『 おかえりなさい 』
− おはよう、ジョ−。 よく、眠れた?
毎朝、彼の部屋をおとずれカ−テンをいきおい良くひいてから。
ちょっと どきどきしながら振り向いて とっておきの笑顔であなたに語りかけるの。
・・・もしかして、今朝こそあなたは目覚めるかもしれないって、朝ごとに期待して。
− ああ、お寝坊さんですものね、ジョ−。 いいのよ、今日も・・・いえ、今日は 眠ったままで。
今朝はね、とってもいいお天気なの。 窓を開けてもいいでしょう?
ほうら・・・。
風がすこし冷たいけど、ちょっと冬の香りがして来ない? お日様はきらきらしてるし。
いっしょに深呼吸しましょうよ。
− ん・・・んん・・・・ ね? いい気持ちでしょう ・・・
あなたの胸が 静かに、でも確実に上下しているんですもの、
それだけで わたし、シアワセよ。
だから。 ちょっとだけ、ちょっとだけ、ね? お・は・よ・う の キス!
宇宙( そら )の彼方での闘いから、あなた達が戻ってきてから
こうして 目覚ないあなたの側にいるようになってから
わたし、 時間を忘れたわ。 日にちを数えるを忘れたわ。
なにも考えないで、 あなただけを見詰めてきたの。
もしかして、 今朝は 今日は 明日は って、だけ思って。
もう一度、あなたのセピア色の瞳に会えるときのことだけを願って。
あとは 時間(とき)に任せるだけだって博士が おっしゃっていたもの。
いま わたしに出来ることは ただ信じて待つだけ。 ただ想いをこめて見守るだけ。
− でも。
ねえ、言っても・・・いい? 言葉にしても・・・いい? あなたに 尋ねても・・・いい?
口にするのが怖くって ずっとこころに閉じ込めていたの 気付かないフリをしていたの
あの、ね。
あなたの 身体はこうして こんなに傷つきながらも帰って来てくれたけれど。
− こころ、は。
あなたの こころも、ちゃんと帰ってきて・・・くれるの・・・?
わたしは 怖いの。
ジョ−、あなたが一日も早く目覚めることを こんなに望んでいるのに
その一方で − ひそかに、わたしのこころにさえナイショで −
あなたの目覚めを恐れている わたし、がいる。
あなたが もう一度目を開けた時、 あなたのこころも ちゃんと戻ってきてくれている・・・?
あなたは 傷ついた身体が癒えてからも ずっとわたしの側にいてくれる・・・?
あなたは そのこころまでも 焼き尽くされてしまっているかもしれない、 あの 遠い空間で。
あなたは また 行ってしまうかもしれない、 また、あの微笑をのこして。
だったら。
わたし・・・・・ このままで いい、かもしれない・・・・
こんな あなたを独占できることに奇妙な満足すら感じているのよ。
− おはよう、ジョ−。 よく、眠れた?
毎朝、彼の部屋を訪れてすぐにはベッドの側によれなくて。
期待と怖れでごちゃごちゃになった想いをかかえたまま そっとあなたに語りかけるの。
・・・いいのよ、ジョ−。 そのままで、 わたしの側に居てくれるだけで。
だから。 穏やかに眠るあなたから
もう一度 そっとキスを盗むわ、 ゆっくりあなたの 唇を味わうの。
・・・・あなたの におい。
わたしだけに分かる ジョ−、あなたの味で くらくらしてしまう。
ねえ、目覚めを願ってキスするのは 王子サマの方じゃなかった?
今、我が家の <寝ぼすけ王子様>は あなたね、ジョ−。
ねえ、どんなに長い時をへだてても、 王子と姫は巡り会うのよね?
