『   恋仇   ― ライバル ―   』

 

 

 

 

 

「  ただいま。  フラン ・・・ あ? ・・・ ?? 

ジョ−は玄関のドアを開け ・・・ 足を止めてしまった。

しん ・・・ とした家の中から微かに聞こえてくるのは。

 

  え・・・ いいじゃない。 声が聞きたいの。 ・・・ お願い。

  だって ・・・ 淋しいの。 ねえったら・・・

 

彼の奥さんの声、それも甘えたアノ声なのだ・・・!

 

  ・・・ な、なんだ? TVのメロドラマか?  いや違うぞ。 あの声は聞き覚えが・・

 

ジョ−は玄関に突っ立ったまま 密かに赤面していた。

だって ・・・・ アレは。

二人だけの時、 彼女が洩らす甘い吐息、彼だけが知っている <お願い・・・ >のイントネ−ション。

他の誰も聞いてはいないと信じていた あの声 ・・・!

それを 白昼堂々と耳にするとは・・・ いったいどうしたんだ??

しかし、次の瞬間うかんだ思いに ジョ−は今度は蒼白になった・・・!

 

  !! だれか ・・・ いるのか!?  誰かと ・・・ その ・・・??

 

荷物もなにも投げ捨て、家の中に駆け込み ・・・ たかったのだが

なぜか 島村さんちのご主人の足はぴたり、と玄関の床に吸い付いたまま動いてはくれなかった。

 

 

 

ジョ−が帰宅するといつもは玄関ドアのノブに手を掛けると ほぼ同時にドアが開く。

それはもう長年の習慣になっていて じつに絶妙のタイミングなのだ。

 

・・・ もしかして。 < 見て > いるのかな・・・

 

当初はチラ・・・っとそんなことも思ってみたのだが、

「 お母さんさ〜 何しててもわかるみたい。 」

「 そうだよね〜 僕とお話してても ちょっと待ってね〜 お父さん帰ってきたわっていうよ。 」

子供達の無邪気な言葉が ジョ−の小さな疑念をさらり、と払拭した。

 

「 え? ・・・ そうね〜 わたしにも説明はできないのだけど。

 う〜ん・・・ なんとなくわかるの。 そりゃ、門が開く音が聞こえる時もあるけど。

 お洗濯してても なんとなく ・・・ あ。 ジョ−が帰ってきたわってわかるの。 」

「 へええ?? そりゃ すごいカンだねえ。  イワンなみな超能力だ。 」

「 ふふふ ・・・ ダメよ。 ジョ−のことしかわからないもの。 」

「 ぼくのコトだけで 充分だろ? 」

「 ・・・ ま。  イヤなジョ− ・・・ 」

 

そんな甘い会話を交わすタネになるくらいで、原因の究明は未だにされてはいない。

 

  いいさ。 わからない方が楽しいこともあるってもんさ。

 

ジョ−はいつしかそのタイミングを楽しむようになってきていた。

 

岬の突端に近い地に建つちょっと古びた洋館・ギルモア邸。

いつも波の音が聞こえる、この家に住み始めてからもう随分になる。

<島村> の表札がふえ 新しい小さな顔が ― それも二つ一緒に ― 加わり・・・

邸の庭にひよひよと生えていた木々は 立派な防風林となり・・・

お父さん・お父さん 〜〜 を連呼して纏わりついていた小さな息子と

いつもショ−ト・パンツに亜麻色のお下げを揺らして走り回っていた娘は 中学生になっていた。

 

 

 

   ・・・・  ふう 〜〜〜 ・・・・・

 

ジョ−はどっと吹き込んできた海風を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

  ああ・・・ いい気分だ・・・

  こんな早い時間に帰るのは 久し振りだなあ・・・・  お日様が眩しいや。

 

目を細め 見渡せば海面にはきらきらと金の鱗模様がうねっている。

平日にこんな風景をのんびり眺めるのは 随分と久し振りだったのだ。

地理的な関係で 毎日の通勤はどうしても車に頼ることになる。

ことに最近 仕事が忙しいジョ−は地元のバスを使う、という楽しみから縁遠くなってしまった。

それでも

この地点、家への最後の坂道の下まで来ると、窓をいっぱいに開けたくなる。

そして 潮風を感じ波の音を聞き、 ジョ−は<帰ってきた>ことを噛み締めるのだった。

 

  ・・・ ただいま。  ただいま帰りました、博士 ・・・

 

ジョ−はちいさく呟く。

ギルモア博士は彼らと人生の後半を共に暮らし、今は岬の本当の突端、海を空を遥かに見渡せる地に

静かに眠っている。

晩年には可愛らしい孫達に囲まれ、アイザック・ギルモアはその人生を穏やかに閉じた。

 

「 ・・・ いつもな、諸君と一緒じゃ ・・・ この地に眠らせておくれ。 」

 

独り言みたいな呟きが最後の言葉となった。

不思議なめぐり合わせだった、とジョ−は思う。

もし彼がごく当たり前の人生を送ったならば すれ違うはずもない人物だった。

それは今、ジョ−の半身となりジョ−が半身ともなっている、愛しい女性 ( ひと )、

フランソワ−ズも同じことだったけれど。

 

恨んだこともあった。 憎んだ日々もあった。

ことに フランソワ−ズは複雑な想いを抱えていただろう・・・とジョ−は思う。

しかし

歳月と真摯な心の触れ合いは すべてを芳醇な美酒に換え

ジョ−と仲間達は博士を 父とも慕い尊敬していた。

遺言どおりに博士の墓碑は岬の突端に海と邸双方を見渡せる場所に建っている。

 

  行って来ます。     只今 帰りました ・・・

 

朝晩、その方角に視線をとばし、ひっそりと挨拶を送るのが いつしかジョ−の習慣となった。

 

 

 

パタン ・・・ !

