『  やくそく   ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

まだ陽も高い時刻だというのに、 その地は薄暗いヴェールで覆われていた。

暗いだけではない、空気は湿気を帯び どんよりと重く大地に纏わり着く。

   ・・・  ポチャン ・・・  時折鈍い水音が聞こえる。  

 ― 沼だ。

その澱んだ水面からの漂う瘴気で湿った大地には苔が広がり その合間を

なにか小さな生き物がちょろちょろと這い回る。

生い茂った草の間からは そちこちに十字架の墓標が見える。

半ば朽ち果てたものもあり 全てが重く冷たく ・・・ 地の闇に溜まっていた。

 

  ガサ ガサ ・・・ ガサ  ・・・  誰か やってきた。

 

「 ・・・ ね ・・・ は 早く済ませましょうよ ・・・ 」

「 でも ・・・ この花束 ・・・ 彼女、好きだったし。 」

「 そりゃそうだけど ・・・ 墓地には長居するなって母さんが 」

「 知ってるわよ。 でも彼女とは仲良しだったじゃない? 」

「 ・・・ う  うん ・・・ 」

娘が二人、 ぴたりと寄り添って足早に歩いてくる。

一人は小さな花束を持っているが 二人ともしっかりと魔よけの十字架を握っていた。

  ガサ ・・・  葉擦れの音がするたびに びくり、と二人は縮みあがる。

「 あ ほら  ・・・ あそこよね。 」

「 ・・・ そうね 一番新しいお墓だもの。 」

二人は真新しい十字架の前に立ち 花束を捧げる。

面にはただひと言 ― この地に眠る者の名が記されているだけだ。

娘たちは じっとその名を見つめた。

「 ・・・ 来たわよ ・・・ これでお別れ ね ・・・ 」

「 一緒に収穫祭で踊ったの ・・・ ついこの前なのに ・・・ 」

「「 ・・・ 神様の元で安らかに眠ってね ・・・  」」

娘たちは墓前に跪き短い祈りをささげる。

 

     カ −−− ン   カ −−− ン   カ −−− ン  ・・・ 

 

遠くから鐘の音が聞こえてきた。

「 !  いけない!  もう夕べの鐘が ・・・ 帰りましょう! 」

「 うん。  暗くなったら大変ですものね。   じゃ ・・・ さようなら    ジゼル ・・・ 」

彼女たちはそそくさと立ち上がると 小走りに墓所から去っていった。

 

    ガサ ・・・ ガサ ガサ ・・・   再び なにか小動物が草むらを這い回る・・・

 

沼を臨んだ墓地に 夕闇が迫ってきていた。

― 夜 が来る。  禍々しい夜 が ・・・ 魔物たちの蠢く時が。

 

   結婚を前に命を失った乙女は  ウィリーとなり夜ごと墓場で踊り狂う

   万が一、 彼女らに見つかってしまったら。

   逃げることはできない。  彼女らに引きこまれ死ぬまで踊らされるのだ。

 

 

      ―  ここは 死者の森 ・・・ 今晩もウィリーたちが踊り狂う 

 

 

「 アルブレヒト様!  お戻りくださいませ。  この墓地は・・・ 」

「 ・・・ 離せ。  恐ろしいのならお前は帰るがいい。 」

「 しかし ! 」

「 帰れ。  ― 主の命令だ。 」

「 ・・・・  はい 」

従者は畏まり、しぶしぶ・・・踵を返した。

そして彼、アルブレヒトは  ―  ゆっくりと夜の森に入ってゆく。  大きな百合の花束を手に ・・・

 

 

 

 

      いらぬ注 :  ↑   は 『 ジゼル 』 一幕と二幕の間の出来事です。

              すでにジゼルは葬られ、後悔に暮れるアルブレヒトが

              墓参にやってきます。  

              第二幕 は 深夜の墓地の出来事なのです。

 

 

 

 

 

 

   ふん ふん  ふん ・・・・ ♪

 

ごく低く いつもの旋律を歌ってみる。

今日もこれを歌うことができた ・・・  彼女はそれが心底 嬉しい。

いつもの位置に座り込み 当て所なく空に視線を飛ばす風にして ― 歌う。

  そして ―  こっそり 手と脚はあの振りをなぞる ・・・

 

  ふん ふん ・・・ ふん 〜〜  ♪ 

 

    pi  pipipi  〜〜〜  pi   pi  pi  pipipi 〜〜〜

 

「 ・・・ え ? 」

なにか他の とても小さな音が聞こえた。 

「 ?  ・・・ でも これ ・・・ 『 ジゼル 』 の あの曲、よね? 」

耳を澄ませた ― 人為的な < 耳 > ではなく、人間としてあるがままの 耳 で・・・

「 ・・・あ。  これ 口笛 ? 」

「 ご名答 」

「 !?  ・・・ 004? 」

「 またしても ご名答。 」

「 アナタ  そのメロディ ・・・ 知ってる の? 」

「 曲だけ。 」

「 ・・・ そう ・・・ 」

「 アンタ  ダンサー かい。 」

「 ・・・え ? 

