『 Baby Sit  』 

 

 

 

 

 

 

  ***  baby - sit   vi. ( 両親が外出の間雇われて ) るす番子守をする。

               〜 -ter   n.  留守番子守り

 

                                                研究社:新英和中辞典より

 

 

 

 

 

運の悪い日  ― というものは偶然やってくる・・・のではないそうである。

とある凶悪な意志のもとに、 何日も、いや何ヶ月も前から着々と準備されてきて

<その日>をタ−ゲットにあらゆる負の要素が動き集合し ・・・・その結果としての発現なのだ。 

当事者も周囲も  <たまたまその日は運が悪かった> と思い込んでいるだけで

真実は用意周到に企まれた当然の結果 ・・・・ だそうである。

 

真偽のほどは別として。 ソレをイヤというほど味わうことになった人物がいた。

 

 

 

「 ねえねえ〜〜 フランソワ−ズ!! 取れたの、取れたわよ〜〜 ! 」

「 あら、 おはよう、みちよ。 え? なあに。 」

小柄ですこしふっくらした頬にえくぼを結んだ少女が 大きな瞳をくりくりさせつつ更衣室に飛び込んできた。

フランソワ−ズはぶんぶん手を振りかけてくる彼女に鏡の中から微笑み返した。

ここは都心にある中規模なバレエ・カンパニ−、亜麻色の髪の少女が稽古着に着替え、鏡に向かっている。

後から飛び込んできた女性は おはよう、の挨拶そっちのけで大騒ぎなのだ。

「 あ・・・ オハヨ。 ・・・ふう〜〜 ああ・・・ 間に合った・・・ 」

「 まあ、みちよがギリギリなんて珍しいわねえ。 ・・・ でも急いだほうがいいわ、あと5分よ? 」

「 え!? あ・・・いけない〜〜 でもね! ね! 取れたのよ〜〜! 」

「 ・・・ だから、なにが。 」

「 チケット!  ち〜けっと、よ! フランソワ−ズが行きたいわあ〜〜って言ってたアレ〜〜 」

「 ・・・ え・・・ もしかして。 あの・・・・ アレ? 」

髪を結っていたフランソワ−ズの手が止まった。

彼女は固まったまま、鏡越しにじ〜〜っとみちよをみつめている。

「 そう。 アレ。  『 ヴァンパネラ・ハント 』 それもね〜〜 千秋楽よ♪ 」

「 ・・・うそ・・・! ・・・ほんとう、みちよ? 」

「 ほ〜〜んとだって。 ・・・ 電話、掛け捲り〜〜でやっと、ね。 ほら、この日のこの席 」

みちよは床にぼん!と大きなバッグを放り投げ、なにやらごそごそと取り出した。

「 まあ〜〜! 凄いじゃない?! さすがみちよねえ。 」

「 ふふふふ・・・ やったネ♪ で、一緒に行こう、大丈夫でしょ、この日。 」

「 え・・・いいの? だってみちよ、カレシとか・・・? 」

「 いいの。 アイツはこういうのには興味ないらしいし。 だって、行きたいわ〜って言い出したの、

 フランソワ−ズじゃない。 」

「 そうだけど・・・ でも苦労してチケットとってもらって。 わたし、なんにもしてないし・・・ 」

「 い〜いって。 情報源はきみだ! ね、楽しみだわね〜〜♪ 」

「 そうね〜 これね、知り合いで演劇畑のイギリス人がね、これはいい脚本 ( ほん ) だからって

 薦めてくれたの。  むこうでも評判だったらしいわ。 」

「 ふうん ・・・時の流れを越えて生きるゆれるこころ、か・・・ フランソワ−ズってさ、乙女ちっくなんだね〜」

「 ・・・ おとめちっく? 

「 あ・・・ う〜〜ん・・・なんてか・・・ そう、可愛いってこと♪ 」

「 か、可愛い・・??  え・・・わたし、可愛いくなんかないと思うけど・・・ 」

ペイル・ブル−の稽古着で、こくんと首を傾げる姿は相変わらずお人形さんそのものだ。

「 ふふふ・・・ そこがさ、フランソワ−ズの可愛いトコなのよ♪ 」

「 フランソワ−ズ? 始まるよ〜〜! みちよもいるの? 」

更衣室の外から 仲間の声が聞こえてきた。

「 あ! いけない! ほら、早く〜〜 急がないと・・・ 」

「 う・・・うん! あ、先に行ってて〜〜  」

「 髪! わたし、まだ髪、結ってないの! きゃ〜〜 」

二人は大慌てで準備をし、 大きなバッグを抱えてスタジオへと飛び出していった。

「 きゃ〜〜 ピアニストさんももう来てる〜〜 」

「 ヤバ! マダムのお部屋のドアが開きそう・・・! 」

ぱたぱたぱた・・・・ 二人はぎりぎりで間に合った・・・らしかった。

 

やがてピアノの優雅な旋律が響き始め、朝のレッスンが始まった。

 

 

 

「 へえ・・・ それで。 その公演が今度の土曜日なんだ? 」

「 ええ、そうなの。 ・・・・ ね、行ってもいいかしら。 」

「 もちろん。 あ、これって終演、何時? 迎えにゆくよ。 」

「 あら、いいわよ。 大丈夫。 これでもね、もうトウキョウのメトロにも慣れたわ。 

 新国 ( 新国立劇場 ) には何回か行ったことあるしみちよも一緒ですもの。」

「 う〜ん・・・ でもこの時間だとさ、帰り、ウチの方の最終バスにはちょっとキツいかもしれないよ。 」

「 だって ジョ−。 夜にわざわざ車、出してくれるのでしょう? 悪いわ。 」

「 いいって、全然。 駅に降りる前に電話くれる? 」

「 ・・・ いいの? だって本当に迷惑じゃ・・・ 」

「 すと〜っぷ。 きみだって雨の日に傘を駅まで持ってきてくれただろ? 

