『 人形の夢 』      

 

 

研究所から帰り際に コズミ博士は見送りに出ていたフランソワ−ズに声をかけた。

「 おお、そうじゃ、ココにはお嬢さんがおったんじゃな。

フランソワ−ズ、良ければ明日、ウチへ来てくれんかね。出来れば運転手兼荷物もちを

連れてきてほしいがの。」

「 はい、それでは・・・午後にでも・・。 ジョ−、一緒に行ってくれる? 」

「 うん、いいよ。 きみは午前中レッスンだろ、僕も用事があるから直接コズミ博士のお宅で

 落ち合おう  」

車の内と外での そんな二人のやり取りをコズミ博士は楽しそうにながめていた。

 

「 コレなんじゃが。 どうかね、フランソワ−ズ、貰ってくれんかね? 」

「 ・・・・・これを・・・貰ってって、そんな・・・ ! 」

翌日、コズミ邸の和室でフランソワ−ズは目を見張り絶句してしまった。

座敷いっぱいに積まれた大小様々な古い木箱。 ひとつだけ開けられたその上には

優雅な一対の男雛と女雛が並んでいた。

「 死んだ婆さんが嫁入りの時、持って来たものでの。 もう、何年も仕舞いっぱなし

 じゃったんだが・・・。 きみが貰ってくれれば アレも喜ぶじゃろ。 」

「 そんな、大切なもの、頂けませんわ。 ・・・こうして拝見させて頂いただけで・・・

 もう充分です。 ほんとうに・・・素晴らしいですね・・・日本のアンティ−ク・ド−ル・・・」

「 ほっほっ・・・アンティ−ク・ド−ル、とな・・。 雛人形は飾ってやらんとなあ、可哀想じゃし。

 コレもなにかの縁じゃと思って・・・貰ってやっておくれ、フランソワ−ズ? 」

「 ・・・博士が折角、ああ仰ってくださるんだから・・・戴いたら・・・? 」

紅潮した頬で困った様に振り返った彼女に、ジョ−は取り成すようにうなずいた。

「 ・・・ほんとうに・・・宜しいんでしょうか・・・ とても、とても、嬉しいんですけど・・・!」

「 おお、おお、ありがとう。 今年の雛祭りには久方ぶりで全員お目見えじゃなあ。 」

一番嬉しそうなのはコズミ博士だったのかもしれない。

 

「 え〜と・・・一番上にカップルでしょう・・? この金色のパネルはどうするの? 」

「 それは、屏風。 お内裏様とお雛様の後ろに置くんだ。 」

「 おだいりさま と おひなさま・・?」

「 そう。 きみ流にいうそのカップルの<公式名称>さ。 」

「 ふう〜ん・・・ 」

リビングのそこかしこに数々の木箱を広げ、フランソワ−ズは古式ゆかしい雛壇つくりに夢中になった。

ジョ−に雛段を組み立ててもらい 説明の図柄たよりにひとつひとつ 雛人形を飾っていく。

「 ビスク・ド−ルともちがうし・・・。 お衣装が素晴らしいわ・・・。 みんな大人の人達ばかりなのねえ。」

「 うん、そうだね、普通のお人形、というのとはちょっと違うかも。 僕もこんな立派な雛人形を見たのは

 初めてだよ。」

「 ジョ−も、持っていたの・・・?」

「 あは、雛祭りは女の子のお祭りだよ。 でもね、僕のいた教会にも寄贈品で雛人形があったんだ。

 こんな立派なものじゃなかったけれど、毎年みんなで飾ったなあ・・・。 もっとも僕ら、悪ガキどもは

 人形の刀とか道具類を持ち出しては神父様に叱られてたけどね。 」

「 女の子のお祭りなんて、ステキね! 日本の女の子はみんなこうゆうお人形を持っているの? 」

「 さあ・・・みんなってワケじゃないだろうけど。 雛祭りは女の子の健やかな成長を祈るお祭りだから。 

 コズミ博士の奥さんも子供のころから持っていたんだろうね、きっと。 」

「 わしにはよくわからんが。 多分、コズミ君の奥方が親御さんの代から受け継いできたモノじゃあないかな。」

ギルモア博士は 古めかしい木箱に書かれたほとんど消えかけている墨痕に目を留めていた。

「 まあ・・・ そんな、由緒あるものを戴いてしまって・・・本当によかったのかしら・・・」

「 コズミ君のたっての願いじゃもの、かまわんだろうよ。 」

「 そうなら・・・嬉しいですけど。 」

 

