『 いつでもここに 』

 

 

 

 

 

 

ゆっくり・ゆっくり ・・・ 丁寧に。

音を聴きつつ カウントをとり  ―  そして 身体の芯をまとめ 脚をア・ラ・セゴンドに上げてゆく。

 

   1 ・・・ 2 ・・・ 3 ・・・

   焦っちゃだめ、フランソワ−ズ。  ゆっくりよ、同じペ−スで・・・

 

・・・く・・・!

一瞬、すべての気力を一点に集中し 片足のポアントで ・・・立つ。

身体の隅々にまで、そう指の先からポアントの先まで 意志とパワ−を通わせて。

でも 優雅に 軽く。  ふ・・・っと夜の闇に溶け込んでしまうように。

 

フランソワ−ズは、いや、亜麻色の髪のジゼルは優雅に舞い始めた。

 

『 ジゼル 』 第二幕の パ・ド・ドゥ

終盤で踊られるこのパ・ド・ドゥは体力的にも技術的にもかなりキツい。

そして その<気持ち>も。

愛の踊りなのだけれど、 ジゼル は 愛しいヒトを死に追いやる誘惑の舞をするのだ。

そして行き着く先は 永遠 ( とわ ) の別れ・・・

 

倒れている恋人を抱き起こし 踊りに誘ってゆく・・・・

 

   ・・・ ここで 大きくバランス・オフ ・・・ ああ〜〜お願い、もっと腕を緩めて・・・ あ・・!?

 

パンパンパン ・・・!!!

「 音、とめて。 」

大きく手が打ち鳴らされ 優美な音楽が ぷつ・・・っと途切れた。

 

墓地の前の小暗き森 ・・・ は あっと言う間にガランとしたスタジオに戻った。

 

「 ちょっとやめて。  ・・・ フランソワ−ズ。 ちゃんとDVDを観ましたか。 」

「 ・・・・ は ・・・はい  マダム。  観ました・・・ 」

「 そう。  あれは2年前の定期公演のDVDよ。  パリオペラ座版だけど。 」

「 ・・・ はい ・・・ 」

汗まみれのジゼルの側に やはり汗びっしょりのアルブレヒトがそっと寄り添った。

まだ二人とも息が荒い。

「 クラスでも注意してますよ?  ・・・ あなた、どうしてそんなに古臭い踊り方なの。

 最近は随分よくなったな、と思っていたのに。 今の最初のア−ムスなんて・・・

 前世紀の遺物的よ?   ・・・ ようく考えて。 もう一度きちんと自習してらっしゃい。 いいわね。 」

「 ・・・ はい ・・・  すみません ・・・ 」

「 タケシ? このお姫様によ〜く教えてやって。  今日はもういいから。 お疲れさま。 」

「 ・・・ あ ・・・・ 」

鏡の前の椅子から初老の女性がすっと立ち上がり そのままスタジオから出ていった。

「 あの ・・・・ MD,ここに置いておくわね。 」

MDプレイヤ−を操作していた女性が そっと声をかけた。

 

「 ・・・ あ ・・・ は、はい・・・ すみま・・・せん。 」

「 あんまり気にしないで? マダムが厳しいってことはそれだけアナタに期待しているのよ。 」

「 ・・・ は ・・・ 」

「 じゃあ ・・・ ね。 DVDは持っているのでしょ。 」

「 はい・・・ 」

「 よ〜く研究しておくことよ。 順番、覚えるだけじゃなくてね。 ・・・じゃあ・・・お疲れさま。 」

「 あ・・・・ ありがとうございました。 」

フランソワ−ズは慌てて その女性にアタマを下げた。

 

   ぽと・ぽと・ぽと・・・・

 

足元の床に水玉模様が散る ・・・ 汗と ・・・ そして 涙 ・・・

 

   わたし・・・ どう踊れば よかったの・・・ 

   ・・・ 古臭い ・・・ 古い ・・・ 古い踊り方  ・・・

   そうよ・・・! だって、わたしは。  ・・・ 40年も前の人間なんですもの。

   ・・・ いいえ ! 人間ですら・・・ない ・・・

 

「 ・・・ あ ? 」

ふわり、とアタマからタオルがかけられた。

「 風邪、ひくよ? ・・・ 汗 びっしょりじゃないか。 」

「 ・・・ タケシさん・・・  あの ・・・ごめんなさい ・・・わたしが・・・ 」

「 ほら・・・ なにか羽織った方がいいよ。 」

「 ・・・ あの! さっきのアラベスクで ・・・ 」

フランソワ−ズはさっと顔をあげると、タオルをかけたまま踊り始めた。 

「 ら〜〜らら・・・ってここ、ですけど。 わたしの位置、もっとはなれた方がサポ−ト、やり易いですか?

 それと、次のリフトに入るとき ・・・ 」

「 ストップ。  今日はさ、もう上がろうよ。 」

「 え? だって ・・・ 全然出来てないです、マダムもきちんと自習してって・・・ タケシさんに教えて

 もらえって・・・だから ・・・だから・・・ 」

「 うん、だから。 今日の自習はね、 一緒にお茶を飲みにゆくことだよ。 」

「 ・・・ え ?? 」

「 さあ! 5分 ・・・う〜ん・・・それじゃ無理だな、15分後に門の前、な。 」

「 ・・・ タケシさん ・・・ 」

「 ほらほら・・・ ちゃんと顔、洗っておいで? 美人が台無しだぞ。 

 たまには僕にだってこの素敵なパ−トナ−をエスコ−トさせてくれ。  じゃあ 15分後 〜 」

「 ・・・ あ・・・! 」

アルブレヒト は ぱちん、とウィンクを残し、さっさとスタジオから出ていってしまった。

「 あ、そうだ。 」

「 ・・・ え? 」

入り口のドアの前で 彼は不意足を止め振り返った。

「 僕はさ。 アルブレヒト じゃないから。 」

「 ・・・ え ・・・ ? 」

「 アルブレヒトじゃない。 ジゼルを放って逃げ出したりはしないよ。

 後からお墓の前で泣いて後悔する・・・なんて全然趣味じゃないから。 」

「 ・・・ は ・・・あ ・・・ 」

「 じゃね。 15分後だよ、15分!  僕、江戸っ子でさ〜気が短いんだぜ? 知ってるかい。 」

「 えどっこ・・・?? 」

「 ははは・・・ちゃんと説明するからさ。 ほんじゃ〜〜 」

「 ・・・ ア・・・・ 」 

 

誰も居なくなったスタジオの真ん中で 汗びっしょりのジゼルはしばらく呆然と突っ立ったままだった。

 

 

 

 

 

「 しえ〜〜〜 いい天気だぜ! 」

うわ〜〜〜っと赤毛ののっぽは大きく伸びをした。

ざわざわざわ・・・ 周囲を流れる人波がその流れを止め、一斉に彼を振り返る。

 

   ・・・ ヤベ〜〜 し、知らんフリ〜〜っと。

   しっかし。 な〜んて野次馬根性丸出しなのかね〜〜 ここのヤツらは!