 当たり前のこと、だよ。 そのう ・・・・ か、家族なんだから・・・さ。 」

「 家族・・・ そうね。 わたし達、ずっと家族ですものね。 」

「 う・・・ うん・・・。 ごめん、ぼくの方こそ迷惑かな。 勝手にそのぅ・・・ 家族、だなんて・・・ 」

ジョ−は未だにどうも照れ臭いらしい。 もじもじとセ−タ−の裾を引っ張っている。

「 ううん。 わたし達家族でしょ。 それじゃお迎えお願いします。 ああ 楽しみだわ〜〜 」

「 ふふふ・・・ そうやっているとさ、 きみって・・・ 」

「 あら なあに。 

「 うん ・・・ なんとなく仔犬か仔猫みたいだな〜って・・・ 可愛いなあ・・・」

「 まあ。 みゃ〜〜お♪ って? 」

「 うん。 くう〜〜ん・・・ってさ。 」 

ふふふ・・・・ 二人は見つめあい、たちまち笑みが弾けた。

「 ・・・ ちょっとだけ ・・・ ごめん! 」

「 え・・・なに・・・ あ・・・・ きゃ・・・ 」

ジョ−は彼女の肩を引き寄せると すばやく桜色の唇にキスを盗んだ。

「 ゴチソウサマ♪ 」

「 ・・・ もう〜〜 猫ちゃんなら引っ掻いているわよ! みゃお! 」

「 お〜っとっと・・・ こらこら、お行儀よくしなくちゃ。 」

「 あ・・・ ジョ−・・・ 」

フランソワ−ズの振上げた腕は ジョ−の大きな手に捕まれ、二人はそのままソファに倒れこんだ。

「 たまにはさ・・・ ゆっくり・・・ な? 」

「 ジョ−ってば・・・ こんなトコで・・・。 誰か来たらどうするの。 」

「 大丈夫。 博士もイワンも・・・研究室に閉じ篭りっきりだもの・・・ ウチにはぼく達だけさ・・・ 」

ジョ−はソファの上で巧みに彼女を組み敷いてゆく。

「 ・・・ ああん・・・もう・・・ あんまり意地悪すると逃げちゃうから・・・ くっしゅん・・・! 」

「 おやおや ・・・ いけないコだね。 それなら・・・ 」

するり、とセ−タ−が脱がされ天使の羽みたいなランジェリ−がソファの下に落ちた。

「 これで 逃げられないだろ。 ・・・ ほら、暖めてあげるってば。 」

「 ・・・ いやな ・・・ ジョ−・・・ 」

艶やかな光をたたえ、大きな青い瞳が じっとジョ−を見上げる。

ほんのり桜色に染まってきた肌が しっとりと纏わりつき ジョ−を誘う・・・

真昼の白い光のなか、恋人たちは二人だけで昂みへと上り詰めていった。

 

 

コトリ ・・・・

リビングのドアの外で小さな音がしたが、ソファの二人の耳に届くはずもない。

ゆっくりとドアは細目に開いたのだが、すぐにまた閉まった。

≪ ・・・ ア〜ア・・・・ ≫

どこからともなく 小さな溜息が聞こえる。

廊下にはふよふよとク−ファンが宙に漂っていて、中には羽根布団に包まれた赤ん坊が鎮座している。

≪ コリャ 当分みるくニハアリツケナイナア・・・ ≫

ぐうう・・・ 可愛い音が赤ん坊のお腹から聞こえてきたが・・・

≪ ・・・仕方ナイヤ。 アノ二人ヲ邪魔スルワケニハ行カナイカラネ・・・ ≫

ク−ファンはこころなしか力ない様子で 再び地下への階段を下降していった。

≪ ナントカ シナクチャ。 ・・・ 博士ニ自動みるく作製機ヲ作ッテ貰オウカナ・・・≫

そんな呟きの思念をキャッチしてくれたヒトは誰もいなかった。

 

 

 

 

「 ・・・・ ハイナ。 毎度おおきに。 ほんなら喜んでワテとこでやらさして貰います。 

 そしたらお日にちと時間を詳しゅう伺いまっさ。 あ・・・ちょいと待ってくれはりますか・・・

 ブリテンはん! ちょいと! こっちの電話、出たって! 

「 おお、了解。 ・・・ はい、こちら中華飯店 張々湖・・・ 」

「 いや〜 えろう失礼しましたな〜 ・・・ はい、はい・・・ おおきに。 そんならその線で・・・

 おおきに。 ほな、また・・・ 」

「 ・・・ しかと承りましたぞ。 では のちほど・・・ 」

「 グレ−トはん! 」

「 大人! 」

「「 今度の土曜日に宴会の予約が入ったで ( ぞ ) ! 」」

「「 ・・・ ええ ?? 」」

「 社長〜〜〜♪ 今、ファックスが入りまして。 〇〇商店さんのご接待パ−ティ−の予約です! 」

背広に蝶ネクタイのオトコがばたばたと駆け込んできた。

「 ・・・支配人はん。 いつやねん。 」

「 はい、今度の土曜のディナ−です! 昇竜の間を、とのご指定です。 」

「 あいや〜〜〜 」

この店のオ−ナ−・シェフは珍しく悲鳴をあげた。

「 ど、どうしたんです〜〜 社長? 上得意様からのご指名、万々歳じゃありませんか! 」

「 あかん・・・ あかんのんや。 その日ィに・・・ 大宴会がみっつもかち合うてしもうた! 」

「 ええ〜〜〜??? 」

「 どないしょ〜〜 どのお客はんもウチのお得意はんや。 どちらさんもお断りできへん・・・ 」

大人は頭をかかえ、座り込んでしまった。

「 う〜〜む ・・・ 人数はどんな具合かね?  ふん・・・? ・・・・ そうか・・・・ 」

グレ−トはそれぞれのメモを突合せしきりと首を捻っている。

「 うん・・・ 昇竜の間と白蓮の間、 それに鳳凰の間を使えばなんとかなる、かもしれぬよ。 」

「 グレ−トはん! そりゃハコはええけどな。 ナカミは、肝心の料理とお給仕はどうするねん。

 ウチとこは美味しい料理と真心の御もてなし、が売りなんやで。 」

「 大人〜〜 お前サンの腕なら料理はなんとでもなろう? 」

「 なんとでもやて? ワテは手品師とは違いまっせ!

