『 想い 想われ  − アナタの気持ち − 

 

 

 

 

シュ・・・ッ

圧縮空気の微かな音がして、次にガチャリと古典的な音とともにドアが開く。

ジョ−は 足音をことさら忍ばせて玄関に滑り込んだ。

 

こんな時は カギをガチャガチャやらなくても済むことがありがたい。

見かけは古風なマホガニ−製のドアだが実は堅固な個人識別機能付の電子ロックが

組み込まれていて、この邸の住人以外には開放されない。

 

 −  ふう。

 

・・・ヤバ!

ジョ−はあわてて自分の口を押さえた。

吹き抜けになっている玄関ポ−チは 小さな音も思いのほかはっきりと響く。

周囲がし・・・んとしたこんな時間には なおさらである。

 

常夜灯のなげるぼんやりとした明かりのもとで、ジョ−はしばし身を固くしていた。

邸の中からは 物音ひとつしない。

普段から静かな家だが老人と赤ん坊が留守なので、なおさら閑散としている。

ほっと一息、今度はお腹のなかに呑み込んで、 ジョ−は足音を忍ばせ階段を上っていった。

 

 

・・・ あ・・・あ。 なんだか・・・ バカみたいだなぁ・・・

 

一足昇るたびに ちがう溜息がジョ−の口から漏れる。

 

こそこそしている自分が 滑稽である。

だいたいこんな状態になる羽目となった 自分が情けない。

どうして あんなコト、言ったのだろう ・・・ 

なんだって あんな風な態度をしたのかな。

ほんとうに バカだよな。 つくづくイヤになるよ・・・

簡単なコトなのに。 子供にだってできるじゃないか。

犬だって・・・態度で示すのに。

 

なのに。

 

 − ・・・ ふう。

 

二階にたどり着いたとき、広いはずの階段は自分の溜息で満杯になっている・・・

みたいな気がしていた。

 

とん。

 

のろのろと ジョ−は最後の一段をあがった。

 

・・・ ごめん。 ぼくが わるかった ・・・

 

さっきから何回も口の中で練習していた言葉、

今はこんなにすらすらと言えそうなのに。

 

ほら、こんなに簡単に口を突いて出てきそうなのに。

 

なのに。

・・・なのに、 あの眼。 あの瞳を見ると・・・さ。

 

 

 − ・・・ ふう ・・・・

 

ジョ−はもう一度 ふかくふかく溜息を吐くと

重い足取りで 二階の廊下を歩いていった。

 

 

 

 

きっかけは ほんの些細なコト。

それきりだったら 何事もなく過ぎていったかもしれないのに。

 

小さなトゲが核になって まわりに散らばっていた不満の種を拾ってくっ付けて・・・

不機嫌の塊はどんどんと大きくなっていってしまったのだ。

 

気がついたときには

・・・どうにも 後戻りできなくなっていた。

 

言い募れば募るほど、口からこぼれるのは言い訳に屁理屈になってゆき

自分でも嫌気がさした。

気がつくとそれまでの言葉の応酬が 途切れていて

いつの間にか自分の声だけが響いていた。

 

大きな瞳が じっと。 

ただじっと 自分を見つめていた。

 

空を 海を映し 取り込んで輝いているその瞳は、いま

まじまじと見開かれ、 ただ 哀しみの影だけを宿していた。

ほら。

また、あの眼だよ。 あの瞳が・・・ぼくをちょっとヘンにする。

 

 

 − ・・・ごめん ・・・ ぼくがわるかった 

 

やっと口の端まで でかかった言葉はその瞳の前にまたまた凍り付いてしまった。

自分が悪いのは イヤというほどわかっている。

なのに。

身体の中心から なにか甘酸っぱい凶暴な衝撃がむくむくと湧き上がってきた。

ダメだ・・・ 爆発しそうだ・・・!

思っているのと全然ちがうコトバが 勝手に口からこぼれ出てしまう。

 

「 ・・・ 泣いたって ダメだぞ ! 」

 

ジョ−を見つめる瞳は ますます大きく見開かれ・・・

 

・・・あ、ヤバ。 今に ほら、きっと・・・・

 

透明なヴェ−ルが大きな青い瞳を覆って そう、ちょうどあの海みたく波打って

それで それで

ぱちん・・・ってカンジにはじけて ・・・ きらきらガラスの欠片が散るんだ。

 

内心、首をすくめる気分で、でも現実にはかっちん・・・と固まったまま

ジョ−は フランソワ−ズと向き合って立ち尽くしていた。

 

「 ・・・・・ 」

大きな瞳は そのまま、だった。

ガラスの滴はこぼれることもなく、彼女は表情も変えなかった。

ただ

もっと大きく見開かれた瞳を ゆっくりと瞬きさせると、黙ってジョ−に背をむけた。

 

 − ・・・・ フ、フラン・・・・??

