『 ぽかぽかの日々 』
カチカチカチ ・・・ カチカチ・・・・
ほんのちいさな、微かな音 ・・・ 編み棒と編み棒が触れ合う、とっても小さな音がず〜っと続いている。
ライトは手元を照らすスタンドだけ。
一人っきりのリビングはいかに温暖な地域とはいえ、この時間になるとしんしんと冷えてくる。
編み棒と一緒に 足先が微かに震えはじめていた。
ふううう ・・・・
溜息が漏れて 編み棒の音はやっととまった。
「 ・・・さむ・・・ もう寝ちゃおうかしら。 いくらソ−ラ−・システム利用のライトでも
勿体ないものねえ。 あら・・・・ もうこんな時間だわ。 」
島村さんちの奥さんは うう〜〜ん・・・と大きく伸びをした。
彼女の膝の上には。
ふわふわモヘアで編んだ天使の羽みたいなケ−プがあとちょっとの完成を待っていた。
「 ・・・ これでケ−プ出来るわ。 あとはお帽子、ね。 」
両手でささげ持ってみれば夜目にも鮮やかな白が ぱあ〜・・・と広がった。
さっきの溜息はどこへやら、彼女の頬には極上の笑みが浮かんでいる。
「 ふふふ・・・ 久し振りのお揃いね♪ きっとすごく可愛いわ。 コ−トは色違いをみつけたし・・・
わたしの二人の天使達・・・ クリスマスが楽しみだわ・・・・ 」
ちゅ・・・っとケープにキスを投げ、 彼女は再び編み棒を取り上げた。
「 もうちょっとだから。 頑張っちゃおう・・・ ジョ−もそろそろ帰ってくるはず・・・
あら。 もうこんな時間じゃないの・・・ 」
チラリ、と見上げた鳩時計は そろそろ真上に長短の針が重なりそうな時刻を示していた。
「 ・・・ 最近ず〜っと遅いわよね。 いくらジョ−だって、身体、大丈夫かしら。
この国のお父さん達って みんなこんなに忙しいのかなあ・・・ 」
島村夫人の手は いつしか自然に止まっていた。
師走、といわれる月に入る少し前から、ジョ−の帰宅時間はぐんと遅くなった。
彼はずっと都心の出版社勤務で、もともと帰りは遅い方だった。
その替わり 午前中ゆっくりする日もあったりして、それなりに夫婦二人の時間をまったりと過したり、
たまには一緒に出かけることだってあったのだ。
「 あら、明日は遅出なの? 」
「 うん。 ・・・ なあ、もし都合ついたら、一緒に出ないかい。 」
「 いいけど・・・ ジョ−には早すぎない? 」
「 いいさ。 実はね、銀座の裏通りにすごく落ち着いたカフェをみつけたんだ。
よかったら、そこでお茶しようよ。 あ・・・ きみ、レッスン前か・・・ 」
「 あら 素敵♪ いいわ、いいわ。 わたし 明日はさぼっちゃう。 」
「 あ〜ああ・・・ 悪いお母さんだなあ〜 」
「 ジョ−〜〜〜 デ−トの約束してるのに ・・・ <お母さん> はイヤよ。 」
「 ははは・・・ ごめんごめん。 それじゃ、フランソワ−ズ? 明日は晩秋のカフェで♪ 」
「 きゃ♪ ジョ−と二人っきりでお出掛けなんて久し振りだわ〜〜 何、着てゆこうな 」
「 なんだってきみはキレイさ。 」
「 ・・・ふふふ・・・ メルシ♪ さ〜あて、それじゃ今晩はしっかりパックしてきましょ。 」
「 おやおや。 そんなコトしなくてもきみはキレイだってば・・・ 」
「 あらぁ、これはね、気持ちのモンダイなの。 デ−ト前の女の子の心構えかしら。 」
「 へえ? それじゃ・・・ ぼくはね〜 」
ジョ−はふわり、と両腕を彼の恋人の身体に回した。
彼女はドレッサ−に向かって熱心に顔のマッサ−ジをしているのだが・・・
「 きゃ・・・ ジョ−、クリ−ムが付いちゃうわよ。 ・・・ あ・・・ だめよ・・・ 悪いコね 」
「 だから〜 コレは男の子の心構え、さ。 ・・・ お楽しみ・第一部 は只今から開始なんだ♪ 」
「 あ・・・ もう ・・・・ ダメだってば。 勝手に・・しないで ・・・ ああぁ・・・ん・・ 」
ジョ−は幕の代わりに 薄物のネグリジェを左右に広げ < 第一部 > を開幕した。
出演者も観客も たった二人だけなのだが、おおいに盛り上がっていたらしい。
翌日の < 第二部 > は前幕の余韻もあり 二人は艶やかな瞳で見つめあった・・・
そんな甘い時間も。 今ではまるで違う世界のハナシみたいなのだ!
「 取材がさ〜 長引いて・・・ オマケに道がひどい渋滞でさ。 」
「 明日が〆切りなんだ。 資料、かき集めてもう一回、社に戻るから。 先に寝ててくれ。 」
「 ・・・ しばらくこんな時間だから。 起きて待たなくていいよ・・・ 」
そろそろ寒さが本番になる頃から ジョ−の帰宅は深夜が普通になってしまった。
連日続けば さすがの彼も玄関からバスル−ムに直行、そして次はベッドに倒れこむ。
「 ・・・ ジョ−・・・・ 大丈夫? ねえ、あまり無理しないで・・・ 」
「 う・・・ うん ・・・ だ いじょぶ ・・・・ 」
「 明日、遅出? 」
「 ・・・ あ! 違うんだ、いつもと同じ時間に・・・起こして・・・くれ・・・ 」
「 いいけど・・・ 本当に大丈夫なの? 」
「 ・・・ う ・・・ ん ・・・・ 」
「 ジョ−・・・? あ〜あ、もう熟睡しちゃってるわ。 」
フランソワ−ズはそうっと羽根布団をなおし、ジョ−の額にキスをした。
「 ・・・ なんにも手伝えなくて ・・・ せめて美味しいお弁当だけでも用意するわね。
お休みなさい、ジョ−・・・ 世界で一番愛してる・・・♪ 」
こそっと隣にもぐりこみ、でもジョ−がゆっくり休めるように端っこに寝た。
・・・ つまんないの。 最近、ジョ−と話すのってお早う、いってらっしゃい〜と お休み だけみたい。
子供達もお父さん、遅いね〜〜って 淋しがっているのに・・・
ふううう・・・ 小さな溜息がついつい漏れてしまう。
「 ・・・ すぴか・・・? そっち・・・・危ないよ。 すばる・・・・ほら・・・ 〜〜〜 」
「 え? なあに? 」
ちょっと驚いて起き上がったけれど ジョ−は相変わらず爆睡中なのだ。
「 ・・・ な〜んだ、寝言なの。 ふうん・・・ 寝言にも子供達なのねえ。 」
双子の子供達、 すぴかとすばるは二年生になり、行動半径もぐんと広がった。
毎日元気一杯に跳びはねているけれど、そろそろフランソワ−ズ一人の手には負えなくなってきている。
ジョ−・・・ ねえ、ジョ−ってば。
すぴかがねえ、いくら言ってもスカ−トを着てくれないのよ。 可愛いセ−タもイヤなんですって。
やっと最近半ズボンはやめてくれたのだけど、ジーパンにトレ−ナ−なのよ。
ねえ、ジョ−、どうしたらいい?
