『 あの子と この子と ― (1) ― 』
§ 雨の日の午後
雨の日は ちょっとふしぎ。
いつもの世界に 薄いカーテンがかかる
雨の向こうの景色は ちょっとふしぎ。
いつもの世界が ぼんやり遠くなる
雨の日は ― ちょっとステキ
雨の午後は ― ちょっと ・・・魔法
雨の日の午後は ・・・
「 よっこら〜しょ ・・・っとぉ 〜〜 」
すぴかは おばあちゃんみたいな掛け声をあげて その部屋のドアノブをひねった。
「 ・・・ん?? うわ〜〜〜 固 ! やだ〜 錆び付いてないよねえ・・・
う〜〜〜〜?? カギ 掛かってないはずだし〜 」
彼女はしばらくがちゃがちゃやっていたが 両手が荷物でふさがっているので
どうもうまくドアは開かない。
「 くっそ〜〜〜 ・・・ よ〜し・・ 」
そろっと後ろを見てから ― 脚を振り上げ〜〜〜 ガン!
― ギィ 〜 ・・・・
屋根裏納戸へのドアは 重い音と一緒にやっと開いた。
「 やった〜〜♪ ・・・ うわっぷ ・・・ なんかすごいホコリ〜〜〜 」
すぴかは けほん、と咳払いしてそうっと踏み込んだ。
ずっと雨が続いている。 一昨日も昨日もそして今日も。
昨日の午後にちょこっとだけお日様の顔が見えたけど
すぐにまた灰色の雲が空を覆ってしまった。
梅雨だからな〜 と お父さんはため息を吐いた。
仕方ないわね と お母さんも肩を竦めた。
ウチに居てね。 うん どこにも行かないよ うふふ えへへ
そんでもって 二人はにっこりして あつ〜〜〜く見つめ合っていた。
はあ〜〜〜〜 ・・・・! すぴかとすばるは知らん顔 した。
「 あ〜〜〜〜 ヤダ〜〜〜 明日も雨なのかなあ〜〜 」
玄関のドアを開けるなり、すぴかは大きなため息をついた。
「 お帰りなさい、すぴかさん。 < ただいま > が先でしょう? 」
いつもと変わらぬ笑顔の声で お母さんがキッチンから迎えてくれた。
「 ・・・ふぇ〜〜い ・・・ < ただいま > デス。 」
「 はい お帰りなさい。 手を洗ってね〜〜〜 すぴかの好きな草加煎餅があるわよ。 」
「 わい〜〜♪ 」
ドタバタ ドタドタ〜〜 不機嫌な声は賑やかな足音にたちまち消された。
「 ・・・ やれやれ・・・相変わらず台風娘ねえ・・・ 相棒はとっくに帰ってきたのに。
4年生になっても ま〜だ道草の女王なのねえ ・・・ 」
キッチンで母は軽くため息をつき、ケトルをガス台に置いた。
崖っぷちに建つちょっと古びた洋館、ギルモア邸。
そこには ご当主の白髭のご老人と若夫婦、そして元気な双子が住んでいる。
どうみても日本人とは程遠い外見の一家なのだが 気のいい地元の人々は笑顔で受け入れ
一家もまた地域に溶け込んで暮らしている。
子供たちは 小さな頃から近隣商店街の アイドル だ。
小さな二つの顔が増えてから <彼ら> は <特殊な仕事> に 赴くことはあまりなかった。
そして ・・・ 子供たちもひょろり、と脚が長くなり始めなかなかナマイキな口を叩くように
なってきた ・・・らしい。
ともかく どこから見ても ごく普通の家族 が ごく普通の家 で ごく普通の生活をしているのだった。
「 手、洗ってきたよ〜〜〜 ねえ ねえ おせんべ〜〜〜 」
ばん! キッチンのドアが勢いよく開いて台風娘が戻ってきた。
「 あれ? お母さんってば どこ? 」
キッチンのテーブルの上には 熱々ミルク・ティのカップとクッキー山盛りのお皿がある。
「 ?? おか〜〜さ〜〜〜ん オヤツはぁぁ〜〜 」
すぴかはリビングの方に向かって声をはりあげる。
「 おか〜〜さ〜〜〜ん ってば! 」
「 すぴかさん? 普通にお話しても聞こえますよ。 オヤツはテーブルの上にあるでしょう? 」
リビングから母の声が飛んできた。
「 え〜〜〜〜 これ、 そうかせんべい じゃないよ〜〜〜〜 」
「 わたなべ君のお土産よ。 お母様のクッキーですって。 」
「 そうかせんべい はぁ〜〜〜 」
「 明日にしましょ。 今日はくっきーをどうぞ。 」
「 ぶ〜〜〜〜〜〜 ・・・ あ でもいっか。 わたなべクンちのオバサンのクッキー、
塩味でオイシイんだよね〜〜〜 むぐ・・・ うま〜〜〜〜い♪♪ 」
「 オイシイ でしょ! すぴかさん ! 」
またまたリビングからよく通る声が降ってきた。
「 ふぇ〜〜〜い ・・・ ち。 なんだっておか〜さんってば あんなに耳がい〜のさ?!