「 さっきから 動いてる。 」

鋼鉄の手が 彼女の脚を指す。

その指はたった今まで 宙の鍵盤の上を縦横無尽に動いていた。

「 手と脚が勝手に動いてただけ  よ ・・・  あなた ピアニスト ? 」

「 ふん   指が勝手に動いてただけだ 」

「 ・・・ 『 ジゼル 』 二幕 の パ・ド・ドゥ ・・・ 」

「 アダン ・・・ だったか?  こんな出だしだったか 〜〜〜〜 」

口笛がまた 低く・・・続きを奏で始めた。

「 ・・・ そう そうよ !  あ ちょっと ・・・ 待って まって! 」

彼女はさっと立ち上がると ごたごたと置かれた廃材の隙間の中央に立った。

「 もう一度 はじめから ・・・お願いしても いい? 」

「 ・・・・・ 」

承諾の印にちょいと右手を上げると 再び口笛が流れ出した。

もちろん 彼の両手は膝の上を縦横に動く。

 

倉庫の隅、廃材置き場に   ―  ウィリーが舞う  ピアノ・ソロが流れる ・・・

 

 

実験棟と倉庫、そして荒涼とした岩だらけの地しかない島に 幽閉されてから

もうどのくらい経ったのだろう。

まともに考えたら それこそ気が狂いそうな環境なのだ。

いや ― 環境だけじゃない。 彼ら自身の < 状態 > も ・・・ 

 

     ・・・ どうして わたし 生きているのかしら 

 

     ・・・・・・・・・・・・・・

 

     へッ !  命令されるのは 嫌ぇなんだよっ!

 

それでも 彼らは < 生きて > いた。

ヒトとしての全てを失った ・・・ といってよい状態に突き落とされつつも < 生きて > いた。

どん底で 彼らは少しづつ、ほんの僅かではあるが ― 前進し始めていた。

 

      ―  死んでたまるか !    

 

≪ ・・・ そこいらでやめときな。  監視がくるぜ ≫

「 ・・・え? 」

「 !? 」

唐突に飛び込んできた通信に 踊り子とピアニストの動きがとまった。

≪ いつもと同じ にしときな。 ≫

≪ ! 002 !  どこにいるの? ≫

≪ う  え さ。  ― 例のロボットセンサーが通る。  ≫

≪ わかった。  お前も早く戻れ。 ≫

≪ うっせ〜な〜  誰に言ってんだよ〜 ≫

ぷつっと通信が切れ ― 直後に独特な音が聞こえ空気がゆれた。

 

   ―  シュ ・・・ッ !

 

いきなり赤毛のノッポが姿を現した。

「 ― 002 ・・・! 」

「 っとォ・・・ こっちか オレは 」

彼は 二人から少し離れた場所に座りこんだ。 背を向けるとごろん、と寝転ぶ。

「 ・・・・・・ 」

   ・・・ カチン  カチン  カチン ・・・!  

004が 小石を投げ上げては電磁ナイフで切り裂く。

「 うるさいわね ・・・! 」

ゆっくりと、ごくゆっくり  ・・・ 003は隅に壁に寄り掛かるとずるずると座り込む。

「 ・・・ 静かにしてよっ ・・・  」

彼女はそのまま頭を抱え蹲った。

 

  ズズズ  ズズズ  ・・・  ジジジ  ジ〜〜〜 ・・・・

 

不恰好な監視ロボットが三人の前をゆっくりと通りすぎてゆく。

大きなレンズが一帯を舐めるように撮影し バカでかいマイクが音を拾っていった。

 

   ズズズ ・・・・ ズ ・・・・ ジ〜〜〜 ・・・・ ズ  ズ  ズ    ズ     ズ ・・・・・

 

「 ― 行った ぜ。 」

「 ・・・ ええ。  ふふ ・・・ メカなんて単純よね。 」

「 はん、 あんな下等なモノを メカ とは呼びたくねえな。 」

三人は 相変わらずそっぽを向きつつごく低い声で言葉を交わす。

一人では 絶望に押しつぶされてそうでも、仲間がいればまだ少しは耐えられる。

「 ・・・ ありがと、 004。 」

「 003。 礼を言うのは俺の方だ。 」

「 ま〜 よかったじゃん? 」

殺伐とした日々の中で 彼らは少しづつヒトとしての意志の力を蓄え始めていた。

そう 彼らは ― 人間の心を蘇らせている。

 冗談じゃない、こんなところで朽ち果ててたまるか ・・!  と。

 

 

    誰にだってよ!  命令されるのはキライなんだ!

 

 

    ―  諦めないわ。  絶対に 絶対に ここを出るの。  生きて !

    だって やくそく がまだ よ。  やくそく したのよ、それを果たすわ!