すばるにもね、自転車を教えたのだけど。 恐い〜〜って・・・・ 大泣き。
すぴかの後ろに乗っけてもらってにこにこしているの。 ・・・男の子なのに・・・
今度の日曜日にでも ちょっと教えてやってくれないかしら。
ジョ−と相談したいコトは山ほどある。 聞いてもらいたい愚痴だっておなじくらいの高さに積みあがっている。
・・・ でも。
疲れて、やっと帰宅し、そのままベッドでひたすら眠りこけている夫を 起こす気分にはとてもなれない。
ジョ−は家族のために頑張っているのだ。
いけないわね。 ・・・ これはわたしの受け持ちだものね。
ジョ−が忙しい間は わたしも頑張らなくちゃ ・・・ でも どうぞあまり無理しないで・・・
フランソワ−ズはもう一度、 こそ・・・っと彼女の最愛のヒトの唇にキスをした。
「 ・・・う ・・・ん ・・・? 」
「 あ・・・ ごめんなさい・・・ もう邪魔しませんから。 ね、 ジョ−・・・ 」
むにゃむにゃ・・・と寝返りを打とうとしたジョ−の背にそうっと頬を寄せる。
いけない・・・ ジョ−に聞こえちゃったかしら・・・?
ああ、もう夢の国ね。 お休みなさい・・・・ ね、週末には・・・愛して・・・
とくんとくん・・・・
かすかに感じる鼓動が フランソワ−ズには子守唄となり彼女もすぐに寝入ってしまった。
たまに日付が変わる前に帰りついた日には、 彼は家でも仕事を広げた。
遅い夕食もそこそこに ジョ−は寝室で資料をひろげ PCに向かう。
「 ジョ−、お風呂、お先に。 ・・・ あら。 まだ終らないの? もうお休みになったら・・・・ 」
フランソワ−ズはバスル−ムから戻ってきて眼を見張った。
「 ・・・ ああ? うん・・・ あと少しなんだ。 あ、うるさいかい? だったらリビングに行くよ。 」
「 いいの、いいの。 どうぞここで続けて頂戴。 」
「 そうかい? ごめんな・・・。 本当にあとすこしなんだ・・・・ う〜ん・・・と・・・? 」
ジョ−はひた、とモニタ−を見つめたままだ。
ふう〜〜〜ん、だ。 せっかくジョ−がお気に入りのネグリジェを着たのに〜
ジョ−の好きな入浴剤も使ったのに・・・・
思わず零れ出しそうな溜息を そっと収めて、フランソワ−ズは足音も忍ばせる。
「 ・・・ ねえ? カフェ・オ・レでもいれましょうか。 寒くない、ジョ−。 」
「 ・・・ うん? あ ・・・ そうだな〜 ちょっと小腹が空いたかも。 いいかなあ、頼める? 」
「 ええ、勿論よ。 ジョ−の好きなミルクもお砂糖もたっぷりの熱々を淹れてくるわね。 」
「 嬉しいなあ。 ああ、きみこそ湯冷めしないようにしろよ。 」
「 はい、了解〜〜 」
ちょっとだけでもおしゃべりできるかな・・・と嬉しくなってきた。
足取りも軽く キッチンに降りて行き丁寧にカフェ・オ・レを調えた。
「 ・・・ う〜ん! 熱々、出来上がり♪ え〜と・・・ そうそう、オ−ツ・ビスケットがあったっけ。 」
小皿にビスケットも乗せて。 湯気の上がるカップと一緒に寝室まで慎重に運ぶ。
「 ジョ−・・・・ お待たせ・・・ あら? 」
PCの前にジョ−の姿はなく、ベッドの上に雑誌やら紙類が散らばっている。
「 ・・・ お手洗いかしら。 ? なんか・・・寒いわね・・・ あら。 窓が・・・ 」
忍び込む冷気に、辺りを見回せばテラスへのサッシが少し開いていた。
「 やだ・・・! わたし、ちゃんと閉めたはず・・・・ あ ・・・ あれ? 」
「 ・・・ じゃあ、それで・・・ ふふふ ・・・楽しみだなあ。 」
外のテラスからジョ−の声が聞こえてきた。
「 ジョ−・・?? 電話??? ・・・ ああ、携帯ね。 でもどうして・・・? 」
なぜだか どうしてか 自分でもよく判らないのだが フランソワ−ズはそうっと声のする方向に近づいた。
「 うん、ありがとう。 こんな遅くに・・・ うん、うん ・・・ 嬉しいデス。 」
なにやらジョ−はご機嫌のようだ。
・・・ ジョ−・・・? 大忙しなのでしょう・・・? お仕事の話?
「 うん ・・・ わかった。 それで ・・・ 今度いつ・・・ うん? 」
こちらに背を向けているので表情はわからないが、ジョ−の声は弾んでいる。
わたし。 ジョ−の笑顔、見たのはいつ・・?