 宴会一つでもぎょうさん材料が必要や。 量だけやない、種類もや。 ワテの店ではな、

 み〜んなこのお国で採れたもの、使うとりますさかい・・・ 」

「 ほう? 食品偽装とかお前さんの国はいろいろあり、だからなあ。 」

「 うんにゃ。 そうやなくて。 そのお国ではそのお国で出来たモノがイチバン、美味しいちゃいまっか? 」

「 ・・・ なるほどなあ〜〜 」

「 そうや。 そんな宴会が・・・みっつ?  ほんな殺生な・・・ 」

「 う〜ん・・・ 食材の確保、とな。 お! それなら我らが俊足・ボ−イに買出しを頼もうではないか。 」

「 え・・・どなたか仲買業者にお知り合いでも? 」

心配顔で聞いていた支配人が おそるおそる口をはさんだ。

「 仲買とはちと、ちがうな。 産地直送運搬要員というか・・・ 」

「 おお! 輸送業界ですな! それは頼もしい! 当店直属の業者が欲しかったのですよ。 」

ぽん!と手を打ち、支配人はたちまち恵比寿顔になった。

「 う・・・ 輸送・・・にはちがいないな。 まあ、ヤツに任せておけば手に入らないモノはない。

 鮮度もばりばりの保証つき、だ。 あとは・・・サ-ビス部員か・・・・

 そうだ! マドモアゼルに応援を頼んで・・・ジョ−にはご婦人方を任せればよいでないか。 

 いざとなったら・・・ う〜ん・・・ 少々ズルい気もするが。 イワンに その・・・皿洗いを・・・ 」

グレ−トはつるり、と禿頭をみがく仕草をした。

「 ・・・そやな! ワテらのお仲間はんらにお願いしてみまひょ。 」

「 社長〜〜 なんとか・・・なりますか? 」

「 支配人はん? この張々湖に 二言はあらしまへん! 今度の土曜日ィには

 立派に大宴会をみっつ、仕切ってみせまっせえ。 アンタも安生気張ってや! 」

「 は・・・はい〜 ! 」

「 おお、それじゃ。 我輩はさっそくギルモア老にお願いしてみよう。 」

「 グレ−トはん、 宜しゅう頼んまっさ。 ギルモア先生にはスペシャル・弁当を差し入れますさかい・・・

 ま・・・イワン坊は奥の部屋で大人しゅうしていてくれたらええ。 」

「 了解。 え〜と・・・ ああ・・・ハロウ? おや・・・・珍しいこともあるもんだ、話し中かね?

 どれ もう一度・・・ 」

グレ−トは気軽に店の電話を取り上げると ギルモア研究所へと電話を入れた。

 

 

 

 

≪ ・・・ン? ナンダ? 何カ・・・トンデモナイ厄災ノ元ガ飛ンデクル予感ガスル・・・≫

「 うん? なにかね、イワン。  この場合の確定値はB案の方がいいかの? 」

突然 むにゃむにゃ言い出した赤ん坊に、 博士は驚いてモニタ−から眼を転じた。

≪ ・・・ イヤ。 ナンデモナイヨ、博士。 ソレハA案ノ方ガばぐガ少ナイヨ。 ≫

「 やはり、な。 それではここは・・・ おや? 

・・・・ ぐううう ・・・・ きゅるきゅる・・・

小さな音が、でもはっきりと響いてしまった。

≪ イケナイ・・・忘レテイタ空腹ヲ 思イ出シチャッタヨ ・・・ ≫

「 おやおや・・・ さっきフランソワ−ズにミルクを貰わなかったのかな?

 う〜ん・・・ それじゃちょっとティ−・タイムにするか・・・ ワシも何か摘まみたい気分じゃ 」

≪ エ・・・!? ソリャマズイヨ・・・ ダッテ二人ハ今・・・ ソノ〜〜 ≫

「 なにがどうしたのじゃな。 なにをぶつぶつ言っておる? お前らしくもないぞ。

 うん、やはりすこし休息が必要じゃな。 」

≪ ア・・・! 博士・・・!  ≫

ギルモア博士はモニタ−の前を離れるとさっさとイワンのク−ファンを捉まえた。

「 ほい、たまには普通の赤ん坊らしく・・・ 抱いていってやろうなあ。 」

≪ ウ・・・・ マズイ! エ〜〜イ・・・ 電話デモ鳴ラシテミヨウカ・・ ≫

 

   RRRRR ・・・・ RRRR・・・!

 

「 お? なんじゃ? ここの電話が鳴るとは珍しいこともあるものじゃ・・・ どれ・・・ 」

博士はのんびり受話器に手を伸ばした。

 

≪ ア ・・・アレ・・? 僕ジャナイヨ?  マ、イイカ。 助カッタ〜〜〜 ≫

「 ・・・ おお、助かった! 」

≪ ・・・ ヘ?? 僕、独リ言ノツモリダッタケド ・・・ ≫

「 いやあ〜〜 お骨折り、ありがとう! 助かりましたぞ・・・それでは木曜に。 ありがとう! 」

ふうう 〜〜〜

盛大に溜息をつき、ギルモア博士は受話器を置いた。

≪ アノ・・・ 博士? ≫

「 あ? おお・・・ごめん、ごめん。 イワンのミルクを忘れておったなあ・・・ 

 ほれ、今、作ってもらいにキッチンに行こうなあ。 」

≪ 博士。 みるくヨリモ・・・ 木曜日ガドウシタノカナ。 ≫

「 ・・・あ! キミに話すのを忘れておったか?! 実はのう、学会の急な招聘を受けてな。

 こんどの土曜にワシントンDCに行くことになっての。 そのチケットの手配を頼んでおいたのじゃ。

 ははは・・・すっかり忘れておったよ、うん。 ワシも年じゃなあ〜〜 」

≪ ソレデ木曜日ニ出発スルノカナ ≫

「 そうなんじゃ。 ちょうどの便がなくての。 ちょいと早いが木曜に出ることにしたんじゃ。 」

≪ ソウカ。 ヨカッタネ。 ユックリ行ッテクルトイイヨ。 ≫

「 ありがとう。 ジョ−達がおるからな、大人しく留守番していておくれ。 」

≪ イヤダナ、博士。 僕ガ皆ノオ守ヲスルンダヨ? ≫

「 あははは・・・ ほんにどうじゃったのう・・・  ん? 電話か。 誰からかな・・・・

 おお・・・ グレ−トかい。 ああ、元気じゃよ。 なんじゃ・・・・うん・・・? なんだって? 」

 

  土曜日に ジョ−とフランソワ−ズを貸してほしい じゃと???

 

 

   「 ・・・ え?! 土曜日に お店を手伝ってほしい ですって? 

 

   「 なんですと? 土曜日に イワンの御守をしてほしい と申すのかい? 」

 

 

 「「「 ・・・ 悪いけど どうしても都合が付かないんだ ( のよ ) 」」」

 

サイボ−グ戦士達とギルモア博士はそれぞれに頭を抱えてしまった・・・!