 

 

    ・・・こんなになっても尚、 生きる 意味を探せ というのか。

    これがお前の望みなのかい ・・・  ヒルダ ・・・

    ・・・ お前の願いならば 俺は ― 

 

 

 ― 彼らの 力 は。 冷凍睡眠と共に40年後まで保たれていた。

 

 

 

目覚めた彼らの前には 小柄な老人が立っていた。

「 諸君 ―  気分はどうだね。 」

聞き覚えがないわけではない声がして 老人がゆっくりと彼らを見回した。

その顔にはどこか見覚えがあり ― 彼らは一斉に驚きの声をあげる。

 

    「 !?    ・・・・ ギルモア博士 !?  」

 

開発チームの先頭に立ち、冷徹な視線だけを投げかけてきていた科学者は

穏やかな目をした老人になっていた。

 ・・・ もっとも、彼はなぜか偏光グラスを常用しており、その生の表情をみることは

滅多にできなかったけれど。

島の環境はあまり変わっていなかった ― いや もっと殺伐とした島になっていた。

しかし 彼らの扱いは微妙に変化していた。

プロトタイプの実験体であることは変わりはない、 しかし 使い捨てのメカ ではないらしい。

倉庫に監禁、ではなく 内鍵は無かったが一応個室が当てがわれていた。

 

「 ふ〜ん ・・・ ? 」

「 なんだ。 」

「 なんか 変わったな〜ってよ? 」

「 ・・・ 変わった? 

「 あ〜。 オレら、少しは人間並みになったじゃん? 」

「 人間に こんなこと、する? 」

「 いや ・・・ <以前> に比べれば 若干、な。 」

「 我輩らは 一応 <商品> であるからして。 ヤツらも粗略にはせんさ。 」

「 そうそう。 投資額も並大抵じゃないからね。 」

「 アイヤ〜〜〜 ワテら 高級品アルよ〜〜 」

「 ・・・ 人間、商品ではない。 」

「 ??? だ 誰なんだ?? 」

「 ウソ ・・・・  一人 二人 ・・・ え! 四人も?? 」

  目覚めた彼らの前に 同じ赤い服を纏った人影がずい・・・っと現れた。

 

≪ まあ 聞けよ。   ― 逃げるんだ。 ≫

≪ ・・・ なんだって? ≫

≪ 脱出するんだ ココを よ!  ・・・ 9人目の改造が 終ったら! ≫

≪ !?  く 九人目 ですって?? ≫

≪ あ〜  プロトタイプ、一応勢揃い、ってつもりらしいぜ。 ≫

≪ ふん ・・・ ?

≪ ほっほ〜〜い? 007だ よろしく! ≫

≪ 006アルね〜〜 ≫

≪ ・・・ 005だ。 ≫

≪ 008。 脳波通信のチャンネルの切り替えが変わったんだよ。 ≫

突然通信に割り込んできた <聞き覚えのない 声> に 三人は絶句した。

≪ ひえ〜  ホントに8人 いるじゃねえか・・・!  ≫

≪ し! ・・・ 関心なさそうにしていてくれよ。 ≫

≪ あ わりぃ〜 ・・・ ≫

≪ で 脱出 だと? ≫

≪ 左様 左様 〜 我らが総力を結集すれば夢ではない!

  起つのだ!!  万国の勇者たち〜〜 ≫

≪ ちょ・・・ 007、これは芝居じゃないんだよ? ≫

≪ おお すまん すまん。 つい・・・ しかし! 脱出 ってのは本当だぜ。 ≫

≪ 俺たち、待っている。  最後の一人 を ≫

≪ ちょ ちょっと待ってよ?!  脱出・・って・・・わたし達、さんざん敢行して 

 失敗したのよ?  もう一回やったら廃棄処分、って脅されて。 ≫

≪ この島から抜け出すのは 不可能だ。 ≫

≪ そ〜れはアンタらが <眠る>以前のハナシだろ?  今はな〜 ≫

《 キイテクレ。 002 003 004. 》

脳波通信とは違ったt <声> が 全員の心に響いた。

 

   ―  001??  無事だったのか ( ね )?!

 

《 ボクハ元気ダ。  イイカイ、今度ノ脱出計画ニハ、チャント首謀者ガイルヨ 》

≪ 首謀者? ・・・ その・・・ 9人目、か? ≫

《 チガウヨ。 9人目ハ ・・・ マダ目覚メナイヨ。

 首謀者ハ  ぎるもあ博士 ダヨ。 》

 

   「  !?  ― ギルモア博士 ?? 」

 

三人は驚愕し再び ・・・ 小柄な老人を凝視した。

「 諸君。  事の次第は001から聞いと思うが。  宜しく頼む。 」

彼は静かにグラスをはずし、ゆっくりとサイボーグ達を見回した。

「 ワシは諸君と共に この島から ― いや ブラック・ゴーストから 脱出する。 」

穏やかな口調だったが 彼の双の眼には強い意志が輝いていた。

 

  

 

   ・・・ ガラガラ ・・・ ドーン ・・・!   バッシャ −−−− ン ・・・・・

 