 

思いもかけなかった彼女の態度に ジョ−はますます足が、腕が、声が ・・・凍りつく。

置物みたいに突っ立ったまま ジョ−は ただじっと・・・

 

すっと伸びた背中が かすかに揺れる亜麻色の髪が

格好のよい脚が 静かに自分から離れてゆくのを 呆然と見送っていた。

 

 − ・・・・・・・・・ !!

 

ちくしょう・・・っと口にだすのも イヤだった。

なんで あんな口争いをしたのか・・・・

 

自己嫌悪とともに情けなさでいっぱいのまま、ジョ−は乱暴にドアをあけると

外に飛び出していった。

 

 

 

 

 ・・・・ ぁ ・・・・ ああ ・・・・

 

座り込んでいた砂地に ジョ−は伸びをしたついでそのまま仰向けに倒れこんだ。

放り出した右手に バイクの前輪が触れた。

 

ギルモア邸を飛び出して。

しばらくはむちゃくちゃな気分のまま、当ても無くバイクを転がしてみたものの、

結局は いつもの浜辺に舞い戻り、こうして・・・ 海を見つめている。

海に怒鳴って 石を投げる・・・ のはさすがに気恥ずかしかった。

 

・・・なんで、かなあ。

そう。 ・・・あの目、あの瞳なんだ。 あれが・・・ ぼくをいつも。

 

星空を見上げて、でも目裏に浮かぶのは彼女の白い顔と大きく見開かれた ・・・ 瞳。

その瞳には いつもいつも溢れそうな・・・何かの陰があった。

それに気がつく度に ジョ−はなぜか傲然と無視をした。

そうすることで、いや、そうしなければ 内側から突き上げてくる熱い衝撃に負けてしまいそうだったから。

 

・・・ このまま。

きみを 抱きすくめて息もとまるくらい深く強く口付けをして。

すべてを剥ぎ取って 

あの白い柔らかな胸を乱暴に弄んで吸い付いて

そして ・・・

 

ああ・・ ああああ・・・・!!

勝手に思い描いて勝手に熱くなって・・・ ヤバいよ。

ホントに バカみたいだ・・・

 

とんでもない時に とんでもないインパクトを感じてしまって 

このところ、みんなの団欒の時など 突如、座を外すこともしばしばである。

 

きみの目が、いけないんだ・・・

 

あのコとドライブから帰ってきた夜も ・・・ きみはだまってぼくを見つめただけだった。

ぼくは きみの視線をたっぷりと背中に感じたまま・・・あのコの肩を抱いた。

・・・ きみは 黙ったままだった。

 

ぼくを頼ってくるあのコの手を握り締め、そっとその身体を抱いたときも ・・・ きみは見つめていた。

きみの目から きみの口から 怒りの、嫉妬の印がみえるかと思ったのに

・・・ きみは 身じろぎもしなかった。

 

握り締めた拳が 石にがつん・・・と当たった。

身体を起こしざま、手にとって思いっきり遠くにぶん投げた。

 

 ・・・ どぼん ・・・

 

かなり遠くで ・・・ かなり間の抜けた音がしただけだった。

 

 

 − ・・・・ ふ ぅ ・・・・

 

ジョ−はのろのろと立ち上がり、砂をはらった。

いつも 黙って待っていてくれる愛用のバイクをゆっくりと引きだした。

 

夜の砂浜に 轍の跡とすこし引き摺りきみのスニ−カ−の跡だけが記されていった。

 

 

 

木立の葉擦れの音と波の音だけが 廊下に響く。

淡い影を投げている常夜灯のもと、ジョ−はやっと自分の部屋の戸口に立った。

ふたつ先の筋向いのドアに 目が張り付いてしまう。

 

・・・きみの、休む部屋。

夜中に じっとソノ前に佇んで こそ・・・っとドアノブに手をかけて

きしり・・・と音がする腰板に耳をへばりつけて

白く筋立つほど 握り締めた拳を もっときつくにぎって

 

・・・ やっぱり引き返してしまった数々の 夜。

 