しばし躊躇っていたが 彼女は思い切ってサッシを開けた。
「 ジョ−。 ちゃんと着ていないと風邪をひくわ。 」
「 それで・・・ふふふ ・・・ あ! あ、あの・・・ そ、それじゃその件はまた明日! それじゃ。 」
ジョ−は 振り向くなり大急ぎで通話を切ってしまった。
「 あら。 もういいの? お仕事・・・・のお電話でしょう? 」
「 あ・・・ ああ、・・・うん、そうなんだ。 いや〜 もう参っちゃうよなあ。 」
「 ・・・ 大変ね・・・ クシュ・・・! 」
「 あ! ほら〜〜 きみこそそんな恰好で・・・ ほら、入ろうよ。 な? 」
「 ・・・・・・・・ 」
ジョ−は彼の愛妻の肩を抱き、そそくさと部屋に戻ったのだ。
「 あ〜〜 やっぱり寒いな。 いや、こんな時間に電話してくるなんてさ、非常識だよな。 」
「 そうね。 」
「 う〜ん、仕事のことでさ。 彼女、あ、いや、あっちも熱心で・・・もう参っちゃうよ。 」
「 そう・・・大変ね。 」
「 ・・・ う、うん。 まあね。 」
ジョ−はごしごし手をこすり、そそくさとPCの前に座った。
「 ・・・ カフェ・オ・レよ。 冷めてしまったけど。 」
「 ん? あ、ああ・・・ そんなことないよ、美味しいよ〜〜 うん、すごく美味しい! 」
「 ねえ、ジョ−。 続きは? 」
「 え? ・・・・あ、ああ・・・ もうほとんど終ったんだ。 あ〜ああ・・・ もう寝るよ。 」
「 ・・・ そう? お電話、続きはいいの。 途中だったみたいだけど? 」
「 で、電話? ・・・・ ああ、そ、そうだけど・・・ うん、いいんだ、明日、オフィスの方で話すよ。 」
「 ・・・ そうなの? わたし、先に寝るわね。 」
「 あ ・・・ うん。 煩かったら言ってくれ、リビングに行くから・・・ 」
「 全然。 ここでどうぞ。 ふぅわ〜〜・・・・・あら 失礼。 お電話でもなんでもどうぞ?
わたし、もう眠くて起きてなんかいられませんから。 お休みなさい。 」
いささか切り口上にいうと、フランソワ−ズはベッドに潜り込み、ジョ−に背を向けた。
「 あ・・・ あ。 ああ、お休み、フランソワ−ズ ・・・ 」
「 ・・・・・・・・・・ 」
ちっとも眠くなんかないはずだったのだが・・・枕に顔を押し付けてじ〜っとしているうちに
いつしか彼女は本当に寝入ってしまった。
その夜、 かなり遅くまで夫婦の寝室からはキ−ボ−ドを叩く音が聞こえていた。
そして 翌朝。
例によってジョ−はギリギリまで寝ていて。 二食分のお弁当を抱えて愛車で飛び出していった。
カチカチカチ ・・・ カチ・・・・
編み棒の触れ合う音が 再びはじまった。
「 もうちょっとですものね。 今夜中に仕上げてしまいましょう。 ジョ−が帰るまでに・・・ 」
ソファの上に座りなおし、ひざ掛けをしっかりと巻き付けた。
ジョ−・・・ あの日・・・あの電話にとっても嬉しそうだった・・・
そうよ。 あの日のあと・・・・ 二回、女のヒトから電話があったわ。
若い声だった・・・・ 二回とも わたしが出たらすぐに切れてしまったっけ・・・
ふ・・・っと思い出した光景が どうしても頭の中から離れないのだ。
「 ・・・ お仕事って言ってたけど。 でも。 今までお仕事の電話があんな時間に掛かってきたかしら。 」
いけない、いけない・・・と彼女は頭を振って妙な考えを 追い出そうとした。
「 だめだめ。 ジョ−は忙しいだけ。 ・・・そうよ、きっと・・・ そうに決まっているわ。
・・・ でも ・・・・ でも。 ・・・ もしか して。 ううん、そんなコト、絶対に! でも・・・・ 」
否定する側からどんどんイヤな想像が広がってゆく。
「 もし。 ジョ−に。 ・・・・他に 好きなヒト・・・が出来たら。 ううん! そんなコト ・・・・ でも・・・ 」
きゅう〜・・・っと編み棒をにぎりしめる。
「 ・・・どうしよう・・・ 別れてくれ、なんて言われてしまったら・・・ 子供達がいるのに・・・!
いいえ! わたしが。 ねえ、すぴか、すばる。 ママンがどんなことをしてもあなた達を
立派に育てるから。 ・・・ええ、 わたし、あの子達の為ならなんだって・・・ 出来るわ! 」
ぐしゃ・・・
フランソワ−ズはふわふわのケ−プを編み棒ごと握ってしまった。
編み棒が もし、口がきけるのであったら 悲鳴を上げていただろう・・・!
大きく撓んだ編み棒を 彼女はますます固くにぎりしめる。
「 ・・・でも。 ジョ−だって子供達が大好きだもの。 どうしよう・・・離・・・離婚の話し合いになって・・・ 」
いまやフランソワ−ズの心は完全に別世界、ソファに固まったまま じ・・・っと宙を見つめている。
「 ・・・ そうよ。 どちらがあの子達を引き取るか、で揉めて・・・話し合いは平行線で・・・
そんな時 すぴかが泣くの。 大きな声で泣くの・・・ 」
「 ・・・すぴか・・・! ああ、ごめんね、おっきしてしまったのね。 よしよし・・・ 」
「 すぴか。 ごめんな・・・ お父さんを許してくれ・・・ 」
「 それなら。 子供達はこちらで引き取ります。 妹と姪と甥を連れて僕はフランスに帰りますよ! 」
「 ・・・ お兄ちゃん・・・! 」
「 ファンション・・・ お兄ちゃんがバカだった。 こんなオトコを信用したばっかりに・・・
お前をひどく悲しい目に合わせてしまった・・・ お兄ちゃんが悪かった・・・許してくれ。 」
「 ・・・ ジャンさん。 本当に申し訳ない。このバカ者のせいで妹さんの人生をメチャメチャにしてしまった・・・
お詫びのしようもありません。 子供達は責任を持ってワシが引き取ります。 」
「 ・・・ ギルモア博士! そんな・・・わたしからあの子達を取り上げないでください・・・! 」
「 しかし・・・! 」
「 それなら。 どうじゃろう・・・ すぴかちゃんはお母さん、すばる君はお父さんの方で・・・というのは。 」
「 コズミ博士 ( せんせい ) ・・・ 」
「 そのかわり。 これきり、にしなさい。 以後、両家の付き合いは無用じゃ。 」
「 ・・・ そんな ・・・ わたしのすばる・・・すばる・・・・ 」
「 そうよ・・・・! それでわたしはお兄さんと赤ちゃんのすぴかを抱いて泣く泣くパリに帰るの・・・
そう ・・・ 霧の深い朝、ヨコハマの港から船でこの国を去ってゆくの・・・
さようなら・・・ニッポン ・・・ さようなら ・・・ ジョ− ・・・・!