 

 

 

 

「 博士。 とりあえず、どうぞご出発になってください。 」

重苦しい沈黙をやぶり、ジョ−がきっぱりと言った。

「 そうアル。 ギルモア先生、大切なお仕事ですさかい。 向こうではジェットはんとジェロニモはんが

 ちゃ〜んとお迎えしてくれはります。 

大人もすぐに続け、うんうん・・・と鷹揚に頷いてくれた。

「 ・・・ し、しかし・・・! 皆だって <仕事>じゃろうが。 ワシひとり勝手なことは・・・ 」

「 勝手なんかじゃありませんよ。 ぼく達のことはなんとかしますから。 どうぞ心置きなく

 学会にご出席ください。 博士、久し振りじゃないですか。 」

「 そりゃまあ ・・・・ そうなのじゃが・・・ うん? 」

ごろごろごろごろ・・・・ 

低い音が響いてきて リビングのドアが軽やかに開いた。

「 博士〜〜 とりあえずご準備しておきましたから。 はい、トランク。 あとは歯ブラシを入れてくださいな。 」

「 ・・・ フランソワ−ズ! 」

「 ごめんなさい、お話、聞こえてしまったの。 だから・・・ちょっと先回りしてしまいましたわ。 」

「 すごいね〜〜 フラン。 さすが・・・ 」

「 あら、だって。 木曜日にご出発なら急がないと。 学会へのご準備もおありでしょう? 」

「 すまん・・・・! ありがとうよ、フランソワ−ズ・・・ ワシはもうなんと言ってよいか・・・ 」

博士は涙眼になり 大きな音をたててハナをかんでいる。

「 わたし達の方は ・・・ 皆でなんとかしますから。 どうぞご準備に専念なさってください。 」

「 しかし ・・・ 本当にいいのかのう・・・ 」

「 勿論ですよ、博士。 ぼくが頑張りますから。 」

「 左様、左様。 我輩たちのチ−ム・ワ−クは鉄壁ですぞ、博士。 ご安心めされ。 」

「 ・・・ すまんなあ・・・ 本当に。 」

<家族>の力強い応援を得、博士は心置きなく学会出席の準備を始めた。

 

しかし。

 

「 ジョ−。 わたし、土曜日は・・・ 大人のお店をお手伝いするわ。 」

「 フランソワ−ズ! そんな。 きみ、今度の観劇をあんなに楽しみにしていたじゃないか! 」

「 え・・・ ええ・・・。 それは・・・そうなんだけど・・・ でも。 仲間のピンチだし・・・ 」

「 いや! きみは友達と観劇に行きたまえ。 ・・・ 後はぼくが引き受ける。 」

「 ひょお〜〜 My boy! 大見得切ってえらくカッコいいではないか。 」

「 ジョ−はん。 ほんならどないしはりますねん。 」

博士が研究室に篭った後も リビングでは熱心な話し合いが続いている。

日頃、口に重いジョ−が珍しく率先して意見を述べているのだが・・・ 愛のチカラは偉大というべきかもしれない。

「 買出し部隊はぼくが引き受ける。 博士とイワンが開発してくれた耐加速用のBOXがあるから・・・

 あれを利用すれがかなりの量の食材を傷めることなく運べる・・・と思う。 」

「 そやけどかなりの量でっせ。 いっくらジョ−はんやかて、大丈夫かいな。 」

「 あ? ぼくの力を知らないな? そりゃ・・・ジェロニモには負けるけど。 とにかく買出しは引き受けるよ。 」

「 ほんまかいな〜〜 いや〜〜〜助かりますがな。 よっしゃ。そんならイワン坊のお守は

 ワテとこで引きうけまひょ。 ワテが! オンブして料理しますがな。 」

「 ・・・・え・・・? それこそ大丈夫かな〜〜 」

「 ほら・・・・ やっぱりわたし、土曜日はお手伝いに・・・ 」

「 いやいや。 マドモアゼル? 日頃お世話になっているマドモアゼルにせめてもの御礼を・・・

 存分に舞台を楽しんでおいでなさい。 芸術家はいつでも魂を豊かにしておかなければいけませんぞ。 」

「 でも・・・ お給仕はどうするの? とても手が足りないでしょう? 」

「 おっほん!  この我輩が。 この有能な張々湖飯店・筆頭店員の我輩がおりまするぞ。 」

グレ−トはすっくと立ち上がると 慇懃にアタマを下げた。

「 え・・・??? だって・・・ 」

「 我輩を誰と心得ておるのかな? 演技の達人、そして天下無双の変身の達人であるよ。

 土曜日には・・・ 有能にして美貌のウェイトレスに変身し、華麗なる給仕振りをご披露いたす。 」

「 ひゃあ〜〜〜 大丈夫でっか〜〜 グレ−トはん?? 」

「 大人! アンタ同様・・・この共同経営者の我輩も オトコに二言はない。 」

「 ほうか。 ほんなら・・・安生たのんまっせ。

 フランソワ−ズはん? 日頃なんやかんやと面倒かけとりますさかい、ここはワテらが引き受けまっせ。

 あんさんはな〜んもかんも忘れて 楽しんで来はったらええ。 」

「 ・・・ ありがとう・・・・ みんな・・・ 」

≪ ボクモ協力スルカラ。 ボクダッテオトコニ二言ハナイヨ ≫

 

議論のモトの赤ん坊が 妙にきっぱりと言ってのけサイボ−グ達は気分よく笑い声を上げた。

・・・しかし。

イワンはこの発言で彼自身の運命を決めてしまったのだ・・・!

 

 

 

 

 

朝、珍しくも彼女の携帯が鳴った。

「 ・・・ フラン? 鳴ってるよ。 きみの携帯だろう? 」

「 え・・・ あら。  こんな時間に誰・・・あらら・・・みちよからだわ?  ・・・ アロ−? 」

カフェ・オ・レを淹れていた手を休め、彼女は慌ててテ−ブルの隅に手を伸ばした。

置きっぱなしの彼女の携帯が盛んに <花のワルツ> を喚きたてている。

 

明日は晴れるといいなあ・・・ 

う〜んと・・・ 今のところ、予報では大丈夫みたいだよ?

博士は無事にお着きになったかしら。

ああ・・・え〜と・・・・ もうそろそろじゃないかな。 ジェット達が迎えに来ているはずだから安心さ。

・・・ だから 心配なのよ。

なにが。

だって。 ・・・ また 寝過ごちまった〜〜 すまねえ〜〜 なんて<飛んで>来たりしたら・・・

ははは・・・大丈夫さ、お目付け役でジェロニモがいるもの。

そうだったわね。 それなら絶対保証つきね。 

そういうこと。

 

そんな会話を交わし <二人っきり・朝食風景> をおおいに楽しんでいたのだ。

 

   ふふふ・・・真っ白なエプロン姿って・・・いいよなあ・・・

   きみってそういう何気ない恰好がいちばん色っぽいって 知ってたかな・・・

 

   ふふふ・・・ジョ−、あなたの視線が 熱いわ♪

   ええ、ちゃ〜んと知ってるの。あなたが新聞なんか読んでないってコト・・・

 

ジョ−は朝刊を広げ フランソワ−ズはカフェ・オ・レを淹れたり<卵焼きつくり>に熱中・・・

している素振りで ・・・

実は。  まあ、新婚さん・ゴチソウサマ、というべき光景を繰り広げていたのである、が。

突然 聞き慣れたメロディーが響いてきた。

 

