『 さくら 』
カ −−−− ン カ −−−− ン ・・・
花曇りの空に 鐘の音が響く。
「 あ ・・・ もうこんな時間かあ ・・・ 」
ジョーは窓辺で本を広げていたが 静かに立ち上がった。
「 そうだ、 今日のお茶は皆で って言ってたっけ。
それならそろそろ準備始めないとなあ
お〜〜い フラン〜〜〜 ? 」
彼は階下に声をかけた。
「 フラン〜〜 今日のお茶ってさあ? 」
「 ・・・ はあい ? 」
螺旋に近い階段の先から ふわ〜〜〜ん といい香が流れてくる。
「 ふんふん〜〜 これはシフォン・ケーキのにおい かな〜〜
ねえ フラン。 皆 来るんだろ? 」
「 ええ ・・・ そろそろケーキも焼けるし。 サンドイッチも
出来上がったわ 」
「 ごめん〜〜 手伝うって言ってたのに ・・・ 」
「 いいのよ〜 あ もしよかったら 買い物、頼んでいい? 」
「 もっちろん! 」
ジョーは 上着を羽織ると勢いよく階段を駆け下りた。
この天井の高い部屋に住むようになり どれほど経ったのか・・・
随分前だった気もするが つい数日前、とも思える。
それほど ジョーの周囲ではゆるゆると時間 ( とき ) が流れているのだ。
「 ごめん! すぐに行ってくるから〜〜 なにを買ってくればいい? 」
彼は 一階の奥のキッチンに駆けこんだ。
「 ジョー。 あのね、 ミルクとあと果物・・・そうね イチゴとオレンジ、
買ってきてくれる 」
「 オッケ〜 ・・・ あ ねえ 皆、来る? 」
「 ええ。 博士もいらっしゃるって
」
「 そっか よかった〜〜 ・・・ あ あのさあ サンドイッチで
あ〜〜 ぼくの好きな 」
「 はい たまごサンド、ちゃんと作ったわよ うふふ 」
「 わい〜〜 じゃ いってくるね〜〜 」
「 お願いね。 あ 財布 さいふ〜〜〜 ほら これ。 」
「 ・・・ えへ サンキュ。 」
ジョーは 赤い財布を受け取り、ポケットにねじ込むと 外にでた。
ふう 〜〜〜 ああ 空気 やわらかいなあ ・・・
・・・ 季節が かわるのかな
深呼吸をして 石畳の街を歩きはじめた。
ほほを撫でる風に 温かさがふくまれていた。
カツ カツ カツ ・・・ 軽快な足音が運河の水面にコダマする。
「 ・・・ ここに来て ・・・ どのくらいなのかな 」
ぽつん、と呟き空を見上げる。
普段 あまり気にはしていないが ふ・・・っと気になったりもする。
あれは ― ついこの間のこと ? いや 何年も前のこと だったのか。
宇宙空間で 星の瞬く闇で ― これでお終いだ と思った。
身体の芯まで凍てつく寒さに 感じないはずのこの身をぎゅっと縮めていたが
やがてそれは 灼熱の炎に呑みこまれていった。
ああ ・・・ ぼく は。 このために生かされて たん だ ・・・
そんな思いが自然に湧き上がってきた。
熱い とか 苦しい とか。 辛い とか 哀しい とか。
あらゆる感情は 消えた。
ただ 握りあった手の温もりだけが 感じられていた。
これで いい ・・・ ああ これで ・・・
「 ・・・ ぼくは とても とても満足して 目を瞑ったんだけど 」
どのくらい眠っていたのだろうか。
暗い水の中から ぽかり、と浮き上がるみたいに 目が開いた。
― あ れ ・・・?
最初に目に入ったのは 初めてみる天井だった。
シミがあちこちに浮きでているが なんだか懐かしい気持ちまで する。
ここ どこ ・・・?