ああでもない、こうでもないと大騒ぎの結果、やっとギルモア邸のリビングには豪華な雛壇が出現した。

緋毛氈を敷いた段々に並ぶ不思議な人形たちと数々の凝ったミニチュアの道具類。

フランソワ−ズは溜め息をつき、しばし引き込まれるように眺めていた。

「 日本の旧いものには沢山の人々の想いが込められているのう・・。 この人形サンたちも何代にもわたって

 持ち主の女の子たちを見つめ続けてきたんじゃろうなあ・・ 」

息を詰めるようにして見とれているフランソワ−ズにギルモア博士が感慨深げに声をかけた。

「 見つめて・・・きた・・・? 」

「 幸せな少女時代や、夢みる乙女サンや・・・この人形たちも一緒に嫁入りすればそれなりの

 苦労も、なあ。 みんな 見てきたというわけじゃ。 」

「 ・・・・見てきた・・・ 」

一瞬の衝撃に喉が思わずひゅうっと鳴り、フランソワ−ズは息を詰め今し方とは全く違った想いに捕らわれた。

 

旧い由緒ある人形たち。 煌びやかに着飾ってじっと何年も何十年も見つめてきたのだろう、

儚く、つかの間賑わって去っていった人間たちの幸せを、そして不幸を。

 

じっと。見つめている。 ただ、見ているだけ。 

人形達は見続けている、その姿を、表情を変えることなく。 何年も、何十年も・・・

 

機能停止するその日まで姿・形の変わらない自分たち。

わたしもあなた達とおなじ・・・ただ・・みつめていく、だけ。人々の不幸も、苦しみも、涙も。 

なすすべもなく・・・見ているだけ、見つめているだけ、ただそれだけ・・・! 

    ワタシ コノ ノウリョク キライ

そんなで生きてるって言える・・? わたし、生きてるの・・・? わたし・・・なんのために、いるの・・

ねえ、あなた達なら解ってくれる? わたしって・・・なぜ、ここにいるの・・・

 

春まだ浅い日々、ふと眠りそびれてしまった深夜、

フランソワ−ズはショ−ルにくるまってリビングで過ごす時が増えていった。

カ−テンからわずかに漏れる月明かりに照らされて 旧い人形たちは昼間とは違った表情をみせる。

そうっと手を伸ばしフランソワ−ズは女官と思われる三人の中から立ち姿の人形を段から降ろす。

今迄慣れ親しんできた人形とは違う、切れ長の瞳に彼女は思わず話しかけていた。

 

− こんばんは。 きりっとした立ち姿がとてもステキよ。ずうっとそうやって過ごしてきたのね・・・

− こんばんは、綺麗な異国のお嬢さん。 ええ、そうよ、ずうっとね。

 そうして いろんな女の子を見てきたわ。 初めてのお節句はいつもご本人より親御さん達が喜んでるし。

 ちいさいまま、この一番下の段にも手が届かないうちに亡くなった子もいたわね。

− そう・・・。たくさんの人々を見てきたのね、沢山の慶びや・・・悲しみ・涙も。

 わたしも、ね。おんなじなの。 見てるだけ。ただ、見てるだけで・・・なんにも・・・出来ないのよ。

− ねえ・・・わたし達はみつめてるしかできないけど。 

 ちっちゃな子が大きくなってお輿入れにお供して、そうしてまた可愛いお嬢さんが生まれて・・・

 そんな、みんなのシアワセを、笑顔を、ずうっとみてるのもイイもの、よ?

 そりゃ・・・涙もあるけど。 わたし達を見て涙が少しでも乾けば、わたし達がそのナミダを少しでも

 受け取ることができれば、それもステキなこと。

− 何もできなくても・・? わたし、これで生きてるっていえる・・?

− もちろんよ、お嬢さん。 あなたは わたし達と違って微笑むことが出来るでしょう?

 あなたのステキな微笑みをもらってシアワセになる人がたくさんいるはずよ。

− わたしの ほほえみ・・?

− たとえ一人にでも、誰かにシアワセな気持ちをあげられれば、それは充分に貴女が

 「生きている」証だと思うわ。 

− 生きている証・・・

 

「 ・・・・また・・・見ているの・・? 」

「 ・・・!・・・ あ、あ・・・ジョ−・・・びっくりしたわ・・・」

突然、うしろから密やかな声が響きフランソワ−ズは飛び上がらんばかりに驚いた。

「 そんなに熱心に・・・引き込まれそうだよ? この前なんか徹夜するかと思った。 」

「 ・・・知ってたの? 」

「 うん・・・水、飲みに降りてきたりして・・何回か。 わ! ど、どうしたの?!」

黙ってジョ−を見詰めていたフランソワ−ズの瞳から ぽろぽろナミダが零れ落ちた。

「 ・・・ジョ−・・・わたし、わたしね、このお人形さんと同じ、おんなじなのよ・・・

 ずっと、ずうっと、見てるだけ。 ただ見てるだけ。 それだけで・・何にもできない・・・!