「 え・・・?! なんですって? どうしたの?? え?? 階段から?? 」

ジョ−は思わず朝刊の紙面から顔を上げた。

窓辺で携帯をにぎりしめていたフランソワ−ズが 頓狂な声を上げたのだった。

「 え・・・それで、具合はどうなの? 今朝・・・ええ、ええ。それは勿論マダムに伝えるわ。

 朝一番で行ってらっしゃいよ。 ・・・ ええ、報告、待っているわ。 」

フランソワ−ズは携帯を離すと 小さな声で言った。

「 ・・・ 火、止めて。 」

「 あ、ごめんなさいね。 ちょっと・・・ え・・・ 明日? それは・・・ あ! ちょっと待って

 ジョ−!! レンジの火、止めてってば! 」

「 あ! ごめん!! 」

ジョ−は本当に少しばかり椅子から飛び上がるとレンジに突進した。

「 ・・・え? ああ、ごめんなさいね。 今・・・朝御飯、作ってたの。 え・・・新婚さんって・・・

 イヤぁねえ〜 そんなんじゃないわよ。 じゃあお大事にね。  え? まだなにか・・・ 」

危うく吹き零れそうになったミルク・パンをレンジから下ろし、ジョ−はほっとしたのだが、

どうも彼女の電話が気になってしまった。

≪ フラン・・・ あの・・・さ。 一緒に聞いてもいいかな。 ≫

≪ ・・・え??  ああ、ジョ−。 いいわよ、別に。 ≫

≪ ごめん、本当にごめん・・・じゃ、ちょっとだけ・・・ ≫

 

フランソワ−ズほどではもちろんないけれど、ジョ−も通常をはるかに越える聴力を持っている。

聴く気になれば 目の前の電話での会話くらい相手の声は容易くキャッチできるのだ。

 

「 みちよ? なあに・・・ え? 明日のこと? 

( 以下 ジョ−の<内緒で拝聴> による )

「 ごめん・・・ごめ〜ん・・・明日、行けないよ〜〜 」

「 明日ってクラスじゃなくて ・・・ もしかして 『 ヴァンパネラ・ハント 』 ? 」

「 うん。 ね、チケットさ〜速達で送るから! ほら・・・あの茶髪のカレシと一緒に行きなよ。

 しまむらサン、だっけ? いいじゃん、キャストよかイケメンさんとあまぁ〜〜いデ−ト、しておいでよ〜

 うふふふ・・・今 隣にいるんでしょう〜〜♪ 」

「 ぎょえ・・・!!! 」

「 あれ? ・・・なんかヘンな声が聞こえたよ? 」

「 あ、ああ・・・なんでもないわ。 そこいらの野良犬が吠えたみたいよ? 

 ≪ ジョ−! いきなり妙な声、ださないでよ! ≫ 」

≪ ご・・・ごめん〜〜 ごめんフランソワ−ズ・・・ ≫

「 でも・・・みちよだって楽しみにしていたし。 チケット取ってくれたの、みちよじゃない〜〜 」

「 私も観たいよ〜〜 でも、さ。 この脚じゃさ〜 多分、捻ったと思うんだ。 今がんがん冷やしてるけど。 」

「 早く病院、行ってね。 でも・・・本当にいいの? 」

「 いい! 私、フランソワ−ズから あま〜〜い報告聴くの、楽しみにしてるから♪ 」

「 甘い・・・って・・・そんな。 でも新国 ( 新国立劇場 ) の舞台は好きよ。 」

「 ・・・え?! フランソワ−ズ! なに言ってるの、帝劇 ( 帝国劇場 ) だよ! 」

「 え・・・ ていげき・・・? それ・・・どこ? 」

「 日比谷〜〜!  もしかして行ったこと、ない? 」

「 ・・・ええ・・・ 」

「 それじゃ、どうしてもカレシの護衛つきだわね。 お〜〜い! しまむらさ〜〜ん! 

 フランソワ−ズのこと、お願いしま〜す〜〜   ほら、念を送っといたから♪ 」

「 ・・・みちよ・・・あなたって・・・ 」

≪ フラン! このヒトってエスパ−なのかい??? ≫

≪ さ、さああ・・・・??? ≫

「 ともかく! 一人で行ったらダメだよ! フランソワ−ズって見かけによらず ぼ〜っとしたトコ、あるから。

 いつかも めるぱるく ( 芝公園にあるホ−ル ) と ゆうぽうと ( 五反田にあるホ−ル )

 間違えて、行っちゃったでしょう? いい? 帝劇だからね! ・・・じゃ シマムラさんによろしく〜♪ 」

「 あ! ・・・みちよ〜〜 脚、お大事に・・・ああ・・・切っちゃった・・・ 」

「 フラン。 ぼく・・・・ <付き添い>で一緒に行くから! ウチから車で出よう! 」

「 じょ、ジョ−・・・? 」

フランソワ−ズが携帯を置く間もなく、ジョ−は彼女の腕をがっしりと掴んだ。

「 きみ一人では行かせない。  いや、行かせるわけにはゆかないよ! 」

「 ジョ−・・・ だってあなた、興味ないでしょう? 」

「 興味よりもなによりも! 帰りは夜になるんだろ? ダメだ、ぼくがついてゆく! 」

「 でも・・・ 張大人とこの食材調達はどうするの? 当日仕入れなのでしょう? 

 それにイワンの御守は・・・? 大人にオンブさせるのは気の毒だわ。 」

「 ・・・ う〜〜ん ・・・・ 」

「 いいわ。 わたし、今回は諦める。 また次のチャンスを・・・ 」

「 ダメだよ! きみの友達が折角苦労して取ってくれたチケットだろう?

 きみだってあんなに楽しみにしていたじゃないか! 」

「 え・・・ええ・・・ それは そうなんだけど。 でも・・・ 皆が困っているなら、わたし・・・ 」

「 ほらほらほら・・・ きみってひとはいつだってそうやって <みんな> のことを優先してしまうんだ。

 な? たまには <わたし> の希望を通せよ。 ぼくはそのためなら、なんだってやるよ! 」

「 ジョ−・・・・うれしいわ・・・ でも・・・ 」

 

≪ ボクモ協力スルヨ、ふらんそわ−ず。 ≫

「「 イワン・・・?  」」

まだ寝ている、とおもった赤ん坊がク−ファンごと突然現れた。

≪ オハヨウ・・・ ナンダカぴんぴん皆ノ気持チガ飛ンデ来テ、目ガ覚メチャッタヨ。

 ふらんそわーず。 じょーモ。 ボクニ任セテオキタマエ。 食料調達モボクガヤルヨ。 

 皿洗イダッテ 任セテクレ。 ≫

「 イワン。 それはとても嬉しいけれど・・・ でもそんな無理、しなくていいのよ?