「 あちゃ〜〜 また派手に落っこちたぜ〜〜 」

「 は・・・何度目だ? 」

「 大丈夫だろう? なにせ最新・最強〜って話だからさ。 」

崖っぷちから見事に落っこちた < 9人目 > を 仲間達はのんびりと眺めている。

「 にしてもまあ ・・・ 飽きもせずになあ〜 少年よ〜 」

「 でも・・・  やっぱり心配だわ。 だって戦闘なんて 全然経験、ないのでしょう? 」

「 アイツの身体、自動的に反応する。 」

「 そやそや  安生待っといたらええ。 」

「 ・・・ でも ・・・ 」

003は 崖からそっと下を見る。

《 003。 脳波通信ハ ダメダヨ。 》

「 え ・・・ で でも ・・・ 」

《 今ノ彼ニハ 脳波通信ニ応エル余裕ハ ナイカラネ。 》

「 あ  ・・・ そうなの? 」

《 皆〜〜 安心シタマエ。 彼ハ無事てすとニ合格ダ。 最強ノ戦士トシテネ 》

   ・・・ ズサ ・・・!!  噂の主がぼろぼろになって這い上がってきた。

「  このヤロ 〜〜〜 !!! 」

 

  ― 山ほどの悪態と言い訳と説明の後。

 

《 ヤア 兄弟。  僕タチノコト、信ジテクレルカイ? 》

「 ・・・ これっきり だぞ! 」

散々な目に遭いぼろぼろ状態で 009は 差し出された小さな手を握った。

「 君を 信じる  よ! 」

《 アリガトウ、  009。 》

 

      ―  彼らの新たなる闘いが  今  始まった ・・・!

 

 

 

 

 

「 ジョー〜〜〜 ォ・・・・  ねえ まって〜〜 」

「 ・・・・・・ 」

「 ねえ ねえ ・・・ 待ってったら〜  !  」

「 ・・・・! 」

ジョーはこっそり溜息をついてから 振り返った。

「 なんだい。 」

「 だから ・・・ちょっと待ってよ。  もうちょっとゆっくり景色とか見てゆきましょうよ。 」

フランソワーズがようやく追いついてきて、彼の腕を軽く引く。

「 ゆっくり・・・って。  買い物だけでも随分余分な時間、喰ってしまっただろう?

 急がないと ・・・ 006に怒られるよ。 」

「 ― 張大人。 」

「 え? 」

「 だから 張大人 よ、 < 006 > じゃなくて。

 あなた、いったい何時になったら覚えるのよ? 」

「 ・・・ 覚えてないわけじゃないよ。 」

「 だったら〜〜 無味乾燥なナンバーなんかで呼ばないでよ?

 わたし達はちゃんとした 人間 なんだから。  ね? 」

「 ― わかったよ。  わかったから ・・・ 早く帰ろう。 頼まれたもの、持って帰らなきゃ。

 夕食の材料なんだよ、仕度が遅くなるだろ 」

ジョーは両手の荷物を持ちなおすと、再び歩き始めようとした。

「 あ〜ん ・・・ 待ってよ〜 

 ねえ? こんなにステキに晴れた午後なのよ? もうちょっとゆっくりしましょうよ?

 ウィンドウ・ショッピングしてもいいし〜  ・・・ 公園でお日様と遊ぶのもステキ♪ 」

フランソワーズは再びジョーの手を引っ張り くるり、と回ってみせた。

亜麻色の髪が広がり 金糸より豊かな光を放つ。

「 ― フランソワーズ 」

「 あら。 ちゃんと名前を覚えていてくださってありがとう。  003 なんて呼んだら

 もう口を利かないつもりだったの〜〜 」

「 ・・・ そりゃ どうも。 」

「 ねえ?  ジョーはこの地方の出身なんでしょう? ここの海 ・・・ きれいねえ・・・ 」

「 そうかな。 」

「 わたし、海ってあんまり見たことなくて。  あの島の周りの海しか知らなかったの。 」

「 ふうん。 」

「 だから ・・・ こんなに穏やかで豊かな色で・・・優しい海って ・・・ いいわねえ 」

「 そうかい。 」

「 ジョーは? 」

「 は? 」

「 は、じゃないわよ。 ねえ ジョーは 海がすき? 」

「 ・・・ え ・・・べつに。 」

「 別に、じゃわからないでしょう? ねえ 好きなの、それとも嫌い? 」

「 ・・・ さあ ・・・? 」

確かにジョーは海を比較的間近に見て育った。  波の音は淋しい少年時代、子守唄でもあり

ひとり ぼんやり海を眺めていたこともある。 

 

     海が ステキ?  なんだってそんな風に思えるのかな??

     好きか嫌いか ・・・ なんて考えたこともないよ

 

「 よく ・・・わからないや。 」

「 ふうん?  きっと身近すぎてわからないのね、わかったわ。 」

「 ・・・・・ 」

ジョーの目の前で 碧い大きな瞳がくるり、と動き 亜麻色の髪が海風に舞う。

「 きゃ・・・  うふふ・・・でもいい風ね〜 」

慌てて髪を押さえ 眩しそうに目を細め ― 彼女はにっこりと笑う。

その時 ― ジョーの心臓が とくん ! と 計算外の動きをした。

 

     ・・・ うわ ・・・!  な なんて笑顔  ・・・ !

     どうして こんな笑顔、できるんだ??

