜ん! お腹すいた〜〜 お弁当〜〜〜 」

「 お母さん、海苔巻き、入れてくれた? 」

お昼の休憩に入り、子供たちはそれぞれにお家の人達のところに散っていった。

島村さんちにも 元気な顔が二つ、飛び込んできた。

「 は〜い。 お弁当あけますよ。 二人とも手は洗った? 」

「「 うん! 」」

「 あ・・・ ぼく、まだだ。 えっと・・・ 水飲み場は? 」

「 お父さんってば〜〜。 ほら、あの本部のテントの横! 」

「 あ、ありがとう。 ちょっと待ってて・・・・ 」

「 はやく〜〜う、お父さ〜ん 」

「 ほらほら・・・ それじゃお弁当を並べて頂戴。 お皿はここ。 すばる、お茶を注いで。 」

「 は〜い。 僕とすぴかは〜 むぎ茶♪ お父さんとお母さんは? あついお茶? 」

「 ええ、お願い。 あ、熱いの、気をつけてね。 」

「 うん、ダイジョブだよ〜 と・・・ととと。 はい! 」

「 まあ、上手ねすばる。 ありがとう。 すぴか? これ、ツマミ食いはダメ! 」

「 やあ、ごめんごめん。 さあ、皆でいただきます、をしようね。 」

「「「「 いただきま〜す 」」」」

校庭の一角は賑やかなお弁当タイムとなった。

 

 

「 ・・・ ジョ−? いくらなんでも・・・ もうおよしなさいよ。 」

「 う、うん・・・。 あと一つ・・・ 」

「 気に入ってくれたのはとても嬉しいけど。 お腹壊すわよ? 」

「 へ〜きへ〜き。 だってさ。 これ・・・ 滅茶苦茶 美味しい♪ 」

ぱくん、とジョ−はまた海苔巻きを一つ口に放り込んだ。

レジャ−・シ−トに拡げた大きなお弁当箱はほとんど空っぽになっている。

お菓子も果物も 包み紙と皮に替わっていた。

子供達の姿は ・・・ もうとっくに食べ終わり、二人ともお友達と飛び出していってしまった。

周りの家族もみな、同じようなもので大人たちばかりでのんびりとお茶を飲んだりしていた。

 

「 ・・・ あ〜あ ・・・! 美味しかった・・・ 御馳走様でした。 」

空のお弁当の前でジョ−がぽんぽん・・・と手を打っている。

「 まあ・・・ 全部食べてくれて嬉しいわ。 ジョ−、海苔巻きってそんなに好き? 」

「 うん ・・・ 海苔巻きってか、きみの手作りならなんでも好きさ。

 鳥のツクネも卵焼きもアスパラのベ−コン巻もタコさんウィンナ−もポテト・サラダも。

 うん、プチとまとだって 味がちがうな〜。 ・・・ きみの味は ・・ きみ自身もだけど、最高だ♪ 」

ジョ−はそろり・・・と彼の奥さんの手をにぎった。

「 ジョ− ・・・ こんなトコで・・・・。 」

「 わかんないよ。 ぼく・・・ こうゆうのって憧れだったんだ。 」

「 海苔巻きのお弁当が?? 」

「 それもあるよ。 お母さんが早起きして作ってくれたお弁当を

 家族みんなで拡げるって ・・・ ぼくには一生縁がないんだって思ってた。 」

「 ジョ−。 今のあなたにはちゃんと家族がいるわ。 」

「 うん。 きみがぼくにくれた最大の贈り物さ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

 

「 あ〜、 お邪魔します、わたなべですが〜 」

 

えっへん ・・・ と小さな咳払いと一緒にコ−ヒ−の香りが漂ってきた。

「 ・・・ あ、はい〜? 」

「 ど〜も、あ〜 いつも息子がお世話になってます。 」

「 あら、こちらこそ。 わたなべ君には仲良くしていただいて・・・

 それに奥様にはいろいろ・・・ わたし、助けて頂いてばかりですわ。 」

「 すばるがいつもお邪魔してます。 」

「 えっと。 お近づきのシルシ・・・って訳でもないんですが。

 コ−ヒ−は如何ですか。 私が淹れました、味にはちょっと自信あり、です。 」

「 わあ・・・いい香りですねえ。 あ、どうぞ〜 座ってください。 」

「 それじゃ・・・ ちょっとお邪魔します。 」

クマさんみたいなわたなべ君のお父さんはよいしょ・・・っと島村さんちのレジャ−・シ−トに

腰を下ろした。

「 はい、どうぞ。 如何ですか・・・ 遠慮なく感想をください。 」

「 ・・・ 美味しい♪♪ コクがあって ・・・ とってもマイルドで・・・ 」

「 いい香りだな〜・・・・ うん、美味しいです! 深い味・・・っていうのかな?