すばる ・・・すばる・・・ ごめんね、お母さんを許して・・・・ 」
フランソワ−ズの頭の中には 出航する客船の船尾で佇む彼女自身の姿がはっきりと浮かんでいるのだ!
どうして船なのか? どうして兄が登場するのか? そして なぜ小二なはずの双子が赤ん坊なのか。
・・・ その辺はもうどうでもイイのだ。
毎朝なんとなく見ている連ドラやら以前に観たメロドラマやら本やら、全てがごちゃごちゃになった世界に
彼女はどっぷりと填まりこんでしまっている。
「 ・・・ ああ・・・ そうして双子の姉弟は相手の存在すら知らずに別々の国で育つの。 」
・・・ ほう ・・・ !
暗闇にまた、溜息が溶け込んでゆく・・・
ついさっきまで寒さに白く強張っていた頬は いまやうっすらと上気している。
「 そう・・・そしてね。 ある年、二人はばったり出会うの。
すぴかはバレリ−ナを目指してコンク−ルに出場するの、その街で自分とそっくりなオトコのコに出会うの。
・・・ そう・・・そのコは高校生で・・・バンドとかやってて・・・ でも二人はあまにもそっくりすぎて・・・ 」
「 ・・・ ごめん、 どうしても気になって。 僕、島村すばる、と言います。 あ、日本語、わかりますか。 」
「 ・・・? Bonjour? un petit peu ・・・ 少しだけなら。 」
「 よかった! あの〜〜 よかったら誕生日、教えてくれますか。 まどもあぜる・・? 」
「 私、 すぴか・あるぬーる です。 誕生日は 12月 〇日よ。 」
「 ・・・・ 僕も! 僕も ・・・ 12月 〇日なんだ! 」
「 私たち・・・そっくり、ね。 」
「 うん。 ・・・ 信じられないけど・・・ そっくりだ。 」
「 そうよ・・・! 二人はね! 運命の糸に手繰りよせられて・・・再び出会うの!
ああ・・・! 誰も双子の姉弟を引き離すことなんかできないのよ・・・! これは運命なの・・・ 」
パタパタパタ・・・・
フランソワ−ズの膝に 大粒の涙が散り始めた。
彼女の目の前には18歳になった!息子と娘の姿がしっかりと見えていた。
すぴかは・・・長い亜麻色の髪がくるくるとカ−ルし すばるはセピア色の前髪が
くせッ毛でひょん・・・と跳ね上がっている。
娘はすんなり伸びた長い手脚をもつ乙女、息子は長身の若者になっている・・・!
実際にはジョ−と彼女自身のイメ−ジに近いのだが、彼女は一人で盛り上がってしまっていた。
すぴかとすばるは、勿論二卵性の双子なのでそんなに似てはいない。
赤ちゃんのころはそっくりに見えたが、今は姉は<見た目>はだいたい母に、そして弟は
すこし薄いセピアの髪をした < 小型版・ジョ− > になっている。
「 二人はね・・・ 魅かれあって。 お互いの存在が気になって仕方ないの。
すぴかはレッスンに身が入らなくて コンク−ル前だっていうのにてんで集中できなくて・・・ 」
「 すぴか! 今の踊りはなんですか。 そんなことでグランプリが取れると・・・いいえ!
今のあなたの舞では予選落ちですよ。 」
「 すんまへん・・・ すんまへん、お母はん・・・ でも ・・・ 今のすぴかには・・・・
恋するジゼルの舞は 舞われしまへん・・・ 堪忍して・・・ 」
「 すぴか! 甘えるのやおへん! 」
「 ・・・お母はん ・・・ 」
「 そう・・・ そうよ! わたしはこころを鬼にしてすぴかを鍛えるの!
ああ・・・そうして ある日。 立派な若者になったすばると会うの・・・・! すばる・・・!
ああ、すばる・・・ 大きくなって。 ジョ−にそっくり・・・ お母さんのこと、覚えている? 」
ほろほろとまたもや涙がフランソワ−ズの頬を伝い落ちてゆく・・・
「 ・・・ ねえ、すぴか。 お母さんさ〜 ヘンだねえ? ぶつぶつ言って泣いてさあ・・・ 」
「 し・・・! また、アレよ。 」
「 ・・・ アレ? 」
リビングの入り口のドアは 大分前から半分だけ開いていて、パジャマの上にセ−タ−を着込んだ
姉と弟がじ〜〜〜っと中の様子を窺っていたのだ・・・!
半径50キロ以内の索敵能力を誇る003は。
別世界に浸りきっていて まったく闖入者の探査はお留守になっていた。
「 そ。 アレ。 お母さんってば完全に <もうそう> のせかいにはいっちゃってるのよ。 」
「 もうそう・・・? 」
「 そうよ! う〜んとねえ、〇〇のつもり・・・になってお話を作ってるの。 」
「 あ、そうか〜♪ 僕が〜 JRの運転手さんになったつもり〜で 前方確認よ〜し!ってやるのと
同じだね〜 」
「 ・・・ ちょっとちがうかも・・・ でも、そんなカンジよ。 あ〜あ・・・ また泣いてる・・・ 」
「 どうする? お父さんさ〜 僕達の部屋でさ〜 僕のベッドでさ〜 」
「 うん、やっぱお母さんに頼もう! ・・・ お母さん! お母さ〜〜ん!! 」
「 あ、待ってよ〜 すぴか! ・・・ お母さ〜〜ん! 」
ずんずん入ってゆく姉の後を すばるはぱたぱた追いかけていった。
「 ・・・ それでね。 久し振りに会ったジョ−の側には黒髪で黒目の美しい人が控えていて・・・
その人のことを < かあさん > なんてすばるが呼んでいるの。
すばるが・・・! わたしのすばるが・・・! 」