もぞ。 ごそ ・・・ ごそ。
手が 足が 動いた。 ゆっくり首を巡らせば枕がきゅ・・っと鳴った。
「 あ は ・・・? 」
えい、と身体に力を入れれば 自然に起き上がることができた。
「 ・・・ ここ ・・・? あれれ ・・・ 」
なぜか着て居るシャツは袖が短かくて丈もなんか中途半端だ。
「 なんかちょっと小さい のか な? 」
すとん、とベッドから足を下ろしてみた。
「 あ は? このズボンも ちょい短い ・・・ よなあ 」
ふうん・・・? って 自分自身の姿をしげしげと見つめなおす。
「 腕 も 脚 も。 ちゃんと ある ・・・
燃えちゃった ・・・って思った の に ・・・ ふうん? 」
カラン カラ −− ン
階下から やわらかいベルの音が聞こえた。
「 ・・・・? 」
トン トン トン 軽い足音が聞こえてきて − 亜麻色のアタマが見えてきた。
あ ・・・ ? このヒト ・・・は
「 ! あら ジョー。 目が覚めたのね 」
「 ・・・ フ ランソワ ― ズ ・・・・? 」
自然と その名が口からこぼれ出た。
「 こ こは ・・・? 」
「 うふふ ・・・ ここはね わたしのセーフハウス。 」
「 せーふ はうす ・・・? 」
「 そうよ。 ねえ なにか飲む? 」
「 あ うん ・・・ 」
「 ずっと眠っていたから 咽喉、乾いたでしょう?
そうねえ ・・・ カモミール・ティ がいいかな〜〜 身体に優しいし。
ちょっと待っててね 」
「 う うん ・・・ 」
トン トン トン ・・・ 彼女はまた軽い足取りで降りていった。
「 ・・・ ふう 〜〜〜 」
カ −−−ン カ −− ン ・・・ 窓の外から鐘の音が聞こえてきた。
「 ・・・ いい音 だなあ ・・・ 」
ギシ。 彼は窓を大きく開いてみた。
はあ ・・・・ ふう ・・・
薄い水色の空が ずっと広がって ― 足元には運河がそちこちに見えた。
金やら薄い茶色の髪をした人々が ゆっくりと行き交う。
「 ・・・ みんな ― どうしてるのか なあ 」
あの時から ― いったいどれくらい経ったのだろう。
「 ここが ぼくの故郷 ・・・? いや 違う ・・・ と思うんだけど。
フランの故郷なのかなあ ・・・ 」
彼の歩みは自然に遅くなってゆく。
立ち止まっても 寒さを感じる季節ではない。
足元脇を流れる運河の水面も なんとなく明るい。
でも ここ ・・・好きだな・・・
あの家も 気持ちいいし 好きだ ・・
フランとずっと 暮らしても いいかもな ・・・
穏やかで
とても気持ちのよい町だ
ふ〜〜 ・・・ 温かい季節が くるんだ?
― あれ。 なんか ・・・ 足りない・・・
ぼく まだ 夢の続きを 見ている の か な …
ふ ・・・ 今度は軽い吐息が漏れる。
彼は今 ぼんやりとした幸せに浸っているのかもしれない。
「 おっと・・・ 買い物 買い物〜〜〜っと。 ミルクにオレンジ〜〜 」
ジョーは 前方にみえるマルシェめざして 足を速めた。
カタン。 水路を渡り馴染んだ木製のドアを押す。
「 ただいま ・・・ あ ? みんな ・・・ 」
ドアを開けると 賑やかな声とコーヒーの香が流れてきた。
「 あ ジョー お帰りなさ〜い 皆 来てるのよ 」
「 あ うん ・・・ あの これ ミルクと 」
「 まあ ありがとう! そのままテーブルに置いてくださる?