 あのぅ・・・ 砂糖とミルクを入れてみてもいいですか? 」

「 どうぞどうぞ。 ストレ−トだけがコ−ヒ−じゃないですからね。 」

「 ん・・・ん〜〜〜〜 美味しいですよ、凄く。 」

「 いやあ、嬉しいですな。 これでもいろいろと豆を選んだり

 挽き方を変えてみたりしたんですよ。 」

わたなべ君のお父さんはいずれコ−ヒ−店をやりたいのだ、と言った。

「 まあ、素敵ですわね。  この味・・・ この町の味になりますわ。 」

フランソワ−ズは目を閉じて 豊かな香りを楽しんでいる。

「 いつになりますやら・・・。 ま、私の夢ってわけです。

 お、そうだ。 すばる君のお父さん、午後の障害物競走に参加なさいますよね。 」

「 ええ。 息子と約束したので。 」

「 あはは・・・ 私もですよ〜。 でもなあ、せいぜい転ばないようにしなくちゃ。

 島村サンはお若いからいいですねえ。 」

「 いや・・・ ぼくも初めてですから。 楽しくやりましょう。  あ、そろそろ午後の部が始まりますよ。 」

<しんゆう> のお父さん達は楽しそうに笑った。

 

   ジョ− ・・・ あなたがこんな会話をしてるなんて・・・

   いい顔してる。  お父さんの顔、ね・・・

 

フランソワ−ズは美味しいコ−ヒ−の陰で こっそり目尻を拭った。

 

 

「 ねえねえ。 すぴかちゃん。 」

「 なに。 まみちゃん。 」

「 <障害物競走> にすぴかちゃんのお父さん、出る? 」

「 うん。 すばると約束してたから。  ・・・ なんで? 」

「 キャ〜〜〜♪ だってェ すぴかちゃんのお父さんって 超〜〜〜カッコイイんだもん。

 萌え〜〜〜ちゃうわァ ・・・ 」

「 ・・・ そ、そう? 」

「 そうよぉ。 アタシ、も〜追っかけになっちゃいそう♪ 一番前で応援しようっと。 

 すぴかちゃんも、いこ! 」

「 う、うん ・・・ ( 追っかけ?? ウチのお父さんの??? ) 」

すぴかはお友達にひっぱられ、応援席の前の方に出て行った。

 

「 ・・・ ちょっと、奥様〜〜 ほら・・・ 」

「 まあぁ〜〜♪ あの方・・・次の障害物競走に出場なさるんですね! 」

「 ステキ〜〜 あのセピア色の髪がさら・・・って靡くところが〜〜 」

「 あのボクのお父さんでしょう? さっきの 【 リズム運動 】 で激萌え〜だったボクの。 」

「 そうよ、ほら・・・そっくりですもの〜〜♪ 」

「 ああ! ウチの主人とは天地の差だわぁ・・・ ねね! 一番前に行きません? 」

「 勿論! こっそり ・・・ 写メ−ルしちゃお♪ 」

「 そうね♪ えっと・・・携帯、携帯・・・っと。 さ、行きましょ♪ きゃ〜〜 わくわく☆ 」

 

ざわざわざわ・・・

午後の部、プログラムも終わり近く、お父さん達の 【 障害物競走 】 を控え

応援席はなんだか急に前の方が混み合い始めていた。

つい先ほど終った三年生の 【 リズム運動 】 で

セピア色の髪の島村すばる君は注目の的になっていた。

このプログラムはみんなで考えて、作り上げたダンスをグル−プ別に踊り最後に総踊りとなる。

音楽は今、子供達に一番人気のあるアニメの主題歌だ。

 

可愛いダンスが校庭いっぱいに繰り広げられている。

「 ・・・ いやぁ ・・・ すばるってさ。 きみの息子だねェ。 」

「 ジョ−ったら。 今更なに言ってるの? 」

「 だってさ。 ほら・・・ なんてコトない動きだけどアイツ、かなり<見せる>よ?