 

ジョ−のブリ−フ・ケ−スが倒れ小さな音をたてた。

 

  ・・・ あ ・・・! 

 

慌てて持ち上げたが ・・・ すぐに奥から軽い足音が飛んできた。

「 ジョ− ! お帰りなさい〜〜  ごめんなさいね、気がつかなくて・・・ 」

「 ・・・  フ ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」

亜麻色の髪を揺らし ちょっぴり頬をさくら色に染めた彼の奥さんがにこにこ顔で現れる。

「 お帰りなさい・・・! こんなに早い時間、珍しいわね。 

このところずっと遅かったし・・・・ 疲れたでしょう? 」

「 あ ・・・ う、 うん ・・・ 」

細い腕がするり、とジョ−の首に絡まった。

いい匂いのする、しなやかな身体がぴたりと寄り添う。

 

  ・・・ う 〜〜〜 ん ・・・  やっぱ きみが・・・ す・き ・・・

 

たった今までのとんでもない妄想はたちまちジョ−の脳裏から消え去った。

ジョ−はがっちりと彼女を抱き締め、サクランボみたいな唇を強く吸った。

 

  そうさ・・・! この女性 ( おんな ) は ぼくのモノだ! ぼくだけのモノなんだからな・・・!

 

「 ・・・ んん ・・・ んんん ・・・ ジョ− ・・・ ハァ ・・・ どう・・・したの・・・ 」

「 んんん ・・・ え? 別に。 きみこそ ・・・ んん ・・ 」

いつもの、結婚以来ず〜〜っと習慣になっている<お帰りなさい>のキス。

なぜだか今日は激しく濃厚で 島村さんの奥さんは頬を紅潮させ息を整えている。

ジョ−はやっと細君の唇からはなれ、でもしっかりと身体は抱き寄せたままだ。

「 ・・・ はぁ ・・・ なんだか ・・・びっくりしちゃったわ。 」

「 ふふふ ・・・ たまに早く帰ってこれたんだもの。 きみとゆっくり楽しみたくてさ。 」

「 ま・・・イヤはジョ− ・・・ 」

夫の微笑みに含まれた誘いに フランソワ−ズは耳の付け根まで赤くなっていた。

そんな様子は みかけと同じ初々しさで、ジョ−でさえほれぼれと見つめてしまう。

 

  ああ ・・・ なんて可愛いんだ・・・!

  ・・・ それにしても。 なんでこんなに機嫌がいいのかな。

  やっぱり ・・・・??? そんな、まさか。 他の ・・・ オトコと・・???

 

甘いム−ドに 一点暗い想いが落ちると、またまたとんでもない波紋がゆるゆると

広がり始める。

 

「 ・・・あ ・・・ 子供達は? 」

「 あらまだ学校よ。  すぴかもすばるも 今日は部活で遅くなるの。

 ジョ−が早いのよ。 」

「 ああ、そうだね。 ・・・ まだ4時前か。 

 ・・・ あのう ・・・さ。 ・・・ 一人 ? 」

「 え? なに。 」

「 そのう ・・・ きみ、家に一人っきりでいたのかい。 」

「 ええ。 子供達はいつもと同じ時間に学校へ行ったし。 他に誰がいるの? 」

「 ・・・ いや ・・・ あ、あのう ・・・ そのう ・・・ 電話 ・・・ あ ・・・ 」

「 電話?? ああ、もしかして、ジョ−、携帯から電話くれた?

 ごめんなさい、ちょっと使っていたから掛からなかったかしら。 」

「 ・・・ あ、ああ、ああ。 そう、そうなんだ。  だから その・・・ 誰か他の ・・・ 」

「 ごめんなさいね〜  あのご用事はなあに。 あ、晩御飯のリクエストかしら。 」

ちょっと首をかしげたその姿は ほっそりと可憐でとてもとても中学生を持つ母親には見えない。

彼らの特殊な <事情> ゆえ、外見は永遠に あの日 のままなのは当然なのだが、

それでも滲みでる雰囲気も声のト−ンも ・・・ ジョ−の細君はいつまでも

19歳の乙女の輝きを持ち続けているのだ。

 

  ・・・ ああ ・・・ 可愛いなあ ・・・ !

  

ほっと吐息をもらし、ジョ−はまたほれぼれと見つめてしまう。

「 いや。 ちょっときみの声が聞きたかっただけさ。  

 食事はきみが作ってくれたものなら なんでも O.K. さ。 」

ジョ−はまた ちょんちょんと軽いキスをそこここに落としてゆく。

「 きゃ・・・・ くすぐったい! ヤ ・・・ いやよ・・・ こんな昼間から・・・ きゃ ・・・! 」

ジョ−はカ〜〜〜ッと身体が熱くなり 思わず上ずった調子で続けた。

「 ・・・ いいじゃないか。 久し振りの 二人っきり だからさ。  ・・・ なあ ? 」

「 もう・・・・  あ〜あ、髪、くしゃくしゃだわ。 」

「 もっとくしゃくしゃにしてあげるよ。  まだ夕食まで時間、あるじゃないか。 」

「 ダメよ、 忙しいのよ、わたし。 ・・・ あ ・・・ ! もう ・・・・ 」

「 ・・・・・・・・・・ 」

問答無用! とばかりにジョ−はくいっとフランソワ−ズの腰に手をまわしセ−タ−の裾から・・・

 

  バン ッ !!