グレート ミルク きたわ。 」
「 おう 忝い。 やあ ボーイ、 お帰り 」
スキン・ヘッドの洒落者は 相変わらずすっきりした出で立ちだ。
「 ジョーはん、 ええトコに帰ってきなはったな〜〜〜
ほれ 今から熱々〜〜の肉まん 出すで〜 」
いい匂いと一緒に 大人が顔をのぞかせる。
「 グレート ・・・ あ うん 生クリームの方がよかったかなあ 」
「 いやいや この街のフレッシュ・ミルクは絶品ゆえ これがよいよ。 」
「 ほれほれ〜〜 はよ 手ぇ あろうてきなはれ〜〜 」
笑顔の料理人に とん、と背を押された。
「 うん ・・・ あ フラン。 財布 」
「 はい ありがとう〜 わあ オレンジ、いいのがあったのね 」
「 うん 博士、お好きだから ・・・ 」
「 そうね 博士〜〜〜〜 美味しそうなオレンジ、 いかが? 」
フランソワーズは部屋の奥に 声をかける。
「 ・・ うん? やあ これは。 おお ジョー お帰り。 」
「 ただいまです 」
白髪白髭の老人は とてもにこやかだ。
ジョーも 穏やかな笑顔で挨拶をかえす。
「 フランソワーズ。 お湯 あるか ミルクの時間だ 」
「 ええ ジェロニモ。 ポットに適温のがあるわ。 」
「 ありがとう 」
褐色の巨人が 赤ん坊を手に談笑の輪から立ち上がった。
「 おかえり ジョー 」
≪ じょー。 オカエリ ≫
「 あ ただいま〜〜〜 すぐ手を洗ってくるね 」
≪ フフ 僕モ食事ノ時間サ ≫
「 え〜〜〜 イワン、 ご飯食べれるようになったの?? 」
≪ ふ ふん。 僕ニハ みるく ガ御飯サ。 ≫
赤ん坊は ふん・・・! とふんぞり返ってみせる。
「 いま ミルク作る。 待っててくれ 」
極大 と 極小 の二人、 なぜかしっくりくるこのコンビに
ジョーは なんとなく笑みが浮かんでしまう。
「 あ いけね。 ぼくもごはん〜〜っと 」
彼は急いでバス・ルームに行った。
一階のリビングは広いはずなのだが ― 今はヒトでいっぱいだ。
一枚板の大きなテーブルを 仲間たちが囲んでいる。
テーブルの上には 美味しそうなモノが溢れんばかりにならんでいて
皆は 自由に食べ 飲み そして しゃべっていた。
「 博士。 僕、カイロに戻ります。 」
「 ピュンマ・・・ 仕事かい。 」
「 ええ。 大学の新学期も始まるんで その準備いね 」
「 いよっ プロフェッサ― ・ ぴゅんま〜〜 」
「 グレート。 これでも これでも 一応 教職 なんでね。
新しい学生たちも入ってくるし。 」
「 そうか ・・・ あ また 化石 とか見つけるのかな 」
「 いや。 もう十分だね。 僕は学生たちと向き合う方が合っているな。 」
「 ほう〜〜 ま それぞれ適職ってことだな。 」
「 グレートは。 復職かい。 」
「 うん。 一応 な。 今回は休職扱いにしてもらえた。
再び MI6 の一員として ― と言いたいところだが
実は 舞台にも未練があって なあ 」
「 舞台? あ〜 俳優業かい 」
「 左様。」
「 ふうん ・・・ それもなかなか魅力的だね。 あ ジョー 」
ピュンマは 入ってきた仲間に声をかけた。
「 やあ ピュンマ。 ねえ 帰るってホント? 」
「 うん。 新学期の準備いね 」
「 あ ・・・ そうなんだ? 」
しんがっき ― コツン・・・とジョーのココロに響く。
「 がっこう ・・・? 」
「 そ。 一応これでも大学に奉職してるんでね。 」
「 ・・・ 学校 か ・・・ 」
「 研究職でもあるけど。 学生相手ってま〜 大変な事多いけどね
結構楽しかったりもするんだ。 院生と一緒にフィールド・ワークなんかにも
出るし 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 大学 かあ 」
「 そういえば ジョー。 君 学生だったっけ? 」