 ほら・・・ お、あの笑顔〜〜 結構ファンがいるんじゃないか。 」

「 やだわ、ジョ−。  全然ダメよ、すばるは! ・・・ ほら、また一人ちがう振りをやってる。

 ああ・・・お顔はそっちじゃないでしょう? そこは皆と揃えなくちゃ! 

 ・・・ まったく! にこにこ笑って手なんか振ってちゃダメよ〜〜 」

「 ・・・ プロは厳しいですな。 」

もっとも、手厳しい批判をしていたのは フランソワ−ズ・アルヌ−ルさんだけのようだった。

島村すばる君はお母さん達のアイドルになったのだ。

 

 

 

・・・ ふ〜ん ・・・ まず、ハ−ドルを越えて 次にネットを潜るんだな。

それから・・・ 平均台を渡って スプ−ンにボ−ルを乗っけてジグザグ走行 ・・・

ラストはサッカ−だな、ドリブルでゴ−ルか。 よぉし。 

 

ジョ−はふんふん・・・・とコ−スを見渡していた。

 

どのくらい減速するか、だな〜モンダイは。

異様に速いのは絶対にマズいしなあ。 適当に外して二等くらいに抑えとけばいいか。

 

「 いや〜〜 無事にゴ−ルできるかなあ・・・・ 」

隣でわたなべ君のお父さんは 本気で心配顔である。

「 なに、なんとかなりますよ。 あ・・・ そろそろですよ。 」

 

   ・・・ こりゃ、わたなべ君のお父さんに勝ちを譲らなくちゃな。

 

よ〜〜い!! 

パーーーン!!! 

 

わ〜〜〜〜♪♪

すぴかちゃんのお父さ〜〜〜〜ん!! がんばってェ〜〜〜

ふれ〜〜 ふれ〜〜 島村クンのお父さんっ!! 

黄色い声がわ・・・っと湧き上がった。

 

    ・・・ あ! ・・・ あ〜らら・・・・ こりゃ・・・マズイわ・・・

    ジョ− ・・・ 大丈夫ぅ〜〜?

 

    ・・・・・ ( 返信不能 ) ・・・・

 

 

「 ねえねえ ・・・ すぴかちゃん! すぴかちゃんのお父さんって・・・・ 」

まみちゃんはそこでクス・・・・っと笑った。

「 すっご〜〜く面白いお父さんだねっ! 」

「 うん、そうなの。 おウチでもいつもあんなカンジなんだ。 」

「 そうなんだ〜〜♪ じゃ〜ね〜 明日、遊ぼうね。 ばいば〜い 」

「 ばいば〜〜い♪ 」

すぴかはぶんぶんと手を振った。

徒競走では独走の一位だったし。 リレ−は劇的逆転優勝だし。

すぴかはご機嫌でお家に向かった。

 

「 わたなべく〜ん・・・ わたなべ君のお父さん、カッコイイね!!

 スプ−ン競争のとこなんか す〜いすいだったね! 」

「 うちのお父さん、あ〜ゆうこと得意なんだ。 

 しまむら君のお父さんってさ、 あんなに面白いんだ? 」

「 え ・・・ うん。 でも ホントはもうちょっと・・・カッコいいんだけど・・・ 」

「 ふうん・・・ あ、明日! 遊ぼうぜ。 」

「 うん! この前のプラレ−ル、新しいカタログ貰ってきたよ〜 」

「 わお。 見せて! 」

「 うん、じゃ明日な。 ソロバンの前に見ようよ。 」

「 おっけ〜〜 じゃ。 バイバイ。 」

「 バイバ〜イ わたなべ君〜〜 」

お母さんのお弁当はすご〜く美味しかったし。 リズム運動は皆に褒められたし。

すばるもにこにこ顔でお家への坂道を登っていった。

 

 

島村すぴかさんと島村すばる君の お父さんは。

今日の運動会で ― 正確には 【 障害物競走 】 で ―

<カッコイイお父さん> から <面白いお父さん> にキャラを変えたのだった。

 

 