きみは 知ってる・・・? いや、そんなはずない、そんなわけない。

だって。

きみはいつも。 見つめているだけ、たちどまっているだけ。

きみの瞳は きっとぼくのことなんか通り過ぎているんだ、そうに決まってる。

きみが嫌いだ、といった能力 ( ちから ) よりももっと鋭い一瞥で

きみは ぼくを突き通して ・・・ 無視してゆくんだよね。

 

もう溜息をつく気力もなく ジョ−はもたれかかるようにして自室のドアを開けた。

 

 

・・・あれ。

 

一瞬、灯りをつけっ放しだったか・・・と思った。

それほどに 彼の部屋はしらじらと明るかったのだ。

窓際で カ−テンが揺れている。

 

 − ・・・なんだ、月か。

 

ふん、と小さく嘯いて ・・・ もうなんでも、どうでもいいや、とばかりに

乱暴にベッドに身を投げた。

 

 

ごき・・・★

 

「「 いってぇ 〜〜 っ !! 」」

同時に悲鳴が ほぼ同じ場所から響いた。

 

あわててめくったベッド・カバ−の下から つるり、とはげ頭が覗いた。

「 ・・・ グレ−ト !! 」

「 おお 痛ぇ ・・・ よう、お帰り、my boy ・・・ 」

 

「 な、ななな なんだって ココにいるんだよぉ〜 」

「 ・・・ 海に向かって吼えてきたかい。 ようやっとご帰還か。 ・・・いてて・・・ 」

どこまで続くかわからない、はげあがりの額をさすってグレ−トがにやり、と笑った。

「 どうだっていいだろ! なんで、ぼくのベッドに寝てるのさ! 」

反射的に自分のベッドから飛び退いて ジョ−はまったく読めない状況に途方にくれていた。

 

「 だから。 お前のご帰還を待ってたのさ。 ちょいと居眠っちまっただけだ・・・」

お〜いて・・・としかめっ面で グレ−トはジョ−のベッドに起き上がった。

「 我輩としては。 えらい損害だぞ? 気に入りの寝酒ばかりか取っておきの秘蔵酒まで・・・

 とにかく、この責任はお前サンにとってもらうからな。 」

「 せ、責任・・・? 」

「 そうさ。 タネを蒔いたのはお前なんだから。 」

「 ・・・ た、たたたた タネ ??? 」

なにやら、赤面している<少年>に ふん、と一瞥をくれるとグレ−トは

階下へ向かって 顎をしゃくっみせた。

「 あのな、boy。 キッチンへ行って・・・・ 事態を円く治めてこいよ?

 身に覚えありって赤くなる前にな。 」

「 キッチン ??? 」

「 お〜お。 ここにオウムが一羽いるわな? ・・・我輩はもう寝る! 」

それじゃな、と一言、 ばさり、と毛布を引っかぶるとグレ−トはジョ−のベッドに

再びもぐりこんでしまった。

 

・・・な、なんなんだ 〜 ???

 

 

 

 

キッチンには ひとつだけ灯りがついていた。

 

そう・・・っと細目にあけたドアの隙間からは 後姿がみえた。

ひろいキッチンに ぽつん、と座っているその背はとても頼りなくて・・・寂しそうだった。

薄い肩にかかる亜麻色の髪が 微かに揺れる。

 

・・・ 泣いて ・・・ いるのかな。

 

足音を忍ばせたつもりだったが 一歩踏み入れたときに

彼女は ゆっくりと振り向いた。

白い頬に涙の跡は ・・・ なかった。

いつものように 大きな眼、湿り気を帯びた瞳がじっとジョ−に注がれた。

 

「 ・・・ やあ。 ・・・ あの ・・・ ノドが乾いたなって ・・・ 」

「 ・・・ ジョ− 。」

「 うん? なに・・・ フランソワ−ズ? 」

 

あの目だ!・・・と思った瞬間、ジョ−の内部( なか )に火がついた。

 

・・・ 頼む! ナンか、言ってくれ! きみに黙ってみつめられると・・・

 

何気ない足取りでキッチンを横切りつつ、ジョ−は必死で足の震えを押さえていた。

のんびり、ふらり・・・ と。  ハナ唄まじりに・・・

そんな風をよそおって ・・・実際は冷たい汗の粒がジョ−の背中をころころと伝い落ちる。

 

「 ・・・ わたしにも・・・お水を一杯いただける・・・? 」

「 え?え・・・?? え、ああ、水! うん、え〜っと・・・ あ、ああ あった! 」

ひっそり話しかけてきた彼女の声が ジョ−のこころにぴんぴん響く。

 

そうなんだよな、こんな可愛いい・細い声なんだよ。

この声が ぼくの名を呼んでくれるだけで・・・本当に最高なんだ。

・・・ごめん、本当にゴメン。 ぼくが悪かった。

よし、これで大丈夫。 さあ、言うぞ、今度こそ今夜こそ今こそ・・・・!