「 ぼく ― まだ高校生なんだ。 」
「 こうこう? ハイスクールか。 卒業したら僕のとこ、こないかい。
考古学って面白いぜ 」
「 あ は ぼく 成績 ・・・ そんなによくないし 」
「 ニッポンの大学とはちがうから ・・・ 入るのはそんなに大変じゃないよ
ま 卒業はキビシイけどね 」
「 う ん ・・・ 」
ジョーは コーラのペットボトルを手に考えこんでしまった。
そんな彼にはお構いなし、仲間たちはランチに談笑に賑わっている。
「 グレート、それじゃロンドンに? 」
「 うむ。 昔の仲間が劇団を主宰しているんだ。 まあ 下働きで
はいってみるのもいいかな 」
「 またまた〜〜〜〜 名優がなにをおっしゃる〜〜 」
「 ふふふ ・・・ おう アルベルト。 お主はどうする 」
「 俺か? 」
ビールのグラスを置き ドイツ人はに・・・っと笑った。
「 うむ。 仕事は ? 」
「 俺も別にGSGを飛び出してきたわけじゃいからな〜
有休もちゃんと消化できた。 戻る。 」
「 そうか。 メンテナンスも終了したから安心して活躍してくれ。 」
「 博士 ありがとうございます。 」
「 たまには顔をみせておくれ 」
「 はは ・・・ ドイツ・ビールを土産にね 」
「 吾輩も 香り高い紅茶をお届けしますぞ。
ところで博士は どうなさるんで? 」
グレートの問いに 皆 一様に博士の顔をみた。
「 うむ ・・・ 」
老博士は ゆっくりとグラスを置いた。
「 うむ
また 始めるさ。
」
くく・・・っと 博士は低く笑った。
「 え 始めるって ラボ ですか … ? 」
ピュンマが 驚いた顔をした。
― 今回の騒動で ギルモア財団による研究所は甚大な被害をうけ
ほぼ壊滅状態になってしまった ・・・
「 左様。 」
「 え ・・・ そりゃ ちょっと大変 ・・・ かも 」
「 なあに のんびりやる。 急ぐこともないのでな、ぼちぼち というところか 」
「 アイヤ〜〜〜 博士! そら ええですわ〜〜〜
ワテも応援しまっせ〜〜〜 商標云々 の件、ちょいと御休みや 」
「 大人。 忝い。 」
「 まあ 博士 ・・・ よかった ・・・ 」
フランソワーズは少し 涙声だ。
「 博士。 俺 と イワン、 また雇ってほしい 」
巨躯の仲間の腕では 赤ん坊がく〜く〜 眠っている。
「 おお 来てくれるかい。 それは嬉しいよ、共同経営者として
協力しておくれ。 」
「 ありがとう 博士 」
「 僕達も協力しますよ。 連絡は密にってことです。
ジョー。 君はどうする? 」
ピュンマは ごくさり気なく聞いた。
「 え ぼく ・・・? 」
今度は全員が この茶髪の少年を 見た。
「 あ の ・・・ 」
ドンドン ドン ・・ ! 玄関のドアが音をたてた。
「 はい? どなた? 」
フランソワーズが ドアに駆け寄った。
「 ・・・・ 」
ドアの外からは返事がない。
「 どなたさまですか? 」
もう一度問う彼女の側に アルベルトがす・・・っと立ち、右手を構えた。
「 アルベルト ・・・ 」
「 開けろ。 ゆっくり な 」
「 わかったわ ・・・ 」
ドンドン ・・・! また性急にドアが鳴る。
「 おい〜〜〜〜 いきなり蜂の巣はゴメンだぜ〜〜〜〜 」
外からは ― あの声が。
「 ! ジェット?? 」
ドアが開くと 赤毛ののっぽが立っていた。
彼は ゆっくりと中に入りつかつかと居間を横切り 博士の前に立った。
「 あ
あの 博士。
俺
用心棒に … つかってもらえますか 」
全員が 顔をこわばらせ息を 飲んだ。
ガタ ン。
博士は 静かに立ち上がると 戸口に立つワカモノに歩み寄った。
「 ありがとう、 頼むよ ジェット。 」
「 ・・・ 博士 ! 」
差し出された老いた手を 赤毛の青年はしっかりと握った。
