『  Roman  Holiday   』

 

 

 

 

 

トントン ・・・ トン ・・・ トントン ・・・

実に控えめなノックが しかし執拗なまでに繰り返し続いている。

もともとノックなどの使用は想定されているはずもない、扉なのだ。

うっかりすれば聞き落としてしまう程度にしか響いてはこない・・・のだが、

その執拗さに一旦 気づいてしまうと耳にこびりつき、果てはがんがんと頭の中で鳴り渡る。

 

  ・・・ もう・・・! ここにいる時には返事はしない、と言ってあるのに・・・

 

彼女はようやっと顔をあげ、思い切り眉を顰めた。

あの音と間合いの取り方。 そして その執拗さ。 もう誰がドアの向こうにいるのか、

はっきりとわかっていた。 そして用件の内容までも・・・

 

トントン ・・・ トン ・・・トントン ・・・

全く同じペ−スで 飽きもせず、辛抱強く そして それは止むこともなく。

いや、 彼女がドアを開く時が <終わり> なのだが。

 

  ! ・・・ わかりました! 負けたわ、もう・・・!

 

深い深い溜息をつき、彼女は赤鉛筆を止め、PCのモニタ−から視線をはがした。

右耳からイヤホ−ンを毟り取った勢いで 小さなラジオは床に転げ落ちた。

椅子がむき出しの床に引き摺られ キイキイと耳障りな音をたてる。

 

  ・・・ もう・・・! 椅子までも私の邪魔をするの??  えい ・・・!

 

カシャーーーン・・・!

そろそろ粗大ゴミ行きのパイプ椅子は 見事に吹っ飛んでしまった。

 

  あ・・・ 床にキズをつけたら大変だわ! また爺やに叱られる・・・

 

彼女は肩をすくめ一緒に飛んでいったクッションを拾い上げた。

こちらも年季モノで 中味がはみ出しかなりぺちゃんこになって来ている。

 

  ああ・・ん! もう〜〜〜 !! ・・・ コンチクショ〜〜!

 

その身にあらざる悪態を呟きつつ・・・よいしょ・・っと<被害者>を跨ぎ 

彼女は大股で扉にむかって突進していった。

 

・・・ ガチャリ ・・・ !

重厚な音と共にやっとノックの音が 止んだ。

 

「 ・・・ また < ジョ− > ね? 」

「 はい。 申し訳ありません! まんまとしてやられ・・・ いえ! 見事にそのう・・・ 」

「 脱走した、わけ。 車? バイク? ・・・ まさかクル−ザ−ではないでしょうね。 」

「 いえ。 どれも乗り物は厳重にロックが掛かっておりますゆえ。 」

「 ・・・ それじゃ ・・・ 自分自身の足、で? 」

「 御意。 」

「 へええ・・・? でも それならたいした距離は行けないわ。 

 それに大丈夫、どうせカラッケツなはず、喰いっ逸れて・・・戻って来ます。 」

「 そ、そのような下世話な表現を・・・ 」

「 ふん。 いいから・・・ 放っておおきなさい。 男の子ですもの、なんとか・・・なるでしょ。 」

「 しかし・・・! 万が一のことがあっては! 」

「 ありませんよ。 ・・・ぱっと見にはそこいらの不良にしか見えないから。 それも軟弱な 」

「 そのようなことは・・・ 」

「 いいえ、誰がお世辞を言おうともわたくしが一番よく知っていますから。

 本当に・・・ あのままではどうしようもないわ。 引き篭もりって言うんでしょ。

 あんなんじゃね!  お嫁さんの来手なんてありっこない。 」

「 ・・・ そ、そのような ・・・ 」

「 少し苦労するといいのよ。 放っておおきなさい。 わかりましたね? 」

「 ・・・ かしこまりました。 」

「 それと、ココにいるときには 絶対に邪魔しないで。 <仕事中>です! 」

「 申し訳ございません。 」

「 いいですね! ちゃんと・・・ 時間には終らせますから。 

 ・・・ああ、余計な邪魔が入ったから・・・急いで送らないと間に合わないわ! それじゃ、ね。 」

「 重ね重ねの失態、 深くお詫び申し上げます。 」

「 ああ、ああ! わかりましたから! もう ・・・ 行って頂戴。 」

「 は。  ・・・・ しかしながら、陛下・・・ 」

「 なんです!? 」

「 申し上げ難うございますが ・・・ そのようなモノをそのような場所にお持ちになるのは

 いかばかりか、と存じますが。 万が一、他の者が・・・ 」

「 ・・・え ?  ・・・・ ああ、コレ。 いいじゃないの、<業界>のジョーシキよ。 」

「 お言葉ではございますが・・・・ 」

「 はいはいはい! よ〜く判りました。 あ! 大変! 時間〜〜! じゃね! 」

・・・バン!!

 

深く下がった頭のすぐ前で 重厚なマホガニ−の扉が勢いよく閉まった。

 

   ・・・ もう〜〜 夕刊の絞め切りに間に合わないじゃない!

   トワイライト・レ−スは 人気なのに!  

 

ぐしゃぐしゃと髪をかき乱し、彼女は右耳に挟んだ赤鉛筆をもぎ取ると

机の上にちらばった新聞紙を掻き寄せ しっかりとイヤホ−ンを填める。

そうして  ・・・ 猛烈な勢いでキ−ボ−ドを叩き出した。

 

   ふふふ・・・・ 快調・快調〜〜〜  ダ−リン♪ 情報、頼んだわよ!

   今日の一番人気は ・・・ ふふふ ・・・またバッチリよ〜〜〜 ザマミロ!

   じゃじゃ馬・キャシ− の予想はダントツさ!

 

地中海に臨む小さな公国の君主、キャサリン女王陛下は熱心に個人的な <お仕事> に取り組み始めた。

 

 

 

 

その街では思っていたよりも ずっと早く宵闇が降りてきた。

西の空が染まる暇もなく 街中の街燈は点じられ、店のショ−ウィンドウは明るくなった。

それと共に 空気もすう・・・っと温度を下げていった。

 

   ・・・ いけない! もうこんな時間? あら・・・・?