「 なあに〜 お母さん。 僕のこと、呼んだあ? 」
「 ・・・・ そうなの、それで・・・ ええ??? あ!!! すばる! ・・・ すぴかも?? 」
「 お母さんってば。 もうず〜〜っと呼んでいるよお〜〜 」
「 お母さん、 なに〜。 僕にごよう? 」
「 ・・・ あ。 え・・・・あ〜〜ううん・・・ な、なんでもないの。 あ〜すばるはよく寝んねしてるかな〜って・・・
えっと・・・ なあに、すぴか。 」
「 ・・・ お母さん。 大丈夫? ・・・ それ、くちゃくちゃだよ? 」
すぴかはソファの側に立つと母の膝の上で丸まっているふわふわの白いカタマリを指差した。
「 ・・・あ。 い、いけない・・・! ・・・ あ〜ん・・・ こんなに目を落としてしまったわ〜〜 」
「 お母さん。 ちょっと来て。 」
「 うん。 おか〜さん、 来て。 」
「 あ〜ああ・・・もうちょっとで完成だったのに・・・ ここのトコ、解いて編みなおさなくちゃ・・・ 」
「 お母さ〜〜ん!! お母さんってば! 」
つんつん・・・とすぴかはついに母のセ−タ−を引っ張った。
「 ここで一つ拾って・・・ え? あ、ああ。 なあに。
あら、こんな時間に二人してどうしたの。 ・・・あ! また ・・・ オネショしたの、すばる。 」
「 ちがうよ〜〜〜 ちがうってば〜〜〜 」
「 あら、そう? それならどうしたの。 二人ともとっくにお休みなさい、でしょう? 」
「 だ〜から。 ちょっとお部屋まで来てってば。 ・・・ お父さんがね。 」
「 そうなんだ〜 お父さんがさ〜 」
「 え? お父さん・・・? だって・・・ ジョ−、いえ お父さん、まだお帰りじゃないでしょう? 」
「 帰ってきてるよ! ねえ、お母さん、ちょっと来てってば〜〜 」
「 うん、来て〜〜 ってば。 」
「 ??? はいはい。 何なの? あなた達寝ぼけたのじゃなくて? お母さん、お父さんのクルマの音も
お玄関の開く音も聞いていませんよ。 はいはい・・・今、行きますよ。 」
フランソワ−ズは二人に引っ張られて子供部屋に上がっていった。
「 お母さん。 ・・・ あれ。 」
「 ・・・ だから なんなの・・・・ あら。 」
フランソワ−ズは娘が指差す方向を見て棒立ちになってしまった。
子供部屋では。
すばるの子供用のベッドから半分はみ出して! ジョ−がぐうぐう眠っていた。
そばに近づけば そこはかとなくアルコ−ル類の匂いが漂ってきている。
「 ・・・ ね! すぴか〜すばる〜 お前たちだけだ〜・・・って。 びっくりして飛び起きちゃった。 」
「 そうなんだ〜 それで僕のベッドに倒れてきたの。 」
「 ジョ−・・・・? ジョ−、大丈夫・・・・ あ。 やだわ、随分酔っ払ってるみたい。
もう〜〜 ジョ−! ジョ−ってば。 起きて〜〜! 」
彼の赤らんだ顔に気がつき フランソワ−ズはかなり手荒く揺さぶるのだが。
息子のベッドに頭を突っ込んだまま、島村氏はもう本格的な寝息をたて始めていた。
「 ・・・ もう〜〜 しょうがないわねえ・・・ 放っておきましょ。 そのうち目が覚めるわ。
あなた達、 今晩はお母さんと一緒に寝ましょう。 」
「 わあ〜〜い♪♪ お母さんと一緒だ〜〜 一緒〜一緒♪ 僕! 枕、もってゆくね♪ 」
すばるはご機嫌で自分のベッドに近づくと父親の頭の下から枕を引っ張り出した。
「 すぴかは? すぴかも枕、持ってくるの。 」
「 ・・・アタシ。 ここで・・・いい。 」
「 あら、どうして。 お父さん、酔っ払っているから寝言、言ってうるさいかもよ? 」
「 ・・・ うん、 でも。 お父さん、一人でかわいそうだもん・・・ 」
すぴかはもじもじ・・・しきりと父の様子を見ているが片手はしっかり母のセ−タ−を握ったままだ。
「 まあ・・・ 大丈夫よ。 お父さん、もうぐっすり〜だもの。 お母さん、すぴかと一緒に
お蒲団に入りたいなあ。 すぴかとすばると。 三人で眠りたいの。 ・・・ だめ? 」
「 ううん・・・! だめじゃない! 」
すぴかはきゅ・・・っと母にしがみついてきた。
「 あ〜〜ずるい〜 僕も〜僕も抱っこ〜〜 」
「 あらあら・・・二人とも甘えん坊さんねえ。 それじゃ 三人でお父さんにお休みなさい、しましょ。 」
フランソワ−ズはぐうぐう眠りこけているジョーにすばるの羽根布団を掛けた。
あらら・・・脚も手もはみ出しちゃうわねえ・・・
ま、いっか。 風邪ひくこともないでしょ。 あ〜ああ・・・ス−ツがくしゃくしゃだわ・・・
「 さあ、もう寝ましょうね。 ・・・あら? ほら〜〜 あなた達、床にプリントが落ちているわよ。 」
「 ・・・ それ、アタシのじゃないよ。 」
「 僕のじゃないよ。 」
「 そう? じゃあ、お父さんのかしら。 ・・・ <なばなのさと> ・・・???
ああ、なにか取材に行ったのかしらね。 じゃあ・・・取っておきましょう。 」
「 お母さん、早く早く〜〜 ! 」
「 早く〜〜う。 お話、して〜〜 」
「 はいはい、今行きますよ〜 」
ジョ−・・・ ごめんなさいね。
・・・ でも こんなに酔うなんて珍しいわねえ・・・ お仕事で・・・?
ああ、もう余計なことを考えるのはやめるわ! ねえ、すぴかにすばる?