ま いいや 〜 これ・・・激ウマ〜〜♪ むぐ むぐ・・・ キャラウェイが効いてるぅ♪」
すぴかはキッチンのスツールに座って クッキーを齧り始めた。
「 ウチのクッキーはさあ〜〜 やったら甘くてどうもね〜〜〜 苦手〜〜〜
わたなべクンのちの味、さっいこ〜〜〜 むぐ むぐ むぐ〜〜〜 」
小粒だが ぴりり、と辛味のものもあり すぴかはご機嫌ちゃんでぽいぽい口に放り込む。
「 むぐ ・・・ あ ってことはあの二人も帰ってきたってことかあ ・・・
へえ? 静かだね・・・・? TVでも見てるのかなあ?? にしては音 聞こえないし?」
ポリリ ・・・ クッキーを齧りつつ すぴかはリビングを覗いた。
「 あや? おじいちゃまの背中は見えるけど〜〜〜???
ちびっこコンビは ど〜〜こかな〜〜〜 」
同じ日に 十数分違いで生まれた<姉> は 現在対弟比?身長5センチオーバー〜
もう〜〜 大得意なのである。
― そのリビングでは。
少年が二人 ローテーブルに広げた <時刻表> に 舐めんばかりに顔を接近させている。
昔ながらの ばばん! と分厚くでっかい・アレ とがっぷり四ツに組もう! な雰囲気だ。
ひょん!とセピアのクセッ毛と こちらもくりんと黒髪のクセッ毛 ・・・ すばると彼のしんゆう・わたなべ だいち君だ。
テーブルの向い側にはギルモア博士がにこにこ・・・孫息子たちの熱中ぶりを眺めている。
「 で ・・・ その番号を頼りにページを探すのじゃ。 」
「 うん え〜〜っと ・・・ 33番だからぁ〜〜 」
「 ・・・ あ! すばる〜〜 ここだよ、○○線じゃね? 」
「 あ そうかあ〜〜 すごい〜〜 だいち〜〜 」
「 えっへへ〜 ・・・ わあ〜〜 こんなに電車、あるんだ〜〜 」
「 うへ すげ 〜〜 」
「 よしよし 見つけたな ・・・では 07:30発 の特急で旅に出ようではないか。
出発駅は 東京駅 じゃ。 」
「「 は〜〜〜い 了解〜〜 」」
「 ?? あれ?? おじいちゃま〜〜 レレレレレ 〜〜 って なに。 」
「 レレレレ? ああ それはな、この駅は通過するという記号じゃよ。 」
「 ふうん ・・・ あ ヨコハマは止まんないのかあ〜〜 」
「 この国の鉄道時刻表は立派な読み物じゃよ。 これ一冊でこの国中を自在に旅できるの
じゃからなあ 」
「 ふうん ・・・ すごいんだね〜〜 すばるのおじいちゃま。 」
「 そうじゃよ。 さあ諸君も旅を続けよう。 」
「「 うん♪♪ 」」
「 しゅっぱ〜つ! ぷしゅ〜〜〜〜 がった〜〜〜ん ・・・ !
・・・ 特急○○、運転手はしまむらすばる 車掌はわたなべだいち でご案内いたします〜」
「 あは〜〜 だいち、上手〜〜〜〜 」
「 えへへ〜〜 この前さあ〜 ろまんす・か〜 で聞いたんだ〜 」
「 ふ〜〜ん いいな〜〜〜 僕も聞いてみたい〜〜 」
男性陣は 至極ご機嫌で熱中している。
テーブルの端に置いてあるオヤツには 全く手が付けられてはいない。
「 まあまあ ・・・ 楽しそうねえ〜〜〜 」
お母さんはにこにこ・・・ 三人を眺めている。
ふ〜〜〜ん ・・・ お母さんってばぜ〜〜ったいチンプンだよね
駅の時刻表だって 見ないヒトだもん。
< ねえ いつくるの? > って聞いてばっかでさ〜〜
けど 一番楽しそうなの、お母さんかも〜〜
・・・ ふ〜〜ん ・・・
すぴかは電車にも時刻表にも興味はないので リビングの騒ぎに混ざる気は全然ない。
そしてお母さんみたく黙ってにこにこ・・・眺めている、なんてできない。
「 ・・・ふ〜〜ん だ。 いいもん、アタシここでオヤツ食べながら
宿題やっちゃ〜〜〜う〜〜〜 」
キッチンのテーブルに算数プリントを広げ カリリ・・・ クッキーを齧る。
「 えっと ・・・ 鉄橋の長さは800メートルあります。 そこに時速○○キロの
電車がやってきて ― あ〜〜 これかあ・・・ えっとぉ 」
カリ ポリリ・・・ クッキーを口に放り込みつつ すぴかの鉛筆も快調に走ってゆく。
「 ・・・答っと 〜〜。 鉄橋ではさあ じょこう するんじゃないのかなあ?