 

フランソワ−ズは慌てて左手首を覗き込んだが、短針はまだティ−・タイムの領域だった。

普段の、あの波の音がいつでも聞こえる街であったなら

明るい日差しのもと、そろそろ洗濯物でも取り込もうかな・・・と思う時間である。

 

   ふふふ ・・・ わたしったら。

   本当にあの国での生活に慣れてしまったのねえ・・・

   秋になれば こちらではあっという間に暗くなってしまうのに・・・・

 

人々は どこかゆったりとした足取りで石畳の路を行き交う。

夕闇にさまざまな淡い髪の色が映え、街燈の光の煌きをも拾っていた。

そう ・・・ ここは欧州 地中海にほどちかい小さな王国である。

 

   開幕まで まだちょっとお買い物をする時間、あるわね。

   それじゃ・・・ あのお店でリネン類を見ようかな。 ついでにバス用品も・・・

 

メインの通りから一本二本、フランソワ−ズは街の奥へと入っていった。

 

 

アフリカでの小さなミッションの帰りだった。

ミッション、と言っても事件の芽は未然に摘み取ることができ、

通報したピュンマと共に 安堵の胸をなでおろした。

急なことだったので全員参加は不可能で 帰路途中でアルベルトをドイツに送れば

あとはジョ−と二人だけになった。

 

「 あ・・・ あのさ。 もし、よければちょっと寄道をして行ってもいいかな。 」

「 まあ、珍しいわね、ジョ−。 どこへ行くの。 」

「 うん ・・・ あの・・・ 」

ジョ−は地中海沿いの小国の名を上げた。 

「 いいけど・・・・ どうして。 あ、聞いてもかまわないかしら。 」

「 勿論。 昔の・・・ レ−サ−時代のね 友人の墓所にさ、ちょっと御参りしてこようと思って。 」

「 ・・・ ああ、そうなの。 きっと・・・ 喜んでくれるわね。 」

「 ウン ・・・ もう ・・・ 20年近くになるかなあ。 一回も行けなかったから。 」

「 是非、行っていらっしゃいよ。 それじゃ・・・ わたしもすこし脚をのばそうかしら。

 観たい舞台があるの。 」

「 そうなんだ? よかったね〜〜 きみもホリディを楽しんでおいでよ。

 そうだな〜〜 それじゃ 明日 ×× で合流しないかい。 ドルフィンで迎えにゆくよ。 」

「 いいわ。 」

「 ・・・ ぼく達、<二人> の休日を過してもいいと思わない? ・・・ね? 」

セピアの瞳が温かい笑みに満ちている。

ジョ−はそっと手を伸ばし、 フランソワ−ズを抱き寄せた。

「 ミッション、お疲れ様。 ・・・ いつも ありがとう・・・ 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ あなたも。 」

二人はごく自然に腕を絡めあい、ゆったりと口付けを交わした。

もう ・・・ どれだけ一緒の時間 ( とき ) を過してきただろう・・・

戦場を駆け抜け、硝煙と血と汗に塗れ ・・・ でも いつも二人は一緒だ。

今までも そしてこれからも。

人生という戦場を 共に闘い抜いてゆく。 ずっと ・・・ この命が尽きるまで・・・

見詰め合う眼差しには 愛情と共に深い信頼が満ちていた。

 

 

 

それじゃ、 とジョ−は大きく手をふるとすたすたと歩きだした。

「 ・・・ 行ってらっしゃい。 」

フランソワ−ズは車の中でつぶやくと 目と耳のスイッチを切った。

そして 淡い髪を揺らして彼の姿が街角に消えると 静かに車をスタ−トさせた。

 

   ・・・ さあ、 わたしのホリディね。 

   ふふふ ・・・ たまには一人旅も楽しいわ。 えっと ・・・ まず ・・・

 

フランソワ−ズの車は軽快に走り出し あっと言う間にその小さな国を抜けていった。

EUになってから 移動はおどろくほど楽になった。

面倒な手続きは一切なし、特にEUのパスポ−トを持ち一目瞭然な容姿をもつ彼女には

大陸での移動は単なる長距離ドライブと同じだった。

その日のうちに 目的の都市にすべりこんでいた。

 

そこはやはり小さな立憲君主国の首都で 車もヒトも結構往来があった。

早い秋の夕暮れ時、それでもしっとりと落ち着いた雰囲気に満ちているのは

現在の君主が女性、 いわゆる女王陛下の国、だからなのかもしれない。

 

   王立劇場は・・・っと。

   ええと ・・・ この道でよかったのよね・・・ ああ、パ−キングスペ−スがあるわ。

   ここに停めて チケット・シアタ−に先に行かなくちゃね。

 

広い道幅の道路の片側に フランソワ−ズは器用に車を寄せた。 

 

 

 

カツカツカツ ・・・・

軽やかな靴音が 石畳の道に響いてゆく。

さっきよりもぐっと暗くなった道に 街燈の落とす影がひょろ長く伸びている。

 

   う〜ん ・・・ この音・・・ 久し振りねえ。

   この音を聴くと ああ、帰ってきたな・・・って思ってしまうわ。 

 

今、暮らしている島国ではほとんど聞くことのない 音 なのだ。

普段は気にもとめずにすごしているが たまに耳にすればそれはやはり懐かしい。

目的の買い物も済ませ、フランソワ−ズは足取りも軽く 路地を抜けていた。

楽しみにしていた舞台の開幕まで あともう少し・・・

自然に唇に笑みを結び 彼女はパ−キング・スペ−スに戻ろうとしていた。

 

バタバタバタ ・・・ !

「 なんだよ! いいナリしてっからよ〜 狙ったのによ〜 」

「 カラッケツとはな!  でもよ、 この時計〜〜 ウラで売り飛ばせばよ〜 」

「 ちっとはな・・・ へ! 殴り代ってトコか! 」

大きな足音をたて、チンピラ風な男たちが駆けてきた。

フランソワ−ズは眉を顰め、路肩に避けてやり過ごすつもりだったのだが・・・

「 あんなボンボンには過ぎたブツさ。 オヤジのでも持ち出したんだろ。 」

「 だな〜 22K だとよ。 」

一瞬、 ちかり、と光るものが男の手の中に見えた。

 

   ・・・ 恐喝? どこの街でも必ずいるヤツらね。 

   余計なコトは したくないけど・・・ 

 

ちょっとばかり溜息をつき、フランソワ−ズは買い物の包みをそっと道路脇に置いた。

お気に入りのジャケットを脱ぐ。

 

   え〜と。 今日はね、わたし、オシャレしているのよ?