 

「 ただいま! 」

いきなり玄関のドアが二人の背後で開いた。

「 ・・・ ( わ ッ !? )  なんだ ??? 」

「 ただいま。 はい、お邪魔してすみませんね。 」

「 ・・・ すぴか ・・・ お、お帰りなさい・・・ 」

ジョ−とフランソワ−ズは慌てて離れ、仏頂面で立っている女の子に道を明けた。

「 いいえ、こちらこそ。  大切な時間に申し訳ありませんね〜

 はい、もう消えますから ごゆっくりどうぞ。 」

澄ました顔で 島村さんちの長女・すぴか嬢はすたすたと両親の間を通って邸内に消えた。

 

「 あ・・・ ああ ・・・ お、お帰り、すぴか ・・・ 」

「 ・・・ もう聞こえないかも。 」

「 ・・・あ ・・・・ うん。 」

「 さ。 もう御飯の支度に取り掛からなくちゃ。 」

「 ああ、そうだね。 もうじき 腹ペコ坊主もご帰還するし。 」

「 あ、すばるはもう少し遅いはずよ。

 ジョ−、あなた、ちょっと早いけど ・・・ お風呂沸いているわよ。 」

「 うん? そっか ・・・ それじゃ、ちょっと浴びてこようかな。 ここんとこ遅くて

 ず〜っとゆっくり風呂に浸かる時間、なかったからなあ ・・・・ 」

「 ふふふ ・・・ そう思って沸かしておいたの。 どうぞ? 」

「 ありがと♪ 」

ジョ−はもう一回、軽くフランソワ−ズにキスするとやっと荷物を持って二階に上っていった。

 

 

「 すぴか。 手伝ってちょうだい! ・・・ すぴか! す〜ぴ〜かさんッ! 」

フランソワ−ズはキッチンに入るなり声を張り上げた。

ああ、急がなくちゃ! 今夜は ジョ−の好きなけんちん汁でしょ、それから ・・・ 

エプロンの紐をきゅ・・・っと結びなおし、フランソワ−ズはぱたぱたとキッチンを

行き来し始めた。

「 すぴか〜〜〜 聞こえないのッ!! 」

 

「 ・・・ きこえてるわよ。 」 

キッチンのドアが開き、すぴかが顔をのぞかせぼそり、と言った。

「 だったらちゃんとお返事しなさい。 」

「 する前に お母さんがキンキン喚いたんじゃない。 」

「 まあ。 キンキンなんて ・・・ 言ってません。 」

「 お母さん、耳、いいのでしょう? 自分の声、聞こえないの? 」

「 ちゃんと聞こえてますよ。 あなたがお返事しないからよ。 

 ほら お皿やお茶碗を並べてちょうだい。 」

「 ・・・ はいはい、わかりました。 」

「 すぴか。 」

「 ・・・ < はい > 」 

フランソワ−ズの声音に、すぴかは肩をすくめぼそ・・・っと返事をした。

「 もう ・・・ !  ああ、今晩は久し振りにお父さんと一緒の晩御飯なのよ、

 気分よく行きましょう。  ほら、お皿。 」

「 < はい > 」

棒読みの台詞みたいな返事をして、 すぴかは家族の食器を並べ始めた。

 

   ・・・ まったく ねえ ・・・ どうして ・・・

 

Gパンにトレ−ナ−、髪も一つに括った娘の後姿に フランソワ−ズはそっと溜息を吐く。

母譲りの亜麻色の髪は 中学生になる少し前からだんだんと色が濃くなってきて、

今ではどちらかというと父親似になってきている。

 

   見た目はそっくり・・・なんて言われてたけど。

   これからどんどん変わってゆくのかしら・・・

 

ちょっと扱い辛い娘なのだが、フランソワ−ズはなんとなく淋しい気分だった。

 

「 えっと ・・・ このサラダ、盛り付けて。 そう、そのガラスのお皿ね。 」

「 ・・・ ん。 」

「 あ。 ねえ、すぴか。 まだちょっと早いけど・・・今年のお誕生日ね、欲しいモノある? 」

「 え ・・・ 」

「 あのね、この前モトマチですごく可愛いドレスを見つけたの。

 きっとすぴかに似合うを思うんだけど・・・  今度一緒に見に行かない? 」

「 ・・・ ドレス、かあ ・・・ 」

すぴかは4つのガラス小鉢にサラダを盛り付け、う〜ん ・・・と唸っている。

「 ほら。 5年生の時、お写真を撮ったドレスがあったでしょ。 

 ちょうどおじいちゃまの喜寿のお祝いの時・・・ あんな色でね・・・ 」

「 ・・・ ! もしかしてふわふわのスカ−ト? まさかフリルびらびら・・・とか? 

「 う〜ん ・・・ ちょっとは付いているけど。 でも 」

「 アタシ、いい。 ドレスは 苦手。 」

「 そんなコト、言わないで・・・ 見るだけ行ってみない? あのドレスだって凄く似合ってたわ。

 おじいちゃまも可愛い可愛いって褒めてくださったじゃない。 」

フランソワ−ズはリビングに視線を向けた。

サイド・ボ−ドの上に、いくつか写真が飾ってあるのだがその一枚に、

珍しくドレス姿のすぴかがお澄まししている姿があった。

「 あなただってもう中学生だもの、ちゃんとしたドレス、欲しいでしょ。 」

「 別に欲しくない。 だってどこに着てゆくのよ? 」

「 え・・・ それは ・・・ ほら、お友達とコンサ−ト行ったり・・・ デ−トだって ・・・ 

 カレシとお出掛けしていいのよ?  あ、でもちゃんと紹介してね。 」

「 あのね。 」

すぴかはサラダを4つ、トレイに載せた。

「 お母さん。 この国の中学生のこと、わかってる? 」

「 え ・・・? 」

「 そんなヒマ、ないの。  あ〜 お誕生日にね、電子辞書が欲しいな。 お父さんにも言っといて。 」

「 ・・・ 電子辞書 ・・・? 」

「 そう。 英語オンリ−じゃなくて、多国語でね葉書サイズのがいい。 」

「 学校で使うの? 」

「 ううん〜。  一般向けの方がいいかな〜。 うん、決まり。 アタシ、ドレスはいいから。 」

「 ・・・ わかったわ。 お父さんとご相談してみるわ。 」

「 お願い〜〜。 次、なに。 ああ、ワイン・グラス? 」

「 ええ ・・・ あ、そうねえ・・・・ 」

フランソワ−ズは溜息をついて、食器棚を振り向いた。

 