すばるがそんなこと 言ってたよ〜 っと 次はぁ〜 」
「 うわ〜〜〜〜 僕 えきべん 買う〜〜〜 」
「 すばる〜〜〜 早く戻ってこないと〜〜 ドア しまるぅ〜〜 」
「 わ わ〜〜 のみものも〜〜〜 」
「 ぴりぴりぴり〜〜〜 ほらほら すばる 時間だぞ。 」
「 わ わ わ〜〜〜 どん、乗りました。 」
「 ぷ しゅう〜〜〜 ドア閉まりました。 出発しんこ〜〜〜 ! 」
リビングはなんだかやたらと賑やかになってきた。
「 ! うっさいな〜〜 えっと 次はぁ〜〜〜 道路に沿って木を植えます。
・・・ そんなこと、する? ふつ〜? 道路の長さは800メートルです
また 800メートルかあ ・・・・ 」
「 がったん〜〜〜 がったん〜〜〜 」
「 諸君 右手の窓をごらん。 そろそろ富士の御山がみえてくるはずじゃ。 」
「「 うわ〜〜〜〜〜 富士山だあ〜〜〜〜 」」
あ〜〜たま〜〜を く〜〜も〜〜の〜〜〜 ♪
ついには 大合唱?まで始まった。
「 うっるせ〜〜〜〜 !!! 」
すぴかは 一声吠えると ガサ。 宿題をひとまとめにして立ち上がった。
「 あら ごめんなさいね、すぴかさん。 ねえ あなた達〜〜〜 もうちょっと
ヴォリュームを下げてくれるかしら。 」
「 ぶ〜〜〜〜。 不可能で〜〜す。 な〜 だいち? 」
「 ・・・ あ でもさ もうすぐ なごや 到着だから。 げんそく〜〜〜 かも 」
「 すぴかや。 お前もこっちで宿題をやろうじゃないか。
鉄橋を通過する計算 一緒にやれば楽しいぞ。 」
おじいちゃまの声まで 飛んできた。
いこっかな ・・・?
一瞬 すぴかの視線がふらふら〜〜っとリビングへ泳いだ。
「 まもなく〜〜〜 なごや〜〜〜 なごや。 ○○線 お乗り換えの方〜〜
4番線ホームに 5分後に ××方面行が到着いたします〜〜〜 」
「 僕! つめたいお茶、買ってきます〜〜〜 えきべんやさ〜〜〜〜ん 」
「 おべんとうにおちゃ〜〜 れいとう・みかん はいかがですか〜〜 」
「 くださ〜〜〜い! おちゃと〜〜 れいとう・みかん ください〜〜〜 」
リビングはたちまち < ホームの喧騒 > 状態になってしまった。
「 う〜〜るさ〜〜〜〜いっ!! 」
ガタン。 イスを鳴らして立ち上がると、クッキーの残りをポッケに詰め込み
すぴかはとっとと キッチンから出ていった。
キ ・・・・ 。 子供部屋のドアが 少しヘンな音がして開いた。
「 ふん。 始めっからこっちでやればよかった! ふん! 」
すぴかは自分の机に上に 宿題を広げ ― さあ〜〜〜 やるぞ! と張り切って座った。
がんがん宿題ははかどる ・・・ はずなのである が。
こちこちこち。 目覚まし時計の音だけがきこえる。
この家では どこに居てもず〜〜っと寄せては返す波の音が聞こえるのだが・・・
すぴかにとっては生まれた時から聞こえている BGM なので全く気にならない。
でも なぜか、今はやたらと波の音が大きく聞こえる。
「 ふ〜〜〜ん 静かだな〜〜〜 こりゃ ばっちしできちゃうもんね〜〜〜 だ 」
ばさばさ。 ノートを開き 書き書き〜〜〜 ・・・ のはずが。
すぴかの鉛筆は 全然進まない。
ふう〜〜〜〜 ため息ついて 天井みたり。 きゅ きゅ。 しっかり編んだ三つ編み ひっぱったり。
そして ついに ・・・ ばさ。 プリントを裏返してしまった。
「 う〜〜〜〜 なんか〜〜 落ち着かないなあ〜〜〜
でもこれ、今日やっちゃいたい〜〜〜し ・・・・ どっか行こっかな〜 」
うわ〜〜〜と 伸びをし、すぴかは天井をみつめつつボヤいている。
「 ・・・ リビングは < 騒音 > の真っただ中だし〜〜〜
! あ。 そだ! あそこ ゆこ。 あそこなら落ち着けるよね〜〜〜 」
また引っ越しだ。 すぴかはぷんすか怒って立ち上がった。
「 ふん! ・・・ あれ。 しずか〜〜なのにアタシ、怒ってる? ヘンなの〜 おかし〜 」
くすくすくす ・・・ 自分自身がおかしくて、笑って子供部屋を出た。
目指すは 〜〜〜 ― 階段の上の・・・ あの部屋!