 

赤毛の青年は首をすくめ、キャップを深くかぶりなおし・・・そそくさと人々の流れに紛れ込んだ。

すぐに人々の関心は薄れ、それぞれの方角に散っていった。

 

   ひえ〜〜 な〜んなんだよ?!  ったく意味不明なヤツらだよ!

   こ〜んなにいい天気だっつ〜のによ〜〜 

 

へ・・・!と今度は口の中で悪態をつき、ジェットは大人しく流れに沿って歩いていった。

 

そうなのだ、その日はすっきりと晴れ上がり名物の木枯らしがびゅ〜〜っと首都の街を

吹きぬける空模様になっていた。

ノッポの赤毛、 アメリカ生まれの青年は博士の再三の要請の後、 ようやっと来日した。

明日から始まる予定のメンテナンスを前に 彼はぶらぶらと首都の街を探訪していた。

 

   ふ〜〜〜ん ・・・ やけにちまちま・こせこせした街だなあ・・・

   ま、オレのトコよか 清潔なのは・・・認めるな。

 

おのぼりサンよろしく、地図を片手にぶらぶら歩く。

大きめなキャップに無理矢理赤毛を詰め込んではいるが、なにしろ長身とその容貌で 目立つ。

ちらちら振り返る視線に でも彼は陽気にウィンクしたり、に・・・っと笑ったり・・・人々の視線を楽しんでいた。

 

   へ。 なにしろオレ様はカッコいいからな。 可愛い嬢ちゃん、妖艶なマダム、

   そこのおばちゃん〜〜 おっと大丈夫かい、ば〜ちゃん? 

   へ〜い、みんなこのジェットさまから目が離せないんだよな! へっへっへ〜〜

 

途中で仕入れたうるとら・ラ−ジサイズのコ-クを抱え、彼はあてずっぽうに歩いてゆく。

ちまちました街でもそれなりに面白いらしく、骨董屋を冷やかしたり100均で袋いっぱい買い物をしたり・・・

お日様も真ん中から大分ズレてきた頃、 さすがの彼も腹の虫が鳴き始めた。

 

   っと〜〜。 まっくはねえか。 さぶうぇいでもいい。

   ・・・ なんだあ? ここいらはすたばばっかじゃねえか。

   お? カフェか。 やけに気取った構えだな〜 こりゃスル−した方が・・・ 

 

横断歩道を渡った正面にある店を横目で睨み 通り過ぎようとした  ―  のだが。

 

   ― ・・・・ な!?  アレってよ?!

 

ジェットは目を疑った。 脚も一瞬とまったがすぐに歩きだしさり気無く通り過ぎる。

目立たないこと、の基本は <他と同調する> ことなのだ。 

つまり、木の葉を隠すなら森に・・・・ってヤツだ。

しばらく通り過ぎ、ゆっくりと彼はとまった。  ガイド・ブックを広げ道脇に除ける。

 

   間違いねえ。  あれはフランだ。  あいつ・・・なんでここに??

   ・・・ あ! レッスンか。  うん、こっちの方だって言ってたな。

   だがよ。 相手は ・・・ あのオトコは・・!

 

勿論、彼は 003の能力 を持ってはいない。 しかし常人を遥かに越える視力は備わっている。

おし!と勢いよくガイド・ブックを閉じると彼は再び道を渡った。

そして反対の歩道からしげしげと・・・ 件のカフェをながめたのである。

 

   泣いてる・・・じゃねえか!  フラン・・・ 眼が真っ赤だぜ?

   ・・・おい!  そのナンパ野郎〜〜〜 彼女に触れるなあ〜〜 !!

 

「 ふん。 ピーピング・トム ( デバカメのこと ) なんてオレにゃ相応しくねえな。

 とりあえず ヤツにご注進だぜ〜〜 」

のっぽの赤毛はくるり、と踵を返すとメトロの入り口をめがけがしがしと歩き始めた。

 

   へへへ・・・ こりゃ〜〜 一波乱、あるかも、な〜〜♪

 

深刻なのか楽しんでいるのか。  ともかく <火種> が発生した・・・!  

 

 

 

すこしだけ 時間は遡る・・・

   

大都会の中には するりと潜りこんでしまえる空間がある。

 ― たとえば。

華やかな表通に面した店でも 一歩中に入ってしまえば巧みなインテリアで隠れ家気分になるものだ。

その店はシックな壁紙と凝ったレ−スのカ−テンでしっとりと落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

微かに流れるピアノ曲 ・・・ そして コ−ヒ−の香り。

客もウェイタ−も 足音をひそめごく低い声で囁きをかわす。

窓辺には <絵に描いたような> 二人がティ−・テ−ブルを挟んで向き合っていた。

 

「 ・・・だから・・・ わたしにはアナタを満足させてあげられない・・・ わたしじゃ・・ダメなのよ・・・・! 」

女の頬にほろほろと瑠璃の雫が伝い落ちてゆく。 それはテーブルクロスに散り、男の手にも落ちた。

「 君。 どうしてそんなことを・・・ 」

「 だって。  このままではアナタに迷惑がかかるだけだわ。 わたしはアナタをダメにしてしまう・・ 」

「 なにを言っているんだ! 誰が迷惑だなんて!  さあ・・・涙を拭いて ・・・ 」

男は 手を伸ばし女の頬に残る涙の跡をそっと拭った。

「 ・・・ バカだなあ。 そんなコト、考えて。  僕は君がいいんだ。 僕が決めた、僕自身が選んだ。

 だから 僕は君との手を離さない。  いいね? 」

「 ・・・ そんな ・・・ だって わたし・・・ 」

「 僕を信じて。 僕も君を信じている。 

「 ・・・・・・・・・・ 」

「 二人で作り上げるんだ。 そうだろ?  ・・・ フランソワ−ズ。」

「 ・・・ そう、ね。 ・・・ ありがとう・・・! 」

女は頬を染め じっと男を見つめた。 

涙を含んだ視線を 大地の色をした眼がしっかりと受け止める。

男は微笑んで彼女の手を取ると静かに口付けをした。

二人は。

テ−ブル越しに情熱の視線を絡ませ 熱い想いを確かめあった。

 