 お腹が空いたらどうするの? きっと張々湖飯店は大忙しで誰もミルクをつくってくれなくってよ。 」

≪ ・・・ ウ〜〜ン ・・・ 作リ置キシテオイテクレレバ・・・ ≫

「 だめ、だめ。 だめよ、そんなの。 冷えたミルクなんか飲んだらお腹をこわしてしまうわ! 

 いいのよ、イワン。 明日はジョ−と一緒に張さんのお店のお手伝い、するわ。 」

≪ ソンナ・・・ ふらんそわ−ず ・・・! ≫

 

「  そうだ! それならさ、 ベイビ−・シッタ−さんを頼もう!  」

 

出し抜けにジョ−がぽん!と手を叩き、立ち上がった。

「 ベイビ−・シッタ− ? 」

「 そうさ。 フランスでもいるだろう? 赤ん坊の世話して留守番してくれるヒト。 」

「 ええ・・・それは、ね。 わたしもバイトでやったことがあったもの。 」

「 な? そうすればイワンも安心して張々湖飯店の <お手伝い>  ができるし。

 ぼくだってしっかりフランソワ−ズの付き添いができるよ。 」

「 ・・・ ジョ−。 お願い〜〜 エスコ−ト、と言って・・・ 」

「 あははは・・・どっちでも似たようなものさ。 それじゃ・・・ちょっと検索してみるよ。

 え〜と・・・ベビ−シッタ−紹介所・・・っと・・・ 」

ジョ−は さっさとリビングにある共用のPCを立ち上げ、検索を始めた。

 

「 ・・・ いいのかしら。 」

≪ ナニガ。 ふらんそわ−ず? ≫

「 え・・・だって。 他人をこのお家に入れて・・・ あなたのお世話を頼むなんて・・・ 」

≪ 大丈夫。 チャ〜ント普通ノ赤ン坊ヲ ヤッテオクヨ。 ≫

「 そう? ・・・ 本当に大丈夫かしら。 」

≪ 君ッテ本当ニ 心配性ナンダナア。 ホンノ5〜6時間ノコトダロウ?  安心シタマエ。 ≫

「 ええ・・・そう、そうねえ・・・ 」

「 ・・・ うん、これでよし。 ちゃんと申し込んでおいたよ! 緊急〜ってコ−ナ−だから

 すぐに返事がくるはずさ。 研究所の電話番号、書きこんでおいたからさ。 」

「 あら そう? 」

「 うん。 ちゃんとした紹介所だもの、安心したまえ。 

「 ま。 ジョ−もイワンも・・・ 同じことを言って。 

≪ ・・・デンワ。 アト10秒後ニカカッテクル・・・ ≫

 

 

   ― そして。  彼女がやってきた・・・!

 

 

「 アタス 山田ヨウコでス。 紹介所からきまスた。 」

土曜日のお昼過ぎ、冬にしてはぽかぽか日和のなかベビ−・シッタ−さんは現れた。

 

 

 

 

「 それじゃ・・・ お願いしますね。 来てくださって本当にありがとう! 」

「 5〜6時間で戻りますから。 イワンをお願いします。 」

「 ヘエ・・・ 旦那様、 奥様 いってらっさいマシ。 」

丁寧にアタマをさげるシッタ−さんに送られ ジョ−の車はゆっくりと坂道を下っていった。

 

「 ・・・ ねえ、ジョ−。 イワン・・・大丈夫よね? 」

「 もちろんさ、 ちゃんとしたベビ−シッタ−紹介所に頼んだんだもの。

 彼女・・・ ヨウコさん、だっけ? 若いけど赤ん坊の扱いに慣れているんだよ、きっと。 」

「 そうね。 ・・・・ふふふ ・・・ 旦那サマに・・・お、奥様・・・って・・・♪ 」

「 ・・・ ふふふ ぼく達って。 そんな風に見えるんだね。 」

「 ジョ−・・・ イヤだった? 」

「 え?! ・・・ あの ・・・ きみは? 」

「 わたし・・・ 嬉しかったわ。 ごめんなさい、ジョ−の気持ちも考えないで・・・でも・・・ 」

「 ストップ。 ぼくもね、 嬉しかった。 ・・・ 本当にあんな風に呼ばれたいな〜なんて思った。 」

「 ・・・ ジョ−・・・! わたし・・・わたしも。 

ジョ−は左手を伸ばしフランソワ−ズの右手をしっかりと握った。

「 ・・・ 約束、してくれる。 」

「 え・・・ なにを。 」

「 だから、その・・・近い将来 旦那様と奥様 になりたいな・・ってさ。 」

「 ・・・・・・・・ 」

満面の笑顔と きゅ・・・っと握り返された手が彼女の返事だった。

「 ・・・・ ありがとう・・・! 」

 

土曜日の午後、熱々〜な車は首都の劇場めざして軽快に飛んでいった。

 

 

 

「 ふ〜〜〜 ! これで・・・最後アルね! 」

オ−ナ−・シェフは やっと厳しい表情を解いた。 ふくよかな顔にふわ〜っと笑みが広がった。

「 鳳凰の間、 デザ−トお運びしまあ〜す。 」

「 ああ、 ブリテンはん・・・やなくて 鈴々はん〜 宜しゅう頼みまっせ〜〜 」

「 はい、社長〜♪ 」

≪ どないやねん、お客はんのご様子は? ≫

≪ いや〜〜 もう大絶賛〜〜 大好評だぞ? ことに我輩のこのスタイルが♪ ≫

するり・・・と 臨時・ウェイトレス嬢はチャイナ服の裾をたくし上げてみせた。

≪ わ〜〜 もうええ! オトコの脚、見てなにが面白いねん! はよ、デザ−ト運んでんか!≫

≪ お〜らい♪  あのなあ、新鮮な材料とおぬしの腕の勝利だぜ。≫

≪ さよか・・・ そら、イワン坊におおきに、言わんなりまへんな! ≫

 

「 社長〜〜〜 昇竜の間、お発ちです〜 大旦那さんがご挨拶を、と仰ってます。 」

「 支配人はん〜〜 ええ、ホンマかいな。 」

「 ホンマです〜〜 あ、本当ですよ! もう〜〜 大ご満足のご様子ですよ〜〜

 特に鮑の姿蒸しには いたく感激されたとか・・・ 」

「 いや〜〜 ほんま、うれしなあ・・・・  アレは坊が獲れ獲れの極上品を<運んで>くれたんや〜 」

「 社長、お早く〜〜 」

「 ほっほ・・・ こんな形 ( なり ) で申し訳おへんが・・・ 」

張大人はシェフ姿のまま、上得意客の前に飛んでいった。

 

土曜日の午前中、いや朝も暗いうちから張々湖飯店は戦闘状態だった。

「 ほなら・・・次は牡蠣を頼んまっせ。 産地は ・・・・・   大きさは ・・・ 今朝獲れがええ。 」

≪ ワカッタ。 ≫

・・・ ぱしゃ〜〜〜ん!  