ギギ ・・・ ギ。 そのドアはウチ中で一番大きな音と一緒に開いた。
「 ・・・ うわっぷ ・・・ やっぱホコリっぽいかな〜〜〜 でもいっか。 」
すぴかはそう〜〜っとドアを閉めた。 もわ〜〜〜ん ・・・
そこはウチの他の場所とは違ったニオイがした。
空気が動いていないので なにもかも鎮まり返っている ・・・ ふうにみえる。
「 ふうん ・・・ ここ、アタシの < 隠れ家 > だもんね〜〜
さあ〜〜 ソファのとこで宿題 やっちゃお〜〜っと。 」
大きなタンスの裏に回ると 古いソファが置いてあり、少し広くなっているのだ。
「 ふんふんふ〜〜ん っと。 えっと ・・・ ここでいっか。
さっさと済ませて〜〜〜 ここならすとれ〜〜〜っち とかできるな〜
あ 先週のお稽古で習ったパ、練習しよ! アントルシャ・かとる、アントルシャ トロワ!
― あ。 あのコ に会えるかなあ ・・・ 会えると いいなあ 〜 」
ちょびっとわくわくしつつ すぴかは、やりかけのプリントに取り組みはじめた。
「 え〜〜っと? なんだっけ? あ〜〜 木を植えるってヤツだよね〜
へへへ これはコツがあるんだ〜〜〜 おじいちゃまのヒントでアタシが発見したもんね 」
すぴかは 低く口笛を吹きつつ〜どんどんプリントの問題を解いてゆく。
ぴゅ〜〜〜〜るるる〜〜〜〜♪
「 ぴっぴ〜〜・・・っと。 ここでならお母さんには聞こえないもんね〜〜〜
ったくさあ〜 ど〜してあんなに耳がいいのかなあ・・・ 」
ナイショだけど、口笛はジェットおじさんが教えてくれた。
すばるは まだ上手く吹けないけど、すぴかはたちまちマスターして今ではいろんな曲を
自由に吹ける。 けど ・・・
「 すぴかさん。 レディは口笛吹いちゃいけません。 」
普段はお母さんが ばし! っと禁止しているので お家では吹かない。
( レディ ってなによ〜〜〜 アタシは しまむらすぴか だよっ ) って思うけど
なんかお母さんには逆らえない気分なのだ。
「 ふんふ〜〜ん♪ っと。 算数 おしまい〜〜〜 あとは日記だよね。
漢字はやっちゃったもんね〜〜 」
プリントを 宿題ホルダーにしまって、ストライプ模様のノートを取り出した。
「 じゃ〜〜〜ん♪ アタシのおきにいりの〜と♪♪ う〜〜〜ん なにを書こうかな〜 」
すぴかは鉛筆のオシリをちょいと齧ったりしていたが 実は ― なんだかわくわくしていた。
あ は? な〜〜んかものすごく楽しいよかん〜〜〜♪
ぴっと背筋を伸ばして〜〜ノートを見る。あの時も その前も ノート、見てた気がする・・・
そうして ―
ぽん。 誰かがすぴかの背中をかるく叩いてきた。
「 あ・・・ うふふ〜〜〜 だ〜れですかぁ〜 」
「 わたし、よ、すぴかちゃん。 」
可愛らしい声が すぐに応えた。
「 わたし さん ですか? え〜と ・・・ まどもあぜる・ふぁんしょん ちゃん! 」
「 わ〜〜〜 あたり〜〜〜 すぴかちゃ〜〜ん! また会えたわね〜〜 」
「 うん♪ わ〜〜〜 ふぁんしょんちゃ〜〜ん♪ 」
似た色、いや ほとんど同じ色の髪をした少女達が きゅ〜〜〜っと抱き合った。
「 アタシ〜 なんかふぁんしょんちゃんに会えるな〜って気がしたんだ〜〜 」
「 まあ わたしもよ、すぴかちゃん。 今日はねえ 一人でお留守番でつまらないなって
思ったのだけど・・・ もしかしたら! って屋根裏部屋に来てみたの。 」
「 おんなじ〜〜〜♪ アタシ、宿題してたんだけど〜 弟たちがうるさくてさ〜 」