   あ〜あ ・・・ せっかく娘がいるのに。

   一緒にお買い物行って ドレスを選んで・・・ オシャレの話してお茶して ・・・

   ずっと 夢だったんだけど ・・・ あ〜あ ・・・・

 

ちっちゃな時から < お転婆・すぴか > の彼女の娘は 思春期になっても中味は

あまり変わっていないのかもしれない。

 

   いつかは 友達母娘 ・・・ みたくなりたかったのに・・・

   

ずっと 紅一点 だったフランソワ−ズは娘が生まれた時から密かに楽しみにしていたのだ。

「 お母さん ? 」

「 ・・・ あ ああ、そうね。 ワインは ・・・ お父さんがお風呂から上がってきてから ・・・

 あら? ねえ、すばる、遅いわね。 今日は部活だけでしょう? 生徒会あった? 」

「 さあ。 聞いてないよ。 」

「 やだわ、せっかく4人揃って晩御飯なのに。 」

「 自主連でもしてるんじゃない。 アイツ、今 弓に燃えてるから。 結構強いらしいよ。 」

「 ・・・ へえ ・・・ 試合とか見に行きたいわ、お母さんも。 」

すばるは弓道部に入っていた。 ア−チェリ−ではなく和弓である。

どうして息子がその方面に興味を持ったのか、フランソワ−ズには全然わからない。

おまけに・・・

 

「 来るなよな。 絶対にダメだからね! 母さん、来ちゃダメだ! 」

「 え・・・ いいじゃない、邪魔しないわ。 お母さん、見てみたいの。

 すばるが 弓を ・・・ その ・・・ 撃つところ。 」

「 弓は < 引く >。 とにかく、来るなよ。 」

「 ・・・ わかったわよ。 お弁当、いるのね。 」

「 うん。 」

 

試合のたびにそんな会話が繰り返され、フランソワ−ズは実はまだ一回も息子が

弓道の試合に出るところを見ていない。

 

  ・・・ もう !  すばるもすぴかも。 わたしのことなんかてんで無視なのね・・・

  あああ ・・・ あんなに可愛かったのに・・・

 

ふううう ・・・  双子の母はまたまた溜息である。

お母さん・お母さん〜〜〜 とぴいぴい騒いで一日中側を離れず、二つの小さな手が

自分のスカ−トの両側をしっかり握っていたのは ・・・ ついこの間だったのに。

オンブに抱っこして。 ふうふう言ってたけど、天使の笑をもらえるのは母の特権だったのに。

息子は最近 急にひょろひょろ背が伸びだし、余分なことは喋らなくなった。

娘は ますますよくわからない子になってきている。

 

  ・・・ つまんない ・・・ な ・・・・

 

「 あ〜〜 ・・・ いいお湯だったぁ ・・・  」

ジョ−がご機嫌でリビングに入ってきた。

いい色に染まった顔は すっかり疲れが取れた様子でつやつやしている。

 

「 ジョ−。 ワインにする? それとも ・・・ アツカン、しましょうか。 」

「 え・・・・っと ・・・ う〜〜ん ・・・ じゃ、久し振りに熱燗、いいかな。 」

「 ええ。 この前、大人から貰った大吟醸があるから・・・ 

「 お。 いいねえ。 それじゃ ・・・ ツマミはっと♪ そうだ、アレがあったよな・・・ 」

ジョ−はにこにこ冷蔵庫を覗き込んだ。

「 なに、なに〜 お父さん?  」

「 うん? ・・・ あったぞ、これ。  カラスミ さ。 」

「 カラスミ ? ・・・・ なんか明太子みたいね。 」

「 まあ親戚みたいなものさ。 どちらも魚卵だからな。 ・・・ これを薄く切って・・・と。 」

「 美味しそう〜〜  」

「 さてと。 熱燗は ・・・ ああ、いいよ、ぼくが持ってゆくから。 」

ジョ−は気軽にガス台の前に立ち 熱燗の具合を見た。

「 じゃあお願いね。 わたし、オカズを出してよそって持ってゆくわ。 ・・・うん、いいカンジ♪ 」

フランソワ−ズはオ−ブンの扉を開けた。

「 わお・・・ いい匂い。 今晩、なに。 」

「 ジョ−の好きなけんちん汁とミ−ト・ロ−フ。 ちょっと変な組み合わせだけど。 」

「 いや〜〜 楽しみ。 お。 こっちも ・・・ アチチ・・・ 」

熱燗を引き上げ、ジョ−はあちあち・・・と騒ぎつつダイニングに運んでゆく。

「 お〜〜い。 そういえば すばるは ? 」

「 まだなのよ。 変ねえ ・・・ どこか寄道でもしているのかしら。 」

「 メ−ル、見た? お母さん ・・・ 」

「 え ・・・ あ! そういえばさっき鳴ってたわ !! 」

すぴかに指摘され、フランソワ−ズはあわててエプロンのポケットから携帯を取り出した。

 

「 えっと ・・・ あら! メ−ル来てたわ ・・・ すばるからよ。 」

天板の上のミ−トロ−フそっちのけで フランソワ−ズは熱心に携帯を覗き込んでいる。

 