    

          ―  き  きれい だ ・・・

 

オンナノコを前に こんな気持ちになったのは 生まれて初めて だった。

彼の視線は彼女の顔から離れることができない。

「 あら。  なあに。 」

「 ・・・ あ !  う ううん ・・・ ごめん、なんでも ・・・ 」

「 そう?  ねえ ・・・ あなたの生まれ育った地はステキね。

 わたし ・・・ ここに来て毎日海を見てお日様と遊んで ・・・ すごく元気になったわ。 」

「 ・・・ ぼく達はいつだって元気だろう? その ・・・ この身体だから ・・・ 」

「 まあ ・・・ いやねえ、そんなことじゃないのよ。

 何ていうのかしら・・・そうね、生きるエネルギーを貰った、ってカンジ。 」

「 ・・・ 生きる エネルギー?? 」

「 そうよ。  ・・・ もう一回、 笑えるわ・・・って思えるの。 」

「 ・・・ 笑える ・・? 」

「 ええ。  知ってるでしょ、わたし達 ・・・ ジェットやアルベルトやわたしのこと。 」

「 あ ・・・ うん あの ・・・ 冷凍睡眠 ・・・ 」

「 そ。 わたし、本当ならとんだおばあちゃん なわけ。 笑ってもいいのよ? 」

「 ・・・・!!! 」

ジョーは ただ黙ってぶんぶんと首を横に振る。

 

    笑うなんて・・・! そんなこと、できるわけ ないよ!

    こんなキレイなオンナノコのこと 笑う、なんて。

    おばあちゃん?  冗談だろ〜〜

    きみは ぼくよりもよっぽど ・・・ 元気だ!

 

「 故郷の街は ちゃんとあるけど。  でもそこにわたしの居場所は ないの。

 だって ・・・ 本当はいるはず、ない人間なのよね。  19歳のフランソワーズなんて。 」

「 そ! そんなこと ・・・ ないよ!

 きみは ちゃんと ・・・ ちゃんとここにいるじゃないか! ぼくの目の前に 」

思わず ・・・ その存在を確かめたくて 彼女の手を握ってしまった。

「 あ!  ご ごめん ・・・ 」

「 やだ〜 いちいち謝らないで? 

 でも ありがとう。 そう言ってくれる人が一人でもいると ・・・ もっと元気になるわ。 」

「 わたし。  生きるの。 」

「 !!!! 」

またしても ジョーはただやたらと首を縦に振るだけだ。

 

    ちぇ・・・! ほら〜〜 ナンか気の利いたこと、言えよ〜〜

    あ〜〜〜 ぼくってヤツはもう〜〜

 

内心、激しく罵倒しているのだけれど ・・・ ジョーはただ立ち尽くしているだけだ。

「 ね ・・・ 見てて・・・ くれる? 

 わたし、生きるのよ。  やりたいことがあるから。 約束があるのよ。 」

「 やくそく ・・? 」

「 ええ。  ・・・ もっとも 約束したヒトたちはどうなったか・・・わからない けど。

 でも、 わたしのこころの中に居るの。 」

「 ・・・ 心の 」

「 だから ― よろしく!  あの岬の家で仲良く暮しましょう。 」

「 うん!  ・・・ あ  はい。 」

「 やだ〜〜 うん でいいの。 」

碧い眼が笑っている。  

「 え・・・だって。  きみ、年上だよ〜 」

「 ・・・ そりゃ そうよね。 わたしはとんだおばあちゃんだし 」

「 だって! 」

珍しくも、彼が彼女の言葉を強引に遮った。

「 だってきみ、19歳 なんだろ?  ぼく 18。 島村ジョー、18歳。 」

「 まあ〜〜 」

「 きみはひとつ年上の お姉さま さ〜  ねえ おねえさま〜〜〜 」

「 こら〜〜  じゃ 弟は姉のいう事を聞かなくちゃね。

 さ  弟君? 荷物をぜ〜〜んぶ持っていって頂戴な。 」

どさ・・・っと 彼女が下げていた買い物袋がジョーの腕に押し付けられた。

「 ・・・ あ〜〜  くゥ〜〜〜 横暴アネキだあ〜〜 」

「 うふふふ・・・・ いいじゃないの、年上の特権よ。 」

「 う〜〜〜 くそ〜〜〜  」

「 ね?  やっと笑ったわね 」

「 え ??? 」

「 今 笑ったでしょう? ジョー。  もしかして笑えないのかな〜 なんて思っていたわ。 」

「 い いつだって笑ってるさ! 」

「 そう? ジョーってば ず〜〜っとしかめッ面ばっかりだったわよ。 」

「 しかめっつら?? 」

「 ああ 違うわね。  ― いつも 同じ顔 してた。 

 怒るでもなければ 悲しむとかでもないの。 ず〜〜っと同じ。」

「 ・・・・・・・・ 」

「 最新型って 表情が変わらないのかなあ〜 なんて思っちゃったわよ? 」

やっぱりこれは持つわ、と彼女は買い物袋をひとつ、彼から取り上げた。

 

 ガサ ガサ ガサ ・・・・

 

手にした袋をゆらしつつ、彼女は軽い足取りでジョーの前を歩く。

すっきり真っ直ぐな背中を もっとぴん!と背筋をのばし 彼女は歩く。

かっきり顔をあげ 真っ直ぐに前を見つめて。

その足取りは 時に迷っても後ろに向くことはない。

今は陽に輝いている亜麻色の髪しか見えないけれど 

 

    ― その頬にはきっと微笑みが浮かんでいるのだ。

       その瞳は きっと空よりも海よりも深くあおく輝いているのだ。

       その唇は きっと陽の光をうけて艶やかに濡れているのだ。

 

     ・・・・ な んて ・・・ すてきなじょせい ( ひと ) なんだろう・・!