「 弟さん? あ ・・・ すばる君 でしょ? 」
「 そ。 アイツとしんゆう君がね〜 下で騒いでいるんだ〜 も〜煩くてさあ〜 」
「 うふふ・・・ オトコノコはうるさいわね。 」
「 うん。 あ ふぁんしょんちゃんのお兄さんも うるさい? 」
「 え? お兄ちゃんはもうリセだから ・・・ 帰ってくるのも遅いの。
あんまり遊んでもくれないわ。 でも いいの、 わたしにはバレエがあるもの。 」
「 そっか ・・・ バレエ 頑張ってる? ふぁんしょんちゃん。 」
「 ええ。 次の発表会でね ブルーバードのヴァリエーション 踊るの。 」
「 え! すご〜〜い〜〜〜 アタシなんかさあ まだまだソロはもらいえないよ〜 」
「 大丈夫、すぴかちゃん、ジャンプ得意なんでしょう? 」
「 え うん まあ ね。 」
「 それなら 〜〜 レ・シルフィード の マズルカ とか? 」
「 ・・・ 知らない。 今度お母さんに聞いてみるね。 」
「 ジャンプが多い振りなの、 きっとすぴかちゃん、好きよ〜 」
「 えへ ・・・そっかな〜〜〜 ふぁんしょんちゃんこそ がんばって〜〜
それでもって せかいてきなバレリーナになって〜〜 」
「 そう ・・・ なんだけど。 わたしね 迷っているの。
」
「 え なに? 座ろ〜よ。 あ ・・ ねえ これ 食べる? 」
すぴかは紙ナプキンの包みを ごそごそポッケから引っぱりだした。
「 あら・・・ なあに? 」
「 うん ・・・ クッキー。 弟のしんゆう君のおか〜さんがね、作ってくれたの。
あ・・・ ふぁんしょんちゃん、甘いのが好き? 」
「 甘いのも好きだけど ・・・ 何味なの? 」
「 あのね あのね〜〜 塩味でキャラウェイもはいってるんだ。 」
「 まあ おいしそう〜〜 いただいても いいの? 」
「 うん! ど〜ぞ。 はい。 」
「 メルシ すぴかちゃん。 」
ふぁんしょんちゃん はポケットから小さなハンカチをだすと膝の上に広げた。
そして お行儀よく小さなクッキーを口元に運んだ。
「 ・・・ んん 〜〜〜 ・・・・ 美味しい〜〜〜♪
キャラウェイと塩味って すごく合うのね シックでいいわあ〜 」
「 あ 気に入った? よ〜〜かったあ〜〜〜 すばるなんてね〜〜
これ 甘くない〜〜って わざわざジャムのっけて食べてた。 」
「 あら ・・・ 甘いのも好きだけど。 わたし、 これ とっても好きだわ。
この味 覚えて ・・・ ママンに作ってもらうわね。 」
「 あ それがいいよ〜〜 きっとさあ お兄さんも気に入るよ〜 」
「 そうね パパも〜〜 メルシ〜 すぴかちゃん。 」
「 えへ ど〜いたしまして。 あ・・・ ふぁんしょんちゃん、迷ってる・・・て
なに? 道・・・じゃあないよねえ ・・・ 」
二人の少女は 古びたソファに並んで腰かけた。
相変わらず ショート・パンツのすぴかに <おともだち> は ふんわりした膝丈の
スカートでお行儀よく脚をそろえている。
「 ええ ・・・ わたし ・・・ 将来の夢は勿論 世界的なバレリーナ だけど。
でもね やっぱりママンみたいに素敵な花嫁さんになってママンみたいなママンに
なりたいの。 どっちも大事でどっちも叶えたい夢なんだけど ・・・ 」
「 へ? だったら両方やれば? 」
「 それは ― 無理だわ、 すぴかちゃん。 」
「 ど〜して?? アタシのお母さんは アタシとすばるのお母さん やって お父さんの奥さんやって
そんでもって バレエ・ダンサーだよ? 小さい子たちの教えもやってるもん。 」