   台無しにしたくないから。 ・・・ そのつもりでね?

 

バタバタバタ・・・・ 

駆けてくる若造の足元に カタチのよい脚がすっと伸ばされた。

 

「 !! ぐわ〜!!! な、なんだ ?! 

「 ・・・ぎゃ!!  クソッ! 誰だ? 」

ものの見事に転がった男どもは 道路にへばりつきつつ悪態をついた。

「 返しなさい。 その ・・・ あら、腕時計? それを返すのよ。 」

「 ・・・・? な、なんだぁ〜〜 このアマ ・・・ 」

「 ?! なに寝ぼけたコト 言ってやがる! おう、返してやろう。

 てめェの身体を引き換えになッ ! 」

若造どもは跳ね起き 下卑た嗤いを浮かべ始めた。

「 あらら ・・・ ヤル気なの? 困ったわねえ。 」

「 ・・・ やっちまえ! 」

「 おうよ! 」

「 仕様のないヒト達ねえ・・・ あら、そんなモノは反則でしょう? ママに叱られてよ? 」

「 ・・・ ぐ ・・・ッ !?? 」

しゅっと突き出されたナイフは 次の瞬間には宙にはじきとんでいた。

「 な、なん・・・・だ? 」

「 ・・・ くそ〜〜〜 ! 」

「 ああ、ほら。 そんな汚い手で触らないでね! このドレス、お気に入りなのよ。 」

「 ??? わぁ〜〜〜 !!! 」

カン ・・・ ! 

軽やかな音と共に若造の一人は 仰向けに歩道に吹っ飛んだ。

「 ほ〜ら・・・ 乱暴するからよ。 さ、腕時計を返しなさいったら。 」

「 何、言ってやがる〜〜 このアマ〜〜〜 ! 」

バシュ・・・・!

横っ面を張り飛ばされ 再び道に転がったヤツは起き上がれずに這い蹲っている。

「 ・・・ ひ ・・・ ひィ・・・・ お ・・・ お助け・・・ 」

「 ・・・ う ・・・ううう ・・・ こ、腰が・・・ 」

「 あらあ。 随分とだらしないのねえ。 それに身体、硬いわねえ。 怪我のモトよ?

 ちゃんとストレッチしなさい。  さあ、 時計。 それとも もう一発・・? 」

「 ・・・ !!  お、お助け〜〜 」

「 に、逃げろ〜〜〜 」

一人がポケットからきらり、と光るモノを放り投げ ・・・ そのまま逃げ出した。

「 足元、気をつけて〜 この道は結構でこぼこよ!  ・・・あ、転んだ♪ 」

フランソワ−ズはひらひらと手を降ると 路上に落ちたものに手を伸ばした。

 

   ・・・ 時計、大丈夫だったかしら・・・?

   ああ ・・・ ちゃんと動いているわね、 よかった・・・・

 

ハンカチを出し そっと表面の汚れをふき取った。

それは上質のものだったがかなり使い込んであり、本来の持ち主の愛用品なのだろう。

 

   ボンボン、とか言ってたけど・・・ これはコドモのものじゃないわね。

   あら? コレを盗られた 被害者 は・・・? 

 

フランソワ−ズはジャケットと荷物を持つと チンピラ達が駆けてきた方向に歩き出した。

コツコツコツ ・・・ 

相変わらず軽い足音が響く。

「 ・・・・ まあ、よかったわ。 ストッキング、無事だった♪

 これね、シルクでお気に入りなのよ。 うん、靴も無事みたいね〜〜 コレ、高かったのよ〜 」

とうとうパ−キング・エリアまでやって来てしまった。

「 変ねえ・・・? 被害者クンも逃げてしまったのかしら・・・  あら・・? 誰か? 」

フランソワ−ズの車の陰から 脚がのぞいている。 

「 ・・・ !  あの ・・・ 大丈夫ですか? 」

車に寄りかかる恰好で 少年が伸びていた。

顔に派手に殴られた痕があり 唇の端がすこし切れていた。

「 ああ キミが被害者クンなのね? まだ少年なのかしら。 キミ・・・・? 

 ・・・・ あらまあ ・・・ このコ ・・・ 」

歳の頃は16〜7歳、どこか線の細い少年だった。

ジ−ンズにトレ−ナ−、どこでも見る服装なのだが実はブランド物であるとこに

フランソワ−ズはすぐに気がついた。

 

   ・・・ なるのどね、どこかのセレブの坊やなのかしら。

   これじゃ ・・・ カモになるわねえ。  でも・・・ なんとなく ・・ 似てる・・・?

 

殴られた顔には柔らかい金髪が被り、はっきりとした目鼻立ちには優し気な雰囲気が漂う。

どこかほっとりとした首が ちょっと頼りない。

 

   このコ ・・・ ちょっとジョ−に似ている ・・・ かも。

   そう ・・・ ジョ−も少年時代は こんなカンジだったかもしれないわね・・・

 

ぼくは不良だったんだよ・・・

そんな言葉がふと 思い出された。 だとしたら・・・ 

ふふふ・・・ フランソワ−ズは思わず低く笑ってしまった。

「 少なくとも ジョ−は伸びている方、ではなかったでしょうね。 

 え〜と・・・ お〜い、petit garcon? ( ぼうや ) 起きなさい・・・! 」

パン・・・!