 

 

 

 

「 うぉ〜〜い。 帰ったぜ〜〜 」

「 ・・・ ジェット? お帰りなさ〜〜い・・・ 

崖っぷちにある <我が家> のドアをあければ、爽やかな声が奥から響く。

 

   お。 もう帰っているのか。  ・・・・ ふうん? 元気そうな声じゃん

 

靴を脱ぎ飛ばし、ジェットはのんびりリビングに入っていった。

 

断崖の上に建つ、少々古びた洋館・ギルモア邸 ― そこには年老いたご当主と まだ若いカップルと

赤ん坊が住んでいる。

時おり、外国から客がやって来るが彼らはごく平凡に、そして静かに暮らしていた。

「 岬の洋館? ・・・ ああ。 なんたらいう研究所だと。 若い夫婦と赤ん坊がいるよ。 」

「 そうそう。 多分気象とかなんとかクラゲとか研究しているんでないかね。 気の良さそうな

 爺さまとその家族が住んでいるんだよ・・・ 」

地元に人々はほどほどの好奇心を持ち、ほどほどの距離を置いて彼らを受け入れていた。

その洋館に 今は人参色の髪を靡かせた長身の男が寄宿している。

 

「 お帰りなさい。 ちょうどよかったわ、今からお茶にするところ。 」

「 どこまで行っていたのかい。 なにか面白いもの、あった? 」

ふわ〜〜ん・・・と紅茶の香りがただよってくる。  

ジョ−がなかなか器用な手つきで 紅茶を注いでいた。

「 今日はね、お土産あるの。  ちょっと話題の美味しいケ−キよ〜〜  あら、なあに? 」

「 う ・・・ ああ、いや。  ふふん ・・・ お前が相変わらず美人だな〜と思ってよ。 

 お前ら、ちゃんとうまくやってっか。 」

ジェットは思わずフランソワーズを じーーーっと見つめてしまい、慌てて視線を逸らせた。

「 いやだ〜 なあに、その言い方。  わたし達、仲良く暮らしているわよ。 ねえ ? 」

「 うん、勿論。 

仰ぎ見た青い瞳に優しく笑いかけ、ジョ−はごく自然に肯定する。

 

    ・・・ なんだ、なんだ〜〜 この落ち着き振りは! 

    まるで夫婦気取りじゃね〜か。  ま、事実そうなんだろうけど、よ。

 

どうも なんとな〜〜く ・・・ なんの根拠もないのだが。  ― オモシロク ない。

二人の醸し出すしっとりしたム−ドに ジェットはなんとな〜〜く居心地が悪くなるのだ。

 

「 へ。 そんならいいけどよ。  お。 美味そうじゃ〜ん♪ 」

「 あのね、バレエ団の近くにあるお店なの。 美味しいって評判なんだけど・・・数を多くつくらないから、

 すぐに売り切れてしまって。 今日やっと買えたのよ。 」

「 は〜ん・・・? その店って 落ち着いた雰囲気のティ−ル−ムがあるとこか? 」

「 ティ−・ル−ム? いいえ、そこはケ−キを売っているだけよ。 」

「 へえ? ジェット、 君ってハンバ−ガ−とコ−クだけでいいのかと思ってたよ。 」

「 ふん、お前じゃあるめえし。  な〜んかチマチマ・・・オモチャみたいだな。 」

 

    ふうん・・・ そんならアソコにはわざわざ <二人> で話合うために行ったってわけか・・・

    ・・・ どうも穏やかな状況じゃ〜ないぜ・・・

 

ジェットはケ−キを眺める風で そっとフランソワ−ズの様子を窺った。

 

    ちょこっと 目、赤いじゃんか。  ふ〜ん ・・・ ゴミが入ったの〜とか言って誤魔化したか?

    ・・・ ちょこっと 痩せねえか。  ふ〜ん ・・・ 冬太り解消ダイエットよ〜とか言ってるな?

 

    ジョ−・・・! てめェ、 たいがいにオメデタイぜ★

 

「 ジェット? そんなにじ〜〜っと眺めてないで・・・ どれもみんな美味しいと思うよ? 」

ジョ−がついに遠慮がちにジェットのセ−タ−を引っ張った。

「 ・・・あ?? ああ・・・すまね。 オレ、このチョコのがいいや。 」

「 おっけ。 それじゃ・・・ はい。  フラン〜〜 きみは? 」

「 あ、わたし、いいわ。  ジョ−、好きなのをとってちょうだい。 」

「 え? いいよ、遠慮するなよ。 ぼく、どれもみんな美味しそうだな〜って思ってるし。 」

ジョ−はずい・・・っとケ−キの箱を彼女の前におしやった。

「 そ〜だぜ〜 フラン、今さら遠慮なんていらね〜よ。  ・・・お♪ こりゃうめ〜ぜ。 」

早速一口 ぱくり、とかぶりつきジェットはご満悦だ。

「 遠慮じゃないわ。 ダイエット中なの。 今度の公演、 がんばらないと・・・ ね? 