ウチはず〜っと皆 仲良しよね・・・
「 お母さん、 お母さ〜ん。 僕、もうお蒲団に入っちゃった♪ 」
「 あ、ずる〜い、すばるったら! 」
すばるはいつもはにこにこ姉の後をくっついて回っているのだが、今日は先回りしていた。
「 ほら、そんなに騒がないの。 もう遅いのよ〜 明日、起きられないでしょ。 」
「 明日、土曜日だもん。 」
「 土曜日〜 ど・ ど・ 土曜日〜♪ 」
「 あ、あら・・・ そうだったかしら。 じゃあ、お父さんも起こさなくていいのかな。 」
フランソワ−ズは子供達と一緒にベッドに入った。
「 僕! そっちがいい〜〜 すぴか、代わって〜〜 」
「 やだ。 アタシがこっち。 アンタは先に入ったんだもの、そっちでいいじゃん。 」
「 え〜〜〜 やだ〜〜 」
「 ほらほら・・・ どっちだって同じでしょう? ほら・・・ お母さんの両側にいらっしゃい。 」
「「 うん♪♪ 」」
二人の子供達は フランソワ−ズの両脇にぴたり、と身体を寄せてきた。
うふふふ・・・ あったかい・・・
子供っていくつになってもちょっと甘い匂いがして・・・ ほわほわ暖かいのねえ・・・
フランソワ−ズは左右の暖かいカタマリに両腕を回しきゅ・・・っと抱き締める。
まあ本当に大きくなって・・・ もう片手では抱っこできないかな。
ついこの間、わたしのお腹の中でもごもご動いていたみたいな気がするのに・・・
「 ・・・ お母さん ・・・ 」
「 なあに、すぴか。 」
「 ・・・ へへへ・・・ なんでもな〜あい♪ 」
「 まあ、可笑しなすぴかさんねえ。 」
「 すばる、寝ちゃった? 」
「 ・・・ ええ、もうぐっすりよ。 すぴかも お目々閉じて・・・ 」
「 うん・・・ お母さん ・・・ 」
「 はあい? 」
「 ・・・ ときどき・・・ほっんとうに時々でいいんだけど〜 すぴか、一緒に寝たいなあ・・・ 」
「 ・・・ ふふふ・・・ お母さんも♪ 」
「 うん、 すぴかも♪ 」
きゅ・・・っと小さな手がフランソワ−ズの胸に抱きついてきた。
「 ・・・ すぴかも すばるも・・・ お母さん、幸せだわ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
「 ・・・ん? あら・・・ もう寝ちゃったのね・・・ ふふふ・・・わたしの天使達・・・ 」
フランソワ−ズは幸せな温もりにすっぽり包まれて微笑みつつ眠ってしまった。
深々冷える冬の夜も ぽかぽか母子には勝てなかったらしい。
「 ジョ−。 カフェ・オ・レにする? それともブラックの方がいいかしら。 」
「 ・・・ う ・・・ 水、くれ。 」
「 お水だけでいいの? そうだわ! お味噌汁、作りましょうか。 それともトマト・ジュ−スがいいかしら。」
「 ・・・ 水だけでいい。 」
「 でも・・・ なにか食べないと・・・。 クスリ、飲む? 博士が確か作ってくださったはずよ。」
「 ・・・ いらない。 ・・・ ぼくなんかどうなってもいいんだ・・・ 」
「 ねえ〜〜 いい加減で機嫌、なおしてちょうだい。 ほら、お水よ。 氷、いれたわ。 」
「 ・・・ ううう ・・・ ああ・・・ ウマイ・・・ ぼくには水が丁度いいのさ・・・ 」
「 もう、ジョ−ったら! 」
さんさんと朝日に差し込むキッチンで 島村さんちの旦那さんと奥さんはぼそぼそもめていた。
ジョ−はテ−ブルにごつん・・・と頭をつけて 冷水いりのタンブラ−を額に当てている。
子供達はとっくに朝御飯を終え、遊びに飛び出していってしまった。
「 ・・・ 夜中にヨレヨレ帰ってくればさ〜 だ〜れも迎えてくれないし。
子供達の寝顔を見にいったけど。 夜明けに寒くて気がつけばなぜか息子のベッドで
ちっこい蒲団だけが背中に乗ってた・・・ ぼくの奥さんと子供達は一緒にあったかそ〜に
幸せそ〜に・・・ にこにこして眠ってたんだ・・・ いいんだ、どうせ・・・ぼくなんか・・・ 」
「 だ〜から。 ごめんなさいって言ってるでしょう? あんなに酔って帰るなんて思わなかったんですもの。
あら、そうだわ、クルマ、どうしたの? 」
「 校了打ち上げだったんだ・・・ 会社のパ−キングに置いてきたよ! ・・・いて・・・・ 」
「 そうでしょうね。 ま、二日酔いで死んじゃったヒトはいないから。 時間がお薬よ。 」
「 ・・・ 冷たいなあ〜 ・・・ チビ達が生まれる前にはどんなに遅くても起きて待っててくれたのに・・・
大丈夫、ジョ−? な〜んて優しく介抱してくれたよなあ・・・ 」
「 わたしだって忙しいの! あ、そうそう・・・これ、ジョ−のでしょう? お仕事用? 」
「 ・・・ うん ・・・? 」
フランソワ−ズは <なばなのさと> というタイトルのパンフレットを手渡した。
「 子供部屋に散らばってたわよ。 なばなのさと ・・・ってなあに。 」
「 ・・・あ! これ・・! これをチビ達に見せようと思って子供部屋に行ったんだ・・・昨夜・・・
う・・・・ そのあと・・・記憶が・・・ 」
「 子供達に? ・・・ あら、電話。 ジョ−、あなたの携帯じゃない? 」
「 ・・・ う・・・・? ・・・・あ。 ・・・ もしもし・・・・? あ〜〜! お早う〜っ へへへ・・・もう
そんなに早くないけど。 え? ああ・・・ そうですか! うん・・・うん・・・ 」
やだ。 また・・・あの声だわ。 聞きたくない・・・
側にいれば 耳 を使わなくても相手の声が一瞬聞こえてしまった。
ジョ−はしゃきっと身を起こし、明るい声で話している。
ま。 たった今までの拗ねっこ・ジョ−はどこへ行ったわけ?
・・・ふ〜ん ・・・ 相手次第ってことなの? ・・・・ やだ・・・ もしかして本当に・・・
昨夜のとんでもない妄想がまたまた蘇ってきてしまった。
せっかく 幸せな気分で明るい朝を迎えたのに・・・! 明日も晴れるって信じてたのに・・・!
やっぱり わたしは。
すぴかを抱いてフランスに帰るしかないんだわ・・・ このお家ともお別れね・・・
こそっと目尻を指で払い、フランソワ−ズはキッチンから出てゆこうとした。
これ以上 ジョ−がご機嫌で電話をしている様子を見ていたくはなかったのだ。
そうよ・・・ ジョ−はやっぱり黒髪の黒い瞳にヒトが好きなのよ・・・ そうよ・・・
「 うん・・・ ありがとう! それじゃ。 待ってます。 ・・・ うわ〜〜お♪ やった〜〜
なあ、フランソワ-ズ、今度の祝日さあ・・・ あれ? お〜い フランソワ−ズゥ〜〜? 」
ジョ−・・・ あんなに嬉しそうに・・・ お願い、今はなにも聞きたくないの・・・!
