『 ねがい 』
「 こっちの出口でいいはずなんだけど・・・ 」
フランソワ−ズは 何回も手許のメモをのぞきこんでは 駅構内の案内板を辿ってゆく。
日々の生活で 自動翻訳機の助けを借りることは ほとんどなくなってはいるが、
こうして不案内な土地に来ると やはり自分は異邦人なのだ、と思ってしまう。
それが 淋しいのか・・・どうかは自分でも まだよくはわからないのだけれど・・・。
− 初めて訪れた街。
住み慣れてきた海に近い土地とは まるで肌触りの違う空気にちょっと戸惑いを感じながらも
物珍しさに 彼女は目を見張り、きょろきょろし通しだった。
「 ・・・ おおい ・・・ ココだよ ! 」
雑踏の一塊を越えた向こうから ジョ−が手を振っている。
「 ・・・・・・ 」
微笑んで ちょっと手を上げてみせ、フランソワ−ズは彼のもとへと脚を速めた。
そもそも ここに誘ったのは珍しくも彼の方からだった。
「 サクラは。 まだまだ咲かないわよねえ・・・ 」
二月のある日曜日、 急に人少なになり妙にがらんとしたギルモア邸のリビングで
フランソワ−ズが ぽつん、と言った。
「 ・・・・ え ? 」
のんびり新聞を眺めていたジョ−はちょっと驚いて顔を上げた。
「 サクラ、よ。 お花見までは まだ髄分あるなって思ったの。 」
「 まだ2月だもの。 この辺りは結構暖かいけど、やっぱり3月に入らないと桜はね。 」
「 うん、そうよね。 まだ、どの樹もちっちゃくて固い芽が見えるだけですもんね・・・ 」
はあ・・・っと小さく溜め息をつき フランソワ−ズはぼんやりと窓から視線を投げた。
この家はテラスからでもちらちらと 水平線が見え隠れする。
光だけは 春の訪れを告げるかのように 華やかに波間を舞っている。
「 お花がね、そうね、樹に咲く花が見たいな・・・って思ったの。 」
「 普通の花じゃダメなの? ほら、きみが丹精したから今年も水仙が沢山咲いてる。」
「 ええ、花壇のお花も素適なんだけど。 こう・・・なんていうか・・・自然のままの
樹に咲く花を見ると ほっと暖かい気持ちになれるのよ。 」
「 ふうん・・・・? 」
いつも元気な彼女には 珍しく低めのト−ンの口調に、さすがにジョ−も気になったようだ。
「 樹の花かあ・・・ うん、 そうだ!
桜とはちょっと違うけど。 ひと足早い花見をしようよ? 」
「 え? 」
拡げていた新聞に ちらっと目をはしらせ、ジョ−はぽんと手を打った。
「 明日の午後って、きみ、空いてる? 」
「 ええ・・・大丈夫だけど・・・? 」
じゃあ、ここで待ち合わせようよ、とジョ−はなんだか判らずにきょとんとしているフランソワ−ズに
メモ用紙を一枚 差し出した。
「 ・・・ わあ ・・・ 」
目の前に 見上げるばかりの急勾配の石段がせり上がって続いている。
「 あ、脚がキツイかな? 反対側にまわればもっとゆるやかな道もあるよ。そっちにする?
ちょっと回り道だけどね。 」
「 あら、このくらい・・・大丈夫よ。 うん・・・多分。 」
そうかな?と 笑ってジョ−は彼女のペ−スにあわせて ゆっくりと並んで石段を登りはじめた。
「 ねえ。 ジョ−・・・ 」
「 なに? もう ギブ・アップ? 」
「 ち、ちがうわよ! ココは・・・こうゆう所って若いヒトに人気があるの? 」
足元から目を上げれば 確かに前後には同じくかつかつ登ってゆく若者たちが目立つ。
「 ? ああ、人気ってか、ココは有名だから、ね。 さあ、ほらもう少しだよ! 」
「 有名・・・? あ、 着いた! 」
最後の石段をよいしょ、と過ごすと。
目の前に ぽう・・・・っと白い点描の雲が広がっていた。
「 ・・・・ まあ・・・・ あら、いい匂いも・・・・ 」
「 ああ、ほんとうだね。 ちょうどいい時期だったみたいだ。 」
思いもかけなかった一面の花景色に フランソワ−ズは声を呑んで立ち止まる。
「 サクラ・・・じゃないわね? 」
「 うん、これは 梅 さ。 ここの梅林は都内でも有名なんだ。 」
「 ウメ・・? ウメって、あのウメボシのウメ?? 」
こんな可憐な花が 信じられない、と目を丸くして彼女はそっと手近な下枝に手を差し伸べる。
「 う〜ん・・・ ウメボシのねえ。 ちょっとこの花には気の毒な気もするけど。
確かに これはウメボシの梅、さ。 」
「 きれいねえ ・・・・ 」
苦笑するジョ−の傍らでフランソワ−ズは ほう・・っと溜め息をつく。
桜とは また違ったりんとしたその風情に彼女はたいそうこころを牽かれた。
白梅の間には 淡いピンクの花もあり、ほころび始めた紅梅も艶を添えている。