「 まあ〜〜〜 すごい・・・ ! あの パパ は なんて? 」
「 ぱぱ? あ〜 お父さんはねえ〜 もう らぶらぶだから〜〜
お母さんのやりたいことをやらせてあげるんだ・・・ってさ。 」
「 まあ〜〜〜 なんて素敵なパパなの〜〜 」
「 え ・・・ そっかな〜 ウチのお父さんってば・・ ステキってよりも〜
面白いってモードなんだけど ・・・ 」
「 ステキよ〜〜〜 すぴかちゃんのママンは幸せねえ〜〜 」
「 ふぁんしょんちゃんのお母さん じゃなくてママンは? お仕事してるの? 」
「 ううん ・・・ ママンはねえ お料理とかお裁縫が得意なの。
若いころにはクチュリエになりたかったのですって。
今でも時々 頼まれてお洋服 縫ったりしているわ。 」
「 くちゅりえ?? 」
「 あ ・・・ お洋服、縫うお仕事よ。 」
「 ファッション関係かあ〜〜 か〜〜っこい〜〜〜ね〜〜〜 」
「 うん ・・・でもねえ ママンはお家のことが大事だし忙しいから・・・
お仕事はほんの時たま だけ。 そのかわりわたしやお兄さんの服とかパパのせーたーは
ぜ〜〜んぶママンが作ってくれるのよ。 」
「 すっご〜〜〜い〜〜〜〜 」
「 え ・・・ だってすぴかちゃんのお母様も そうでしょう? 」
「 ウチの母? ・・・ う〜〜ん チビのころはね〜〜 なんでも作ってくれたなあ。
けど 今は ・・・ < あなたたち すぐに大きくなっちゃうから > って。
作らなくなったんだ。 でもね 手袋とかは今でもせっせと編んでくれるけど・・・
アタシ 本当はムジとかで 売ってるのが欲しいんだけどね〜〜 」
「 そう? でもね、考えてみて、すぴかちゃん。
お母様の手作りって。 この世の中でたったひとつしかないのよ? すご〜く大切だわ。」
「 あ うん ・・・ そうなんだけど さ。 うん ・・・ 」
「 でも すぴかちゃんのお母様すごい〜〜〜 お母さんして 奥さんして
バレリーナして 先生して それで 編み物とかもやっちゃうのね! 」
「 あ〜 うん そ・・・っかな? 」
「 ねえねえ それじゃ パパはママンのお手伝いとかするの? 」
「 え あ〜〜 お手伝いってか〜〜 お父さんってさ、お料理とか好きなんだよね。
お休みの日とか すばると一緒に晩御飯つくったりするよ〜 」
「 ええ?! 晩御飯も? 」
「 うん。 オイシイよ〜〜〜 お父さんのご飯。 」
「 すご・・・い 〜〜!! わたし、すぴかちゃんのお父さんみたいなムッシュウと
けっこんしたいわあ〜〜〜 」
「 あ〜 ・・・ ごめ〜ん ふぁんしょんちゃん。 ウチのお父さんさ〜〜
お母さんと結婚してるから さあ〜 」
「 え? 」
すぴかととてもよく似た瞳が ぱちぱちしてじ〜〜っとすぴかを見つめている。
「 だから さ ・・・ そのぅ〜〜 今はまんいんデスってわけでぇ〜 」
「 まんいん? きゃ〜〜 うふふふ・・・ すぴかちゃんって面白いこと 言うのね〜
すぴかちゃんのお父さんと結婚したいんじゃなくて、 お父さんみたいなヒト。
そんな人と出会えれば・・・ってことよ 」
「 あ は ・・・ そっか〜〜〜 そだよねえ・・・ あはは おかし〜〜〜 」
「 わたしのパパもステキなの、でもねえ パパの奥様はママンでしょう?
パパのお嫁さんにはなれないんだって知ったとき ものすご〜〜くショックだったの。
ねえ すぴかちゃんは? 」
「 え ・・・ アタシ? う〜〜〜ん ・・・??