 いっそ そうよ、いっそ命なんかないお人形にでもなってしまった方が ずっと・・・マシよね 」

「 フランソワ−ズ・・・」

「 なんでわたし、生きてるのかしら。 なんで見えるの。 見えても、生きてても、なんにも出来ないのに 」

おおきく見開いた瞳から途切れることなく涙を零し、彼女はひっそりと呟いた。

その密やかさからは尚いっそう、彼女の哀しみの深さが伺われ、ジョ−はただ、息を呑んでいた。

「 ・・・ふふふ・・・こんなの・・生きてるって言える?って お人形さんに訊いていたの・・。

 あなた達と同じね、って。 ・・・クッシュン! 」

「 あ・・・ 寒いだろう? 真夜中にこんな恰好で・・・風邪ひくよ 」

彼女のちいさなクシャミに、ジョ−は慌ててその華奢な肩に腕を廻した。

「 ・・・ジョ−・・・ 」

「 きみは生きているじゃないか、ほら、こんなにあったかい。 きみは見ているだけじゃないよ、

見て、そして・・・微笑み返すことができるじゃないか。きみが微笑んでくれれば。僕にはそれが心の糧になるよ。 

うまく、言えないけど。 ・・・・僕は・・・きみがいてくれるだけで、嬉しいんだ・・・」

「 ・・・・・ 」

何も言えずにフランソワ−ズは自分の背を包み込んでいる腕にそっと頬を寄せた。 

「 ・・・あり・・がと・・・ 」

−誰かにシアワセな気持ちをあげられれば。 ・・・そう、ね。そうなのね・・・

先程とは違う、あたたかな涙がジョ−のパジャマの袖をぬらしていった。

 

「 あ、ね?・・・もう寝ようよ。 ホントに風邪ひいちゃうよ? 」

「 ウン・・・あ、このお人形、戻さなくちゃ・・・」

「 ああ、三人官女だね。 かして、僕がやるよ。 」

 

− お嬢さん。わたくしは貴女がうらやましいわ。

「 ・・え・・? 」

雛人形を直すジョ−を見ていたフランソワ−ズに ふっと優雅な細い声が降ってきた。

− 貴女を大切に想う方と向き合えるのですもの。 わたくし達はずっと並んでいるでしょう?

 向き合って、見詰め合えるあなた達がうらやましいわ。

− あなたは。 どなたですか・・・? さっきの方とは違うお声ですね・・?

− わたくし。 背の君と一番上に座っておりますのよ。 わたくし達、これからは貴女のしあわせを

 見つめてゆきますわ。 どうぞ、よろしくね、お嬢さん。

 

「 ほら、これでいいだろ。 ね? 」

雛壇から離れ、ジョ−はフランソワ−ズの顔を覗き込むように尋ねた。

「 ・・・あ、そうね・・どうもありがとう・・・。 あ、ちょっと待って・・・・」

ちょっと不思議そうな彼と替わって、今度はフランソワ−ズが背伸びして雛壇のいちばん上に

手をのばした。

「 ?? あれ・・なんで? 正面からキレイに見えないよ? 」

「 いいの。 だって・・・こうして欲しいって。 カップルなんですもの、たまには、ね? 」

「 ふうん・・・女の子って面白いコト、考えるんだねえ・・」

金の屏風の前で向き合ったお内裏様とお雛様を ジョ−は面白そうにながめた。

 

わたしも アナタとむきあってゆきたい・・・

ジョ−、あなたがいてくれれば・・・わたしも、また微笑むことができる、わ。

 

底冷えのする深夜のリビングで、でも、ほんのりあたたかな空気が寄り添う二人を取り巻いていた。

 

 

雛祭りの翌朝。

フランソワ−ズが、リビングに降りてくると珍しくも早起きしたジョ−が一生懸命雛人形を仕舞っている。

「 あら・・・、もう少し飾って置きましょうよ? 」

「 だめだよ。 雛祭り終わったらすぐに片付けなくちゃいけないんだ。」

「 そういうものなの? 日本の風習なの?」

「 ウン・・・」 

−早く片付けないとお嫁にゆくのが遅くなる、なんて言えない・・・よな・・ウン、絶対、言えないよ。

「 ??? 」

ことさら髪で顔を隠すように俯き、黙々と雛人形を仕舞ってゆくジョ−の少し赤くなった横顔を

フランソワ−ズは不思議そうにながめていた。

 

   *** FIN ***

 

後書き by ばちるど

 

<公園デヴュ−>作品です。 な〜んかLoveでもなんでもない風味になってしまいました。

いずれ・・ソノ夜、を加筆したいな、な〜んて・・・。本当は雛祭りに間に合わせたかったのですが、

39の日(三月九日)上梓となりました。

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