フランソワ−ズはリビングのソファに突っ伏してしまった。
昨日の編みかけの白いケ−プが またくしゃくしゃと下敷きになった。
「 お願い・・・・ せめて今日だけは幸せ家族でいさせて・・・ 」
「 フランソワ−ズ? ・・・ あれ、どうした? 気分でも悪いのかい。 きみも二日酔い? 」
「 ・・・ 違うわ。 」
「 なあ、どうしたんだよ? ねえ、今度の祝日、予定ないよね。 」
「 ・・・ ええ ・・・ ( 離婚の相談・・・? ) 」
「 それじゃ。 皆で出かけよう! ちょっと早めのクリスマスさ♪ すこし遠出しよう! 」
「 え。 」
フランソワ−ズは呆然と 彼女の夫のにこにこ顔を見つめていた。
「 え? <なばなのさと>・・・? 」
「 そうさ。 ほら・・・ これ。 前にね、資料だけ見て・・・ 一回、きみや子供達と行ってみたいな〜って
思ってたんだ。 人気スポットでさ〜 なかなか予約とか大変で・・・ 」
「 ・・・まあ・・・ お仕事、忙しいのに・・・ 」
「 へへへ・・・だからね、旅行会社のヒトに無理にお願いしてさ。 」
「 ・・・ あ。 あの・・・夜中に電話してきた・・・? 」
「 ウン。 悪いこと、しちゃったよ。 ぼくもさ、きみ達へのサプライズにしたくて・・・ 内緒にしてたし♪ 」
「 ・・・ あ・・・・ ああ・・・・ そうだったの。 」
・・・ イヤだわ〜〜 わたしったら・・・!
ジョ−が他の女の人と仲良く電話してるって・・・浮気・・・してるって疑って・・・
「 チビ達に先に話しておいて やっぱり予約とれなかった・・・ってがっかりさせるのも可哀想だろ。
だからちゃんと確認できるまで 黙ってたのさ。 あれ? なんだよ、どうした? 」
「 ・・・ ううん なんでも・・・ なんでもないの。 ただちょっとだけ・・・こうしていて・・・ 」
「 いいけどさ♪ へえ? どうしちゃったのかなあ・・・ ぼくとしては大歓迎だけど。 」
フランソワ−ズはぴた・・・っとジョ−の背中に頬を寄せている。
「 ここな、・・・夜にはねライト・アップが素晴しくて有名なんだって。 たまにはさ、きみと・・・
夜のデ−トもいいかなあって思って。 」
「 ジョ− ・・・ あなたって。 本当に・・・ 本当に素敵な旦那様でお父さんだわ・・・ 」
ごめんなさい・・・! 勝手に気を回して疑ったりして。
恥ずかしくて、本当のコトはこそ・・・っと彼の背中に呟いておいた。
「 ごめんな・・・ 最近ずっと忙しくて。 でも、やっとなんとか終ったからさ。
クリスマスくらいは家族でゆっくり楽しもうよ。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ ありがとう・・・! 」
「 ・・・ だからさあ。 そのう ・・・ ぼくも仲間に入れて欲しいんだ。 」
「 仲間? だれの。 」
「 え・・・ だからさ。 きみ達の。 きみと子供達の、さ。 昨夜、ほんとのコトいえば・・・
きみとチビ達が一緒に寝てるの見て・・・羨ましくてたまらなかった・・・ 」
「 え・・・ やだわ、ジョ−ったら。 いつだって一緒でしょう? 」
「 ウン・・・ でもさ。 あんな風にお母さんと一緒の蒲団で眠るなんて・・・ぼくには手の届かない
憧れだもの。 チビの頃からの夢だったし。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」
「 だから、さ。 たまに、でいいから。 皆でさ・・・ 」
「 ふふふ・・・本当にそっくりなんだから。 」
「 え? なにが。 」
「 あなたの娘さんと。 すぴかも同じコトを言ったの。 ほっんとうに時々でいいから一緒に寝たいな〜って。 」
「 へえ〜〜 アイツがねえ・・・ 意外な気もするな。 」
「 そんなトコもすぴかとそっくりよ。 それじゃ、今度のお出掛けの時にでも。 」
「 そうだね〜〜 家族旅行・・・ ああ、ぼくが一番わくわくしてきたよ。 」
ジョ−は二日酔い気分もどこかにすっ飛んでいってしまったらしい。
パンフレットを広げ にこにこ顔なのだ。
ジョ−・・・。 いいわ、わたし。 ほっんとうに時々 あなたのお母さんにもなってあげる・・・
フランソワ−ズはそんなジョ−の笑顔が好きなのだ。
国道から折れるとすぐに案内板が目にとまった。
かなり余裕を持って出かけたのだが、ライト・アップお目当の客で <なばなのさと>は混雑していた。
ジョ−のクルマはようやくパ−キングに滑り込んだ。
園内はかなり広大で、島村さん一家はぷらぷらとお目当てのお花畑の方に歩いていった。
「 すごく広いのねえ・・・ ずう・・・っと・・・ あれは何の木なのかしら。 」
「 どれ? ああ・・・ え〜と・・・ ああ、紫陽花やら花しょうぶらしいよ。 」
「 まあ、そうなの。 きっとお花の季節にはそれは見事なのでしょうね。 」
「 らしいねえ。 花の頃に、また来ようか。 今度は二人っきりでさ・・・ 」
「 ふふふ・・・ いいわね〜 こんな時にはね・・・ < わたしたち、どうみえるかしら > 」
「 お♪ それじゃ・・・ < 恋人同士に見えるかってこと? > 」
二人は顔を見あわせ。 思わず ぷ・・・っと噴出してしまった。
「 きみも乗るなあ〜 」
「 あら、ジョ−だって・・・ 」
ここは なばなの里。 三重県と愛知県の県境にある一大テ−マ・パ−クなのだ。
日が落ちるとず〜〜っと広がっている花畑に一斉に明りが灯った。
「 うわ〜〜〜 うわ〜〜〜 すごい〜〜〜 」
「 ・・・・ これ・・・ 全部、明りなんだ・・・ すごい・・・・ 」
「 ねえ、お父さ〜ん ず〜〜っと見てきてもいい? ず〜〜っとあっちの方まで! 」
「 うん、僕もいく〜〜 ず〜〜〜っとあっちまで〜〜 」
「 こらこら・・・二人とも騒がない。 ちゃんと道に沿って行くんだよ、走らない! 」
「 すぴか。 すばるとお手々繋いでゆきなさい。 」
「「 は〜〜い 」」
子供達は手をつないで 目の前に広がる光の海にそって・・・駆け出してしまった。
「 ・・・あ〜あ・・・ 走って行っちゃった。 もう〜〜 」
「 ふふふ・・・でもなあ。 ちょっと走ってみたくなる気分、わかるよな〜 」
「 あら! イヤよ、あなたまで駆け出さないでちょうだいね。 」
「 じゃあ・・・こうやって 捉まえておいてくれる? 」
ジョ−はするり、と腕をフランソワ−ズの腰に回した。
「 ・・・ もう・・・ 本当にお行儀が悪いコねえ、ジョ−は・・・ 」
「 うん、ぼくはいつだって悪いコ・ジョ−なのさ。 ・・・ だから 離さないで・・・ 」
ジョ−はこそっと彼女のうなじに唇を寄せる。
「 ・・・ もう・・・ ヒトが見てるわ・・・ 」
「 みんなこの光の海に夢中さ。 だ〜れも他人のことなんか見てやしないよ。 」
「 あ・・・ ダメだってば〜〜 もう・・・ 」
「 ふふふ・・・・ じゃあ今夜のお楽しみにとっておこうかな。 」
「 ジョ−ってば・・・ こんなに素敵な景色をよ〜〜く楽しみましょうよ。 ・・・すごいわねえ・・・ 」
「 うん・・・ 想像以上だね〜〜 」
二人は 目の前に広がる光の饗宴に感嘆の溜息をついていた。
ちょうど展望のいい場所にカフェがり、親達はテラス席からゆったりと光の海を眺めている。
「 チビ達さ、今日はえらくおめかしだねえ。 可愛いなあ・・・ 」
ジョ−は色違いのコ−トで白いケ−プをつけた子供達の姿に目を細めた。
すぴかとすばるは 両親の席のすぐ前に戻って来て光の色を数えたりしている。
「 ・・・ もうねえ! 大変だったのよ。 」
「 え、なにが。 」
「 あのコ−トとケ−プを着せるのが!