そして。【 ふたりはいつまでもシアワセにくらしました。 】
だから。 そうっと言わせてね、これは二人だけのヒミツなの。 ナイショ話なの。
− おかえりなさい、 ジョ−。 ア・イ・シ・テ・ル
***************
「 ・・・おや? ジョ−はどうしたね。 」
「 あら・・・ え、ええ、きっとまた下の海岸へでも散歩に行ったんでしょう・・・ 」
博士の問いにフランソワ−ズはちょっとぎこちなく答えた。
「 なにか あったのかね。 うん? 」
「 え、いいえ。 なにも・・・ 」
生気のない頬に フランソワ−ズはすこし微笑をうかべたがすぐに目をそらせてしまった。
− ええ・・・。 ほんとうに 何も 無いんです。 なにも 言ってはくれないんです・・・
こっそり漏らした溜め息は 閉め切った部屋のすみに重く澱んだ。
宇宙( そら )での闘いから半死半生で帰還し、かなりの時を経てその身体のひどい傷が癒えてから
ジョ−はなぜか仲間たちから一歩も二歩も 離れて 引いて いた。
ひとり 屋敷をぬけだして 海岸にいつまでもぼんやり座っていたり。
突然 激しいトレ−ニングを試みてみたり。
以前にも増して口の重くなってしまったジョ−に、フランソワ−ズは途方にくれた。
−どうしたの・・・ジョ−。
口元まで上ってきたその言葉を 幾度飲み込んだことだろう。
心配して彼の顔を覗き込むたびに フランソワ−ズは、はっとして口を噤み目を逸らせる。
− 彼の、ジョ−の瞳・・・! ああ・・・なんて・・。
それは相変わらず静かなセピア色のひかりを湛えてはいたけれど。
ジョ−はその奥に ひそかにある気持ちを封じ込めていた。
そんな彼の不安定なこころの揺蕩いを フランソワ−ズはカタチにならない不安として肌で感じ取っていた。
ひゅん・・・・・
白い石がまたひとつ 波の上を跳ねとんでいった。
温暖なこの地域でも 冬を迎えた海はきびしく取り澄ました表情をみせている。
栗色の髪の青年が投げる小石が 続々に小気味よく水面を切ってゆく。
− 僕はいったい・・・誰なんだ・・・!
近付いてくる軽い足音に ジョ−は相変わらず背をむけたままだった。
− 何に・・・怒っているの、 何があなたを そんなにも苛立たせているの。
じっと沖合いを見詰めている広い背中に フランソワ−ズはつとめて明るく問いかけた。
「 ・・・もうすぐ陽が沈むわ、 海風はきつくない? 」
「 ・・・・ 寒いって・・・感じられればいいのにね・・・・ 」
「 ジョ−・・?」
ジョ−の足元で濡れた砂が軋んだ。
「 寒くもないし、この風すらなんとも感じないんだ、冷え込んできているはずなのに。 」
「 それは・・・わたし達は 本当はこのくらいの寒さはなんともないはずでしょ、以前から。 」
「 違うんだ! ちがう ・・・・ 全然、違うんだ。 この身体の感覚すべてが。 前と・・・ 」
「 ちがう? 」
ジョ−はじっと食い入るように 自分の掌を見詰めていたが、突然あたまを抱え呻いた。
− 僕は。 ・・・いったい・・・ 誰なんだ! 本当に 島村 ジョ− なのか・・・?
「 僕は。 あの時、あの熱い大気圏の中で たしかにこの身体が燃えてゆくのを感じていた。
ああ、死ぬんだ・・・ってとてもはっきりとこの身体自身で 意識していたんだ。 」
「 お願い、ジョ−。 その話は・・・もう・・・・ 」
「 ・・・・ ごめん・・・・。 でも、聞いてほしいんだ、フランソワ−ズ、お願いだよ・・・
なにもかも終わったっていうとても奇妙な満足感にひたって 僕は・・目を閉じたんだ。
もう、二度と 目覚めることはないって ああ、これで眠れるんだって。 とても静かな気持ちだった・・。」
「 ・・・・・・ 」
「 それで。 次に目覚めたとき。 僕は以前と寸分も変わらぬ姿で ごく普通の朝のように
自分のベッドにいた・・・・。 きみが きみの優しい瞳が 側にあった。 」
「 そうでしょ、ジョ−。 もう一度 朝が来ただけなのよ。 ね? 」
自分の方こそが泣き出しそうな顔つきで フランソワ−ズはジョ−を見詰めていた。
「 そうだろうか・・・。
ほんとうに僕は < 島村 ジョ− > なのだろうか・・・・?