 

ジョーの本能が叫び声をあげる。 その叫びは彼のこころを揺り起こす。

あの瞳に見つめられたい。  あの頬に触れたい。  あの唇を 奪いたい・・!

  ― ごくり。   ジョーは咽喉をならす。

そして 同時に猛烈な自己嫌悪が彼全体をみしみしと音を立てて襲った。

 

      ぼくは ・・・ 何をやってきたんだ ・・??

 

< あなた 本当に生きているの? >  彼女に言われた時にはむっとしたけれど

今 その言葉がジョーの心を串刺しにする。

なぜ ムカついたのか。  理由は簡単、  彼女の言葉が真実を衝いていたからだ。

 

     ぼくは。  あの島のヤツラから脱出する時、 初めて 本気 になった・・・

 

生まれて初めて < 死に物狂い > に活動した。

「 ・・・ マジに生命が懸かっていたから、だけど。 でも ・・・ あんなに必死になったのは

 初めてだったんだ。  ぼくは ― 今まで なにをやってきたんだ? 」

生身の人間として < 生きて > いたとき、自分は何をしていた? 

何をしたい、と思っていただろう。

 

     ぼくは ・・・ ぼくの意志で < 生きて > いただろうか?

 

ジョーは 午後ののどかな道を歩きつつ 目の前の乙女の姿を追いつつ 

人生で最大に落ち込み そして 激しく反発していた。 

 

     ぼくは。 彼女に相応しい・・・いや 彼女を振り向かせるオトコに ― なるんだ!

 

「 ―  フランソワーズ ! 」

彼は 朗かな声で彼女を呼ぶと ぱっと地を蹴った。

「 なあに? 

亜麻色の髪が揺れ 碧い瞳が振り返る。

「 あの!  それ、全部ぼくが持つよ! 」

彼はたちまち彼女に追いつくと その手かれ買い物袋を取り上げた。

「 ・・・ あ ら   ジョー? どうしたの。 」

「 べつに どうもしない。  さ!  速く帰って 晩御飯の仕度、しなくちゃね。 」

「 え  ええ ・・・ 」

今までとはうってかわって 快活なジョーの様子に 彼女は目を丸くしている。

「 あ〜〜・・・っと。 その前に さ。  あの角の店で ― アイス、 買ってく? 」

「 !?  うん!  買ってく!! 」

「 じゃ ・・・ 行こうよ〜〜 ! 」

「 きゃ・・・そんなに引っ張らないで〜〜 」

二つの影が 弾んで駆けて行った。

 

 

 

 

   カツン  カツン  シュ ・・・ シュッ ・・・

 

地下のロフトの片隅、薄暗いライトの下に 一つの影が動いている。

資材を片寄せ作った空間に フランソワーズの姿があった。

ジャージーの上下で 髪はしっかり一つに纏めている。

 

   カツン  カツン  シュ ・・・ シュッ ・・・

 

床の上に彼女の爪先が 素早く付いたり離れたりを繰り返している。

「 ・・・ 1 ・・・ 2 ・・・ 」

彼女は真剣な表情で でも足元は見ていない。 まっすぐ前をみつめ 時に上体に合わせ

顔の向きを変える。

「 〜〜 ♪ ふん ふん ・・・ ♪ 」

時折彼女は微かにメロディを口ずさんでいるが ・・・ イヤホンで流れる曲に合わせているらしい。

 

  