 

「 はい、水。 ペリエじゃなくて残念だけど・・・ 」

 

気取ったつもりなのに、指はこわばり、声は上ずって足元はぎくしゃくと。

ジョ−はミネラル・ウォ−タ−のグラスをフランソワ−ズの前においた。

 

「 ・・・あの、さ。 あの・・・ フランソワ−ズ・・・あ〜 ・・・ 」

「 ・・・だって。」

「 あ・・・ぼくが ・・・。 ?? ・・・ はい? 」

「 だって。 ジョ−・・・あなた・・・ 」

唐突に 彼女が口を切った。

ジョ−と向き合ってすわったまま、その視線は眼の前のグラスにじっと注がれている。

フランソワ−ズは 穏やかな口調で 静かなト−ンで

・・・ 暗記していた長い長いセリフを唱えるがごとく、話だした。

 

 

だって。

わたし。 見てることしか・・・できなかったもの。

口に出したら ・・・ どんどん どんどん イヤなオンナになって

これ以上あなたに嫌われたら ・・・ わたし。

 

だから。

だまってたのに。 ガマンしてたのに・・・。 

 

ジョ−。

あなたって ひどい。

わたしが 見ているのを知っていて、わたしが こころの中でさけんでいるが聞こえるくせに

 

・・・あなたは 振り向かない。

あなたは 微笑むのよ、他のオンナノコに・・・

 

ジョ−。

あなたって ひどいわ!

わたしが ここにいるのわかってて、 わたしが 待っているのを知っていて

 

・・・あなたは 背をむける。

あなたは 違うオンナノコの 肩を背を ・・・ 身体を抱くのよ。

 

 

・・・ はあ。

一息つくと、彼女はグラスを持ち上げ静かに水を口にふくんだ。

すこし紅潮した頬が なんとも愛らしい。

 

 

 − ・・・ いつも ・・・ ガマンしてたのかぁ ・・・

 

堰を切ったように 言葉を繋ぐフランソワ−ズを ジョ−はたまらく愛しいとおもった。

驚きよりも 労わりの気持ちで一杯の自分に、実は少々意外に思いながらも、

彼は なんだかひどく満足していた。

 

 − そうか ・・・ そうなんだ。 こんなに ぼくのコト・・・

 

じ・・・んと身体がしびれ、熱い塊がこみ上げて それはそのまま彼に火をつけた。

 

ようし。 今夜は、今夜こそ。 ・・・ このまま 突っ走る!!

 

盛り上がった気分を押し殺しつつ、ジョ−はこそり、と話しかけた。

「 ・・・ あ ・・・ あの。 ごめん。 フラン、きみがそんなに ・・・ ぼくの コト ・・・」

 

「 ・・・ え?」

「 だから、その。 そんなに想ってくれてた、なんて・・・ 」

ジョ−は なんだかいつになく力が満ち溢れて来、(たような気がして ・・ )

フランソワ−ズの隣にゆっくりと腰をおろした。

 

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」

細い彼女の腰に腕をまわし、頬に手を当てた時 ・・・

 

 

 

トン、と黒褐色のビンが音をたててテ−ブルに置かれた。

 

「 ・・・な ・・・? 」

 

きゅぽ・・・っと軽い音とともに白い手がフタをねじった。

 

・・・ とくとく ・・ とく ・・ とく・・・

 

琥珀色の液体が 目の前のグラスに満たされてゆく。

ジョ−の視線は 彼女の顔をはずれ、なみなみと注がれたグラスにむけられた。

 

「 ・・・ どけて。 邪魔。」

 

頬にかかるジョ−の手を邪険に振り払うと、薔薇色の唇にグラスが当てられた。

 

 ・・・ くっ ・・・・

 

白いのどが仰け反って グラスの中味はあっというまに消えていった。

とくとく ・・・ とく ・・・ とく ・・・

リズミカルな音とともに、再びグラスはいっぱいになった。

細い指が しなやかにグラスを持ち上げる。

そして 唇にむかって・・・・

 

 

「 ・・・あの、さ・・・ もう、そのくらいにした方が ・・・ 」

「 ・・・・・・・ ね っ! 」

「 ・・・え? なに? 」

 

「 う ・ る ・ さ ・ い ・ わ ・ ね っていったのよ、坊や? 」

 

「 ぼ、 坊や ・・・?」

 

口元まで持っていかれていたグラスは しずかに彼女の前にもどされた。

そして。

くるり・・・と腰をずらすと、フランソワ−ズはジョ−とかっきり向き合った。

 

 − ・・・・ わっ・・・! な、なななんだ、 急に ??