背中に回り、彼に カツ を入れた。

 

「 ・・・う ッ ・・・・! ・・・ 」

「 はい〜〜 ボウヤ、気がついた? 」

「 う〜ん ・・・・ ィ テテテ ・・・ 顎の骨が・・・ 」

「 え? ああ、大丈夫よ。 この程度では骨折はしないわ。 」

「 ・・・ ううう ・・・ 痛いんだもの! きっと折れてる・・・ 母上に言いつけてやる・・・! 」

少年はまだ半分ぼう〜っとしているらしく 道路に伸びたままなのだ。

「 なに言ってるの? ほら! 起きて! 」

「 あ!!! いてェ!! ・・・ いて〜〜いて〜〜 」

「 もう〜〜煩いわね、シャキっとしなさい! 」

フランソワ−ズは パン! と軽く彼の横ッ面を張った。

「 ・・・ わ!! あ ・・・ あれ?? 」

ぽかり、と開いた少年の瞳が ますます大きくなった。

「 ぁ・・・ あのゥ・・・ ここは どこですか?  あなたは・・・? 」

「 ふん。 やっとお目覚めのようね、ボウヤ。 

 ここはパ−キング・スペ−スよ。 王立劇場のすぐ近くのね。 」

「 ・・・ 王立劇場? ってコトは・・・ そうだ、僕、城を抜け出してそれで・・・

 あ・・!! 時計〜〜〜!! 父上の時計〜〜〜 アイツらに!! 」

少年はにわかに大慌てで服の全部のポケットを探り、 叩き 果ては無理な姿勢で覗き込み・・・

「 ・・・ ない・・・! ああ、やっぱり盗られたんだ〜〜 どうしよう・・・ 」

「 あの、ねえ? お取り込み中失礼しますけど。 

 その時計って コレのこと? 」

 

   ・・・ ぷらん ・・・

 

一人でうろうろう・ぶつぶつ言っている少年の前に フランソワ−ズは先ほどの時計を吊り下げた。

「 ・・・あ! そうです、これです〜〜 どこにあったんですか!? 」

少年はぱっと顔を輝かせ、手を伸ばした。

「 あなたねえ。 覚えてないの? 自分が何をしたか、どうしてこんなトコでひっくり返っていたのか。 」

「 え・・・? あ・・・! ああ、そうだ! 僕、この時計を取り返そうとして アイツらに・・・ 」

「 やっとちゃんと思い出した? ほら、これ。

 あなたのモノではないのね? 大切に持ってお帰りなさい。 

 これからはもう一人で繁華街をうろうろしないことね。 じゃあね、ボウヤ。 

くしゃり、と少年の金髪をなで、フランソワ−ズは立ち上がった。

「 悪いんだけど、ちょっと避けてくださる? 車を出したいのよ。 ああ、急がないと・・・! 」

「 ・・・ ご一緒させてください! 」

「 はあ?! 」

「 あのゥ・・・ 僕も一緒に連れて行って頂けませんか。 」

少年は慌てて立ち上がり、 フランソワ−ズのジャケットの裾をぎっちり握り締めていた。

「 pardon, mon petit ? ( なですって ぼうや? ) 」

「 あ・・・ご迷惑でなければ僕もご一緒させてくださいませんか。 」

「 ・・・・・・・・ 」

フランソワ−ズは半ば呆れて 目の前の少年をしげしげと見つめてしまった。

彼は慌てて トレ−ナ−を引っ張ったりぐしゃぐしゃな髪を手で梳いたり・・・身づくろいに必死なのだ。

その合間にも ちら・・・っと視線を彼女に走らせる。

金髪の合間からのぞくライト・ブラウンの瞳が ますますジョ−を思い起こさせた。

「 こんな恰好で・・・ お見苦しい場面をお見せしました。

 あ! 時計を拾ってくださいまして ありがとうございました。 マドモアゼル・・・ 」

「 え・・・ 拾うって、そうじゃなくてね・・・ 」

「 街で不良どもに絡まれて・・・危うく盗まれるところでした。 きっと途中で捨て行ったのでしょう。 」

「 あ〜 そうじゃなくて・・・ 」

「 感謝しています。 これは僕の父上 ・・・あ、い、いえ・・・お、親父のもので借りてきたのです。 」

 

    なんなの・・・? このボウヤ、妙に丁寧な口調だけど・・・

    ヒトの言うこと、全然聞こえていないんじゃない? 

 

フランソワ−ズはちら・・・っと自分の時計をながめ、溜息をついた。

そして 滔々と続く少年のお喋りに割って入った。

「 あのね。 わたし、急いでいるの。 王立劇場のソワレを観る予定なの。

 さあ! お家はどこなの? 送っていってあげるから。 ・・・ 乗って。 」

「 え。 いいのですか。 ありがとうございます、マドモアゼル。 」

「 ・・・・・・ 」

フランソワ−ズは急いで車に乗り込むと 助手席のドアを開けた。

「 ・・・ ほら、どうぞ。 」

「 あ ・・・ 僕、 ここに乗るのは初めてです。  失礼いたします、マドモアゼル。 」

「 ・・・??? ( 可笑しなコねえ・・・ )

 あのね。 <マドモアゼル>じゃなくて。 わたしは フランソワ−ズよ。 」

「 失礼しました。 僕は ジョゼフといいます。 」

「 ジョゼフ? まあ、そうなの。 じゃ、 < ジョ− > ね? 」

「 あ・・・・は、はあ。 母上 ・・・あ、えっと お、お袋はそう呼びます。 」

「 ふうん? それでお家はどこなの? こっちは王宮の方でしょう? 」

「 あ! ・・・い、いえ〜〜 あのう そのゥ ・・・ 僕は あの・・・い、家出してきまして。

 行くところがないのです。 「

「 家出ですって?? 」

「 ・・・は、はい。 あのう そのゥ ・・・ お、お袋と喧嘩しまして・・・ それで・・・ 」

・・・ くゥ〜〜〜 きゅるきゅるきゅる・・・・

口篭り勝ちになった少年にかわって 彼のお腹のムシが雄弁に応えてくれた。

「 あ〜らら。 あなたよりお腹の方が正直のようね。 

 ・・・ いいわ。 舞台は諦めるわ。 どこか・・・ 食事に行きましょう。 」

「 え! 本当ですか!? 感謝いたします、マドモアゼル・・・じゃなくて ふ、フランソワ−ズさん。 」

「 さん はいらないわ。 < ジョ− >君。 」

「 は、はい。 フランソワ−ズ。  えっと えっと・・・後日公演のチケット代はお支払いいたします。 」

「 え?? だって家出中なのでしょう? いいのよ、コドモはそんなこと心配しなくても。 」

「 僕はコドモではありません。 」

「 じゃあ、 幾つ? 」

「 じゅうろ・・・・いえ! じゅ、じゅうく、です!」

少年は首の付け根までまっかっかになっている。

 

   へえ??? ホントは16歳か。  ふううん・・・ それじゃ合わせてあげようかしら。

 