「 ・・・ あ〜あ ・・・ 御飯、先に食べたいな〜〜 」

「 すぴか。 」

「 ? なに、お父さん。 」

父が食卓から 手招きしている。

「 お母さんにはナイショだぞ・・・  飲んでみるか? 」

ジョ−はそう・・・っとお猪口を娘に渡し熱燗をちょびっと注いだ。

「 ・・・え ・・・ いいの? 」

「 一杯くらいいいさ。 それで ・・ コレ、食べてみろ。 」

「 うん♪ 」

すぴかはにこにこして ・・・ でも多少おっかなびっくりお猪口を口に運んだ。

「 ・・・・ ん ・・・・ 」

「 どうだ? 」

「 ・・・・ 美味しい〜〜〜!  お父さん、これ、すご・・・・・ 美味しい !! 」

「 ははは、さすがぼくの娘だ。 じゃ、今度はカラスミだ。 」

「 うん !  ・・・・・ きゃ〜〜〜 コレも 超〜〜〜美味〜〜〜〜 」

「 だろ〜〜? もう一杯 ・・・ 」

「 きゃ♪ アリガト、お父さん〜〜 」

すぴかは父の横で ゆっくりとお猪口を干ししみじみ味わっている。

そんな娘の様子に ジョ−は目を細めっぱなしである。

 

「 ねえねえ! すばるったらね、帰りに さんぱつ にゆくよって。

 さんぱつ ってなあに?  ・・・ あら。 」

携帯片手にフランソワ−ズはぱたぱたと食卓に着き・・・ 夫と娘をじっと見つめた。

お銚子の脇に お猪口がふたつ。 

夫の隣にすわる娘のほっぺはほんのりピンク色である。

「 ・・・ まさか ・・・ ジョ− ??? 」

「 うん? ああ ・・・ うん、すぴかがカラスミ食べたいっていうからさ。 」

「 そ、そうなの! ね〜〜 お父さん、これ美味しいね〜〜  うん ! 」

( あ・・・! そんなにばくばく食うなってば。 コレは高いんだぞ! )

ちらっと肴の皿に目をやり、フランソワ−ズはすぐに二人に視線を戻した。

この母の目を誤魔化すのはちょっとやそっとのコトでは無理のようだ。

「 ・・・ お酒は ・・・ 家でだけよ、他所では絶対ダメよ。 わかってるわね。 」

「 ハイ。 」

「 は〜い〜・・・! ああ、早く大人になりたいなあ! ハタチまであと何日あるのかな〜〜

 ねえ、お父さん! 将来一緒に飲みに行こうね♪ 」

「 お ・・・ 頼もしいねえ。 ( ・・・いて )  」

テ−ブルの下でフランソワ−ズの蹴りがジョ−の向う脛を直撃したようだ。 

「 ・・・ もう! あ、そうだわ。 ねえ さんぱつ ってなあに。

 すばるはそれに寄ってから帰るって・・・・ ほら、 メ−ル。 」

「 ああ、ヤツは床屋に行ったんだ。 coiffeur のことだよ。 」

「 そうなの? なんだ ・・・ びっくりしちゃったわ。 」

「 ねえ、じゃあ先に御飯、食べようよ。 アタシ、腹減った〜〜 」

「 <お腹が空いた> でしょ。 すぴかさん。 」

「 ・・・ へ〜〜い ・・・ 」

・・・ もう! とフランソワ−ズは口のなかでぶつぶつ言ってキッチンに消えた。

 

「 あは。 見つかっちゃったね〜〜 」

「 そうだな。 お母さんの目を誤魔化すのはちょいとホネだからな。 」

「 ほんとだね〜〜 ・・・ 」

父と娘は 声をころしてくすくすと笑いあった。

「 なあ、すぴか。 お父さんからのリクエストなんだけど。 」

「 なに? へえ・・・ 珍しいね〜 お父さん。 」

「 うん ・・・ あの、さ。 これはず〜〜っとお父さんの夢だったんだ・・・ 」

「 だから〜 なに。 」

うん ・・・ とジョ−はお猪口を口に運ぶ。

「 いつでもいいんだ。 すぴかの都合のいい時でいい。 

 ドレス・アップしてお父さんとデ−トしてくれるか? 」

「 ・・・ え 〜〜〜 」

すぴかは大きな眼をもっとまん丸にして ジョ−を見つめている。

「 イヤかなあ ・・・ その・・・ いろいろ話すこと、あるだろ。 お父さんも聞きたいしな。 」

「 ん。 いいわ。  えへへへ・・・ コイビト同士に見えるっかも♪ 」

「 う〜〜ん、いいねえ。 どこ行くかい。 銀座? それとも六本木とかかい。 」

「 きゃ♪ ちょっと考えとくね〜〜 」 

「 おう。 待ってる。 」

ジョ−はちょん・・・と隣に寄り添ってきた娘のほっぺたを突いた。

 

   ジョ−・・・?? なんて嬉しそうな顔・・・

 

キッチンからのスウィング・ドアを半分開けて、フランソワ−ズはなんとなく佇んでいた。

父娘の話の邪魔をしたくなかったのだが・・・

ジョ−の満面の笑みは ちょこっと彼女の心にさざなみを起こした。

 

   ふうん ・・・ ジョ−って・・・ 娘にはこんな顔するのね? 

   デ−トしよう、なんて ・・・ わたしにはっきり言ってくれたこと・・・ ある?