 

思わず腰を引きかけたジョ−を 彼女は真正面から見据えた。

それから。

ゆっくりと。 とてもゆっくりとやや低めの声で話しはじめた。

 

 

黙って見守っていれば・・・ いい気になって。

見て見ぬフリをしてたのに。 またか、って目を瞑っていたのに。

 

妙なメカを造った教授のムスメやら 廃墟でひろったオンナロボットやら

敵方のオンナに説教までしたり いい気になって旅先で夜這いかけられたり

地底人のムスメにやたら親切だったり ・・・・ ほんとに。

 

何回 同じコト繰り返せば気がすむの??

 

 

「 ・・・ あの ・・・ き、急に・・・どうした・・の? 」

がっちりとその瞳に捕らえられ、固まったまま かろうじてジョ−は口を開いた。

 

 

どうした、ですって?

・・・ どうもしません。 <ぼくたちはべつに ・・・ >って 

いつもジョ−がおっしゃる通りですわ。 ええ、どうもしませんわよ。

 

一瞬、言葉をとぎらせると彼女はグラスを取り上げた。

・・・ こく ・・・ こくこくこく ・・・

琥珀色の液体は するするすると彼女の白いのどに消えていった。

 

 

ごめん、ですって・・・?

ふん。 なにを今更。

 

覚めた振りしてほんとは甘チャンだから上手く利用されて大怪我までして。

可愛いコ、頼ってくるコにすぐに甘い顔するからワガママお姫様に引き摺られて。

はるばる星の彼方にいってまで ・・・ 迫られて!!

 

それも・これも。 どれも・あれも。 

みんな、みんな、全部。 ぜ〜んぶ ・・・・ !!

 

 

タン、と音をたててグラスがテ−ブルに置かれた。

その時、なぜかジョ−は反射的に目の前にあったボトルを取り上げると

・・・ 彼女のグラスを満たしていた。

 

「 ・・・ あら。 ありがと。  へえ? 珍しく気が利くじゃない、ぼうや。 」

「 ・・・あ ・・・ の ・・・ 」

青い瞳は炎と燃え、薔薇色の唇は次の攻撃を準備中のようである。

「 眠れないって言ったらグレ−トが自分の寝酒を分けてくれたんだけど。

 なに、あれ? イギリス人はやっぱり味覚オンチよね〜 悪酔いしそうよ。 」

「 ・・・ はあ。 」

「 飲み明かそう、なんて言うから少しは期待したんだけど。 あは! 秘蔵酒が聞いて

 呆れるわ〜。 わたしが飲み干したら、別のを取ってくるって行ったきり・・・ 」

ぱさり、とフランソワ−ズは煩そうに亜麻色の髪を肩に放った。

「 あ・・・ 暑い! 」

「 ( ・・・ うわっ ・・・ !) 」

ぱふぱふとネグリジェの襟元を扇いだ拍子に 胸元のボタンが弾けとんだ。

 

「 ジョ− ? 」

「 ・・・ は、はい? 」

「 いっぺん、はっきりしときたいんだけど。 」

「 は・・・? 」

「 ・・・ あら? 」

手元のボトルを目の前にかざして、フランソワ−ズは眉を顰めた。

「 ・・・ なぁに・・・・ もう、空? 」

「 そ、それじゃ・・・ ぼくが他のを持ってく・・・ 」

「 いいから! 」

これ幸い、と腰を浮かしかけたジョ−のシャツの裾を フランソワ−ズはぐい、と引いた。

 

 − ・・・ うわっ!

 

不意打ちをくらったジョ−は そのままバランスを崩し・・・着地してしまった。

・・・ なにやら、やけに柔らかいぞ・・・?

 

 − ・・・ うわっ わわわっ!!