程なくして 飯店の厨房には海水もしたたる牡蠣が現れた。

「 豚肉は黒豚や。 産地は ・・・・   牛は断然和牛やで。 産地は ・・・・

 野菜はなあ ・・・   果物は ・・・・  」

次々に飛び出す注文の品は ほんの少しの間をおいてほぼ完璧に届けられた!

 

「 おお〜〜流石や〜〜 ワテらの頭脳、イワン坊やな! ジョ−はんみたく釣銭、忘れはることもないし 」

≪ ・・・コレデ注文ハオシマイカナア? ≫

「 はいな、ご苦労はん。 あとは宴会が始まったら皿洗いやで。 」

≪ ・・・・ア。 ソウダッタネ。 ネエ ・・・家カラさいこきねしすデ洗ウヨ。 僕、少シ疲レチャッタ・・・≫

「 さよか・・・ ほんなら気ィつけてお帰りよし。 」

≪ ウン ・・・ ジャア 頑張ッテネ、大人 ≫

「 おお。 あ、坊〜〜 飴玉でも・・・ って・・・ああ <帰って> しまいはったか。 おおきに〜〜謝々〜 」

張大人はギルモア邸の方向に向かって両手を合わせていた。

 

 

 

≪ アア〜〜 オ腹減ッタナ〜〜〜 アレ? ≫

イワンはテレポ−トでク−ファンに収まると、 そ・・・っと周囲を伺った。

よく眠る赤ん坊、の横についていてくれるはずの ベビ−・シッタ−さんは・・・

 

  こっくん こっくん ・・・ゆら ゆら ゆら・・・

 

≪ アレ? ・・・・ ナンダ〜 しった−サンノ方ガ眠ッテイルジャナイカ 

広い子供部屋の肘掛け椅子で 山田ヨウコさん はぐうぐう眠りこけていたのだ。

≪ 僕〜〜 疲レテ。 オ腹空イテ。 超〜〜不機嫌ナンダ! 泣イチャウモンネ。 ≫

 

 うえ〜〜〜 ほんぎゃあ〜〜〜 !!

 

「 ・・・!? な、なんス?? ・・・あ! 坊〜〜 どうスただ?? 」

居眠りをしていたヨウコさんは がば!と起き上がり慌ててイワンを抱き上げ・・・

「 ・・・ンだ! ミルクの時間ス! 」

今度は放り投げるみたいにク−ファンにもどすとキッチンにすっ飛んでいった。

≪ ・・・ナンダア? アノ しった〜サンハ? 僕、疲レテイルンダ、グズッチャウヨ〜〜 ≫

 

  ― そして。 すったもんだの大騒ぎの後。

 

山田ヨウコさんは 満腹してなんとか泣き止んだ赤ん坊をオンブしていた。

「 なあ 坊? ご機嫌はなおっただか? うん・・・? よスよス・・・ 」 

オシリを軽くぽんぽん・・・・と叩かれ そのリズムにイワンはとろ〜り・・・瞼た重くなってきた。

≪ ・・・僕 ・・・ 眠クナッテ来チャッタ・・・ 

「 は〜あ ええコはネンネすべえよ〜〜 なあ〜 もうすぐおとっつぁまとおっかさまが

 けえってくるべ・・・ なあ、坊・・・ 」 

≪ ・・・アレ・・・ コノ人ッテ。 粗忽モノダト思ッテイタケド・・・ ナンダカ暖カイ・・・ ≫

「 坊〜〜 淋しかったべな お留守番はつまらんもんな〜 

 なあに、もうちっとの辛抱ダ? ええコでアタスとお留守番、してよなあ〜〜 よいよいよい・・・ 」

≪ ・・・アレレ・・・ ナンダカ・・・僕、イイ気分・・・ ≫

「 よ〜スよス。 たっくさんミルク飲んで よ〜く寝んねするダよう〜〜 今日はエエ日だったなあ〜 」

≪ ソンナ事、ナイヨ! 僕・・・今日ハ貧乏くじ引イチャッテ・・・一人デ働イテ・・モウクタクタ・・・ ≫

「 なあ、坊。 坊が笑えば み〜んな幸せダ。 坊が居ると み〜んな笑うダよ・・・ なあ・・・ 」

≪ ・・・ソ・・・ソウカナ・・・  ≫

「 ほうら・・・ もうすぐ若旦那さまと奥様、お帰りだべ? 坊〜ただいま〜ってな。

 坊のおとっつぁまとおっかさまは熱々だべなあ〜〜 ええなあ〜〜

 この分なら 坊? じ〜きに兄チャンだ? 坊は弟と妹とどっちがエエだか? 」

≪ ・・・エ・・・?? ソ・・・ソレハ・・・ 

「 はっはっは! 双子サンでも三つ子サンでも♪ 大丈夫だあ〜 アタスがちゃ〜んと

 お世話するだよ〜〜 さあ・・・・ 坊〜〜 寝んねんよ〜〜・・・ 」

≪ ・・・ 兄チャン・・・ッテ呼ンデモラエルカナ・・・ 

  エヘ・・・ 僕 ナンダカふわふわ ・・・ ええきもツ・・・ジャナクテ!イイ気持チ・・・≫

「 あ〜れ・・・ もう寝んねしちまった・・・ ふふふ・・・めんこいなあ〜〜 よスよス・・・」

原子力潜水艦を設計し、ヒトの心を読み恐いものナシの超能力ベビ−は。

ヨウコさんのあったかい背中でぐっすりと寝入ったのだった。

 

 

 