ゆっくりと1本1本の樹を、花をみて歩くと そんなに広くはない境内でも
結構良い散歩になった。
「 あれは? あの沢山かかっている小さなプレ−トはなあに? 」
さすが 目ざとい彼女は拝殿の前庭へと目を凝らす。
「 プレ−ト? ・・・ああ、アレはね、合格祈願の絵馬だよ。 ちょうどシ−ズンだからね。 」
「 えま? ごうかくきがん・・・って何の? 」
「 受験、学校の入学試験さ。 2月・3月が日本では入学試験の時期なんだ。 」
「 ふうん・・・・・? 」
「 ココは学問の神様が祀ってあるから。 みんなお願いにくるんだよ。 」
ひとつひとつの絵馬にはあまり端整とはいえないが真剣想いがこもった字が踊る。
内容はほとんど理解できないけれど、彼女は描かれた絵を見ても楽しかった。
「 ジョ−も来たの? ジュケンセイのころ。 」
「 いや・・・。 ココまでは来れなかった。 でもね、ナイショで教会の近くの小さな神社に
こっそり御参りにいったよ。 夜中にひとりでさ。 」
宗旨がちがうから、ホントはまずかったんだけどね、とジョ−は低く笑った。
「 ふつうは友達とか・・・家族と来たりするらしいよ。 」
「 ・・・・ そうなんだ ・・・? 」
なんとなく それ以上聞きにくく フランソワ−ズはただ相槌だけをうった。
「 きみは? フランスじゃ そうゆう習慣はないのかい? 」
「 そうねえ・・・。 特別にそのために教会に行ったりはしないけど・・・・
あ、でも。 グッド・ラックのマスコットはあるわね。 日本でいう、オマモリ? 」
「 ああ、御守、ね。 へえ・・・。 あ、ココにもあるよ、買ってゆこうか。 別に試験は無いけど。 」
「 すてき! グッド・ラックのオマモリね! いつも みんなが幸運でいられますように・・・ 」
社務所で買った御守にも フランソワ−ズは目を奪われる。
錦の袋に 小さいけれど凝った組紐が梅の花形に編んである。
「 かわいい・・・・。 どうやって編むのかしら? 」
「 ねえ、フランスの御守ってどんなの? 」
ジョ−は彼女の白い手のひらの上の 御守を一緒に覗き込む。
「 べつに決まりはないの。 でも、みんな家族の持ち物なんかの一部で作ったりしたわ。
兄の部隊が海外に行くときには 両親やわたしの古いセ−タ−をほぐしてね、
飾り紐みたいに編んだの。 いつでも一緒にいられますように、って・・・。 」
「 いつも 一緒に、か。 ・・・・ いいね ・・・・」
ぽつっと言った彼の横顔が ひどく気になってしまい、フランソワ−ズはそれきり口を
つぐんでしまった。
「 ・・・ああ、ココにはね、美味しい和菓子もあるんだ。 きっと気に入るよ?
お土産にそれも買ってゆこうか。 」
「 そうね。 」
楽しい思いを消したくなくて、二人ともすぐに話題を変えた。
その日のお茶タイムは ひと足はやいお花見の報告と
不思議な味のする甘酸っぱい ジャパニ−ズ・ケ−キで賑わった。
思い切ってさそってよかったな・・・
フランソワ−ズの明るい笑顔に、ジョ−は自分もなんだか弾んだ気分になった。
「 ・・・・ジョ−? ちょっと、いい・・? 」
「 ・・・え・・、うん。 まだ起きてたんだ? 」
小さくたたかれたドアを開けてジョ−はちょっと驚いた。
お休みなさい、と早々に部屋へ引き上げたはずのフランソワ−ズが まだ服のまま立っていた。
「 ええ。 あの、ね。 ジョ−にもオマモリ作ろうと思って。 」
「 御守?? 僕に・・・? 」
「 そうよ。 ジョ−に。 」
苦戦しちゃった、日本人はやっぱり器用ねえ、と笑って彼女はちいさな袋をジョ−に渡す。
「 ・・・・? 」
そ・・・っと開いたその中には。
小さな亜麻色の花形が入っていた。
「 これって・・・?! 」
「 ふふふ・・。あんまり見ないでね? 昼間の御守の組紐をまねしたの。 」
「 組紐って・・・ これ、これは。 きみの・・・ 」
「 いつでも、いつまでも、ジョ−と一緒にいられますよに、って。
もし・・・離れてしまっても。 コレがわたしの代わりにジョ−の傍に居てくれますように、って。 」
「 ・・・・ フランソワ−ズ ・・・・ 」
ジョ−は そのちいさな花、 亜麻色の髪で編まれた可憐な花を そう・・・っと撫でた。
彼の手の中で、亜麻色の花は 近づく春を約束してやさしく煌いた。
**** Fin. ****
Last updated:
2,10,2004. index
**** 後書き by ばちるど ****
場所は・・・はい、超・有名なアソコです。(>_<)
自分も行きましたよ〜受験生時代♪ 効き目はあったようです。 フランスの御守については
例の如く ウソ八百〜(遁走!)