 だから・・・残念だけどケ−キはパス。 」

「 へええ??? なんでまた。 お前、そんなにでぶってねえよ? なんならオレが確かめて・・・・ 」

「 結構よ、こっちはご遠慮いたします。 」

するり、と身をかわしフランソワ−ズはにこやかにティ−・カップを持ち上げた。

「 美味しいお茶と、みなさんのケ−キのご感想を頂くことにするわね。  」

「 ・・・ どうして? 」

「 え? なあに、ジョ−。 」

「 どうして。  ・・・ 一緒にお茶して美味しいケ−キ食べて・・・ すごく楽しみにしてるのに。

 一人で食べたって美味しくなんかないよ。 」

ジョ−はケ−キのお皿をテ−ブルに戻してしまった。

「 ・・・っと〜〜! ここに若干一名〜〜 ケ−キを食ってるヤツがいるんだけど〜 」

「 きみが大事に持って帰ってきたケ−キ、一緒に食べたいんだ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

二人はケ−キを間に じっと見つめあっている。

「 ふ・・・ふん・・・! どうせオレ様はケ−キ以下の存在さ。 オジャマ虫は退散するぜ。

 ・・・ おっと プレミアム付きだ! 」

ジェットはむんず!ともう一個ケ−キを掴みだすと 皿にてんこ盛りにした。

「 ・・・ そんじゃ、ちょこっと気ィ 利かせてやるワ。 」

「 あ・・・ ジェット。 そんな・・・一緒にティ−・タイム しましょうよ? 」

「 まあ、遠慮しとく。  ・・・ ジョ−? しっかり捉まえておけよ! 」

じゃ〜な・・・とジェットは大股でリビングから出ていった。 ・・・ もちろん、ケ−キ皿を持って・・・

 

「 ・・・ なんだ? 」

「 ああ ・・・ 悪いコト、しちゃった・・・ いいわ、晩御飯はジェットの好きな牛肉、使うわ。 」

フランソワ−ズは 溜息をつき、ケ−キの箱に蓋をした。

「 ねえ。 フランソワ−ズ。 」

「 ・・・ え? 」

「 まだ教えてくれてないよ?  どうして一緒にケ−キ、食べないんだ。 」

「 あ ・・・ だから・・・ ダイエット中って言ったわ、わたし。 」

「 それ以上、 どこを痩せるんだよ。 」

「 ・・・ 痩せないから、よ。 ・・・ わたし。 」

「 きみは痩せる必要なんかないだろ。 」

「 ・・・ あるわ! 今度、舞台があるって言ったでしょう? 」

「 聞いたよ。 だけど、今までだって・・・ 公演前にダイエットなんかしてなかったじゃないか。 」

「 ・・・ ジョ−。 どうしてそんなに ・・・ 絡むの。 」

「 絡む? きみのことが心配なだけだよ。 ・・・ 赤い眼をして帰ってきたの、気が付かなかったとでも

 思っているのかい。 」

「 ・・・ あ ・・・ 」

フランソワ−ズは慌てて顔を背けた。

「 ねえ、フラン。  ぼくに・・・言ってくれ。 なにをそんなに悩んでいるのかい。 」

「 ・・・ さっき言ったでしょ。  わたし ・・・ 痩せることができないの。 」

「 聞いたよ。 でも 」

「 もっとはっきり言いましょうか。  わたしは 変わることができない。 サイボ−グだから! 」

カチャン・・・!

テ−ブルの上で ティ−・カップが微かな悲鳴をあげた。

「 変わらない身体のわたしは。  ・・・進歩も向上も ・・・ ないのよ! 」

「 ・・・ フラン・・・ 」

「 こんな化け物が 人間の世界に混じっていることがマチガイなのよ、きっと! 」

「 そうだろうね。 ぼくなんか即刻消えるべき存在なんだろうね。

   ・・・ ぼくは一番完璧なサイボ−グだから。 」

ジョ−は穏やかに言うと まっすぐに彼女を見つめた。

「 それでも。 この世界に生きてゆきたい、と思うよ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ わたし ・・・ そんなつもりで言ったんじゃ・・・ 」

 

   ぽとり ・・・  ぽと ぽと ・・・

 

「 もう・・・一日に何回泣けば気が済むのかな? 涙が干上がってしまうよ。 」

ジョ−は淡く微笑むと ティ−・ポットに手を伸ばした。

「 もう一杯、 熱いの、入れよう。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ ごめんなさい ・・・ 」

「 いいってば。 なあ 話してくれる? それとも ぼくには打ち明けてももらえないかな。 」

「 ジョ−ってば・・・ そんなこと、あるわけないじゃない。 」

「 じゃあ・・・どうして。 どうしてダイエットだの、変わらないだの言い出したのかい。 」

ことり、とジョ−は熱いお茶のカップをフランソワ−ズの前に置いた。

温かいかおりがふんわりと二人を包み込む。

空気の色まで ほんのりと染まった風にも見える・・・

フランソワ−ズはしばらくじっとカップを見つめていたが そろそろと顔を上げた。

 

「 ・・・ みっともない顔でしょ。  あんまり見ないで・・・ 」

「 泣き虫さん? きみはどんな時だってチャ−ミングだよ。 」

「 ・・・ もう ・・・ ジョ−ったら・・・ 

「 ほら、熱いうちに飲もうよ。 これ、グレ−トが送ってくれた本場ものだからさ。 」

「 ええ ・・・ そうね。   ・・・ ああ ・・・ 美味しい ・・・・ 

「 ・・・ うん、そうだね〜。 本当はストレ−トがいいらしいけど・・・ 」

「 あら、グレ−トだっていつもミルクとお砂糖たっぷりよ? ヒトそれぞれでいいんじゃない。 」

「 ぼくもそう思うよ。 ・・・ きみはきみだ、それでいいじゃないか。 」

「 ・・・あ ・・・・ 」

ジョ−は静かにカップを置くと じっと彼女を見つめた。

「 あの ・・・。 あのね ・・・ 」

フランソワ−ズは何回も唇を噛み、俯いて目尻を払い ― のろのろと話し始めた。

 

一通りの話が終ったとき、二人のティ−・カップの中味は冷え切ってしまい、

黄金色に輝いていた飲み物は、沈んだ濃い茶色の液体に変わっていた。

「 ・・・ 紅茶だって ・・・ 変わるのに ・・・ね。  」

カチン・・・ 

冷えた紅茶をかき混ぜて、フランソワ−ズは微かにスプ−ンを鳴らした。

 

「 わたし、ね。 本当に ・・・ どうしたらいいかわからない・・・! 」

 

「 ・・・・・・・ 」

ジョ−は黙ったまま、紅茶の表面を見つめている。

「 このままじゃいけない、でも ・・・ どうしたら・・・ だってわたし。 昔のままなのよ、ずっと。 」

「 ・・・ ぼくにはバレエのことはわからないけど。 」

ジョ−がゆっくりと口を開いた。

チロリ・・・とティ・スプ−ンがソ−サ−の上で鳴った。

「 テクニックというの?  技術ってそんなに重要なのかい。 そりゃ・・・テクニックがなければ

 踊りだって成立しないとは思うけど。 」

「 ええ・・・それは、ね。 でも 『 ジゼル 』 は テクニックだけでは踊れないと思うわ。 」

そうか、とジョ−は頷き冷えたカップを取り上げた。

「 変わらない って 困ることかなあ。 ヘンなことなのかな。 」

「 ・・・ どういうこと? 現にわたしは40年前とすこしも変わらない姿をしているのよ?