「 あらあ、偶然ねえ。 わたしも19歳よ。 」

「 は、はははは・・・そ、そうですか。 お、同い歳とは・・・ 光栄です。 」

しれっと応えたフランソワ−ズに <ジョ−>は ますます真っ赤になってゆく。

「 それで? どこへ行く? なにが食べたいの。 」

「 え・・・ あの。 リクエストして宜しいですか。 」

「 どうぞ。 あ、でもあんまり無理な注文はやめてね。 ミシュラン5ツ☆とかはご遠慮願うわ。 」

「 ああ、それは僕ももう結構です。 あのゥ それでは実はですね♪  ・・・ 

「 ・・・ はあああ??! 」

 

 

 

「 ・・・ もう やめたら。 あとで気分が悪くなるわよ。 」

「 いえ! まだまだ大丈夫です。 」

「 ・・・ ソレ。 ぜ〜〜んぶあなたのお腹にくっついても・・・知らないわよ。 」

「 大丈夫・・・ ああ・・・・ 極上の味です! 」

「 ・・・ へええ・・・ コレがねえ・・・ 」

フランソワ−ズは 溜息を吐き目の前でみるみる姿をけしてゆく特大ハンバ−ガ−を見つめた。

 

   リクエストが 有名・はんば−が−・しょっぷ とはねえ・・・

   メガ・マッ〇 に ポテトLサイズ に シェイク に コ−ラLサイズ ?!

   よしてよね、 わたしの方が胸ヤケしそうだわ・・・

 

「 ま、これで少しはお腹のムシも大人しくなるわよ。 

 それじゃ・・・ もうこのままお家へ帰るのよ、ボウヤ 」

「 あ・・・! ま、待ってください! ご一緒に・・・! 」

< ジョ− > は大急ぎで紙ナプキンで口元を拭い、膝に落ちたパンくずを払っている。

「 お家まで送ってほしいの? 」

「 違いますよ!  あのゥ ・・・ もし宜しければもう一箇所ご一緒していただければ・・・ 」

「 ! ・・・ いいわ、わかったわ。 それで どこなの? スタバ? 」

「 ? なんですか、それ。  僕がお願いしたいのは ・・・ 」

「 ・・・・ それって・・・ この国にあるのかしら。  

 わたしが住んでいる国では結構人気なのだそうだけれど。 」

「 あのう 失礼ですがどこのお国の方ですか? マドモアゼ・・・ じゃなくて フランソワ−ズ。 」

「 ああ、わたしはフランス人だけど ずっとね、ニッポンに住んでいるの。

 知ってる? 東洋の端っこにあるちっちゃな島国なんだけど。 」

「 !! ええええ〜〜〜 !! 日本人なんですか!! すごい、すごい〜〜〜

 知ってますよ、もう〜〜日本は僕の国でも若者たちの <ご聖地> ですから!  

 わあ〜〜 それは感激です! そうですか、日本人にも金髪碧眼の方がいらっしゃるのですね! 」

「 あの・・・ そうじゃなくて、ね。 長年住んでいるだけで・・・ 」

「 そうかあ〜 いいですねえ〜 もう憧れの地です。 アキバとか一度行ってみたいものです。 

 僕、実は創作活動をやりたいのです。 これは・・・ 夢なのですが。 」

「 ・・・ はあ・・・ そうなの? 」

「 日本には オタク という素晴しい文化がありますよね。

 僕もその一端に参加できれば ・・・ どんなに嬉しいことか・・・! 」

「 へえ? でもなんでも出来るでしょう、まだ若いんだし。 」

「 ・・・ いえ。 僕にはそれは許されないかと・・・ 僕はいずれそのう ・・・ 

 家業を継がなければならないのです。

 父上・・・いえ、お、親父はギャンブル狂いで お、お袋が家業に専念している有様ですから・・・ 」

「 まあ・・・ そうなの。 ボウヤも苦労しているのね。 」

「 は、はあ・・・。  だからせめて、今晩だけは。

 それでは参りましょう。 トワイライト・レ−スは人気だと聞いています。  」

「 あ・・・ええ、ああ。 はいはい・・・ え〜と、この街のメイン通りの先だったかしら 」

フランソワ−ズはにこにこしている < ジョ− > を従え店を出た。

すでに外はとっぷりと暮れ、空には星も見え始めていた。

 

   ・・・ やれやれ。 夜の繁華街なんてあまり歩きたくないんだけどなあ・・・・

   まして ・・・ 競馬場!  本当に妙なボウヤだわ。

 

こっそり溜息を吐いたが後ろできょろきょろしている人物の耳には届かなかったらしい。

 

 

 