 

<柔らかい>はずである、そこはフランソワ−ズの膝の上。

あせったジョ−は抜け出そうと必死でもがくが どうにもならない。

 

「 ・・・ちょっとぉ・・・ っとに重たいヒトねえ・・・ 」

「 わ・・・わわわ あの、ご、ごめん ・・・ 」

どん、と背中を押されて ジョ−はようやく地に足がついた。

 

「 ・・・ ふん。 さあ、ゆっくりあなたの言い分を聞かせて頂きたいわ。 」

「 ・・・ い、言い分・・? 」

「 そうよ。 ・・・ああ、ちょっと! その棚の奥をさぐって!

 そう, その調味料のストックの後ろ。 ・・・・ ほうら、あるでしょう? 」

 

もじもじしてるジョ−のシャツの端を しっかりと握り締めたまま、

フランソワ−ズは 調理台の下のキャビネを指差した。

 

・・・ シャツが伸びちゃうよ・・・ 

 

不自由な姿勢で、ジョ−は精一杯手を伸ばして キャビネの奥をさぐった。

醤油やら味醂のペットボトルの奥に すべすべした手触りがあった。

 

ジョ−は取り出した深いモ−ゼル色のボトルにちら、と眼を走らせる。

 

・・・ ごめん、アルベルト・・・! 

 

「 貸して。 ・・・やっぱりね。 」

つかんでいたジョ−のシャツで フランソワ−ズはそのボトルを丁寧に拭った。

キッチンの明かりの下、濃い影をおとすボトルは ・・・ とても美しかった。

重厚なボトルに 華奢な指が静かに絡まる。

 

 ・・・ きゅぽん ・・・

 

あっという間に そのボトルは乙女の前に降参してしまった。

 

「 わたしを誰だとおもっているの? 003、よ?

 ふん。 

 なんだって・・・ 内緒のアヴァンチュ−ルだって 秘蔵酒の隠匿場所だって 

 ・・・ すべて お見通しなのよ! 」

 

いい? と大きな潤んだ瞳がジョ−をじっと見据えた。

なにが<いい>のかさっぱり見当がつかなかったが ジョ−は反射的にこくこくと頷いた。

 

「 ほんとに。 みんな・・・・ ヒトが黙っていれば いい気になって・・・!! 」

 

ジョ−! 

 

タン、とグラスがジョ−の前に置かれた。

ジョ−は じっと空っぽのグラスを見つめた。

いや、グラスを通して その向こうに優雅に座っている淑女をじっと 見た。

 

 

 

・・・ もしかしたら。 いや、確実に。

自分の人生で 最大にして最強の<相手>は・・・

BGでもNBGでもなく。 神の名をかたる得体の知れないモノでもなく。

 

この、目の前のたおやかな女性・・・なんじゃないだろうか。

 

ごくり、とジョ−は生唾を呑み込んだ。

こめかみを 冷たい汗が つ・・・・と滴りおちてゆく。

 

でも。

決めたんだ。

 ― このヒトと共に・・・生きてゆく。

 

手元のボトルを抱えなおし、ジョーは 深く・深く 息を吸った。

 

そうだ、そうなんだ。

あのコトバは この時のためにあったんだ。

そう ・・・

 

    ― あとは ・・・ 勇気だけだっ !

 

 

ジョ−は そっと。 ほんとうにそっと。 蚊のなく声よりも小さく。

もしかしたら口の中だけで・・・ そのコトバを唱えた。

そして。

 

とく ・・・ とくとくとく・・・

流麗な音をたてて、薄い琥珀色の液体が グラスに満ちていった。

 

 

 

翌朝。

がんがん響く重いアタマを抱えて、 そ・・・・っと キッチンを覗いたグレ−トが見たものは。

 

最強のサイボ−グ戦士・茶髪boyはあえなくうつ伏せに床に轟沈し。

その広い背に 

亜麻色の髪の乙女が いとも安らかな寝息たてつつ、大の字を描いていた。

 

 

「 ほほう・・・。 想い想われ 振り振られ、か。 なかなかいいム−ドですな、お二人さん。 」

ま、行く末は・・・神のみぞ知るってコトか・・・

 

グレ−トは苦笑して、再び足音を忍ばせて立ち去った。

 

 

*****    Fin.   *****

 

Last  updated: 09,27,2005.                        index

 

 

***   言い訳  ***

なんてコトないです、二人の本音?を言わせてみました?

平ジョ−かな〜 原作っぽいかもしれません。 

フランちゃ〜ん、少しはスッキリしましたか? 今度一緒に飲みません??