お父さんはだ〜〜い好き だけど ― でもぉ ウチはさあ お父さんとお母さんは
もう なんつ〜〜か年中ず〜〜っとらっぶらぶ♪ なんだ〜 だから 割り込むのはむ〜り。
それにぃ〜 お父さんってばすばると似ててさあ ・・・ アタシ、すばるとけっこんなんて
したくないもんね〜〜〜 」
「 そりゃ ショックだなあ〜〜〜〜 」
屋根裏部屋のドアの方から 声が飛んできた。
「 あ! おと〜〜さ〜〜ん、 お帰りなさ〜〜い ! 」
「 ただいま。 やあ いらっしゃい〜〜 」
すぴかが駆けだす前に タンスの陰からお父さんがひょっこり顔をだした。
「 ボンジュール ムッシュウ? すぴかちゃんのお父様? 」
ふぁんしょんちゃんは すっと立ち上がると膝をすこし折ってご挨拶をした。
「 そ。 アタシのお父さん♪ お父さん、今日早いね〜〜 」
「 うん、この雨でねえ 取材が早くおわってしまったからな。 」
「 ふうん〜 でもうれしいな〜〜 晩御飯、いっしょだね〜〜 」
「 そうだなあ〜 お父さんもうれしいよ。 」
「 あの 〜〜 ムッシュウ? ムッシュウの奥様は バレリーナなのですか? 」
「 うん バレリーナは ぼくの奥さんの小さな頃からの夢なんだ。 」
「 まあ! わたしと一緒ね! 」
「 ああ きみも? 頑張ってね〜 」
「 メルシ〜 ステキなムッシュウ〜〜 」
ちゅ。 ふぁんしょんちゃんは すぴかのお父さんのほっぺにキスをした。
!!!! わ〜〜〜〜〜〜!!!! わっはは〜〜〜〜〜ん 〜〜〜
― ! お おい! ジョー〜〜〜
お前〜〜〜 女房以外の女性のキスで 舞い上がるとは〜〜〜!!
け けど〜〜〜 うわ〜〜〜 うわ〜〜 うわ〜〜〜〜♪
ジョーの人工心臓は 飛び上がってでんぐり返って ・・・ なんとか元の位置に着地した。
「 ・・・あ はは は ・・・ メルシ〜〜 」
「 おと〜さん〜 どしたの? ほっぺ まっかっかだよ〜〜 」
すぴかの冷静な声が ジョーのアタマをじゅわ〜〜〜〜っと冷やしてくれた。
「 ムッシュウ? お具合が悪いのかしら・・・・ 」
「 い いや! あの〜〜 ぼ ぼくは! 奥さんを あ すぴかのお母さんだけど、
すご〜〜〜〜くアイシテルので 奥さんの夢を全面的に応援しています。 」
「 まあ〜〜〜 ステキ〜〜〜〜 すぴかちゃんのパパとママンって
らぶらぶ〜〜〜 なのねえ〜 」
「 あ あは ・・・ そ そう かな〜〜 いや! そうです!
え〜〜 あ〜〜 おっほん。 あ〜〜 そろそろ晩御飯の支度の時間だな〜〜
お母さんの手伝いにゆくから ね。 」
「 まあ〜〜〜 本当に素敵なムッシュウ〜〜 」
「 え ・・・ あ〜〜・・・ そ それほどでも 〜〜 」
「 お父さん? どしたの〜〜〜?? 晩御飯のお手伝いは すばる がやるじゃん?
手ぇだすと アイツおこるよ〜〜 」
「 あ は そ そうだっけか? じゃ〜 お父さんは下に行くから 」
「 まあ ムッシュウ。 オールボワール〜 」
ふぁんしょんちゃんは す・・・っと足を引いて優雅にレヴェランスをした。
「 は はは〜〜 お お〜るぼわ〜〜る〜〜 」
お父さんは 真っ赤っかのまんまぎくしゃく・・・屋根裏部屋から出ていった。
「 ??? へ〜〜んなお父さん? さいぼ〜ぐ みたいだ〜 」
「 さいぼ〜ぐ?? 」
「 あ ロボットみたいなヤツ。 アニメとかでやってるでしょ。 」
「 ろぼっと? あにめ? ・・・ ああ オトコノコのおもちゃね、わたし、よく知らないの。」
「 オトコノコ向けばっかじゃないけど〜 」
「 ふうん? あ! わたしもママンのお手伝いしなくちゃ〜〜
晩御飯の準備、お手伝いするのよ。 」
「 あ そうなの? えらいね〜〜〜 ファンションちゃん 」
「 ママン 忙しいから ・・・ ね また遊びましょ、すぴかちゃん。 」
「 うん♪ なんかね〜〜 雨の日はふぁんしょんちゃんに会えるかな〜ってわくわくしちゃう」
「 あ わたしもうよ〜〜 じゃあ ね バイバイ 」
「 うん バイバイ〜〜〜 」
ふぁんしょんちゃんはひらひら手を振ると タンスの向こう側に行った。