「 ・・・ ジョ− ・・・ 大丈夫・・・ ? 」

「 う ・・・ うん ・・・ 」

競技が終わり、やっと席に戻って来て、どさり・・・っと座り込んだ夫にフランソワ−ズはそっと声をかけた。

「 お茶、飲む? まだ熱いほうじ茶があるわ。 」

「 ・・・ 頼む。 」

「 はい。 」

003は長年、009と同じ戦場を切り抜けてきた戦友である。

彼が落ち込んでいる時の対処方法はよ〜く心得ていた。

余分なコト、 そう慰めの言葉なんか言ってはいけない。

ただ 黙って側に居る。 

それだけで、いや、それが失意の009には一番の癒しになるのである。

 

「 ・・・ 食べる? 」

「 ・・・ ん ・・・ 」

差し出されたチョコの欠片を009は無造作に口に放り込んだ。

「 ・・・ あああ ・・・・ 参った ・・・・よ ・・・・ 」

「 でも。 おもしろ・・・いえ、楽しかったわよ? 」

「 きみまで〜〜〜 ああ・・・ ぼくの父親としての権威はズタボロだ・・・」

ジョ−は項垂れて頭を抱えこんでしまった。

 

  ・・・ ヤダ。 この人って本気で落ち込んでいるんだわ。

  でも・・・ まあ、無理ないかも・・・

 

クス・・・っと零れそうになる笑みをフランソワ−ズは慌てて飲み込んだ。

 

障害物競走は ・・・ 派手な声援を受けて始まったのだが

すぐに笑いの渦が黄色い声にとってかわり、次第に大きく広がっていった。

どのお父さんもそれなりに苦戦していたし、その姿は大いにユ−モラスだった・・・

しかし。

島村さんちのお父さんは、ことごとく引っかかっていた! そう、初めから終わりまで、全部。

ハ−ドルは自分で蹴飛ばしたハ−ドルに後足をひっかけるという曲芸を披露し。

網くぐりは 長めのセピア色の髪が絡みつき立ち往生。

なんとかクリアした平均台だが、その後のスプ−ンでのボ−ル運びは ・・・

「 もう・・・ 一生! スプ-ンなんか持つもんか! って本気で思ったよ・・・ 」 とは本人の弁。

同じ組のわたなべ君のお父さんはクマさんみたいな身体を敏捷に動かし、

ボ−ルを一度も落とさずに悠々と駆け抜けていった。

そして最後の頼みの綱、ドリブル・サッカ−は。

一蹴り ・・・ で見事方向違いの客席にボ−ルが飛び、慌てて追いかける羽目となった。

 

「 そんなこと、ないわよ。 皆楽しんでいたわよ? その ・・・ ジョ−の ・・・ 」

「 ・・・ ぼく ・・・ キャラクタ−、変りそう・・・ 」

「 運動会だもの、いいじゃない。 今日は♪特別な日なのよ。 」

「 ・・・ そ ・・・ そうかな・・・ 」

「 そうよ。 ジョ−? あなたのカッコよさはわたしが一番よく知っているわ。 

 ・・・ あの子達はビリッコでもなんでも お父さんが大好きよ。 」

「 ・・・ うん ・・・ そう ・・・ だね。 」

「 さ。 そろそろ片付けなくちゃ。 わたし、閉会式のあとまたお手伝いがあるから・・・

 ジョ−、悪いんだけど ・・・ 荷物、いい? 」

「 勿論。 先に帰ってちゃ〜んとお風呂を沸かしておくよ。 」

「 ありがと。 ふふふ ・・・・ あなたはわたしにとって世界で一番素敵な旦那様よ。 」

「 ・・・ フラン ・・・ 」

それは子供たち用と同じほっぺへのキスだったけど。

ジョ−は身体の芯まで じ〜〜ん・・・と温かくほわほわの気分になった。

 

   ・・・ ありがとう。 フランソワ−ズ・・・

   きみこそ世界で一番素敵で・綺麗な・ぼくだけの奥さんだよ。

 

  < 閉会式を始めます! 児童のみなさんは入場門の決められた場所に並びましょう >

 

すこうしお日様の光がナナメになって来て・・・

大騒ぎのお楽しみの一日は 無事に終ろうとしていた。

 

 

 