「 ・・・ ジョ−・・・ 今日はありがとう・・・ 」

「 え? どうして。 ぼくが勝手に<付き添い>で来たのに。 ごめん・・・邪魔だったよね・・・ 」

「 そんな! とんでもないわ。 わたし ・・・とっても楽しかった・・・! 」

「 うん、あのお芝居、面白かったねえ。 いや、感慨深い、というべきかな・・・ 」

「 え・・・ええ、そうね、舞台は グレ−トが褒めていただけあるわね。 でも・・・それよりも・・・

 わたし。 ジョ−と一緒だったのがとっても嬉しかったの。 」

「 ・・・・ うん。 ぼくも、さ・・・ 」

ジョ−の車は滑らかにかなり空いた道路を走っていた。

とっぷりと暮れて、ただでさえ通行量の少ない道では対向車もほとんど見当たらない。

さらに海岸沿いにでる支線に折れれば独走状態となった。

「 ・・・ あ ・・・ 綺麗なお月さま・・・ 」

「 え、どこ。 」

「 ほら・・・ 岬の上のほう・・・ そろそろ満月かしらね・・・ 」

「 ・・・ ああ・・・ 本当だ。 ウチは月の中にあるみたいだねえ。 」

「 ふふふ・・・ ほんとう・・・ こんな素敵なドライブまでできて。 今日は本当に素敵な日だったわ・・・ 」

「 そうだね。 きみの友達には申し訳ないけど。 ぼくも ・・・ 最高の日だった・・・ 」

「 イワンにも感謝しなくちゃね。 」

「 本当だよ! ぼくの代わりに う〜んと働いてくれたんだものな。 」

「 そうよねえ・・・ あら? 」

「 うん・・? あ・・・大人からだよ? きみもチャンネル、開いて・・・ 」

出し抜けに 威勢のいい <声> が飛び込んできた。

≪ やっほ〜〜い!! お二人はん! おデ−ト中〜ちょいとお邪魔しまっせ〜〜 ≫

≪ 大人!?  今、ぼく達丁度研究所に向かっているところなんだ。 ≫

≪ さいでっか〜 安生お楽しみはりましたか〜 あのなあ〜 イワン坊にな、是非伝えて欲しいねん ≫

≪ いいよ? なんだい。 ・・・多分、寝てると思うけどね ≫

≪ ワテとこのお客はんらな〜 もうえろう喜びはって。 また宴会、頼むわ〜言うてくれはってん。

 いや〜〜 ほんま おおきに!  イワン坊のお蔭や〜〜 コキ使って堪忍な〜・・ていうといて。 ≫

≪ 了解、了解〜〜 宴会、大成功おめでとう! ≫

≪ おおきに、ジョ−はん。 今日いう日ィはワテにとって、うんにゃ張々湖飯店にとって最高の日ィやった!

 ・・・ ジョ−はんらも <おめでとうさん> 言わしてナ〜〜 ≫

≪ え??!  ど、どういうコトさ〜〜 お〜い大人〜〜 ≫

≪ ほなら〜〜 フランソワ−ズはん、お幸せに〜〜て言わしてや〜〜 ほな、な〜〜 ≫

≪ ・・・あ! 大人〜〜〜 ≫

ぶち・・!・・・っと音はしないけれど、かなり唐突に脳波通信は切れてしまった。

 

「 ・・・ よかったわ〜〜 なんとかなったのね。 ううん、大成功だったのね、凄いわ〜 」

「 うん、凄いね〜〜 もしかして、さ。 最強・・・って張大人のことかもしれない。 」

「 うふふふ・・・・ そうねえ。 あのパワ−とお料理で・・・わたし達も元気をたっくさん貰っているわね。 」

「 そうだよ〜〜 今度さ、またパワ−のモトを貰いにゆこうよ。 」

「 賛成〜〜 そうだわ、イワンも一緒に行かなくちゃ。 今回のヒ−ロ−はイワンですもの。 」

「 そうそう! 早く帰って・・・ いろいろ報告しなくちゃね。 」

「 ええ♪ ああ、あつ〜〜いカフェ・オ・レ淹れましょう。 」

「 いいねえ・・・ ああ・・・ ほら。 月があんなところまで・・・ 」

「 わあ・・・・ 」

二人を乗せた車を 中天から淡々と白銀の光が照らし出していた。

 

 

 

「 え・・・送って行かなくていいのかい。 」

「 はい。 田舎育ちスから。 こったら道、な〜んでもねえス。 それに。 」

ヨウコさんは帰ってきた <旦那サマ> と <奥様> に に・・・っと笑いかけた。

「 アタス、な〜んか坊っちゃまに元気を頂いたみたいスから。 ほんじゃ〜これでスつれいしまス。 」

ぺこり、とアタマを下げるとヨウコさんはゆうゆうとギルモア邸の門を出ていった。

「 あ・・・ ああ・・・ どうもありがとう〜〜〜 また・・・頼むよ! 」

「 ありがとう〜〜 またお願いしますね〜〜 」

「 はイ〜〜〜♪ 」

元気な声はお月様まで届いたのかも・・・しれない。

 

「 ・・・ねえ。 ジョ−・・・ 本当にありがとう・・・ 」

「 フランソワ−ズ。 ぼくこそ・・・ 」

するり、と腕を絡め合い。 恋人たちは月光の中で熱い口付けを交わしていた。

 

その頃。 子供部屋のク−ファンの持ち主は。

≪ ・・・・ 疲レタ〜〜〜 ・・・ 僕ニハ本当ニ運ノ悪イ日ダッタナア・・・ ≫

もぞもぞ・・・っと羽根布団を蹴飛ばしてみたけれど。

でもなんだかこころは ふんわり 暖かい。

≪ ボク・・・ ようこサンカラ、ウウン、皆カラ元気ヲモラッタヨ。 皆ノ ありがとう ヲ感ジタナア。 ≫

ふわぁ〜〜〜〜・・・・

ちっちゃなアクビをひとつ。 くちゅくちゅとタオルケットの端っこなんかを舐めみて。

銀髪に赤ん坊は ことん・・・と寝入ってしまった。

 

こうして。

イワン・ウィスキ−君の 運の悪い日 は穏やかに幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

******************************      Fin.     *******************************

 

 

Last updated : 01,06,2009.                                           index

 

 

 

**********     ひと言     **********

明けましておめでとうございます <(_ _)>

本年もどうぞ宜しくお願いいたします〜〜〜♪

 

で! 009イヤ〜年明けは〜〜 やっぱ原作設定でしょう〜〜って アノお話です♪

以前に <家政婦はみた!>バージョンを書きましたけれど、

今回は <裏ではな〜にをやっていたのかな?>シリ−ズにしてみました。

どうしてベビ−・シッタ−さんを頼まなければならなかったのか??? その辺りの

裏事情〜〜♪ こんなんもアリかな〜〜と 福笑い(^o^) してやってくださいませ。

ヨウコさんって。 本当はすご〜いス−パ−家政婦さんだった・・・のかもしれませんヨ

イワンもたまには 普通の赤ん坊、してみたいよね?

 

笑う門には福来る♪・・・って ひと言でもご感想を頂戴できましたら

筆者への〜なによりのお年玉でござりまする〜〜〜 <(_ _)>