・・・ ドアの音は聞こえなかった けど。 すぴかにはちゃんとわかってる。
< おともだち > は 彼女のお家に帰っていったのだ。
「 ふぁんしょんちゃん〜〜 ばいばい〜〜 また遊びたいなあ〜 」
気がつけば ぼんやりした光が広がる屋根裏ですぴかは一人で古いソファに座っていた。
シトシトシト ・・・
雨はず〜〜〜っと降っていて 晩御飯の時も外は雨のカーテンがびっちり降りていた。
「 わあ ・・・ 明日も雨なのかなあ〜 」
リビングのカーテンを閉めにゆき すぴかは灰色の空にちょっとがっかりだ。
「 う〜〜 つまんないな〜〜 ・・・ あ でも 今日は雨でよ〜かった〜〜
雨降りだったから あのコ とまた会えんたんだもね〜〜 ふふふ〜〜ん♪
たららら〜〜ん♪ 」
すぴかはちょっと気取って わるつ・すてっぷ を踏んでみた。
「 すぴかさ〜〜ん ? カーテン閉めたらお皿を並べてちょうだいな〜〜 」
キッチンから お母さんが呼んでいる。
「 はぁ〜〜い ・・・ っとに〜〜 なんでわかるのさ〜〜〜 」
「 なあに? なにか言った? 」
「 な〜〜〜んにもいってませ〜〜〜ん ! ・・・ お父さん? お父さんってば
あ〜いうヒトが りそうのじょせい なわけ? ふ〜〜〜ん 」
「 おう すぴか なんだい? 」
ぽん。 いきなり大きな手がすぴかのアタマにのっかってきた。
「 わ!? あ〜〜 お父さんってば〜 び〜っくりした〜 」
「 お友達はもう帰ったのかい。 」
「 ウン。 雨の日だから〜 会えたんだ〜 」
「 ?? 雨の日だから? 」
「 そ。 ・・・ あ ねえ? お父さんってばお父さんの りそうのじょせい ってなに? 」
「 あ? 」
「 だ〜から〜〜 りそうのじょせい! 」
「 ・・・ ああ 理想の女性 か・・・ う〜ん ・・・ 」
碧い瞳が じ〜〜〜っとジョーを見上げている。
う ・・・わ ・・・!
どき〜〜〜ん ・・・! またまたジョーの人工心臓は跳ね上がった。
自分自身の娘の瞳なのだ! とわかっているはずなのだが。
この目 ・・・ 弱いんだよな〜〜
フランそっくりだし。
・・・ あれれ? さっきのあのコも こんな目 してた・・・???
「 ね〜〜 お父さんってばあ〜 」
「 ・・・! あ あの!
お お父さんは! 奥さんにするなら あのコみたいなヒトがいいな。 」
「 あのコ??? 」
「 すぴかの < おともだち >。 さっき会っただろ。 」
「 はあ?? お父さんの奥さんは お母さんじゃん〜〜 」
「 あ は そ それは そうなんだけど さ ・・・ 」
「 な〜〜に〜〜〜 ヘンなお父さん〜〜 」
「 そうだなあ ・・・ お父さん ヘンだなあ ・・・ 雨のせいかなあ・・・ 」
「 え〜〜 雨ってさ〜 時々すてきだよ? 」
「 うん そうだねえ・・・ こうやってすぴかと一緒に見てると雨もいいねえ 」
「 でしょ? アタシ ちょっとだけ雨の日って好き かも 」
「 そうだねえ ・・・ 雨 かあ ・・・ 」
「 ジョー 〜〜〜! すぴか〜〜〜 ご飯の支度、手伝って! 」
「 あは。 キッチンから呼び出しだよ 〜〜 」
「 あは。 お父さんのりそうのじょせい からでしょ。 」
「 ・・・ ですね。 さ〜 ご飯だ ご飯だ〜〜〜♪ 」
「 うん♪ ご〜はんだ ごはん〜〜だ〜〜〜♪ 」
お父さんとすぴかは手を繋いで スキップ スキップ〜〜 でキッチンに向かった。
雨の日もちょっとだけ 好きだけど。
雨の日でも ウチはいっつも 晴れ だもん♪
すぴかはご機嫌ちゃんで お父さんの手を握った。
― そう ・・・ 島村さんち は いつだって晴天 ・・・ !
Last updated : 08,05,2014.
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******** 途中ですが
え〜〜〜 一応 【 島村さんち 】 シリーズです。
で 平ゼロ設定なので ふぁんしょんちゃん は 約半世紀前に
生きている少女なのです、 現代とはいろいろ…違うのです。
な〜〜んにも事件は起きませんが なぜか続くのです〜