 わたしと同じ時代の生まれたヒト達が ・・・ 髪の色は褪せ、目尻に皺をつくり・・・

 そうよ、子供達やら孫たちに囲まれて穏やかに年齢を重ねているというのに。

 わたしひとり、 わたしだけ・・・ この姿のままよ。  19歳の女の子のままじゃない! 」

「 ぼくは。 ごめん、ぼくにはきみの気持ちは、きみの辛さを分かち合うことはできない、のかもしれない。

 ただ・・・ ぼくは この世には変わらないものなんてないと思う。 」 

「 ・・・ き、機械の身体でも?  ジョ−は・・・ 一番完璧なサイボ−グなんでしょ。

 機械の身体が、そういわせるの。 機械だから そんなことが言えるの。 」

「 機械の身体さ、勿論。  でも こころは ・・・ 機械じゃないだろ。 こころは変わってゆく、いや

 変われる、と思うよ。  そう・・・信じたいんだ。 」

「 ・・・ でも。 現実にはわたしは取り残されて ・・・ どんどん取り残されて。 家族にも友達にも・・・

 表面は19歳のまま。 中味は <前世紀の遺物> なんだわ・・・! 」

「 え? そんな言葉、どこで知ったのかい。 へえ・・・面白い先生だねえ。

 うん、ぼくはね どんな状況でも誰でも こころは 変わっていると思う。 そう信じてるんだ。 」

「 ・・・ わたしは ・・・ この時代のヒトじゃないから! 皆の言うこと、判らない。

 皆とは生きてた時代が違うから・・・ わたしの気持ちなんて、 ジョ−には判らないのよ! 

 どうして ・・・ 廃棄してくれなかったのかしら! あの・・・40年前に! こんな出来損ない・・・ 」

「 ・・・ フランソワ−ズ・・・! 」

パン・・・!

ジョ−の手が軽く彼女の頬を打った。

「 ・・・ ! ・・・ 」

「 そんなこと、言うな。 自分自身の命を ・・・ 粗末に思うな。 」

「 ・・・・・・・・・ 」

「 ごめん ・・・ いきなり叩いたりして。 でも。 」

「 ・・・ ごめんなさい・・・わたしも言いすぎたわ・・・ 」

「 あは・・・ ジェットに怒られるね、女性を叩くなんて。  ・・・ お茶、淹れ直そうか。 」

「 お願いできる・・・  」

「 勿論〜。 これでもグレ−トにわいわい言われてさ、結構上手くなったつもりなんだ。 

 ・・・ ケ−キもさ、食べろよ。 」

「 ・・・ ん。 ・・・ 」

「 ぼくは バレエのことには何にもアドヴァイスはできないけど。

 きみは ・・・ きみの出来る全てをやってみれば? ・・・ そんなんじゃダメかなあ。 」

カチン・・・とフォ−クがケ−キ皿に置かれた。

「 ・・・ ありがと。  ジョ−に言ってもらえて元気が・・・ ううん、勇気が湧いてきたわ。

 ダメ元だけど。 ・・・頑張ってみるわ。  」

「 うん。 ・・・ ほら、そのためにもさ、 このケ−キ、食べろよ〜〜 スタミナアップさ。 」

「 もう〜〜 ヘタっぴだわ、重たいわ・・・じゃあタケシさんに嫌われてしまうわ。 」

「 ・・・ タケシ・・・? 」

「 ええ、今度のパ−トナ−のひと。 もうかなり有名なダンサ−なんだけど・・・優しいの。

 わたしみたいなペ−ペ−はね、上手なヒトと組むの、それでカバ−してもらうっわけ。 」

「 ・・・ ふうん ・・・ 」

「 今度もね、タケシさんの方も わたしを指名してくださって ・・・とっても嬉しかったわ。

 だから・・・ 余計に上手に踊らなくちゃ・・・って焦って・・・ 」

「 ・・・ まあ、そのパ−トナ−氏とよく相談することだね。 」

「 ええ。 一緒に作ってゆこう・・・って言ってくださってね。  そうよね、わたし、頑張るわ。 」

「 ・・・ うん。 」

「 ふふふ〜〜 やっぱりここのケ−キ、美味しい♪  ・・・ダイエットは明日からにするわ。 」

「 あ〜 ・・・ やっと本音が出たな〜 」

「 へへへ・・・ 今夜は御馳走にしましょ。 ジェットもいるし、ジョ−は何が食べたい? 」

「 ぼくは ・・・ なんでも ・・・ 」

「 そう? う〜ん・・・ ポ−ク・ビ−ンズとかビ−フ・ストロガノフとか? スキヤキとかの方が面白いかしら。

 ちょっと冷蔵庫と野菜室の中味をチェックしておかなくちゃね〜 」

フランソワ−ズは上機嫌でぱたぱたキッチンに駆けていった。

 

   ・・・ 機嫌、直ってよかったけど・・・・

   優しいヒトなの、だって??  マズったかなあ・・・ 火、点けたかも・・・

 

ケ−キの空き箱を片付けつつ ジョ−はこっそり、溜息をついていた。

 

 

 

 

 

「 そう・・・丁寧に ・・・丁寧に ゆっくり・・・ うん・・・イイカンジだよ。 」

静かな曲の上に小刻みなパ・ド・ブレの音が重なる。

ジゼル はゆっくりと空気の中に溶け込む風に舞台袖の方向へ去ってゆく・・・

 

彼女が消えた後に アルブレヒトは彼女の墓標ににじり寄り深く頭 (こうべ) を垂れた・・・

 