 

その上、日頃無愛想な娘が きらきら目を輝かせしゃべっている。

ふうん ・・・ そうなの。 へえ・・・  

フランソワ−ズはもやもやした想いを飲み込んだ。

「 ・・・ さあ、ミ−ト・ロ−フよ。 すばるの分も食べちゃいましょ。 」

「 お。 いいねえ・・・ うん、やっぱりきみの料理が最高だよ。 」

「 あらら・・・ お料理だけなのかしら? 」

「 そんなこと思うわけ、ないだろ。 」

ね・・・? とセピアの瞳がにっこりと笑いかけてくれる。

 

  あ・・・ やだ、わたしったら。 イヤな言い方して・・・

 

ぷるん、と髪を肩から払い、フランソワ−ズはナイフをジョ−に渡した。

「 さあ、切り分けてくださいな、お父さん。 」

「 オッケ−。  すばるの分、取っといてやらないとなあ・・・ これくらいか? 」

「 あ〜〜 お父さん〜〜〜 ヒイキ〜〜! アタシだってハラペコなの〜〜 」

「 ごめんごめん ・・・ よ・・っと。 これで いいかな〜  まずは ・・・ はい、お母さんに。 」

ジョ−は器用にミ−トロ−フを切り分けると家族のお皿に配った。

「 それじゃ ・・・ 今日も一日元気でした。 感謝して ・・・ いただきます。 」

「「 いただきます。 」」

しばらくは オシャベリが途絶え ・・・ 時たま食器が触れ合う音がするだけになる。

 

「 ・・・ うん、旨い! ほんと、きみ、料理の腕を上げたね〜 」

「 ありがと、ジョ−。 うん、今日はいい焼き具合だわ。 やっぱりすばるにもう少し ・・・ 」

フランソワ−ズは自分のお皿から手付かずの部分を取り分けた。

「 あいつ・・・ 遅いなあ。 どこまで行ったのかな。 」

「 え・・・ 学校の近くの理髪店だと思うけど? 美容院にゆくほどオシャレじゃないよ、すばるは。 」

むぐむぐ口を動かして すぴかが答えた。

「 すぴか。 お行儀が悪い。 」

「 ・・・ へ〜〜い ! 」

「 ・・・ もう!  ・・・ あ? 帰ってきたわ! 」

フランソワ−ズはお箸を置くと ぱ・・・っと玄関に駆けていった。

 

「 なにか ・・・ 聞こえた? お父さん。 」

「 いいや、全然。 ・・・ アレかあ、お母さんの <超能力> ? 」

「 うん、お父さんが帰ってきたときもあんなカンジだけど・・・

 へえ ? すばるのコトもわかるんだ〜  お母さん。 」

「 ・・・ らしい、な。 」

「 ふう 〜〜 ん ・・・ やっぱりお母さん すばるの方が好きなんだ ・・・ 」

「 え?? なんだって?? 」

ぼそ・・・っと呟いた娘の言葉にジョ−が驚いたとき・・・

 

「 ・・・ え 〜〜〜 !! どうしたの?! すばる〜〜  」

 

玄関から フランソワ−ズの高声がぴんぴん響いてきた。

「 な、なんだ、なんだ?? 」

「 やだ、すばる・・・ 何したの〜〜 ケガ ?? 」

顔を見合わせ、ジョ−とすぴかは食卓の前から腰を浮かしたが。

 

  ばん・・!   ぱたぱたぱたぱた ・・・・

 

リビングのドアが開き すばるがのそり、と入ってきた。

すぐ後からフランソワ−ズの足音が追いかけてくる。

 

「 ・・・ ただいま。 」

 

「 すばる、遅かったね ・・・ ええええ?? 」

「 お帰り。 う ・・・ わ?? 」

「 腹減った ・・・ すぴか。 今夜、なに。 」

「 ・・・ ・・・ あ ・・・ み、ミ−トロ−フ ・・・ 」

「 ふうん・・・ 」

 

すばるはちら・・・っと食卓に目をやると荷物をつかんでまた出て行った。

父と姉は そんな彼の後姿を呆然と見送り ・・・ 母はリビングの入り口で棒立ちになっていた。

「 ・・・ そんな規則か? お前達の学校・・・ か あいつの部活 ・・・ 」

「 ち ・・・ ちがうよお。 」

「 ・・・ なんで ・・・ どうして ・・・ 」

 

最近段々と母に似た色になってきた島村すばる君の髪は ・・・ 

父とよく似たクセッ毛は。 ちょっと長めの柔らかな髪は。

みごとに ばっさり、 ちょんちょんに刈り込んであった。

 

「 ちょっと ・・・ 聞いてくるね。  お母さん、アタシのミ−トロ−フ、とっといてよ! 」

「 え ・・・ あ ・・・ はいはい。 」

すぴかはまだぼ・・・っとしている両親を置いて弟を追いかけていった。

 

「 あ、ああ。  フラン? フランソワ−ズ・・・? 」

「 ・・・ え 、あ ・・・ なに、ジョ−。 」

ジョ−は食卓から離れるとまだリビングで立ちんぼの妻の腕を引いた。

「 食事。 冷めるぞ。 ここは すぴかに任せてさ。 」

「 え ・・・ ええ、 ・・・ そうね・・・ 」

「「 でも なんだって ! ・・・ あ ・・・ 」」

思わず同時に同じコトを口走り、すばるの父と母は顔を見合わせた。

 

「 ヤダ。 ・・・ふふふ ・・・ だらしないわね、わたし。 」

「 いや ・・・ ぼくのほうこそ・・・ 」

くす・・・っと二人は小さくほろ苦い笑みを洩らした。

「 ちょっと ・・・ショックだわ。 すばるの髪・・・ ジョ−とそっくりで好きだったのに・・・ 」

「 しかし なんだってまた急に・・・ なあ。 なんか言われたのかな。 色とかさ。 」

ジョ−は昔の記憶に 少々胸が痛んだ。

「 まさか。 あのねえ、今時って・・・ カッコいいんですって。 

 本当は規則違反なんだけど、ナイショで脱色したりするコ、結構いるそうよ。 」

「 ふうん ・・・ 」

取り合えず晩御飯ね・・と二人はまだ少々ぼう・・っとして食卓に戻った。

 