「 ・・・ ペリエとカナッペをお願い。 」

「 あのォ・・・ 」

「 ・・・ああ、食べたいもの、注文していいわ。 どうぞ、ご自由に。 」

「 ありがとうございます!! あ・・・僕、クロック・ムッシュウにコ−ラにタルト・オ・フレ−ズに・・・ 」

「 まだ食べるの?! ・・・ 大丈夫? 」

「 はい! 声を限りに応援してましたから、すっかり空腹になってしまいました。 」

「 でも・・・ ちょっと食べすぎよ。 そのくらいにしておいたら・・・ 」

「 ・・・ はあ ・・・ それじゃひとまず・・・ 」

立ち去るギャルソンに 少年はちょっとばかり未練の残る眼差しを投げていた。

さんざん喚いて叫んだあとに、夜風が心地よい。

ここは王立競馬場、人気のトワイライト・レ−スもあと2レ−スを残すのみになっていた。

< ジョ− > は結局一枚も馬券は購入せずに、ひたすら応援に回っていた。

少しくらいなら買ったら? とフランソワ−ズが進めても 彼は首を振った。

秋口の競馬場、夜になってもかなりの客で大賑わいだった。

場内にあるカフェに吹きぬける風が 時に色づいた葉を運んでくる。

ひら・・・と一枚が 二人のテ−ブルに舞い降りた。

「 ふふふ・・・ すごい熱気だわね。 ねえ・・・本当に観るだけ、でいいの? 」

「 はい・ 一度、体感してみたい、と思っていましたので。

 そのう ・・・ 親父がどうして入り浸っているのか、知っておきたかったのです。 」

「 そう・・・・ お母様はなんておっしゃっているの? そのう ・・・ お父様のこと。 」

「 母は家業に忙しくてあまり関心がないのでしょう。  仕方なしに一緒にいるのではないかと・・・ 」

「 まあ・・・ でもね、ご夫婦のことはご本人達にしかわからない、というから・・・ 」

「 もう、いいのです。 僕は・・・・あと一箇所だけ行ければ。 」

「 ・・・・ どこに行きたいの、ボウヤ 」

「 あの! ご迷惑でなければ ・・・ そのゥ ・・・ ・・・ 」

「 ・・・・ < ジョ− >。 競馬の次は ゲ−セン?? 今度はコドモの遊び場なの? 」

「 いえ! お言葉を返すようですが! 子供の遊び場とは限りません。

 オトナ達にも人気の場所、と聞きますが。 ゲ−ムは年代を超えた永遠のロマン、と思います。

 脳の活性化に役立つというではありませんか。  」

「 ・・・ ロマン、ねえ? 賭け事をするよりもマシ、かしら。 」

「 はい! 僕もそう思います。 ああ、来ましたね〜 ああ、急いで食べないと次のレ−スが

 始まってしまいますね。 」

注文の品が運ばれてきて、少年は満面の笑顔である。

 

   このコ ・・・ 何者なの?  なんだかやたらと丁寧な言葉遣いだけど。

   あ〜あ ・・・ とんだホリデ−になってしまったわ。

 

シュポ ・・・

ペリエの泡ごしに、< ジョ− > の笑みが揺れている。

まあ ・・・ こんな時間もたまにはいいかもしれないわ ・・・

テ−ブルの上の落ち葉を 玩びつつフランソワ−ズはぼんやりと思っていた。

 

 

「 へへへ・・・ それで 遠くから一発、ってか。 」

「 ああ。 実弾でもなんでもないから証拠も残らないってよ。 

 ナントカいう特殊な光のでる銃なんだと。 」

下卑たひそひそ声が フランソワ−ズの耳に入ってきた。

どうやら無意識に 耳 のスイッチを入れていたらしい。

 

   ・・・え?  まあ・・・ なんですって?  

 

「 そいつで一番人気のおウマちゃんを狙えば 大番狂わせ、さ。

「 へっへへへ・・・ こっちゃ大穴〜〜ってな。 」

「 そういうこと。 」

 

    イカサマじゃない! あら・・・それにこの声ってもしかしたらさっきの?

 

フランソワ−ズはすっと席を立つと 通路の隅に屯しているオトコたちに近寄った。

「 聞こえちゃったわ。 その銃を持つ仲間を教えなさい! 」

「 ・・・ なんだぁ〜 このアマ・・・ 」

「 ・・・! お! ここにいやがったのかよ〜 」

「 お〜っとォ? あのボウヤもご一緒たぁ 運がいいぜ。 」

「 ・・・・? 」

「 きれいなね〜ちゃん、ちょいと顔かしてくんな。 さっきの礼をしたくってよ。 」

派手に絆創膏を張った顔が ずい、と割り込んできた。

「 あ! さっきの不良ども! 」

「 ふん、ガキはすっこんでな! 夜はオトナの時間なんでな〜 」

「 そうそう。 ガキはとっととママのとこに帰んな! 」

オトコたちは両側からフランソワ−ズの腕をつかんだ。

 

   あ〜らら・・・ もう一回投げ飛ばしてやろうかしら。

   ・・・ ん? あらまあ。 まだそんなモノを持っていたの?

 

頬にひやり、と冷たい感触が走った。 あまり切れ味がよくないカンジの刃物が視界にはいった。

「 きれ〜なお顔を台無しにしたくなかったら ちょいと付き合ってくんな。

 どうもアンタはよ、余計なことばっかするなあ。  」

「 へっへっへ・・・ ご一緒に楽しい一夜を〜 」

「 レディになにをする! 無礼者!その手を離すんだ! 」

「 うひゃひゃ・・・ ぶれいもの、だとよ〜〜 るせェ〜な〜 ガキはジャマすんなって! 」

「 ・・・ うわぁ〜〜 ! 」

ガシャ−−−− ン !! 

< ジョ− > はたちまち吹っ飛んでしまった。

他の客達も騒然としだしたが、不良どもがナイフを振り回しているので手だしができない。

後退りして遠巻きに眺めている。

 

   あ! < ジョ− > 大丈夫かしら?? 怪我、してないかな〜〜

   しようがないわねえ・・・ あまり派手なことはしたくないのだけど・・・

   ・・・ あら・・・? 

 

これはもう一回投げ飛ばしてやろうか・・・と思った時、柱の陰に潜むダ−ク・ス−ツ姿が

目に入った。 そして ソイツの手の中には・・・

 

   飛び道具はル−ル違反よ!  

   ・・・ん? 誰を狙っているの? ・・・ < ジョ− >! 危ないっ!!

 

両脇のヤツらを振り払って 少年を庇おうと飛び出した瞬間 

 

「 ん?  ぎゃあ〜〜 !! 」

「 うわあ〜〜 げえ ッ ・・・! 」

バ −−−−−− ン !!

「 うッ!! な、なんだ??  うわぁ〜〜 」

不良どもは派手に宙に吹っ飛び 数メ−トル離れた柱の陰からオトコが一人転がり出た。

 

シュ ・・・ !!