 ・・・ ふっ・・・と音が消えた。

「 ・・・と、・・・うん! いいんじゃないかなあ。 」

「 そ・・・・ そう・・・ですか ・・・ 」

「 この前より全然いいよ! なんというか ・・・ 自然なんだね。 ほら・・・ タオル。 」

「 ・・・は ・・・ありが・・とうございます・・・ ふう〜〜〜 」

荒い息の彼女は渡されたタオルに顔をうずめた。

細い肩が まだ大きく上下している。

「 この前さ、マダムにがん!と言われて相当参っていたみたいだったから・・・どうしたかな〜って

 心配してだんだ。  落ち込んで・・・ 今日のリハ、来るかなってさ。 」

「 あ・・・は・・・ そんなに落ち込んでました、わたし? 」

「 そりゃ〜・・・ お茶しながら泣かれたのは初めてだったからね。 ははは・・・あれって傍から見たら

 完全に別れ話の最中〜〜ってカンジだったかもな。 」

「 ・・・ 別れ・・・って・・・ ヤダ・・・!  タケシさんってば・・・ 」

フランソワ−ズはもう一度 タオルに顔を埋めた・・・ 今度は真っ赤になって・・・

 

 

「 それにしてもさ。 どんな魔法を使ったわけ?  」

「 ・・・  え ・・・ ? 」

もう一回通してみよう、と 二人はアタマから ( 最初から、ということ ) 踊り始めた。

「 うん ・・・ あ、ここでいいかな。 」

「 はい。  わたしが一歩 タケシさんの方に踏み込みますから ・・・ 別に魔法なんて・・・ 」

「 オッケ−・・・ じゃあ・・・・サポ−トの腕の距離はこのくらい・・?  いや〜だって別人っぽいよ〜 」

「 あら そんなに酷かったですか。  ええ、そこで・・・ はい、大丈夫です。 」

「 いや・・・そういう意味ってか・・・うん、ちょっとね、僕も参った、マジで。  ・・・ っと〜〜 」

「 はい、 ここから・・・行きますね・・・はい!  ・・・・ わたし・・・やっぱり前世紀の遺物ですか。 」

「 お・・・っと。 うん、もう少し早くジャンプした方がいいかな。  そう、位置はいいよ・・・

 ええ?? なんだって? 全・・?? 」

「 すみません、ちょっとズレました・・・ 前世紀の遺物。 古臭いってこと。 」

「 なんかさ・・・軽くなったね。 ちゃんと食べてる?  え、古臭いって ・・・ なにが。 」

「 食べてますよ〜〜 もりもり♪  ・・・ わたしの踊り方。 ひどいって・・・ 」

「 ・・・ オッケ〜〜〜 この調子、な。 うん、こんなカンジで踊り込んでゆけばかなりいいセンゆくかも 」

「 ありがとうございました! ・・・ 頑張ります! 」

「 ふうん・・・?? 」

「 ・・・ なんですか? 」

タオルでごしごし顔を拭きつつ、フランソワ−ズはタケシを見上げた。

今日はアルブレヒトはにこにこと、彼の<永遠恋人>を眺めている。

「 うん・・・ どうして今日はこんなに活き活きしているのかな〜って思って。 」

「 え・・・ そうですか。  ああ、この前はもう〜〜激しく上がってたから・・・ 」

「 いや、そうじゃなくて。  勿論緊張してただろうけど・・・ なんかさ、表情が無いというか? 

 きみ自身じゃなくて 人形みたいだった。 」

「 ・・・ 表情が無い?  ジゼル のつもりだったと思うのですけど。 」

「 う〜ん ・・・ やたらと大袈裟に悲劇です〜〜って風だった。 あ、ごめん・・・はっきり言って。

 でも とってつけたような雰囲気だったなあ。  少なくともフランソワ−ズの表情じゃなかった。」

「 ・・・ ああ ・・・ そう ・・・ ですか。  それで・・・ 」

「 なに? 」

「 ・・・ いえ。  ちょっとわかった気分なので・・・ある人に言われたことについて。 」

「 へえ〜〜 君のカレシ? 」

「 ・・・え! ・・・いえ、そんな・・・! わたし達は別に そんなんじゃ ・・・  あ・・!」

「 まあ、なんでもいいさ。  さあ〜〜終わり!  な、急ぐ人? 」

「 いいえ。 自習してゆこうかな〜と思ってますけど。 」

「 いいよ〜〜 今日はもう。   なあ、お茶に誘ってもいいかな。 」

「 あら・・・ わたし達、リハの後ってサテンに入り浸りじゃないですか〜〜 」

「 この前とは意味が違うさ。  いい? 」

「 はい、よろこんで・・・ 」

「 それじゃ ・・・ 」

「 はい、 それじゃ  15分後、でしょ? 」

「 ははは ・・・ 当たり♪  それじゃ、後程。 」

「 はい。  ありがとうございました。 」

ぺこり、とアタマをさげた青い眼の少女に <アルブレヒト>の眼差しは温かく注がれる。

「 余計なことだけど。 『 ジゼル 』 とか 『 白鳥〜 』 とか ・・どうして、古典 っていうと思う? 」

「 ・・・ え ・・・ ムカシに成立した作品だから・・・ですか? 」

「 それもあると思うけど。 僕的にはな、 <こころ>だと思ってる。 」

「 ・・・ こころ? 」

うん、と彼は頷く。

「 想いは ず〜っと変わらない・・・というか受け継がれてきたから。 皆その想いにこころを寄せてきた。

 だから ・・・ 自分自身の本当のこころがあれば、古臭くなんかないのさ。 」

「 ・・・・・・・・・ 」

「 それじゃ ・・・ 一幕の気分で お茶しよう! 」

「 はい♪  あ・・・花占いはイヤですから。 」

「 ははは ・・・・ 僕は剣を小屋に隠してはいないよ〜〜 」

二人は声をあげて笑い スタジオを出て行った。

 

 

 

 