「 あら・・・ もう寝ちゃったの? 」

「 うん。 もうね・・・ ベッドに入るなり、ころん! だよ。 」

ジョ−は双子の姉弟とお風呂に入ったあと、子供部屋に連れていったのだが、

ものの5分とたたないうちに戻ってきた。

「 まあ・・・ 晩御飯の時もあんなにはしゃいでいたのにね。 」

「 あれだけ活躍すれば、ね・・・ 」

「 そうねえ・・・ ふふふ ・・・ 本当に二人とも元気いっぱいだったわ。 

 ねえ。 ジョ−。 聞いてもいい。 」

「 なんだい、改まって。 」

ジョ−は自分もゴシゴシと髪を拭いている。

「 うん ・・・ あの、ね。 ジョ−って走るの、速いの? 」

「 ・・・ はい ? 」

「 だから。 島村ジョ−君は走るのが速かったのですか? 」

「 あ・・・ああ。 う、うん・・・ まあ、そこそこね。 」

「 ふうん ・・・ 」

「 な、なんだよ? 疑ってるのかい。 」

「 だって・・・。 わたしは009のあなたしか知らないんだもの。 

  ・・・ でも、あの羽があるみたいな脚をもったすぴかさんのお父さんだから。

 きっと運動会では大活躍ね。 」

「 う・・・ん、まあ、ね。 」

ジョ−はやたらとゴシゴシ髪をぬぐっている。

 

   ・・・ すばる君のお父さんでもあるんだけど。 

   ブ−ビ−賞を争ってた・・・なんて言えないよ・・・

 

「 ・・・楽しかったな。 カッコ悪いお父さんになっちゃったけど。 

  運動会ってこんなに楽しいんだってはじめて思った。 」

「 ジョ−。あなた、全然かっこ悪くなんかないわ。 

 一生懸命最後まで走ってた姿を子供達はちゃんと見ているわ。 」

「 うん。 お風呂でもすばるが慰めてくれたよ。

 お父さん、偉いね〜最後まで頑張りましょう・・・ってクラスの目標なんだよ〜 って。 」

「 まあ。 すぴかは? 

「 アイツなぁ。 <速く走るヒミツ>を教えてくれたよ。 」

・・・・ぷっ。

島村お父さんとお母さんは 見詰め合って吹き出してしまった。 

 

「 チビ達も寝ちゃったし。 ・・・ ゆっくり ・・・ ね? 」

ジョ−は彼の奥さんの身体にゆったりと腕を回した。

甘い、彼女の香りが ジョ−の鼻腔をくすぐる。

ふわり、と寄り添ってきた身体はいつでも暖かく彼だけの最高の褥なのだ。

広く開いた襟からジョ−は点々と口付けをし始めた。

セピアの髪がさらさらと彼女の顔にかかる。

「 あ ・・・ 櫛をバスル−ムに置いてきちゃった。 ごめん、ちょっと取ってくるね。 

 先にベッドに入ってて? 」

「 ええ ・・・ ふふふ 相変わらずクセッ毛なのね。 」

 

 

「 お待たせ・・・ あれ? 」

ベッドからは。 すうすう穏やかな寝息が聞こえてくる。

 

・・・ え〜〜 寝ちゃったの〜〜?? せっかく今夜は・・・

ねえ・・・? フラン? フランソワ−ズ ・・・?

 

ジョ−は細い肩に手を当て・・・ また離してしまった。

 

そうだよ。 今朝は四時半に起きたんだよね、きみ・・・。

朝からず〜〜〜っと 一番活躍してたのは お母さんのきみ。

・・・ ゆっくりお休み。

ま、こんな夜もたまにはいいか。 そう、たまに、だよ。

ちょっとだけ。 ねえ、ちょっとだけ・・・ いいだろ?

 

ジョ−はネグリジェの前をそっとはだけ、白く輝く丘に唇を寄せる。

彼だけが知っている甘い香りが ジョ−を包み込む。

芳醇な香りがジョ−の幸せな一日を締め括ってくれたようだ。

 

 

 

 

*********   Fin.   *********

Last updated : 06,12,2007.                     index

 

 

****  ひと言 ****

え・・・ お馴染み、 【 島村さんち 】 の季節ネタでございます。

ジョ−のビデオは結局ことごとく × で・・・ 帰国した博士をがっかりさせたのでした。

( でも双子がちゃ〜〜んとお話をしてあげました♪ )

ところで。

生身の頃のジョ−君って。 ・・・・ 走るの、速かった・・・と思います???