「 お〜〜〜〜 こりゃ安心だぜ〜〜〜 」
「 ふ・・・ お前、失業免れたなあ〜〜 」
「 頼むね ジェット 」
「 あいや〜〜〜〜 ジェットはん〜〜 ほれ 食べなはれや 〜〜 」
一斉に皆 しゃべり始めた。
「 ジョー 」
缶ビールを手に ジェットはジョーの隣に腰を下ろした。
「 うん? あ お帰り ・・・ 」
「 お前 ずっと ここに? 」
「 ウン。 気がついたら ここにいたんだ・・・ あの後 ・・・
君は ジェット 」
「 よくわからない。 オレも気が付いたら この街を歩いてた
ここは どこだ? 」
「 う〜〜〜ん たぶん ヴェネツィア ・・・ 」
「 へ? イタリアかよ 」
「 たぶん ・・・ 」
「 ジョー お前、この家に住んでるのか? 」
「 あ ここはフランの家なんだ。 ぼくは まあ そのう〜〜
居候ってとこかな 」
「 お〜〜っと 同棲してるんだろ〜 この このぉ♪ 」
ガツン。 ゴツン。 拳骨がジョーのアタマに降ってきた。
「 わ〜 痛いよ〜〜 やめてくれぇ〜〜〜
ここはね、フランのセーフ・ハウスで彼女のお兄さんも住んでるんだ。
ぼくは 」
「 ジョーは 療養中なの ! 」
「 あ フラン ・・・ 」
フランソワーズが間に割って入ってくれた。
「 お〜〜〜〜 カレシを庇うか〜〜〜 」
「 ちがうってば。 ジョーはね ここで療養していたの。
最近 やっと普通に動けるようになったのよ。 」
「 へ〜〜 」
「 ジェット、君は? なんともない? 」
「 オレ? ・・・ よくわかんね〜 もうちっとオレ自身と付き合って
みね〜とな〜〜 」
「 ふうん 」
「 お〜〜っと そりゃ 博士んトコで用心棒やるってのが最適ってわけさ。
はい 決まりだね〜〜 ジェット。 」
「 ピュンマ ・・・ 」
「 失業者にならんでよかったじゃね〜か 」
アルベルトが珍しくチャチャを入れた。
「 ・・・・ 」
「 おや 珍しく反論、いや 反発ナシ か 」
「 ジェット。 きちんと話を決めようかの。 」
「 博士〜〜〜 」
博士の助け船に ジェットはほっとした様子だった。
「 ジョー。 お前 これからもずっとこの家にいるつもりか? 」
「 う ・・・ ん ・・・ ちょっと考えてるんだ 」
「 ジョー・・・? 」
「 ほ〜〜〜 ど〜するんだよ〜〜 」
「 うん ぼくも帰ろうか と思ってるんだ。 」
「 帰るって ― 故郷 ・・・ ニッポンか 」
「 ウン。 」
「 ジョー ・・・・ 本気? 」
「 フラン。 ごめん、 ちょっと確かめたくて さ 」
「 なにを? 」
「 ぼく自身のこと を。 」
「 そうか。 行っておいで ジョー。 」
「 博士 ! ありがとうございます 」
「 ジョー ・・・ わたしも一緒に行って いい 」
「 え? 」
「 わたしも 一緒に。 ニッポンに行きたいの。 」
「 フラン ・・・ ありがと ・・・! 」
この日のお茶タイムを最後に サイボーグ達はそれぞれの道へと
歩んでいった。
パァ −−− パアン ・・・
広い道を 流行の車種が得意気に走りぬけてゆく。
合い間を縫って 巧みに走るのは 配達などの業務用車種だ。
両側には高層ビルが 建ち並ぶ。
ポコ ポコ ポコ ・・・
洒落た舗道に スニーカーが鈍い音をたてる。
「 ふう ・・・ 」
彼は 一際高いビルを見上げる。
「 あそこ に 住んでた・・・って ホントかなあ 」
なんとなく 歩く速さがゆっくりになってきた。
威容を誇るビル、 余裕がある敷地内には緑地があり きちんと
手入れをされた < 庭 > になっていた。
作られすぎた緑地は どことなく窮屈だ。
行き交う人々も背広にスーツ ・・・ 得意気に背筋をのばし
このハイ・クラスな街を闊歩している。 のんびり散歩しているヒトはみられない。
この街 だったっけ ・・・?
ぼくが住んで いた ?