フランソワ−ズの目の前に 短い圧縮音とともに赤い人影がたった。

「 フランソワ−ズ。  ・・・ ああ、そのドレス、台無しだねえ。 」

「 ??  ジョ− ! 」

セピアの瞳が 笑みを含んで彼女を見つめていた。 

「 ・・・ ? ジョ−、あなた、お友達のお墓参りに行ったはず・・・ いったいどうしたの? 」

「 やあ・・・ うん、きみと一緒に舞台を観たいな、と思ってさ。

 お墓参りの後に急遽ドルフィンで追いかけて来たんだよ。 」

「 まあ、そうなの? 」

「 うん。 そしたら・・・ いくら待ってもきみは王立劇場に現れないだろ。

 あれえ?と思ってぶらぶら街を歩いていたら、競馬場のパ-キングに

 きみの車が停めてあってさ。 ははは・・・ ちょっとびっくりしたよ。 なんだ、コイツら 」

ジョ−は肩を竦めて 伸びているチンピラどもに目をやった。

「 あ・・・ そうなのよ。 さっきね、ちょっとお仕置きしたの。 そうしたら逆恨みってヤツ。 」

「 ふうん? でも、あっちのはきみを狙ったんじゃなかったよ。 」

ジョ−は柱の陰に転がっているオトコの方を顎でしゃくった。

「 そうなの。 あ ! いけない〜〜  < ジョ− >!! 大丈夫? 」

「 あ?? えええ??  」

目を丸くしているジョ−の腕をすり抜け、フランソワ−ズは空きテーブルに引っかかっている

少年の側に駆け寄った。

「 < ジョ− >? しっかりして?  ほら・・・ ねえったら! 」

「 ・・・ う ・・・ うう ・・・ 」

ぴたぴた頬を叩かれ少年は呻き声を上げた。

「 お〜い?  ・・・ ああ、気がついた? さっきは庇ってくれてありがとう。 」

「 う ・・・・ あ・・・ ああ、マドモアゼ ・・・ じゃなくて  ふ、フランソワ−ズ ・・・ 」

彼女の腕の中で少年はようやっと目を開けた。

「 ・・・ あ・・・ ご ご無事でなにより・・・ あ! あの・・・ウ そのう・・・ 」

「 え? どうしたの? どこか怪我をした? 」

「 いえ ・・・ 多分打撲だけ・・・ いえ、でも、あのう・・・ 」

「 なあに? まあ、顔が真っ赤よ? 熱でもあるのかしら 」

「 フランソワ−ズ。 」

「 なあに、ジョ−? ・・・あら。 いいわよ、別に寒くはないわ? 」

ふわり、とジョ−のジャケットが肩に掛けられ、 フランソワ−ズは少し驚いた。

「 いや。 ・・・ その、彼も気の毒だし。 ・・・ あの、きみの胸元が・・・さ。 」

「 ? え ? ・・・・ あ! きゃあ〜〜〜 」

何気に目を落としたわが胸は。

お気に入りのドレスが ぱっくりと裂け、白い胸が露出していた。

「 ・・・ な? これ、しっかり着ていろよ。 

「 もう〜〜〜 コイツら〜〜〜 このドレス、お気に入りだったのに〜〜 ! 」

カ〜〜ン ! とフランソワ−ズのハイヒ-ルが不良どもに最後の一撃をお見舞いした。

 

「 ・・・ すごいですね〜 フランソワ−ズさん・・・ 」

< ジョ− > はつくづくと彼女の顔を眺めている。

「 あ、あら。 当然の酬いじゃない? 」

「 ・・・ はあ。 あ、あのう こちらは? 」

「 ふふふ ・・・ 彼も  ジョ−  なの。 わたしの仲間 ・・・ あ! きゃ・・・ 」

ジョ−は すい、っと彼女を引き寄せると唇を重ねた。

「 ・・・・ 恋人です! 」

「 もう・・・ ジョ−ったら・・・ 」

「 あ・・・・ ああ  ああ  そ、そうですか・・・ それは どうも・・・・ 」

「 ええと・・・ < ジョ− >君? あは、なんかヘンなかんじ ・・・

 えっへん ! 彼女を庇ってくれて ありがとう。 ぼくは島村ジョ−。 」

「 あ・・・ ああ  ああ  あの ・・・ 僕は ジョゼフです。 」

「 よろしく、 < ジョ− > 」

「 ・・・ 始めまして、 ムッシュウ・シマムラ ・・・ 」

ふたりの ジョ−はぎこちなく握手をしている。

「 あ! そうよ、大変なの。  最終レ−スでね、アイツらの仲間が妨害を企んでいるの! 」

「 なんだって?? 」

「 さっきね、あのチンピラどもが出走馬を狙うって。 特殊な銃を使うらしいの。 」

「 ふうん、それは放ってはおけないな。 ・・・ ちょっと待っていてくれる? 」

「 ええ。 お願いね? ジョ−。 」

「 ・・・ 了解。 」

に・・・っと目だけで笑うと ジョ−の姿は一瞬にして消えてしまった。

「 あれ??  ムッシュウ・シマムラは・・・ ?? き、消えた・・・??? 」

「 え? ちょっと駆けていっただけよ。 さあ、最終レ−スがそろそろ始まるわ。 」

「 ・・・ は、はい・・・ 」

フランソワ−ズは < ジョ− > を引っ張って観戦席に向かった。

ジョ−が首尾よく <仕事> を完了したのは見なくてもわかっているが、

   一応確認しなくちゃね・・・

フランソワ−ズはそっと 目 のスイッチを入れた。

その日、トワイライト・レ−スはどれも大方予想どおり。

波乱含みの展開・・・・ とはゆかなかったようだ。

 

 

 

「 それじゃあ、ここで。 どうもありがとうございました。 」

「 本当にここでいいの。 」

「 はい。 ジョ−さん。 フランソワ−ズさん。 ありがとうございました。 」

「 ・・・ < ジョ− >   ・・・ 楽しいホリデイだった? 

「 はい! とっても ・・・ 」

「 そう・・・ よかったわ。 」

「 ・・・・ フランソワ−ズ ・・・さん ・・・ 」

< ジョ− > はじっとフランソワ−ズを見つめていたが やがてぱっと車から降りていった。

 

淡い街燈の明りが列をつくる その奥には。

どっしりとした壮麗な王宮が木立に囲まれ見え隠れしている。

 

「 ・・・ 行っちゃった・・・ 」

「 どこで拾ったんだい。 あの王子サマ 」

「 ? 王子さま? 」

「 うん。 彼・・・ この国の王太子さんだろ? ジョゼフ・ウィリアム殿下、かな。

「 え・・・・!!  うそぉ〜〜〜 」

「 なんだ、フラン。 きみ、知らないであの坊主の相手、してたのかい。 」

「 だって・・・ 本当に拾ったのですもの。 ・・・ え・・・ 信じられないわ。 」

「 本当だってば。 ・・・ それじゃ 明日、ちょっと一緒に行くかい? 」

「 ・・・・ どこへ? 」

「 王室主催のパ−ティ−さ。 あの王子サマのお誕生日なんだって。

 報道関係者のパスなら手に入る。 」

「 ・・・ いいわ。 行くわ! ええ、わたし達のホリディよ。 」

「 よし。 それじゃ ・・・ ホテルに直行だ。 」

「 え? ホテル・・・?? 」

「 そうさ。 ぼく達のホリディなんだろ? ・・・・ ぼくの 恋人 さん。 」

「 ・・・ きゃ・・ もう〜 ジョ−ったら・・・・ せっかち・・・! 」

「 ふふふ・・・ ちょっと アペチリフ・・・ 」

ジョ−は運転席横のボタンを押し、すっかり座席を倒してしまった。

「 え〜と・・・ カ−テンは ないけど。 誰も通らないから、さ・・・ 」

「 ヤダ、もう・・・ あ・・・ああん・・・ 」

 