「 え〜と ・・・ このパネルの予備はどこに置いたっけ ・・・  あれ?! 」

ドアの向こうに ひょい、とジョーの姿が現れた。

大きなパネルを抱え ― たまたま通りかかり ・・・ このロフトを覗いたらしい。

「 ・・・ フランソワーズ?  」

声をかけたけれど 彼女は一向に気が付かない。

「 ??  ・・・ ああ 音、聴いているのか・・ 

すぐにイヤホンのコードに気が付いたが 彼女のやっていることが何なのかさっぱりわからない。

片手で廃材のパイプを掴み まっすぐ前を向き ・・・ 脚を前後左右に出したり戻したりしている。

「 ??? ・・・ 音に合わせてるのか な?  だけど・・・? 」

 ぱっと 彼女が向きを変えた。

「 〜 と。   ・・・ あら。 」

 ・・・ 傍観者に気が付いたらしい。

「 や ・・・  やあ ・・・ 」

「 ジョー。 どうしたの。 ここに ・・・ 用? 」

「 あ ・・・ ううん、このパネルと同じの、探しに来たんだ。 博士の押しかけ・助手だから。 」

「 あら そう。  ・・・ それなら 左奥のロフトにあるはずよ。 」

「 え そうなんだ? ありがとう〜〜  でもどうして知ってるの? 」

「 いやだ〜〜 皆で片付けたじゃない。 地下ロフトを拡張したときに 」

「 あ ・・・ そ そうだったね。 ぼく ・・・ ただ言われた通りにいろいろ運んだだけだったから・・

 どこに何を置いたか なんて覚えてなかったんだ。 」

「 ・・・じゃ 今、覚えれば? 左奥には 耐火パネルの類が置いてあるわ。 」

「 わかった。  あとで全部チェックしておくよ。 」

「 そうした方がいいわね。  <助手>志願者さん。 」

「 ―  ハイ。 」

彼女は再び 手元のスイッチを入れると ジョーから視線を外し ― パイプに片手を掛け、

すっと背筋を伸ばした。

「 ごめん! あの もういっこだけ! その ・・・  なにしてるんだい? 

「 ―  足ならし。 」

「 ?  な なんだって? 」

「 だから。 足慣らし。  ・・・ ナマっているから解しているのよ。 」

「 なまってる ?? 」

「 そ。  わたし、決めたのよ。  もう一度 ・・・ 踊るの。 踊りたいの。 」

「 あ ・・・ 」

彼女が以前、踊り関係の世界にいたことは 知っていた。

断片的に聞いていたし あのパリでのクリスマスの夜 ・・・ ジョーは舞い踊るフランソワ−ズを

見ていた。

しかし 詳しいことは聞いてはいなかった。

彼女が話したくなったら教えてくれるだろう・・・と思っていたからだ。

 

    誰だってさ。 聞かれたくないこと、あるよな。

    隠す・・・ってことじゃない。  言わないだけ さ。

    言いたくないってこと  ・・・誰だって。   

    ・・・ ぼくだって ・・・  ぼく ・・・ も ・・・

 

彼もまた 心の奥に閉じ込めていることを持っていた。

 

「 それじゃ・・・ その・・・練習、してるんだ? 」

「 そうよ。 ず〜〜っと ・・・ 出来なかった・・・ううん、休んでいたから。

 脚も腕も ・・・ 身体も全然鈍っているのね。 だから ― 基礎の基礎から始めるの。 」

「 そうなんだ・・・ あの ・・・ 聞いても いい? 」

「 なあに。 」

「 ごめん、ぼく・・・全然詳しくなくて。 その・・・ きみが踊っていたのって ― なに? 」

「 え??  あ ・・・ 言ってなかった?

 ― わたし。  バレエの、クラシック・バレエのダンサーを目指していたの。 」

「 くらしっく・・・って  あ もしかして ばれり〜な とか。 」

「 そう ね。 」

フランソワーズは短く答えると きゅ・・・っと爪先を折り曲げた。

「 そうなんだ ・・・。  あ ちょっと待ってくれる? 」

「 え? 」

ジョーはず〜っと抱えていたパネルを 置いた。 そして ずんずん周辺を片付けはじめた。

「 ここで練習するんだろ?  これも あれも ・・・ 邪魔だよね?

 なあ どのくらいの広さがあったらいいのかな? 」

「 ・・・ ジョー ・・・ 」

「 ここは全然使っていないロフトだもの。  きみの練習用にしようよ? 」

「 あ ・・・でもそんな勝手なこと・・・ 」

「 大丈夫、ぼく、博士にお願いしてみる。  空いているロフトはまだあるし、

 足りなくなったらまた拡張すればいいよ。 」

「 ・・・ でも でも わたし一人のために 」

「 きみ 踊りたいんだろ?  決めたんだろ?  だったら ― やれよ。 」

しゃべりながらも、彼はどんどん・・・散らばっていた資材を片寄せ空間を作ってゆく。

「 ね その音 ・・・ もしかして音響機器で流したほうがいいんだろ? 」

「 え ええ・・・ これ ね。 ネットで見つけたレッスン用の音をダウン・ロードしたのよ。 」

「 そっか〜 うん、CDとかでいいなら余分なの、あったはずだよ。 」

「 ジョー ・・・ よく知ってるのね。 」

「 あは ・・・ その くらしっく・ばれえ は知らないけど。

 ヒップ・ホップ とか ステージ・ダンス とかは見たことあるもんな。 

 TVとかで練習風景とかも見たよ。 広い練習場に音、がんがん流してた。 

 だいたいそんなカンジでいいんだろ? 」

「 ありがとう!  ・・・すごく  すごく 嬉しい! 」

「 あ は ・・・ ぼくも ウレシイや ・・・ 」

 ・・・ きみの満開の笑顔が見られて・・・と ジョーはこっそり付け加える。

「 え? 」

「 あ〜 ・・・ うん、 あの頑張ってるきみに エール!ってさ。 」

「 まあ ・・・ Merci ・・・ 」

「 ?  う わぁ〜〜〜お ♪ 」

ちゅ・・・っとキスが降ってきた!  ― ほっぺた だったけど。 

その日から フランソワーズのレッスンが始まった。

 

 

 