 

 

 

 

「 ・・・ ああ 暖まったわ ・・・・ ジョ−? もう一回入る? 」

ガウンを引っ掛けてフランソワ−ズがバス・ル−ムから戻ってきた。

秋も大分深まって、温暖なこの地でも夜にはお風呂が心地よい気候になってきた。

「 う〜ん ・・・ もういいかな。 」

「 そう? まだそんなに寒くないけど・・・ 湯冷めしないでね。 」

「 ああ ・・・ 」

フランソワ−ズはタオルでゆっくりと髪をぬぐっている。

そんな妻を ジョ−は先にベッドに横になってしばらく眺めていたがひょいと起き上がった。

 

「 なあ。 アイツ・・・とうとう白状しなかったな。 」

「 すばる? まあ ・・・ そうね。  あのガンコさは誰に似たのかしらね〜 」

「 誰にって。 そりゃきみだろう? 」

「 あら。 そうかしら。 」

「 そうさ。 こう!と決めたら絶対に、絶対に退かないじゃないか。 天下無敵の003さ。 」

「 ・・・ そう ・・・ かもね。 」

「 そうだよ〜〜 」

 

 

 

「 ・・・ 邪魔だから。 」

 

すばるは突如 ちょんちょんに髪を切ってきた理由について、ついにそのひと言以外口を開かなかった。

呆然として言葉もない母と ふ〜〜ん・・・と感心してるだけの父の替わりに

双子の姉が やいやいと問い質したが徒労に終った。

たしかに弓を引く時には短髪の方がいいのかもしれないが・・・

両親も姉も 苦笑してこの頑固者には降参をした。

 

「 いいわ。 今度機嫌の良いときにでも電話してみる。 」

「 ・・・ 電話ぁ? 」

「 そう。 部活の後だったら大丈夫かも・・・ 最近、うるさいのよね〜 」

「 なんで?? どうして同じ家にいる息子にわざわざ電話するんだい。 」

「 ・・・ うふふ・・・ だって。 似てるんですもの。 」

「 似てる??? 」

フランソワ−ズはジョ−を見つめてくすくす笑った。

「 声。 携帯だとね、ほっんとうにジョ−にそっくりなの。 間違えそうよ。 」

「 ・・・ へえ?? そうかなあ・・・ そんなに似てるって思わないけど。 」

「 普通に話してるときはそうでもないんだけど。 もうね、電話だと ジョ−そのもの。 

 それで ・・・ ちょっと淋しかったから ・・・ ジョ−ったらこの頃帰りが遅いでしょ。 

 だから ・・・ すばるに電話して < ジョ−の声> が聞きたかったの。 」

「 ・・・ ごめん。 忙しくてさ・・・ 電話入れるヒマもなくて・・・ 」

「 ええ、お仕事ですものね。 わかってるわ。  ・・・ だからせめて声だけって・・・

 そしたら すばるったら煩い・煩い〜〜って。 もう電話するなって言うのよ。 

 冷たいわ ・・・ あのコ ・・・・ 

 

   ・・・ あ。 じゃあ・・・ あの電話って ・・・

 

ジョ−は思わず膝を叩きそうになった。  

そうだ、アレは・・・ すばる相手だったんだ!!

「 ・・・ なあんだ ・・・ 」

「 え? なにが。 」

「 いや。 なんでもないよ。 ふうん、電話の声がなあ。 」

「 親子って妙なトコが似るのよね。 わたしの兄なんか 手がね、父にそっくりだったわ。 」

「 へえ ・・・・ 」

「 ジョ−はすぴかとデ−トの約束してるし。 すばるはわたしのこと、煩いうるさい〜って言うし。

 あああ ・・・ 母親って <御用済み> になるとだ〜れも相手にしてくれないのね。 」

すん・・・っとちいさくハナを鳴らして、そんなにウソっぽくもない涙声がフランソワ−ズの口から

漏れている。

「 フランソワ−ズ ・・・ 」

ジョ−はくい・・・とフランソワ−ズの腕を引いた。

「 なに言ってるのかな〜。 ぼくにはこのヒトが一番なんだけど。 」

「 あら・・・ ウチには若くてぴちぴちの ホンモノ がいるじゃない? 

 こんなおばあちゃん、ジョ−だってもう 御用済み、でしょ。 」

「 ふふふ ・・・ きみもすぴかと似てるなあ。 」

「 なによ、似ているのは外側だけよ。 」

「 い〜や。 その ・・・ ふふふ ・・・ 拗ねてる感じ、そっくりだぜ。

 なるほどね〜〜 親子は妙な所が似てるよ、うん、確かに。 」

「 ・・・ いじわる。 」

本気でぽろり、とフランソワ−ズの頬を涙が転がり落ちた。

「 あは ・・・ 泣くなって。 ・・・ もう・・・・ 」

背中を向けてしまったフランソワ−ズの肩に ジョ−の腕がするりと回った。

「 ・・・ ばぁか。 この娘 ( こ ) はいつまでもコドモだなあ・・・ 」

「 ・・・ ジョ− ・・・・。 だって ・・・ 淋しいの。 」

「 だから ・・・ ごめん、って。 」

ジョ−は唇をよせ、白い艶やかな頬をつたう涙を吸い取った。

「 ・・・ あ ・・・ ん。  

 すぴかには随分優しいのね。  デ−トしよう・・・なんて。 」

「 だってな。 すぴか ・・・ きみにそっくりだよ。 ぼくの知らない頃のきみに。

 きみともっと早く出逢っていたら・・・ あんな年頃のきみと会えてたら・・・って

 ぼくは残念でしょうがないのさ。 だから ・・・ せめて娘を眺めて少女時代のきみを想ってるんだ。 」

「 ・・・ そう ・・・ わたしも。 わたしの知らないジョ−がすばるの中に見えるの。 」

「 ん。 ・・・ もっとかっこよかったぞ ? 」

「 あら。 わたしだって もっとレディだったわ? 」

涙のあとから フランソワ−ズはほんのりと笑った。

 

  ・・・ あ ・・・ この笑顔 ・・・ もう、最高だよ・・・!