フランソワ−ズがスタジオで汗を飛ばしていた頃・・・

海辺の崖っぷちに建つギルモア邸では 長身・赤毛がぼわぼわアクビをしつつやっとリビングに顔を出した。

「 ・・・・ う〜〜〜・・・ 腹、減ったあ〜〜 」

「 あ、お早う ジェット。  ・・・ ってもうお昼だけど。 」

「 ・・・ん〜〜 ああ、んな時間かあ・・・  あり?お前、仕事じゃねえの。 」

やたらぼりぼり背中を掻き毟りつつ 赤毛はきょろきょろしている。

平日のお昼に近い時間、ギルモア邸の広いリビングにいたのは ジョ−一人だった。

彼は隅にある共用のPCを立ち上げ、なにやら調モノをしていた。

「 今日は休み。  ・・・ 君のメンテ、出来る限り博士の手伝い、しないと。 」

「 ・・・ あ〜 ・・・ そっか。  サンキュ・・・  フランは? 」

「 もうとっくにレッスンに行ったよ。 次の公演でいい役、貰ったって張り切ってるんだ。 」

「 公演?  何、踊るんだって?  」

「 全幕じゃないけど 『 ジゼル 』  だって。 ・・・ 知ってるかい、ジェット。 

「 ふん! それっくらい知ってら。  ・・・はあ〜〜ん・・・ それじゃアレは今度のパ−トナ−か。

 恋人役だもんな〜〜 オフでも親密にするわなあ。  そうだろ、ジョ−。 」

「 ・・・ なんだよ。 」

ジョ−はようやくPCのモニタ−から視線を上げ、 ジェットを見た。

「 だ〜から、よ。  なかなかいい雰囲気だったぜえ? こう・・・しっとりしちゃってよ。

 あのアンティークなカフェにぴったりだった! ・・・ 絵になってたなあ〜〜 」

「 ・・・ 誰がさ。 」

「 フランが茶、飲んでた相手と。  見つめあっちゃってよ〜〜  」

「 そりゃ・・・ パ−トナ−だもの、いろいろ・・・その・・・う、打ち合わせとかあるんだろ ・・・ 」

「 お前。 語尾が震えてねえ?  ま、落ち着いたいいカンジのオトコだった!

 うん、フランのヤツも眼が高いってもんだ。 」

「 ・・・ だから。 仕事上の話だよ! ・・・・ きっと・・・・  」

「 へ! ジョ−、お前〜〜オメデタイぞ。  ま〜な〜 しっかり捉まえとけって。 

 あんまし放っておくとムシが付くぜ。 あ、その前にオレさまが〜〜 」

「 ジェット!  くだらないこと、言ってないで。 準備はいいのかい。 」

「 あ? ・・・ ああ ・・・メンテか。 

「 そうだよ! 博士は昨日から研究室に篭りきりだよ? 少しは協力しろよ、君自身のことだよ? 」

「 わ〜ってるって。  ・・・ふぁ〜〜〜 そんじゃ目覚ましシャワ−でも浴びてくっか・・・ 」

「 とにかく! ちゃんと準備しとけよ。 」

「 へいへい・・・ お前な〜 てめェのアタマの上のハエも追っとけ〜 」

ジェットは再びぼわぼわアクビをしつつ バスル−ムへと出て行った。

 

   ったく・・・! ヒトの事情に首を突っ込むなって ・・・

   パ−トナ−と踊るのはフランの仕事なんだぜ、 仕事 ・・・!

 

ジョ−はめずらしく不機嫌な顔で PCの前に座り先ほどの検索の続きを始めた。

「 えっと ・・・ そうだ、ここまで調べたんだ。 ・・・それで 」

 

   とっても優しいの。   わたしと組みたい、ってすごく嬉しかったわ・・・

 

不意に 彼女の声が蘇った。

「 ・・・ 仕事だよ! 彼女は仕事熱心なだけ、さ・・   え〜と・・・? 」

 

   いい雰囲気だったぜえ〜  こう・・・・ しっとりしちゃってさ〜

 

先ほどのジェットの言葉が 耳の奥からがんがんと蘇る。

ジョ−の指はキ−ボ−ドの上に浮き、視線はモニタ−に向いていたがなにも見えてはいない。

 

「 ・・・ こころは変わる・・・・って 心変わり???  そ  そんな ・・・ 」

  ― ガッタン ・・・!

ジョ−はついにパソコン・ラックを揺らして立ち上がった。

「 ・・・ケ−キ! 昨日のケ−キ・・・! 近くの店だって言ってた・・・!

 きっと。 そうだ、きっとその近辺で お茶、してるんだ!  」

だ・・・・っ!  と彼はキッチンに突進した。  そして<燃えるゴミ>をひっかきまわし始めた。

 

 

 

 

 

・・・・寒い な ・・・  ダウンジャケットでも着てくればよかったかも。

都心の街は予想以上に冷たい風が吹いていた。

ジョ−は ジャンパ−のジッパ−を首まで上げマフラ−をきつく巻いた。

「 こんなに風が冷たかったかなあ・・・ 」

普段、通勤の時には電車から地下道伝いに行っているので 気がつかないのかもしれない。

「 えっと ・・・ だいたいこの辺りのはずなんだけど・・? 」

きょろきょろと番地表示を捜すが、気取った街にはそんなものは麗々しくむき出しになぞなってはいない。

「 あれえ〜〜??  行過ぎた、かな?  だってこのブロックだと違う番地だ・・・よ? 

 ・・・ あ   すいません・・・ 」

真昼間からタキシ−ドを着て店の前に立っていたドア・ボ−イの兄ちゃんにぶつかってしまった。

「 ・・・ すんません 〜〜 

ジョ−はニットのキャップを深くかぶると 盲滅法、目の前の角を曲がった。

 

   ・・・・ あ。  あった・・・

 

目と鼻の先に、落ち着いた構えのカフェがあった。

レンガ風の外装に ほどよくツタが這い古風な窓が並んでいる。 窓にはレ−スのカ−テンが絞られ・・

そのまた奥に ・・・ 

 

「 フランソワ−ズ・・・! 