「 ・・・ ここ? 」

「 え〜と・・・?  うん、 ここだ ここだ。 ネットで調べたんだよ。

 バレエ用品・衣裳の店 さ。 」

「 なんだか ・・・ デコレーション・ケーキみたいなお店ね? 」

「 あは・・・ そんなカンジ。 オンナノコ好みだな〜〜 」

数日後 ジョーとフランソワーズはモトマチにある店の前で 固まっていた。

真っ白な壁はデコラティブに装飾され、窓枠は金ぴかぴか・・・

大きなショーウィンドウにはひらひら ふわふわした服やら 露出過多気味な水着 が

飾ってある。 ( ・・・ これはジョーの視点♪ )

「 あ の ・・・ ぼく、ここで待ってる ・・・ 」

店の入り口のすぐ脇にちょっとしたスペースがあり 人待ち顔の男性が2〜3人、座っていた。

「 いいの?  じゃ ・・・ 急いで買ってくるわね。 」

「 ゆっくり見ておいでよ? ぼくのこと、気にしないで。 」

「 ・・・ ありがとう! 」

フランソワーズはきらきらした瞳でジョーをみつめると 店の奥に入っていった。

 

ギルモア博士に ロフト使用の件に始まって、フランソワーズの希望もジョーは一気に話した。

珍しく饒舌な彼に 博士はしばらく目をぱちぱちさせていたが すぐに鷹揚に頷いた。

「 勿論 オッケーじゃよ。 いや もっと使いやすい風に改築したらいい。

 フランソワーズ、お前の稽古場にしなさい。 」

「 え・・・ そ そんな ・・・ 」

「 他にもいろいろ必要なものがあるじゃろう?  週末にでもヨコハマでそろえたらいい。

 ジョー、案内してやってくれるかい。 」

「 はい! 勿論ですよ〜〜  ちゃんとネットで検索しておきます! 」

「 ふふふ・・・頼むぞ。  そうそう それからな 今後この家の切り盛りは

 お前たちに任せるよ。 フランソワーズ、 主婦として仕切っておくれ。 」

「 ―  え ・・・ 」

「 やりたい事があったら ― 迷わずに進んでおくれ。 」

「 ・・・ 博士 ・・・!  ありがとうございます。 」

涙ぐんでいる彼女を見て ジョーは自分のことみたいに嬉しい。

その週末、 彼は張り切って彼女をエスコートしたわけなのだ。

 

 

ジョーはきんきらきん・・・な店の中を覗いたり 山を置いてあるパンフレットを見ていたので

そんなに退屈はしなかった。

30分くらいして 聞き慣れた足音が近づいてきた。

「 ― あ ・・・ 欲しいもの、買えた? 」

「 ・・・ ええ ・・・ 」

「 ?  どうしたの !? 」

ジョーは危うく声を上げるところだった。  彼女は ― 涙ぐんでいたのだ。

「 なにか ・・・ イヤなコトがあったのかい? 」

「 ・・・ あの ね。  あったの ・・・ まだあったの。

 わたしが 履いていたポアントが・・・ おなじマークの同じサイズのが ・・・ 」

「 ???? 」

彼にはまったく意味不明だったが どうやら彼女の涙は 熱い涙 らしかったので

ひとまず安心した。

「 ・・・ ごめんなさい。 もう平気よ。

 お待たせしました。 必要なものはちゃんと買えたわ。 」

「 そりゃよかった。  じゃ ・・・ もう いい? 」

「 ええ。  もっと練習したら。 また くるわ。 」

「 そっか。  あの ・・・ごめん、帰りにちょっと寄道、してもいいかなあ。 」

「 ええ 勿論。  今度はジョーの買い物に付き合うわ。

 メンズ・ショップ? それとも ・・・ スポーツ用品のお店? 」

「 ううん。  ― 本屋に寄りたいんだ。  ぼくの  進路を探す。 」

「 一番 大きな本屋に行きましょう。 」

「 ― ん。  ありがとう! 」

二人は自然に寄り添い ・・・ いつの間にか手を取り合って歩いていた。

 

 

 

 

「 ・・・ 全然ダメよ。 」

「 え? 」

「 こんな風じゃないの。  わたしの脚は 腕は 身体は ・・・ こんなんじゃなかったの! 」

「 フランソワーズ ・・・・ 」

「 ・・・・・・・・ 」

彼女は座り込んで しばらくタオルに顔を埋めていた。

ジョーはおろおろと見守っていることしかできない。

やがて ― 彼女はゴシゴシとタオルで顔をぬぐった。 そして幾分ぎくしゃく・・・立ち上がると

「 ・・・ 泣いてるヒマなんて ないのよ ね。 」

倉庫の < 稽古場 > に立ち、ジョーが設置してくれたバーを握った。

彼女はきゅっと口を結び、まっすぐ正面を見つめ 再びスタート・ラインに立つ。

 

        ―  ファースト・ポジション 

 

     わたし。 やくそくを 守るの。  わたし ―  踊りたいの!

 

 

Last updated : 07,31,2012.                back      /     index     /     next

 

 

********** またまた途中ですが。

フランちゃんはどうしたって絶対に・ バレリーナ なんです!!

巨乳のせくし〜・あいどる なんかじゃないんだ〜〜〜 ( 怒 )

・・・・ 続きます。