ジョーは なぜか少し気落ちしていた。
なにか が ない ・・? なんだろ・・・
「 ・・・ あ。 いっけない 」
空から視線を戻せば 高層ビルの入口に 見慣れた姿が待っていた。
「 フラン〜〜〜〜 ごめん っ 」
ジョーは 手をぶんぶん〜〜〜 振ると、彼女めざして駆けだした。
高層階でエレベーターを下りた。
ガチャ。 カード・キー は ごく正常にその機能を果たした。
カタン。 ブルー・グレーのドアは 難なく開いた。
僕ガ ナントカシテオクカラ。
001はコトも無げに言うと、 ぽわん、とカードを ジョーの前に投げた。
「 わ? ・・・ これ ・・・ カード・キー・・・? 」
≪ ソウダヨ。 じょー ガ暮ラシテイタ部屋ノサ ≫
「 暮らして いた・・・? 」
≪ 六本木ノ高層まんしょん サ。 コレデ ハイレル ≫
オ餞別サ ・・・ 001は あの町でそんなことも言っていた。
「 ふうん ・・・ 」
「 あ なんか狭くてごめん 」
「 ううん そんなこと、気にしてないわ。 下の道路は賑やかね 」
「 ? そう? 」
「 ええ。 それに ・・・ 教会の鐘が聞こえないって なんだか
ヘンな気分だわ 」
「 あ〜 ヴェネツィアとはちょっと違うから ・・・
あ もっと静かなとこに引っ越そうか? 地方とかゆけば 」
「 ううん ここで ・・・・ この街 いいわ。
通る人たち、わたし達のこと、振り返ってみたりしないもの 」
「 このヘン、いろんなヒトがいるからぼく達も目立たないかもな。
けど 」
「 けど? 」
「 ウン ・・・ きみと再会したのは ここ だったけど ・・・
ぼくはずっと ・・・・ この街に住んでいたのかなあ 」
「 ・・・ しばらくは暮らしていたのよ。 学校にも通ってたわ 」
「 そう か ・・・ その前は ・・・ 」
「 え その前? 」
「 うん。 なんか こう〜〜 もっとのんびりしたトコにいた ・・・
気がするんだ。 」
「 ・・・ 探して みる? 」
「 いいかな 」
「 ええ ええ。 一緒にゆくわ 」
「 え いいよ。 きみは あの家に ・・・ 」
「 いいの。 ジョーが嫌でなければ 一緒に行かせて 」
「 嫌だなんて ・・・ ありがとう〜〜
でも いいの? あの家 とても気持ちよかった ・・・
あの街も ・・・ だってお兄さん も ・・・ 」
「 ええ。 帰ればいつでも会えるわ 」
「 ・・・ フラン ・・・ ごめん 」
「 ごめん は ナシでしょう? 」
「 うん・・・ 」
「 さあ 出かけましょう 」
「 うん。 そうだなあ 海の見える町がいいな 」
数日後 二人はゆっくりと坂道を登っていた。
右手には 明るい海が穏やかに広がって居る。
「 気持ちのいいところね 」
「 ・・・ うん ・・・ あ ・・・? 」
「 なあに ジョー どうしたの。 」
「 ほら ・・・ あれ 」
「 え? 」
ひら ひらひら ・・・・
ほんのり温かい風にのって 白い小さなものが舞っている。
「 ? なあに? 蝶々 ・・・ ? 」
「 ― さくら だ 」
「 さくら ? 」
「 うん ほら そこにも ここにも ・・・ 」
「 まあ ・・・ 」
坂道の両側には すでに葉桜になりかけた樹がならんでいた。
「 これ さくらのはなびら なの? 」
フランソワーズは手を伸ばす。
「 うん。 もう花は終わりだね 」
葉桜から ひとひら 散り遅れの花びらが … 彼の肩に留まった。
ここ かもしれない ・・・
「 え? なあに 」
「 フラン
ぼくは ここに帰ってきたかった んだ … 」
「 ここ に? 」
「 ・・・ そう ・・・ 」
桜 さくら 散ざくら … はらはら はらはら 花が散る。
「 あ ・・・? ジョー? 」
突然 降り注いできた花びらの中に 彼の姿は消えた。
「 ・・・ どこ ・・・? 」
ジョ − − − ・・・・ !!
「 ここに いるよ 」
「 ! きゃ ・・・ ! ああ ジョー ! 」
「 ふ こんどは ぼく が 飛び込む番さ。 きみの 腕に ね 」
「 ・・・・・ !!! 」
ぽすん。 彼女の腕の中に 彼が いた。
「 ぼく が 帰りたかったのは ― ここ だったんだ 」
「 ジョー ・・・ 」
はらり はら はら ・・・
抱き合う恋人たちに 残りの桜が散りかかる。
「 フランソワーズ。 この町で 暮そう。 一緒に。 」
「 この花が咲くお家がいいわ。 」
「 うん。 きみがいて 桜が咲いて ― ここで暮らすんだ。 」
春が ゆるりゆるりと闌けてゆく ・・・・
***************************** Fin. ****************************
Last updated : 04,03,2018. index
*********** ひと言 ************
RE の < その後 > 妄想譚 ・・・・
あ〜 でも これじゃ コゼロ には繋がらないね