もしかして。 以前の記憶をすべて人工脳にインプットしたアンドロイドなんじゃないだろうか。
自分が怖くて。 自分がわからなくて。 どうしたら いいんだ、僕は・・・! 」
自分自身に、いや 海に 空に やり場のない憤りと不安を ジョ−は投げつけた。
それは・・・ ただ、そのまま 海原に 風のながれに のみこまれ 溶け込んでゆく。
夜の気配を濃く漂わせはじめた海風が フランソワ−ズのスカ−トを弄る。
フランソワ−ズは しゃがみこんでいるジョ−の脇にそっと腰をおろした。
そのまま、彼女は空との境界がさだかではなくなってきた海原に その視線をはしらせた。
黙っている二人に替わって、 波は次第にその賑わいを増してきた。
− あの、ね。 聞いて・・?
海風に長い髪をながして フランソワ−ズはぽつりと、でもはっきりと言った。
むすっと押し黙ったまま。
返事のかわりなのか、ジョ−は脚を投げ出すように砂の上に座る。
「 ほんとはね、ナイショ話だったんだけど。 」
フランソワ−ズは はためくスカ−トの裾を足許に巻き込んで少し笑った。
以前なら そんな彼女に見とれていたジョ−なのだが いまは姿勢も崩さない。
身体も こころも ぎりぎりと強張らせている彼に フランソワ−ズはつとめて自然に語りかけた。
− ちょっと。 恥ずかしいわ ・・・・ でも、 聞いてね?
あなたが目覚めるまで あなたを見守りながら わたしはとっても不安だったの。
あなたの こころも ちゃんと帰ってきてくれるのか、 また どこかへ行ってしまうのじゃないかって。
だったら、このままでいいわって・・・思ったりもしたわ。
でも、でもね。
− でも ・・・・ ?
言葉の途切れたフランソワ−ズに ジョ−はおどおどと視線を移した。
気付けば、 肩がふれる程のところにいた彼女は ふいにその身を彼へと向けた。
彼女のほそい指が 風に吹き遊ばれたくり色の髪を そっと梳いて行く。
− あ ・・・・・・
ひんやりと冷たく感じるその繊細な指は やがて静かにジョ−の頬に当てられた。
ねえ、 ジョ−、あなた。
あの、ね。
キスして。 抱きしめて。 愛してるって言って。 ・・・ わたしを 抱いて。
大丈夫、 ちゃんと知ってる、わかってる。 わたし、わたしだけが知っているのよ、ジョ−。
あなたは あなた。 島村 ジョ− 以外のなにものでもないわ。
あなたは 約束どおり、ちゃんとかえって来てくれたわ。
あなたは もとどおり、 わたしの傍に戻ってきてくれたわ。
他の誰が、 ええ、あなた自身さえもが なんと言おうと。 どう感じようと。
わたしには わかるのよ、ジョ−。 ちゃんと感じるのよ、ジョ−。
あなたは。 いつも ここに いるわ。
だから。 こころを込めてあなたに言うわね。
− おかえりなさい、 ジョ−。 愛しているわ。
空も海も。 その区別すら付き難くなった夜の海岸で。
ジョ−は 甘い香りただよう亜麻色の髪に顔をうずめて
自分は ここに帰ってきたのだ、と確実にその身体に こころに きざみ付けていた。
***** Fin. *****
Last updated: 9.28.2003.
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***** 後書き by ばちるど *****
原作では ほんの1-2コマでのジョ−のモノロ−グで済まされていた<ヨミ編後>。
フランソワ−ズ視点では多くの方が書いていらっしゃいますが、ジョ−はどう思って
いたのかな、と妄想してみました。