 

ジョ−はきゅ・・・っと腕に力を足して、愛しいヒトを抱き寄せる。

「 すばる、さ。 あいつ  ・・・ 照れているんだよ。 」

「 照れる?? 」

「 そうさ。 きみがあんまり綺麗だから。 学校とか試合とかに来ると皆が

 きみを見るだろ。 それが 気恥ずかしいし まあ、ちょびっとヤキモチもあるだろうな。 」

「 え・・・・ そうなの 。 」

「 多分な。 ぼくからすればめちゃくちゃ贅沢・・って思うけど。

 あいつ・・・ こんな素敵な母親を持ってさ、 このヤロめ!って思うよ、ぼくは。 」

「 ・・・・ まあ ・・・ 」

 

   娘は ・・・ 最大のライヴァルだわ。

 

   一生の恋仇は ・・・ 息子だ・・・!

 

ふふふ ・・・・  ははは ・・・・

ジョ−とフランソワ−ズは 低く静かに笑いあった。

 

「 なあ。 デ−トしようか。 」

「 ・・・ え? なあに、ジョ−ったら・・・ 急にどうしたの。 」

「 うん ・・・ きみと一緒に、二人だけで出かけたのってもう随分前だなあって思ってさ。 」

「 そうね・・・ 子供達が生まれる前かしら。 」

「 だから、さ。 たまには お父さんとお母さん じゃなくて・・・ 

 うん、そうだなあ、 それじゃ フランソワ−ズ・アルヌ−ル嬢とムッシュウ・ジョ−島村 でゆこうか。 」

「 きゃ♪ うれしいわ! ・・・ きゃ ・・・ 」

ジョ−は後ろから彼の奥さんを抱き締めたまま ・・・ 一緒にベッドに倒れこんだ。

「 ・・・ あ ! ・・・ もう 〜 」 

相変わらずほっそりとした、良い匂いのする身体がジョ−の胸に縋りつく。

「 ん ・・・ やっぱりちょっと冷えたから ・・・ 暖まりたいな。 」

「 ・・・ ジョ−ったら・・・ そうね、わたしもよ。 」

「 ・・・ ん ・・・ 」

ジョ−は片手を伸ばし ライトをフロア・ランプに切り替えた。

夜の帳が 二人の愛の褥にふんわりと ・・・ 優しく垂れ込めた。

 

 

 

 

   *****  おまけ  *****

 

 

「 お帰りなさい。 ・・・ あら?? 今日はお父さんとデ−トじゃなかったの? 」

玄関で フランソワ−ズは目を見張った。

「 ただいま〜〜 ♪♪ そうだよ〜 うふふふ・・・ すっごく楽しかった!

 お父さん、カッコいいんだもん。 」

すぴかは目をきらきら・・・ 大にこにこで帰ってきた。

「 え・・・ だって その恰好 ・・・? 」

「 あ、これ? すばるの革ジャン、借りたんだ〜♪ どう? ちょっとデカいけど男モノって

 カッコイイよね〜〜。 このキャップはお父さんとお揃いで買ったの♪ 

「 ・・・???? 」

「 ふふふ ・・・ 最高〜〜のデ−トだった♪ お父さんさ、若くみえるじゃん? きょうだい? って

 聞かれちゃったよ。  電子辞書もいっちばん性能いいの、 買ってもらえたし。  

 あ、すばる〜〜〜 ねえ、見てよォ〜〜 」

なにが何だかわからずに ぼ〜っとしている母を置き去りにして すぴかは二階へ行ってしまった。

 

   ・・・・ きょうだい??  ドレス・アップして デ−ト.・・・って聞いたけど。

   銀座か 六本木に行くって ・・・ ジョ−は・・・???

 

「 ・・・ ただいま。 」

「 あ。 お帰りなさい・・・・ あら。 」

娘とは対照的に すこし重い足取りでジョ−が玄関に入ってきた。

目深にキャップを被り 髪を中に押し込んで なぜかコ−トをしっかり着込んでいる。

「 あらら ・・・ その恰好 ・・・ どこまで行ったの??? それで銀座でデ−ト ?? 」

「 アキバだよ。  アイツが! すぴかがさ。 アキバがいい! っていうからさ ・・・ 」

憮然とした表情で ジョ−はばさり、とコ−トを脱いだ。

「 ・・・あら 〜〜〜 ふふふ ・・・ よく似合うわ! ハリケ−ン・ジョ−!! 」

 

ギルモア邸の玄関には。

18歳の島村ジョ−が レ−シング・チ−ムのロゴ・マ−クいりのツナギを着て立っていた。

 

 

 

***********    Fin.    **********

 

Last updated : 11,06,2007.                                    index

 

 

*****  ひと言  *****

はい、お馴染み <島村さんち> スト−リーであります。

生意気ざかりの子供達に、 相変わらずお父さんとお母さんは振り回されているみたい♪

な・・・んにも事件はおきません、ここではいつも穏やかで優しい時間がながれています。

ほっと一息 ・・・ そんな気持ちになって頂ければ幸いです。

 

すぴか嬢の <お澄まし写真 >はこちら ⇒ 双子の生みの親、めぼうき様素敵絵をどうぞ♪♪