 

思いがけなくジョ−の想い人の横顔が ほの白く浮かんで見えた。

 

   ここだ・・・! ここだったんだ〜〜  

 

ジョ−は勇んで店に入ろうと入り口目指して歩きだした ・・・ のだが。

窓の奥で 彼女は。  ― 微笑んでいた。 頬をうす薔薇色に染め 青い瞳をしっとりと潤わせて。

古風なレ−スに縁取られ それはどんな絵画よりも美しかった・・・

そして

彼女の目線の先には。

 

 

カサリ ・・・

どこからかすっかり枯れてしまった落ち葉が ジョ−の肩に落ちてきた。

「 ・・・ あ。 」

気が付けば随分と長い間 道の傍らに佇んでいた ・・・ らしい。

ジョ−はぶるっと身体を震わせた。  

 

    ・・・ さむい ・・・ 寒いよ・・・

 

身体の寒さよりも ジョ−は心の寒さに凍えていた。

視線の先には ・・・ 彼の灯火ともなる女性 ( ひと ) の笑顔があった・・・

 

    ・・・ こころは 変わる・・・って。  ああ。 そうだよな・・・

    自分で言ったじゃないか。  変わらないものなんか  ・・・ ないんだ って。

 

ジョ−は しばらく見つめていたが、やがてくるりと踵を返すとすたすたと歩み去った。

そう、二度と振り返ることなど なく。

 

ひゅるるる・・・・・   

 

ジョ−の肩にしばし留まっていた枯葉は たちまち吹き飛ばされていった。

都会の風は ジョ−の心に深々と染み渡った。

 

 

 

 

 

「 ただいま〜〜  ジョ−? 帰ってる? 」

玄関のドアの音と一緒に賑やかな声が聞こえてきた。

「 ジョ−? ・・・ あらあ・・・ へんねえ、出かけたのかしら。

 でも 午後からは博士のお手伝いだから ウチにいるはずなのに・・・ 」

ぱたぱたぱた・・・

軽い足音がリビングに近づいてくる。

「 ただいま帰りました〜〜   あら やっぱり誰もいないのね?  あ〜重い〜〜 

 でも 気分いいわ〜〜♪ ふんふんふん 〜〜♪ 」

がさがさと大きな買い物袋の音にハナウタをミックさせ 彼女はキッチンへ、とリビングを横切っていった。

 

「 ・・・ おかえり。 」

ソファの奥から独り言みたいな声が聞こえてきた。

「 !?  わ!?  びっくりしたわ〜〜  ・・・ ジョ−、いたの。 」

「 ・・・ うん。  」

「 やだわ〜〜 聞こえた? ・・・ハナウタ。 」

「 ・・・ 楽しそうだね。 あ、ぼく、もう部屋に行くから。 」

「 あら、だってお仕事? 調モノ、していたのでしょう。 」

ジョ−はPCをすぐ側に置いていた。  フランソワ−ズはちら・・・っとモニタ−に目をやった。

「 ・・・ 賃貸物件 ・・? 」

「 あ・・・ うん。  あの・・・ ぼく。 ジェットのメンテが終ったら・・・ 出てくから。

 安心していいよ。 ぼくだって きみの幸せを祈っているからさ。  」

「 ・・・ なに、言ってるの、ジョ−。 」

「 だから。  あ・・・ 昨日はごめん。  ちょっと前言撤回だ。

 ・・・ こころはさ。  変わるんだよね。 ・・・ 変わって当たり前だよ、うん。 」

「 ・・・ ジョ− ??  わたし、何がなんだかさっぱりわからないんだけど・・・? 」

フランソワ−ズはどさっと買い物袋を床に置いた。

「 ちゃんと、はっきり言ってちょうだい。 前言撤回?? 」

「 ・・・ いいヒトらしいね。 落ち着いててさ・・・ オトナなカンジだった。

 きみにはぴったりだ、・・・ うん、お似合いだ。   今度のパ−トナ−氏だろ。 」

「 ?? タケシさんのこと?  」

「 うん。  ごめん ・・・ カフェにいるきみ達のこと、覗き見してたんだ。 」

「 まあ・・・  あ。 ・・・ジェットがなんか言ったのね?? 」

「 ・・・ それもあるけど・・・ ぼくってやっぱり鈍感で気が利かなくて・・・つまんないヤツだよね・・・ 

 こんなヤツ、さっさと忘れて。  ・・・ し、幸せになってくれよ。 あの・・・カレシとさ。 」

「 ・・・・・・・・ 」

「 あ。 ひとつだけ。 ・・・・・ こころは変わるんだよね。 ほんとに。 」

ジョ−は顔をあげて、 フランソワ−ズをじっと見つめた。

ぱちぱちと瞬きをし ・・・ 眩しい時みたいな顔をして。

 

「 ・・・ さよなら。 」

 

「 ・・・ ちょっと!  ジョ−・・・ちょっと!  」

「 ・・・・ ? 」

フランソワ−ズはジョ−の腕をしっかりと捉まえた。

「 あのね。 わたしからの一言も聞いてちょうだい。 」

「 ・・・・・・・ 」

セピアの瞳がおずおずと彼女に向けられる。

「 あの、ね。  大切なものは、 変わらないの。 

 でも 本当に本当のものって ・・・ 変わらなくたっていつだって古くなんかないのよ。  」

「 ・・・ うん、それはそうだね。 」

「 ジョ−? わたし、変わらないのよ。 」

「 ・・・ え ・・・? 」

「 ええ、あなたを愛しているこのハ−トはずっと変わらないの♪ ず〜〜っとず〜〜っと。

 この機械だらけの身体が朽ちてしまっても、ね。 ・・・ ほんとうにホンモノだから! 」

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・! 」

「 それを教えてくれたのは  ジョ−でしょう?  ほんとうに・・・ヤキモチ焼きさんの早合点さんねえ。 

 わたしが愛しているのは。  いま 目の前にいる びっくり顔の人だけよ。 」

「 ・・・・・・ !!! 

「 わたしの愛する人はいつでもここにいるわ。 」

ジョ−の腕がしっかりと 彼の姫君を抱き寄せた。

 

 

 

この夜。

ギルモア博士は たった一人で002のメンテナンスを手がける羽目になってしまった。

 

 

 

**************************      Fin.      ****************************

 

 

Last updated : 03,03,2009.                                         index

 

 

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激しくバレエ・ネタで申し訳ありません〜〜〜 <(_ _)>

平ゼロ設定ですが <島村さんち>とは また違いますので 二人はまだ恋人同士です。

え〜と ・・・ 途中でフランちゃんとパ−トナ−氏が  花占い とか 剣を隠す とか言って

ますが  『 ジゼル 』  の一幕のことを引っ掛けているのです。

( え〜〜 『  ジゼル 』  未見の方〜〜〜 拙宅 <こらむ> にゼロナイ変換した

 ガイド??がありますので どうぞ〜〜〜♪♪ )

せっかく3の日ですので、 フランちゃんにいい想い??をしてもらいました♪♪

へへへ・・・たまには焦ったらいいのだ〜〜 >> ジョ−君♪

ヒト言なりとでもご感想を頂戴できましたら幸せです <(_ _)>