 

 

 

翌日も 王国の上には初秋の爽やかな空が広がっていた。

街中がどことなく華やいでいるのは 今日という日がこの国の王子サマの誕生日だからかもしれない。

街角や商店のショ−ウィンドウにはお祝いのメッセ−ジ・ボ−ドやら飾りつけが賑やかだ。

 

「 ジョ−? 準備はどう・・・・ あら。 」

「 あ、フラン・・・ うん ・・・ このネクタイが どうもな〜 」

「 ふふふ・・・ 結構似合うじゃない、タキシ−ド♪ 」

「 からかうなよ〜 もう・・・こういう堅苦しい服は沢山だよ・・! 」

ジョ−は姿見に張り付いて ネクタイと奮戦している。

「 あらら・・・ ほら、貸してごらんなさい。 くちゃくちゃになっちゃうわ。 」

「 ・・・う、うん。 ありがとう  うわ・・・ 」

「 なあに? 」

「 ・・・ きみ ・・・ すてきだ・・・! 」

「 やだ、そんなにじろじろ見ないでよ。 」

「 ごめ・・・・ でも、目が離れないんだ。 」

ジョ−は振り向いて 彼の恋人を惚れ惚れとみつめた。

急なことなので、とりあえず街のブティックで吊るしのドレスを買ってきたのだが・・・・

シンプルなデザインの真珠色のドレスが 彼女の細身の身体の線を際立たせている。

軽く結い上げた亜麻色の髪と輝きあって素晴らしい効果をあげていた。

「 一番素敵だよ、うん。 絶対に・・・! 」

「 あら、それは困るわ。 今日の主役はあの <ジョ−>だもの。 」

「 ははは・・・ そうだね。 会場はええと・・?  ああ、あのクル−ザ−か・・・ 」

「 あら 知っているの。 」

「 うん ・・・ 彼のお袋さんと踊った・・・ 」

「 まあ そうなの。 今宵は わたくしがお相手をいたしますわ、 ジョ−さん? 」

「 ははは・・・ 光栄です、マドモアゼル。 」

「 さあ、その前にほら! ネクタイをちゃんと結ばなくちゃね 」

「 はいはい、どうぞお願いいたします。 ぼくのお姫さま。 」

「 任せて! ふふふ・・・わたしの王子さま♪ 」

ジョ−は軽く膝を折り、ネクタイをフランソワ−ズに委ねた。

 

 

誕生日パ−ティは 案外と質素なもので幕開けのご本人の簡単な挨拶だけで 

後は無礼講の宴になった。

メディア関係の取材陣も てんでに楽しんでいるらしい。

やがて音楽が流れ フロアではダンスが始まった。

いろいろな国の人々が踊る中で 一組のカップルが周囲の笑みを集めていた。

際立った容姿を持つ二人・・・ ほとんど女性がリ−ドして踊っている。

でも 見つめあう視線は暖かく 周囲のことなどまったく目に入っていない。

本日の主人公は そっと目立たないようにフロアからデッキに出た。

 

「 ふう・・・・ あ。 父上、それに母上も・・・ 

「 ・・・ あら。 ジョ−。 お客様を放っておいていいの? 」

「 ははは・・・ のぼせたのかい。 」

今日は若い者達だけで・・・と彼の両親は出席を遠慮していたのだ。

二人はデッキ・チェアで ゆったりと寛いでいた。

 

「 ええ・・・まあ。 皆さん、楽しんでいらっしゃいますよ。・・・ あの二人。 お似合いですね ・・・ 」

「 そう? さっきちらっとのぞいたけど・・・ あの真珠色のドレスの方ね? 」

「 ・・・ はい。 」

彼の母親は今夜の客人たちにあまり関心はないらしい。

「 そう・・・ こんな夜だったの。 私、素敵なカレと踊ったわ。 」

「 ほう? 若いプリンセスの姿が目に浮かぶよ。 

 でも 私には今の君の方が素敵だと思うがな・・・ 」

「 まあ、あなた・・・ 私はこうしてアナタに巡り会えて 本当に幸せよ・・・ 」

「 キャシ−・・・ 」

「 あら。 ジョ−。 そんなとこでぼ〜っとしてどうしたの。 」

「 え・・・ ああ、 し、失礼いたしました。 」

「 はは〜ん ・・・ あのドレスのお嬢さんに失恋したのね? 」

「 ・・・ いえ ・・・ そ、そんな ・・・ことは・・・ 」  

「 ふふふ・・・ 初恋はね。 実らないからこそ・・・一生忘れられない綺麗な思い出になるの。

 お母様も この船で、ね・・・  」

「 ・・・ はあ ・・・ 」

「 ねえ? よかったわね、ジョゼフ。 素敵な失恋、 おめでとう。 」

「 ・・・・・・・ 」

黙って頭を下げた < ジョ− > の頬をぽろん・・・と涙がころげおちたけれど・・・

秋の夜風が いつのまにか運んでいってしまった。

 

ホリディの終わりはいつだって。 そう、いつだってちょっとばかりほろ苦いのである。

 

 

 

*******************     Fin.    *********************

 

Last updated : 09,09,2008.                                  index

 

 

 

*********   ひと言   ********

へへへ・・・ 珍しくも 新ゼロ 設定〜〜 というよりも 新ゼロ・後日談、です(^_^;)

あれから・・・かれこれ20年以上、 王女サマも息子を持ち オバサンになりました。

ジョ−君の影が薄いのですが、あの話ではフランちゃんはセリフいっこ、

出番もワン・シーン ・・・と可哀想でしたので拙作では逆転してみました。

タイトルは某超〜〜〜〜有名映画の原題です。

たまには ・・・・ こんなお遊びもいかがですか。

( ちなみに 女王陛下は競馬の予想屋をやっているのでした♪ )