本当はすぴかには赤いコ−ト、 すばるがブル−だったんだけど。
アタシ、赤いコ−トはいや! アタシはブル−がいいの。 ってどうしても聞かないのよ。 」
「 あはは・・・アイツらしいなあ。 でもブル−も可愛いじゃん。 」
「 それに夜は寒いからって着せたケ−プもね・・・ 」
「 あれって帽子とお揃い? きみが編んだんだろ、すごいな〜・・・ 羨ましいや。 」
「 まあ、ジョ−にはちゃんとマフラ−も手袋もセ−タ−も編んであげたでしょう。 」
「 ・・・ そうだけどサ。 お母さんの手編みって・・・もう憧れだったから。 」
「 いくらでも編むわ。 」
「 ありがとう、フラン。 それで? ウチのお嬢さんはなんて? 」
「 それがね・・・ 」
「 え〜〜 このひらひら・ふわふわしたの、するの? ・・・イヤだなあ、オンナみたい。 」
「 あなたは女の子でしょう!? 」
「 ・・・だけども、ひらひらは好きくな〜いんだもん。 」
「 僕、これ好き♪ うわ〜い ふわふわ〜〜ふわふわ〜〜♪ 」
「 ・・・ってね! もうウチは姉弟 じゃなくて 兄妹 みたいよ。 」
「 ははは・・・でも、ほら。 さっき撮った写真〜〜 見てごらんよ。 」
「 どれどれ・・・ アラ〜〜 まあ。 すぴかったら・・・お澄まししちゃって。 」
「 ふふふ・・・ すばるってなんかいつもタイミング悪いのな。 目、瞑っちゃったり。 」
「 そうねえ。 ああ でも可愛いわ〜〜 わたしの天使たち・・・ 」
フランソワ−ズは写真の我が子たちにキスをした。
「 ・・・ でもさ。 きみ・・・なにを考えていたのかい。 」
「 え・・・考えるって・・・・ なにを? わたし・・・ なんにも。 」
「 ふうん? 子供達がさあ、 お母さん、もうそうしてる〜って言うんだけど。 」
「 あ、あら? なにかしらねえ? 子供って時々妙なこと、言うから。 」
「 そうなのかなあ・・・ ま、いいや。 ・・・ 今晩はぼくだけのこと、考えて欲しいな。 」
「 あら・・・ 家族で一緒のお蒲団で寝るのじゃなかったの? 」
「 う・・・ う〜〜ん・・・ アレはまた・・・今度! 今夜は 久し振りで♪ 二人っきりの夜を♪ 」
きゅ・・・っとジョ−は彼の恋人を抱き締める。
「 だめ・・・ジョ−。 人がいっぱいいるのよ・・・ 」
「 平気だよ、みんな ライト・アップしか見ていないから・・・ さ♪ 」
「 ・・・ んんん ・・・ もう ・・・ 」
「 ・・・ アイシテルよ、 ぼくのフランソワ−ズ 」
「 わたしもよ、ジョ−・・・ 」
「 あ〜あ・・・まだやってる〜〜 」
「 うん。 早く終らないかな〜〜 寒いよね。 」
「 うん・・・クシュ! 」
「 すばる、おハナが出てる! ・・・ はい、ティッシュ。 」
「 ・・・あ ・・・ うん・・・ ( ち〜ん・・・! ) 」
「「 はやく らぶらぶ、終らないかな〜〜〜 」」
年中らぶらぶの両親に慣れっこな双子たちもさすがに 呆れ顔のようだ。
島村さんちのその年のクリスマス休暇は。
いつものとおり、の〜んびりと、家族の笑顔いっぱいで穏やかに過ぎていった。
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Fin
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Last
updated : 12,23,2008.
index
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はい、お馴染み♪ 【 島村さんち 】 設定の のほほ〜〜ん小噺でございます。
今回は
まずは 素敵イラストへ ⇒ < 島村さんち > @ 【 Eve Green 】 様方 へどうぞ♪
【 なばなの里 】 のライト・アップが背景になっています。 すご〜〜く綺麗ですよね〜〜
あ、なばなの里、もそのまま検索してみてください、ああ、行ってみたいです〜〜〜(>_<)
はい、例によってな〜〜〜んにも起きません、 フランお母さんは相変わらず妄想たくましく、
どうも一人で < メロドラマ のヒロイン > に成りきっているみたい??
幸せだからこそ・・・なのでしょう。 こんな平凡で・穏やかな日々が彼らに訪れますように・・・
そして 皆様、 Merry Christmas !!!!
ぽかぽか・しまむらさんち・小噺で 寒い夜にもほっこりして頂けましたら幸いでございます <(_
_)>